ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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274『ゴブリン』

「単管パイプにクランプ……こいつか」

 

 ダンジョンのセーフエリア。

 渡巻邸から無事に帰還した秋水は、座布団の上に座ったままスマホをまじまじと眺めていた。

 スマホの画面には、建築素材の通販サイト。

 調べているのは、つい1時間ほど前に律歌からご教授いただいた、畳を浮かせる7層構造、その部品たちである。

 

「束にパイプにクランプに、固定用の部品も種類がいっぱいあるんだな。うーん」

 

 ぶつぶつ呟きながら、秋水はスマホの画面に表示されている部品を吟味していく。

 今回のセーフエリアにおける畳フロア構築DIYは、部品をネット通販で注文するつもりである。

 律歌お勧めのコプロという建築用品店で買い揃えてもいいのだが、如何せん距離があるのだ。

 距離があるだけならまだしも、買いたい部品が多い上、デカいという問題もある。

 デカくて重い鋼材は、まあ、ぶっちゃけ身体強化の魔法を使えば簡単に運搬こそできるのだろう。

 しかし、巨体のヤクザ面が、デカい鋼材を担いで運んで生活道路を歩くのは、流石に警察に通報されてしまう。

 故にネット通販だ。

 実に便利な世の中。

 

「広さは……そうだな」

 

 スマホから顔を上げ、秋水はぐるりと周りを見渡した。

 なんだかすっかり見慣れてしまったセーフエリア。

 広さは大体6畳ほど。

 今現在、持ち込んでいる畳は2畳だ。

 

「いっそ、4畳くらいまで広げるか? いや、4畳だとカツカツになりそうだな……」

 

 顎に手を当てながら、ふむ、と秋水は一度鼻を鳴らした。

 セーフエリアの広さは確かに6畳ほどだが、だからと言って6畳ぴったり入るわけではない。部屋の形は四角というよりも円形に近いのだ。

 しかも、壁から垂れ下がっているホースから、じょぼじょぼと出ているポーションのおかげで、1畳分は実質死にスペースである。

 頑張れば4畳入りそうだが、どうだろうか。実際に寸法を測定した方が良いかもしれない。

 

「おー、これは忙しくなりそうだな」

 

 他人事のように秋水は呟きつつ、ため息を1つ。

 セーフエリアの寸法を測定する。

 そこに合わせた畳の並べ方を考える。

 必要な材料の数を割り出す。

 ネット通販で注文する。

 注文したものを受け取り、セーフエリアへ降ろす。

 組み立てる。

 なんとも大がかりな改装工事だ。律歌の助言がなければ、考えつきもしなかったであろう。

 

「そういや、律歌さんは大丈夫だったのか……?」

 

 そこでふと、秋水は今回の改装工事の立案者である律歌のことを思い出した。

 

「なんか途中から随分と上の空な感じだったけど……疲れてたのか……?」

 

 秋水は首を捻りつつ、彼女の身を案じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんが壊れちゃった。

 渡巻 紗綾音は、恐る恐る姉の部屋を覗き込みつつ、内心で冷や汗をダラダラと流していた。

 

「ふぁぁぁー……」

 

 姉は今、ベッドに寝転がりながら完全に呆けている。

 紗綾音の位置から背中しか見えない。だからこそ、こうやってこっそりと姉の様子を観察しているわけだが。

 

「あ……」

 

 姉は小さく声を漏らしつつ、手にしているなにかをうっとりと見つめる。

 見えないけれど、紗綾音はそれがなにか、分かっていた。

 

 指輪だ。

 

 ブラックメタリックな、シンプルながら綺麗な指輪。

 バレンタインチョコのお返しとして、紗綾音の友達である棟区 秋水から贈られた超特大核爆弾である。

 あのヤロー。

 内心どころか本当に冷や汗を流しつつ、紗綾音は秋水へと恨みの念を向けといた。

 紗綾音に触発されるように、勇気を出して姉は秋水へ1日早いバレンタインチョコを手渡した。よくぞヘタレなかった。ドキドキの光景だ。

 しかし、秋水は色々と助けられっぱなしだから申し訳ないとか言い出して、す、と指輪を律歌へと贈ったのである。

 いやいや。

 いや。

 チョコのお返しに指輪って。

 しかも、気になるを通り越して惚れてしまっている男性からの指輪である。

 少女マンガかよ。

 いいや、少女マンガでも中々お目にかかれないシチュエーション。

 お目にかかれるとしたら、ヒロインが告白されるラストシーンだぞ。

 しかも、結婚してください、的な本気の告白シーンだ。

 甘酸っぱいを通り越し、そんな超弩級のイベントをウブな姉に致死量レベルで叩き込んでみろ、ご覧のありんこサマーなんだよ。

 恋愛初心者になんてことしてくれたんだあの筋肉ヤロー。

 

「ふふ……」

 

 姉はベッドの上で小さく笑っている。

 笑いながら、手にした指輪を見つめている。

 背中しか見えないけれど、たぶん、その目は熱っぽい目であろう。

 そして、完全に女の表情になってしまっているのであろう。

 見なくても分かる。

 と言うか、指輪を秋水から受け取ってから、その強力すぎる一撃に完全に頭がピンク色になってしまった姉は、ずっと潤んだ瞳で秋水にひたすらハートマークを飛ばしている感じだった。

 お姉ちゃんの頭が完全に茹で上がっちゃったんだよー。

 紗綾音は、あの極悪マッチョに完全に粉砕されてしまった姉の情緒を心配してしまう。

 その姉が、頭上にかざすようにして指輪を掲げた。

 

 そして、すっと、無言でその指輪を左手の指にはめる。

 

 左手の、薬指。

 

「――な、なんちゃって! なんちゃって!」

 

 姉はすぐに指輪を外し、もふ、と枕に顔を突っ込んで足をぱたぱたさせる。

 なんだ、あの可愛い生き物。

 耳まで赤い。

 完全に妄想が爆発しちゃってる。

 

 て言うか、なんで指輪がジャストサイズなんだ。

 

 なんなのあのヤロー。

 なんで姉の指のサイズ知ってるの。

 ぱっと見たときは、サイズ大きいんじゃないかな、なんて思ったのだが、実際に姉が指にはめてみればピッタリなのである。

 

 

 

 まるで、指輪の方からサイズを調整してくれたかのように、ジャストサイズ。

 

 

 

 紗綾音はシスコンのジェラシーを燃え上がらせつつ、ドアに隠れて歯噛みをする。

 いや、くっつけてやろうと画策しているのは自分なのだが、姉が秋水に夢中になっているのを見せつけられると、なんか、こう、モヤモヤする。

 非常に、モヤモヤする。

 人の恋愛現場を見てドキドキしちゃう反面、姉が女の顔を秋水に向けているのを見ると、すごくすごくモヤモヤしてしまう。

 むー、と紗綾音はうなる。

 私の情緒まで破壊されちゃうんだよー。

 紗綾音は挙動不審な姉を観察しつつ、諸悪の根源である秋水を呪うのだった。

 なお、姉は再び左手の薬指に指輪をはめて、勝手に悶えているところであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その諸悪の根源は、バイク装備に身を包み、意気揚々とダンジョンに下りていた。

 セーフエリアの寸法を測定し、簡単に設計図みたいなものを描き、必要になるであろう部品をネット通販で注文したら、随分と時間が掛かってしまった。

 もう外はすっかり夜だが、秋水にとってはここからが本番。

 楽しいダンジョンアタックの時間である。

 

「昨日はダンジョンアタックしなかったから、まずは準備運動するかー」

 

 部屋に足を踏み入れたら挨拶代わりに突っ込んできた角ウサギの角を、すい、と半歩下がるだけで紙一重に回避しつつ、お返しのプレゼントだとばかりに右の拳をカウンターで脳天に叩き込む。

 全身の身体強化60%。

 右腕に部分強化40%。

 ライディンググローブには武装強化。

 さらには魔素反発まで付与。

 身体強化の重ね掛けにバフを2つ。

 正真正銘、秋水の放つ最大火力のパンチである。

 その一撃を頭に喰らった角ウサギは、ノックバックなど許されず、頭部を一発で粉砕された。

 

「ふっはい! いくらなんでも過剰だったな!」

 

 秋水は笑いつつ、ずぼり、と右腕を角ウサギから引き抜いた。

 右手、ではない。

 右腕だ。

 角ウサギの頭部を砕いた右の拳は、角突きタックルのカウンターも相まって、秋水の肩近くまで深々と角ウサギの体を串刺しにするようにめり込んでいた。

 一撃どころではない。

 もはや過剰火力。

 角ウサギご自慢の、と言うか唯一に近い攻撃手段である角突きタックルも、弾丸のように速かろうと身体強化にて底上げされた動体視力の前では、ちょっと速いかな、くらいの突撃にしか見えない。

 

「成長を感じられるってのは、やっぱ良いもんだな」

 

 秋水は一撃で葬り去った角ウサギから噴き出す魔素を魔素回収の魔法で吸収しつつ、うんうん、と大きく頷く。

 角突きタックルを見切るのにも一苦労していた、そんな最初の頃がもはや懐かしい。

 

 

 

 過去は、懐かしくなってしまうものだ。

 

 

 

 す、と心の中の温度が一瞬だけ下がって、変なこと考えたな、と秋水は首を振って気を取り直す。

 律歌から妹のことを聞かれたことが、尾を引いている。

 いや。

 考える。

 秋水はリュックサックを取りに戻り、黙々と地下2階を攻略し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さくっと地下2階を1周し、そのまま地下3階へと下りていく。

 スライムと、そしてコボルトが待ち構えるフロアである。

 

「アンクレットは……ちょっとここに置いておくか」

 

 秋水は呟きつつ、地下3階へ下りる階段のところに、がしゃがしゃとリュックサックに詰めていた白銀のアンクレットを並べて置いた。

 収穫は大量である。

 というか、ドロップ率、ほぼ80%。

 気のせいでもなんでもなく、ドロップ率が上昇している。

 やはり、ボスを殺すと、ドロップ率が上がるのかもしれない。

 角ウサギを殺して出てくる白銀のアンクレットの出現率が、ボスウサギを殺した後で急上昇していることを考えたら、仮説としては有力だろう。

 最初の1体と、地下2階と地下3階のリセットボタンで再出現した2体、合計3回、ボスウサギを殺している。

 3回分のドロップ率上昇で、80%くらい。

 地下4階のリセットボタンでまたボスウサギが再出現したら、次はドロップ率100%になるのだろうか。

 

「うーん、運搬用の段ボールとか用意しておいた方が良いかもな。いや、ちゃんとしたコンテナケース買うべきか?」

 

 ふむ、と鼻を鳴らしながら、並べた白銀のアンクレットを見ながら腕を組んで秋水は考えた。

 リュックサックには、入れられる限度というものがある。

 ただでさえタオルやらポーションやら食料品やら、諸々を入れているリュックサックだ。

 これだけドロップアイテムが出てくるのならば、それ用の箱を持ってきた方が良いかもしれない。

 考えておくか、と零してから、秋水は立ち上がる。

 なお、やはり秋水には、ドロップアイテムを放置する、という考えは思いついてすらいない。

 

「さて、犬人間ハントの開幕と行くか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、眠れない……」

 

 夜、錦地 美寧の目はギンギンに冴えていた。

 ストレートに言ってしまえば、興奮のあまり血走っていた。

 いや寝なければ。

 無理矢理にでも寝なければ。

 そう思えば思うほど、緊張のせいで余計に眠れない。

 

「ぬあー、久しぶりの睡眠障害じゃんね」

 

 がばっ、と美寧は体を起こして頭を抱える。

 秋水への愛に目覚めて以降、悪夢なんてどっかへご退場して毎晩快眠だったのに、久々に寝付けない。

 ただ、寝る前に今日の失敗や、それから芋づる式に過去の失敗などが次々に脳裏へ蘇り、後悔と絶望に沈んで寝付けない、という感じではない。

 布団で目を閉じて、浮かんでくるのは過去のことではない。

 未来のことだ。

 

 と言うか、明日のことだ。

 

 明日はバレンタイン。

 決戦の日。

 チョコは買った。

 ラッピングもバッチリだ。

 手紙も書いた。

 10回ほど書き直した。

 そのチョコと手紙の本命セットは、ジム用のカバンに入れてある。

 準備は万端、抜かりなし。

 だから寝ろ。

 早く寝ろ。

 寝不足によるコンディション崩れた状態で、秋水に逢うわけにはいかないのだ。

 せっかく、最近はお肌の調子も絶好調なのに、目の下にクマなんか作ったら軽く死ねる。

 

「明日は軽く体を動かしてー、先生と一緒に帰ってー、それから先生にそれとなく寄り添って照れた感じで軽く笑顔を浮かべながらチョコレートをプレゼントして先生のハートをがっちりキャッチして私の体も一緒にプレゼントって大胆に攻めたらあわよくば先生にホテルへお持ち帰りされちゃってベッドの上で私が先生の熱い愛をプレゼントされちゃったりなんかしちゃったりするかもしれないじゃんねぐへへへへってそうだ一応コンドームも入れておかなきゃと言うかムダ毛処理とか今のうちに色々した方が良いのか迷うとこじゃんね以前の問題として下着とか気合い入れた方が良いのかなでも気合い入れすぎると想定してたっぽくて引かれちゃうかもだけど実は期待してましたとか言ったら先生からえっちな悪い美寧さんにはお仕置きが必要ですねとか言って先生から強引に色々してくれちゃったりなんかいやいや待って私よく考えてもしも仮に万が一そんな事態が発生したら先生を私の体に夢中にさせる大チャンスなんだからむしろ私が先生をイケイケで押し倒して快楽の沼に沈めてやるくらいの気迫で行くべきだけどこんなことなら母さんにもっと根掘り葉掘り手練手管を教えて貰うべきだったじゃんねとか後悔なんて先に立たないからできる限りの想定を今のうちから頑張ってやだやだ先生そんな逞しい体で抱き締められたら美寧ちゃん壊れちゃうじゃんね手加減してよ大好き大好きじゃなくてとにもかくにもまずは先生にチョコを渡さないことにはなんにも始まらないんだから気合い入れて頑張るじゃんね!」

 

 むん、と美寧は改めて気合いを入れ直す。

 入れ直す前に口からすらすらと呪いの呪文染みた言葉たちが大脱走していたが、残念なことに無意識である。残念なこと、と言うよりも、残念な子、と言うべきかもしれない。

 明日は大事な日なんだから早く寝なくては、と美寧は布団に再び転がって、ぎゅ、と目を閉じる。

 今の美寧にとって、過去の諸々など、どうでも良い。

 明日だ。

 明日が楽しみだ。

 今の美寧は、明日に向かって生きている。

 だから、決戦の日に備え、早く寝よう。遠足が楽しみな小学生じゃないんだから。

 美寧はしばらく、布団の中でもぞもぞした。

 もぞもぞ。

 もそもそ。

 

「――なんか、ムラついてきちゃった…………」

 

 20分後、すぴー、と美寧は実に幸せそうな顔で眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下3階も無事に1周した秋水は、その足で地下4階へと向かった。

 やはり、コボルト戦はまだまだ歯応えがある。

 その噛み応えは段々と弱くなっているかもしれないが、それでも走り回って、殴って、投げて、避けて、そんなヒット&アウェイの戦いは楽しいものである。

 と言うか、まあ。

 

「脇を締めてひとつっ! 肩を送り出すようにしてふたつ! 軸から捻り込むようにしてみっつ!」

 

 どすっ、ごすっ、ぼすっ、と鈍い音をダンジョンの部屋に響かせながら、秋水はゴブリンをぶん殴っていた。

 地下4階、6部屋目。

 最初の部屋を除いて5部屋目とカウントすべきだろうか。

 緑色をした子鬼は、秋水に殴られて壁に打ち付けられ、バウンドしたところを再び殴られ壁に再度打ち付けられ、を延々と繰り返している。

 一方的な展開だ。

 これでも、全身の身体強化の出力は30%にまで落としているのである。

 それでもなお、ゴブリンは弱いモンスターであった。

 コボルト戦が楽しいのは、正直なところ、ゴブリンが弱いから、という理由も含まれている。

 グギャ、ギュワ、と面白い悲鳴を上げるゴブリンの様子を観察しつつ、秋水は冷静に体の動きを修正しながら拳を打ち込んでいく。

 

「こんな感じでどうやろなっ!」

 

 踏み込みなしで重心の移動に注意を払い、右肩を引きながら左の肘を前へと打ち出して、ライディンググローブを纏った拳をゴブリンの顔面に炸裂させたら、ついに耐えきれなくなったゴブリンが、ごぼっ、と吐血のように魔素を一気に吐き出した。

 死亡演出だ。

 

「……結構良い感じになってきたか?」

 

 トドメの一撃となった左の拳を引きながら、ふむ、と秋水は鼻を鳴らしつつ今のパンチングを評価する。

 今まで喧嘩すらしたことのなかった秋水は、その戦い方の全てが独学である。

 ぶっちゃけ、パンチの打ち方すら基礎を知らないくらいだ。

 だから、攻防に関する体の動かし方、その基礎を練習するにはゴブリンは最適である。

 なんちゃってバール棒術における、バールの捌き方が学べる。

 バールの殴り方が学べる。

 攻撃の防ぎ方が学べる。

 最小限の動きによる回避が学べる。

 ゴブリンとの戦闘は、良い練習だ。それは間違いない。

 

 間違いない、のだが、物足りないのもまた事実。

 

 戦いにおけるヒリついた感じは全くない。

 危険だと思える要素はまるでない。

 隔絶している力の差。

 安全圏からの一方的なリンチ。

 楽しいかと言われると、うん、コボルトと殴り合っている方が、間違いなく楽しい。

 

「今日はこのまま、ボス部屋の前まで行くとすっかな」

 

 魔素を回収しつつ、はぁ、と秋水はため息を1つ。

 地下4階は軽く通り抜けるとしよう。

 まあ、その前にボス部屋があり、恐らくボスゴブリン的なのがいるだろうから、簡単に攻略はできないだろうけれど、ひたすらゴブリンを虐殺していくだけというのも、正直ダレる。

 

「……まあ、面白くする方法はあるけどさ」

 

 ちらり、と秋水は視線だけを横に動かす。

 ぽよんぽよん、と暢気に部屋を動いているデカい水饅頭、スライムだ。

 ゴブリンは弱い。

 相手にとって不足しかない。

 だが、地下3階と同じく、このフロアにもスライムがいる。

 

 

 

 スライムは、強い。

 

 

 

「まあ、また今度、だな」

 

 くく、と秋水は含むように小さく笑った。悪魔が取り憑いたかのような凶悪な笑みである。

 別に秋水は、死にたいわけではない。

 たぶん。

 恐らく。

 だから、スライムの件は、横に置く。

 楽しみは、楽しめるときまで取っておく。そう考えることにしよう。

 独りで納得し、秋水は頷いていると、魔素の回収が終わる。

 

「……げ」

 

 魔素がなくなり、ゴブリンの死体が跡形もなく消滅したのを確認するために視線を戻し、秋水は思わず嫌そうな声を漏らしてしまう。

 ゴブリンが倒れていたところに、黒光りするモノが転がっていた。

 指輪だ。

 黒鉄の指輪。

 ゴブリンからのドロップアイテムである。

 ゴブリンは弱い反面、何故か黒鉄の指輪のドロップ率はかなり低い。

 白銀のアンクレットやネックレスの初期のドロップ率と比べれば、半分以下という確率の渋さだ。

 地下4階の攻略を開始してから、ようやく2個目のドロップアイテムである。

 

「うわー……やっと処分できたと思ったら、また出たよ……」

 

 1個目の黒鉄の指輪を、丁度良く律歌にプレゼント品ということで押しつけることができて、身軽になれたぜラッキー、と思っていたところである。

 2個目が出ちゃった。

 困ったな。

 秋水はヘルメットをコンコンと指で叩きつつ、渋々と黒鉄の指輪を拾い上げた。

 これも、まあ、適当に仕舞っておくことにするか。

 ため息を漏らしつつ、秋水はリュックサックを取りに部屋の入り口まで一度戻る。

 

 ちなみに、秋水は本当になにも考えず、律歌へ黒鉄の指輪を贈っていた。

 いや、なにも考えず、というのは言い過ぎかもしれない。

 現在秋水が使用しているバールは律歌のお勧め品であり、そのお勧めするときにバールの材質について熱弁を振るっていたことから、地上では珍しいダンジョン産の金属であれば律歌も喜ぶだろうなぁ、という意図くらいはあった。

 逆に言えば、律歌が興味を持つだろう、以外の意図はまるでなかった、という意味ではあるが。

 

 リュックサックに黒鉄の指輪を放り込み、秋水はすぐにリュックを持って立ち上がる。

 ポーションによる回復はなし。

 地下3階のコボルト戦では、ヒット&アウェイの戦法での消耗を考慮して1部屋毎にポーションによる回復を行っていたが、地下4階に下りてからはまだポーションを使用していない。

 それだけゴブリンが弱いということだ。

 

「とりあえず、ボス部屋までの道を開拓しようかね」

 

 呟きつつ、秋水は部屋を通り抜け、通路に出る。

 ゴブリンと5連戦した。

 そろそろ複数体のゴブリンとの戦闘になるだろう。

 だが、まあ、ゴブリンが3体になったところで、その戦力は高が知れている。

 せめて棍棒を持ってくるか、6体くらい出てきてくれないと、正直、割に合わない。

 割に合わないという表現は変か。秋水にとって脅威となり得ない、と言うべきか。

 どちらにせよ、ゴブリンとの複数戦は手早く片付け、ボス部屋までの道のりを確認することを優先しよう。

 そして1度セーフエリアに戻って、ジムで筋トレしに行こうかな。明日は美寧と合同トレの約束があり、流石に美寧の目の前で身体強化込みポーションありのガチな筋トレを披露するわけにもいかないので、本日はがっつり筋トレしたい気分である。

 秋水は頭の中で軽く計画を立てながら、ダンジョンの通路をズンズンと進んでいく。

 次の部屋は、もう見えている。

 

「よし、さくさく行くか!」

 

 秋水はヘルメットのバイザーを閉め、リュックサックを部屋の前に置く。

 リュックの中にはポーションやら食料やら、はたまた拾ったドロップアイテムが入っているが、戦闘するには必要ないので、毎回戦いのときは部屋の前に置いているのだ。

 しかし、ふと、リュックサックを置きながら秋水は思いつく。

 ゴブリンは弱い。

 コボルトよりもずっと弱い。

 順番逆だろ、と思うくらいである。

 正直、リュックサックというデッドウエイトを背負っていても、楽勝だ。

 いちいちリュックを取りに部屋の入り口に戻るのも面倒だよな。

 秋水はそんなことを考え、置いたリュックを再び手に取って。

 

『弱小モンスターの象徴として扱われることが多いが、過小評価は危険である』

 

 また、リュックを置いた。

 そうだな。

 今、ちょっと、慢心していた。

 ゴブリンは弱い。

 それは間違いない。

 間違いないと、思っている。

 つまり、そう評価した。

 

 過小評価は危険である。

 

 それは幻想生物事典の、ゴブリンの説明に書かれていた一文だ。

 秋水は、ファンタジーに関する知識が薄い。

 笑ってしまう話だが、ファンタジー事典というのは、秋水にとってはこのダンジョンの仕組みを知るための大事な知識の足掛かりなのである。

 それがフィクションなのは分かっている。

 小説やゲームの話を拾い集めているのも知っている。

 それらの事典の内容が、このダンジョンの仕組みとイコールで繋がっているわけではないというのも、重々承知している。

 だが、それでも事典の知識は、ファンタジー音痴な秋水にとって大事なものだ。

 その辞書に、過小評価は危険だ、とわざわざ書かれていたのである。

 過小評価は危険。

 慢心しては駄目だ。

 ゴブリンはサンドバッグ程度にしかならんな、と思って見下して緩んでいた気持ちを、秋水は引き締め直す。

 

「さくさくじゃねぇな。殺す相手には礼儀をもって、ちゃんと向き合ってやらねぇと……!」

 

 引き締め直したついでに口からサイコパス染みた言葉を零しつつ、秋水は油断しないように部屋の中をそっと覗いて確認する。

 まずはゴブリンの位置と数のチェックだ。

 それに、スライムの配置も頭に入れておかないと。

 こういう基本的なところを大事にしないと、と改めて思いつつ、部屋の中を確認したならば。

 なるほど。

 スライムは4体。少ない。

 そして、ゴブリンが2体いる。

 複数戦は6戦目からか。

 そう思って秋水はゴブリンを観察して。

 

「……あ?」

 

 思わず、厳つい声を漏らしてしまった。

 ゴブリンが2体。

 いや、ゴブリン、だよな?

 秋水は目を細めてゴブリンを観察する。

 身長は120~130㎝ほど。

 ひょろりとした華奢な体型で手足が長く、緑色の肌、大きなアーモンド型の目、細い鉤鼻、尖った耳。

 今までのゴブリンと大体は同じだ。

 そう、大体は。

 

 

 

 その内の1体は、なんか角ウサギに跨がって、槍を持ってる。

 

 

 

 そしてもう1体は、同じく角ウサギに跨がって、弓を持っている。

 

 

 

「武器持ってやがる……てか、しれっと角ウサギ居るんだけど!?」

 

 

 





 ゴブリンは弱いよ! ゴブリン『は』!
 ただし、ゴブリンライダーは普通に強いし、ランサー・アーチャー・シールド・ブルート・ファイアブランダーとか亜種がいっぱいいるよ!
 あ、ゴブリンメイジもいるよ!
 敵としてめんどくせぇ!!
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