ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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261『嘘は言ってないけど確実に誤解を生む言い回し』

 雑にねじ込んだ短いホースから延々と垂れ流しになっているポーションを、じょぼじょぼと空のペットボトルに注ぎ入れる。

 ダンジョンの地下1階、秋水的通称はセーフエリア。

 その壁から吹き出ているポーションを、水の飛び散り防止と流れ出す向きを調整できるようにと、セーフエリアを改造するときの最初期時点で適当なホースを短く切ってポーションが吹き出している穴に突っ込んだ、なんともその場しのぎ感のある雑なDIYである。

 だが、使用感は抜群に良い。

 ホースをねじ込んだときは、後でちゃんと改修しよう、なんて思っていたのだが、今なお現役。

 DIYのコツはシンプルに仕上げること。

 思いつきの応急処置だが、ホース特有の自由度の高さで噴出方向は自由自在だ。しかも、必要ないときは真下に垂らしておけば、落下したポーションが床を打つバシャバシャした音も極限まで抑え込める。完璧なんじゃなかろうか。

 変な蛇口を買って取りつけるより、ホースを綺麗ないいやつに交換した方が良いかもしれない。

 満タンになったペットボトルから、次のペットボトルへとホースの先を移し換え、ポーションの補充を続けながら秋水は考える。

 

「そういや、畳の下の草もその場しのぎで敷いただけだし、そろそろちゃんとしたの買ってきて交換すべきだよなぁ……」

 

 ポーションの出口に突っ込んだホースもそうだが、セーフエリアを生活空間化する改造をして1ヶ月以上だ。

 思い起こせば冬休みの後半戦で、草むしりで出た雑草をクッションにして畳を置き、ローテーブルやら座布団やら布団やら、挙げ句に棚やら姿見やらなんやらかんやら、ドタバタの突貫工事で仕上げたのだ。

 雑草はほぼ生の雑草だから、たぶんそろそろ腐るだろう。むしろ、もう腐ってきてるかもしれない。

 持ち込んだ棚も、よく見たら傾いている。設置しているのが岩肌の地面だからである。

 ホースに至っては家に眠っていたホースをそのまま利用した。衛生的かと問われたら、うん、まあ。

 そろそろちゃんと腰を据え、セーフエリアの整備をした方が良いかもしれない。

 

「っと、こんなもんでいいか?」

 

 セーフエリア再整備計画を考えていると、次のペットボトルが満タンになる。

 たった今、衛生面を心配したホースから注がれたポーションだ。

 

「……ま、今まで腹も下してないし、大丈夫だろ、たぶん」

 

 怖いからホースの内側を見ないでいる秋水は、現実から目を背けつつペットボトルの蓋をきゅっと締めた。

 5リットルのペットボトルが、2本。

 安い業務用の焼酎だかウイスキーだかが入れられる、そんな大容量ペットボトルだ。

 それが2本。

 つまり10リットル。

 

「鎬姉さんの手土産はこれで良し。アンクレットとネックレスはリュックサックに入れてる」

 

 荷物の確認をしてから、秋水はふとローテーブルに置かれた物を見る。

 黒鉄の指輪。

 ゴブリンからのドロップアイテムだ。

 これも持っていこうかな、なんて一瞬だけ考えたが、さすがに地雷案件過ぎる。

 秋水はそっと黒鉄の指輪を手に取り、そのままそっと通学用のカバンのポケットにしまい込む。

 現実から目を背けること、パート2。

 この黒鉄の指輪の処遇については、その、なんだ、また今度考えることにしよう。

 白銀のアンクレットとネックレスとサークレットの3つだけでもいっぱいいっぱいな状況なのに、見るからに別金属の色合いをしている指輪なんて絶対に面倒事を連れてくる予感しかない。

 とりあえず、祈織や鎬には見つからないようにしなくてはならない。

 秋水はそう決意しながら立ち上がる。

 

「……よし、問題なし。行くか」

 

 問題を先送りにしている自覚はバッチリあるものの、秋水はセーフエリアを出ることにした。

 凶悪なその顔には、何故か冷や汗が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室の空気を完全に粉砕した、須々木 海霧の本音大公開ブチギレ事件。

 その矛先であった秋水は、本気で気にもしていなかった。

 教室のドアを挟んで廊下側で偶然聞いてしまったが、海霧の秋水を警戒する発言の数々に関しては、ですよねー、というのが秋水の感想である。

 彼女はなにも間違っていない。

 むしろ、自分のような人間以下のゴミのような輩に対し、順当なる警戒心をもって嫌っているから大正解と言って良い。

 そうそう。

 そうなんだよ。

 家族が死んでも泣けなくて、自分が痛いときには涙が出るような、そんな自己中心的なクズ野郎に対して、海霧の感性は真っ当なのだ。

 疑って当然。

 嫌って当然。

 クラスメイトの誰も彼もが、どこぞのチワワに毒されて近づいてくる現状の方がおかしいのだ。

 そんな狂った同調圧力を押し退けて、正しい意見を主張する。

 そんなの、並大抵のメンタルでやれる芸当ではない。

 海霧は周囲の価値観に惑わされず、自分自身の目でしっかりと他者を判断しているのだろう。

 自分という確かな軸を持った、素晴らしい人じゃないか。

 海霧がブチギレたことにより、秋水の海霧に対する好感度は、さらに一段上がってしまった。

 恐らく、海霧本人が知ったら卒倒することであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい秋水くん!」

 

 そんなこんなで自転車を漕ぎ、質屋 『栗形』 に辿り着いた秋水を歓迎してくれたのは、小さな店主、栗形 祈織(くりがた いおり)であった。

 今日の納品分はリュックサックに収まる程度であり、別に表の入り口からでいいかー、と店の正面入り口から入店したならば、それより前に秋水の存在を察知していた祈織がカウンターから飛び出してきて出迎えてくれたのである。何故分かった、エスパーか。

 まあ、普通に店の前に自転車を駐めたので、ガラス越しに丸見えだっただけなのだが。

 テンション高めで両手を挙げながら突っ込んできた祈織は、口にしたら大変失礼極まりない悪口になってしまうのだが、無邪気な小学生みたいであった。

 

「女児かしら店長」

 

「なんだとー!?」

 

「おい止めてやれよ鎬姉さん……」

 

 秋水が口にしなかった罵詈雑言の感想を、カウンターに残っていた美女が無情にも顔色1つ変えないで呟けば、抱きつかんばかりの勢いだった祈織は急速旋回、そちらに向かって牙を剥いた。

 カウンターに残っている美女は、棟区 鎬。

 秋水の叔母である。

 なお、即座に怒って吠える祈織は、なんだか子犬のようである。

 

「あら、可愛いワンちゃんが吠えてるわ」

 

「秋水くん! 鎬さんの口を縫い止めてくださいよ! 暴言が酷いです!」

 

「ネコちゃんの方が良かったかしら。でも店長、完全にタチの方だったわよね」

 

「中学生の前でなに言っちゃってやがるのちょっと!?」

 

「おい止めてくれよ鎬姉さん……」

 

 秋水は頭を抱えたくなるものの、両手には鎬への手土産用に持ってきたポーション入りのデカいペットボトル。

 ちなみに店内には客が1名いる。

 日本人ではない。

 またヤバい連中だろうか、とも思ったが、カウンター越しに鎬と喋っている最中だったスーツ姿の男からは、あまり危険な感じはしなかった。

 ガラス越しに見た限りでは、なんとも楽しそうに鎬と喋っていたので、客かどうかは横に置いても、まあ、危険はなさそうだ。

 なお、店内に入ってきた秋水を見て、その外国人はビックリしているようである。申し訳ない。

 

「Good heavens, madam! Your daughter is heading straight for the mafia!? Are you not going to stop her!?」

“お、おい奥さん!? あんたの娘がマフィアのところに向かっているぞ!? 止めなくていいのか!?”

 

 おい、流暢な英語は聞き取れないとしても、マフィアという単語はしっかり聞こえたぞ。

 呆れたように秋水は線の細い男性へ視線を向けると、びくっ、と彼は体を強張らせた。別に睨んだつもりはないのだが、なんかゴメン。

 なんだか申し訳ない気持ちになった秋水をチラリと見て、それから怯えた優男を見て、鎬が再び秋水へと視線を向けてから、ちょいちょい、と手招きをした。

 

「いらっしゃい秋水。ちょっとこっちに来てちょうだい」

 

「……いや、その人、結構怖がってるんだけど」

 

「怖がらせないために紹介するのよ」

 

 紹介。

 と言うことは、やはりこの外国人は敵対関係的な感じではないのだろう。

 商売については詳しくないので、どういう立場なのかは知らないが、海外バイヤーとか、なんかの協力者とか、そんな人たちなのだろうか。よく分からない。

 怯えている人にはあんまり近づきたくないなぁ、と思いつつ、秋水は威圧しないようにゆっくりとした足取りでカウンターに近づく。

 その横を、ウキウキしている様子の祈織が何故かついてきた。

 

「Do try not to look so frightened. Let me introduce him properly. He’s family」

“そう怯えないで。紹介するわね。彼は私の身内なの”

 

 そしてカウンターに辿り着く前に、鎬が早々と男に向けて英語らしき言語でなにやら話しかける。

 話しかけながら開いた右手を向けてきたので、自分のことを紹介してくれているのだろうな、と秋水は理解しつつ、外国人の男性に対して軽く頭を下げておく。

 なお、隣にいる祈織も英語が分かっていないのか、ぽけっとした表情である。

 そして何故か、男は驚愕の表情となった。

 

「Do you mean ‘family’ in a business sense?」

“それは、商売的な意味での身内なのかい?”

 

「That girl is very attached to him. Consider what that implies, and then do answer again」

“あの子がよく懐いている。その意味を考えてからもう一度回答をどうぞ”

 

「……I see. Your husband seems to be quite a formidable man」

“……なるほど。随分と刺激的な旦那様のようだ”

 

 何かよく分からないが、うんうん、と納得した様子になったのを見てから、なんて説明をしたのだろう、と秋水は鎬へと目を向ける。

 

「身内だって説明しただけよ」

 

「あー、俺らって全然似てないもんな。そりゃビックリするか」

 

「愛嬌たっぷりなところは瓜二つだと思うわ」

 

「栗形さん、鏡はありますか? 鎬姉さんに現実を見せた方が良いかもしれません」

 

 とりあえず納得。

 鎬は誰もが振り向くような、まさに絶世の美女といっても過言ではない。

 一方秋水は、誰もが顔を背けるような、まさに開くと恐怖の具現体といっても過言ではない。

 甥と叔母という関係を素直に説明したか、それとも姉弟だとしれっと嘘をついたかは分からないが、どちらにしても外国人の男が驚愕の表情になることは素直に納得できてしまった。

 似てなくて申し訳ない。

 秋水は謝るように再度外国人に頭を下げた。

 酷い誤解を受けていることを、秋水は全く知らなかった。

 

「By the way, you’re about to miss your Shinkansen, aren’t you?」

“そう言えば、そろそろ新幹線に間に合わなくなるわよ?”

 

「Ah, yes, quite right. I really must be off now …… Just to confirm, the necklace really will be given to my country on a priority basis, won’t it?」

“おっと、そうだったね。そろそろ移動をしないと……ちなみにだけど、本当にネックレスの方は僕の国に優先してくれるんだよね?”

 

「Yes, of course. Yesterday’s meeting was a success because you took the trouble to speak to so many people. I shall absolutely honour the two-week priority period」

“ええ、もちろんよ。昨日の会議は、あなたが色々な人に声を掛けてくれたから成功したのよ。2週間の優先権は必ず守るわ”

 

「Thank you! If anything troublesome comes up, do come to me again. I’ll gladly help in any way I can!」

“ありがとう! なにか困ったことがあったら、また相談しておくれ! 僕でよければ力になるよ!”

 

 そして外国人男性はがしりと鎬と握手をしてから、秋水へぺこりとお辞儀をして、最後に祈織へにこやかに手を振ってから、颯爽と店を出て行った。

 やはり、商売交渉の最中とかだったのだろうか。

 だとしたら、彼はバイヤーとかその辺か。

 よし、顔は覚えた。

 彼は味方という扱いでいいのだろう。

 ありがとうございましたー、と明るい声で見送る祈織の隣で、秋水は退店した外国人男性の素性に当たりをつけておいた。

 

 なお、その男性は海外の政府高官である。

 

 安物のスーツと高級なスーツの見分けもつかない秋水は、海外のビジネスマンとかかなぁ、と安易に考えていた。

 一方、祈織はスーツの質を正確に見抜いていたが、こんな片田舎の質屋に政府官僚や政府高官が単独でふらっと来店するなど完全に想定外なので、どっかのお偉いさんかなぁ、と軽く考えていた。

 そして、その海外の政府高官である男からは、秋水は鎬の夫で、祈織の父親だという、なんとも酷い誤解を密かに受けてしまった。

 鎬だけがにっこりしていた。悪魔である。

 

「改めていらっしゃい秋水くん!」

 

 気を取り直し、再び祈織が元気に挨拶をしてきた。

 そういえば、何故か本日の祈織はテンションが高い。

 いや、白銀のサークレットを持ってきた日の方がハイテンションだったか。

 最近は祈織も情緒不安定だな、と思いつつ、秋水は祈織に向き直って挨拶するように頭を下げる。

 

「はい、こんにちは栗形さん」

 

「聞いてくださいよ! お家取り潰し、見事に回避ですよ!」

 

「……鎬姉さん、交渉相手って幕府かなんかだった?」

 

「落ち着きなさい秋水、今は江戸時代ではないわ」

 

 そして嬉しそうにぴょんぴょんしながら祈織が言うのは、恐らく昨日の政府交渉の件のことだろう。決して幕府ではない。

 地球上には存在しなかった新種の元素。それが検出された白銀のアンクレットの取り扱いについてだ。

 海外に売るのは合法なのか。

 個人の質屋が独占で販売を行うのはいかがなものなのか。

 そもそも白銀のアンクレットの入手先はどこなのか。

 それらの話し合いを、鎬が昨日行い、そして完全に “こちら側” の主張をゴリゴリに押し通したとのことだ。

 

「とりあえず、販売OK、情報はいちいち渡さなくてもOK、という感じに落ち着いたわ」

 

 人差し指と親指をくっつけて、OK、とハンドサインを決めながら、真顔を崩すことなく鎬は端的に伝えてくる。

 思わず秋水は胡乱なものでも見るかのような目で鎬を見てしまった。

 

「なにをどう恫喝したら日本政府相手に認めさせられるんだよ……」

 

「恫喝なんて酷いわ。誠心誠意対応してくれた峰岸先生に失礼よ秋水」

 

「本当にあの弁護士の人が話をまとめてくれたのか?」

 

「ええ、もちろん。それとも一介の民間人が、政府役人に楯突けると思っているのかしら? 相手はプロ中のプロ集団なのよ?」

 

「……それもそうか」

 

 同じく表情を崩さず答える鎬の顔を見てから、秋水はとりあえず納得することにした。

 鎬は確かに仕事の鬼のような女ではあるが、いくらなんでも政府役人相手に大立ち回りを演じ、こちらの要求を全て飲ませるなんて真似はできないであろう。普通に考えたら、そりゃそうだよな、という感じだ。

 ということは、あの峰岸 鉄臣という弁護士が間に立って、政府を丸め込んだということになる。

 化け物だろうか。

 白銀のアンクレットの出所を秘匿するのは、さすがに無理筋と思っていたのだが。

 

「マジで凄腕弁護士じゃねぇか……」

 

「いやぁ、本当に凄い先生だったんですねあの人!」

 

「ええ、そうね。なんでこんな片田舎で事務所構えているのかしらね」

 

「そうだよな。東京とかでデカい事務所開けるんじゃねぇの?」

 

「人の来歴は色々あるんですよ!」

 

「そうね。詮索するのは失礼かしら」

 

 鎬が選んだ弁護士の実力に秋水は軽く引いているのだが、祈織は非常に好意的な感じだ。

 まあ、質屋の経営に国という組織が口を出してきて、ほぼ乗っ取ろうとしていたのを防いだ立役者である。質屋の店長である祈織からすれば、まさに恩人という感じなのだろう。

 いや、白銀のアンクレットがダンジョンのドロップアイテムである、という事実を伏せておくことができた以上、秋水にとっても鉄臣は恩人だ。足を向けて寝られない。事務所がどちら方面にあるのかも知らないけれど。

 

「とりあえず、一段落といったところね。秋水が変な爆弾を持ってこなければ、という前提だけれども」

 

「う……」

 

 これで白銀のアンクレットは大手を振って売りさばけるな、と秋水がほっとしたところで、改めて鎬から釘を刺されてしまった。

 白銀のアンクレットから検出された道の元素が、海外の研究所をザワつかせ、そして日本政府がしゃしゃり出てきたという緊迫した場面で、白銀のアンクレットをしれっと持ってきたことだろうか。

 もしくは、絶体絶命の第2回会議直前に、なにも考えないで白銀のサークレットを持ってきたことだろうか。

 身に覚えがありすぎて、秋水は思わず言葉に詰まってしまう。

 良かった、これでゴブリンからのドロップアイテムである黒鉄の指輪を持ってきていたら、たぶんガチめに怒られたかもしれない。持ってこなくて大正解だ。

 少しだけ、じと、とした目を向けてくる鎬から、秋水は僅かに目線を逸らす。

 

「あの……お疲れ様って言っちゃなんだけど、前に渡した湧き水持ってきた……」

 

「え?」

 

 ポーションで機嫌を直してもらおう、という浅い考えのまま秋水は鎬へと貢ぎ物を差し出した。

 大容量ペットボトルに入れられたポーション。

 2本で合計10リットルだ。

 それを差し出した途端、鎬は何故か一瞬だけきょとんとした表情になった。

 しかし、すぐにいつもの真顔に戻ってしまう。

 

「あら、ありがとう。少しずつ飲んでいたのだけど、そろそろ無くなりそうだったのよ。愛してるわ秋水」

 

「そりゃタイミング良かったな、うん。なくなりそうだったら言ってくれ。持ってくるから」

 

「それは、ありがとう。また50万くらいで良いかしら?」

 

「いやいや、鎬姉さんには助けられてるから、金はいらないいらない」

 

 ごと、とカウンターの上にポーション入りの大容量ペットボトルを置くと、鎬はそれをそっと指で触れる。

 先月は普通に金を取ったが、さすがに今の鎬から金を毟り取る気にはなれない。むしろ、資金面においてはアホみたいに世話になっているのだ。白銀のアンクレットと白銀のネックレスが売り捌けるのは、間違いなく鎬がいてこそなのである。

 秋水の隣で、なんですかそれ、と祈織が不思議そうな顔をしている。

 

「……そういえば秋水、この水って、“彼” のところから汲んできているのよね?」

 

「う」

 

 秋水が言葉に詰まること第2回。

 ポーションはダン・ジョンさんのところの湧き水。

 そう言えば、そんな設定にしてたっけ。恐らく咄嗟についた嘘なので、ちょっと記憶がおぼろげだ。

 

「そ、そうだな……」

 

 少し詰まりながら秋水は頷く。

 じ、と鎬の視線が刺さる。

 ついでに祈織が、なんのことですか、という視線が真下から刺さる。

 ヤバい。謎の職人ダン・ジョンさんの設定、まだちゃんと考えていない。

 

「……そう。だとしたら、本当に職人さんには頭が上がらないわね」

 

 少しだけ黙った鎬は、納得してくれたのかポーションの方へと目を移した。

 ほ、と秋水は安堵のため息。

 その秋水の横にいた祈織が、職人さんというワードに反応した。

 

「え、それって職人さんと関係ある感じの液体なんですか?」

 

「天然水ね」

 

「金属加工に宝石加工、ついでに飲料製造とか守備範囲広すぎません?」

 

 ダン・ジョンさん、ついに飲料メーカーの肩書きも手に入れる。

 いやいや、さすがにそれはちょっと。

 驚いたように、ほえー、と声を上げる祈織に、秋水は独りでぎょっとしてしまう。

 汲み水です。

 汲み水という設定です。

 いや、本当に湧き出ているポーション汲んでいるのだから、設定もなにも本当のことだけど。

 

「そうね。本当に驚きだわ、その――」

 

 祈織に同意するように鎬は大きく頷いてから、一拍だけ静止する。

 そして、はて、というように首を傾げた。

 

「――あら、職人さんとしか呼んでなかったから、名前忘れちゃったわ。なんて名前だったかしら秋水。日本人じゃなさそうな名前だったけど、ハンドルネーム的なものなのかしら?」

 

 名前をド忘れしたらしい。珍しいじゃないか。

 まあ、ダン・ジョンさんとかいう適当な名前なものだから、いまいち覚えづらいのかもしれない。

 しかし、偽名か。

 なるほど、偽名。

 良いじゃないか。

 その意見、いただきだ。

 

「ああ、ダン・ジョンさんな。本名じゃないだろうけど」

 

 秋水は表情を変えないように気をつけながら、しれっと鎬に告げる。

 口にしてから、だとしたら本名を考えねばならないのでは、とハンドルネーム的な設定の欠点に思い至るものの、まあ、いいだろう。本名は俺も知らない、という感じにしよう。

 しかし、ダン・ジョンさんの設定をちゃんと考えなきゃなと何度か思いつつ、結局ずるずると後回しになっている。これはマズいかもしれない。

 そういうことを考えるのは苦手だが、ちゃんと設定を固めねば。

 今夜にでもしっかり考えよう。

 そう秋水が頭の片隅で考えていると、へー、と下から祈織の声が上がった。

 

 

 

「あ、職人さんってそんな名前なんですね。それとも集団名なんですかね」

 

「え?」

 

 

 

 思わず秋水は祈織を見た。

 ダン・ジョンさんの名前を初めて聞いた、みたいなリアクションだ。

 あれ。

 言ったことなかったっけ?

 個人名なのか集団名なのか、と首を捻っている祈織を見下ろした秋水の背中に、ぶわり、と汗が噴き出した。

 あ。

 ヤバい。

 秋水はゆっくりと鎬の方へと視線を戻す。

 いつもは真顔で表情1つ変えもしない鎬は、何故かにんまりとムカつく笑みを浮かべていた。

 

 

 

「そう。そんな名前の、男性、だったのね」

 

 

 

 ……謀ったな?

 

 

 





 ダン・ジョンさん、実は秋水くんの脳内で呼んでいるだけで、鎬さんにも祈織にもちゃんと説明したことないのです( ´-ω-)
 男か女かも説明したことないのです( ´-ω-)

 秋水くん、地味にピンチ。
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