竜泉寺 沙夜は、まあまあ男からモテる方である。
それを公言したら間違いなく四方八方全方位敵だらけになるから決して口に出さないけれど、沙夜自身、それは客観的事実として受け止めていた。
沙夜はまあまあモテる。
何故か。
親友である渡巻 紗綾音が、それはもうバグみたいな勢いでモテモテだからだ。
相手のパーソナルスペースにぬるりと潜り込み、嫌な部分を否定せず、良い部分は凄い褒める。誰に対しても笑顔を向けて、明るく楽しく場の雰囲気を盛り上げる美少女。それが紗綾音である。
そんなの、男にモテて当然だ。
しかも紗綾音は、男に対する危機感が薄い。
良いところのイタリアンで出てくる生ハム並みに薄い。
それで一体何人の男を、俺のこと好きなんじゃね、と勘違いさせてきただろう。
そして、自分にだけ向けられていると思った笑顔を、紗綾音が誰彼構わず振りまいていると知って、勘違いさせやがって、と絶望の底に落とされた男は何人いるだろう。
そんな無自覚に男心を弄ぶ小悪魔みたいな紗綾音の傍に、沙夜は昔からいたのである。
めちゃくちゃモテる紗綾音の横にいる、自分。
雑誌の付録。
お菓子のオマケ。
それが沙夜である。
男の目線からすれば、それはもう間違いなく、お手頃な存在に見えただろう。
紗綾音は難易度が高すぎて無理だとしても、まあ、コイツくらいなら、みたいな。
だから、竜泉寺 沙夜は、まあまあ男からモテる方である。
きっと、紗綾音がいなければ、自分は今でも彼氏なんてできていないであろう。
「今日は、ありがとうございました!」
「ああ、いいよいいよ。私も今まで悪かったよ。付き合ってんのに、なんか全然一緒に居られなくて」
「あ、いいえ! 沙夜先輩は受験で忙しいですもんね!」
「あー……そうだね。来月にはもう合格発表されてんのかぁ……」
「応援してます!」
「はいはい、ありがと」
朝、彼氏と一緒に登校した。
中学1年生の男の子。
年下の彼氏だ。
なんだかんだで3人目の彼氏である。
悪い子じゃない。
元気で、ハキハキしていて、自分のことを慕ってくれているのは沙夜だって分かっている。
分かってはいる、のだけれども。
ただ、この少年と喋っていても、なんと言うか、疲れる。
まだまだ子どもの男の子が、頑張って背伸びして合わせてくれている感があって、こちらも気を遣う。
きっと紗綾音なら、気にすることなく仲良くできるんだろうな。
なんて、自嘲気味に考えながら、沙夜は校門のところで彼氏と別れる。
ほ、と思わず安堵の息を無意識に漏らしたことに気がついて、苦笑した。
別に、あの少年は悪くない。
だけど、合わない。
まあ、お試しだしな、と心の中で呟きつつ、教室に向かう。
あの少年が告白してくれたとき、顔を真っ赤にして、震える声で、頭を下げてくれた。
好きです。
付き合ってください。
誰だこの子、なんて首を捻ったが、勇気を振り絞って告白してくれた少年の姿がなんだか可哀想で、とりあえず付き合うことにした。
今は彼氏もいないし、好きな人もいないし、別にいいかな、くらいの感覚。
受験もあるし、卒業までのお試し期間になるけどいいかな、なんて予防線を張りながら告白を受け入れたら、少年は笑顔を見せてくれた。あどけない笑顔で可愛いとは思う。
でも、それだけだった。
「……下の名前、なんだっけ?」
廊下を歩きつつ、沙夜はぽつりと呟く。
彼氏である少年の、下の名前が分からない。
名字でしか呼んでなく、どうにも名前を聞くタイミングを逃してしまった。
まあ、いいか。
沙夜は肩を竦めて再び苦笑い。
卒業したら、少年には悪いが恐らく解消される付き合いである。
一目見たとき、綺麗な人だな、と思った。
友達と一緒にいるのを見て、優しい人だな、と思った。
だから、好きになりました。
付き合ってから、なんで好きになったのかを尋ねたとき、少年は顔を赤くしながらそう答えてくれた。
ふーん、と沙夜は軽く流す。
一目見て。
友達と一緒にいるのを見て。
注目を集める紗綾音の傍にいなければ、あの少年は私を見つけられたのだろうか。
そんな疑念が、どうにも消えない。
強い光が傍にいる。
だから、自分はまあまあ目立つのだ。
少年が沙夜を見つけられたのは、結局、紗綾音のおこぼれ。
紗綾音の方が可愛い。
紗綾音の方が明るい。
紗綾音の方が面白い。
紗綾音の方が楽しい。
きっと少年も、紗綾音の方が良いのだろう。
だけども紗綾音は難易度が高いから、私で妥協したんだろう。
そう考えてしまう自分は、きっと嫌な女だ。
昔から、辛いときや泣きそうなときは、黙って傍にいてくれた紗綾音を、妬みそうになる。
秋水を虐めていた事実に押し潰されそうになったときだって、紗綾音は慰めてくれたのに。
幼馴染みの親友に嫉妬する女より、やはり、紗綾音の方がモテて当然だろう。
「よく分かんないな、恋愛」
教室が見えてきた。
朝っぱらから微妙に心がネガティブなのは、彼氏と登校して疲れたからだろうか。
それとも、教室の雰囲気が、再び死にかけているのを予想できているからだろうか。
「あー、秋水の方が絶対早いよな……しんどそう……」
大きくため息を吐きながら、沙夜は肩を落とした。
クラスのみんなが秋水のことを受け入れようとしたところで、須々木 海霧が冷や水をぶっかけた影響は色濃い。
周りの雰囲気に流されていた者は、秋水の姿や噂を改めて思い出し、再び恐怖に震え始めた。
秋水の態度が変わらぬことに気がついた者は、秋水から許されていないと知り、そして今まで秋水のことを不当に孤立させていた事実を自覚した。
去年までと、ほぼ同じ。
秋水の周りに、再び分厚い壁が聳え立つ。
教室の中の異物に、息を潜める重苦しさ。
しんどい。
しんどい、けれど。
「虐めてた過去は変えられなくても、これからの関係は変えられる」
沙夜は意気込み、教室のドアに手をかける。
秋水が自覚していなくても。
秋水が過去を赦せなくても。
友達になるのには、こちらから踏み込まなくては駄目なのだ。
がらり、と沙夜は教室のドアを開けた。
「今度、棟区くんのお家に行ってみたいな!」
全速力でダッシュ。
流れるように、ぱちーん、とチワワのお尻を叩く。
ついでに強火な紗綾音ラブ勢の頭を鷲掴み、秋水から力尽くで引き剥がす。
「いったーいっ!」
チワワが鳴いて跳び上がり、腕が緩んだ瞬間を狙って反対の手で同じく頭を鷲掴みにして秋水から引っ剥がす。
いやいや。
いや。
ちょっと待て。
心臓止まるかと思ったわこの馬鹿犬。
「ぬわー! 痛い痛い! まって沙夜!? 私は人型の煮詰まった憎悪の化身から女神を引き剥がす使命が!?」
「わーん! おはようサヨチ! でもなんで棟区くんから引き剥がしちゃうのー!?」
「あ! 紗綾音! 紗綾音無事!? さっき沙夜に可愛いお尻叩かれてたけど大丈夫!? 割れてない!?」
「大半の人は元々割れてるんじゃないかな!?」
犬が2匹、沙夜の両手でキャンキャン吠えているが、沙夜は軽く上がった息を整えつつ、ちらり、と秋水の顔色を窺う。
棟区 秋水。
めちゃデカく、めちゃガタイのいい、天然ボケの強面男。
沙夜の親友である渡巻 紗綾音と、昨日からはっちゃけて様子がおかしい須々木 海霧に抱きつかれていた秋水は、驚くほどに無表情であった。
女2人に抱きつかれ、顔色1つ変えない。
性欲はあるのかコイツ。
いつもなら、そんなツッコミを入れていただろうけれど、とてもではないが今の沙夜にそんな余裕はない。
「…………」
「…………」
強張った表情で秋水を見上げると、少し遅れてから秋水が沙夜の方へと顔を向ける。
表情は変わらない。
感情は読めない。
だからこそ、色々と嫌な予想が頭を過る。
「……おはようございます、竜泉寺さん。助かりました」
「あ、ああ……おはよう……」
紗綾音のように明るい笑顔でも浮かべて誤魔化せればいいのだろうが、いつもの平坦で控えめな秋水の挨拶に、沙夜は引き攣った声しか出せない。
じ、と秋水が沙夜の目を見る。
相も変わらず、怖い顔。
恐い雰囲気。
その恐いという記号だけで、ずっと秋水を不当に避けていた。
目を逸らしてはいけない。
じ、と沙夜もまた秋水の目を見る。
「……サヨチ?」
挨拶もしてこない幼馴染みの様子を不審に思ったのか、紗綾音が沙夜の手の中で首を傾げた。
ちらり、と紗綾音の方へと視線を向けてから、沙夜は無言で再び秋水へと視線を戻す。
秋水の家族は、死んだばっかりだ。
家族の話はタブーだ。
そして、家の話も、タブーだ。
だと、思う。
この話題に触れて良いのか悪いのか、秋水の表情から読み取れないから、判断に困る。
「……その、大丈夫、か?」
沙夜は恐る恐ると尋ねる。
秋水が恐いからではない。
秋水が傷ついていないかが、恐い。
その無表情からは、秋水の内心が分からない。
ただ、秋水が僅かに目を伏せた。
「ありがとうございます」
ある意味で、明確な答えだったと、思う。
一瞬、嫌な沈黙が落ちる。
ただでさえ、秋水という存在への恐怖で雰囲気が沈みかけていた、静かな教室。
その中で、登場と同時に秋水へ駆け寄った沙夜へ、周囲の注目が集まっている。
嫌な沈黙だ。
不穏な空気を察したのか、ぱたぱた暴れていた須々木も静かになった。
「……なあ、秋水」
「はい」
ひりつく喉で、どうにか秋水の名前を呼べば、間髪入れずに丁寧な返事。
ごくり、と喉が鳴る。
緊張しているのが、嫌でも自覚できてしまう。
「――紗綾音には、教えといても、いいか?」
「え?」
それは確認。
主語がなくても、きっと通じるであろう確認。
不思議そうな声を上げたのは秋水ではなく、いきなり名前が挙げられた紗綾音であった。
秋水の表情は、やはり変わらず。
「……どうぞ」
その言葉はどこか、突き放すような色があった。
「お邪魔いたします」
「んも」
昼を少し過ぎた時間、質屋 『栗形』 のバックヤードに大柄のヤクザ、ではなく大柄な中学生、棟区 秋水が現れた。
今日は裏口からだ。
なんだか海外に爆売れしている、新元素とかいう凄い商品を納品してくれるんだから、ちゃんと目立たないよう、こっそり持ち込めて偉いぞ。
バックヤードでお昼ご飯の焼きそばを啜りながら、この質屋の店長である栗形 祈織は感心した。
いや、感心している場合ではない。
たまのカップ焼きそばはジャンクな味がして美味しいなぁ、なんて思いきり口の中に入れてもぐもぐしている姿を中学生に見られてしまった。
なんてことだ、せっかく秋水の前で築き上げてきた頼れるお姉さん像が崩れてしまう。少年の夢を壊してしまう。誰だそんなお姉さん像なんて夢は最初から幻とか言う奴は、ハゲさせるぞ。
リスのようにもぐもぐと口の中の焼きそばを一生懸命に咀嚼して、祈織は急いで飲み込む。
「ごほっ、ごほっ」
「ああ、急いで食べるから咽せるじゃないですか。青ノリはわりと危険なんですよ」
急ぎすぎて咽せてしまい涙目になっていると、近寄ってきた秋水がそっとハンカチで涙を拭いてくれる。
良い子だ。
だけどなんか、子ども扱いしてなかろうか。
いや、それは考えすぎか。秋水はいつも大人のレディ扱いしてくれるのだから。
「いらっしゃい秋水くん」
「はい。今日は前回忘れていた分の納品だけしに来ました」
気を取り直して挨拶すると、秋水はハンカチをすっとポケットにしまいながら告げる。
ハンカチ常備とか、最近の子は紳士なんだな。
「ああ、ありがとうございます。でも、また今度まとめて持ってきてくれても良かったんですけどね」
「まあ、今日は近くに用事があったので、ついでなのですが」
「用事ですか。確かに何か、いつもと服装が違いますね」
「ええ。これからジムに行くのです」
一瞬、ジムでデッドリフトを行っている秋水の姿を幻視する。
うはぁ、良い筋肉。筋トレで脈動するエロスがリアルに想像できる。
ではない。
引っ込め内なる変態よ。相手は無垢なる中学生の少年だぞ。
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
祈織はカップ焼きそばをテーブルに置いてソファーから立ち上がる。
前回忘れていた分、ということは、白銀のネックレスのこと。アンクレットよりは嵩張らないネックレスは、たぶん秋水が持っている紙袋に入っているのだろう。
相変わらず雑な扱いだ。
恐るべきは、その雑な扱いで傷がつかないアンクレットやネックレス自体の強度だろうか。
いや、いくら強度が高かろうと、同じ物質で擦ったら、普通は細かな傷がつくはずなのだが。
「ふっ、考えるだけで今更だよねぇ」
「はい?」
「商品なので、大切に扱ってくれないかなぁ、と思いました」
「う」
祈織は小さく笑いつつ、秋水から紙袋を受け取った。
中身は予想通り、白銀のネックレス。
それがそのままジャラジャラと詰め込まれていた。
うん、雑。
紙袋の中身を確認してから、にこり、と祈織は改めて秋水に笑顔を向けた。
どうした少年、冷や汗が見えるぞ。
「すみません、個別の入れ物を揃えなきゃなと思ってはいるのですが、数が数なのでどうしても……」
秋水自身も包み紙すらなくそのまま袋に入れていることには思うところがあるのか、首の後ろをぽりぽりと掻きながら気不味そうに答える。
うーん、強面の大男が困っている。
なんと言うか、鎬が秋水をチクチク言葉責めして楽しむ気持ちが分かりかけてしまうじゃないか。
ええい、邪念退散。そっちの趣味はないはずだ、たぶん。
「そう言えば、鎬姉さんは店番の方ですか?」
「はい。挨拶していってください。鎬さん喜びますよ」
「いえ、このまま戻ります」
「相変わらずの塩対応」
本当に白銀のネックレスを納品するだけで、早々に質屋を出ようとする秋水。
叔母である鎬には塩対応な秋水だが、まあ、たぶん残念。
「あら、いらっしゃい秋水」
「うわ出た」
「ええ、呼ばれた気がして出てきたわ」
「呼んでない呼んでない。店番店番」
「平日の昼は輪をかけてお客が来ないのよ」
「ザ・失礼」
店とバックヤードを区切る暖簾をひょいと上げ、顔を出してきた美女は秋水の叔母、棟区 鎬である。
いつものようにテンポの良い掛け合い。
この2人、漫才の練習でもしているのだろうか。
「鎬さん、この前の分の、残りの納品ですよ」
「ダメよ秋水。確認はしっかりしましょう。大人になってからじゃ、確認したつもり、は通用しないわよ」
「おいそれ私の台詞」
そんな鎬へ見せるように紙袋を掲げれば、ぴっ、と人差し指を立てながら鎬は真顔のままに秋水を注意する。
しかし、その言葉、祈織がこの前口にした言葉そのままである。
ネックレスを入れ忘れた秋水に対するお姉さんからの注意、の皮を被った祈織への揶揄いだ。
うーん、この美女め、顔が良いからってこのやろう。
そして秋水よ、仲が良さそうで安心した、みたいな目をするんじゃない。仲は良いと思うけどさ。
「それじゃ、俺、今から合トレだから」
「そんな、ゆっくりしていきなさいよ秋水。お姉ちゃん寂しいわ」
「それでは栗形さん、鎬姉さんの世話をよろしくお願いします」
「冷たいわ秋水。今日の外気温並じゃないの」
そして秋水は宣言通り、深々と祈織に頭を下げ、早々とバックヤードを後にした。
鎬をガン無視である。これも愛情の形なのだろうか。歪んでやがる。
私が世話を焼かれる側なのね、と呟く鎬は、何故だろう、ちょっと嬉しそうな感じだ。
まさか、秋水を言葉で責めるのも好きだが、攻められるのも好きとかいう、そんな無敵性癖じゃなかろうか。
ああ、うん。
鎬、Mでもあったな。
裏口から出て行く秋水の背中を見送りながら、思い出しちゃいけないことを思い出してしまい、祈織は遠い目をした。
「ま、ちゃんと予定があって、周りと関われるのはいいことね」
裏口のドアがぱたむと閉まると、鎬は軽くため息をつきながら、やはり少しだけ嬉しそうに呟く。
身内として、ちゃんと秋水のことを心配しているのだろう。
そのこと、伝えてあげればいいのに。
無粋なことを考えつつ、祈織は秋水から預かった紙袋をテーブルに置く。
焼きそばは、ちょっと後回しだ。
「さーて、ネックレスちゃんだーい」
そしてウキウキ気分で手袋をはめ、祈織は白銀のネックレスを紙袋から取り出しつつソファーに座る。
いつ見ても綺麗な白銀。
奥にちょっぴり青みを宿していて、アンクレットとはまた別の鋭い冷たさがまた美しい。
美人は三日見たら飽きるというが、度を超した芸術品は何度見てもうっとりできる。
手袋の上に白銀のネックレスを置く。
ああ、間違いない。
ルーペで見るまでもない。
この存在感。
この完成度。
そしてこの無駄のなさ。
これは 『ダン・ジョンさん』 の作品だと、魂で理解ができる。
手の平に乗せた究極そのものに、祈織はやはり頬が緩んでしまう。
「うーん、でもやっぱり、冬の寒さで冷やされると冷たーい」
「ん?」
心の奥に訴えかけるような美しさはいつも通りだが、手袋越しにでも分かるくらいのその冷たさに、祈織は肩を竦めた。
紙袋にそのまま入れて、自転車で風を切ってきたのだろう。
すごく冷たい。
まあ、新元素、がこのネックレスに入っているかどうかは分からないが、金属なんだから冷やされたら冷たいのは当たり前だ。
つめたーい、と呟きながらもネックレスを1本ずつ取り出していく祈織。
その後ろに、す、と鎬が忍び寄ってきた。
「冷たい?」
そして、そんな不思議なことを祈織に尋ねながら、ひょい、と鎬は紙袋からネックレスを1つ摘まみ上げてきた。
あ、素手で。
手袋してよー、と文句を言いつつ振り返れば、鎬は目の前に白銀のネックレスをぶら下げながら、不思議そうに首を傾げていた。
「まあ、冷たいと言えば、冷たい、わね?」
「そりゃそうでしょ。外から持ち込まれたばっかりなんだから。しかも紙袋だけで、ほぼほぼ裸だよ?」
さらに不思議なことを言う鎬を半眼で見つつ、祈織はツッコミを入れる。
真冬の外気でよく冷やされた金属なんだから、冷たいに決まっておろうに。
というか、鎬は素手でネックレスを持っているが、冷たくないのか。面の皮どころか手の皮も分厚いのだろうか、というのは流石に失礼だな。
鎬は摘まみ上げていたネックレスを、祈織と同じように手の平の上に乗せた。
僅かに鎬の目が細くなる。
「店長」
「うん?」
「これは冷たい、のよね?」
「……鎬さん、疲れちゃった? 今日はもう休む?」
続けて不思議ちゃんな発言をしてくる鎬に、流石に心配になってきた祈織が、ネックレスを取り出したトレーの上に置いてから改めて鎬の方へと向き直る。
鎬は2週続けて政府を相手に交渉を行ったのだ。
まあ、それは弁護士さんが凄い頑張ったから、あまり鎬の出番はなかったらしいが、それでも流石の鎬でも精神的に疲れたのかもしれない。
そうじゃなくても、この店の経営の立て直しに全力で取り組んでくれている鎬である。
店番もそうだし、海外との取引も最前線に立ってくれているのだ。
その疲労は、祈織では推し量ることすらできないだろう。
冷たいネックレスの、その冷たさをいまいち感じ取れていないみたいな鎬は、かなり疲れている可能性がある。
限界まで頑張らせちゃったとしたのなら、店長として、なによりも鎬の友人として、申し訳がなさ過ぎる。
「鎬さん、店番代わるから、ほら、こっちでちょっと横になって」
「あら優しい」
「はいはい。ほら、ネックレスも返して返して」
疲れているであろう鎬をソファーに座らせようと、ぽんぽんと鎬を誘いつつ、祈織は鎬の手にあった白銀のネックレスも没収した。
ひんやりとした感覚。
手袋越しにでも分かる冷たさ。
む、と祈織は眉を寄せる。
「あんまり暖まってない……鎬さん、もしかして冷え性? やっぱり疲れてるんでしょ?」
「とても心配されて嬉しいのだけど、店長、別にそんなに疲れてなんていないわよ」
「本当?」
「ええ」
鎬の素手に乗せられていたというのに、まだ冷たいネックレス。
それはつまり、鎬の手が冷たいということだろう。
冷え性は万病の元である。
そして、疲れていると体の末端は冷えやすくなる、ような気がする。
疑うように鎬を見れば、いつもの真顔のまま鎬が大きく頷く。本当だろうか。
「ちなみに店長、そのネックレスは金属みたいな冷たさかしら?」
「は?」
「それとも、プラスチックみたいな……あ、あら? 店長? ちょっと、急に引っ張らないでちょうだい、ちょっと?」
そして、なおも訳の分からないことを尋ねてくる鎬に、祈織はソファーから立ち上がって鎬の袖をグイグイと引っ張り、無理矢理ソファーに座らせることにした。
流石に鎬に仕事を頼りすぎたかもしれない。
ちょっと休ませなきゃ。
むー、と祈織は頬を膨らませながら鎬を睨む。
「金属なんだから金属の冷たさに決まってるでしょ! ほら、鎬さん疲れてる! 休んで休んで! これは店長命令だからね!」
「あら強引」
ぼふりと鎬をソファーに座らせて、祈織はすくりと立ち上がる。
ネックレスの検品は後回しだ。
今はとにかく鎬を休ませなくては。
あ、でもカップ焼きそばは回収しておこう。
「私が店番するから、鎬さんは座って休んでること! いいね!」
「あらあら」
そして祈織は食べかけの焼きそばを持ちながら、店の方へと足を向ける。
しょうがない、行儀が悪いけど、焼きそばはカウンターで食べよう。お客さんに見つかりませんように。
ふんす、と鼻を鳴らし、祈織は鎬と店番を交代することにした。
「冷たさの感じ方が、私と祈織で違う……?」
その祈織の背後で、鎬が小さな声で呟いていた。
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アンクレットの新元素など可愛く見えるネックレスのヤバ味という罠があります。
なお、サヨチの恋愛観はほぼほぼ被害妄想( ´-ω-)