ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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※この物語はフィクションです。実在の政府関係者とは全くの無関係です。
※秋水くん周りとはストーリージャンルが極端に違います。
※作者から政治的意図やスタンスを示すものではありませんし、政府や政治をディスりたいわけではありません。



250『裏の戦い:政府交渉③』

 2月11日。

 決戦の月曜日。

 相も変わらずセーフエリアで目を覚ました秋水は、スマホで日時を確認してから、思わず神妙な顔をしてしまう。

 秋水は普通に学校だ。

 今日は半日。

 ただの自習。

 そこについては問題ない。

 いや、多少の問題はあるけれど、本日の大問題に比べれば屁でもない。

 

 今日は、政府との交渉会議、その2回目が予定されている。

 

 ふぅ、と秋水は深呼吸をしてから、再び時間を確認する。

 午前6時。

 さすがにまだ、交渉担当の鎬はこの街を出発していないだろう。たぶん。

 正直なところ秋水は、半ば蚊帳の外である政府との交渉。

 どのような段取りで進んでいるのか、そして今日はどこまで話を詰めるつもりなのか、なにも分からない。

 全てを鎬に任せているからだ。

 任せざるを、得ないからだ。

 

「頼むぜ鎬姉さん」

 

 せめて出所情報の隠匿だけでも頑張ってくれ。

 もちろん、出所情報の隠匿という条件が一番難しいであろうことは、秋水自身もよく分かっている。

 分かっているが、それでも秋水は鎬に託し、祈ることしかできないのだ。

 

 政府との交渉が一段落つかないと、地下4階に進めない。

 

 だから頼む。

 白銀のアンクレットの出所は、探られないようにしてくれ。

 秋水はダンジョンの中より、そう強く祈るしかなかった。

 そんな秋水の枕元には、白銀のサークレットが2つ転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある県の、政令指定都市。

 駅直結の高層ホテル、三十階の特別会議室前。

 廊下を歩くスーツ姿の一団は、本来なら東京の霞が関にいるべき人間たちだった。

 経済産業省、文部科学省、内閣府、警察庁。

 そして、それらを束ねる内閣官房の特命担当。

 政府関係者、と言うよりも、政府の代表、と表現しても差支えはないかもしれない。

 少なくとも平の職員とはかけ離れた地位にいる面子であった。

 ただ、どの顔にも、地方出張に似つかわしくない疲労と緊張が刻まれている。

 

「予定時刻です――入りますか?」

 

「ああ」

 

 重厚な防音ドアの前で、秘書官が短く頭を下げる。

 経産省代表はネクタイを整え、軽く息を整えてから頷いた。

 今回は、前回のように揉めることはない。そう信じたかった。

 政令指定都市の中心部とは言えども、彼らが霞が関を離れてわざわざ来た理由は、交渉、である。

 民間と政府。お互いに妥協点を探る場。建前上はそうなっている。

 だが、実際には――火消しだ。

 

 日本国内で、新しい元素を含む物質が発見された。

 

 新元素の発見、というのは、科学史に残る快挙だ。

 しかもそれが、粒子加速器を用いてミリ秒単位の一瞬だけ観察できるような元素ではなく、普通の環境下で普通に存在している元素とのこと。

 これが世紀の大発見間違いなし、というのは科学者でもない経産省代表の男ですら分かることだった。

 最初の一報を聞いたとき、日本発の偉業、と経産省代表も単純に感心した。今にしてみれば、なんと暢気な考えだったのだろうか。

 その暢気さは、それがどんな形で見つかったのかを知って、全て消え去った。

 

 新しい元素を発見したのは、日本国内ではなく、海外の研究所。

 

 アンクレットとかいうアクセサリーに新しい元素が含まれていたとのこと。

 そのアンクレットは、片田舎で個人経営を営んでいるただの質屋で販売されているものだった。

 普通に、しれっと、当たり前のようにネット販売している商品だったのだ。

 そのほとんどは、海外に向けての販売だ。

 

 そして、新しい元素の可能性を示唆されて、さらに海外の研究所や大学へ大量に売り捌いている。

 

 国内には、まるで流通されていないまま。

 

 安全性の確認なしに。

 

 聞いた瞬間、経産省代表の男は、マズいな、と直感的に思った。

 しかし、文部科学省の役人たちが揃いも揃って頭を抱えていたのを見るに、おそらく経産省代表の男が感じていた以上に、事態は深刻なのだろう。

 事実、各省庁の意見をまとめたら、かなり悪い状況である。

 経産省代表の男が所属している経済産業省からは、輸出管理・技術流出の危険性・国益の損失の点で主張があがる。

 

「出所不明の高純度金属が野放図に海外へ流れている。これは国家レベルの技術流出だ」

「国が把握していない物質の海外輸出は、貿易管理上の重大なリスク」

「市場の混乱を避けるためにも、一旦政府管理下に置くべき」

 

 という、国の技術保護や貿易管理の観点からストップをかけたいという意見だ。

 文部科学省からは国内での研究サンプル不足と、国際評価の低下を恐れる声が上がっている。

 

「日本の研究機関だけが試料を確保できていないのは異様」

「このままでは国際競争力で決定的な遅れが生じる」

「まずは国の研究機関に一定量を優先的に提供すべき」

 

 などなど、国内の大学に回ってこない問題を最重要視しているようだ。

 そして外務省からは国際問題化のリスクと外交摩擦の懸念の声である。

 

「海外研究機関にだけ流れている状況は、外交的に疑念を招く」

「新物質が、民間の弱小店の独断で世界に出回った、と知れれば、国際的な信用を損なう」

「外為法違反で摘発すれば、相手国との摩擦になる。慎重な対応が必要」

 

 外交問題になるのを全力で避けたい意向だ。

 内閣府と防衛省、特に危機管理担当からは、とにかく国家安全保障上のリスクを指摘されている。

 

「未知の金属がテロ組織に渡れば、どう責任を取るのか」

「金属が超高性能なら、防衛装備品への応用がありうる。もし兵器転用性があれば、万が一それを敵対国が利用した場合、日本の安全保障に直結する」

「国の安全が懸かっている以上、政府管理下に移行させるのは当然だ」

 

 最悪のケースを想定する役である以上、最も強硬姿勢である。

 次いで強硬姿勢派である警察庁からは、法令違反の可能性と流通監視不足を突かれている。

 

「成分不明の金属を海外へ販売するのは明確な外為法違反の可能性がある」

「販売者に悪意がないとしても、法的には摘発対象」

「出所が不明な時点で、犯罪利用の可能性も否定できない」

 

 法的にアウトの可能性を強く押し出している。

 そして厚生労働省もしれっと人体への安全性について意見を出していた。

 

「新物質が皮膚に触れて大丈夫なのか? 人体への影響評価は?」

「市場に流通させるのは危険」

 

 安全性の未確認を問題視しているようだ。

 各省庁からの意見を取りまとめ、たかが地方の質屋ひとつに任せられる案件ではない、という政府の方針は即座に固まった。

 そして、最終調整役として立たされたのは、この男、経産省代表である。

 各省庁の意見に挟まれながら、片田舎でひっそり営む質屋と、新しい元素を含むアンクレットの取り扱いに対する交渉。

 とんだ貧乏くじだ。

 反面、彼は思った。

 個人経営の小さな店だ。現実的な問題点を突き付ければ、現実が分かるだろう。

 そんな甘い想定があったのは確かだ。

 

 だが、その質屋は恐ろしいことに、海外への販売を続ける気満々であった。

 

 販売は継続する。

 入手ルートは明かさない。

 だけど身の安全は保障してほしい。

 故に弁護士を雇いました。

 ちょっとお前マジでふざけんなバカヤロウ。そんな素の言葉が出なかった自分を褒めてやりたいものである。

 お互いの主張が正反対である以上、結局前回の会議は着地地点を探ることもなく終了した。

 しかし、この案件は、悠長に時間をかけていられる案件ではない。

 

 具体的には、制限時間があと2週間しかない。

 

 今日の会議で、とにかく政府側の主張を相手に飲ませなければならない。

 胃が痛い役回りだ。本当に貧乏くじを引いたらしい。

 重厚な防音ドアが開く前に、はぁ、と経産省代表の男がため息を1つ。

 隣で内閣府の男が、半笑いでぼやいた。

 

「まあ、今回はすんなり行くでしょう。弁護士二人と個人経営の質屋だ。あの棟区とかいう人も、現実は理解できるタイプに見えたよ」

 

 誰かが小さく笑い、別の誰かが、そうだな、とやや緊張した声で相槌を打つ。

 ただ一点だけ、経産省代表の男には気がかりがあった。

 前回、質屋の女はほとんど何も喋らなかったが、弁護士の男はこちらの言葉尻を正確に捉え、警戒心の強い目で全てを聞いていた。一介の町弁にしては場慣れしているようだ。

 田舎の質屋より、むしろあの弁護士の方がやりづらい。それが代表の率直な感想である。

 そんな思いを抱きつつ、会議室の扉が開かれた。

 

 

 

 その瞬間、彼らの空気が凍り付く。

 

 

 

 会議室に足を踏み入れた瞬間、経産省代表の男は、自分の判断が一瞬遅れたことを悟った。

 

 数が、合わない。

 

 広い会議室には、高級感のある大きな長テーブル。

 そこには、先週も見た質屋の美女と、弁護士が2人。

 質屋の女、棟区 鎬。

 弁護士の峰岸と鋒山。

 

 そして、その左右と背後に、明らかに予定に存在しなかった人間が、8人。

 

 白衣の者。

 高級そうなスーツに身を包んだ者。

 肌の色も、髪の色も、言語も統一感がない。

 しかも全員が、すでに席に着き、資料に目を落とし、通訳用のイヤホンを装着している。

 まるで最初から、ここにいるのが当然だったかのように。

 経産省代表の喉が、ひくりと鳴った。

 視線を正面に戻す。

 

 

 

 壁一面の大型モニター。

 

 

 

 そこに映し出されている顔の数を数え、彼は思わず息を呑んだ。

 

《Connected : 15 participants》

 

 画面の隅に表示された、無機質な英語表記。

 15人。

 オンライン参加者が、15人だ。

 その中の一人に、見覚えがあった。

 

 外国政府の要職者だ。

 

 直接会ったことはない。

 だが、資料や報告書の中で何度も目にした顔。

 自分よりも、確実に格上の存在。

 なぜ、ここにいる。

 なぜ、この場に。

 経産省代表の男は、ようやく理解した。

 これはもう、国内の民間協議ではない。

 国際会議である。

 しかも、政府側が主導する形ではない。

 

「……なんだ、これは」

 

 経産省代表の男は、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。

 隣で内閣府の男が小さく息を呑む。

 警察庁の代表は、眉をひそめたまま動かない。

 文科省の役人は、明らかに顔色を失っている。

 あらかじめ提出されていた出席者名簿には、民間側の記載は3人。

 棟区、峰岸、鋒山。

 それだけだったはずだ。

 なのに目の前には、20を超える追加の面々。

 しかもおそらく、ただの民間人ではない者たちか、そもそも外国政府の者か。

 経産省代表の男は、事前に受け取っていた名簿を思い出した。

 

「出席者名簿と違うじゃないか」

 

 経産省代表の男は思わず声を荒げた。

 

「この人たちは何者だ!」

 

 言い終えてから、遅れてはたと気づく。

 前回の会議で出席していた3人で、中央に座っていたのは峰岸という中年の弁護士だったはずだ。

 

 なのに今回、中央に座っているのは、質屋の女、棟区 鎬、本人だ。

 

 黒いスーツ。

 淡いグレーのスカーフ。

 姿勢は完璧で、その美しい顔は表情一つ動かさない。

 彼女はまるで、経産省代表の男の言葉を予想していたかのように、涼しい声で答える。

 

「非公式での民間との協議、でしょう?」

 

 彼女の声は穏やかだったが、その言葉には明確な刃があった。

 この女は、こんな声だっただろうか。

 前回の会議では最後の最後以外まるで喋らなかったので、印象がなかった。

 鎬はまっすぐ経産省代表の男を見据えながら、穏やかに言葉の刃を引き抜いた。

 

「官庁会議の形式に、民間が従う義務はありません。オブザーバーを招くことも、非公式である以上、こちらの裁量です」

 

「な……」

 

 経産省代表の男は、一瞬、言葉を失った。

 そうだが。

 それはそうだが。

 確かにこの会議は非公式で、あくまでも民間との協議の場ではあるが。

 言っていることは理解できる。

 理屈としては正しい。

 だが、だからといってこれは許される話なのだろうか。

 経産省代表の男は、鎬の物言いに混乱してしまう。

 いや馬鹿なのか。

 この女は馬鹿なのか。

 

 非公式なのは政府のためではない。

 

 民間である質屋の情報を、世間に晒させないためという理由が強いのだ。

 

 政府としては、この会議が公開会議であっても構いはしないのだ。むしろ、公開会議の方が色々とやり易いまである。

 だが、新しい元素を含むアクセサリーを取り扱っている店、というのが公式会議で取り上げられてしまえば、その情報は一瞬で拡散してしまうことも分かっていた。

 そうなればどうなるか。

 ただの地方の小さな質屋に、問い合わせが殺到するに決まっている。

 いや、問い合わせだけならまだしも、人が殺到してしまうであろうことは、火を見るよりも明らかだ。

 問い合わせ。

 取材。

 投資。

 脅迫。

 そして、最悪の場合――暴力。

 そうならないための、非公式会議である。

 民間の質屋を危険に晒さないため、非公式という形式をとったのだ。

 それに、前回の会議では質屋側の要求として、安全の保障、というのを求めていたはずだ。

 なのになぜ、海外の人間を招いて情報を拡散するという、自らの首を絞めるような真似をするのか。

 馬鹿なのか。

 弁護士の2人は、なぜ止めなかったのか。

 それとも。

 経産省代表の男は、無意識のうちに弁護士の方へ視線を走らせた。

 峰岸は、何も語らない。

 資料を整え、腹の辺りを軽くさすっている。

 表情は、読めない。

 

 ――こいつが仕組んだのか。

 

 この段取り。

 この人数。

 この配置。

 民間の個人経営者が、独力で用意できるはずがない。

 弁護士が、盤面を組んだ。

 そう考える方が、自然だった。

 

「……それでは議事運営に支障が――」

 

 内閣府の男が、慎重に言葉を選びながら口を開く。

 だが、鎬は被せるように答えた。

 

「支障が出るのは、秘密主義の側だけよね」

 

 空気が凍る。

 秘密主義。その言葉が、経産省代表の男の胸に刺さった。

 秘密にしているのは、誰のためだ。

 言い返そうとして、言葉を飲み込む。

 ここで反論すれば、政府が隠している側に見えてしまう。

 鎬は、小さく微笑んだ。

 

「それでは、着席を。会議を始めましょう」

 

 彼女の言葉と同時に、通訳用イヤホンを耳に差し込む音があちこちから響いた。

 モニターの向こうの誰かが英語で挨拶し、隣で別の外国人がフランス語で返す。そして鎬に向けて軽く頷いた。待っていた、と言わんばかりの、奇妙な落ち着きで。

 鎬の左右に控える弁護士、峰岸と鋒山。

 峰岸はすでに書類を整え、静かにペンを置いて、まるでこれから起こる展開をすべて知っている者のような沈黙を守っていた。

 鋒山は沈黙のまま、机の下で拳を握っている。

 そして鎬が、一枚の資料を静かに広げた。

 それを見た経産省代表の背中を、じっとりと冷や汗が伝ってしまう。

 淡々とした動作なのに、それはまるで、開戦の合図のようであった。

 

 なにかを仕掛けられたことは、分かる。

 

 問題なのは、鎬が仕掛けたなにか、が分からないことだった。

 

 通訳の音声が落ち着き、会議室に一瞬の静寂が訪れた。

 経産省代表の男は、背筋を伸ばす。

 ここだ。

 ここで、話を正道に戻す。

 この場は対立のためではない。

 威嚇でも、脅迫でもない。

 保護のための協議だ。

 

「……まず、政府としての立場を整理させていただきたい」

 

 経産省代表の男は、喋ってから自分の声が思ったよりも硬いことに気がつく。

 相手の盤面が、想定よりも遥かに大きすぎたせいだろう。

 

「我々は、貴店の活動そのものを否定する意図はありません」

 

 視線の先で、棟区鎬は微動だにしない。

 肯定も否定もない、完全な無反応。

 

「問題は、規模と影響です」

 

 経産省代表の男は、用意していた資料を開いた。

 

「新元素を含む可能性がある物質。安全性未確認。研究価値が極めて高い。さらに、国外への流通が確認されている」

 

 事実だけを淡々と並べる。

 並べてみて、やっぱり民間でどうにかなる範囲をはるかに超えてるだろ、というツッコミを内心で入れてしまえるレベルだ。

 

「この時点で、民間事業者が単独で背負うには、リスクが過大です」

 

 これは、責めている言葉ではない。

 むしろ、同情に近い。

 なにせ商品から新元素などというものが発見されたのは、質屋側だって想定していないことだっただろう。

 それを念頭に置きながら、経産省代表の男は言葉をつづけた。

 

「だからこそ、我々は管理を提案しています」

 

 しかし、その言葉に会議室の空気がわずかに揺れた。

 海外の面々だ。

 しまった、政府が管理する、という言葉が誤って伝わる可能性がある。

 

「管理というのは、没収ではありません。独占でもありません」

 

 慌てて経産省代表の男は補足する。

 この言葉を、誤解されるわけにはいかない。

 ええい、面倒な人々を呼びやがって。

 

「政府主導で、安全性評価、流通管理、研究配分を行う。貴店には、正式な供給ルートとして関与していただく」

 

 腹の中でこの盤面を組んだであろう弁護士の男に毒づきながら、経産省代表の男は言葉を選びながら続けた。

 

「表に立つ危険を、国が引き受ける。メディア対応、外交対応、治安リスク。それらを、全てです」

 

 これは善意だ。

 少なくとも、経産省代表の男自身は、そう信じていた。

 

「その上で、当然ながら正当な利益は保証する。契約として明文化し、恣意的な変更は行わない」

 

 ちらりと弁護士の方を見る。

 ここまで言えば、理解するはずだ。

 民間を守るための管理。責任を国が背負う代わりに、自由を一部預かる。

 それが現実的で、穏当で、最も被害が少ない解決策のはずだ。

 しかし、弁護士の2人は沈黙を貫いていた。

 女の弁護士は疑わしそうに経産省代表の男を睨んでいたが、男の方は表情を変えることなく、ちら、と中央に座る人物へと視線を流す。

 会議室の視線が、棟区 鎬に集まった。

 彼女は資料に目を落としたまま、しばらく黙っている。

 長い沈黙。

 経産省代表の男は、その沈黙を思案だと解釈していた。

 分かってくれる。

 ここまで言えば、分かる。

 個人経営だ。

 現実は理解できるはずだ。

 だが。

 鎬は、ゆっくりと顔を上げる。

 その目は、氷のように冷えきっていた。

 

「……つまり」

 

 静かな声。

 

「危ないから、国が管理する。その代わり、こちらは国のルールに従え、ということね」

 

「簡潔に言えば、そうです」

 

 絶妙に嫌な言いかえをしやがる。

 経産省代表の男は内心で毒づきつつ、しっかりと頷いた。

 しかし、鎬は頷かない。

 首を傾けることも、眉を動かすこともない。

 ただ、淡々と次の言葉を告げるだけだった。

 

 

 

「お断りします」

 

 

 

 一瞬、意味が理解できなかった。

 静かに、穏やかに、そしてこちらを突き放すように冷たく、簡潔すぎる返答だった。

 

「その前提自体が、こちらの判断と合致しないわ」

 

 淡々とした声。

 だが、その一言で、確かに盤面がひっくり返ったのを経産省代表の男は肌で感じ取ってしまった。

 経産省代表の男は思わず身を乗り出す。

 

「待ってください。今のは管理の話です。なにもあなた方の商売を禁止するという話ではない」

 

 管理というのは、なにも財産を没収する話でもなければ、国が利益を独占しようという話でもない。

 海外の連中が誤解するならまだしも、日本人がその言葉を誤解するんじゃない。

 もっと頭のキレる女かと思ったが。

 経産省代表の男は鎬の人物評価を内心で下方修正しつつ、もう少し分かり易い言葉で再び説明を繰り返そうとした。

 しかし、鎬は首を横に振る。

 

「管理される、という時点で危険よ」

 

 その言葉に、会議室が軽くざわめく。

 特に、モニターから日本語ではない呟きが。

 

「国の判断は変わるわ。担当者も、政権も、世論も。今日の保護が、明日の規制や切り捨てに変わらない、なんて保証はないでしょう?」

 

 冷静な指摘だった。

 経産省代表の男は、反射的に反論しかけて、止めざるをえない。

 保証。

 絶対の保証。

 そんなものなど、この世にはない。

 

「それに、守る、と言いながら、こちらの意思決定権をすべて預けろ、というのは」

 

 鎬は、続ける。

 視線が、まっすぐに経産省代表の男に刺さった。

 

「商売の話ではないわ」

 

 その瞬間、経産省代表の男は悟った。

 これは、説得では終わらない。

 彼女は、管理される未来そのものを、最初から切り捨てている。

 善意で差し出した最初のカードは、受け取られる前に机の上で叩き落とされた。

 拒絶。

 その言葉の余韻が、会議室に重く落ちる。

 経産省代表の男は、即座に理解しようとした。いや、理解したつもりになろうとした。

 これは交渉だ。

 最初のカードを突っぱねるのは、よくある。

 

「……誤解があるようです」

 

 慎重に言葉を選びながら、口を開く。

 

「我々は貴店の経営を妨害する意図はありません。ただ、未知の物質というのは民間の一店舗が供給を一手に扱うには、あまりにもリスクが大きいものです」

 

 あくまで前向きに。

 建設的に。

 経産省代表の男は感情的にならないように気を付けながら、言葉を続けた。

 

「だからこそ、管理という枠組みで――」

 

「前提が違うの」

 

 だが、鎬の声が、それを遮る。

 強くもない。怒ってもいない。

 感情の色はまるで見えないが、明確な拒絶というのは分かる一言。

 

 

 

「供給を続ける、という前提自体が、こちらにはないわ」

 

 

 





内閣府 (なんでこんなに参加者がいるんだ……こわ……)
文科省 (なんでこんなに参加者がいるんだ……こわ……)
警察庁 (なんでこんなに参加者がいるんだ……こわ……)
鉄臣さん(なんでこんなに参加者がいるんだ……こわ……)
志穂さん(なんでこんなに参加者がいるんだ……こわ……)
経産省 (あの弁護士、なにか仕込みやがったな……)

 秋水くんや鉄臣さんは、質屋にいた外国人たちを警戒してましたが、鎬さん自身は一度も敵対関係になろうとはしてないんですよね。
 ヤバそうな連中は早い段階で秋水くんと鉄臣さんと志穂が追い払ったので、残った外国人たちは大体味方です、科学のね(*'ω'*)
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