ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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242『ダンジョンの存在にニアピンしてくる女』

「なるほど、店長の知らない宝石、ね」

 

「まあ、私が知らないだけって可能性もあるけどね。でも、宝石鑑定で知られてる色特性で考えたら、明らかに常識外の火が出てるんだ」

 

「火?」

 

「あ、ファイアね。虹がちらって走るっていうか、ダイヤみたいな色の煌めきみたいなやつのこと」

 

「ああ、プリズムみたいな分散光のことを宝石では火と呼ぶのね。色の波長ごとでズレる光の屈折率で、石の特性を見分ける。なるほどね、勉強になるわ」

 

「……? うん、たぶん、そういう強そうな話だと思う」

 

 作業テーブルに置かれた白銀のサークレット、そこに飾られた緑の宝石をまじまじ見ながら漏らした鎬の呟きに、祈織は大きく頷いて返す。

 質屋 『栗形』。

 叔母の鎬と店長の祈織がサークレットを囲んでいるのを尻目に、秋水はバックヤードのソファーに座り、大きな体を小さく縮こまらせていた。

 おかしい。

 祈織からは、開店時間前にサークレットを見るから店まで来てね、くらいの平常運転な温度の文章で送られてきたメッセージに従ってのこのこ質屋に来てみたならば、何故かちょっとマズそうな雰囲気で秋水はことの沙汰を待つこととなってしまっている。何故だ。

 なんでも、サークレットに埋め込まれている宝石が、祈織の知らない宝石だとかなんとか。

 さすがの祈織もこの世全ての宝石の種類を、隈なく完璧に網羅しているとは思えない。

 しかし、祈織曰く、根本的に緑の宝石のルールに従っていない、らしい。

 なるほど、種類は不明でも、ルールで識別をしたということか。

 そしてサークレットの宝石は、そのルールから外れていると。

 つまり、未知の宝石。

 未知の金属に引き続き、未知の宝石まで出てきやがったよダンジョンのドロップアイテム。

 どうせマトモな品ではないだろう、と思ってはいたが、まさか宝石まで地球に存在しないのが出てくるとは。

 そう言えば、紗綾音から借りた事典には、宝石は魔法の触媒になる設定が多く用いられているとかなんとかという記載があった。

 ならばきっと、ファンタジーの話に宝石はつきものなのだろう。

 ミスリルとかオリハルコンとかアダマンタイトとかイヒイロカネとか、そんなファンタジーな金属みたいに、ファンタジーな宝石があるのかもしれない。

 でも、紗綾音に借りた事典でファンタジーな宝石の固有名詞なんてあっただろうか。

 精霊石、というのが一番近いかもしれないが、宝石らしい宝石の固有名詞が全然見当たらなかったものだから、ファンタジー特有の宝石があるという考えがすっかり抜け落ちてしまっていたようだ。つまり大失敗。

 アンクレットとアクセサリーは同じ白銀に見えるが、祈織曰く微妙に違いがあるという話から、サークレットの白銀も別の成分が混ざっている可能性は覚悟していたものの、宝石をここまで言及されるとは盲点だった。

 いや、なんの宝石だろうなぁ、とは秋水も思ってはいたのだが。

 

「……私には、エメラルドに見えるわ」

 

「私も最初ぱっと見たときそう思ったよ。でも、エメラルドは確実に違うね。だからと言って翡翠でもないし、ペリドットでもないし、ヴェルデライトでもないし、グリーンサファイアでもないし、ツァボライトでもないし」

 

「そうなのね」

 

「デマントイドでもないし、クリソベリルでもないし、プラシオライトでもないし、プレーナイトでもないし、クリソプレーズでもないし、アベンチュリンでもないし、マラカイトでもないし、ブラッドストーンでもないし、アマゾナイトでもないし」

 

「よくスラスラ名前が出るわね。凄いわ店長」

 

「ましてクロムダイオプサイドやスフェーンやヒデナイトやコーネルピンやアイドクレースやフローライトやグリーンジルコンやグリーンダイヤでもない。サーペンティンやバリサイトやモーシッシッは最初から除外だし」

 

「秋水、店長がバグったわ。秋水、秋水」

 

 ソファーに座って沙汰を待っていると、鎬の呼ばれ秋水は顔をあげる。

 話はまとまったのだろうか。

 鎬は秋水に向かってちょいちょいと手招きをしているが、祈織は顎に手を当てながら難しい顔をしてブツブツと何かを呟いているところであった。

 

「秋水、一応聞いておくのだけど」

 

「ん?」

 

 ソファーから立ち、呼ばれてのこのこと2人の方へと近寄れば、鎬がサークレットを指さしてワンクッション挟む。

 出所について質問ならば、答えに窮する。

 この宝石がなにかという質問ならば、正直に分からない。

 なにを聞かれても駄目な気がするが、なんだろうか。

 

「このサークレット、いくつあるのかしら?」

 

「え、まだ1個だけだけど……」

 

「そう」

 

 何故か数を聞かれた。

 祈織と同じく鎬も顎に手を当てて、ふむ、と一度鼻を鳴らす。

 白銀のサークレットは、ちょっと特殊な感じで手に入れたドロップアイテムである。

 ネックレスのときのように、数を揃えてちょうだい、と言われたら、ちょっと困るのだが。

 目を閉じて考え込んだ鎬は、少ししてからすっと目を開ける。

 

「……トドメとしては効果的ね」

 

 物騒な発言。

 ヤダこわい。

 誰にトドメを刺す気だろうか。

 ダンジョン内ではそれ以上に物騒なことを考えているどころか口走っているのを棚に上げ、秋水は鎬の呟きに軽く引いてしまった。

 そんな秋水に、鎬は顔を向ける。

 

「秋水、これは預かっておいてもいいかしら?」

 

「あ、うん。どうぞどうぞ」

 

 自分が持っていても仕方のない品だしな、アクセサリーなんて。

 秋水はわずかに苦笑しながらも頷いて返す。

 

「代金の方は値段がつけられるまで待っていてちょうだい。ネックレスの方も査定できていないのに、ごめんなさいね」

 

「いや、いいんだけどさ……これも明後日までに数を揃えた方がいい感じか?」

 

「それは職人さんの生産ペース次第じゃないかしら?」

 

 挑発するように、に、と鎬の口端がわずかに上がる。

 おっと、そうだった。

 ダンジョンのドロップアイテムは、なぞの偏屈職人さんであるダン・ジョンさんが作っていることになっているのだった。

 適当にでっち上げたウソなので、どうにもその設定を忘れてしまう。

 

「そ、そうだな……ほら、少し急かすとか」

 

「あら、秋水が急かしたら優先して作ってくださるの?」

 

「う」

 

「秋水はずいぶん気に入られているのね。まるで秋水が生産ペースをコントロールできるみたいね」

 

 静かに、そして淡々と、鎬は秋水に詰め寄った。

 ちょっと疑われてるっぽい。

 秋水はわずかに目をそらす。

 

「まあ、急かすだけならな。できるかどうかは別問題ってやつだ」

 

「そうなのね」

 

 ふ、と鎬は小さく笑う。

 心臓に悪いじゃないか。

 

「とりあえずは、1個で十分過ぎるくらいよ。今はアンクレットとネックレスの方に注力してくれると嬉しい、と職人さんには伝えてもらえる?」

 

「お、おう」

 

「特にネックレスは初動の注文が殺到するかもしれないから、多めに欲しいわね」

 

「分かった、伝えておく」

 

 相も変わらぬ真顔のままな鎬の内心はよく分からず、本気で疑われているかどうか不明だ。

 こくこくと秋水は頷きながら、背中に嫌な汗が出るのを感じてしまう。ダン・ジョンさんのウソ設定を、もっと煮詰めておくべきなのだろうか。苦手だ。

 鎬からさらなる追求がないかを秋水が警戒していると、このタイミングでぶつぶつ独り言ちって考え込んでいた祈織が、がばり、と顔を上げた。おはよう。

 

「秋水くんは、このサークレット作った職人さんとお知り合いなんですよね!?」

 

「う」

 

 ウソ設定を煮詰める隙など与えてもくれず、即座に秋水へと詰め寄った祈織が目をギラギラさせながら食いついてきた。

 お知り合いというか、毎日のようにお潜りさせていただいているというか、むしろ殴り殺して強奪させていただいているというか。

 そもそも誰だよダン・ジョンさん。どこら辺に住んでいるかもまだ考えていないんだぞ。

 詰め寄ってくる祈織を前にして、秋水の背中から出ていた嫌な汗が、ただの冷や汗になってきた。

 

「是非、是非にこの宝石について詳しく教えて欲しいです! 明らかに天然っぽいですけど、せめて天然なのか人工なのかだけでもっ!」

 

「え、天然なの?」

 

 問い詰めるかのようにグイグイとくる祈織の言葉に、純粋な疑問を口にしたのは鎬の方であった。

 天然の宝石。

 ああ、ガラスで作られたイミテーションの宝石とか、人工ダイヤとかがあるんだったな、と秋水は遅れて思い出す。宝石についてはとことん無知なのである。

 装飾品についても少しくらい勉強した方がいいのかなぁ、と祈織に腹を掴まれてガクガクと揺すられながら秋水は他人事のように考えた。祈織の背が20㎝ほど高ければ、恐らく胸ぐらを掴まれて揺すられていたかもしれない。

 というか、天然の宝石だと、なにか凄いのだろうか。

 祈織の言葉に、驚いたように疑問を返した鎬を見て、なんで驚いたかが分からない秋水が首をかしげる。

 そんな秋水から視線を外し、鎬の方へと顔を向けた祈織が、くわり、と目を見開いた。

 

「それは分からないよ。曲げてるのか伸ばしてるのか削ってるのか全然分からない金属加工なんてしてくる職人さんだから、あくまでも天然っぽく見えるように加工した人工宝石って可能性も十分に考えられるし。でも、これが人の手で作られてるとしたらめちゃくちゃ凄いことだからね」

 

「そうなのかしら」

 

「そうなのだよ。凄い透明だけど奥があって層になってる。均一だけど成長線がある。ノイズがなさ過ぎるけど規則性もなさ過ぎる。人為的な位置じゃないよ。それにあの宝石、自然が作ったにしては綺麗すぎるけど、人工にしては光の返りや色や密度の揺らぎが自然すぎるの。それにカット耐性だって、クセがなくって天然鉱物特有の素直な割れ方してるの」

 

「店長、凄い早口だわ」

 

「でもでもでもでも、金属加工があんな異常なレベルの職人さんなら、宝石製造が異常値だったとしてもおかしくないから、人工宝石って線も捨てがたいー……天然だったら人類がまだ知らない生成環境があるってことだからヤバいけど、人工だったらもっとヤバいよ。いや待って、そもそも金属加工する職人さんが掛け持ちで宝石製造なんて普通しないよね。どっちの技術も神業振るいまくりの神職人なんて、そんな都合のいい話があるわけないよねそうだよねきっとそうに違いないよね。ていうことは秋水くん、職人さんっていうのは個人じゃなくてチーム体制ですね!? つまり神職人集団ですね!?」

 

「秋水、店長がちょっと壊れてるから、少し離れなさい。女の子にベタベタ密着されている秋水を見ると、お姉ちゃん嫉妬しちゃうわ」

 

「無茶言うなよ。掴んで離してくれないんだよ栗形さん……」

 

 急に早口で呪文のような言葉を垂れ流し始めた祈織へ、秋水と鎬は揃って困惑した目を向ける。

 よく分からないが、祈織のテンションが爆上がりしている。喋り倒し方がちょっぴり美寧テイストになっていた。

 こんなに興奮するくらい、あの宝石って凄いものなのだろうか。

 やはり、鑑定士である祈織が判別できない宝石、というのは、あの白銀に含まれている未知の元素のようにインパクトがデカいのかもしれない。

 秋水はちらりと鎬の方を見る。

 

「やっぱり、鑑定の人が知らない宝石があるって、未知の元素並にヤバいのか?」

 

「もちろんヤバヤバのヤバですよ!」

 

 鎬が答える前に、デカい声で応えてくれたのは祈織であった。

 あ、ヤベ。

 祈織のテンションの高さに、秋水は自分の発言のミスを悟った。

 

「合金の方もヤバいですけど、それは今もう形になってるヤバさですからね! でもあの石は違うんです! まだ何者か分かっていない段階で、もう宝石として成立しちゃっているのが異常なんですよ! 宝石っていうのは偶然できた綺麗な石じゃないんですからね! 色、透明度、結晶構造、硬度、安定性、加工耐性、どれか1個でも欠けたらアウトで条件全部揃わないと宝石って名乗れないんですよ! そしてあの石は全部クリアしているんです! 間違いなくジャンルが宝石なんですよ! 未知なのに! 分類できないのに! 鉱物名も元素組成も分からないのに、宝石として振る舞っているんです! これがどういうことか分かりますか!? 自然界のどこかで、人類が一度も観測したことのない条件が、安定して再現されているってことなんですよ!?」

 

「秋水、なんで店長に火をつけるような質問をしたの?」

 

「ゴメンて……」

 

「もしこれが本当に天然鉱物だったら鉱物学がひっくり返りますよ!? 教科書全部書き換えモンですからね!? 未知の宝石が存在する環境が実在するって証明になるんですから! しかもあの石、ただ綺麗なだけじゃないんです! 光の返りが一定で、エネルギー逃がしてないんですよ! もしあれが未知の元素とかいうやつの母体の可能性もありますね! 合金に混ざってる成分のもとの姿かもしれません! 金属の方が加工されていて人の手が加わってますけど、宝石は違いますよ! 自然物か、もしくは自然を完全に再現できる存在が作ったものか、どちらにしても合金より前段階の代物があの宝石かもしれません! 夢が広がりますね!」

 

「秋水、どう収拾をつけるつもりかしら。店長が壊れちゃったわ」

 

「スマンて……」

 

 今までないほどベラベラと喋り倒す祈織。

 天然の宝石だとしたら、人類が未観測の鉱物生成環境がある。しかも、あの宝石は新元素の原材料かもしれない。

 早口なものだから、どうにか聞き取れた範囲はこの程度ではあるものの、祈織の発言にちょっとマズいなと思える点が散見されるのを秋水は感じ取ってしまう。

 人類が未観測な環境。

 ダンジョンだからね。

 推定で地球とは違う空間だしね。

 絶妙に事実にニアピンしてくる祈織に、秋水の背中から滲み出る冷や汗の量が増えた気がした。

 そしてテンションが上がりきっている祈織を見てから、余計なことを聞いてからに、とでも言うかのように、じとりとした視線を鎬が向けてくるものだから、冷や汗がさらに増量キャンペーン。

 宝石の話題で祈織がここまで興奮するとは思っていなかったのだ。許して欲しい。

 困ってしまった秋水の様子に、はぁ、と鎬は深いため息をついた。

 言外に責められている気がする。心苦しい限りである。

 

「とりあえず秋水、ここはお姉ちゃんに任せて帰りなさい。店長はここで食い止めるわ」

 

「申し訳ねぇ……」

 

「待ってください秋水くん! 職人さんに、職人さんたちに、せめて質問だけでも!」

 

 ここは任せて先に行け、的なノリを口にしながら鎬が強引に祈織を秋水から引き剥がせば、じたりばたりと祈織がもがく。

 スパイの人たちも若干遠慮しているダン・ジョンさんへのコンタクトを、まさかの身内である祈織が求めてくる。勘弁してくれ。

 というか、スパイの人たちも謎の職人さんヘのコンタクトは強引に迫ってこないな、と秋水は一瞬不思議に思ったものの、それを気にしている場合ではなかった。

 秋水はそそくさと祈織から離れ、リュックサックを手に取った。

 

「ぬあー! 待って! 秋水くんお待ちになってくださいませー!」

 

「どんな言葉遣いよ。落ち着きなさい店長。宝石に関してここまで熱くなるとは思わなかったわ」

 

「私の第一得意ジャンルは宝石だからね!」

 

「そうだったのね、店長が宝石を取り扱っているのを見たことがなかったから、初めて知ったわ」

 

「みんな駅前の綺麗な鑑定所の方に持って行っちゃうからねぇ!?」

 

 祈織の悔しそうな鳴き声を背後にしつつ、秋水はダッシュで質屋から逃げ出した。

 スライムと初めて対峙したときよりも、素早い逃走だった。

 

 

 





 ダン・ジョンさん、個人名からチーム名になる(;´Д`)

 秋水くんは基本的にドロップアイテムに関して、深いことをなにも考えていません。
 そして、RPGなどのゲームに触れてきていなかったせいで、「武器や防具は装備しないと意味ないんだぜ!」というお約束のネタも分かっていないのです。
 秋水くん、装備してくれ(・ω・`)

 ……もしくは、ネックレスを持って磁石に垂らせ。
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