ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

296 / 302
287『むしゃくしゃして殺った。後悔はしてない』

 人など誰も居ない家。

 暗い部屋。

 少しだけ、埃っぽい。

 その部屋のドアをゆっくりと開けた秋水は、掃除もしなきゃな、と他人事かのように考えた。

 やることが、いっぱいだ。

 身体の内側に、魔力をぐるぐると回して循環させる。

 基本的な魔力操作のトレーニング。

 色々と注文していた資材も、早いものはすでに到着していた。

 セーフエリアの大規模改修は、土日で一気に行えそうだ。その下準備をぼちぼち行わなくては。

 筋トレはそろそろ、全体的に1段階進めても良いだろう。

 ポーションで回復しながらの筋トレは、筋トレボリュームを劇的に押し上げる。重量アップが著しい。

 筋力や身体的な運動能力が飛躍的に向上しているのは、筋トレだけではなく、ダンジョンアタックを繰り返しているのも影響しているのだろう。

 ダンジョンに潜れば、ゴブリンの亜種どもの攻略をせねばならない。

 今のところゴブリンの亜種は7種類だけだが、ほかにも種類がいる可能性を警戒せねば。

 それから、黒鉄の指輪についても処遇を決めねば。

 ゴブリンの亜種も黒鉄の指輪をドロップするが、そのドロップ率は相変わらず渋い。ある意味で助かっている。

 学校は、まあ、なんとか。

 海霧のおかげで、1ヶ月以上続いていた異常事態は、少しだけ落ち着きを見せている。ありがたいことだ。

 やることは沢山ある。

 考えることは山のよう。

 独りでぼんやりしていると、嫌なことばかり考えてしまう。

 予定をいっぱい詰めていると、他のことを考えなくて済む。

 ダンジョンは、良いところだな。

 それに比べて。

 

「…………」

 

 秋水は無言で、その少しだけ埃っぽい部屋に足を踏み入れる。

 今は冬だ。

 外は寒い。

 暖房をつけていないこの部屋もまた、寒い。

 冬だから、だろうか。

 部屋に置かれたローテーブルに、秋水は手に持っていたものを静かに置く。

 帰りに買ってきた、草餅だ。

 それを3つ。

 

 写真の前に、それぞれ置く。

 

 父と。

 母と。

 妹の。

 それぞれが笑顔で写っている、それぞれの写真。

 写真の傍には、小さな箱。

 片手に乗るような、小さな箱。

 燃やされて灰になり、小さくされてしまった、元、家族。

 写真と遺骨の前に、供えるように草餅を置いてから、秋水はゆっくりとローテーブルの前に座った。

 座り込んだ。

 190センチ近い筋骨隆々の大男は、不思議と小さい。

 適当に草餅なんて買ってみたが、これは父しか喜ばないな。

 母と妹には、ケーキとか買えば良かったかもしれない。

 クリスマスのケーキが買えなくて、きっと残念だっただろうしな。

 脂質と糖の塊を食って、それでダイエットしたいとか意味が分からない。

 素直に草餅にしておきな。こっちの方が、まだ栄養バランスはマシだぞ。

 それに、どんなケーキが良いのか、正直、よく分からないし。

 ケーキというのは、どれも同じに見える。

 なんて言ったらきっと、母には殴られ、妹には蹴られただろう。

 息子が暴力を振るわれているというのに、きっと父は隅で怯えているだけで、助けてくれない。

 草餅にしておけよ。

 草餅でいいよ。

 わざわざクリスマスに、予約もしてないケーキなんて、買いに行くなよ。

 行かないでくれよ。

 なんて。

 

 やはり、座るんじゃなかったな。

 

 意味もない嫌な考えばかりが、頭に浮かぶ。

 

 ローテーブルの前に、いや、写真の前に座ったばかりだというのに、秋水は無言でゆっくりと立ち上がる。

 この部屋で、この3人の前に、初めて座った。

 でも、腰は下ろさない方が良い。

 ロクなもんじゃない。

 立ち上がってから写真を見下ろす。

 手は合わせない。

 拝みもしない。

 そんなことをしたら、本当に死んだことになる。

 本当に、過去のことに、される。

 過去として、箱に入れ、蓋をして。

 それは、反吐が出る。

 

「……なあ」

 

 ふと、声をかけた。

 返事などない。

 あるはずがない。

 短い言葉が、埃っぽい部屋に消えていく。

 

 死んだのが3人だけで、良かったってさ。

 

 そうだよな。

 良かったかもしれないな。

 他の人を巻き込まなくて、良かったかもしれないな。

 父の車で他の人を死なせたら、きっと3人とも、死んでも死にきれないだろうしな。

 死人が出て、嫌な思いをするのが糞野郎1人だけで、良かったのかもしれないな。

 ああ、いや、鎬がいるか。

 真っ当に泣き叫び、子どものように遺体に縋り付いていた、ちゃんとした人がいた。

 それに比べて自分は、涙1つも流せなかったな。

 悲しんでなかったな。

 嫌な思いすら、していなかったかもしれない。

 本当に理不尽だ。

 こんな糞野郎が生き残るくらいなら、父と、母と、妹の代わりに、自分が死ぬべきだったんだ。

 その方がきっと、世のためだっただろうに。

 ああ、でも、違うか。

 そもそも違うか。

 妹のメッセージに返信さえできていたら。

 草餅がいい、と、たった5文字でも、返信できてさえいたら。

 3人はきっと、ぶつくさ言いながらでも、リクエストに応えてくれていただろう。

 そうしたらきっと、あの時間、あの交差点には、いなかった。

 

 3人を殺したのは、俺じゃないか。

 

 代わりに死ぬべきもなにもないだろう、ゴミが。

 

 

 

 死んだのが3人だけで、良かったってさ。

 

 

 

 良くないのは、俺なんだな。

 

 

 

 草餅を置いたまま、秋水は静かに顔を上げる。

 なあ、とかけた声の続きは、なかった。

 父と、母と、妹に、声をかける資格など、あるようには思えなかった。

 人の形をした、ただのゴミだからな。

 人のフリをした、化け物だからな。

 だったら、この家に居場所は、もうないんだろう。

 帰るか。

 ダンジョンに。

 モンスターの、住処に。

 

 

 

 秋水はこの日、初めて遺影に声をかけることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おしくらまんじゅう押されて泣きそうだよこっちはオイっ!?」

 

 ダンジョン、地下4階。

 フル装備に身を包んだ秋水はやはり、こちらの方が生き生きとしていた。

 相対するは盾を持ったゴブリン。ゴブリンシールドだ。

 身の丈よりも大きな木の盾を持ち、ゴブリンの亜種の中では最もしぶとい存在である。

 いや、最もしぶといと言うよりも、最も邪魔な存在だ。

 

「そういうプレゼントの押しつけ止めてー! わりと圧を感じるー!」

 

『グギギギッ!!』

 

 極端なまでに距離を詰めてくるゴブリンシールドは、その大きな盾を超至近距離からぐいぐいと秋水に押しつけてくる。

 盾で殴るとかタックルしてくるとかではない。

 純粋に盾を押しつけるようにして、秋水を押してくるのだ。

 これがなんとも、邪魔で仕方がない。

 かなり邪魔。

 距離を取ろうとしても問答無用でずかずかと迫ってくるし、視界は塞がれるし、攻撃しようとしても攻撃を加速させる距離すら詰めてくる。

 ならば力業で押し返そうとすれば、当然ながら足を止めざるを得ない。

 とにかく秋水のヒット&アウェイ戦法を潰しにかかる存在である。

 ゴブリンシールドの術中に見事にはまってしまっている秋水は、押しつけられる木の盾を、左手で強引に押し返している。

 右手には剣鉈。

 左手には先程まで巨大バールを握っていたのだが、諸事情により手放している。

 

「あーもー! また足止められちまってるし! って、ちょっとオイ!? そっち側はヤメロよちょっとぉっ!?」

 

『グラアッ!!』

 

 左手だけとは言えど、60%の出力で発動している身体強化の魔法の補助もあり、ゴブリンシールドが押しつけてくる木の盾を力業で無理矢理押し返した。

 直後、秋水の背中を狙うかのように、左側から棍棒が振るわれた。

 棍棒兵、ゴブリンブルートだ。

 スタンダードなスペックながら、他のゴブリンとの連携が上手い楽しい奴である。

 ゴブリンシールドのせいで足を止めさせられた秋水の背後に、ぬるっと回り込んでいた。

 しかも、左手で盾を押し返していた、その左側に回り込むという嫌らしさ。

 なお、左手に握っていた巨大バールを手放した諸事情は、このゴブリンブルートである。

 単純に、ゴブリンシールドの相手をモタついている最中、挟撃してきて、棍棒で叩き落とされただけなのだけど。

 クソ厄介。

 凄い楽しい。

 

「コーティングッ!」

 

 秋水は即座に左肘の辺りに魔素反発の魔法を発動させる。

 触れた魔素を弾き返す、攻防一体のモンスター特攻魔法だ。

 そして、殴りかかってきたゴブリンブルートの棍棒を、その左肘で受け止める。

 

「ぬおっと!?」

 

 若干だけ、魔素反発の魔法の発動が遅かった。

 肘に仕込まれている衝撃吸収用のソフトプロテクターが、一瞬だけ打撃の重みを伝えてきたが、魔素反発の魔法が発動した瞬間にその衝撃が激減する。

 咄嗟の防御、間に合ったような、間に合わなかったような。

 いや、ダメージはちゃんと軽減できているから、間に合ったと考えよう。

 ポジティブ大事だ。

 秋水は殴りかかってきたゴブリンブルートに反撃するため、右手に握った剣鉈の刃筋を向け直すように構えて。

 

「こんどはこっちの――いったぁぁぁぁっ!?」

 

 剣鉈を振るうよりも先に、秋水の側頭部に鋭い衝撃が走り抜け、視界が揺れる。

 石だ。

 石を思いきりぶつけられた。

 ヘルメットなかったら大怪我じゃ済まなかった。

 いや、ヘルメットを被っていても、武装強化の魔法で防御力を底上げしていなかったら普通に大損害だし、ネックガードがなければ首が曲がってムチ打ちになっていたかもしれない。

 嫌な攻撃。

 しかも、投げつけられた石がヘルメットに直撃した瞬間、その石がぶつかる音が大音量で秋水の耳に響いてくる。

 ウルセェ。

 

「やっぱ、首の守りって大事だよな! はいないらっしゃいっ!」

 

『グ!?』

 

 投石器で石を投げつけてきたゴブリンスリンガーの位置を、目を向けることなく確認しつつ、秋水は思いきり後ろへと跳躍する。

 ぶおんっ、と秋水の前方すれすれを棍棒が通り過ぎる。

 ゴブリンブルートが追撃を仕掛けてくるタイミングを、絶妙なタイミングの投石で埋められてしまった。連携が素晴らしい、畜生め。

 棍棒を躱し、首にダメージが入っていないかを確認するように、ぐるり、と一度首を回してから、秋水は着地した足のまま腰を落として両腕を前に出すようにして構えた。

 

「相撲の真似事は土俵上でどうぞ!」

 

『ギッ!?』

 

 出した両手で、突っ込んできたゴブリンシールドの盾を受け止め、横へと流すように力の向きを変える。

 再び秋水へ押しつけてこようとした盾が受け流され、ゴブリンシールドが蹈鞴を踏むように体勢を崩す。

 ゴブリンブルート、棍棒の構え直し中。

 ゴブリンスリンガー、ゴブリンシールドが近すぎて投石できない様子。

 見ることもなく状況を俯瞰できていることを受け入れつつ、チャンスだ、と秋水は即座に判断した。

 

「ブーストッ!」

 

 右腕に残りの魔力を急いで集中させ、一気に色づけをする。

 部分強化の魔法、重ね掛け。

 そして右手に握った剣鉈を振りかぶり、左足で踏み込む。

 ゴブリンシールドは受け流された木の盾を、すぐに軌道修正させている。

 角ウサギのような跳躍による突進ではなく、あくまでも盾を構えて突っ込んできているだけなので、受け流しても稼げる時間は僅かしかない。

 いや、しかし。

 混戦の最中、少しでも時間を稼げれば、それは大チャンス。

 踏み込みながら、ゴブリンシールドに向けて剣鉈を振り下ろす。

 そして、剣鉈に流している魔力の内、武装強化の魔法で使用していない分の魔力にも色を落とし。

 

 

 

「回収っ!」

 

 

 

 発動させるのは、魔素反発の魔法ではない。

 魔素回収の魔法だ。

 いつもは戦い終わった後に、モンスターが吐き出している魔素を掃除機のように吸収するために使用している魔法である。

 魔素を弾く魔素反発とは逆に、魔素を引き寄せるための魔法であり、秋水が魔法として最初に会得した魔法でもある。

 その魔素回収の魔法を、剣鉈の刃に纏わせるように発動させる。

 そうすれば。

 

 不自然に加速した剣鉈の刃が、ゴブリンシールドの左肩にぶっ刺さる。

 

 に、と思わず秋水は口元に笑みを浮かべた。

 肉食獣のような、もしくは悪魔のような、歪な笑み。

 ゴブリンシールドの肩に食い込んだ剣鉈から、強引に魔素を回収。

 その魔素を秋水自身が取り込む前に、剣鉈の内部を流れる魔力に乗せたまま、その流れをぐるりと反転させる。

 吸い込んだ魔素を魔力の流れに乗せたまま、その魔力と魔素に一気に色を付け直す。

 魔素回収の魔法、を上書きいたしまして。

 

 

 

「大・反・転っ!!」

 

 

 

 引き寄せる、ではなく、弾く。

 魔素回収を反転させ、魔素反発の魔法へとシームレスに繋げる。

 そして、取り込み最中の魔素ごと、ゴブリンシールドを構成する魔素を、内側から弾き飛ばす。

 

 

 

 ゴブリンシールドの体が、左肩を中心に爆発した。

 

 

 

 ついでに、剣鉈も爆発した。

 

 

 

『グギャアアアアアアアァッ!?』

 

「ぎゃあああっ!? 2万4000円がぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ゴブリンシールドの悲鳴が轟く。

 何故か秋水の生々しい内容の悲鳴も轟く。

 ゴブリンシールドと共に持ち手から上が丸ごと爆散した剣鉈は、その破片がゴブリンシールドの体内へ、そして思いきり秋水へと牙を剥く。

 金属片が飛んでくるとかいう初めての攻撃に、いや自爆なのだが、秋水は思わず怯んでしまう。

 ダメージそのものは、ほとんど無い。

 ライディングジャケットとヘルメットが、飛び散る剣鉈の金属片を見事に防いでくれた。あと、地味にネックガードも文字通りガードしてくれているっぽかった。お勧めしてくれてありがとう律歌さん、実はまだ一番高いネックガード買ってません。

 はよ買いなはれー、と想像の中の律歌が手を振っている。たぶん、そんな喋り方はしないだろうけど。

 魔素反発の魔法による爆殺戦法の反動は予想していたものの、剣鉈が爆発するというアクシデントは予想外すぎて、ダメージはなくても反射的に2歩ほど秋水は後退してしまう。

 左肩を中心に胸から腕を丸ごと吹き飛ばされたゴブリンシールドが、木の盾を取りこぼしながら吹っ飛ばされ、岩肌の床を転がるのが見える。

 視界が、少し悪い。

 武装強化の魔法で防御力を底上げしているものの、ヘルメットのシールド部分が剣鉈の破片のせいで軽く傷がついたようだ。

 金属片の直撃を受けても、多少の傷、で済んでいるシールドの頑丈さに驚きだ。

 ではなく。

 2歩下がった。

 跳び退いた、ではなく、ヨロけるようにして普通に後退。

 距離が空いてしまった。

 飛んでくる。

 気配がした。

 

「うおっ、あっぶねっ――いやホント騒音攻撃やめーやっ!? そういうのはライブ会場だけにしろよ!?」

 

 距離を取って棒立ち状態に近くなった瞬間を逃すことなく、容赦なく石をぶん投げてきたゴブリンスリンガーの投石を避ける。

 いや、ぶっちゃけ避ける必要はなかった。

 ヘルメットへの直撃は偶然だったのか、秋水の背後を、投げられた石が素通りしていく。

 危ねぇな、と思った直後、その投石がダンジョンの壁にぶつかり、けたたましい打撃音が響き渡る。

 あー、もう、うるせぇ。

 その音に気を取られたら、それに乗じて突っ込んでくる気配がする。

 気配、だ。

 このタイミング、この位置取り、ゴブリンブルートしかあり得ない。

 

「そりゃチャンスと思ったら殴り込むよなっ! 俺もそうするぜっ!」

 

『ギャギャギャッ!!』

 

「なに言ってるか分かんねぇけど、気が合いそうでなによりだよっ! 異文化コミュニケーションっ!!」

 

 棍棒で殴りかかってくるゴブリンブルート。

 手にした剣鉈の残骸、持ち手の部分を手首のスナップだけでゴブリンブルートに向かって投げつけるも、小さいし軽いし勢いが弱いしで、防ぐ素振りすら見せずにゴブリンブルートに当たって弾かれる。

 完全な徒手空拳。

 だが、面白すぎる。

 棍棒の初撃を左手で防ぐようにして受け、その衝撃を流すように外へと捻って躱す。

 同時に握り締めた右の拳を引き絞り、受け流した力を利用して前に出る。

 右足で、踏み込む。

 

「ブーストッ! コーティングッ!」

 

 右腕に、身体強化の重ね掛け。

 さらに、ライディンググローブには魔素反発の魔法。

 全身の身体強化。

 部分強化。

 武装強化。

 魔素反発。

 これが、攻撃魔法の全部乗せ。

 名付けて。

 

「てんこ盛りストラアアアアアアアアアアァァイクッ!!!」

 

 ネーミングセンスが絶滅している少年の拳が、ゴブリンブルートの頭部に直撃する。

 受け流された棍棒を構え直そうとしていたゴブリンブルートの無防備な頭をぶん殴ると、まるでギャグ漫画かのような勢いでゴブリンブルートが吹き飛び、とんでもない勢いで地面を転がっていく。

 はて、容赦なく頭を爆散させるつもりで放った拳なのだが、一撃必殺には至らなかった様子。

 破壊力は抜群だが、どうやら打ち込みが甘かったようだ。

 ふーむ、美々から教えて貰ったボクシングの動画、もう少し見直した方が良いかもしれない。

 いや、彼女からはまた怯えられるようになったんだったな。

 止めておこう。怖がらせるだけだ。

 右腕を振り抜いた姿勢から、す、と秋水は左手でバールを腰ベルトより引き抜く。

 思考が余所に向きかけた瞬間に、身体が勝手に動いた。

 おっと、注意一秒怪我一生。

 

「よいしょい」

 

『ギャ?』

 

 勝手に動く身体の、その力の流れをトレースするようにして、秋水は引き抜いたバールを横薙ぎに一閃。

 硬い手応えと、破砕音。

 振るったバールが、投げつけられた石を切り払った。

 自動防御に似た、謎の動き。

 それに、目で見ていないのに、モンスターなど周囲の状況を判別できる気配察知。

 

 魔力や魔法を、『妙な力』 として扱っていた頃の感覚に、どこか似ている。

 

 考察は後だな。

 投石を切り払い、流れるようにして右手でも腰ベルトからバールを引き抜いて、二刀流の構え。

 半身を吹き飛ばされたゴブリンシールドは、いつの間にやら魔素を思いきり噴き出して死亡演出の真っ最中。

 ゴブリンブルートは一撃死こそしなかったものの、強力な一発を受けて地面の上でくたばりかけている。

 秋水は迷うことなく、ゴブリンスリンガーの方へと顔を向けた。

 直撃コースだった投石を切り払われたことに戸惑っているのか、ゴブリンスリンガーがこちらを見て静止しているのが見える。

 秋水は実に楽しそうな笑みを浮かべ、地面を蹴った。

 一瞬だけ遅れ、ゴブリンスリンガーも地面を蹴って後退する。

 いや、正確には、ゴブリンスリンガーが跨がっている角ウサギが跳躍して、秋水から距離を取ろうとする。

 角ウサギに騎乗したゴブリンスリンガー。

 遠距離攻撃に機動力が上乗せされると、実に厄介極まりない。

 だから丁寧に潰してやろう。

 

「逃げんなよ、ウサギに乗ったゴブリンちゃんよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足である角ウサギを真っ先にぶち殺し、落馬ならぬ落兎したゴブリンスリンガーをてんこ盛りキックで爆散シュートのゴールを決め、最後によたよたしているゴブリンブルートの頭をバールで陥没させた。

 ゴブリンブルートの死亡演出を確認して、秋水はようやく一息つく。

 

「回収」

 

 そのまま魔素回収の魔法を発動させ、部屋の中に散らばった魔素を吸い上げる。

 

「んあー……」

 

 気持ち良い。

 魔素を取り込むのは、身体の中の魔力がストレッチを受けているようで、すごく気持ちが良い。

 ついでに、モンスターと殴り合うのも純粋に気持ち良い。

 この心地よさが、生きているという実感を秋水に与えてくれていた。

 

「ごちゃごちゃ考えてるときは、やっぱ筋トレかダンジョンアタックに限るな」

 

 凶悪な笑みを小さく零しつつ、秋水はため息混じりに呟いた。発言が脳筋過ぎる。

 魔素を取り込む心地よさを感じつつ、秋水は一度首を横に振って、ぐるりと部屋の中を見渡した。

 ゴブリンシールド。

 ゴブリンスリンガー。

 ゴブリンブルート。

 3体のゴブリンを血祭りに上げたものの、魔素の粒子以外に残されているものはなかった。

 ドロップアイテム、なし。

 地下4階に下りてから、かれこれ20体ほどのゴブリンを惨殺してきたものの、黒鉄の指輪は1つしかドロップしていないのだ。

 やはり、黒鉄の指輪のドロップ率は、だいぶ渋い。

 白銀のアンクレットとネックレスは山ほど落とすが、黒鉄シリーズはそもそもドロップ率が低いのかもしれない。いや、黒鉄の装飾品がシリーズなのかどうかは分からないけれど。

 

「そういや、サークレットも簡単に落としたしな……」

 

 黒鉄の指輪のドロップ率のことを考えていたら、ふと、白銀のサークレットのことを思い出す。

 角ウサギが落とす白銀のアンクレット。

 コボルトが落とす白銀のネックレス。

 それらはリセットボタンで復活するボスをシバき倒したら、ドロップ率が急上昇した。

 しかしその前から、黒鉄の指輪に比べたらそもそもドロップ率は高かったのだ。

 黒鉄の指輪のドロップ率が低いのではなく、単純に白銀シリーズがドロップ率が高いのかもしれない。

 それは、未だに1つしか入手できていない、白銀のサークレットの入手確率からして、可能性は高い。

 

「…………」

 

 ふと、秋水は近くの水色を見た。

 ぽよん、ぽよん。

 我関せずと暢気にしている、デカい水饅頭、スライムだ。いつもゴミ処理ありがとうございます。

 

 この部屋には、スライムは3体しかいない。

 

 いつもは5体とか8体とか配置されていることを考えると、かなり少ない部屋に当たったようだ。

 スライムの配置数は、今のところ法則性が見当たらない。

 たぶん、ランダムなんだろう。

 なお、スライムの配置数で、最大は10体だ。多すぎると結構邪魔である。トラップモンスターとしての面目躍如といったところだろうけれど。

 逆に、最小は今のところ3体である。2体は見たことがない。

 つまり、この部屋のスライムの配置数は、恐らく最小。

 スライムを見ながら、秋水はヘルメットのバイザー表面を軽く撫でた。

 剣鉈の暴発事故で、バイザーに傷がついてしまい、視界が少し悪くなっている。

 ヘルメットのバイザーが傷ついたし、剣鉈は壊れちゃったし、スライムで処分して、新しいのを取りにセーフエリアへ戻った方が良いかもしれない。

 魔素の回収が終わった秋水は、ふむ、と呟きながら持っていたバールを両方とも腰ベルトに戻し、床に転がっていた巨大バールと、ついでに剣鉈の持ち手部分を回収する。

 剣鉈、惜しいことをした。

 内部に溜め込んだ魔素ごと弾け飛ぶとは思わなんだ。

 魔素回収からの反転での事故を思い出し、秋水は思わず渋い顔を作りながら、巨大バールを右手に持ったまま、剣鉈の持ち手を左手で握る。

 そして、持ち手だけになった剣鉈の残骸を、そっとスライムに差し出した。

 

「ほーれ、お食べー」

 

 ゆっくりとスライムに近づける。

 一定の距離になるとスライムの表面が波打って、しゅばっ、と短い触手が近づけた剣鉈の持ち手に絡みつき、その体内に引きずり込もうとしてくる。

 

 

 

 秋水は、剣鉈の持ち手を握ったままである。

 

 

 

 勢いよく引っ張られて、秋水の左腕が、ずぶずぶ、とスライムの中に埋まっていく。

 

「…………」

 

 秋水はその腕を、冷静に見下ろす。

 剣鉈の持ち手ごと、スライムの中に取り込まれていく左腕。

 スライムは、体内に取り込んだものを、無機物だろうが有機物だろうが、容赦なく溶かしていくゴミ処理天国モンスターである。

 一度取り込まれたら、力業では脱出不可能。

 手首までスライムの体内に埋まってしまった左手は、剣鉈の持ち手から手を離したところでもう、引き抜けない。

 それこそ、取り込まれている部分から先を、丸ごと切断しない限りは。

 もしくは。

 

「……死ぬか」

 

 ぽつり、と秋水は呟いた。

 無表情のまま、スライムに取り込まれていく左腕。

 前腕の半分近くまで、埋まってしまった。

 そして、なおも力強く引っ張られ、引きずり込まれる。

 このままスライムに取り込まれたら、その体内で溶かされて、死ぬであろう。

 死ねるであろう。

 ふ、と秋水の口元に笑みが浮かぶ。

 

 

 

「――またちょっと、問い直させてもらおうかねっ!!」

 

 

 

 がらりと、秋水の表情が変わった。

 身体強化の魔法は切っていない。

 武装強化の魔法も切っていない。

 自殺願望。

 冗談じゃない。

 こちらは戦闘準備が整ったままなのだ。

 

 

 

 壊れた剣鉈にだって、魔力を流しているのである。

 

 

 

「コーティングッ!!」

 

 スライムに取り込まれた剣鉈の持ち手と、そして左手のライディンググローブに流した魔力に、色を落とした。

 魔素反発の魔法。

 攻防一体の、モンスター特攻魔法。

 それは予想外の副産物に過ぎない。

 魔素反発の魔法は、武装強化の魔法と同じタイミングで編み出した魔法だが、そもそも攻防一体のモンスター特攻魔法として考案した魔法ではない。

 

 

 

 元々は、『スライム特攻魔法』 だ。

 

 

 

 スライムの体内で、爆発が発生した。

 

 

 

 次の瞬間、部屋にいた残り2体のスライムが、同時に秋水に向かって襲いかかってきた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 文字数が多くなって申し訳ない(;´Д`)

 

 美寧ちゃんの暴言は、確かに暴言だったけど、ちゃんと秋水くんの背中を押すような暴言でした。

 で、大好きです、って言葉についてはちゃんと考えているのか秋水くん。

 

 ちなみに再確認です。

 スライムは、ボスコボルトより強いです。

 そりゃそうだ。

 だってコイツ、地下7階相当のモンスターだもの。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。