ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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259『棟区 秋水という地雷』

「おはよう棟区くん! 明後日のバレンタイン、私に時間ちょうだい!」

 

 教室に辿り着き、極力静かに自分の席へと座った秋水に襲いかかってきたのは、秋水の音を潜めるスタイルを真正面からぶち壊すチワワの鳴き声だった。

 クラスのアイドル兼マスコット、渡巻 紗綾音である。

 着席した秋水に突撃するかのように、というか左腕に本当に体当たりをカマしてきた紗綾音は、むぎゅり、とそのまま秋水の左腕に抱きついて、秋水の左耳へと大音量をプレゼントしてきやがった。

 今日も今日とて元気いっぱいクソ迷惑な子犬っぷりで困る。

 

「おはようございます紗綾音さん。いやです」

 

 とりあえず秋水は紗綾音の方へと顔を向け、挨拶ついでに拒否の意を表しておいた。

 このチワワ、交渉できる余地があると思わせるように遠回りな断り方をしたら、そのまま丸め込んできそうなくらいに弁は立つから厄介なのだ。

 故にはっきりと断る。

 ついでに抱き締められて拘束された左腕を抜こうとぷらぷら腕を振ってみたが、ゆさゆさ紗綾音の体が揺れるだけに終わってしまった。

 なるほど、こびりついた米粒。

 簡単には紗綾音を引き剥がせそうにないことを悟った秋水は、早々と脱出を諦める。

 しっかり抱きついてきているものだから、下手に動けば紗綾音の胸を触ってしまう。いやもう押しつけられているからアウトなのだが。

 それに、強引に引き剥がそうとしたならば、紗綾音の体のどこかをしっかりと持たなくてはいけなくなる。いやもう全力で抱きつかれているからアウトなのだが。

 そもそも顔が拳1つ分程度の距離しかないという超至近距離なので、下手に動けば触れてしまうかもしれない。いやもう超至近距離にある時点でアウトなのだが。

 なんだ、すでにスリーアウトじゃないか。ここから攻守交代なのか試合終了なのか気になるところだ。

 

「バレンタインに棟区くんとデートしたいのー!」

 

「いやです」

 

「チョコ用意してるから付き合ってー!」

 

「竜泉寺さーん、おたくのチワワがとんでもないこと吠え散らかしてまーす」

 

 奥義、保護者呼び出し。

 紗綾音の親友であり飼い主でもある竜泉寺 沙夜の席へと秋水は目を向ければ、なんと頼もしいことか、呆れ顔の沙夜が紙で折ったハリセン片手にずんずんとこちらに歩いているところだった。

 さすが、助かる。

 沙夜は駄々をこねる紗綾音に近づいて、無言でハリセンその頭上に一閃させた。

 すぱーん、と教室に軽快な音が響き渡る。

 続けざま、すぱーん、と軽快な音がもう1回教室に響き渡った。

 何故か知らないが、秋水まで頭をハリセンで叩かれてしまった。何故だ。

 

「いたーい! なんでー!?」

 

「……あの、私は何故叩かれたのでしょうか?」

 

「朝っぱらから教室でイチャつくなお前ら! 誤解を招くんだよっ!!」

 

 流れるように紗綾音と秋水の頭にハリセンを振り抜いた沙夜を見上げれば、微妙に赤くなった顔に青筋を立てるという器用な表情であった。

 すごい怒っていらっしゃる。怖い。かつ理不尽。

 別にイチャついているわけじゃないんだが、と内心で思っていると、沙夜は紗綾音の脇の下にずぼりと手を突っ込んだ。

 

「はい離れる!」

 

「わーん、いーやーだー」

 

 こっちが嫌だよ。

 沙夜は力尽くで紗綾音を引き剥がしに掛かってくれているが、秋水の腕にしっかりとしがみ付いて紗綾音は離れようとしない。コアラかなにかだろうか。

 

「明後日! 明後日は棟区くん予定あるの!? デートしようよー!」

 

「だから誤解招く発言すんな! 訂正して回るの私なんだぞ!?」

 

 秋水の腕にしがみ付きながら、紗綾音は必死になって聞いてくる。

 明後日。

 明後日は木曜日。

 

 

 

『木曜日は好きですか!?』

 

 

 

 ふと、意味の分からない言葉が秋水の耳に蘇る。

 筋トレ民の同士。

 いいや、同志だ。

 秋水の、数少ない仲間の言葉だ。

 

「すみません、明後日は用事があるのです」

 

 思い出した直後に、秋水はさらりと断りの文句が口から出てきた。

 クラスメイトなどよりも、当然の如く、彼女との約束の方が優先だ。

 だって、仲間だからだ。

 はっきりとした優先順位故に、ほとんど迷わず口にした言葉に、何故か紗綾音がぎょっとした表情になる。ついでに、何故か沙夜までぎょっとした表情になる。

 

「え、え、えええっ!?」

 

「ぅえ、棟区、バレンタインに用事あんのか?」

 

 紗綾音が純粋に驚きによる素っ頓狂な奇声。至近距離なので耳が痛い。

 そして沙夜が、戸惑いながらも聞き返してきた。

 

「はい」

 

「いや……え、えーっと……え? 誰、とか聞いていいか?」

 

「ジムの仲間です。いつもトレーニング内容を見させていただいている人なのですが、その方と合トレ……一緒にトレーニングをする約束をしておりまして」

 

「あ、なんだ、男か」

 

 はたまた何故か沙夜がほっとしたように胸を撫で下ろす。

 ところがどっこい、ジムの仲間である錦地 美寧は華の女子高生である。男ではない。

 だが、別に訂正する必要もないだろう。

 微妙に勘違いしている沙夜を放置して、秋水は再び左腕をぷらぷら揺らす。

 ゆさりゆさりと紗綾音もくっついて揺れた。

 

「うー……」

 

 すごい不満そうな表情である。

 私を優先してー、と顔に書いてあるものの、秋水に気を遣ってくれているのか言葉にはしない。良い子だチワワ。

 

「……じゃあ明日! 明日は!?」

 

 そして次の案を出してきやがった。しぶといぞチワワ。

 抱きつき継続状態でデートのお誘いを明日に変更してきた紗綾音に、秋水は一瞬だけ視線を上に向ける。

 明後日は美寧と約束がある。筋トレ民の仲間から合同トレーニングのお誘いだ。これは外せない。

 そして今日は、祈織の質屋に行かねばならない。鎬に差し入れのポーションを持っていきつつ、昨日の政府交渉についての詳しい結果をちゃんと聞かねばならないだろう。あと、黒鉄の指輪……は、やはり見せない方が良いだろうか。後で考えよう。楽しい現実逃避。

 

 そう考えれば、明日は特に用事がなかった

 

 ヤバい。

 適当に断る理由が、ぱっと思いつかない。

 僅かに言葉に詰まった秋水を見上げていた紗綾音の表情が、ぱぁ、と明るくなる。

 

「なら明日! 明日明日!」

 

「……えーっと」

 

「お姉ちゃんと用事だから、棟区くんが絶対いるんだよ!」

 

 腕にしがみ付いたまま、紗綾音は必死に言い募る。

 紗綾音のお姉ちゃん。

 律歌だ。

 渡巻 律歌。

 どうにか断ろうとしたところに律歌の名前を出され、秋水は再び言葉に詰まった。

 こいつ、的確に弱点を突いてきやがる。

 紗綾音の誘いであるならばサクサク断るつもりであったが、律歌が絡んでくるならば話が変わってくる。

 律歌には色々世話になっている。

 マジで世話になっている。

 巨大バールも、普通のバールも、ヘルメットもライディングジャケットもプロテクターも何もかも、ダンジョンアタックの装備の大半が、現在は律歌にオススメしてもらった品ばかりなのである。

 そう言えば、ネックガードをオススメしてくれたのは、律歌だ。

 ボスコボルトとの再戦で頭をぶん殴られたとき、ネックガードがあって助かったのは記憶に新しい。

 

 ダメだ。

 

 紗綾音ならともかく、律歌には頭が上がらない。

 

 ちくしょう。

 律歌の名前を出された以上、無碍に断りづらくなってしまった。

 

「律歌さん、のご用事ですか?」

 

「…………そうだよっ!」

 

 少し悩んでから確認するように尋ねてみれば、少し間を開けてから紗綾音は大きく頷いた。

 なるほど。逃げられないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「棟区、今日の放課後、ちょっと時間あるか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「すまんな。高校の方から追加の書類があってな、確認して欲しいんだよ」

 

「かしこまりました」

 

 朝のホームルームで担任教師とそんな会話を交わしていた秋水は、帰りのホームルームの後、担任教師にドナドナと連れられて教室を出て行った。

 はて。

 紗綾音は2人を見送りながら、教室で首を傾げる。

 秋水の進学希望の高校は、雫金高校。

 紗綾音や沙夜などと同じだ。

 なのに、秋水だけには追加の書類があって、他の志願者には追加の書類がない。

 どういうことだろうか。

 

「あー……」

 

 何か思い当たる節でもあるのだろうか、親友である竜泉寺 沙夜が軽く呟く。

 本日の授業は早々と終了、すでに放課後。

 授業といっても、ほとんど自習だ。

 一般試験組は若干ピリピリしながら入試対策に励み、すでに入試を終えている推薦組がそれを見守るという構図である。

 そんな自習という名の授業を終えて、早く帰ることなく教室内ではいくつかのグループで集まり、わいわいと帰り前の談笑が繰り広げられている状態だ。

 紗綾音もまた友達数名と集まって、のんびりお喋り中である。

 

「あれだ、補導の件の問い合わせとか」

 

「うわ、納得だよ」

 

 ひらめいた、とばかりに胸を張って主張するのは、御器所 蜜柑ことミカちゃん。紗綾音は思わず大きく頷いてしまった。

 高校受験を目前に控えたこの時期に、秋水は深夜徘徊で補導されている。

 自分たちと秋水との最大の違いと言えば、その点であろう。

 それについての弁明の書類なのかもしれない。

 だとすればご愁傷様。

 いや、自業自得なのか。

 

「あー、さすがに棟区くんの成績でも-、ちょっと内申に響きそうだよねー」

 

「筋トレ好きとは言っても、夜中に出歩くのは擁護できないよね」

 

「棟区くんみたいな筋肉つくるには、それくらい筋トレにのめり込まないとダメなのかなー」

 

 追従して納得したのは、鶴舞 美々ことミッチ。

 そして苦笑いのノンノにチナ。

 

 

 

 あと、秋水の話題になると、途端に無言になるのは須々木 海霧ことジリちゃん。

 

 

 

 本日のお喋り会はこの7名でお届けしております。

 なお、何故か沙夜は微妙な表情継続中である。

 

「サヨチ、どったの?」

 

 秋水が担任教師に連れて行かれたのを見送ってから、微妙に表情が強ばっている沙夜の顔をのぞき込みながら、紗綾音は少し心配になって尋ねてみた。

 は、と沙夜が顔を上げる。

 

「あ、いや……」

 

 少しだけ視線をうろうろと迷子にさせてから、沙夜はすぐに笑顔を作った。

 

「あいつもバカだよな。こんな大事な時期の夜中に出歩くとか」

 

 はは、と軽く笑って蜜柑の言葉に追従した。

 作り笑いだ。

 棟区くんのことで何か隠してるなー、と紗綾音は察しつつ、棟区くんバカじゃなくて天才くんだよー、と沙夜の隠し事をつつくことなく秋水のことをフォローしておく。

 秋水のことで軽口を叩ける。

 すっかり変わったクラスの雰囲気に、紗綾音はにんまりした。

 彼もすっかりクラスに馴染んで、この教室の一員になった感じである。

 良かった。

 

「おーい、美々、そろそろ帰るぞー」

 

 と、そこに男子が1人現れる。

 覚王山 未来。

 美々の幼馴染みで、特別な関係の男の子。いや、美々にとって特別な男の子。

 ほら来た、さっさと行け、と美々が両隣から肘で小突かれている。

 

「ほーい」

 

 若干ニヤニヤしているノンノとチナに小突かれながらも、にへ、と笑顔を浮かべて美々が返事をする。

 いいなー。

 甘酸っぱいなー。

 同じく紗綾音もニヤニヤしてしまう。

 やはり、恋愛事情というのは端から見るに限る。

 

「…………ふんっ」

 

 そんな揃ってニヤつきながら美々と覚王山を見守っていると、口数が少なかった海霧が、ぷい、と覚王山から顔を逸らした。

 まるで顔を見たくない、とでも言うかのようだ。

 あ、マズい。

 それだけで紗綾音はなんとなく察してしまう。

 

「あ?」

 

 察するのとほぼ同時、顔を背けた海霧をめざとく見つけた覚王山が、ちょっと低い声を漏らす。

 あれ、雰囲気がギスってる。

 喧嘩中だろうか。

 ちら、ちら、と紗綾音は素早く海霧と覚王山の顔へと交互に視線を向ける。

 覚王山には、未来がいる。

 海霧は、秋水への頑なな態度が響いてきているのか、段々と他のクラスメイトと距離が開いてきている。

 ここで2人が喧嘩して、ダメージが大きいのは。

 

「そういえばジリちゃん、前に言ってた喫茶店って行ったの?」

 

 即座に紗綾音は海霧へと顔を向け、強引に話を変える。

 海霧が顔を向けてくれた。

 表情が険しい。

 わーお、ご機嫌ナナメ。

 覚王山となにかバチってるんだなと頭に入れながら、紗綾音は安心させるように、にこりと海霧へ笑顔を向ける。

 

「……えっと、まだ行けてない」

 

 海霧の方も自分の表情が険しくなっていることに気がついたのか、ぐに、と頬を片手で揉みつつ話に乗ってくれた。

 良かった、ここで喧嘩をする感じではないようだ。

 

「喫茶店って?」

 

「ええと、オープンしたばっかりなんだけど、凄いお茶が美味しいって噂の喫茶店があってね」

 

「へー。今度行こうか」

 

「あ、ありがとう……」

 

 海霧と覚王山の間に割って入るように会話をねじ込んだ紗綾音に追従するように、すぐに沙夜と蜜柑がフォローに入る。

 続いて、ノンノとチナが美々を再び肘で小突いた。今度は意味が違う。

 

「それじゃー未来、帰ろっかー」

 

 そして美々が立ち上がり、覚王山を誘う。

 連係プレイである。

 何があったかよく分からないが、とりあえず海霧と覚王山の距離を物理的に開かなければ。

 そう思ったのだが。

 

 

 

「なあ、須々木」

 

 

 

 おーい!?

 台無しだよちょっと!?

 内心で紗綾音が凄い勢いでツッコミを入れた。

 いつもより少し低い声のまま、あるいは険しいと評してよい声のまま、ぶっきら棒に海霧を呼んだ覚王山を、紗綾音たちは一斉に睨み付けた。

 しかし、残念なことに覚王山は海霧を除く他の女子にガンつけられたことに気がついていない様子。

 まっすぐに海霧を見下ろしながら、覚王山は不満そうに口を開いた。

 

「お前さ、あんまり棟区のこと避けてやんなよ」

 

「……っ」

 

 しかも地雷じゃん!

 一瞬で強ばった海霧を見て、紗綾音は心の中で絶叫する。

 女子全員の表情が一律一斉に凍てついた。海霧を含めてだ。

 

 須々木 海霧は、棟区 秋水を未だに拒絶している。

 

 他の友達が秋水に謝ろうと。

 他の友達が秋水を見直そうと。

 他の友達が秋水と友達になろうと。

 海霧はずっと、秋水に怯え、嫌って、避けている。

 彼は怖いと、彼はヤバいと、彼は普通じゃないと、その態度を一切崩さない。

 いいや、崩すどころか、周りが秋水と打ち解ければ打ち解けるほどに、海霧はより頑なに秋水に対して拒絶反応を露わにしていく。

 ある意味で頑固。

 ある意味で一途。

 ある意味で空気が読めない。

 まさに面倒くさい女の子。

 

 そして、それを海霧は、ちゃんと自覚している女の子だった。

 

 秋水を見直せない。

 秋水と打ち解けられない。

 秋水に歩み寄れない。

 そこは頑なであるにも関わらず、紗綾音などの友達に対して苦言らしい苦言はほとんど漏らさなかったし、たまに秋水をディスることはあるけれど、悪評をもって紗綾音たちを秋水から遠ざけようと画策もしてこなかった。

 秋水に対する不満や恐怖を、貯め込んで、溜め込んで、だけども周りを矯めてこなかったのだ。

 

「朝も言ったけどよ、あいつ、避けられるような悪い奴じゃないって」

 

 それは、紗綾音も同意するが。

 秋水は良い奴だと同意こそするが。

 するのだが。

 それは今、海霧に向けていい言葉じゃない。

 秋水を認められなくて、それを友達に強要もできなくて、ずっと恐怖と不満を抱え込んでいる海霧の膨れ上がったストレスを、突くだけの凶器でしかないからだ。

 

「ま、まあまあ覚王山くんや、ジリちゃんにはジリちゃんのペースがあるからさ」

 

「そうだそうだー、誰も彼も急に変われると思うなよー」

 

 紗綾音が慌てて海霧と覚王山の間に割り込むようにしてカットインを仕掛ければ、囃し立てるように、もしくは茶化すようにして追撃してくれたのは蜜柑であった。

 表情を強ばらせて俯いてしまった海霧の肩をそっと抱き寄せながら、蜜柑は唇を尖らせて覚王山を軽口で責める。

 ああ、良かった。

 秋水を受け入れようとしている中、唯一拒絶の姿勢を貫こうとしている海霧は、教室で最近浮き始めてきている。

 でもちゃんと、海霧には友達がいる。

 紗綾音だって、海霧は好きである。

 同時に、秋水も好きである。

 だからこそ、微妙な気持ちにはなるのだが。

 

「心の整理がついてない奴に、無理矢理勧めんなって」

 

「そーだよー。それに未来だって避けてたじゃーん」

 

「いや、それ言われたら、私ら全員そうだけどな……」

 

 同じく海霧を庇うように沙夜が覚王山に苦言を零すと、美々も同調する。

 揃いも揃って、海霧の味方だ。

 あれ、覚王山の方に味方がいない。

 それはそれで可哀想だ。

 友達の様子を紗綾音はざっと見渡す。

 海霧は俯いて、奥歯を噛むようにして沈黙している。言葉を押し殺しているのだろうか、少し震えていた。

 幼馴染みである美々まで責める側に回ったおかげで覚王山は少し怯んだ表情。ブレーキが掛かってくれたかもしれない。

 

「……でもよ、須々木の調子に合わせたら、棟区と喋る前に卒業しちまうぜ、俺ら」

 

 訂正。覚王山は味方ゼロだろうとブレーキを踏むつもりはないようだ。

 しかもそれは、紗綾音たちの頭の中にあった、わりと現実的な未来予想図である。

 紗綾音たちは中学3年生。

 今は2月も12日。

 卒業式まで、あと4週間ほど。

 正直なところ、頑なになっている須々木が秋水と打ち解けるには、あまりにも時間が足りない。

 たぶん、卒業する方が、先だ。

 それは誰しも思っている。

 しかし、だからと言って、無理に須々木と秋水を引き合わせていいという話ではない。

 マズい。

 これは覚王山に美々を嗾け、同時に須々木を引っ張ってでも2人の距離を物理的に開かせた方が良さそうだ。

 

「そうかもだけどさ、友達ってのは無理して作るもんでもないんじゃないかな?」

 

「別に友達になれっつってねぇよ。棟区を露骨に避けんのを止めろっつってんだよ、俺は」

 

「正論が強いんだよ……」

 

 とりあえず再び覚王山を止めに入れば、ばっさりと正論で切り伏せられてしまった。

 海霧の抱えていたストレスが爆発して秋水へぶつかりに行く可能性は予測していたが、秋水の友達から海霧が攻撃される可能性は紗綾音も考慮していなかった。

 覚王山は、日比野 道と並んで秋水とは特に仲が良くなった男子である。

 故に、完全に秋水の味方側の立場だ。

 棟区くんも友達ができたんだねぇ、なんて暢気な感想を抱きたいところだが、今はそれどころではない。

 なんとかして2人を引き離さないと。

 そう考えている紗綾音から、覚王山は視線をずらして海霧を見下ろす。

 唇を噛み、海霧は俯いていた。

 

「今までヤベェ奴扱いしてたこと気にしてんなら、謝りゃ済むって。あいつ、そんなに度量は狭くねぇよ」

 

「…………」

 

「だから須々木、ちょっとくらい棟区のこと、ちゃんと向き合ってやれよ。見た目はアレだけど、喋ってみりゃ分かるから」

 

「……こっちの台詞だよ」

 

 低い声が、海霧の口から漏れ出した。

 秋水への態度に思うところはあるのだろうが、それでもまだ理性的に説得しようとしている覚王山も、無意識的に声が若干低くなっているが、海霧の声はそれより低い。

 地面すれすれ。

 蛇のよう。

 今まで聞いたことがないほどに、海霧はドスの利いた低い声で呟いていた。

 

「あ?」

 

「謝ったからって、なに?」

 

 イラっときたのか、覚王山が威嚇するように短く聞き返せば、見下ろしてくる彼に負けじと、海霧が覚王山を睨み上げる。

 2人の間で火花が散った、そんな幻覚が見えてしまった。

 ヤバい。

 ヤバいヤバい。

 一触即発の雰囲気と言うよりも、一触しちゃったからもう発火しました、みたいな手遅れ感。

 海霧の許容値を、見るからにオーバーしたストレスがかかった。

 紗綾音は慌てて止めようと、がたっ、と椅子から立ち上がって声を掛けようとした。

 同じことを考えたのか、沙夜もまた椅子から立ち上がった。

 

 

 

「それって、自分の罪悪感を誤魔化してるだけじゃん。今まであいつに冷たくした自分に、免罪符が欲しいだけじゃん……」

 

 

 

「……てめぇ」

 

 立ち上がった次の瞬間、覚王山に向けられたはずの海霧の言葉が、紗綾音の心臓に突き刺さる。

 一瞬だけ、紗綾音の思考が止まった。

 何故だろう、沙夜もまた、海霧の言葉に動きが止まってしまった。

 言われた側の覚王山は、怒りを滲ませるように声を一段と低くしたが、そこから言葉を続けるよりも、海霧の追撃の方が早かった。

 

「誰もあいつのこと、ちゃんと見てないじゃん! 目を逸らしてるのはそっちじゃん! あいつと、誰も向き合ってないじゃんっ!!」

 

 覚王山をぎろりと睨み上げ、軽く歯を剥いて海霧が教室に響き渡る怒声を放つ。

 デカいその叫びに、覚王山が思わず怯む。

 いや、怯んだのは、紗綾音も同じだった。

 

 秋水と向き合ってないなんて、そんなことは。

 

 紗綾音の頭に、反論が浮かび上がりかけた。

 しかし、海霧が続ける怒声は、そんな咄嗟の反論すらも容易く打ち砕く代物であった。

 

 

 

「あんたら、誰一人として、許されてないくせにっ!!」

 

 

 

 それは、覚王山だけではなく、全てのクラスメイトに向けられた、海霧の本音の叫びであった。

 

 

 





1)紗綾音が秋水くんへ通話越しに謝ったとき、秋水くんの心理描写は何故なかったのだろう。
2)勉強会で沙夜や覚王山といったクラスメイトが秋水くんに謝罪したとき、秋水くんの心理描写は何故なかったのだろう。
3)紗綾音の「ファンタジーに対する知識」、沙夜の「紗綾音のストッパー」、といった役割や機能を除外したら、秋水は常にクラスメイトをどう評価し続けてきただろう。紗綾音は「ウザい」、沙夜は「怖い」、以外は?
4)沙夜が謝罪して秋水くんが応えた直後、紗綾音の口が重くなった本当の理由。
5)謝罪した前と後で、秋水くんの対応って何か変わったのだろうか。

6)秋水くんは謝罪をちゃんと「承って」いる……それで?

 あ、156話の最後に独白していた女子は、ジリちゃんです(今更)
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