「そう。そんな名前の、男性、だったのね」
どこか妖艶な感じの微笑みを浮かべながら鎬が大きく頷くと、何故か分からないが秋水の顔色が一気に青くなったのがハッキリと分かった。
どうしたのだろうか。
質屋 『栗形』 の店内、隣に立つ50㎝近く背の高い少年を下から見上げつつ、栗形 祈織は不思議そうに首を傾げた。
「……あー……その、言ったこと、なかった、け?」
凄い不自然に言葉を途切れ途切れにさせながら尋ねる秋水は、何があったのか冷や汗まで浮いている。
はて、お腹でも痛いのだろうか。
祈織はふと秋水の腹へと視線を下ろす。
服で隠れているが、きっと腹筋も素晴らしいだろう。
腹直筋に腹斜筋。
見てみたい。
ではなく。
「そうね。名前、聞いたことなかったわ」
「私もです」
微笑みで表情を固定したまま頷く鎬に、祈織も同調するように手を上げる。
謎の職人さん、もしくは謎の職人集団。
その名前は 『ダン・ジョンさん』 というらしい。
いや、さん、というのは秋水が敬称として言っている可能性があるから、『ダン・ジョン』 が正しいのだろうか。
しかし、集団名に敬称をつけるのだろうか。
そうなると 『ダン・ジョンさん』 というのが正式な名称なのかもしれない。
さすがにあんな神業的な金属加工に、さらには宝石加工まで一人の人間が行っているはずもないので、『ダン・ジョンさん』 はまず間違いなく職人集団のはずだ。
なるほど、『ダン・ジョンさん』。
小学生か中学生が考えたような名前だ。
「面白い名前のチームですね」
「う……」
さすがにネーミングセンスまでは神懸かってなかったか、というのをオブラートに包んで伝えれば、何故か秋水の冷や汗が増えた。
す、と鎬の目線が祈織へと向く。
「あら、チームなのね」
うっすらと笑みを貼り付けて尋ねてきた鎬。
あれ、ちゃんと言ってなかったか。
『ダン・ジョンさん』 が職人集団であることに気がついたのは、そうだ、白銀のサークレットを見たときだ。
あのときは興奮してたから、ちゃんと説明してなかったような気もする。
「そりゃそうだよ鎬さん。そもそも神業的な金属加工してくる職人さんだよ?」
「そうね。店長がいつも興奮するくらいの加工技術をもってるものね」
「そんな人が宝石加工まで神業レベルでやれると思う?」
「そうよね。分業してると考えるべきよね……ねえ、どうなのかしら、秋水?」
カウンターに座りつつ再び鎬が秋水へと流し目を送る。
顔色が悪い秋水が、す、と鎬の視線から逃げるように目を逸らした。
はて、なんだか雰囲気がギスギスしてきたような気がする。
「……そ、そー、だな」
「ちなみに男性だそうだけど、全員男性ってことかしら? それとも、秋水と特に仲が良い人が男性ってこと?」
「えー……と……」
「ああ、そういえば秋水、この汲み水はダン・ジョンさんの家の水だそうだけど、工房とかではなく家なのね?」
「…………う、うん」
「あら、でも集団で暮らしているという意味になっちゃうわね? 家族工房なのかしら?」
「お……おぅ……」
「そう。それで1日に20個とか30個とか作れるのなら、随分と広い家に住んでいるのね。まあ、庭に湧き水が出てるくらいだものね。不思議な不思議な湧き水が」
「……う」
謳うように鎬がスラスラと言葉を並べていけばいくほど、秋水の冷や汗が増えていく。
あれ、もしかして秋水が詰められているのだろうか。
祈織はチラリと秋水と鎬の顔を見比べる。
真っ青な顔の秋水。
微笑みを仮面のように貼り付けた鎬。
まんま叱られている現場だ。なにか秋水の悪いことがバレたみたいである。奇跡の職人集団 『ダン・ジョンさん』 について尋ねているだけにしか聞こえないのだけど。
まあ、人当たりは紳士的でも、深夜にジムに行こうとするとか意外と悪い子の一面がある秋水だ。なにかしちゃったのだろう。
しかし、ここは店内。
しょうがない。お姉さんが助け船を出してあげよう。
「秋水くん秋水くん」
祈織は鎬による尋問大会を中断させるため、くいくいと秋水の服の袖を引っ張った。
それに気がついた秋水が祈織へ顔を向けて見下ろす。
ふむ、こんなデカくて強面のえちえち筋肉少年が、顔を青くして引きつった表情をしている。
イケナイ趣味が目覚めそうじゃないか。
じゃなかった。
自分も尋問大会に加わって秋水を困らせちゃおうかな。
でもなかった。
湧き上がってきそうな内なる欲を封じ込めながら、にへ、と祈織はわざとらしく笑う。
「とりあえず今日は納品ありますか?」
「祈織」
会話を遮って話題を切り出した瞬間、少しだけひんやりした声色で名前を呼ばれた。
店長、ではない。
名前である。
基本的にはプライベートの時間でしか口にしない名前呼びに、ひゅ、と祈織は息を飲み、再びゆっくりと鎬へ目を向ける。
「私の味方よね?」
いつもの無表情ではなく、色気すら感じさせる微笑みを浮かべながら、首を傾げて確認されてしまった。
あー。
うん。
なるほど。
その一言と、そしてどこか楽しげな鎬の声色に、祈織は色々と察してしまった。
鎬さん、秋水くんをイジメて楽しんでるなこれ。
なんて歪んだ愛情表現。
怖。
まっすぐ祈織を見つめてくる鎬の視線に耐えきれず、祈織は思わず目を逸らしてしまった。
「…………ごめんなさい秋水くん、助け船は沈んだと思ってください」
「そんな……」
しばらく後、満足したように伸びをしながら鎬が尋問大会を切り上げたときには、秋水はカウンターに突っ伏して死んでいた。むごい。
「さて、秋水を揶揄うのはここまでにしましょうか」
「…………」
「10分以上もイジメといていけしゃあしゃあとよく言うよ……」
「いじめなんて酷い言いがかりだわ店長。私なりの愛情表現よ。ねえ秋水?」
「ハイ……ソウデスネ……」
「大丈夫ですか秋水くん?」
鎬はただひたすらに淡々と 『ダン・ジョンさん』 に関する質問をしていただけなのだが、どうやら秋水は触れてほしくない話題なのか、冷や汗をだらだらと流しながらもごもごと言葉を濁らせ続けていた。
もしかしたら、『ダン・ジョンさん』 の事情は伏せたいのかもしれない。
まあ、新元素、とかいう凄い価値のある金属を扱っている職人集団である。色々と秘密裏にしたいのは当然だろう。
もしくは秋水としても話したくても話せない、そんな秘密にしなくてはいけない事情や約束事があると考えるべきだろうか。
それ故に、鎬の尋問染みた質問に対して、秋水は上手く答えられず胃を痛めている様子であった。
なんとも可哀そうな光景だ。
もっとも、祈織は店を掃除するだけで、秋水を助けられなかった。だって今の鎬に逆らうの、怖いし。
昨日の日本政府との話し合いで鎬も精神的に疲れていたのか、秋水をチクチク刺すようにしながら質問を重ねていく鎬は、間違いなく楽しそうだった。なんて歪んだコミュニケーションなんだ。性癖ねじ曲がってるよあの人。
祈織は自分の性癖を棚に上げながら、改めて鎬に恐怖した。
「ダメだよ鎬さん。秋水くんだってきっと口止めされてるんだろうから」
「あら、そうね。それはごめんなさい」
秋水は助けられなかったが、あまり他者の秘密を聞こうとする姿勢はよろしくない。
鎬をじと目で見つつ、今更ながらに祈織は苦言を呈しておくことにした。
すると、驚くべきことに鎬はあっさりと謝ってしまう。
「“本当に口止めをされているのなら”、いっぱい質問しちゃってごめんなさいね秋水」
そしてテーブルに突っ伏して屍となっている秋水の頭にぽんと手を置いて、ぐりぐり、とその丸刈り頭を鎬が撫でる。
何故だろう、鎬が触れた瞬間に、びくり、と秋水が大袈裟に反応した。
ほらもう、すっかり怯えられちゃって。
数秒ほど鎬に頭を撫でられた秋水は、力なく鎬の手をぱしりと片手で払い除けつつ、ようやく顔を起こした。
なんだか随分と疲れた表情だ。
「……とりあえず、今のうちに納品していいか?」
「ええ、『ダン・ジョンさん』 の作品ね」
「う」
にこりと微笑みながら秋水をチクリと刺す。
趣味が悪いぞー。
「そうね。どうせ客も来ないでしょうし、バックヤードに来てちょうだい」
「いやいや、午前中にもお客が3組も来たじゃん! 酷いこと言うんじゃないよ!」
「言い間違えたわ。どうせ買い物してくれる客は来ないでしょうし、バックヤードに来てちょうだい」
「そうだけど! 今日は1つも売れてないけど! そもそもウチは質屋なんだよなぁ! 誰か質入れに来てくれるかもしんないじゃん!」
「……私が働いている期間で、質屋としての本業は何件あったかしら?」
「ゼロだけどさぁ!」
流れるように祈織まで鎬にチクリと刺されてしまった。
泣きそう。
「あれ?」
3人揃ってバックヤードへと移動して、心労のせいなのかよたよたした足取りの秋水からリュックサックを受け取った祈織が、ウキウキ気分でそのリュックサックを開いた瞬間、思わず声が出てしまった。
リュックの中には、綺麗な綺麗な白銀たち。
飾りなど不要と言わんばかりの、極限までシンプルな白銀の輪っか。
アンクレットだ。
相も変わらずリュックの中にそのまま入れるという、なんとも雑に納められている白銀のアンクレットは、今日も今日とて綺麗である。
同じ金属同士なら、擦れ合えば傷がついて然るべき。
なのに、アンクレットの表面は傷一つなく、つるんとして鋭い輝きを放っている。
まあ、傷以前の問題として、加工痕すらないのだけど。
何度見ても惚れ惚れする美しさ。
そんなアンクレットが詰め込まれたリュックに、祈織は手を突っ込んだ。
外気でよく冷やされていたせいか、店内に入ってしばらく経ったというのに、未だにひんやりとした冷たさを感じる。
「どうしたの店長?」
後ろから声が掛かる。鎬だ。
その質問に祈織は振り向くどころか答えることもせず、リュックサックからアンクレットを1つ取り出して再びリュックの中を覗き込んだ。
アンクレット。
だいたい30個ほど。
日曜日にも納品したことを考えると、わずか2日で30個ものアンクレットを製造したということになる。
しかも、削った跡も曲げた跡も叩いた跡も分からない、全て一律で究極精度の加工が施された神業的な芸術品が、だ。
さらに言えば、全部手作業だと思われる。
機械加工じゃ絶対に無理だ。
それが2日で30個。
まあ、1週間で200個作れる職人集団だ。別に驚くべき数字じゃないのかもしれない、と考えてしまえるのは、すっかり自分の感性がバグってしまったからだろうな、と祈織は苦笑する。
そして、その苦笑のまま、祈織は改めて振り返る。
鎬の方ではない。
鎬から 『ダン・ジョンさん』 のことで質問攻めを受けてすっかり消耗した様子の秋水を見上げる。
身長差が約50㎝。首痛し。
「秋水くん」
「はい、どうされました?」
呼びかけに対して秋水は軽く首を傾げる。
不思議そうにするときに秋水がよくやる仕草だが、なんだか最近は可愛く思えてしまうのも、やはり感性がすっかりバグっているんだろう。仕方がない。マッチョの可愛い仕草とか卑怯よな。
「一応確認ですが、今日の納品ってアンクレットだけでいいですか?」
「え?」
秋水が軽く驚きの声を漏らす。
ああ、やっぱり。
リュックの中には、白銀煌めくアンクレットが30個ほど、だけなのだ。
ネックレスは入っていない。
別に品物の数を指定して納品してもらっている訳ではないし、買い取らせてもらっているのは完全に職人さんたちの自由意志に基づいている。あるいは秋水の自由意志だ。
契約なし。
約束なし。
秋水が持ち込んできた分を、買い取らせてもらっている。
完全にリサイクルショップじゃないか、と言ってはいけない。それは祈織のメンタルにダメージが入ってしまう。
なお、正確には鎬が個人的に買い取りを行い、それを鎬が売りに出している、という体裁を取っているのだが、祈織からすれば同じことである。なんて言ったら、「もう一度基礎から勉強しましょうか?」と鎬が言い出しそうなので言わないが。
そんなこんなで、職人さんたちが好き勝手な個数を好き勝手に作り、それを秋水が持ち込んでくるのだ。
だから、ネックレスが入っておらず、アンクレットばかりというのは、実のところなにも問題ではない。
ないのだが、見た瞬間になんとなく祈織は察してしまったのだ。
ははーん、さては秋水くん、ネックレス入れ忘れちゃったな、と。
ハッキリとした理由はないが、『ダン・ジョンさん』 という職人さんたちが、2日間丸々とアンクレットだけ集中して製造する、というイメージが祈織にはなかった。
どちらかと言えば、新しいアクセサリーが作れるようになったら、楽しそうにそちらの新作を没頭しつつ、息抜きとして旧作を凄い勢いで制作してそう、というイメージだ。本当に理由はないのだが。偏見と言って良い。
なので、ネックレスなし、とは思えなかったのである。
何の根拠もない確認だったが、秋水のリアクションを見る限り、それは正解だったようである。
「あれ?」
身長差を生かして秋水が真上からリュックの中を見ようとしてきたので、祈織は無言で見えやすいように秋水に向けてリュックの空け口を開いてみせる。
しかし、自分の偏見が正しいとなると逆に色々怖いなぁ、と祈織はリュックを開きながら微妙な表情を浮かべてしまう。
寸分違わぬ精度で意味不明な加工技術の粋を集めたようなアンクレットを、息抜きで製造する。
やっぱり神様なんじゃなかろうか、『ダン・ジョンさん』 という変態技術の職人集団は。
「……すみません栗形さん。どうやら入れ忘れたようです。確認したつもりだったのですが」
「ダメですよ秋水くん。確認はしっかりしましょう。大人になってからじゃ、確認したつもり、は通用しませんからね」
「申し訳ありません。今から取ってきましょうか?」
「いいえいいえ、また次回で良いですよ。今のは人生の先輩からの注意です」
やはりネックレスを入れ忘れていたらしい秋水は、その怖い顔に申し訳なさそうな色を浮かべながら頭を下げてくる。
そんな秋水に、祈織はどや顔で軽く叱ると、お姉ちゃんぶっちゃって、と小声で鎬からのツッコミが聞こえてきた。なんだこのやろう。
人間誰しも失敗はあるが、大人になると失敗をリカバリーするための労力が爆発的に上がってしまうのだ。それを子どもに教えておくのは大人の役目でしょうが。
祈織はじろり、と鎬を無言で睨むと、鎬は軽く肩を竦める。なんで洋画チックなジェスチャーが似合うんだろう、この超絶美人。
「それじゃあ、今日はこのアンクレットだけ買い取るわね」
ひょい、と祈織の手からアンクレットを取り上げながら、鎬は秋水へと確認するように告げる。なんで盗られたのだろう。
「あら?」
しかし、アンクレットを手にしてすぐに、無表情は変わらないものの不思議そうに鎬は首を傾げた。
首を傾げるのは棟区一家の癖なのだろうか。
そんなことを考えつつ、油断が生まれた鎬の手から、ぱしりと祈織はアンクレットを奪い返した。
「どうした?」
その鎬を、同じく秋水が不思議そうに見る。
アンクレットを奪い返されて空いてしまった手を、鎬は確かめるようにまじまじと見て。
「……いえ、なんでもないわ。やっぱり不思議な手触りね、と思ったの」
「分かります。めっちゃつるりとした感触が独特ですよねこれ。究極まで研磨された金属でも、ここまでの滑らかさは出ませんよ」
「やっぱ鎬姉さん、昨日の会議で疲れたんじゃないか?」
「不思議なことにこのアンクレットって輪っかなのに裏も表も同じ光沢で同じ手触りなんですよ。曲げたとなると光の屈折はどうしても歪みで変わっちゃいますから、やっぱり削り出して加工されたっていう推測が一番候補ですかね」
「大丈夫よ。会議は峰岸先生が頑張ってくれたから、私は台本通りくらいにしか喋ってないの。でも、心配してくれて嬉しいわ秋水」
「あー、でも削るとなると、やっぱり感触が不思議ですよね。どんな研磨をしたんでしょう。そもそも本当に研磨なのかもわかりませんね。気になるー」
「そりゃあ、俺の持ち込んだもので出てきたゴタゴタを片付けてくれてるんだから、心配くらいするだろ」
「もしかしたら電子顕微鏡レベルの鑑定をしたら削り跡とか見えるかもしれませんね。いや、でもそんなレベルで削り跡を消せるとなると、もはや人間業を超えてますよね。やはり 『ダン・ジョンさん』 は神様だった?」
「ところで秋水、店長がまたバグっちゃった上に、なんだか新興宗教染みた発言まで漏れ出ているのだけど、これはどうするべきかしら?」
「でも大量生産できることを考えると、とても手作業で削りができるとも思えないし、かと言って曲げ加工は物理特性無視してるし、謎が謎を呼ぶ製造方法ですね。やっぱりあれですよ、このアンクレットはこの姿のままこの世界に生まれたんですよ。そうとしか考えられませんって」
「…………俺、そろそろ帰るわ」
「ははは、でもアンクレットが突然ポンと出現するだなんて、そんな異世界ファンタジーの魔法じゃないんですから。いやでも魔法。魔法という言い方は良いですね。魔法で生み出されたアクセサリー。なんだかオカルトな業界にも売れそうな気がしてきました!」
「冷たいわ秋水。この冷えきったアンクレットくらいにひんやりした態度でお姉ちゃん興奮しちゃうわ」
何故か青ざめながら帰り支度を始める秋水に、鎬は冗談を口にしながらリュックから別のアンクレットを1つ取り出した。
滑らかな手触り。
不思議な手触り。
この白銀のアンクレットは、手触りからしてすでに他のアクセサリーとは次元が違うというのを感じる。
凄いよね。
凄いんだよね。
祈織は目をキラキラと輝かせながら、天井へと掲げたアンクレットを見る。
魔法で生み出されたアンクレット。
日本政府から正式に販売許可が下りたのならば、今度は大学とか研究所とか以外にも販売ルートを広げてもいいかもしれない。
いいじゃないか。
販売ルートとともに、夢まで広がる。
この前まで潰れかけだった質屋だが、今では様々なところへアクセサリーを売りつけてお店は大幅黒字だ。質屋の本分はどうしたとか言うな。
お邪魔しましたー、とどこか気不味そうに帰りの挨拶をする秋水の言葉が祈織の頭を通り抜ける。
このアンクレットを持ち込んできた秋水には感謝しかない。
お疲れさま、愛してるわ秋水、と挨拶を返す鎬の言葉も右から左へと通過していく。
最前線で販売ルートを切り開いてくれた鎬にも感謝しかない。
本当に、この2人には感謝してもしたりないくらいなのだ。
お店のさらなる繁盛を確信して、ふはははー、と祈織は高笑いをした。
「……アンクレットとネックレスで、熱伝導率が違うのね」
その高笑いする祈織を無視して、鎬は小さな声でぽつりと呟く。
これが最初の “引っかかり” であった。
後付け設定を盛られ過ぎてとんでもないことになっているダン・ジョンさん。秋水くんが苦し紛れでついた嘘が、どんどんと大変なことに……(・ω・`)