ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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290『地雷をただ避けることを、優しさとは言わない』

「おはようなんだよ棟区くん!」

 

 朝の教室、両手を広げて突っ込んできた渡巻 紗綾音の背後に、秋水はぶんぶんと大きく振られている犬の尻尾を幻視した。

 ぬあっ、と奇声を上げてブロックしに来ようと海霧が立ち上がりかけるが、沙夜が抱き締めて妨害しているので立ち上がれず、ジタバタと藻掻いている。

 海霧不発。

 ついでに沙夜も無視を決め込む様子。

 えー、困るー。

 助けに来てくれなさそうな2人を見て、秋水は内心でげんなりした。

 

「おはようございます、紗綾音さん」

 

 げんなりしつつも、秋水は椅子に座りながら紗綾音に頭を下げて挨拶をする。

 無視をするのは、良くないだろう。

 紗綾音は特に、妹と似たような拗ね方をするかもしれない。

 それは、見たくない。

 そう考えてから、頭を下げたまま秋水はきょとんとしてしまう。

 何故か今、普通に紗綾音のことを妹と重ねてしまった。

 顔も似ていないのに。

 こんなに明るくもないのに。

 反応が妹によく似ているからという理由だけで、紗綾音に妹を重ねてしまった。

 それは今まで、秋水が避けていたことである。

 それを、自然に行ってしまった。

 何故だ。

 紗綾音と妹は、別人なのに。

 他人に妹を重ね合わせてしまうのは、妹のことを過去という名の箱に押し込めてしまうようで、反吐が出るほど嫌だったのに。

 なんだろう、今日はちょっと、変だ。

 

 紗綾音が同情的な態度に変わってなくて、安心してしまった。

 

 紗綾音のことを、妹のように見てしまった。

 

 なにか、変である。

 チワワがきゃんきゃんとどう吠えていようが、関係ないはずなのに。

 どうせ、ただの他人なはずなのに。

 引っ掛かるのは、何故だろう。

 疲れているのだろうか。

 馬鹿な。

 こちとらポーションとセーフエリアでの睡眠という、バグの極みみたいな回復天国でリフレッシュをしているのだぞ。

 それとも、スライムにほぼ一方的にボコボコにされた戦いが、メンタルダメージとなっているのだろうか。

 それこそ馬鹿な。

 現状では攻略手段が判明していながら、単純にこちらのスペックが圧倒的に劣っているせいで勝ち筋が見えない格上との殺し合いだったんだぞ。これほど楽しいことなどないに決まっている。最高の一戦だったじゃないか。

 クラスメイトでしかない紗綾音に対して感情が動く自分のメンタルに、秋水は軽く混乱しながらゆっくりと頭を上げる。

 満面の笑みの紗綾音が、目の前に居た。

 

「よいしょ」

 

 膝の上に、飛び乗ってきた。

 向かい合うようにして。

 秋水の首に手を回し。

 うわぁ。

 秋水の表情が盛大に引き攣った。

 

「うわあああっ! 離して沙夜! 私の女神様があの極まった黒より酷い野郎に穢されちゃうっ!!」

 

「極まった黒ってなんだよ……いや、あのバカが突拍子もないことし始めたのは分かるけど、今日は紗綾音の好きにさせてやって……え? 私の女神ってなんだ?」

 

「沙夜!? 正気に戻って沙夜!? 沙夜は女神様を護る騎士でしょ!? 裏切るつもり!? 沙夜まであの獰猛ホッキョクテディベアもどきに屈したの!?」

 

「え? 私、正気じゃない扱いされてんのか? てか騎士ってなんだ……は? 待て、もしかして女神って紗綾音のことか?」

 

 向こうで海霧と沙夜がわちゃわちゃしている。

 秋水は素早く沙夜を見た。

 海霧を拘束するように抱き締め、こちらに走り出そうとジタバタしている海霧をブロックし続けている。

 助けに来ないどころか、チワワ回収班の仲間であるはずの海霧まで妨害しているときた。

 チワワの飼い主が責任を放棄しやがった。裏切ったな。この頭のおかしいチワワに屈したというのか。

 沙夜がこのチワワを引き剥がしてくれないという現実に絶望した。

 なお、絶望の台詞が海霧とほぼ一緒である。

 

「ぬ」

 

 そして秋水が絶望している隙に、膝の上に腰を下ろすとかいう暴挙に打って出てきた紗綾音は、額を秋水の胸に押しつけるようにして身を寄せてきた。

 おいこらチワワ、距離感バグってるぞコラ。

 男子との距離感がどうのこうのと紗綾音を教育してきた律歌が見たら、きっと激怒するぞコラ。

 いや、そもそもこの光景を律歌が見たら、ウチの妹を誑かしやがって、と律歌が秋水に失望するかもしれない。

 困るんですけど。

 紗綾音のことはどうでもいいけど、ダンジョンの武器も防具もセーフエリアの改装計画もなにもかもアドバイスしてくれている凄腕優秀アドバイザーである律歌に距離を置かれるのは、本気で痛手なんですけど。

 秋水は顔を引き攣らせながら、ぽん、といつものように紗綾音の頭に手を置いた。

 

「あの、退いてもらってもよろしいでしょうか?」

 

「ヤだ」

 

 ぐりぐり、と秋水の胸に額を擦りつけながら、紗綾音は即答で断りやがった。

 なんだこのチワワ。

 ぐりぐり、と秋水も紗綾音の髪を撫でる。

 困るんですけど。

 冗談抜きで困るんですけど。

 教室中の視線が痛いんですけど。

 紗綾音に対して感情が揺れ動いたことに軽く混乱していた秋水だったが、よくよく考えたら、紗綾音の暴挙にはいつだって感情を動かされていたな、と秋水は思い出し、諦めの境地に達してしまう。

 デカくて人相悪いヤクザの膝の上に座る、人懐っこいチワワ系美少女。

 絵面が悪すぎる。

 そして沙夜は助けに来ないし、海霧は割り込んで来られない。

 終わった。

 秋水は観念したかのように、遠い目で天井を見上げる。

 

「諦めるなクソ筋肉! 紗綾音から離れる努力くらいしなさいよむっつりスケベ! あんた本当は紗綾音に抱きつかれて嬉しいんでしょ岩石巨体!!」

 

 が、沙夜に妨害されながらも必死に叫ぶ海霧の叱咤により、はっ、と秋水は正気に戻る。

 筋肉。

 そうだ、なにを諦めているのか。

 筋トレと同じだ。

 もうダメだと思った限界の先、プルスウルトラの極致に至るに必要なのは、根性である。

 諦めてはいけない。

 絶望のあまり諦めかけていた心が、海霧の声援で蘇った。ありがとう。やはり海霧はすごく良い人だ。

 なお、海霧のそれは声援ではなく、100%の罵倒である。この2人は一生噛み合わないかもしれない。

 

「紗綾音さん、律歌さんから、こういう行いは止めなさい、と言われていませんか?」

 

「膝に乗るななんて言われてないし、棟区くんにこれくらいならベタベタしてる感じじゃないもん」

 

「もん、って……」

 

 男の太ももに向かい合うように座ること自体、律歌すら予想していないレベルの暴挙、という話なのではなかろうか。

 ぐりぐり、と秋水の胸に額を擦りつけつつ、しれっと答える紗綾音に、秋水は絶句してしまう。

 ぐりぐり、と頭を撫でておく。

 

「棟区くん」

 

 その姿勢を維持したまま、紗綾音がぽつりと秋水のことを呼んだ。

 

「はい。降りてからお話を伺います」

 

「サヨチから聞いたよ」

 

 ぴた、と紗綾音の頭を撫でていた秋水の手が、止まる。

 なにを聞いたか。

 それは朝、校門のところで、すでに沙夜から告げられている。

 明確な表現こそ、沙夜は慎重に避けてくれてはいたが、その内容は、1つしかない。

 秋水の胸に額を押し当てながら、紗綾音は言葉を続けた。

 

 

 

「クリスマスのこと、本当?」

 

 

 

「いいえ」

 

 否定の言葉が、考えるよりも先に出た。

 声色が、硬い。

 紗綾音の髪を撫でていた手の、指が軽く立つ。

 まるで髪を洗うかのように指の腹が、ぎゅ、と紗綾音の頭に当たったその感触で、秋水は軽く息を飲み、指を反らせるようにして僅かに離した。

 秋水の巨大な手が、まるで頭を鷲掴みにしてくるような感覚があったはずなのに、紗綾音は秋水の胸に額を当てたまま、ピクリともしない。

 怯える様子もなく、秋水に頭を預けていた。

 

「…………クリスマス・イブです」

 

「……ごめんね」

 

 今度は声色が硬くならないように注意を払いながら、ゆっくりとした口調で、訂正する。

 クリスマスではない。

 クリスマス・イブだ。

 クリスマスにはもう、誰も居なかった。居なくなった。

 サンタクロースなんて信じてないが、クリスマスプレゼントはなかったのだ。

 もう、二度と。

 クリスマスじゃない。

 トラックが突っ込んできたのは、クリスマス・イブなのだ。

 それは間違いないし、間違えられないし、間違えてほしく、ない。

 ぐり、と紗綾音の髪を撫でる。

 後ろへと髪を梳かすように撫でた、その動きに合わせるようにして、紗綾音の顔が上がった。

 向日葵でも咲いたかのような笑顔ではない。

 真面目で、真剣な、そんな表情。

 ああ、なるほど、律歌の妹だ。

 紗綾音の表情を真正面から、そして至近距離から見て、秋水はどこかズレた感想を抱く。

 2秒ほど、紗綾音はまっすぐ秋水の目を見つめた。

 

「お父さんと、お母さんと、妹ちゃん」

 

 今度は、髪を撫でる手を止めなかった。

 無言で紗綾音の目を見る。

 

「……本当?」

 

 なにが、とは言わなかった。

 ただ、本当かの確認。

 ぐりぐりと、紗綾音の髪を撫でる。

 秋水の首に回している紗綾音の手が、微かに震えている。

 怖いのか。

 なら、離れれば良いのに。

 そういえば、事情を察しているらしい沙夜は、ここまで直接的に聞いてこなかったな、と現実逃避のように考えてしまう。

 現実など、逃避できるはずがないのに。

 本当か。

 嘘にしたいよ。

 できるなら。

 嘘だと思いたいよ。

 思うだけなら、できるけど。

 酷いことを聞くチワワじゃないか、この犬畜生。

 

 朝起きて、おはようと言う相手はいなくて、言ってくれる人もいなくて。

 

 食器の洗い物が、独り分しかなくて。

 

 お風呂は自分で溜めて、上がったら栓を抜いて。

 

 洗濯物は、自分独り分しか干されてなくて。

 

 話しかけてくれる人がいないから、自分は喋らなくなって。

 

 ただただ静かな家は、ウチじゃなくなっていくようで。

 

 ハウスとホームは、違うんだなと。

 

 毎日の、何気ない日常のなかで、容赦なく突き付けられる。

 誰も居ない。

 自分しか居ない。

 化け物野郎が、独りぼっち。

 現実こそ、本当で。

 

 

 

「――ええ」

 

 

 

 無機質な声、ではなかった。

 固い声、でもなかった。

 冷たい声、でもなかった。

 不思議なことに、秋水が頷いて返した肯定の返事は、柔らかくて、どこか苦笑いを含んだような色が滲んでいた。

 きゅ、と紗綾音の口が横一文字に閉じられた。

 じわり、と紗綾音の目に涙が浮かぶのが分かる。

 ああ、泣くんじゃない。

 この状況で泣いてみろ。こちらの社会的地位は瀕死の重傷だ。

 いや、元々社会的地位など生死不明状態か。

 ぐりぐり、と秋水は苦笑いを浮かべながら紗綾音の頭を撫でた。

 苦笑い。

 なんで笑っているんだろう。

 

「……今まで無神経で、ごめん」

 

 一瞬だけ紗綾音は顔を伏せかけるも、ぐ、と奥歯を噛んでからすぐに顔を上げ、まっすぐ秋水を見ながら謝罪する。

 最近はごめんなさいが流行しているっぽいが、意味の分からない他の謝罪とは、毛色が少し違う。

 紗綾音は時々、秋水の家族についての話題に出すことがあった。

 たぶん、それについての、ごめんなさい。

 いいさ、別に、それくらい。

 そもそもそれは、事情を説明もしていない自分が悪い。

 

 

 

 父と、母と、妹が、すでにこの世に居ないと、説明していない、自分が悪い。

 

 

 

 そうだよな。

 全部が全部、悪いのは自分自身に他ならない。

 紗綾音は立派だ。

 十分に配慮してくれていた。

 一言だって説明していないのに、家族の話題は避けた方が良い、と察してくれて、配慮し続けてくれていた。

 それは間違いない。

 間違いないのだ。

 その配慮がなければ、紗綾音は今までの十倍以上は、秋水の心の傷に指を突っ込んでほじくり回していたことだろう。

 なにも知らされていないのに、相手の傷にずっと気遣っていた紗綾音は、褒められこそすれ、非難される謂れなどない。

 ないはずだ。

 少なくとも、紗綾音が謝る必要は、どこにもない。

 

「いえ、私が教えていなかったのです。気を揉ませてしまいましたね。申し訳ありません」

 

 改めて、秋水は紗綾音の柔らかい髪を撫でる。

 少しだけ優しく。

 ガラス細工のように。

 きゅ、と紗綾音の眉間にしわが寄った。

 ああ、どうせまた、自分自身の罪悪感と、折り合いがついていないんだろう。

 大丈夫だよ。

 赦しているよ。

 そんな言葉を投げかけたところで、心のぐちゃぐちゃが、晴れないのだろうさ。

 

 妹が、そういう面倒くさい子だったから。

 

 ぽすりと、紗綾音が再び秋水の胸に顔を押し当てるようにして埋めてきた。

 一度手が離れたが、秋水はまた、ぽん、と紗綾音の頭に手をやる。

 

「……ホントだよー」

 

「申し訳ありません」

 

「こういう地雷がヤだから、もっといっぱいお喋りしよーって言ってるんだよー」

 

「口下手なものですから」

 

「今日は一緒に帰ろー」

 

「いやです」

 

 今度は撫でず、ぽん、ぽん、とあやすように紗綾音の頭を優しく叩く。

 クラスメイトの視線が痛い。

 けれど、ここで紗綾音をあやさなかったら、絶対後々面倒なことになるだろう、今以上に。

 秋水は知っている。

 紗綾音の反応は、どこまでも妹と被るからだ。

 ああ、嫌だな。

 段々と、思い出になってきている。

 いや、もう、思い出、か。

 2ヶ月近くも、前なのだから。

 

 

 

「――妹に酷く怒られた後、たまにこうやって、膝に乗ってくることがありました」

 

 

 

「……え?」

 

「罪悪感と折り合いがつかなかったんでしょうね」

 

 たぶん、だけど。

 驚いたように顔を上げた紗綾音の頭を、今度はいつも通りぐりぐりと撫でながら、心の中で付け加える。

 妹は、結構気性が荒い子、だった。

 よく怒るし。

 手が出るし。

 足も出るし。

 そして、理不尽に秋水に当たり散らし、自分の方に非があったのだと気がついたら、すぐに謝る子だった。

 ごめんなさい、と謝って。

 こちらはいつものことなので、いいよいいよ、と軽く流す。

 そうすると、それからしばらく、ベタベタと過剰に甘えてくる。

 そういう子だった。

 本当に、いらないところまで、よく似ている。

 ぐり、ともう一度撫でてから、紗綾音の目をまっすぐ見つめる。

 

「似ていて、困ります」

 

 そして、ちゃんと告げた。

 顔も似てない。

 声も似てない。

 性格も似てない。

 だけど、紗綾音の反応というのは、妙に妹と似ているから、困るのだ。

 思い出すから、困るのだ。

 

「…………」

 

 紗綾音は一瞬だけ目を見開いてから、ゆっくりと俯いた。

 紗綾音といると、いやでも妹のことを思い出す。

 だから、ちょっと距離を離したい。

 口にはしないが、察してくれるだろう。

 これで疎遠になってくれたら最良なんだけど。

 そう思いながら秋水は紗綾音を見下ろして。

 

 

 

「――やだ」

 

 

 

 顔を上げていた紗綾音が、まっすぐに秋水を見つめて、はっきりと拒絶の言葉を口にした。

 え、と思わず秋水は疑問符を零してしまう。

 

「棟区くんが家族の話を振られたくないって理由、よく分かったよ」

 

 少しだけ涙を溜めた目のまま、紗綾音は僅かに苦笑いを浮かべながら秋水の目をまっすぐに見る。

 

「……棟区くんが私のこと避けたがってた理由も、なんとなく分かったよ」

 

 首に回されていた手が、ゆっくりと秋水の頬を包むように当てられる。

 わ、と教室の中で何人か、特に女子の黄色い悲鳴が上がったのが聞こえた。

 ぎゃぴゃ、と海霧の口から女の子らしからぬ断末魔が聞こえた気もした。

 

 

 

「でも、だからって棟区くんと距離を取るのは、なんか違うんだよ」

 

 

 

 そんな周囲の声など全く気にすることもなく、紗綾音は秋水だけを見つめ、はっきりと口にした。

 

「私、棟区くんとお友達になりたいのは、本気だもん」

 

 涙を溜めたまま、紗綾音は続ける。

 そうですか、と反射的に返そうとした言葉を、秋水は飲み込む。

 紗綾音は友達になりたいだろうが、秋水にはその気がない。

 友達という存在は、いつか裏切る。

 そんな考えが染みついている秋水にとって、友達になりたいという紗綾音の言葉は、全く響いてこない。

 しかし。

 

 

 

「ここで引いたら、たぶん一生、棟区くんを腫れ物みたいに扱って付き合うことになっちゃう」

 

 

 

 紗綾音の言いたいことが、分からないわけでは、ない。

 ああ、なるほど。

 逆効果ということか。

 苦笑いから悲しそうな表情へと曇っていく紗綾音の髪を、いつもよりも優しく撫でながら、秋水は内心でため息を漏らす。

 沙夜から聞かされたのは、事故のこと。

 父と、母と、妹が、死んだこと。

 それを知った紗綾音が、気を遣って距離を置いてくれることを期待した。関係が疎遠になって、そのまま卒業式を迎えられたら最良だと考えた。

 しかし、逆効果。

 真実とは、関係性にブレーキを掛けてくれるどころか、アクセルを踏んでしまったようだ。

 気を遣って距離を置くのを、紗綾音は良しとしないのか、面倒な。

 なで、と紗綾音の髪を撫でながら、秋水は苦笑いを浮かべる。

 その苦笑を見て、紗綾音はもっと、悲しそうな顔になった。

 

「棟区くんは今、一人になっちゃダメだよ……」

 

 すり、と秋水の頬を撫でながら、紗綾音は小声で呟いた。

 ダメと言われてもな。

 自分は独りになりたいのだが。

 

「独りになっちゃ、ダメなんだよ……」

 

 そう考えてしまった秋水の内心を察したのか、紗綾音は再び呟いてから、そっと秋水の頬から手を離した。

 膝の上に女子を座らせているとかいう、この地獄のような体勢から解放してくれるのだろうか。

 秋水はそんな期待と共に、ほっと安堵の息を漏らし。

 直後、ぱしんっ、と秋水の頬を挟み込むようにして叩かれた。

 痛くはないが、キョトン、と秋水は目を丸くする。

 

 

 

「――よしっ! これから私、全力で絡むことにするね、シュースイくんっ!!」

 

「……はい?」

 

「はいって言ったねっ!」

 

「違います」

 

 

 

 まさか今まで全力じゃなかったのか、と秋水は戦慄した。

 なお、沙夜に抱きかかえられていた海霧が、いつの間にか口から泡を吹いて気絶していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「死んだ妹」ではなく、「生きていた妹」を思い出す。

 同じようだけど、ベクトルが全然違う。

 

 このチワワは基本的に、どう支援するのが正しいか、とは考えていません。秋水くんを完全な独りぼっちにしちゃいけない、という直感だけで動いています。

 ペットセラピー( ´-ω-)

 

 次話は、チョコレートに添えられていた美寧ちゃんの手紙、という話。

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