ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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276『息をするような無自覚の防御』

 角ウサギに乗り、武器を手にしたゴブリンの、なんと厄介なことか。

 開幕早々、ゴブリンランサーとゴブリンアーチャーの2体から一方的にボコられている秋水だが、ただボコられただけで終わらないのが秋水である。

 成功と、失敗と、ゴミデータ。

 成功するための有益な情報や経験を得られるのが「失敗」。

 成功するための有益な情報や経験を得られないのが「ゴミデータ」。

 時間は有限である以上、試行錯誤のトライ&エラーを繰り返すことができる回数には、上限がある。

 故に、成功できなかったとしても、無意味なゴミデータを減らし、成功へ導くための失敗を最速で繰り返す。

 成功とは失敗しないことではない。

 成功とは、失敗の先にあるものだ。

 だから、一方的にボコられようが、成功の足掛かりとなる有益な情報や経験が得られた以上、それは意味のある失敗である。

 昔、鎬から叩き込まれた教育が、悲しいことに秋水の骨の髄まで染みついているのであった。

 それはさておき。

 反撃開始だ。

 

「まず1つ、鬱陶しいけど、単発での火力そのものは高くねぇっ!」

 

 スライムの背後に隠れ、山なりに放たれたゴブリンアーチャーの矢を冷静に躱し、直後に秋水は地面を蹴ってゴブリンランサーの方へと突っ込んだ。

 アーチャーは弓兵。

 遠距離攻撃は厄介極まりないが、嬉しいことに矢の威力はそこまで高くない。

 少なくとも、武装強化の魔法で補強されたライディングジャケットの生地でも十分に防げるレベルだ。

 多少は痛いし衝撃もあるので、集中力をがっつり削がれるという難点はあるが、逆に言えばそれだけである。

 それに、ゴブリンアーチャーの矢筒には、矢は10本しかないみたいだ。

 今の矢は6射目。

 矢はあと4本。

 ゲーム的なお約束の、無限に矢が湧いてくる、なんてことがなければ、だが。

 ゴブリンアーチャーの動向は多少注意しつつも、秋水はゴブリンランサーを先に始末するべく、完全に目標をそちらへと定めた。

 ランサーと角ウサギは秋水を真正面に捉える。

 角ウサギの体が、一瞬沈んだ。

 地下2階で、嫌というほど見てきた、予備動作。

 

「んで2つ、確かにウサギちゃんで速くなったけど、ジャンプだから動きが直線的っ!」

 

 角ウサギが地面を蹴った。

 爆発的なその脚力で、秋水に向けて突進してくる。

 角突きタックルを仕掛けるとき、角ウサギの体は力を溜めるため、一瞬だけ体が沈み込む。

 それは、地下2階の角ウサギと、全く同じ予備動作であった。

 今でこそ正面から殴り殺せる地下2階の角ウサギだが、角突きタックルを目で追うのがやっとで、カウンター戦法でなければ対峙できなかった頃は、どれだけ神経尖らせてその予備動作を察知してきたと思ってやがる。

 尻が沈めば上方向に強く、頭側が沈めば前方向に強く。

 どちらにせよ、体が沈めば、次は地面を蹴って跳んでくる。

 それが分かっていれば。

 

「はい残念賞っ! お前もだよっ!!」

 

 合わせるように秋水は右に跳び、角ウサギの突進を綺麗に回避する。

 ついでに、角ウサギの上に跨がったゴブリンランサーが向けていた槍が、右へと跳んだ秋水から狙いを逸らさず薙ぎ払ってきたものの、それくらい読んでいた秋水は左手に持ったバールで迎え撃つ。

 ギャリ、とバールと槍がぶつかる。

 

「こちとらバールだ行儀が悪くてゴメンなさいねっ!!」

 

『ギュッ!?』

 

 早口で捲し立てながら、槍をバールの上で滑らせて、L字部分でロック。

 そこからぐるりとバールを回し、槍を巻き上げるように弾き上げる。

 いや、上げようとした。

 結果は失敗。

 槍の矛先は天井へと跳ね上がったが、ゴブリンは槍から手を離さなかった。

 おしい。バールのL字で捉えたのが、槍の穂先に近すぎた。もっと根元をロックして巻き上げるべきだったか。

 まあ、よし。ゴミデータではなく失敗だ。成功に生かせ。

 右脚で着地。

 衝撃を殺すように膝を曲げ。

 魔力を集中。

 

「ブーストッ!」

 

 地面を踏んだ右脚に部分強化を重ね掛け、曲げた膝を一気に伸ばして強引に地面を蹴る。

 目標はもちろん、ゴブリンランサー。

 肉薄すれば、味方への誤射を避けるためにゴブリンアーチャーからの矢が飛んでこなくなる。

 ならばヒット&アウェイなどと言わず、ビタビタに詰め寄って、ゴリゴリの接近戦だ。

 

「さらにブーストッ!」

 

 右脚で地面を蹴った動作で解除されてしまった部分強化を、今度は左腕に魔力を集め、急いで色を落とす。

 左腕に、部分強化の重ね掛け。

 槍を巻き上げるように振り上げたバールは、まさに振り上げて構え終わっている。

 

「コーティングッ!」

 

 さらにバールに魔素反発の魔法を施す。

 地面を蹴った一瞬で、部分強化と魔素反発の魔法を連続で発動させる。身体強化で底上げされた思考速度をもってしても、それはギリギリ。

 タックルをするように跳ねた角ウサギが着地。

 その角ウサギと、そしてゴブリンランサーは、すでにバールの射程圏内。

 

「ランドルトかああああんっ!!」

 

『ギャアアアアアアッ!?』

 

 何故か視力検査のマークの名前を叫びつつ、思い切りゴブリンランサーをぶん殴った。

 ゴブリンランサーの右腕が、肩ごと吹き飛ぶ。

 踏み込みによる重心移動は乗せられなかったが、モンスター特攻魔法である魔素反発の魔法が施され、身体強化の重ね掛けによって6倍近くまで強化されたパワーで繰り出された一撃は、ゴブリンには過剰火力だったかもしれない。

 と言うか、耐久力は通常のゴブリンと据え置きなのだろうか。

 まあ、武器持って角ウサギに跨がってるだけだもんな。

 秋水はゴブリンランサーに与えたダメージを冷静に確認しながら左足で着地し、もふっ、と角ウサギにぶつかるようにしてブレーキを掛ける。

 ぶつかったのは角ウサギの側面。

 着地したばかりの角ウサギの体が、ぐ、と沈み込んだのが分かる。

 

「お触りしちゃって重ね重ねゴメンなさいね!」

 

 秋水は右手を腰ベルトに伸ばし、ぱちん、と剣鉈のロックを外し、持ち手を握る。

 ついでに、着地した左足で再び軽くジャンプするように地面を蹴って。

 

「もっふうぅぅ!」

 

 角ウサギが秋水を突き飛ばすように真横へと跳ぶ。

 まるでボスウサギのように、角突きタックル以外に行動バリエーションが豊富だ。

 だが、跳躍の前に体が沈み込むという予備動作が変わっていなければ、タイミングを見計らって受け流しをするのは容易である。

 角ウサギの横跳びの前にジャンプしていた秋水は、ただ毛玉に押されるという形になり、衝撃を完全に流し。

 

「ぅぅらあっ!!」

 

 受け流したついでに、右手で引き抜いた剣鉈を、深々と角ウサギの横っ腹に突き刺した。

 どすっ、と肉に刃を突き立てる感触。

 お前は魔素ばっかりで肉などないだろ。

 内心でツッコミを入れつつ、体が角ウサギから突き飛ばされて離れる前に、秋水は角ウサギを突き刺した剣鉈に集中して。

 

「肉がないこと証明してやらぁっ! コーティングッ!」

 

 剣鉈に、魔素反発の魔法を施す。

 魔素を弾き飛ばす強力な膜を表面に施すこの魔法は、モンスター特攻の魔法である。

 まして、高密度の魔素集合体であると思われるモンスターの体内でこの魔法を発動させたなら。

 

 

 

 剣鉈を差し込んだ部分を起点にして、角ウサギの腹が爆発した。

 

 

 

「ぬばああっ!?」

 

『ギュバアッ!?』

 

 その爆発の衝撃で、秋水とゴブリンランサーが吹き飛んだ。

 空中で爆発の衝撃を至近距離で浴びたら、そりゃこうなるよな。

 地面に叩きつけられ、ごろんごろんと馬鹿みたいに転がりながら、秋水は内心で自分自身にツッコミを入れる。

 

「いや肉を切らせて骨を断つっ! このくらいは許容リスク――いってぇなっ!?」

 

 秋水は岩肌の上を転がりながらも踏ん張って、即座に体を起こし、直後、ガンッ、とヘルメットに矢がぶつかった。

 ゴブリンアーチャーだ。

 しかも、当たり前のようにヘッドショットである。

 これ、首狙われたらヤベェな。

 ネックガードの耐久性ってどんなものなんだろうと気にしつつ、秋水はゴブリンアーチャーを無視してランサーを探す。

 地面に転がっていた。

 

「やっぱ角ウサギとは別カウント……あれ、耐久力が違ぇなオイ!」

 

 秋水はニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべ、起き上がった低い姿勢から地面を蹴って一気に駈け出す。

 右腕をもがれたゴブリンランサーは地面に転がっている。

 転がっている、だけだ。

 千切られた右肩からは魔素が流れ出ているが、吹き上がるように魔素を吐き出していない。

 死亡演出前の状態だ。

 つまり、まだ死んでない。

 通常のゴブリンなら、踏み込みなしとは言えども、身体強化重ね掛けして魔素反発を施したバールでぶん殴れば、一撃で死んでいるはずである。

 まして、右腕をもがれているのだ。

 それでも生きている。

 通常のゴブリンとは、基本スペックが違うという証拠だ。

 検証しがいがあるじゃないか。

 そして、ゴブリンより強くて嬉しいじゃないか。

 秋水はゴブリンランサー目掛けて駆け、左手に握ったバールをほとんど無意識で振るう。

 

 ガッ、となにかを弾いた。

 

 それを確認するより先に、瀕死のゴブリンランサーまで駆け寄って。

 

「タイガーシュゥゥゥゥゥトッ!!」

 

 駆け抜けた勢いのまま、そのまま右足でゴブリンランサーの頭をサッカーボールを蹴るかのように蹴り飛ばす。

 その靴は安全靴であり、つま先には鉄板が仕込まれている。

 しかも、武装強化でより一層頑丈になっているというオマケ付き。

 瀕死の状態のゴブリンランサーがそれを避ける余力はなく、モロに蹴りを食らったゴブリンランサーの首が、ごきり、と奇妙な方向へとへし曲がる。

 

「……あれ、こっちがショットだったか?」

 

 ノリと勢いで必殺技かのように叫んでから、秋水は自身の言い間違えに気がついた。

 なんだか以前も似たような言い間違いをした気がしたが、まあ、良いだろう。

 振り抜いた右脚を戻すと同時に、首が変な方向に曲がったゴブリンランサーの口ともがれた右肩の断面から、ぶわっ、と魔素が噴き出した。

 死亡演出である。

 通常のゴブリンよりちょっとタフになってるな。

 噴き出した魔素を見下ろしながら、ふう、秋水は軽く一息ついて。

 

 無造作に右腕を振るう。

 

 カンッ、と剣鉈が、矢を切り払った。

 

 え?

 秋水はそこで、無意識に行っていた自分の行動が、あまりにも異常であることに今更気がついた。

 ゴブリンアーチャーから放たれた矢を、ノールックで切り払ったのだ。

 そう言えば、先程もバールでなにかを弾いた。

 そうだ。

 あれも、矢だ。

 ゴブリンアーチャーの異様な命中率の矢を、ほとんど意識することなく、走りながらバールで弾いた。

 そして今、一息ついた状態で、無意識に剣鉈を振るって飛んで来た矢を切り払ったのだ。

 なにそれ、怖。

 秋水は思わず真顔になって、ゴブリンアーチャーの方を向いた。

 

 向いた先は、先程とは、違う方向。

 

 射線を変更するように、いつの間にか角ウサギの脚力で移動していたゴブリンアーチャーの位置を、秋水は正確に把握しており、自然とそちらの方を向いていた。

 お前は、いつ動いたのか。

 そして自分は、いつそれを察知したのか。

 ゴブリンアーチャーは矢筒に手を伸ばしており、次の矢を握っていた。

 残りは2発。

 秋水は一瞬考えてから、すぐに首を振って思考を切り替える。

 

「とりあえず、お前をぶっ殺してから考察するとしようかねっ!!」

 

 バールと剣鉈を構え、秋水は地面を蹴って走り出す。

 オートでの切り払いは後で考える。まずはとにかくゴブリンアーチャーをブチ殺す。

 矢の残数は2発だが、補充はあるのだろうか。補充がなければ、矢なしの弓だけでどう戦うのだろうか。

 ゴブリンアーチャーが弓の弦へと矢をつがえ、ぎっ、と矢を引く。

 始末するか。

 もしくは、矢を撃ち切るのを待つか。

 一瞬迷う間に、距離は半分まで詰め寄り。

 

 たんっ、と角ウサギが跳ねる。

 

 前方。

 秋水に向かって。

 距離を詰めてくる。

 そして角ウサギが着地するより前に、ゴブリンアーチャーが矢を放った。

 

「よっこらせい!」

 

 角ウサギの突進速度が上乗せされた矢が高速で襲いかかるが、真正面からしっかり見据え、しかも身体強化で動体視力を底上げしている秋水にとって、それを剣鉈で切り払うのは非常に楽なことである。

 楽とは言えど、一瞥することなくやれる芸当でないことは、確かだけれど。

 

「残り1本! さあどうする!」

 

 角ウサギが着地して、その目前に秋水も着地した。

 殴り合いの距離である。

 ぶんっ、と角ウサギが首を振るようにして、そのデカい角で薙ぎ払う。

 それはさっき見た。

 秋水は左手に持ったバールで受け止めるように切り結び、踏ん張ることなくバールの表面を滑らせて受け流す。

 L字で引っ掛ければ良かったか。反省会は後でしよう。

 角を受け流されたことを感じ取ったのか、角ウサギの体が一瞬沈み込む。

 距離を取るか、それとも体当たりを仕掛けてくるか。

 右手に持った剣鉈をくるりと回し、逆手に握る。

 ゴブリンアーチャーが、最後の矢を構えていた。

 距離を取る方だ。

 

「よっこら!」

 

 瞬時に判断した秋水は、反射的に左へ跳んだ。

 角ウサギも同時に跳んだ。

 右へ。

 

「息ピッタリだなおい!?」

 

 揃って同じ方向に跳躍したせいで、距離は全く離せていない。

 インファイト主体の秋水からすれば、ラッキーだ。跳んだ角ウサギに食らいつくような形になったからである。

 角ウサギの顔がこちらを向く。

 ガンッ、と槍の如く迫ってきた角をバールで受け止め、自然と流してL字部分で引っ掛け、秋水は強引に体を下へと引っ張って無理矢理着地。ざざざ、と靴裏が岩肌を捉えたのが分かる。

 そう言えば、この角ウサギ、角を薙ぎ払ってこちらに顔を向けていなかったのに、綺麗な横飛びをした。

 草食動物に倣って目が顔の横についている角ウサギだから、もとより視角が広いのか。

 もしくは、乗っているゴブリンアーチャーの誘導か。

 角ウサギの自然な跳躍に、ふと秋水はそんな疑問を持ち。

 体を起こす。

 

 

 

 すっ、と剣鉈を振った。

 

 

 

 自然な動き。

 矢を、切り払った。

 ゴブリンアーチャー、最後の矢だ。

 矢を見てから斬ったのではない。撃たれる前の構えと射線を、体が勝手に察知して動いていた。

 

 

 

「……なるほど、スタートポジションの感覚、か」

 

 

 

 ぼそり、と秋水は独り言ちる。

 それとは思考を切り離し、振るった剣鉈の勢いを殺さずにそのまま頭上で右腕を一回転させて遠心力をつけ、ゴブリンアーチャーが跨がっている角ウサギに向けて剣鉈を投擲する。

 スローイングナイフごっこだ。

 意外なほどにまっすぐ飛んだ剣鉈は、どすり、と角ウサギの首に吸い込まれるようにして突き刺さった。

 最近は投擲が上手くなったように思える。巨大バールを不格好に投げ飛ばしていた頃とは大違いだ。

 

「さて、どう出るかね!?」

 

 秋水は即座に体勢を立て直しつつ、腰ベルトから追加でバールを引き抜いて、バール二刀流の構えとなる。

 一方、首に剣鉈を喰らった角ウサギは、蹈鞴を踏むようにして着地の姿勢がブレていた。

 そして、その上のゴブリンアーチャーは矢を全て失っている。

 に、と秋水は笑う。

 どうなる。

 矢を撃ち尽くした弓兵は、どう戦う。

 魔法的な力で、矢筒に再び矢を再構成させるのだろうか。

 それとも。

 

 姿勢を崩していた角ウサギから、ひょい、とゴブリンアーチャーが飛び降りた。

 

「なるほど潔い!」

 

 角ウサギから飛び降りたゴブリンアーチャーが、着地と同時にその弓を振りかぶりながら秋水に向かって駈け出してきたのを見て、秋水はいよいよもって楽しそうに笑いを零す。

 矢が尽きても、弓で殴る。

 実に分かりやすい。

 そして潔い。

 

「よっしゃ、掛かってこいやっ!」

 

 なにか策があるのか、はたまた破れかぶれなのか、真正面から突っ込んでくるゴブリンアーチャーを見据え、秋水はその場を動かなかった。

 その心意気や良し。

 真正面から来るならば、真正面からぶん殴ってやる。

 両手に握るバールに力を込めて、構える。

 先程のゴブリンランサーの耐久力を考慮すれば、通常のゴブリンよりも素の身体スペックは高いと思われる。

 決して弓を持っただけのただのゴブリンとは侮らない。

 未知の敵と、楽しい楽しいタイマンでの殴り合いである。

 いや、タイマンではないか。

 なにせゴブリンの後方には、首に剣鉈を貰いながらも、秋水の方へと向き直りながら角を向けてくる角ウサギがいるのだから。

 と言うか、角ウサギからゴブリンは普通に分離できるのか。

 だったら騎乗して戦うよりも、最初からゴブリンと角ウサギが別々で、1対4の状況から波状攻撃を仕掛けていた方が良かったんじゃなかろうか。

 なんて秋水が頭の片隅で考察しながらゴブリンアーチャーを待ち構えていると。

 

 角ウサギの体が、一瞬沈み込んだのが見えた。

 

 予備動作。

 跳躍の前振り。

 角は、秋水の方を向いている。

 

「え?」

 

 思わず秋水が間の抜けた声を漏らした。

 それとほぼ同時、角ウサギが地面を蹴った。

 

 なお、ゴブリンアーチャーは、角ウサギから飛び降りて、一直線に秋水に向かっていたのである。

 

 もちろんだが、角ウサギと秋水の直線上に、ゴブリンアーチャーはいるのだ。

 なのに、角ウサギは地面を蹴った。

 跳躍した。

 角を秋水に向けて。

 むしろ、ゴブリンアーチャーの背中に向けて。

 

 

 

 角ウサギご自慢の角突きタックルが、ゴブリンアーチャーの背中を深々と貫いて、勢いよく胸まで貫通させた。

 

 

 

『ギャアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 まさかの仲間割れ。

 跨がられていたのが相当なストレスだったのだろうか。

 もしくは、モンスター同士に仲間意識など皆無なのだろうか。

 もう少しで秋水に辿り着いて、いざ殴り合い、となりそうなところで、角ウサギからのフレンドリーファイアを背後から受けたゴブリンアーチャーの悲鳴にギョっとしつつ、秋水は即座に回避運動。

 ゴブリンアーチャーをぶっ刺して致命傷を負わせただけで、角ウサギの角突きタックルが十分に減速するはずはない。

 なにせ、一撃の攻撃能力だけならば、ボスコボルトと同等かそれ以上という、未だに最強格の突進力なのだ。しかも、地下2階の角ウサギよりもスペックが強化されていることは間違いないのだから、その威力は過去最強である。

 もはやオブジェと化したゴブリンアーチャーをぶら下げながらも、十分な速度で秋水を突き殺そうと突っ込んできた角ウサギを、秋水は横に跳んで回避する。

 ゴブリンアーチャーという名のクッションがなければ、間に合わなかったかもしれない。

 ああ、いや、ぶっちゃけ唐突なる同士討ちに驚いて判断が遅れただけか。

 

「そう言えばお前ドジっ子属性だったな!?」

 

 横っ飛びから着地しつつ、秋水は角ウサギの特徴を思い出して思わずツッコミを入れてしまった。

 そう言えば角ウサギ、地下2階の段階で平然と仲間に向かって角突きタックルをぶちかまして殺していた実績があったのだ。

 角ウサギの攻撃は、角突きタックルしかない。

 秋水が射程圏内に入ったら突っ込む。

 射線上に仲間がいようと関係なし。

 それだけの攻撃パターン。

 正に馬鹿の一つ覚え。

 しかしながら、唯一の攻撃手段だからこそ、その一撃は研ぎ澄まされていたのだった。

 角突きタックルを回避された角ウサギが、どすっと着地する。

 その反動で、ぶらん、と槍の如き角で串刺しになったゴブリンアーチャーの体が力なく揺れ、その手から弓がこぼれ落ちた。

 一拍置いて、ゴブリンアーチャーの口や貫かれた胸から一気に魔素が吹き出る。

 死亡演出だ。

 

「うわぁ、グロ……」

 

 自分が殺しているときは、やったぜ、くらいにしか思わないが、同士討ちで殺されたゴブリンアーチャーには同情の念を抱いてしまった、少し可哀想な気分になってしまう。

 ちょっと引いてしまった秋水へ、角ウサギが振り向いて体勢を立て直す。

 ぷらぁ、と力なく揺れるゴブリンアーチャーを貫いた角を、秋水に向けて。

 

「ははぁーん、さてはお前、ゴブリン乗ってねぇと馬鹿に戻るんだな?」

 

 秋水は大きく納得しながらバールを構え直した。

 ゴブリンは角ウサギに騎乗しなくても、と思ったが、その考えは間違いだったようだ。

 角ウサギはゴブリンが跨がってこそ、その機動性を戦略的に使えるのだろう。

 最初から別々になっていたら、角ウサギは本能のまま角突きタックルで突っ込んできて、戦術もなにもなくなるのが目に見える。

 

「てことは、あのゴブリンは下りない方がよかったんじゃね……?」

 

 ゴブリンアーチャーの敗因は、角ウサギから下りたことだった。

 哀れな。

 

 角ウサギの体が沈んだ。

 

 角突きタックルの予備動作。

 次の瞬間、角ウサギは地面を蹴って、爆発的な加速度をもって秋水に突っ込んできた。

 弾丸の如き速度。

 なるほど確かに、この角ウサギは地下2階の角ウサギよりもスペックが高い。

 なにせ、ゴブリンアーチャーという死体をぶら下げてなお、地下2階のと同じくらいの速度で突っ込んでくるのだから。

 それはつまり。

 

「ブーストからのカウンターッ!!」

 

 現在の秋水ならば、普通に対処できるということである。

 角突きタックルは秋水にひらりと躱されて、お返しとばかりに身体強化を重ね掛けされた腕力で放たれたバールによるカウンターをモロに喰らい、角ウサギはあっけなく絶命するのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 身勝手の極意とか言ってはいけない( ´-ω-)

 

 ちなみに、秋水くんは無意識で矢を切り払ってドン引いていますけど、実はボスウサギとの最初の戦闘という200話くらい前に「完成形」に近い戦闘を行っています。極限状態での偶発的な感じですけれど。

 ……前振りが200話以上前という超ロングパス。ストーリー進行が亀さん並という証拠じゃないか(;´Д`)

 

 次回はちょっと実験的に、ダイジェストみたいな話になります。

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