突進。
攻撃。
後退。
一撃入れて、距離をとる。
まさに一撃離脱といった戦法をひたすら繰り返し、ボスコボルトとの戦いは秋水優位で進んでいた。
「はぁぁ、しんどい! 確かにこんな感じだったな、懐かしいぜ畜生め!」
走りながら腰ベルトのポーチから小瓶を1本取り出し、蓋を親指で弾き飛ばしてから一息でポーションを飲み干して、秋水は愚痴のような文句を零す。
なお、言葉のわりには獰猛な笑みを湛えたままで、とても楽しそうであった。
いや、楽しいのだ。
秋水は飲み終わった小瓶を即座に捨て、腰ベルトからバールを引き抜く。
両手それぞれにバール。
剣鉈と手斧は投擲して手元にない。
巨大バールは落としてから拾えていない。
腰ベルトにはバールが残り1本。
上等だ上等だ。
「ほら、お次を行くぜ!」
ポーションでの休憩を挟み終わった秋水が、走る方向を急転換。
目標はボスコボルト。
いや3体ともボスコボルトか。見分けがつかないから面倒くさい。
「ま、殴れば一緒か!」
身体強化で底上げされた脚力で一気にボスコボルトに詰め寄る。
わりとボコボコに殴られているボスコボルトは、カウンターで叩き殺してやるとばかりに足を止め、棍棒を大きく後ろへと振り絞った。
体の右側、横方向への引き。
横一線に薙ぎ払うつもりか。
面白いじゃないの。
「受けて立ぁぁぁつ!」
秋水は怯むことなく真正面から突っ込む。
通常のバールより、ボスコボルトの棍棒の方がリーチは長い。
それを気にすることなく秋水は走り、地面を蹴って跳ぶ。
射程圏内。
跳ぶのとほぼ同時、ボスコボルトが引き絞っていた棍棒を、秋水の左肩狙いで横薙ぎに振るった。
秋水が懐へと潜り込むより、棍棒の方が一歩早い。
跳んだ状態。秋水はその棍棒を躱すことはできない。
故に。
「ふんどらばすとっ!」
よく分からないかけ声とともに、バール2本を振るわれた棍棒のコースへと割り込ませ、空中で防御。
当然ながら空中で踏ん張ることなどできず、棍棒そのものをバールで防いだとしても、秋水の体は棍棒で殴り弾かれ。
さらに、跳んだ。
バールで棍棒を受け止めた瞬間、L字を棍棒に引っかけるようにして、秋水は思い切りバールを下へと振るった。
バールは下へ。
しかし、L字は棍棒に引っ掛かっており、その力はむしろ秋水の体を上空へと押し上げた。
さらに振るわれた棍棒の勢いを、バールを振り下ろすエネルギーに転換する。
190近い秋水の巨体が、ぐわり、と宙を舞う。
受け流し。
跳んだ秋水の足下を、棍棒が勢いよく通過する。
「はい残念賞! またのご来店をどうぞっ! ブースト!」
棍棒を受け流して宙を舞った秋水は、その跳躍した勢いそのままに体を捻り、ボスコボルトの顔面へと右膝を叩き込んだ。
右足に部分強化を施して、身体強化重ね掛けのニーキックである。
「あ、駄目だこれ」
もろに膝蹴りをぶっ放した直後、秋水は思わず素に戻って呟いた。
ライディングパンツの膝にはプロテクターが仕込まれている。律歌お奨めの夏用プロテクターだ。
硬質のチタンプロテクターではない。
メッシュタイプの、触るとひんやりするプロテクターである。
なお、ちょっとぷにぷにしていて、衝撃吸収能力に優れているのが良いとかなんとか。
つまり、このプロテクターで攻撃を叩き込んでも、その衝撃が吸収される。
さすがにノーダメージにはならないとしても、期待しているほどのダメージは与えられないであろう。
「さすが律歌さんのお奨め品! 大したプロテクターだぜ全くもう!」
膝蹴りから足を伸ばし、体勢が若干崩れたボスコボルトの胸に左のつま先を軽く当て、蹴る。
滞空時間を咄嗟に延長させながら、秋水は腹直筋の力で体を丸め、腹斜筋の力で強引に空中で体を捻った。
ナイスだ腹筋。
こちらと8LDKだ。
秋水は即座に右足の重ね掛けた身体強化を中断。
左足に魔力を移動させながら、その左足の靴底をボスコボルトの顔面に向ける。
「ブースト! あんど、コーティング!」
空中で咄嗟に捻った体勢では大した力は出せないし、跳んだ勢いも膝蹴りで相殺され、踏み込みもできない状態。
ならば、身体強化の重ね掛けで誤飲に脚力を底上げし、魔素反発の魔法でダメージを上乗せする。
体を捻って横に倒し、秋水は一気に丸めたからを伸ばし、左足をボスコボルトの顔面に叩き込んだ。
「ライダァァキックッ!!」
なお無免許。
咄嗟にヒーロー物の技を口走りながら、その靴底がボスコボルトの顔へと綺麗に決まる。
ボスコボルトの体が弾かれるように吹っ飛んだ。
反射的に出したとはいえ、ナイスな一撃だ。
それに、ヘルメットからジャケットから手袋まで、だいたいがバイク用の装備に身を包んでいるのだ。ライダーキックと言っても嘘ではない。運転免許持ってないけど。
叩き込んだ靴は安全靴だが、それには目を瞑りながら秋水は空中でボスコボルトを蹴り飛ばした反動で後方へひらりと跳んだ。
「でーすーよーねっ!」
そして着地するよりも前に、別のボスコボルトが秋水へと襲いかかった。
空中で蹴りを放った直後。
かつ、着地の直前。
そりゃ狙い目だろう。
逆の立場で同じ状況なら、秋水だって狙うタイミングだ。
野球でバットを振るうかの如くぶん回された棍棒が、秋水へと打ち込まれる。
「にんぶっ!」
それをバールで防御。
だが着地前だ。
直撃を避けただけであり、ボスコボルトの膂力をもって秋水は弾き飛ばされ、地面の上を転がる。
「こんくらいなら大丈夫……はいよ、いらっしゃいっ!」
転がりながら地面にバールを突き刺して急ブレーキをかけた秋水が、力尽くで体を跳ね起こす。
岩肌の地面を転がってノーダメージとは言わないが、武装強化を施したバイク装備が衝撃の大半を吸収してくれた。
これは大したもんだ、と思いながら体を跳ね起こしてから顔を上げれば、次のボスコボルトが迫ってきている。
休まる暇なし。
楽しいものだ。
秋水は両手に持ったバールを握り直し、その内の左に握っていたバールの魔力に色を落とす。
「コーティング!」
左のバールに魔素反発の魔法を施してから、秋水はすぐに走りだした。
次のボスコボルトは棍棒を持っていない。
お互いに突進して、すぐにバールと拳の射程圏内。
いや。
足の射程圏内だ。
「おわっ」
パンチではなくキックを繰り出してきたその攻撃を、秋水は咄嗟に左へ躱す。
ギリギリでボスコボルトの蹴りが秋水の胸を掠める。
左へ避けてしまった。
秋水は軽く舌打ちしながら、強引に踏み込む。
「こっちにブースト!」
そしてキックを繰り出して自ら体勢を崩したボスコボルトの胸をめがけ、右手に持ったバールの先端を思い切り突き刺した。
右腕には身体強化を重ね掛け。
底上げされた筋力で、バールの平側がボスコボルトの右胸に突き刺さる。
本当は左のバールで殴ろうと思ったが、左側に蹴りを避けたせいで中断。しかし、結果オーライだ。
秋水は即座に右腕の部分強化を解除しながら、ボスコボルトに突き刺したバールから手を離し。
「もういっちょブースト!」
続いて左腕に魔力を回して身体強化を重ね掛け。
重心を乗せるように一気に体を捻って、今度は左のバール。
「杭打ちだオラァァッ!!」
ボスコボルトの右胸に突き刺したバールの反対側を、左のバールでぶん殴る。
金属と金属がぶつかり合う甲高い悲鳴が響く。
通常のコボルトとは違って何故か吠えないボスコボルトの悲鳴代わりかもしれない。
突き刺さったバールは、叩かれたことでさらに押し込まれ、貫通した。
バールがボスコボルトの背中からこんにちは。
貫いてしまった。
「できちゃうもんだな……」
やった張本人は思わず冷静に呟いた。
その呟きに返事をするかのように、胴体半ばまでL字の先端を埋没させられたその傷口から、ぶわっ、とカラフルな光の粒子が吹き出した。
魔素だ。
そして、死亡演出である。
よし。
秋水はフリーになった右手でガッツポーズを一瞬してから、即座に地面を蹴った。
「いや感動にたぷたぷ浸らせてくれよ忙しいなぁ!」
仲間が致命傷を負わされた復讐なのか、それとも仲間意識もなにもなく隙があるからなのか、もう次のボスコボルトが襲いかかってきていたのが気配で分かる。
先程、秋水を棍棒でボテボテのゴロにしやがった奴である。
空中で蹴り飛ばしたボスコボルトは、ひっくり返って転がっていた。戦線復帰まで少し余裕がありそうだ。
距離をとろうと咄嗟に走り出したものの、秋水は急ブレーキ、直後に反転。
「仕留めたろ!」
腰ベルトから最後の1本であるバールを右手で引き抜きながら、秋水は舌舐めずり。
ボスコボルトは残り2体。
その内の1体が転んでいるなら、立ち上がって棍棒を振り回してくるまで、数秒の時間がある。
もう1体をぶっ殺すには、丁度良い。
襲いかかるボスコボルトに再び真っ正面から突っ込む。
その表情は、変わらず獰猛な笑みのまま。
「こっちもコーティングして」
右手のバールにも魔素反発の魔法を施す。
爆殺戦法は不採用。
殴り殺す。
「さっきはどーも!!」
秋水もボスコボルトも揃って人外の脚力。
互いに走り寄れば、殴り合うには最適な距離まで一瞬だ。
先手はボスコボルト。
振り上げた棍棒を、秋水の脳天めがけて振り下ろしてきた。
通常のバールよりもリーチの長い棍棒だから、先手を取られるのは当然といえば当然だ。
当然だから、先に攻撃モーションに入るだろうことは予測できている。
「ずんだっ!」
まっすぐ振り下ろされた棍棒を、秋水は両方のバールを頭上で交差させ、その交点で避けることなく棍棒を受け止めた。
デカい棍棒。
振り上げた体勢。
先に攻撃がくると分かっていれば、これ程までにタイミングを合わせやすいことはない。
「素直すぎてフェイント疑っちゃったぜっ!」
クロスしたバールで棍棒を受け止めたまま、秋水はその脚力で強引に体を押し込む。
ざり、と棍棒の表面を削るようにバールを滑らせる。
1歩か2歩くらい踏み込めれば十分だ。
ボスコボルトが慌てて引き抜こうと棍棒を上げかけたので、バールで挟み込んでロックを掛ける。
いや、掛けようとした。
しかし、棍棒を捕まえておくことは叶わず、するり、と割と簡単に引き抜かれてしまった。
「ぬあっ、反発させると拘束できねぇ!?」
棍棒をバールで挟んでロックできなかったのは、魔素反発の魔法の影響が大きそうだ。
魔素反発の魔法を施したものをモンスターに押し当て続けるのは、ちょっと無理がある。
失敗した。
つまり善し。
ゴミデータじゃなければ、失敗こそ成長のエンジンだ。
「まずはドーン!」
頭を即座に切り替えて、ガラ空きの腹に向かって秋水は靴底を叩き込む。
お馴染みのヤクザキックだ。
防御が間に合わなかったボスコボルトの体がくの字に曲がるが、どうやら踏ん張ったのか、倒れないし下がらない。
ボスコボルトが両手で構えていた棍棒を右手だけに持ち替えたのが見える。
左手がフリー。
殴り合いに付き合ってくれるのか。
歯を食いしばりながら、にぃ、と秋水は笑みを浮かべる。
「ありがとよっ!」
叩き込んだ右の靴底を下へと滑らせて地面を踏み込むのと、ボスコボルトの手刀が秋水の右肩を捉えたのはほぼ同時。
武装強化による全体の補強に、肩には衝撃吸収のプロテクターが仕込まれている。
耐える。
姿勢を多少崩しながらも、秋水は左手に持ったバールで同じくボスコボルトの右肩を殴る。
振り回して殴るには近すぎるため、握り構えた短い方、剣で言うなら柄の頭になるであろう部分でボスコボルトの肩をエグるように叩きつける。
実際にはエグれないし、刺さらない。
魔素反発の魔法が施されているからだ。
だが、殴打のダメージは入る。
「ずっ! どんっ! ぼらっ! よっ!」
即座に体を捻って右のバールで殴る。
右肩に手刀を入れられたせいで、ちょっとバールの握りが甘かった。
殴られながらも右手に持った棍棒を横へと降り構えていたボスコボルトが、体を回してデカい棍棒で殴りかかる。
その右肘を、左のバールで押し込む。
長物の武器は、殴り合いができるくらいの至近距離ではさぞ使い難かろう。巨大バールを扱っている秋水は、その取り回しの悪さに対する苦慮は身に染みてよく分かっているつもりだ。
棍棒で殴ろうとしたものの、それを腕ごと押しとどめられたボスコボルトが、勢い余って足をもつれさせた。
容赦なく右のバールで顔面を叩き下ろす。
ボスコボルトの体が、頭から地面に叩きつけられた。
「ブーストっ!」
バールを振り下ろした勢いを股関節へ伝え、右足を後ろへと跳ね上げる。
その右足へ部分強化を施して、身体強化を重ね掛け。
「コーティングっ!」
そして後ろへ跳ね上げた右の靴に、魔素反発の魔法を施した。
地面に叩きつけられたボスコボルトの頭が、反動で軽く浮き上がる。
おや、ありがたい。
自分から当たりやすく微調整してくれるなんてな。
秋水は一気に右足を振り下ろす。
「ドライブショォォォットっ!!」
サッカーボールを蹴るかのように、ボスコボルトの頭を右足で思い切り蹴り飛ばした。
正確には、蹴り飛ばすつもりで蹴った。
身体強化を重ね掛け、魔素反発の魔法を施した右足からは、まるでスイカでも砕くような感触。
右足が、振り抜けた。
一瞬遅れて、光り輝く魔素の粒子が、ぶわっ、と舞い上がる。
ボスコボルトの特徴的なその犬の頭を、秋水の足が粉砕したのだ。
「……あれ、シュートだったっけ?」
ボスコボルトの頭を蹴り砕き、降り上がった右足を力尽くで戻した秋水は、一拍遅れて首をかしげる。
条件反射的にサッカー漫画の必殺技みたいな名前を叫んだものの、間違っていたような気がする。
まあ、良いか。
2体目のボスコボルトもぶっ殺した。
蹴り抜いた足で踏み込んで、秋水は大きく一息。
右の靴に魔素反発の魔法を施しているせいで、頭が弾け飛んだボスコボルトの首から吹き出す魔素が目くらましのように部屋中に散らかっていく。
「3つ同時、は今のところちょっと無理、と」
体を起こしながら、秋水は最後のボスコボルトへと向き直った。
両手に持ったバールは、いつの間にか魔素反発の魔法が解除されている。
3点同時に発動させるのは難しい。
身体強化のように体全体で発動させられるように訓練すべきかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、秋水はバールを構えなおした。
最後のボスコボルトは、ようやく立ち上がったところだ。
「遅かったじゃねぇか。独りぼっちだぜ、お前」
素早く息を整えてから、秋水は岩肌の地面を軽く蹴る。
ボスコボルトとのタイマン勝負。
慢心せず。
油断せず。
ぶち殺すことを考える。
やっぱり、ダンジョンは楽しいなぁ。
秋水は駆け出した。
「独りぼっち同士、楽しくやろうぜっ!」
第3層侵攻開始、1月25日。
階層主討伐、2月8日。
階層主再討伐、2月9日。
棟区 秋水、第3層、完全踏破。
地下3階、攻略(?)。
ちなみに現状の秋水くん、武装強化と魔素反発の魔法が強力すぎて、本来であれば地下5階を攻略できる実力を有しています。
ダンジョンを満喫しまくったせいで、レベリングしすぎなのよキミ( ´-ω-)