ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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253『地下4階』

 2月11日、月曜日。

 夜の帳が降りた頃、スマホから通話着信のお知らせが鳴り響く。

 来たか。

 ダンジョン地下1階、セーフエリア。

 部屋着のまま座布団の上で正座して待ち構えていた棟区 秋水(むねまち しゅうすい)は、軽く深呼吸してからスマホを手に取った。

 通話開始。

 

『とりあえず、アンクレットに関しては、このまま販売し続けてもOKって感じになったわ』

 

「は?」

 

『あと、情報提供とかしなくても良くなったわ』

 

「え?」

 

『ついでに警備とかもしてくれるらしいわ』

 

「なんて?」

 

 スマホの向こうからは女性の冷静な声。

 秋水の叔母、棟区 鎬(むねまち しのぎ)である。

 もしもし、という前置きもなく、いつもの軽い口調で本題を連続でぶち込んで来やがった。

 正座を崩すことなく、秋水は頭を抱えてしまう。

 

「いや待って、ちょっと待って、急転直下すぎて理解が追いつかねぇ。向こうさんはサンプル没収みたいな雰囲気だったんじゃないのか?」

 

『それもこれも超有能弁護士のおかげね』

 

「ウソだろ」

 

『愛してるわ秋水』

 

「急にブッ込んでくるんじゃないよ」

 

 いつものノリだ。

 思わず秋水も、いつもの調子でツッコミを入れてしまった。

 地球上では発見されていなかった新元素。

 それを含んだ白銀のアンクレットの取り扱いに関して、政府との2回目となる会議が今日、開かれた。

 その結果報告だ。

 報告内容としては、どういうことだろう。つまり、こちらの要求が全部通った、ということだろうか。

 そんな馬鹿な。

 政府側が妥協する理由なんてどこにもないだろう。

 しかも、情報提供をしなくても良いとか。

 えーっと。

 

「……マジ?」

 

『マジよ』

 

「なにしたんだよ鎬姉さん」

 

『ウチの弁護士が天才で助かったわ』

 

「ウソだろ」

 

『マジよ』

 

「マジか」

 

 それから少し喋って、秋水は通話を終了した。

 無機質な電子音がスマホのスピーカーから流れる。

 秋水は天井を見上げた。

 ダンジョンの七不思議、光る天井の岩。不思議は7つどころじゃないけれど。

 

「えー……と」

 

 眩しい天井を見上げながら、秋水は呟いた。

 新元素の問題は、とりあえず難関クリア、ということか。

 鎬が一体どんな手段を使ったのか分からないが。

 まあ、それは横に置いて。

 とりあえず、目先の問題が解決した。

 ということは。

 つまり。

 

「……地下4階、行けるんじゃね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 どうにか事務所に辿り着いた峰岸 鉄臣(みねぎし てつお)は、自分のデスクに荷物を置いてから、大きくため息を吐き出した。

 疲れた。

 精神的に。

 相方である鋒山 志穂(ほこやま しほ)は、すでに退勤済みである。

 と言うか、今日はさっくりと帰らせた。

 言いたいことが山ほどあります、といった不満そうな表情をしていた志穂であったが、車で事務所まで送ってもらって、本日は直帰にさせる。

 正直ちょっと、志穂の相手をする精神的な余裕がない。

 鉄臣は自分の椅子にどかりと勢いよく座り、その背もたれに体を預けながら天井を見上げる。

 再びため息。

 ため息をつくと幸せが逃げる、というのを聞くが、なるほどその通り、天井に向かって自分の幸福というものが手を振って逃げていくように見える。

 胃が痛い。

 うー、と鉄臣は小さく唸ってから、スーツの内ポケットにある携帯用の胃薬を取り出す。

 空だった。

 3度目のため息。

 よいしょ、と背もたれから体を起こし、デスクの引き出しを開ける。

 胃薬は常備薬。

 悲しい。

 減りの激しい愛用の胃薬を飲んでから、鉄臣はようやく一息つけた気分になる。胃薬が安心スイッチになりかけていてさらに悲しい気分になりかけるが、その現実からは目を背けることとした。

 

「……さて」

 

 時間も時間、志穂どころか誰もいない暗い弁護士事務所。

 自分の椅子に座りながら、鉄臣は改めて今日のことを思い返す。

 

 

 

 棟区 鎬の独断専行、まさに独壇場のオンステージ。

 

 

 

 思い出しただけで胃がしくしくする。

 つらい。

 ではなく。

 

 政府陣営を相手にした、新元素を含む商品取り扱いについての協議。

 

 政府側が完全に折れた。

 全ての提案を引っ込めた。

 そしてこちらの意見は、全部を通されてしまった。

 結果だけでものを言うなら、まさに大勝。

 完全勝利と言って過言ではないだろう。

 これにて一件落着。

 ハッピーエンドの大団円。

 

「と、単純な話じゃないよな……」

 

 ぽつりと、鉄臣は苦笑とともに零した。

 誰もいない事務所だ。素の言葉遣いが出てしまう。

 今日の交渉会議は、鉄臣にとって素直に喜べるものではなかった。

 当然だ。

 

 鉄臣は、なにもしていないのだから。

 

 なにもしていない。

 むしろ、なにもできなかった。

 今日の鉄臣は、ただただ座っていることしかできない、ただの置物でしかなかったのだ。

 協議で大勝ちをしたところで、それは鉄臣の手柄ではない。

 一切、ない。

 

 

 

 最初から最後まで、鎬に取り仕切られた。

 

 

 

 確かに、前日に鎬からは、交渉の進行や受け答えは全て自分が行う、という通告を受けた。

 だとしても、弁護士としてはただただ黙っているつもりはなかった。鎬が不利になりそうであるならば、すぐにでも口を出そうと思っていた。

 思っていた、だけだった。

 まさか本当に、最初から最後まで、進行の全部を取り仕切るとは、予想すらできなかった。

 

「何者なんだ、あの人は……」

 

 暗い事務所の壁に向かって、鉄臣は呟く。

 多数の外国人研究者。

 他国の政府高官。

 現地参加にオンライン参加、合計したら20名は優に超える。

 スケジュールに余裕がありそうな面子ではない。

 それを、たった1週間で集めたというのだろうか。

 いや、新元素の話となれば、予定を無理矢理開けてでも参加してきそうな面子ではある。

 だとしても、1週間で集められるものなのだろうか。

 

「もしくは、その前から仕組んでた……?」

 

 顎に手を当てながら鉄臣は考える。

 なにも喋ることがなかった前回の第1回会議、恐らく鎬はそれを捨て駒にしている。もしくは、政府側の出方を窺っていたか。

 政府側がこちらに対して最初から協力的であれば良し、高圧的であるならば、それを録音して次回への武器にする。

 そして第1回会議の時点で、鎬はすでに第2回会議を視野に入れていたのだろう。

 鎬は最初から、海外のオブザーバーを呼ぶつもりでいた。

 そう考えれば、色々と辻褄が合ってしまう。

 参加者を募れたことも、前回の会議でネックレスのことを政府に伝えなかったことも。

 だとするならば。

 

「……私たちは、必要だったのか?」

 

 壁に向かって漏らした言葉は、どこか無力感が漂っていた。

 必要なかった、とは言わない。

 確かに、今日という日を迎えるにあたり、自分と志穂はあの会議の席に座っている必要はあったのだ。

 盤面を彩るための『小道具』として。

 それは、弁護士としての専門的な知識や、交渉術を期待されてのものではなかったのだろう。

 

 相方である志穂の顔が脳裏に浮かぶ。

 

 正義感が強すぎて沸点が低く、相手が誰であろうと間違っていると思えば机を叩いて怒鳴り散らす、手のかかる狂犬のような新人。

 あの鎬という女は、志穂のそんな性質を完璧に見抜き、そして隅から隅まで利用し尽くしたのだ。

 1週間前の、第1回会議での志穂の行動を思い返す。

 政府側の高圧的な態度に激怒した志穂は、見事に机を叩いて怒鳴り散らし、会議を荒らしに荒らした。

 結果として、交渉は決裂に近い形で終わった。

 若さゆえの失敗だと思っていたが、違う。

 今なら分かる。

 それこそが、鎬の望んだ最高のシナリオだったのだ。

 志穂が政府官僚に真正面から噛みつき、会議を強制終了させてくれたおかげで、鎬は一切の譲歩を迫られることなく、「政府の恫喝まがいの発言」だけを綺麗な音声データとして録音することに成功した。志穂の怒りすら、ただの録音スイッチを押すための道具に過ぎなかった。

 もし仮に、政府側が最初から協力的で穏便な態度だったなら、正義感の強い志穂は暴れることなく、大人しく交渉のサポートに徹していただろう。

 政府が高圧的に出れば志穂が噛みつき、協力的であれば志穂は真面目に働く。

 どちらに転んだとしても、鎬の目的は達せられる。

 志穂は鎬にとって、あまりにも扱いやすい、完璧なコマであった。

 もしかすると、志穂が選ばれた最大の理由は、車の運転が丁寧で安全だから、程度のものだったのかもしれない。そう考えると、底知れない恐ろしさに背筋が凍る。

 人の正義感すらも計算に組み込み、掌の上で踊らせる。その事実を志穂本人が知ったら、どれほど傷つき、怒り、そして絶望するだろうか。

 

 そして、鉄臣自身も同じだ。

 

 鉄臣は必死に鎬や祈織たちを守ろうと第1回会議に臨んだが、今日の第2回会議では、胃痛を堪えながらただ無言で座っていることしかできなかった。

 鎬が次々と切るカード。

 海外のオブザーバー、録音データの暴露、供給停止の通告、そして未発表の新作のチラ見せ。

 政府という巨大な行政機関を相手に、一介の民間人であるはずの女が、テロリスト顔負けの冷酷な交渉術で完封していく様を、ただ見守るしかなかった。

 自分は弁護士だ。法を武器に、論理で弱者を守るのが仕事のはずだ。

 それなのに、鎬は法などという生ぬるい武器は使わなかった。彼女が使ったのは、人間の欲望、恐怖、そして保身という剥き出しの感情を操作する、冷徹極まりない盤外戦術だった。そこに弁護士の出る幕など、最初から一ミリも存在していなかったのだ。

 いや、出る幕は、あった。

 

『今回の協議、売買中止とならずここまで円滑に進んだのは、全て、こちらの弁護士のおかげです』

 

『最初から、今日の着地点を見据えていらしたように思います』

 

『峰岸先生。本当に、頼りになるわ』

 

 去り際に鎬が放った、あの大嘘。

 思い出すだけで、また胃がキリキリと痛み出す。

 あの一言で、政府側の官僚たちがこちらに向けた視線を、鉄臣は一生忘れることができないだろう。

 ただ胃痛に耐えてポーカーフェイスになっていただけの自分が、彼らの目には「一介の民間人の女を背後で操り、国家権力を手玉に取ってのけた底知れない裏のフィクサー」として映っていたに違いない。

 まんまと黒幕の濡れ衣を着せられた。

 鎬は、自分のえげつない策謀の全責任を、善意で協力した鉄臣になすりつけたのだ。

 政府のヘイトと警戒心を一身に引き受ける避雷針、人身御供として、鉄臣は最初からそこに配置されていたのだろう。

 

「悪魔……か」

 

 ふと、志穂の言葉を思い出す。

 志穂は鎬と相性が悪く、散々鎬のことを悪魔だと称していた。

 

 もしかしたら、志穂の感性は、正しいのかもしれない。

 

 弁護士として思ってはいけない感想を、鉄臣は抱きかけてしまい、慌てて頭を振った。

 しかし、鉄臣は今、確かに恐怖を抱いてしまっている。

 

 鎬への恐怖。

 

 それは、単に彼女が頭が切れるからではない。

 目的のためならば、手段を選ばないその姿勢だ。

 人間の感情すら計算式に組み込み、目的のためなら手段を選ばず、味方であるはずの祈織すらいざとなれば切り捨てる準備をしており、そして自分たち弁護士をも、敵のヘイトを逸らすためのデコイとして平然と使い潰す。

 人間を人間としてではなく、盤上の機能としてしか見ていないような、その底知れない冷酷さ。

 自分たちは、法を司る弁護士として、依頼人を守るためにあの場にいたはずだった。

 それなのに、最初から最後まで、弁護士としての手腕を期待されることは一度もなく、ただ盤上を彩るための都合の良い舞台装置、あるいは盾として配置され、転がされていただけだったのだ。

 長年積み上げてきた弁護士としての矜持も、専門家としての自負も、あの無表情な女の前では、ただの滑稽な飾りに過ぎなかった。

 その圧倒的な無力感と、これから先も彼女の引いたレールの上を走らされるかもしれないという恐怖が、鉄臣の心を重く、暗く沈ませていく。

 

「……もう一錠、飲んどくか」

 

 鉄臣はデスクの引き出しから、本日二度目となる胃薬を取り出し、水なしで口に放り込んだ。

 口の中に広がる苦味が、今の自分の惨めな心境と見事にリンクしているようで、鉄臣は自嘲気味な笑みを浮かべることしかできなかった。この胃痛が癒える日は、当分来そうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人揃って、今頃ナイーブになっているでしょうけれど、もうちょっと頑張ってもらおうかしら」

 

 がらんとした部屋。

 煌々と明るい照明。

 病室のような白い壁。

 1DKのこぢんまりした部屋ではあるが、家具や私物が少ないせいか、とても広く見える。

 そんな部屋の片隅で、座布団に正座する美女がぽつりと呟く。

 

「まあ、これで条件の3つ目をクリア、ね」

 

 こん、と美女はローテーブルの上にコップを置いた。

 コップの中には透明な液体が2割ほど残っている。

 日本酒だ。

 酒である。

 その美女、棟区 鎬は顔色一つ変わっておらず、全く表情が読めぬ無表情。

 す、と鎬の視線が横に滑る。

 テーブルには、質素な写真立て。

 鎬はそれを見てから、手に取った。

 一組の夫婦と、その息子と娘が写った、家族写真である。

 顔色を全く変えぬまま、鎬は写真をそっと指でなぞり、それから再び元の位置へと置き直す。

 

「もう少し待ってね、兄さん」

 

 再びコップを手に取り、日本酒を1口。

 ほ、と息をつく。

 それは、暗く暗く、重たい息。

 

「あいつには、必ず地獄を見せてやるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下へとのびる階段を、棟区 秋水はゆっくりと下る。

 バイク装備に身を包み、バールや剣鉈やポーチを装着した作業ベルトを腰に巻き、リュックサックを背負い、巨大なバールを手に持っている。変な格好かもしれないが、これがダンジョンアタックにおける正式装備だ。

 ただいま地下3階、に到着したところ。

 階段先の扉は開けっぱなし。

 その扉をくぐれば、広い部屋。

 ぽよんぽよん、と数体のスライムがゆっくりと徘徊している。部屋に侵入した奴のことなど知ったことではないのか、秋水のことはガン無視だ。

 

「さて」

 

 部屋をゆっくりと見渡せば、出口は2つ。

 通常のコースに続く道と、ボス部屋出口までショートカットできる道。

 秋水はスライムを避けながら、ショートカットルートへと足を進める。

 

「次はどんな感じかね……」

 

 呟きながら秋水は最初の部屋を出る。

 じっくりコボルトを皆殺しにして1周したい気持ちはあるが、ちょっとスルーだ。

 まあ、昨日は1日、角ウサギとコボルトと交互に虐殺して回ったので、今日はお休みとしておこう。

 

「……そういやぁ」

 

 通路へと足を踏み入れた秋水は、ふとその足を止める。

 昨日、角ウサギとコボルトを殺して回った。

 政府との交渉会議で方向性がはっきりするまで、地下4階への進行を足踏みしていたからだ。代わりに角ウサギとコボルトとたくさん遊んだ。

 殴って殺し、刺して殺し、切って殺し、蹴って殺し、絞めて殺し、爆殺し。

 ひたすら殺して、殺して殺して、殺しまくった。

 

 

 

 ドロップアイテムが、アホみたいに出てきた。

 

 

 

 角ウサギからはアンクレットが、コボルトからはネックレスが。

 それはもう、たくさん入手できた。

 入手率がだいぶ上振れしていた。

 ネックレスはコボルトを2体殺したら、だいたい1個はドロップする感じ。

 体感で、ドロップ率は5割くらい。

 そしてアンクレットは、3体か4体殺して、1個ドロップしないかな、という感じだ。

 体感で、ドロップ率は7割くらい。

 上振れだろうか。

 いや、普通にドロップ率が上がっているような気がする。

 今日はどうだろうか。

 気になる。

 気になるが。

 

「ま、こっちの用事が終わってからだな」

 

 しばらく考えながら歩いてみれば、丁字路だ。

 右手を見れば、主不在のボス部屋。恐らくスライムしかいないだろう。

 そして左手を見れば、地下4階へと続く階段。

 楽しげに、そして軽やかに、ただしドスの利いた重低音の鼻歌をワンフレーズだけ漏らしつつ、秋水は迷うことなく左へ曲がる。

 

 

 

 階段を、降りる。

 

 

 

 岩の洞窟。

 岩の階段。

 地下1階から地下2階へ初めて降りたときは、なんだここは、という戸惑いだった。

 地下2階から地下3階へ初めて降りたときは、チラ見するだけだから、という理性と好奇心が戦った結果で好奇心が勝った。

 

 そして今は、不思議と冷静だ。

 

 ダンジョンを発見した直後ではないし、ボスウサギをシバキ殺した後でもない。

 普通にダンジョンアタックの準備をして、普通に出発して、普通に階段を下りている。

 もちろん、興奮していないわけではない。

 次は何が待ち構えているのだろうという、そんなワクワク感がある。

 しかし、頭は冷静だ。

 まずは地下4階の様子を観察する。

 地下2階や3階との違いがないかを調べる。

 そして、モンスターを様子見する。

 とりあえず突っ込もう、とりあえず戦おう、とりあえずぶっ殺そう、というぶっつけ本番的な発想は、今の秋水にはない。ないと思う。

 とても不思議な感覚だ。

 

「慣れてきたってことか?」

 

 岩の階段を降りつつ、秋水は自分の心理状態をそう分析した。

 自分がよく知らない未知にあふれた空間、特別な場所。

 そこに潜ることが、段々と秋水の中の日常となってきたのかもしれない。

 ジム通いと同じである。

 

「てことは、今が一番油断してそうなタイミングだな。気を引き締め直さねぇと」

 

 慣れてきたころが一番危ない。

 秋水はそれを思いだし、むん、と気合いを入れ直す。

 そのタイミングで、階段を降りきった。

 階段の先は、大きな扉。

 石製の扉だ。

 一枚岩から切り出されたかのような、継ぎ目のないシンプルな扉である。

 これはいわゆる、『お約束』 というやつなのか。

 地下2階の入り口も、そして地下3階の入り口も、同じくこの扉であった。

 重厚な見た目のわりには、随分と軽い力で開くんだよな、と秋水は思い出しながら、ゴツ、と巨大バールで扉を小突いた。

 音もなく、そして軽く、ゆっくりと扉が開く。

 

「……なーるほど」

 

 地下4階の扉が開かれた、その先の光景を見て、秋水はどこか興味深そうに頷く。

 通路ではない。

 だだっ広い、部屋。

 今までと同じく岩肌剥き出しの部屋は、地下3階でコボルトと戦う部屋と同じくらいだ。ボスコボルトの部屋よりは狭いが、ボスウサギの部屋と同じなので、十分に広い空間だ。

 

 で、スライムが6体ほど、ぽよんぽよんとしている。

 

 なるほど、地下3階と同じスタート。

 最初に地下3階に降りたときは、扉の向こうにいきなりスライムがいたことにビビったが、今の秋水にとっては日常に近い。

 地下2階が例外なだけで、ダンジョンの基本構造は、最初にスライム、というのがデフォルトなのかもしれない。

 スタート地点が地下3階と全く同じ環境なことに、秋水は肩透かしを食らったような感覚を覚えつつ、足を踏み入れる。

 

「このスライムって、上のスライムと同じなのか?」

 

 部屋をゆっくりと歩きつつ、秋水は近くにいるスライムを横目で確認する。

 色は水色。

 高さは90㎝ほどだろうか。秋水の半分はないぐらい。

 見れば見るほど、柔らかそうなデカい水饅頭である。

 姿形は地下3階のスライムと同一だ。

 では、近くのものを触手で取り込み、問答無用で消化するという、能力的な面も同一なのだろうか。

 ふと興味が湧くが、秋水は頭を振って誘惑を断ち切る。

 検証はまた今度。

 まずは目的を果たそうじゃないか。

 後ろ髪を引かれる思いのまま、秋水は何事もなく最初の部屋を出た。

 

「んで、通路も同じ、と……」

 

 最初の部屋を出れば、お馴染みの通路だ。

 幅と高さは3mほど。

 やはり岩肌。

 何故か光る天井の岩。

 地下2階、そして地下3階の通路と同じである。

 標準規格ってことか、と秋水は周りを見渡しつつ足を進めた。

 

 通路を歩けば、やはり、次の部屋。

 

 本番だ。

 秋水は部屋の入り口を見て、軽く舌舐めずりをした。

 同じ構造であるならば、次の部屋にはスライムと、そして新しいモンスターがいるはずだ。たぶん。

 思わず早足になり、部屋の入り口に秋水は辿り着く。

 そして、一息。

 

「……さて」

 

 それから秋水は、部屋へと足を踏み入れずに、そっと中をのぞき込む。

 まずは観察。

 部屋は、やはり広い。

 これまたコボルトと戦う部屋と同じくらいの広さがある。

 そしてスライム。

 やはりスライムがいやがる。

 トラップ設置がデフォルトなのか、と秋水は思いつつ部屋を見渡す。

 

 ――いた。

 

 部屋の中に、スライムではない奴がいる。

 人型だ。

 二足歩行である。

 背丈で言えば、コボルトと同じくらいだ。

 ただ、なんと言うか、コボルトよりもぱっと見で弱そうに見えてしまう。

 頭こそ犬で小柄であったものの、それ以外はガッシリとした体格だったコボルトと違い、そのモンスターの体格は、華奢でひょろ長い。

 あれが、次の新しいモンスターか。

 

「なるほど、あいつは俺でも分かるな」

 

 スライムに紛れ、1体だけいる人型モンスターを見て、秋水は少し安心したように呟く。

 角ウサギ、スライム、コボルト。

 今までのモンスターというのは、基本的には秋水の知識にはなかった生命体であった。

 しかし、今回のモンスターは秋水でも分かる。

 ようやく自分の知識の中にある未確認生命体と同じような特徴を持つモンスターの登場だ。

 華奢な体躯。

 緑色をした肌。

 細長い鉤鼻。

 大きく尖った耳。

 白目のない赤く大きなアーモンド形の目。

 小さい胴体のわりに、手足が長い。

 なるほど。

 これならば、ファンタジー音痴の秋水でも知っていた。

 

 

 

「……緑色のグレイだな!」

 

 

 





【秋水くんの勘違い】違います、ゴブリンです【宇宙人ではない】

 お久しぶりです、シロンスクです。
 先にネタバレをしますと、鉄臣さんが本当に苦労するのはここからですからね(悪魔)
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