慢心してリュックサック背負ったまま突っ込んでいたら、ヤバいことになっていたかもしれない。
次なる部屋を覗き込みつつ、秋水は背中に冷や汗が吹き出るのを感じていた。
ダンジョンの地下4階。
弱いと思っていたゴブリン単体戦を終え、ゴブリン複数戦になった途端、いきなりゴブリン自体の質が明らかに変わっていた。
ゴブリンそのものに変わりはない、と思う。
しかし、明らかに違う。
ゴブリンが、角ウサギに跨がっている。
しかも、槍持ちのゴブリンと、弓持ちのゴブリンがいるのだ。
前衛と後衛がしっかり分けられている。
なるほど、差し詰め、ゴブリンランサーとゴブリンアーチャーといったところか。
うん。
えっと。
「……ウサギの骨格って上から荷重かけられたら背骨がヤバいんじゃなかったっけぇ?」
ヘルメットのまま秋水は部屋の前で頭を抱えていた。
だって、なんかしれっと角ウサギがいるのである。
その角ウサギの上に、ゴブリンが跨がっているのである。
まるで馬に跨がるようにして、角ウサギにゴブリンがパイルダー・オンしているのだ。いや、あれは頭にドッキングしていたか。
とにかく。
部屋の中の戦力を改めて確認する。
トラップ要員として、スライムが4体。
そしてゴブリンがランサーとアーチャーの2体。
で、何故か乗り物にされている地下2階にいるはずの角ウサギが同じく2体。
これは、どうカウントすべきなのだろうか。
「角ウサギは単独で来るのか? それとも、ゴブリンと一体化してるのか? てか、初手の角突きタックルはどうなるんだ?」
うーむ、と唸りながら秋水は顎を撫でる。
角ウサギには鞍はないし手綱もかかっていない。
本当に角ウサギの背中に、ぽん、とゴブリンが乗っているだけである。角ウサギが角突きタックルで突っ込んできたら、そのまま振り落とされるんじゃないかと心配になる。
と言うか、体長としては角ウサギの方が小さいのに、その上にゴブリンが乗っているものだから、なんとも変な光景だ。ポニーに乗った相撲取りでも、もうちょっと上下のバランスが良いであろう。
これはなんとも、ツッコミ所が多い光景だ。
しかし。
しかしながら。
「……テンション上がってくるじゃねぇか」
顎を撫でながら唸っていた秋水は、自然と口端に笑みが浮かんでいるのを自覚する。
いや、口端だけではない。
にやりと、それは顔全体に。
本物のマフィアも戦慄するような、獰猛なる笑みが、隠せない。
ヘルメットのバイザーを触る。
そう言えば下ろしていたな。
秋水はゆっくりと屈み、置いていたリュックサックに括り付けていた片手斧を手に取る。
刃のキャップを外し、左手に。
それから巨大バールの中央を右手に握り、ぶおん、と軽く回して調子を確認。
腰ベルトの剣鉈とバール、良し。
それらに魔力を流し込み、体の魔力とともに色を落とし込む。
「身体強化、60%。武装強化」
身体強化の魔法と武装強化の魔法を掛けて、準備万端。
秋水は舌舐めずりをした後、部屋へと足を踏み入れ。
「まずは最初のトマホーク! ブゥゥメランッ!!」
やはり初手はお決まりで、左手に持った片手斧をぶん投げた。
目標は、ゴブリンアーチャー。
槍を持ったランサーは、棍棒を持ったコボルトの延長線上と考えてもいいが、このダンジョンにおいて遠距離攻撃用の武器を所持しているモンスターは初なのだ。警戒度は弓を持ったアーチャーの方が高い。
随分と手慣れてきた投げ斧は、回転しながらゴブリンアーチャーへと突き進む。
秋水は即座に右手に持った巨大バールを両手持ちにして、なんちゃってバール棒術の構えに変更して。
ゴブリンアーチャーが、左に跳んで片手斧を回避する。
ああ、いや、跳んだのは角ウサギだ。
角ウサギが真横に飛んで、投げた片手斧の軌道から逸れる。
回避を選択。
直進しなかった。
なるほど、単体の角ウサギと違って、ゴブリンを乗せた角ウサギは角突きタックル以外の機動を行うのか。
アーチャーの回避と連動するように、続いてランサーを乗せた角ウサギも跳ねた。
こちらは秋水に向かってまっすぐ前進。
ただ、角突きタックルのように一足で突っ込んでは来ない。
しかし、そこそこ速い。
「角突きタックルよりちょっと遅いくらいってか。ちょっとで済んでて怖ぇなおいっ!」
秋水は口元に笑みを浮かべつつ、ランサーを迎え撃つように地面を蹴って前進した。
ランサーを乗せた角ウサギが、さらに跳ねる。
角突きタックルよりは多少遅い。
だが、ゴブリンを乗せてなお、多少遅い、という程度しかスピードは落ちておらず、角ウサギの脚力自体は地下2階の個体よりも強化されているのだろう。
おもしろい。
コボルトよりもずっと速い移動速度となったゴブリンランサーが、射程圏内。
迎え撃つため秋水は左足で着地して、巨大バールを正面に構え。
視界の端で、ゴブリンアーチャーが弓に矢をつがえるのが見えた。
「うおっ、ヤバ――いや続行っ! じゃああいっ!!」
秋水は思わず放たれるであろう矢を回避しやすいようにランサーの側面に回り込もうとしたが、一瞬で思考を切り替えて右脚でさらに踏み込んでゴブリンランサーに真正面から肉薄した。
接近戦でゴブリンランサーと戦えば、味方を誤射する可能性がある以上、アーチャーの方は矢を射ってこない、だろう。たぶん。
逆に言えば、ちょっとでもランサーと離れたら弓矢をぶっ放してくるという意味だが、ゴブリンランサーに肉薄している間は安全、のはずだ。
フレンドリーファイア上等で、近くに味方がいようと関係なく矢を放ってくる馬鹿野郎の可能性はあるが、その場合はそのとき考える。
とりあえず、ゴブリンアーチャーは一旦無視。
ゴブリンランサーは槍を引き、突きのスタイル。
棍棒と違ってモーションは最小限の突きが主体なのか。
ではなく。
肉薄したランサーの、その角ウサギが、さらに地面を蹴って突っ込んできた。
「それはそうっ!」
至近距離からの角突きタックル。
秋水は前に構えた巨大バールでいなすようにして、突き出された角ウサギの角の側面を叩いて軌道を変えさせる。
「いらっしゃ――ぬわっ!?」
そして巨大バールを回転させ、続いて襲ってくるであろう槍を弾こうとしたところ、角ウサギが角突きタックルの勢いそのまま秋水に体当たりを仕掛けてきた。
気をつけろ、車は急に、止まれない。
いや角ウサギだ。
逸らせたのは角だけであり、当然ながら角ウサギという1m近い体格の巨大ウサギの軌道までは変えられていない。
もふ、とした柔らか毛並みの魅惑ボディが襲いかかり、秋水はそれを正面から受け止める羽目となる。
転びはしない、が、致命的な隙。
角ウサギで足止めされた秋水を真上から突き殺そうと、ゴブリンランサーの槍が狙いを定めていた。正に矛先を向けられた状況。
「ブーストッ!! からのミリタリーッ!!」
『ギャワッ!?』
秋水は即座に両腕に部分強化の魔法を重ね掛けし、巨大バールに力を込めてゴブリンランサーを角ウサギごと真上に押し上げる。
いいや、真上に持ち上げる。
筋トレで言うところのミリタリープレス。
その応用だ。
そういえば先週、美寧の前でミリタリープレスやったな、と秋水は思い出しながら角ウサギを持ち上げ、ゴブリンランサーの姿勢を強引に崩させて攻撃をキャンセルさせる。
腰に負担が掛かるから、これはあまり行わない方が良いな。
力業で切り抜けた秋水に、ゴブリンランサーが慌てたような鳴き声を上げるのを真上で聞いて、こういうパワープレイはよくないな、と秋水は自分を戒めつつ、ゴブリンランサーと角ウサギを6倍近い筋力強化を施されているその腕力で投げ捨てる。
投げ捨て、ミスった、と瞬時に失敗を悟った。
ど、と隙を晒した秋水の胸に、ゴブリンアーチャーからの矢がプレゼント。
「ぐぬっ!? と、あれ、防げたラッキー!?」
放たれた矢は避ける間もなく秋水の胸に直撃したが、その矢は秋水を叩くのみで刺さりはしなかった。
あ、チェストプロテクター。
ライディングジャケットの胸に仕込まれている、衝撃吸収用のプロテクターの存在を思い出す。
急所である以上可笑しな話だが、射られたのがプロテクターが内蔵されている胸部で助かった。
「いや、表面もあんま傷ついてないし、いけるぞこれ!」
秋水は即座に巨大バールを構え直し、すぐに地面を蹴る。
矢が当たったライディングジャケットは、その表面部分は破れていない。
つまり、プロテクターではなくとも、ライディングジャケットの生地でゴブリンアーチャーの弓矢は十分に防げるということだ。
流石は律歌さんお勧めのバイク装備。武装強化の魔法で性能を底上げしているとは言えども、耐久性がそもそも高いということだろう。値段も高かっただけはある。
よって、ゴブリンアーチャーの危険度の認識を一段下げ、ゴブリンランサーを先に始末する。
ランサー、と言うよりもランサー角ウサギは、投げ捨てても器用に上手く着地しており、転んでいない。咄嗟の判断で、ぺいっ、と投げただけなので、贅沢は言うまい。
そして角ウサギの上のゴブリンランサーも、鞍もなく手綱もないのに振り落とされていない。角ウサギに跨がって、またの力だけで体を固定していると言うのか。どんな内転筋をしているのか。アダクターで筋トレしているのだろうか。素晴らしいじゃないか。今度一緒にジムに行こうぜ。今殺すけど。
すぐに肉薄してきた秋水に、乗っているゴブリンランサーは槍を構え直す。突きの体勢だ。
矢は弓から放たれたら減速するのみ。しかも威力は弓の構造で決まり、そもそも質量も小さい。
しかし、槍はゴブリンの腕力で繰り出される。
恐らく、モンスターの筋力などは地上の生物とは比にならない出力を持っていることを考えれば、直撃すれば槍の方が威力が高いであろう。
危険度が高いのは、ゴブリンランサーの方だ。
『ギュシャアッ!』
「はい残念賞! またおいで!」
そして放たれた槍の突きを、秋水は冷静に巨大バールを回して軌道を逸らす。
受け流し、上手くなってきている。
自身の戦闘技術を評価しつつ、槍のいなした巨大バールの反対側で攻撃しようと、ぐるり、と巨大バールを半回転させて。
秋水が攻撃に移る前に、ランサー角ウサギがそのご自慢の角を薙ぎ払うように、頭を横に振って秋水を牽制する。
「ぐわいよ!」
変なかけ声とともに秋水はバックステップで角ウサギの角を回避。
またミスった。
後ろへ跳んで着地、と同時に、秋水の脇腹に鋭い衝撃が走る。
矢だ。
ゴブリンランサーから距離を取った瞬間を見逃さず、ゴブリンアーチャーが矢を仕掛けてきた。
一点集中された、鋭い痛み。
刺さってはいない。
今度はプロテクターのない脇腹だったが、予想通りライディングジャケットの生地で矢を防ぐことができている。
いるのだが。
「だぁっ! 鬱陶しい!」
矢は刺さらないものの、衝撃自体は伝わるので、軽く殴られた感覚。
凄く痛いというわけではないのだが、プロテクター部分で受けないと、がっつり集中力を削がれるという絶妙に嫌な痛みである。
矢が当たった軽い痛みと、そしてダメージ確認で注意がランサーから逸れた。
その一瞬の隙を突かれ、角ウサギが突っ込んで来やがった。
「もふぁっ!?」
ふさふさな毛並みをした、重たい重量の突進攻撃。
角を薙ぎ払った姿勢から突っ込んできたので、角突きタックルではないのは助かったが、角ウサギにゴブリンが乗っかった質量での体当たりというのは、それだけで普通に脅威である。
しかも、注意が逸れたことで、受け止めて踏ん張るタイミングが僅かに遅れた。
「ぬばっ! こちらも鬱陶しい!?」
中途半端なタイミングで踏ん張って受け止める方が体への負担がデカそうと咄嗟に判断した秋水は、むしろ自分から後ろに跳ぶようにしてランサー角ウサギの体当たりを受け流すが、当然ながら角ウサギに押し倒されるようにして転んでしまう。
ゴブリンが乗っかったことによって跳躍の速度こそ多少落ちているものの、質量が増したことによってタックルの威力が跳ね上がっている。
普通に厄介。
しかもゴブリンランサーと角ウサギが別々に攻撃を仕掛けてくるから、厄介がさらに上乗せ。
ついでにゴブリンアーチャーの弓矢は刺さらないけど集中力を削いでくるから、厄介ポイントがさらに追加。
なるほど、今までにない鬱陶しさ。
楽しいぞこれは。
角ウサギに押し倒されたものの、偶然にゴブリンランサーからの死角に潜り込めたので、槍の追撃はない。
このまま巨大バールで角ウサギの腹を打ち据えようと、転倒の衝撃を根性で耐えた秋水は巨大バールを引き寄せて。
「ぐぶふっ!?」
角ウサギが、跳んだ。
地面ではなく、秋水の胸を思いきり蹴り潰すようにして、跳躍。
角ウサギのゼロ距離キックだ。
背面の岩肌地面のせいで衝撃が逃がせず、モロに圧迫を食らい、息が強制的に吐き出される。
「かはっ! ぐ、ごほっ!」
胸を押し潰されるように蹴られたせいで、秋水は数回むせ込む。
肋骨。
折れては、いない、ような気がする。
いや、ヒビくらいは入っただろう。
チェストプロテクターで助かった、第2弾だ。
ついでに武装強化の魔法が完成していたことにも感謝である。
「このヤロウ、魔法なかったら死んでたじゃねぇか――痛って!? いや本当に鬱陶しいなコレ!?」
痛みに耐えながら秋水はそれでも立ち上がろうとしたところ、ガンッ、と側頭部に衝撃が走る。
矢である。
立ち上がりかけたところに、見事ゴブリンアーチャーがヘッドショットを決めてきやがった。
その矢は武装強化の魔法で防御力が底上げされているヘルメットで防げたが、やはり衝撃が走って集中力が削がれる。
と言うか、さっきからゴブリンアーチャーの弓の命中率が異様に高い。百発百中の腕前ってか。輪を掛けて鬱陶しい。
「まったく、ポーションで回復する時間もなさそうで、めっちゃ楽しいぞこいつは!!」
角ウサギに潰されかけた胸を左手で払いつつ、秋水はゴブリンアーチャーへ視線だけを向ける。
さらに矢を弓につがえているところだった。
ゴブリンアーチャーの腰には矢筒があり、そこには6本の矢が見える。身体強化で底上げされた視力様々だ。
そして、秋水が視線を向けたことを感じ取ったのか、アーチャーを乗せた角ウサギが横に跳ぶ。
射線上に丁度スライムが重なる位置取り。なんとイヤらしい。
しかも角ウサギが跳ぶ直前、秋水へと向けられていたゴブリンアーチャーの鏃が、す、と上へと射線を修正したのが一瞬だけチラ見えした。
角ウサギが跳んで射線を変更するのを、ゴブリンアーチャーはあらかじめ分かっていたかのようなスムーズさだ。人馬一体ならぬ、ゴブリンと角ウサギは一心同体ということか。
「そっちはスライム越しに弓矢でちくちく攻撃できるってことか。油断も隙もねぇよ、なっ!」
秋水は巨大バールを右手で端を握るようにして持ち替え、ぶん、と頭上で1回転。
角ウサギに踏み潰された胸が痛む。
痛いのは、生きている証拠だ。
ダンジョンは、こうでなくちゃ。
モンスターとの戦いは、やっぱりこうでなくちゃ。
秋水はワクワクする心を制御しながら、遠心力を乗せたまま、巨大バールをゴブリンライダーに向かってぶん投げた。
「ああ、良いね、最高に生きてるって感じだっ!!」
槍投げの要領ではなく、雑で無造作に巨大バールを投擲して、すぐに秋水は腰ベルトからバールを左手で引き抜く。
引き抜いて、直後、立ち上がりかけで中途半端に屈んでいた姿勢から、全身の筋肉を一気に動かして真後ろに跳ぶ。
矢が秋水の目の前スレスレを通過して、ガツッ、と岩肌の地面に弾かれた。
スライムを越すように山なりに放たれた、ゴブリンアーチャーの矢である。
丁度、脳天に刺さるコースだった。怖いくらいの命中精度。
しかし、4発も喰らえば、流石に慣れる。
そして秋水が後ろに跳んで矢を回避したのとほぼ同時、投げた巨大バールが、ガンッ、とゴブリンランサーに当たった。
当たったというよりも、槍で受け止められ、弾かれた。
ゴブリンランサーは、いや、ランサーの角ウサギは、着地してからようやく振り向いたところである。
なるほど。
分かった。
「ちょっと手間取ったけど、攻略の糸口、見つけたぜテメェら」
最高の娯楽にどっぷり浸かりながらも、しっかりと相手を観察していた秋水は、ようやく確信を抱く。
今のところこちらの攻撃は全く成功していないし、一方的にやられている感じだが、戦い方の方針は決まった。
よし、反撃開始といきますか。
秋水はにやりと獰猛な笑みを浮かべ、1本だけ引き抜いた通常サイズのバールを左手で構えた。
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いかん、泥臭い戦闘描写が大好きすぎて文字数がアホ程に膨らんだ(;´Д`)
反撃開始といったところで、お話に分割で御座います。なんか最近、戦闘シーンって分割してばかりなような気がする( ´-ω-)精進せねば。
角ウサギやコボルトの戦闘シーンを書いているときに感じていたのですが、同じモンスターばかりだと、複数戦闘のときにどのモンスターと戦っているのか状況把握が難しくて、書いている作者本人が混乱するのです。
ランサーとアーチャーという役職名がはっきりしていると、書いていて凄い楽(*'ω'*)