「お帰りなさいお姉ちゃん! アーンド、いらっしゃいませなんだよ棟区くん!」
「はい、ただいま紗綾音」
「お邪魔いたします」
家の前で偶然にも鉢合わせた少年、秋水を連れて家に上がれば、玄関が開いたことを敏感に察した妹がリビングの方からひょこりと顔を出し、パタパタと駆け寄ってきた。
子犬みたいで可愛いなぁ。
渡巻 律歌は駆け寄ってくる妹を見て、にへ、と笑みを漏らしつつ、迎え入れるように両手を広げる。
「えいやっ」
そして、ぽふ、と妹が抱きついてきた。
律歌の後ろにいた秋水に。
びし、と律歌は硬直してしまう。
「紗綾音さん、飛び込む先が間違っています」
「お姉ちゃんとはいつでもイチャイチャできるからね!」
「そうですか。とりあえず離れてください」
「今日はサヨチどころかジリちゃんまでなんでかブロックしてくるから、棟区くんとイチャつけなくて紗綾音ちゃんは寂しかったんだよ。紗綾音ちゃんは寂しいと死んじゃうんだぞー」
「そうですか。面倒な生態系ですね」
「とりあえず棟区くん、上がって上がって」
「いえ、まずは離れて離れて」
妹を抱き留めるために両手を広げた体勢のまま、律歌はゆっくりと振り向く。
律歌をスルーして大柄な秋水のその胸に飛び込んだ妹は、ぎゅ、と彼に密着するように抱きついている。
抱きつかれている秋水の方は、表情の変化はあまりないものの、どこか困ったような雰囲気で、ぐりぐり、と紗綾音の頭を撫でるだけで、力尽くで妹を引き剥がそうとはしない。
もや、と律歌の胸に言い表せない重たい感情が顔を出してくる。
ちょっと、ベタベタしすぎでは?
男の子に抱きつくのは、女の子として流石にどうかと思うな。
髪まで撫でられちゃって、なんでご満悦そうなんだろう。
羨ましい。
胸に湧いてきた感情の名前を、ふと自覚した瞬間、律歌はすぐに我に返る。
あ、いや、違う、羨ましいというのは、そうじゃなくて。
広げていた手を引っ込めながら、律歌は視線をウロウロとさまよわせた。
羨ましいというのは、えっと、そうだ。
秋水だ。
秋水が羨ましいのだ。
可愛い可愛い紗綾音に抱きつかれて、頭まで撫でさせてもらって、実に羨ましい限りである。
子犬みたいに駆け寄ってきたと思ったら、思い切り横を素通りされたお姉ちゃんは悲しかったのだ。
そして振り向けば、大柄な秋水はしっかりと紗綾音を受け止めることができて、しかもその身長差から頭まで撫でることができる。
羨ましい。
なんとも羨ましい。
律歌は妹よりも15㎝くらい背が低いものだから、紗綾音を抱き止めると言うよりも、むしろ戯れついてくる大型犬に押し潰されそうになる感じになってしまうのだ。そして頭を撫でるのは、ちょっと背伸びしないといけない感じになる。
だから、そう、秋水が羨ましいのだ。
妹に抱きつかれ、頭を撫でることができて。
なるほど、これは嫉妬だ。
この感情は、秋水に嫉妬しているに違いない。
妹を盗られた感じがして、嫉妬したのだ。
私がお姉ちゃんなのに。
湧き上がってきたモヤモヤした感情を無理矢理理解した律歌は、むぅ、と頬を膨らませる。
「紗綾音、秋水さんから離れなさい」
「むしろお姉ちゃんも棟区くんに抱きついてみるべきなんだよ。あったかいし柔らかいし、でも動くときは硬くなって凄いんだよ」
「恥じらい持とうね!?」
妹を半眼でじとりと見ながら注意を飛ばせば、世迷い言をプッシュされて律歌は即座にツッコミを入れるのだった。
リビングに秋水と妹を待たせてから、律歌はぱたぱたと小走りで部屋に戻る。
とりあえず、制服を着替えなくては。
いつもの部屋着であるジャージは、もちろん却下だ。
可愛くないし。
ではない。
客人である秋水の前でジャージ姿はちょっと、いやだいぶ失礼だ。
可愛いとかどうとか、そういう問題ではないのである。そうに決まっている。
なんの服にするべきだろうか。
この前と同じくシンプルに、でも同じだと秋水に「同じ服しかないのか」とか思われるかもしれない。いや実際に同じ服ばっかりなんだから真実なんだけど。
ああ、これなら普段からもうちょっとバリエーションに富んだ服を選んでおくべきだった。
妹の服を借りようか。
いや、背丈が合わない。
しかしオーバーサイズと割り切れば。
ダメだ、15センチ差という体格の違いは、かなり大きい。50ccのバイクに750ccのハンドル周りを移植するくらい無理があるオーバーサイズだ。
いっそ、制服のままの方が無難じゃなかろうか。
でもちょっと、流石にそれは。
昨日のうちから決めておくべきだった。
いつも服装なんて気にしてないから頭になくて、部屋の掃除をしてしまった。
いや、別に部屋に秋水を上げるわけではないのだが、なんと言うか、一応気にしておいた方が良いのかなぁ、なんて。
「えっと、やっぱりこれと……あ、そうだ、春物の上着にカーディガンで……」
部屋に戻って急いで制服を脱ぎ、律歌はクローゼットからごそごそと服を取り出しては戻し、取り出しては戻し、を繰り返していく。
ズボンはジーンズ。
これは決定している。
まあ、そういうのしか持ってない、というのが正しいのだが。
一応は母や妹がお勧めしてくれたスカートとか、作業着用のカーゴパンツとかはあるけど、それはちょっと。
「むぅ、スカートか……」
その、お勧めしてくれたスカートを律歌は手に取った。
ロングのAラインスカート。
明るめで、ちょっと可愛い系。
これ着る?
頑張っちゃってる感じしない?
むしろ子どもっぽくない?
でもジーンズパンツよりは。
でもでも、気合い入れてるっていう風に思われたら恥ずかしいし。
律歌は少しの間、スカートとにらめっこして考え込んだ。
「……ちょ、ちょっとくらいはお洒落しないと、失礼だよね、うん」
そして、少し顔を赤くしつつ、律歌は誰に対してでもなく独りで言い訳をしながら、いそいそとスカートを穿く。
でも、スカートを明るい色のものにしたので、これで自動的に上の服は色味が決まるはずだ。
「あれ、色って上を重くするんだっけ? 軽くするんだっけ?」
車やバイクと同じく、足下に向かって重たい色をデザインすべき、という感じで良かっただろうか。
もしくは、人間は逆に足下に向かって軽い色をデザインすべきだっただろうか。
自動的に決まるはずなのに、いつもファッションに無頓着なものだから、その自動部分のアルゴリズムが抜け落ちてしまっていた。
えーっと、と律歌は考える。
重たい色を下に配置するのは、車やバイクでは良くある考え方だ。ぱっと見て安定感がある。
だから、たぶん人間でも、帽子、上の服、下の服、靴、の順番で色を重くしていった方が、きっと見た目で安定感があるだろう。
だとしたら、明るい色のスカートって使い勝手悪いのでは?
んー、と律歌は眉間に指を当てつつ唸る。
お洒落って面倒くさい。
とりあえず、白のシャツで良いだろうか。
「おねーちゃーん」
「わひゃっ!?」
と、そこでドアのノックもなしに、がちゃり、と妹がドアを開いて入ってきた。
ちょっと止めて、今、上が下着姿なんだからおバカ。
律歌は慌てて胸を隠すように腕で押さえ、き、と妹を一睨み。
「ノックしなさい!」
「ごめーん。ところでお姉ちゃん、先に渡しておくね」
まあ、妹がドアのノックをしないのはいつものことであり、いつもの注意にいつもの謝罪、といったノリで軽く返しつつ、妹は手に持っていた紙袋を律歌へと差し出してきた。
いや、その前にドアを閉めてください。丸見えは恥ずかしいです。
うー、と律歌は唸りつつ、こちらに近づいてきた妹の手から、妙に可愛らしくラッピングされた紙袋を受け取った。
なんだろう。
片手で持てるくらいの小さめの紙袋を持った律歌は、やや怪訝そうな表情で軽く紙袋を振る。
かさかさ、と軽い音。
手に持った重量も、音と同じく軽い。
はて。
「これは?」
「お父さんに頼んでた例のブツなんだよ」
「そう言えば、なにか買ってきてって頼んでたよね。で、中身は?」
「チョコ」
怪訝な顔のままで妹に尋ねれば、さらっと教えてくれた。
なるほど。
チョコレート。
なんで?
チョコを渡された意味が分からず律歌が首を傾げると、妹は軽く笑って告げるのだった。
「お姉ちゃんの今日の目的は、それを棟区くんに渡すことなんだからね」
「…………え?」
いやいや、なんで、ちょっと、おかしくない?
なんでチョコ。
チョコレートを彼に渡さなくてはならないのか。
もしかして妹の代理だろうか。
いや待って。違う。妹だったらなにも考えずに彼に渡せるはずだ。
ならなんで。
明日はバレンタインデーだからか。
いや嘘でしょ。
早いよ。
明日の話だよ。
前日にチョコって渡していいのか。
ではなく。
なんで彼にチョコを渡すことになるのか。
バレンタインデーのチョコって、あれだよね、す、す、す、す、好き、な人にチョコレートを渡す文化。
あはは、あれは企業の商業戦略。中身じゃなくて仕組みで購買意欲を高める戦略。実に良く出来ている。あはは。あはは。
なんて笑っている場合ではない。
待って。
お願い待って。
ここで彼にチョコレートを渡したら、勘違いされちゃうかもしれない。
そういうのじゃないし。
その、あの、す、す、好き、とかなんとか、そういうの。
それは絶対に妹の勘違いだし。
違うし。
あ、いや、でも、えっと、嫌いって言うわけじゃないというか、そうじゃないと言うか。
ただ、そういう、その、す、好き、とかじゃない。
だからチョコレートを贈るのは、彼に勘違いされて迷惑掛かっちゃうだろうし。
と言うか、こんなちんちくりんの可愛くもない女から貰ったら、絶対に彼が困るだろう。
それに、彼とはただの知り合いって言う関係なだけだし。妹のクラスメイトさんなだけだし。コンビニの常連さんなだけだし。
だからチョコを渡すのは違うというか。
あ、でも、そうか、義理だ。
義理チョコだ。
義理チョコとして渡せってことか。
お世話になってるし。
たぶん、いや間違いなく妹が迷惑掛けているだろうし。
だからバレンタインデーに義理チョコを。
いやいやいや、でもだからってハードル高いよ。
勘違いされちゃうよ。
困るよ。
困らせちゃうよ。
ど、どうしよう。
うわ。
うわああああ。
「お邪魔します」
「どーぞどーぞ、散らかってもいない綺麗な部屋なんだよー」
独りで絶賛パニック状態のまま私服に着替え、ふらふらとリビングに赴き、妹と秋水とともによろよろと階段を上がり、律歌は再び自分の部屋へと辿り着いた。
突如として妹に突き付けられた「チョコを渡せ」という理不尽極まりない超高難易度ミッションで頭の中がいっぱいだった律歌は、無遠慮にドアを開けてずかずかと部屋に入る妹と、部屋に入る前に律儀に一礼してからドアをくぐる秋水の後に続き、よたよたと自分の部屋へと入る。
自分の部屋。
律歌の部屋だ。
妹の部屋ではない。
あれ、なんで私の部屋に?
数秒してからはたと気がついた律歌は、ばっ、と秋水の方へと顔を向ける。
なんだか興味深そうに、本棚を見ている秋水。
え。
あ。
わ。
「わわわわっ!? す、すみません! 間違いです!?」
その本棚を秋水の目から隠すように、ばっ、と律歌はその小さな体を本棚の前に滑り込ませ、慌てて両手を広げてブロックに入る。
なんでこっちの部屋。
妹の部屋じゃないのか。
て言うか、ちょっと、当たり前のように案内しないでよ。
本棚にはお気に入りの雑誌やら参考書。
これが可愛い感じのファッション雑誌とか、参考書も勉強の参考書とかならまだ良かったのかもしれないけれど、詰め込まれているのはオタク趣味全開の本ばかり。
重機。
建築。
鉄道。
DIY。
あとは車やバイクのカタログに、メンテナンスの専門雑誌、旧車や名車の図鑑。
それに業者向けの工具や建材の総合カタログ。金属や材料科学の専門書。電子工作とPCパーツ系の雑誌。分厚いのは機械工学便覧。
果てはミリタリーや兵器の図解雑誌に、ロボットアニメや特撮の設定資料集。
趣味全開。女の子らしさなど欠片もない紙媒体の資料群だ。
それらを赤裸々に、しかも秋水にまじまじと見られた。
律歌の顔が真っ赤に染まり、視線がせわしなくあちらこちらへ定まらない。
いや。
いいや。
いやいや。
違う。
違うのだ。
学校の参考資料とかは、ちゃんとあるし、隅っこに。全部理解したから全然手に取ってないけれど。
それに、スマホでは電子版のそれっぽい雑誌だってあるのだ。
あ、いや、ダメだ、履歴を思い返してみたら、全部趣味の雑誌しかない。
終わった。
いや終わってないけど。
自分がこういう趣味であることを、秋水ならば絶対に否定しないだろうというのは分かっているけども。信じているけども。確信しているけども。だけれども。
だからといって、見られるのは違う。
なんか、こう、違う。
こんなゴリゴリのオタクな本棚を彼に見られるのは、その、えっと。
は。
はずかしい。
顔から火が出るほどに真っ赤になりながら、両腕をバタバタ降って秋水の視界を遮る律歌に、秋水は呆気にとられた表情になっている。
あ、可愛い。
じゃなかった。
はっ、と律歌は我に返って、勢いよく紗綾音を睨み付ける。
「さ、さ、紗綾音!? なんで私の部屋なの!? 行くなら紗綾音の方だよね!?」
「いやー、棟区くん、この前は私の部屋だったから、味変した方が良いかなー、って」
「そんな鍋料理の後半戦みたいなノリで私の部屋に秋水さん入れないで!?」
「それにほら、お姉ちゃんの部屋の方が綺麗だから」
「毎日ちゃんと整理整頓しようね!?」
てへ、と笑って、まるで悪びれる様子のない妹。
可愛い。
じゃなかった。
「申し訳ありません、普通に案内されたものですから、つい入ってしまいまして……」
「あ、いえ!? 秋水さんは悪くないです!」
「えー、私が悪いのー?」
「確実にそうだよね!?」
妹を問い詰めたことにより、自分はこの部屋に入るべきではなかったのかと悟った秋水が、首の後ろに手を当てながら申し訳なさそうに謝る。
違うのだ。
秋水がこの部屋にいるのが悪いというわけじゃないのだ。
いや都合が悪いのならば悪いという表現が適切なのだろうけども。
でも違うのだ。
別に律歌は秋水を追い出したいわけではなく、しかしだからと言って可愛い妹をこれ以上キツく怒るのは気が引ける。
そろそろ頭から湯気が出そうになりながら、あうあう、と律歌は鳴き声を上げながら背中に本棚を隠す。
だが、背が低いものだから、本棚の中は丸見えである。
はずかしい。
穴があったら入りたい、とは正にこのこと。
「……しかし、律歌さんは建築の方面にも明るいのですね」
すっかり頭がパニックになっている律歌を余所に、ふむ、と鼻を鳴らしながら秋水が感心したように呟いた。
やはり、ばっちり見られてしまった。
と言うか、現在進行形で丸見えだ。
なきそう。
「た、嗜む程度ですけど……お見苦しいのをお見せしちゃって、すみません……」
「見苦しいなどと、そのようなことは全くありませんよ」
背中で隠したところで丸見えになっているものだから、律歌はついに観念して、しゅん、と小さくなりながらもごもごと小声を漏らすが、秋水は相変わらず穏やかに受け止めてくれる。
やさしい。
偽りを感じさせない声色に、う、と律歌は半ば泣きそうになってしまう。
『えー、工具が好き? ふーん、へんなの』
『そんな機械の仕組みとか、別に分からなくってもいいよねー』
『律歌ちゃんって、変わってるね』
ふと、昔に言われた言葉が耳を撫でる。
この趣味を、そのままに受け止めてくれなかった、かつての友達。
この趣味を、そのままに受け止めてくれる、秋水。
嬉しい。
けど、なんだか、恥ずかしい。
くすぐったい。
なにか言わなきゃ、と思うものの、何故か言葉が出てこず、律歌はさらに口をもごもごとさせてしまう。
建築って嗜むものだっけ、とツッコミを入れている妹をスルーしながら、秋水は改めて本棚を見てくる。
そう言えば、妹の部屋に彼が訪れたときも、本が目当てだった。
知識欲が旺盛なんだろうか。
どれか、秋水の興味を引く本があったのだろうか。
彼の興味を引くものが、自分の部屋に、あってくれるのだろうか。
顔を赤くしたまま、律歌は僅かに身じろぎをする。
慌てて邪魔をするようにカットインしたものだから、このまますごすごと退くのも、なんか違う。
と言うか、やはり見られるのは恥ずかしい。
けど、興味があるなら、見てほしい。
なんだこれ。
感情が矛盾している。
あう、と律歌は小さく鳴いた。
何故か妹が秋水の後ろでニヨニヨとしている。
「ときに律歌さん、質問なのですが」
「え、あ、はい」
そこで、顎に手を当てつつ、秋水が律歌へと顔を向けた。
「建築というのは、土台が大事だと聞きます。やはりモノを建てたり設置したりする場合は、土台を平面に均すことが最優先なのでしょうか?」
「はい、現代の人工物を置く場合でしたら、ほぼ必須作業ですね」
投げかけられた質問に、律歌は息をするように答えを吐き出した。
「土台が平面でなければ建物は傾いちゃいますから。それに現代の建物はほとんど規格品ありきのものですし、地面の凹凸に合わせて規格品を削るよりも、平らな面を作る方が圧倒的に楽です。それに日本は地震大国ですから、安全を確保するためにも土台部分が平面であるのは、建築においての絶対条件に等しいです」
「なるほど」
「もちろん例外もありますけど、建築においての例外というのは、ほとんどイコールで苦肉の策と同義です」
すらぁ、と口から返答を出力した後、は、と律歌は我に返る。
どうしよう、考える前に言葉が口を突いて出てしまった。
引かれる。
ぱっ、と反射的に律歌は自分の口を手で押さえるが、一瞬遅れて、興味深そうになにかを考えている秋水を見て、ほ、と胸を撫で下ろす。
秋水は、引かない。
引かれない。
だから惹かれる。
「では、整地されていない岩の上に、家具などを置いたらどうなるでしょう」
そして、こちらの心情を気にすることなく、秋水は続けて面白い質問をしてきた。
岩の上に、家具を置く。
律歌は口に当てた手を少し下げ、秋水を見上げる。
「壊れますね」
「え?」
「家具はそもそも平面の上に置かれることを前提としてデザインされています。岩の上に置いたら、まず間違いなく傾きます。傾くと、本来は垂直に掛かるはずの荷重が想定以外の方向にずれちゃいます。例えば4本脚の家具を岩の上に置いたら、傾くことによって1本か2本の脚に重さが集中してしまうので、脚が歪んでしまう恐れがありますし、最悪の場合は壊れます。集中応力を避けて、負荷を均等に逃がすためには、やはり平坦な土台は必須です」
「な、なるほど」
まあ、そもそも岩の上に家具を置くケースなんてないだろうけれど。
そう頭の片隅で考えながら答えれば、秋水は何故か視線が泳いでいた。どうしたのだろうか。
しかし、岩の上に家具か。
思考実験だろうか。
面白い考えだ。
岩の上に家具を置くとなると、接地面にきっちりハマるように、家具の脚や接地部分を正確に削り出すべきか。
いや、それだと置いた家具を動かせなくなってしまうし、岩肌のように不規則な凸凹を正確に測定して、そして正確に家具の接地面を削り出すのはかなり手間暇がかかってしまう。現実的ではないだろう。
そうであるならば、岩を削って平らにした方が早いし効率が良さそうだ。
「それでは、床がコンクリートなどではなく、自然の岩肌のようにゴツゴツと隆起している地下室のような場所に、岩を削る、以外の方法で平面の確保は可能だと思いますか?」
と、そこで岩を削るという手段を封じられてしまった。
ますます面白い。
と言うか、地下室ってなんだろう。秘密基地みたいで憧れるんだけど。
「個人的にはクッション材を敷いて凹凸を埋めてから、畳のような敷き材を置くのが手っ取り早いと思うのですが」
「うーん」
秋水が自ら切り出した提案に、律歌は腕を組んで考え込む。
まあ、岩肌の凸凹のうち、凸の部分を削るのがダメであれば、あとは自動的に凹の部分を埋めるしか手段がない。
ないのだが。
地下室という設定なのを忘れちゃいけない。
「下に入れるクッション材によりますけど、その場合、畳の上に乗ると、だいぶフワフワした感じになっちゃいそうですね」
「そうですね」
「それに、地下室となると湿気の問題があるので、通気性の悪いクッション材だとカビとダニの温床になります」
「う」
秋水が言葉に詰まっているのをスルーして、律歌はさらに考える。
いきなり何の話始めてるんだ、という顔をしている妹のこともスルーである。
岩肌の上に畳。
クッション材を敷くとなると、湿気対策は必須だし、クッション材を噛ませるだけで平面は取れたとしても、足場がふわふわしてしまったら簡単に傾いてしまう。
モルタルでセルフレベリングをするとか。いやいや、地下空間みたいな想定なら水も資材も搬入が地獄だ。なにより乾燥時の湿気が抜けなくて最悪の環境になる。
なら、防湿シートの上に砂を敷いてレベルを出すとか。ダメだ。通気性が死ぬから畳の裏に間違いなくカビが発生してしまう。それに湿気で砂が泥化したら最悪だ。
じゃあ、木材で根太を組むというのはどうだろう。うーん、岩肌の凸凹に合わせて木材を削って固定するのは、結局家具の接地面を加工するのと同じく難易度が高すぎるし、そもそも木材はカビと腐敗のリスクが。
いや、でも、大引き工法自体はアリじゃなかろうか。
基礎石に束材、その上に大引きを乗せて、大引きと垂直になるように根太を敷く。
うん、アリだ。
大引き工法、条件はマッチしている。
基礎石は、まあ、岩肌がそのまま担当するとして、束材に関しては木材ではなく。
「プラ束か、鋼製束、かな……」
ぽつり、と呟いた言葉で、律歌の脳内でパズルのピースが全て組み上がった。
岩の上に畳を敷く。
ならば、そうだ。
畳を浮かせば問題解決である。
例え話から一発で答えを引き出す、それが律歌さんクオリティ。
本当ならばお出かけデートを想定していたのですが、律歌さんの方は普通に授業があることに気がついて急遽お家デートに予定変更です(;´・ω・) 無計画よ……
次回は律歌さんの情緒が破壊される予定なので、同じく文量が多くなりそうです。