鶴舞 美々は、昔から怖がりだった。
幽霊なんかは本当にダメで、夏場の肝試しなんて正気の沙汰ではないと今でも思っている。
幼い頃の台風の日、窓がガタガタと鳴るだけで泣いてしまった記憶がある。
「風が強ぇからウルセェだけだろ」
と、笑い飛ばしてくれたのは、近所に住んでいる大切な幼馴染みの少年、覚王山 未来。
小さい頃は可愛かったのに、小学校に上がった頃にはすっかり口が悪くなってしまった。父親の影響らしい。
言葉遣いが悪いものだから、周りの大人からはクソボウズとか言われていた。
ただ、悪意をぶつけるようものではなく、愛情を持って揶揄うように言われていたものだから、美々も未来のことを、くそぼうず、くそぼうず、と揶揄って呼んでいた。一時期はマイブームだったかもしれない。
それが途中から、クソ、というのは女の子が口にする言葉じゃないな、と反省して、ぼうず、ぼうず、と呼ぶようになった。
そして気がつけば、周りの友達が揃いも揃って未来のことを、坊主、と呼ぶようになってしまった。
転じて、和尚、と未来が呼ばれるようになったのは、流石に吹いた。別に未来は住職さんではなく、一般家庭の子である。
そんな和尚、もとい、未来は、なんでもかんでも怖がる美々の傍に、なぜかいつも居てくれた。
怖くねぇよ。
自然現象だろ。
美々が怯えている事柄を、未来は大人ぶった言い方で斬り捨て、いつも宥めてくれた。
それがとても安心できて、心地が良くて、昔は未来にべったりだった記憶がある。それは今でもそうかもしれない。
だから美々は、こんなことがあった、それが怖かった、と未来に甘える、ではなく、相談するようになる。
相談するためには、言葉にしなくちゃいけない。
言葉にするためには、ちゃんと現象を理解しなくちゃいけない。
現象が発生するメカニズムを、理解しなくちゃいけない。
小学校に上がってしばらくしてから、美々は自然と科学というものに興味を持つようになった。
「コップの中にお水を入れてー、どこのご家庭にもあるドライアイスを一欠片ー」
「ウチに常備してねぇよ、ドライアイスなんぞ」
「ぽちゃっとドライアイスをお水に入れるよー」
「おおー、なんかモヤモヤの煙が」
「はい、未来はマッチに火をつけてねー」
「え?」
「火をつけたら白い煙に火を近づけてねー」
「……おい待て美々、そうしたらどうなんだよ?」
「大爆発ーだー、だだっだー」
「おいバカヤロウ!? 俺になにさせる気だよ!? 怖ぇよ!?」
「嘘だよー、爆発なんてしないよー」
「そ、そうだよな……」
「ちなみにー、その煙の中に小鳥さん入れるとー、死ぬよ?」
「サイコパス!?」
そして気がつけば、美々はいわゆる理系女子になっていた。
なお、水の中にドライアイスを入れて出てくる白い煙に、マッチの火を入れたら「ふっ」と火は消えるし、カナリアのような小鳥を入れたら「ふっ」と命の火が消える。決して真似してはいけない。
怖いものを科学的な現象と捉え、美々の怖がりな一面はすっかり鳴りを潜めていく。
代わりに、リアクションが大きくて面白い未来を揶揄って遊ぶのが、すっかり好きになってしまった。
ああ、いや。
すっかり、好きになってしまった。
なにが。
いいや。
誰が。
まあ、それはいいじゃないか。
怖がりな少女は、いつの間にやら、友達を揶揄って楽しむような、ちょっとS寄りな少女になっていた。
ちょっと性格悪いかな、とは美々自身でも思っている。
でも、未来は傍に居てくれた。
止めない未来が悪いんだ。
なんて、ちょっと責任転嫁をしつつ、美々は未来を揶揄いながら一緒に大きくなって。
中学3年生、恐怖の体現者が、クラスメイトになってしまった。
終わった。
美々は素直に、そう思った。
棟区 秋水。
彼は、この中学校においては、悪い意味で有名人であった。
デカい。
怖い。
1年生のときは、確かそれほどでもなかった。
しかし、2年生の頃から、身長が高くて結構筋肉質な、殺し屋の顔した同級生がいるという噂が一気に広まった。
きっと、毎日のように喧嘩をしているに違いない。
きっと、裏社会の人と繋がっているに違いない。
きっと、凄惨な地獄を見てきているに違いない。
きっと、犯罪者に違いない。
だから、自分たちが近づけば、それだけで暴力が襲いかかってくるに違いない。
機嫌を損ねたら、殺されるに、違いない。
そんな噂が囁かれるような、明らかなる異物。
美々は秋水を遠目に見たとき、怖い、という感情しか湧かなかった。
現象がどうとかいう話じゃない。
メカニズムがどうという話じゃない。
科学的な説明でなんとかなるような、恐怖じゃ、ない。
圧倒的な暴力と、死の気配。
端から見ても秋水という異物からヒシヒシと伝わってくる威圧感に、美々は恐怖で縮こまることしかできなかった。
それが、中学3年生、クラスメイトに、なってしまった。
地獄だ。
怒らせたらヤバい。
喧嘩を売られたらヤバい。
刺激したらヤバい。
近づいたらヤバい。
秋水が教室に居るときは、美々はただ震えて恐怖の象徴をやり過ごすことしかできなかった。
だって、未来ですら怖がっている。
紗綾音ですら怖がっている。
ならば、元が怖がりな美々が、平気でいられるはずが、なかった。
怖い。
恐い。
こわい。
具現化した恐怖に、美々はただただ怯えて過ごして。
「おはよーだよ、棟区くん、どーもお久しぶりですー」
最初は、紗綾音がついに狂ったかと思った。
1月8日。
冬休みが明けて3学期の初日のこと。
美々の友達であり、微妙にライバルでもある渡巻 紗綾音が、なにを考えているのか棟区 秋水に突撃を仕掛けた。
あ、終わった。
美々はこれから始まるであろう血みどろのスプラッターな光景を想像して、真っ青になる。
「分かった、棟区くんあれだ、ボケキャラだ!」
「サヨチ助けて! 私を畜生扱いしてくるよこの人!」
「大丈夫? 棟区くん感情死んでるの? 同じ会話しか出来ないNPCなの? ロボットボットなの?」
「あの敬語系極悪面レスラー、乙女の体重言い当てに来やがったよ!? 口封じしなきゃだよ!? 抹殺撲滅根絶の対象だよ!?」
立て板に水の如き暴言の数々。
命が惜しくないのか。
絶対に秋水は紗綾音に手を上げるだろうと美々は確信して。
紗綾音は、何故か生き残った。
それから紗綾音はなにを考えているのか、ガンガンと秋水に絡みに行った。
頭おかしいのだろうか、あの馬鹿。
秋水が紗綾音をチワワ扱いするが、微妙に納得できてしまうウザ絡みである。
「私、棟区くんが誰かをボコボコのボコちゃんにしてるの見たことないよ」
「私、棟区くんが暴力団の人と仲良しこよししてるとこ、見たことないよ」
「怪しいおクスリ売ってるのだって、見たことないよ」
「誰かを脅してるとか、喧嘩してるとか、お巡りさんにお世話になってるとか、見たことある?」
「棟区くんは見た目ヤバいけど、お話ししてみたら全然大人しいもん。むしろなんか大人だもん」
そう言って、紗綾音はクラスメイトを説得し始めた。
秋水はヤバい奴じゃないのだと。
暴力を振るう奴じゃないのだと。
噂は嘘なのだと。
そうかな。
そうかも。
美々は紗綾音の言葉に少し流されて、秋水のことをしっかり見ようかな、なんて思い始めて。
無理矢理ランチをご一緒させられた。
いや無理。
恐い。
怖い。
威圧感が半端ない。
大きい。
筋肉が迫ってくる。
声が響く。
どういう声帯してるの。
あと、目つきがヤバい。
絶対殺される。
マトモな眼光じゃない。
何人か紗綾音に集められ、棟区 秋水と昼食を共にさせられるという地獄の時間をプレゼントされた。塩水の中に髪を突っ込んでドライヤーで乾燥させるぞこのチワワ。
間近に座る秋水という恐怖に美々は震えたが、唯一の救いがあった。
未来が傍に居てくれた。
まあ、未来もまた紗綾音に誘われて、一緒に秋水とランチという地獄に巻き込まれているだけなのだが。
紗綾音に誘われて、鼻の下を伸ばしているとかいう、ちょっとムカつくわけなのだが。
それでも未来が傍に居てくれたから、美々は秋水という恐怖に耐えることができた。
恐怖に耐えて。
震えて耐えて。
なんか、未来が普通に秋水と喋っていた。
最初は未来も恐怖に耐え、強がるように秋水と会話をしていた。
それが段々と、秋水の無害さを知り、普通に絡むようになっていった。
ああ、なるほど。
秋水は、大丈夫なんだ。
未来が大丈夫なんだから、きっと大丈夫なんだ。
未来の友達だから、大丈夫なんだ。
そして気がつけば、美々も秋水と話せるようになってきた。
挨拶も普通にできるようになってきた。
一緒に帰ったことだってある。
秋水は暴力を振るわない。
簡単に怒ったりしない。
安全だ。
それを未来が証明している。
乱暴な言葉で会話していても、挨拶のように肩を叩いても、秋水は無害だと未来が証明しているのだから、大丈夫だ。
大丈夫だと、信じ込んだ。
「みんなしっかりして! 目を覚ましてよ! 誰かがイイヤツって言ってるから、周りがイイヤツだって言ってるから、だからあいつがイイヤツって考え方、おかしいよ!? 周りに流されてるだけなんだよ!?」
信じ込んだだけで、根本的な恐怖が変わるわけが、ないのに。
「よぉ、棟区」
朝、通学路。
隣で気負うことなく、それでも多少の緊張が読み取れる声色で未来が口にした挨拶に、びくり、と美々の肩が跳ね上がる。
さっきまで緊張で心臓の方が跳ね上がっていたのに、肩が跳ね上がったと同時に、きゅぅ、と心臓が握り潰されるように縮み込むような感じがする。
くらり、と目眩のようなものが襲う。
緊張で呼吸が浅くなっていたせいだ。軽い立ち眩みのようなもの。すぐに治る。
目眩に対して美々は即座に理屈で対処する。
「おはようございます、覚王山さん、鶴舞さん」
でも、美々の体の震えは、止められなかった。
通学路に現れたのは、棟区 秋水。
未来よりも背の高いタケちゃん先生を、さらに上回る背丈。
制服を着ていても、むしろ制服のボタンが閉まりきらないせいで余計に目立つ、分厚い筋肉。
坊主だ和尚だと揶揄われる未来より坊主らしい、短く刈り上げた丸刈り頭。
鋭く睨み下ろすかのような眼光。
厳つくて無骨で、人を十人単位で血祭りに上げていそうな顔つき。
怖い。
見た目が、怖い。
慣れてきたと思っていたはずなのに、改めて見れば、怖い、という感情しか湧き上がらない。
大丈夫じゃない。
全然、大丈夫じゃない。
ただただ、怖い。
美々は思わず、ぎゅ、と未来の制服の裾を強く握り締める。
秋水の視線が、美々の手に向いた、ような気がする。
顔を上げられない。
怖くてもう、直視ができない。
「……あー、一緒にいいか?」
「ええ、どうぞ」
「おう。紗綾音みたいにバッサリ断られるかと思ったぜ」
「紗綾音さんは、もう少し大人しくしてくださるならば……」
「病気にでもならねぇと無理だろそれ……」
裾を握られた未来は一瞬だけ美々の方に目を向けるが、少し気を遣うようにしてすぐに秋水を見上げて、彼の隣に並ぶ。
前のように、挨拶代わりに肩を叩かない。
未来もまた、どこか緊張しているようだった。
ただ、美々のそれは、未来の比ではない。
怖い。
恐い。
ついこの前まで、どうやって秋水に話しかけていたかが、思い出せない。
どうやって、この根源的な恐怖から目を背け、大丈夫だと思えていたかが、分からない。
秋水の隣に並んだ未来を盾にするように、美々は未来の影に隠れてしまった。
「なあ、棟区」
「はい」
「こうやって一緒に歩くのとか、もしかして嫌か?」
美々に盾にされていることを認識しながら、むしろ美々を守るように秋水と美々との間に入りつつ、未来は秋水を見上げて尋ねた。
謝ったみんなを、あいつ許してないよ。
一昨日、海霧が叫んだ言葉が、耳の奥で蘇る。
ふるり、と美々の震えが一層強くなる。
秋水は、誰も許していない。
許すなど、一言たりとも言っていない。
本当は誰も許しておらず、こうやって話しかけられるのも嫌なのかもしれない。
怒らせてはいけない人の神経を、ひたすらに逆撫でし続けてきたのだろうか。
そう自覚したら、体の震えが止まらない。
「いいえ」
しかし、秋水はなんでもないように、否定した。
ほ、と未来が安堵するように肩の力が抜けたのが、握った裾越しに分かる。
「特に、なにも」
抜けた肩の力が、ぴくり、と戻ったのもまた、握った裾越しに分かる。
なんでもないように続けた秋水の言葉は、本当に感情が分からない声だった。
話しかけられるのは、嫌じゃない。
そもそもなにも、感じていない。
ゴミや羽虫の言葉など、意に介する必要などない。
何故だろう、そう聞こえてしまう。
殺意や怒りなど向ける必要もなく、ただの気まぐれで殺されてしまうかもしれない、そんな恐怖。
「……ま、ネガティブじゃねぇなら良いな!」
思わず恐怖に竦んでしまった美々とは対照的に、未来は笑いながら大きく頷く。
それは未来自身に言い聞かせるように、ではなく、まるで美々に言い聞かせるような言葉だった。
「そう言えば、お二人の家は、こちらの方角ではなかったですよね?」
そんな美々と未来の胸中を知ってか知らずか、秋水は世間話かのように軽く尋ねてきた。
ぎゅうぅ、と未来の制服の裾を握る手に、さらに力が籠もってしまう。
以前、秋水たちと一緒に帰ったとき、質屋のある方角が家の方だ、と明かしたことがある。それを覚えていたのだろう。
実際に、この通学路は美々の知る道ではない。
美々に馴染みのない道。
秋水を待ち構えるならここだ、と未来に教えられた場所。
「あー……」
少し気不味そうに未来は頬を掻き、ちらり、と美々の方へと目を向ける。
自分でも、真っ青な顔になっているだろうと、分かっている。
体が震える。
秋水の顔が見られない。
ただただ、怖い。
「……まあな! 今日は棟区と一緒に行きたかったんだよ!」
ぱし、と秋水の背中を軽く叩いて、未来は誤魔化した。
未来に気を遣われてしまった。
守られてしまった。
守ってくれる人が、一番近くに居るのは、今だ。
ぐ、と美々は奥歯を噛んだ。
怖い、けど。
いいや。
怖い、だからこそ。
「……む、棟区、くん」
自分でもびっくりするほど、美々の声は固い。
秋水の目が、一瞬だけ美々の顔へと向きかけた。
向きかけただけで、すぐに視線は美々の足下に落とされる。
気を遣われている。
秋水にまで。
「はい」
その秋水の返事は、とてもとても淡々としたものだった。
感情が、読めない。
とても分厚い仮面の下から、地鳴りのように響く声。
思わず、縋るように未来を見上げる。
心配そうな顔をした未来。
ああ、違う。
違うだろ、鶴舞 美々。
秋水に謝る場が欲しいと言ったのは、美々自身なのだ。
海霧に打ちのめされた翌日に、潔く秋水へ頭を下げに行った未来に、情けない声で相談したのは、美々なのだ。
じゃあ、早い方が良いな。
教室だと気不味いだろ。
学校に着く前に、頭下げに行こうぜ。
俺も一緒に行くからさ。
面倒くさい女の面倒くさい相談に、未来は嫌な顔一つ見せることなく、そう言ってくれた。
だから、これ以上、未来に心配ばかりかけさせたら、ダメだ。
ああ、ああ。
これは確かに、海霧が怒るのも納得だ。
こんな土壇場になってまで、美々は秋水の気持ちを考えていない。考えることができない。
どこまでいっても自分事。
免罪符が、欲しいだけ。
「――今まで、ごめんなさい」
そう分かっていても美々は、深々と頭を下げた。
いつもトロくて、間延びしたような声が、今日はすんなりと区切れる。
恐怖で喉が引き攣っているだけかもしれない。
「はい。その謝罪を承りました」
そして秋水は、軽く受け止め、投げ捨てた。
投げられた謝罪を、なんだこのゴミ、みたいな感覚でそのままゴミ箱に放り投げるような、そんな感じ。
なんの謝罪なのか。
どういう意味なのか。
まるで興味がなさそうに、美々の謝罪が流される。
秋水は誰も許していない。
海霧が激怒したのは、このことだ。
ちゃんと向き合ってみれば、こんなにも分かりやすい、受け流し方。
そして、ちゃんと向き合ってみれば、こんなにも、怖い。
『あいつ、“マトモ” に見えないよっ!!』
それは、そう。
そう思う。
海霧の主張が、全く否定できない。
見た目がマトモじゃない。
声がマトモじゃない。
存在感がマトモじゃない。
自分は今まで、この存在と、どうやって向き合っていただろうか。
深々と頭を下げたまま、ふるり、と美々は震えた。
「…………」
未来は心配そうでも、助け船を出さなかった。
なにか言いたそうな雰囲気は感じたが、それでもなにも言わないでくれた。
「…………」
秋水もまた、それ以上の追及はなかった。
何故だろう。
どこまでもひんやりとした雰囲気が、ある。
「棟区、くんの、こと、は」
言葉が、突っ掛かる。
上手く喋れない。
震えているのが、自分でも分かる。
「……今でも、怖くて、ごめんな、さい」
「はい、存じております」
さも当然のように、流される。
気にしてませんよ、と言うように。
気にする必要も感じませんからね、と言うように。
「顔が怖いのは否定しませんよ。今まで怖がらせてしまい、申し訳なかったです」
そして、それはいつか、聞いた言葉。
同じ台詞。
同じ温度。
テスト前の勉強会で、未来が謝ったのに続くようにして、美々が謝ったとき、秋水が返した言葉と、全く同じ。
顔が怖いから、めちゃめちゃ警戒してた。
できるなら、関わりたくないって思ってた。
過去形のように言ったくせに、自分は今、全く変わっていない。
だから、秋水の態度も、変わっていないのだろう。
未来の制服の裾を、力一杯握る。
秋水は、分かっていたのだろう。
ずっとずっと、見透かしていたのだろう。
美々は、人を揶揄うのが好きだ。
でも、秋水は揶揄えない。
怖いから。
未来や、紗綾音や、沙夜や、道や、蜜柑のように、秋水に自分から絡みに行くこともない。
歴史のフローチャートだって、あれは秋水から言い出してくれたから乗っかれただけだ。
自分から秋水にお願いすることは、できない。
恐いから。
それでも何故か、許されたフリをして。
仲良くなったフリをして。
怖くないと自分に言い聞かせて。
彼の怖いところは、何一つとして変わっていないのに。
「毒蛇を怖がるのは、人として当然の反応です。お気になさらず」
「……いやお前、毒蛇って、そりゃないだろ」
「流石にヒグマやグリズリーと比較するほど自惚れていませんよ。彼らの握力は500㎏くらいはあるので」
「なんで握力が基準なんだよ」
「毒蛇には手がないので、握力で判断できませんよ」
「そーいう話じゃねぇんだよ」
未来が会話を引き継ぐように軽口を挟み込むと、秋水の口調がほんの少しだけ柔らかくなったような気がした。
それと同時に、す、と後ろに隠すように、未来が自然と美々の背中を押して下がらせる。
ドクターストップ。
いや、レフェリーストップか。
再び美々は奥歯を噛む。
短い会話で、はっきりと分かった。
まあ、それは、そうだろう。
もしも自分が秋水と同じ立場なら、同じように思うに決まっている。
怖がって離れていたくせに、未来が近づいたからという理由で、こいつは大丈夫かも、なんて思って近づいた。
それなのに、夢から覚めたらやっぱり怖くて、離れてしまう。
そして今、近づこうと思っても、足が竦む。
手の平を返して、またひっくり返して、さらに返そうとするけど出来もしない奴、誰が受け入れられるものか。
鶴舞 美々は、自分が秋水から完全に見限られたのだと思った。
見限られるほどの期待を、最初から向けられてすらいなかったとも知らずに。
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見限る以前の問題として、最初から美々のことは「どうでもいい」枠だから大丈夫ですよ!
どうせまた雰囲気悪くなったら離れるんでしょ、と身構えていた秋水くんからすれば、「はいはい、君子豹変、君子豹変」程度にしか思われてないから問題ないですよ!(邪悪)
でも、この話の裏でも、目を合わせないとか拒絶しないとか怖がることを責めないとか、秋水くんなりにミッチへすごい気を遣っています。気を遣ってはいるんだよ……(;´・ω・)
あ、ちなみにしばらく、ダンジョンの外で秋水くんの心理描写はありません(ニッコリ)