ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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273『畳フロアを浮かせて作ろう!』

「ええっと、まず畳にとって湿気は大敵ですから、岩肌の地面に直接敷くのは絶対にダメです。なので、ちゃんとした二重床の構造を構築するのがベストですね」

 

「二重床、ですか」

 

 椅子に座った律歌は、机の上にノートを広げ、それを上下に区切るように中央に横線を引く。

 なにも考えずにいつもの調子で線を引いたが、別に三面図を作らなくても良かったな、と気がつく。まあ、良いだろう。

 渡巻邸の律歌の部屋。

 机に向かった律歌の、そのノートを覗き込むように、律歌の背後にいる秋水が上から見下ろしてくる。

 なんか、秋水に、覆い被さられている、ような。

 ちょっと危ない体勢かも、と思いつつ、律歌はなるべく秋水の方を振り返らずに口を開いた。

 その耳は、だいぶ赤い。

 

「は……はい。まず第1層として、岩肌の地面全体に分厚い防湿シートを敷き詰めます。岩から上がってくる湿気を完全にシャットアウトするんです」

 

 ノートの右下の枠に、凸凹した歪んだ横線を引き、線の下には 『岩肌』 と注意書きを記す。

 その岩肌の上に、さらに横線を引き、それに矢印をつけて 『防湿シート』 と書く。

 地下室ならば空間全体が湿度高めだろうけれど、それでも岩から直接上がってくる湿気を防ぐかどうかは重要だ。

 

「そして第2層、岩肌の凸凹に対応しつつ足場の安定を確保するために、厚めの防振ゴムを要所に敷きます。コンクリートボンドとかで無理に固定するより、ゴムの摩擦と弾力で荷重を逃がす方が岩場には効果的です」

 

「なるほど」

 

 秋水の声が真上から降ってくる。

 どっ、と律歌の心臓が跳ねた。

 顔を赤くしながら、律歌はさらにノートに書き足す。

 防湿シートの上にさらに線を引き、それには 『防振ゴム』 と注意書き。

 なにそれ、と横から妹が聞いてきた。

 机の上にアゴを乗せ、律歌の隣に座って秋水と同じくノートを覗き込んでいた妹の頭を、ぐりぐり、と律歌は軽く撫でる。

 今は秋水への説明だから、また今度。

 にゃーん、と妹が鳴くのを聞いて、律歌はさらに防振ゴムの上に縦長の長方形をいくつか描き込んでいく。

 

「次に第3層、その防振ゴムの上に、高さをミリ単位で調整できるプラ束や鋼製束といった支持脚をたくさん立てます」

 

「『づか』というのが、支持脚というものなのですね?」

 

「はい。床を支えるための短い柱みたいな建材なんですけど、ボルトみたいにネジ式になっていて、回すだけで高さをミリ単位でミリミリ調整できるんです。これを使えば地面の岩がどれだけ凸凹に傾いていても、完全に無視して上の高さを水平に揃えることができます」

 

「なるほど、凸凹の地面側に木材を削って合わせるのではなく、長さを自由自在に変えられる脚を複数立てれば良いのですね」

 

 防振ゴムの上に描いた長方形に矢印を引いて、そこには 『束』 と記しておく。

 束。

 つか、と読む。

 高さを調整できる脚のことだ。柱、と表現しても良いかもしれない。

 プラスチック製や鋼鉄製など、素材によってプラ束とか鋼製束など呼び方が変わるが、中身は一緒である。

 岩肌自体を削れないならば、畳を浮かせて平面を取れば良いのだ。

 

「そして第4層、その支持脚の上に金属製のフレームを組んで、床の骨組みを完成させます。大引きや根太、というのですけど、こういう感じで敷きまして……」

 

「おーい、お姉ちゃーん? なんかDIY通り越してガチの建築現場みたいな話になってるよー?」

 

 横からツッコミを入れてくる妹の頭を再びぐりぐりと撫でてから、律歌は束の上に横線を引き、そこからノートの左側に矢印を持ってきて、ぱぱっとフレームのイラストを描いていく。

 縦に太い角材。

 横に細い角材。

 シンプルな構造のベッドフレームと同じである。

 大引き工法と言って伝わるだろうか、と思いつつ、律歌は分かりやすく 『フレーム』 とイラストの上に書いておく。

 

「ええっと、第5層として、そのフレームの上にエキスパンドメタルを敷きます。湿気対策を考えると、普通の合板や木材だとカビの温床になりかねませんから、圧倒的な剛性と通気性を両立できる金属建材のこれが最強です」

 

「エキスパンドメタル、ですね」

 

「そうです。メッシュ状になっている金属板ですね。頑丈な金網だと思ってくだされば」

 

 再び右下のイラストに戻り、フレームの横線の上に、さらなる横線を引く。

 そこには 『エキスパンドメタル』 と書き、金網と書いた方が分かりやすかったな、と書いた直後に反省した。

 いけない、段々と説明に熱が入ってきてしまった。

 冷静に、冷静に、と律歌は心の中で呪文のように呟く。

 

「そして第6層ですが、エキスパンドメタルの上に直接畳を敷いてしまうと傷んでしまうので、間に薄い板を敷いてフラットな面を作ります」

 

「エキスパンドメタルの上に薄い板。湿気に強い方が良いですよね?」

 

「そうですね、湿気対策は必須です」

 

 エキスパンドメタルの上にも横線を引き、『中板』 と書く。

 そして、最後の横線を付け加え、『畳』。

 できた。

 

「そして最後に第7層として、その水平を確保された土台の上に、畳を敷きましょう。これで岩肌の上でも、カビや湿気に強い、最高に快適な畳スペースが完成します。畳そのものは何年かに1回交換する必要があるかもしれませんが、逆に言えば畳以外はメンテナンスが極小で済みます。防湿シート、防振ゴム、支持脚、フレーム、エキスパンドメタル、敷板、畳、この7層構造! どうですか秋水さん!」

 

 結局はしっかりとテンションが上がり、ばっ、と振り返るようにして律歌は秋水を見上げる。

 分厚く大きな胸が、目の前に。

 

 近い。

 

 どっ、どっ、と律歌の心臓が跳ねた。

 振り向いて見上げても、視界いっぱいに、男の人の、胸。

 座る律歌の背後に立って、秋水は律歌越しにノートを見下ろしている。

 大きい。

 秋水の背の高さや、体格の良さが、ダイレクトに伝わってくる。

 振り向いて見上げてから、律歌はゆっくりと上体を反らすようにしてさらに上を向く。

 秋水の顔は、自分の真上。

 本当に、覆い被さるように。

 

 なんか、えっちだ。

 

 ふとそんな感想が頭に浮かんだ瞬間、ぼっ、と火がついたかのように律歌の顔が朱に染まった。

 なにを考えているんだ自分。

 馬鹿か。

 欲求不満か。

 いや違う。

 そうじゃない。

 秋水はコンビニの常連さん。

 秋水は妹のクラスメイト。

 変なことを考えるのは失礼が過ぎる。

 あわ、あわ、と秋水を見上げて律歌は言葉に詰まっていると、ノートをまじまじと見ていた秋水の視線が下がる。

 目が、合う。

 わひゃ。

 にゃ。

 あ。

 

「素晴らしいです、律歌さん」

 

「ぴゃ」

 

 口から変な声が思わず漏れ出て、律歌は咄嗟に口を手で隠す。

 そ。

 そうだ。

 岩の上に畳フロアを設置する話。

 大引き工法というか、OAフロアというか、その話。

 7層構造の、ご提案。

 なんだけど。

 近い。

 近すぎる。

 秋水の胸が近すぎて、心臓の音まで聞こえそうで。

 いや待って。

 だとしたら、こちらの心臓の音も、秋水に聞こえてしまっているんじゃなかろうか

 待って。

 それは。

 ちょっと。

 恥ずか、しいの、ですが。

 顔を真っ赤に染めながら、律歌の視線があちらこちらへと迷走するが、秋水が近すぎるせいで、まるで秋水の体を舐め回すように見ている感じになってしまい、それを自覚してさらに律歌の顔が赤くなる。

 顔が赤くなるというよりも、もはや体中が茹で上がる。

 熱い。

 暑い。

 湯気が出そう。

 

「このノート、写真に撮ってもよろしいですか?」

 

「は、はひ……」

 

 挙動不審になっている律歌を全く気にする様子もなく、す、とスマホを取り出しながら許可を求めた秋水に、律歌はなにも考えられず、反射的にこくこくと頷く。

 と言うか、真上から降ってくる秋水の低い声が、体に響く。

 お腹に、響く。

 お腹の、さらに内側の、下の方。

 うわ。

 うわわ。

 わ。

 これ。

 だめだ。

 曲がる。

 なにか、分からないけど。

 自分の中の何かが、曲げられちゃう。

 なんか。

 えっち。

 

 

 

「むーんっ!」

 

 

 

 そこで、頬を膨らませた凄く不機嫌そうな妹が、どすり、と秋水にタックルを仕掛けた。

 なお、秋水の体は多少揺れただけで、まるでダメージが伝わっている様子はない。

 え、と秋水は不思議そうに妹の方を見た。

 は、と律歌は正気に戻る。

 そして何故か、は、と妹もまた正気に戻るように、ぽかん、とした表情になっていた。

 

「……間違えたんだよ!」

 

「なにがですか?」

 

「なんか急に棟区くんにムカついて体当たりしちゃったんだよ!」

 

「理不尽では?」

 

 妹はすぐに秋水から一度離れるものの、何故かまた不機嫌そうな表情に戻って、どす、どす、ぽす、と秋水へ連続してタックルを敢行し始めた。

 ちなみに、最後は秋水に片手で受け止められ、ぐりぐり、と子犬でもあやすかのように頭を撫でられてしまっている。

 羨ましい。

 じゃなくて。

 

「紗綾音、暴力はダメだよ」

 

「今は私の目の前で結構暴力的な光景が広がっていたんだよぉ……なーでーるーなー」

 

 秋水に対してはわりと攻撃的な行動が目立つ妹を窘めるように注意すると、なんだか訳の分からない言い訳を口走りつつ、妹は撫で回してくる秋水の腕をポコポコと叩く。

 叩かれている秋水は特に気にする様子もなく、ぐりぐりと頭を撫でながら、ぐいー、と妹を撫でながら腕を伸ばし、妹の体をゆっくり引き剥がしていく。実に慣れた動きだ。

 

 

 

 そう言えば、秋水にも妹さんがいる。

 

 

 

 ああ、なるほど。

 やっぱり紗綾音への秋水の対応は、彼自身の妹さんに対応する感じなんだろう。

 そう考えると、ちょっとだけ、ほっとしてしまう。

 

 秋水は、妹のことを 『1人の女の子』 としては見ていない。

 

 何故だろう、モヤモヤした気持ちが、少しだけ軽くなった、ような気がする。

 これは、なんだろうか。

 妹が、秋水には正に妹分としか見られていなくて、安心している自分がいる。

 秋水へ抱きついたり戯れついたり、そんな距離感が近すぎる妹に、秋水が変な勘違いをしてしまわないか心配だったのが、ちょっとだけ解消された感じがするからだろうか。

 変な勘違い、って、なんだ。

 そりゃあ、その、自分に気があるんじゃないか、と秋水が勘違いしたり。

 なんて想像したら、軽くなったはずのモヤモヤした気持ちが、急速に膨れ上がってしまう。

 変なの。

 変な感じ。

 秋水はきっと、そんな勘違いなんてしない。

 しないはずだ。

 しない。

 たぶん。

 

 勘違い、だろうか。

 

 ふと、そんなことを考えてしまう。

 秋水のことではなく、妹のこと。

 妹は、秋水のことを友達だと思っている。

 思っている、はず。

 本当だろうか。

 秋水に気はない、のだろうか。

 モヤモヤする。

 不安のような、焦りのような、心配なような、胸が締め付けられるような気持ちがどんどんと膨張してくる。

 そんな焦燥感に駆られている律歌を気にすることなく、頭を撫でてくる秋水の腕をぺちぺちしていた妹が、へにゃ、と脱力した。

 

「うわーん、こういう雰囲気は大好物なんだけど、お姉ちゃんが女の顔してるの見るの、結構キツい感じがするのも事実なんだよー」

 

「にゃっ!?」

 

 なんか、とんでもないことを口走ってきた。

 女の顔。

 してません。

 そんな誤解を生むようなことを言うんじゃありません。

 

「し、し、し、してないよ!?」

 

「はいはい」

 

「ちゃんと聞こうね紗綾音!?」

 

 慌てて否定に入るものの、妹は軽く受け流す。

 ばっ、と律歌は急いで秋水を見上げるが、特に表情は変わっていない。

 ちょっと残念。

 いや、残念ってなんだ。

 変な誤解されなくて、安心するところじゃないか。

 

「お兄ちゃーん、お姉ちゃんのこと幸せにしなかったら、わりとマジメに許さないんだからねコノヤロー」

 

「秋水さんはお兄ちゃんじゃないでしょ!?」

 

「将来的にはお兄ちゃんになるかもじゃんか、義理の」

 

「ぎ、義理の!?」

 

 さらに畳みかけるように、妹はろくでもないことまで口走る。

 やめてやめて、変な妄言垂れ流さないで。

 義理の兄ということは、それはつまり、そういうことで。

 あの。

 ほら。

 えっと。

 そういう、こと。

 結婚、とか。

 

『夫婦仲がいいのは良いことだぞ。律歌も将来真似してみてくれ』

 

 いや。

 ばか。

 違う。

 なんか今、勝手に、父の変な台詞が脳内再生されてしまった。

 落ち着き始めていた顔の赤みが、一気に戻ってしまう。

 

 

 

「棟区くんだって、こんなに可愛い義理の妹ができたら嬉しいよね?」

 

 

 

 そして妹は、こともあろうに秋水を味方に引き込もうとする。

 止めて止めて。

 困らせないで。

 律歌は慌てて秋水を見上げ。

 

 

 

 秋水の目が、悲しそうに、見えた。

 

 

 

「……すみません、ウチには犬小屋がなくてですね」

 

「おウチに入れてくれないかな!?」

 

「そう言えば、チワワは室内犬でしたね」

 

「ワンちゃん扱いは変わってないんだよ!?」

 

 見えた、だけかもしれない。

 秋水は変わらず妹を押し退けつつ、ぐりぐりとその頭を撫でている。

 気のせいだったのだろうか。

 思わず律歌はまじまじと秋水を見上げてしまう。

 無言で見つめてしまった視線を感じたのか、秋水が困ったチワワから律歌の方へと視線を移す。

 その瞳は、いつもと変わらず、力強く澄んだもの。

 

「横槍が入ってしまいましたね」

 

「い、いえ、写真をどうぞ……こら紗綾音、秋水さんから離れなさい」

 

「わーん、未来のお兄ちゃーん」

 

 違います、止めなさい。

 律歌は椅子から立って、妹の背後から抱きついてずりずりと引き剥がす。

 どうやら妹は巫山戯て戯れ合っているだけのようだ。本気で秋水にしがみ付こうとしているならば、その体格差から、律歌の力では絶対に妹は動かせないはずである。

 妹は、他の男子にもこんな調子で絡みに行っているのだろうか。

 それとも、秋水だけ特別なのだろうか。

 なんだかモヤモヤした気持ちが止められないまま、ちらり、と律歌は秋水を確認する。

 カシャ、カシャ、と秋水は気にすることなくスマホで机の上に開いているノートを撮影していた。

 数枚ほどノートを撮影してから、秋水が振り返る。

 いつもの真面目な表情。

 やはり、あの目の雰囲気は、気のせいだったようだ。

 

「ちなみに律歌さん、いくつか質問があるのですがよろしいでしょうか」

 

「あ、は、はいっ」

 

 律歌はすぐに妹から腕を放し、秋水のそばに駆け寄った。

 優先順位が丸見えなんだよー、とか鳴き声を上げている妹は無視である。

 

「この、束、という支持脚の上にフレームを組み立てるのですが、支持脚とフレームをしっかりと固定するためには溶接技術が必要なのでしょうか?」

 

「溶接ですか? いえ、一般的な住宅の床下構造やDIYにおいて、床の土台作りに溶接を用いることはほとんどないです。このケース想定の場合でも、支持脚には受け皿がありますし、それを使って固定をすれば可能だと思います」

 

「なるほど。固定と言われると、つい溶接加工を想像してしまいました」

 

「あはは、ビス固定よりも先に溶接が出てくるのは、かなり本格的ですね」

 

 秋水はノートに書いた机上のプランを煮詰める方に夢中のようだ。

 可愛い。

 じゃなくて。

 軽く思いついただけのプランなので、確かに深く考えたら色々と粗が出てくるかもしれない。

 ペーパープランも思考実験の1つ。

 もうちょっと考えてみようかな、と律歌も秋水と一緒になってノートを覗き込み始めると、背後で妹が、うー、と若干むくれたような唸り声を上げていた。

 

「なんか、こう……くっつけたい気持ちとくっつけたくない気持ちがバチバチにせめぎ合ってモヤるんだよー……」

 

 なんかブツブツ言ってる。

 どうしたのだろう、と振り向いてみたら、じとー、とした妹の視線。

 なんなの。

 妹のどこか責めるような目に、半眼で返すと、は、と妹がなにかを思いついたような表情になる。

 あ、絶対にろくでもないこと思いついた感じだ。

 15年以上お姉ちゃんをやってきた律歌の直感が告げていた。

 

「ちょっとお荷物持ってくるね!」

 

「なんの?」

 

「起爆剤!」

 

「え、火薬?」

 

 そして妹が、ばっ、と部屋から飛び出して行った。

 落ち着きのない子犬のようだ。

 これは、確実に変なもの持ってくるパターンだ。

 律歌は少し不安になりながら、改めて秋水を見上げる。

 

「……すみません、騒がしい妹で」

 

「いえ、元気があってよろしいかと」

 

「紗綾音は、学校で秋水さんにご迷惑を掛けていませんか?」

 

「…………」

 

「……いつもいつも、申し訳ありません」

 

 無言の肯定に、律歌は深々と頭を下げた。

 今と同じような感じで学校でも秋水に絡みに行く妹の姿が、何故かハッキリと想像できてしまう。

 お願い沙代ちゃん、紗綾音の手綱をしっかり握ってください。

 律歌は心の中で妹の親友に対して祈った。

 

「まあ、慣れてきましたので、はい」

 

「やっぱり秋水さんの妹さんは、紗綾音と似た感じなんでしょうか」

 

 そして、律歌は気になっていたことを尋ねた。

 尋ねてしまった。

 以前秋水は、妹は紗綾音には似ていない、みたいなことを言っていたが、やはりそのあしらい方は手慣れていて、秋水自身の妹への対応が生かされているように感じる。

 頭を撫でるのも、妹を相手にしていた癖、だとかなんとか。

 それに、秋水の妹も元気なタイプ、とのこと。

 そう考えると、やはり秋水の妹は、紗綾音と似ているような気がするのだ。

 

「――――」

 

 そんなことをふと思いついて聞いてみたら、何故か秋水が一瞬黙った。

 その目が、揺れる。

 

「――いえ、似ていません」

 

 しかし一瞬は一瞬だけで、秋水は淡々とした口調で答える。

 律歌はそのわずかな反応を、特に気にしなかった。

 

「まあ、ただ」

 

 秋水の視線がノートに戻る。

 

「私の妹は、もっと気性が荒くて暴力的だったので、紗綾音さんの方がとても良い子ですよ」

 

 どこか懐かしむような言い方。

 しかし、律歌は妹が褒められたことに、ちょっと嬉しくなってしまった。

 お姉ちゃんというのは、可愛い妹が褒められたら自分まで嬉しくなるものなのだ。姉馬鹿と言うなかれ。

 

「い、いえ、紗綾音も秋水さんのことしょっちゅう叩いているみたいで、最近は暴力的かなと」

 

「あれは、まあ、コミュニケーションの一種ですよ。だいぶ手加減されているのは分かっていますから」

 

「でしたら、あの、秋水さんの妹さんもコミュニケーションの一種かもしれませんね」

 

「……そうだったら、良かったですね」

 

 ノートをまじまじ見ながら、秋水は呟く。

 妙な言い回しだ。

 なんだろう。

 律歌がようやく疑問を覚えたところで、部屋のドアが再び開け放たれた。

 

「たのもーう!」

 

「紗綾音、ノックしなさい!」

 

「コンコン♪」

 

「お・そ・い!」

 

 妹である。

 相も変わらずノックをしない。

 いつものような注意を、いつものように受け流される。

 そんな妹の手には、可愛らしくラッピングされている紙袋。

 若干、見覚えがあるラッピング。

 と言うか。

 妹の手にある紙袋を見た瞬間、びくり、と律歌の肩が跳ねた。

 

「へーい! 棟区くんに一足早いハッピーバレンタインなんだよー!」

 

 律歌が止めに入るよりも早く、秋水へと突っ込んでいった妹は、ぽふ、と秋水に抱きついてから、その眼前に紙袋を差し出した。

 ハッピーバレンタイン。

 つまり、チョコレートである。

 いやいや。

 いや。

 バレンタインデーは明日だよ。

 律歌は心の中でツッコミを入れながら、ゆっくりと視線がベッド横の棚へと向けられる。

 

 その棚には、妹に押しつけられた、チョコレート。

 

 これは、あれか。

 流れを作るから、渡せ、的な圧力。

 視線をゆっくりと妹へと戻す。

 目が合った。

 にやり、と妹が笑った。

 

「これは?」

 

「明日はバレンタインだからね! 棟区くんには “ついでに” 今のうちに渡しちゃえ的な感じなんだよ! ギリギリの義理なチョコレート! 嬉しかろー! うりー!」

 

 にやりとした笑みはすぐに消し、にぱっ、と秋水にはいつもの明るい笑みを向けながら、ぐいぐいと秋水の顔にチョコレートの入った紙袋を押しつけていく。

 なんだろう、ついでに、というのが強調されていたように聞こえたのは、被害妄想だろうか。

 小悪魔だ。

 ウチの妹が小悪魔ちゃんだ。

 

「ああ、そうでしたね。ええと、お返しは」

 

「ホワイトデーに期待してるね!」

 

「卒業式の後ではないですか」

 

「卒業式終わったらご縁がぷっつりごめんなさい宣言みたいじゃんかー」

 

 顔に押しつけられた紙袋を受け取りながら、秋水は律儀にも返礼のことを考えている。

 ああ、そうか。

 チョコレートを渡したら、1ヶ月後に逢う口実ができるのか。

 じゃなくて。

 いや、そんなご足労をおかけするなんて、そんな。

 でも。

 えっと。

 律歌は再びベッド横の棚へと視線を向ける。

 え。

 あ。

 わ。

 渡す?

 渡しちゃう?

 律歌の視線が秋水と棚を行ったり来たりと忙しなく動く。

 

「まあ、棟区くんはテスト対策でお世話になっちゃったから、お礼なんて気にしなくて良いよー」

 

 からから笑う妹を見る。

 妹は、チョコレートを渡した。

 秋水に、義理とは言えど、チョコレート。

 

 なんか、モヤモヤ、する。

 

 律歌はすぐにベッド横の棚へ向かって、その中に隠していた紙袋を取り出した。

 妹に押しつけられた、父が買ってきてくれたという、チョコレートである。

 秋水に妹が渡して、自分が渡さないというのは、なんか、イヤだ。

 

「あ、あの!」

 

 紙袋を手に取って、律歌は勢いよく振り向いて秋水を見上げた。

 

「はい」

 

 そして、見下ろされた。

 どっ、と心臓が跳ねる。

 胸が、締め付けられる。

 一瞬だけ言葉が途切れてしまった。

 けれど不思議と、止めとこうかな、というヘタレた気持ちは湧いてこなかった。

 勇気とともに。

 好きなアニメの台詞を思い出し、ぐ、と律歌は一度だけ奥歯を噛んで。

 

「わ、私からも、プレゼントです!」

 

 秋水へと近寄って、妹に負けじと律歌もまた秋水の眼前に向かって、真っ赤にしながらぷるぷる震える手で、その紙袋を差し出した。

 チョコレート。

 バレンタインのチョコレート。

 あれ、男の子にバレンタインチョコ贈るの、初めてなんじゃなかろうか。

 人生初の、事柄だ。

 うわ。

 わ。

 なんか、すごいこと、してる。

 妹への対抗心めいたものが先に立ち、なにも考えずに勢いだけでプレゼントなんてしたみたが、なかなかに凄いことをしていることを律歌は遅れて自覚してしまう。

 なんだか、恥ずかしい。

 そんな情緒がぐちゃぐちゃしている律歌が差し出した紙袋を、秋水はそっと受け取ってくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「い、いえ!」

 

 声が裏返ってしまった。

 別の意味で恥ずかしい。

 うう、と呻きながら律歌は俯いてしまい、それを見ている妹は、にこー、と満面の笑みである。

 

「いつも律歌さんからは受け取りっぱなしなので、心苦しいですね」

 

「いえ! そんなことないです! 気にしないでください!」

 

 さらには秋水に気を遣わせてしまうというダブルパンチ。

 ほら。

 ほら見ろ。

 やっぱり秋水にチョコを渡したら、気を遣わせちゃうじゃないか。

 がばりと顔を上げて秋水を見上げたら、やはり秋水は首の後ろに手を当てながらどこか困ったような雰囲気だ。

 

「紗綾音さんと違って、律歌さんにはいつも助けていただいてばかりですので……」

 

「おーい、悪意を感じるぞー」

 

「秋水さんにはいつもウチの紗綾音がお世話掛けっぱなしですので……」

 

「へーい、言葉の暴力で紗綾音ちゃん泣いちゃうぞー」

 

 妹の言葉をスルーして、律歌と秋水は揃って困った雰囲気になってしまった。

 ほら。

 ほらぁ。

 困っちゃったじゃん。

 やっぱりチョコ渡さない方が良かったじゃん。

 律歌は内心でしょげていた。

 そこでふと、秋水がなにか思いついたように顔を上げた。

 

「あ、少々お待ちを」

 

 そして、秋水は持ってきていた自身のリュックサックを開いて、中を確認する。

 

「律歌さんなら大丈夫か……」

 

 気になることを呟きながら、そのリュックサックから秋水はなにかを取り出す。

 大きいものではない。

 秋水の手の中に収まるような、なにか。

 

「今の手持ちではこんなものしかないのですが、よろしければどうぞ」

 

 そのまま何の迷いもなく、す、と秋水は律歌に向かってその手を差し出した。

 秋水の大きな手。

 手の平には、渋く光る、黒い金属。

 

 

 

 黒鉄の指輪。

 

 

 

 え、指輪を、プレゼント?

 

 

 

 男性から指輪を贈られるという突然のシチュエーションに、律歌の思考がフリーズした。

 いつも騒がしい妹が絶句して、なに考えてんだコイツ、みたいな表情で秋水を見上げていた。

 秋水は、特になにも考えてなさそうだった。

 

 

 





 ゴブリンからのドロップアイテムを、祈織や鎬さんに報告する前に、律歌さんにそのまま華麗に横流し! 秋水くんは本当に何も考えてないよ! おバカ!
 新元素ヤベェ、とちゃんと認識しているわりに、個人にプレゼントするくらいええやろ、というガードのガバガバさは秋水くんクオリティ(・ω・`)

 ……この姉妹が揃って秋水くんに会うと、何故か秋水くんのメンタルにダメージ与えるよね。
 まあ、今回は律歌さんの情緒に超弩級のダメージなんですけど(*'ω'*)

 次回は久々にダンジョンアタック!
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或いは異世界転移して閉じ込められた遺跡ダンジョンで意味深に封印されていた眠り姫を勝手に脳内彼女にしていちゃこらする妄想電波を毎日垂れ流していたら実は意識があったので全部聞かれていた話。▼「はい♪あなた様が言っていた恋人同士の睦み合い、全部ぜーんぶやりましょうね!!」「え゛」▼脱出不可能なダンジョンに放り出されてモンスターとバトるか可愛い美少女を眺めるかしかや…


総合評価:5759/評価:8.79/連載:47話/更新日時:2026年07月15日(水) 05:15 小説情報

転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ(作者:水色の山葵)(オリジナル現代/冒険・バトル)

人より道のりは長いが、ダンジョン中毒の彼にはあまり関係がない。▼カクヨムにも投稿してます。▼https://kakuyomu.jp/works/2912051601499000526


総合評価:7504/評価:7.98/連載:28話/更新日時:2026年07月07日(火) 18:03 小説情報


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