秋水くんを裸にひん剥いて、ボディビルのポージングを2時間くらいぶっ通しで披露してもらい、それを間近で鑑賞しながらお触りしたって、たぶん許されると思う。
質屋 『栗形』、開店早々。
栗形 祈織は引き攣った笑顔を浮かべたまま、内心では怒りの炎を燃やしていた。
「おはよーございまーす!」
「うわ出た」
開店直後、何故か来店してきた陽キャ全開のキラキラ少女に、祈織は思わず本音をぽろりしてしまった。
青で統一されたニット帽にダッフルコート、長い黒髪を犬の尻尾の如くゆらゆら揺らして質屋の扉を開け放ったのは、確か渡巻 紗綾音といったか。
秋水の同級生、なかなかの美少女。
元気いっぱいで明るい紗綾音は、祈織が苦手としている陽キャそのものである。
「わーい、祈織ちゃん久しぶりー!」
「いらっしゃいませ、抱きついてこようとすんな帰れー」
店内を掃除しようとしていた祈織に向かって、ばっ、と紗綾音は両手を広げながら突っ込んできた。
この陽キャ、人懐っこい大型犬か。
ニコニコ笑顔で抱きついてこようとする紗綾音を、祈織は嫌そうな顔を隠すことなく手にした掃除機を突き出して抱きつきを防ごうとしたが、紗綾音はそれをひらりと躱し、ぎゅ、と横から祈織を抱き締めた。
暑い。
鬱陶しい。
潰れる。
おっぱい押しつけんな。
来店からシームレスに発生した攻防に即座に負けた祈織は、ぬいぐるみの如く紗綾音に抱き締められながらジタバタ藻掻く。
「今日も祈織ちゃんは小さくて可愛いねー」
「このヤロウぶっ殺すよ?」
「こら、物騒な言葉は使っちゃダメなんだよ」
「こんな扱いされたら物騒な言葉の1つや2つ、零れても仕方ないと思わないかなポジトロン無限軌道ちゃんが」
「え? ポジトロン? なに言ってるの祈織ちゃん?」
「君が言い出したことなんだよなぁ!?」
コミュニケーション開始20秒、やっぱりコイツ苦手だ。
改めて認識した祈織がジタバタしながら、カウンターに座ってノートパソコンをかたかた叩きながら横に置いたタブレットと睨めっこをしている美女に助けを求める。
「し、鎬さーん、ヘルプー!」
「店長、掃除が終わったら梱包作業よ。新しい国が名乗りを上げてきたわ。発表前なのに、良い嗅覚をしているみたいね」
「助けてって言ってるのが聞こえないのかなぁ!?」
カウンターで作業を継続する美女、棟区 鎬は、紗綾音に襲われている祈織を一瞥することすらなく、無情にも仕事の指示を飛ばしてくる。鬼か。
その会話に紗綾音はふと顔を上げ、鎬を見る。
鎬の存在に今更気がついたようだ。遅いだろ。
顔を上げた紗綾音は、初対面である鎬に物怖じすることなく、にぱっ、と明るい笑顔を向けた。
「こんにちは! お邪魔してます!」
「ええ、いらっしゃい。ウチの店長と遊んでくれているのね、ありがとう」
「This is 失礼だよなぁ!?」
元気に挨拶する紗綾音に、にこり、と営業スマイルを浮かべた鎬が無礼千万な暴言を口にする。
少し顔を上げたものの、鎬はすぐにノートパソコンとタブレットへと視線を戻して作業を継続していく。これは頼れない。
くそぅ、新しいルートから交渉を持ちかけられてきたとかなんとか言ってたから、たぶん本当に忙しい感じなんだろう。真面目に仕事をしてくれているから、文句がとても言いづらい。
「ね、ね、祈織ちゃん、あの鎬さんっていう人、すんごい美人さんだね! 女優さんとかモデルさんとか?」
「それでも十分やっていけそうだけど、鎬さんはウチの優秀なアルバイトですー」
「え、さっき祈織ちゃん、軽く顎で使われてなかった?」
「言うんじゃないよ悲しくなるから!? 立場逆転してるのは自覚してるから傷をエグらないでほしいんだよなぁ!?」
離せ、と祈織は紗綾音の脇腹をぺちぺちタップするが、紗綾音は気にすることなく祈織を抱き締め、あまつさえ祈織の頭に頬を乗せてくる。重いから。
ほえー、綺麗な人ー、と鎬に見蕩れるように紗綾音が呟く。
まあ、気持ちは分かる。
鎬はヤバいくらいの美人だし、背も高いし、スタイルも抜群だし。
同じ女として、圧倒的敗北感である。
ついでに、抱きついている紗綾音の胸の感触に、祈織は追加で敗北感を覚えている。
中学生にすらスタイルで負ける悲しみ。
ちくしょー。
祈織は遠い目をしながら世の不条理を呪った。
「こ、こんにちはー」
と、そのタイミングで、質屋の扉が再び開いた。
走ってきたのか、息を切らして入ってきたのは、紗綾音と同じく青で統一されたニット帽とダッフルコートを身に纏った、長い黒髪の少女。
紗綾音とお揃いファッションだが、その紗綾音よりも1回り、いや3回りくらいは身体が小さい。
来店してきたその少女を見た途端、ぱぁ、と祈織の表情が明るくなった。
「わぁん! 律歌ちゃんいらっしゃーい! 助けてー!」
「わぁ! すみません! 早速ご迷惑をおかけしてー!」
渡巻 律歌。
紗綾音の姉。
140㎝前後という祈織と同じくらいに小さい律歌に、祈織は半泣きになりながら助けを求めた。
祈織に抱きついている紗綾音を見て、ぎょっとした律歌は慌てて駆け寄ってきてくれた。頼りになる。
「こら紗綾音! 離れなさい!」
「えー、祈織ちゃん可愛くてちっちゃくて、抱き心地が良いんだよー」
「祈織ちゃんじゃなくて祈織さんね!?」
駆け寄ってきた律歌は、素早く紗綾音の手を掴み、てきぱきと紗綾音を祈織から引き剥がす。実に慣れた動きである。
紗綾音も律歌には逆らうつもりがないのか、若干ぶー垂れながらも素直に手を離してくれた。
「ふー。助かりましたよ律歌ちゃん」
「ご迷惑おかけしてすみません」
紗綾音から解放された祈織は、一息ついてからお礼を口にすると、律歌は申し訳なさそうに頭を下げる。
常日頃から紗綾音に振り回されていそうな、そんな苦労人の気配をヒシヒシと感じてしまう。
苦労してるんだな、と祈織はニット帽越しに律歌の頭をナデナデした。
「2人が並ぶと可愛さ倍増だねっ!」
せっかく律歌の登場にほっこりしたのに、紗綾音が祈織と律歌の頭をまとめてぐりぐり撫でてきた。
「律歌ちゃん、一回だけこの子シメていい?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
試しに聞いてみたら、律歌はひたすら頭を下げる。
くそう、律歌の手前、紗綾音を邪険にしづらい。
「ちなみに2人とも、今日はどうしたの?」
頭を撫でてくる紗綾音の手を、ぺちり、と払いながら、祈織は律歌に尋ねた。
この質屋は、つい先程開店したばかりだ。
そんな開店直後に、高校生と中学生が来店してくるほど、悲しいかなこの質屋には若者向けの目玉商品などない。
なにか用事でもあったのだろうか、と思って聞いてみたら、紗綾音に頭を撫でられたままの律歌の目が、ふら、と気不味そうに逸らされる。
「いえ、あの……」
「近くに用事があったから、ついでで遊びに来たんだよっ!」
「よし、律歌ちゃんを置いて紗綾音ちゃんはさっさと帰ろうね」
言葉を選ぼうとした律歌が喋るより先に、紗綾音が堂々と言い切った。
ここは質屋であって、子どもの遊び場じゃない。
祈織は即座に紗綾音に向けて、しっしっ、と野良犬でも追い払うかのように手を振る。
「酷くないかな?」
「律歌ちゃんはゆっくりしていいからね。コーヒーでも出そうか?」
「お姉ちゃんと扱い違いすぎじゃないかな?」
律歌は歓迎なので手を握ってブンブン振れば、異議申し立てのように紗綾音が今度は律歌に後ろから抱きつく。
祈織と握手をしつつ紗綾音に抱き締められ、はは、と律歌は乾いた笑いを漏らした。
「そう言えば、流石にシュ……棟区くんはいないんだね」
姉を抱き締めながら、ふと顔を上げ、店内を見渡してから紗綾音が呟いた。
ぴくりと、その呟きに律歌が震えるように反応した。
いや、大事な商売パートナーだけど、毎日入り浸ってはいないよ。祈織は律歌のわずかな様子に気がつくことなく、呆れたように紗綾音を見る。
「さすがにね……まあ、今日は昼くらいに来ると思うよ?」
「ありゃー、それじゃあ入れ違いになっちゃうね。残念無念だよ」
そっかー、と軽く流す紗綾音を見るに、会えたらラッキー、くらいの感じなのだろう。
特に用事はないのか、と祈織は軽く流すことにして。
「ん? あなた、秋水の知り合いなのかしら?」
流さなかったのは、助けに来なかった薄情者、鎬である。
ノートパソコンのキーボードを叩く手を止め、顔を上げた鎬は、どこか驚いたような表情で紗綾音を見ていた。
ああ、そうか。
鎬と紗綾音は完全に初対面だから、同級生であるということも知らないのだった。
「友達だよ!」
「あら珍しい」
胸を張りながら堂々と断言する紗綾音に、鎬はいつもの真顔に戻って考えるように顎を撫でる。
秋水の友人にしては、紗綾音は珍しいタイプなんだろう。分かる。
というか、友達だと紗綾音は断言しているが、秋水からは結構塩対応だった気がするのだが、気のせいだろうか。
「鎬さんも棟区くんの知り合いさん?」
そして会話を続けるように、紗綾音が逆に鎬へと尋ね返した。
さすが陽キャ、一発で名前を覚えた挙げ句、ちょっと近寄りがたい雰囲気の鎬にも全く物怖じしていない。どういう神経しているんだろうか。
ふむ、と鎬が鼻を鳴らす。
「そうね。私は棟区 鎬、秋水のお姉ちゃんよ」
いや叔母さんでしょ。
表情を変えず、しれっと自己紹介をした鎬に、内心でツッコミを入れつつ祈織はじとりとした目を鎬に向けた。
以前にも似たような自己紹介をされた律歌は、乾いた苦笑いを漏らしている。
律歌の時のように、秋水の女よ、と嘯かなかっただけ、まだマシだろうか。
まあ、秋水も姉さん呼びしているので、訂正するまでもないか。
祈織は軽くため息をつきながら呆れたように肩を竦める。
「――え?」
しかし、紗綾音は何故か、呆気にとられた表情になった。
「棟区くんのお姉さんって、え? でも、棟区くん……」
そして、何やら驚きつつ、紗綾音は戸惑っている。
なんだろうか。
そりゃあ、鎬は秋水とは似ても似つかない外見だけれど、そんなに驚くことだろうか。
どうしたのかと祈織は紗綾音を見上げると、同じく不思議に思ったらしい律歌もまた紗綾音に抱き締められながらも紗綾音を見上げる。
「……なるほど」
だが、戸惑いの目を向けられている鎬の方は、それでなにかを察したかのように頷いて返した。
「まあ、正確には秋水の父親の妹なの。秋水の親戚で、お姉ちゃんポジションというやつね」
そして、何故か普通に自白した。
どういう心境の変化か。
祈織と律歌は揃って鎬の方を見る。
なにやら鎬と紗綾音で通じているものがあるらしく、口を挟めそうもない。
というか、この人、本当に意地でも『叔母』と言わないな。
「お姉ちゃんポジション……っていうことは、シュースイくんの家族なんだね!」
「ん?」
紗綾音がぱっと目を輝かせ、どこか嬉しそうに鎬へ尋ねる。
勢い余って、ぎゅ、とより強く抱き締められた律歌は、わずかに眉を顰めた。
ぴく、と鎬の眉も一瞬跳ねたが、こちらは変わることなく真顔のままだった。
なんだろう、暖房をしっかりつけているはずなのに、ひんやりとした雰囲気が祈織の頬を撫でた、ような気がする。
「……そうね。秋水は私の大事な……とても大事な、家族よ」
表情は変わらず、鎬は感慨深そうに頷いた。
それに対し、紗綾音の表情がさらに明るくなる。もしくは、どこか安心したように。
「そ、そっか! なら良かった! 良かったよ!」
なにがだろう。
祈織は鎬へ向けていた視線を、再び紗綾音へと戻す。テニスのラリーでも観戦しているかのように、祈織と律歌の視線の動きは完全にリンクしていた。
「あなたは、秋水の友達なのね」
「うん、友達なんだよ!」
「そう。仲良くしてあげてね」
「もっちろんだよっ!」
そして淡々と会話を交わしながら、鎬はノートパソコンとタブレットの画面へと視線を戻した。
どことなく、穏やかな声。
ちょっと意外だ。
鎬もまた、紗綾音みたいな騒がしい陽キャは好まないと勝手に想像していたのだが、意外と紗綾音には好意的な様子。
「なんか、通じ合ってるっぽい?」
「ですね」
もう一度紗綾音と鎬を見比べてから、祈織が首を傾げれば、同じく2人を見比べた律歌が頷いた。
紗綾音と鎬で通じ合っている共通言語があるようだが、それが分からず仲間外れにされている気分である。
いいもーん、私には律歌ちゃんがいるもーん。
律歌の手を握っていた祈織は、仲よさそうな2人へ見せつけるように、きゅ、と律歌に抱きつく。
「……あの、暑いです」
「律歌ちゃんは体温高めなんですねー」
「祈織ちゃんだろうとお姉ちゃんは渡さないぞー」
祈織と紗綾音の2人から抱きつかれた律歌は、困ったように苦笑いを零す。
本当に暑いのか、律歌はダッフルコートの特徴的なボタン、トグルボタンをもそもそと開けて熱を逃がそうとしている。
律歌は可愛いが、さすがに好き勝手に抱きついて暑い思いをさせるのも可哀想かな、と思って、祈織は若干名残惜しそうに体を離し。
きらりと、律歌の胸元で鈍く輝くブラックメタリック。
反射的に祈織の視線が下がった。
ネックレスのように、首に掛けられた紐。
リングホルダーは使用せず、その紐に直接通されたアクセサリーが、律歌の胸元で光ったのだ。
指輪だ。
ブラックメタリックな、渋い指輪。
シンプルな作りは自己主張が激しくなく、非常に落ち着いた雰囲気である。
「おー、お洒落さんですね」
装飾品などの貴金属に目がない祈織は、その指輪をまじまじと見下ろしながら律歌を褒める。
お洒落だ。
それに指輪の作風が良い。
抱き寄せられるくらいの近さだが、この距離でも存在感はずっしりある。だが、ごちゃごちゃと喧しくない。とても丁寧に作られた指輪なのが見て取れる。
ぱっと見だけれど、安物ではないであろう。
良い指輪だ。
思いきり律歌の胸元を凝視している祈織を見て、律歌はワンテンポ遅れて指輪のことを言われたことに気がついたのか、は、と目を丸くした。
「あ、そ、そうですか!? いえ、あの、きょ、恐縮です……」
そして律歌は、きゅ、と首から下げたその指輪を握り、顔を赤くしながら口籠もる。
あれ、なんだろ。
顔を赤らめて慌てたような反応を示した律歌に、祈織はきょとんとする。
ふむ、青春の香りを感じる。
ははーん?
ほほーん?
ほー?
にま、と祈織の口の端に笑みが浮かぶ。
「綺麗な指輪ですねー。誰かからのプレゼントかなー?」
「い、いえ!? プレゼント……でも、変な意味はなくてですね!?」
「大事な人からのプレゼントだもんねー」
「紗綾音!?」
「ほほーう。律歌ちゃんは青春を謳歌してるんですねー」
「青春って、いえ、紗綾音が変なこと言ってるだけなので……」
「指輪見て毎日ニヤニヤしちゃってさー。可愛い妹が嫉妬しちゃうんだぜー」
「紗綾音は余計なこと言わなくていいからね!?」
なるほど、律歌は青春真っ盛りのようだ。
その指輪はたぶん、意中の人からプレゼントされたものだろう。
いや、指輪をプレゼントって、それはもう両想いでしょ。
もしかして付き合ってる感じだろうか。さすが女子高生。恋人がいるなんて、さてはカースト上位勢か。とか言ったら、それは律歌に失礼か。
揶揄うように祈織が律歌に尋ねれば、それに合わせるように紗綾音も面白がってうりうりと律歌を突く。
青春だ。
青春の香りがする。
好きな人から指輪のプレゼント。素敵じゃないか。
アクセサリーには特別な想いが込められる。
その指輪はきっと、特別な意味があるんだろう。
にまにましながら祈織は律歌の胸元に顔を近づけた。
「てことは、彼氏さん、結構背伸びしたんじゃないですか?」
「か、か、か、彼氏じゃないです!?」
どれどれ、と祈織は律歌の首に掛かっている紐を軽くなぞる。
ただの革紐だ。
ちらりと見た指輪の質と比べたら、随分と質素というか、釣り合いが取れていない。
ネックレスにするのにリングホルダーを使っていないのを考えると、これは指輪を単体で貰って、それを律歌が自分で革紐を通してネックレスにしたのだろう。
なにそれ素敵。
それってつまり、彼氏さんから指輪を直接贈られたってことじゃないか。
甘酸っぱいを通り越している。
今時の高校生って、そんな簡単に指輪をプレゼントしちゃうのだろうか。
いや、律歌の口ぶりからして、彼氏ではないのか。
彼氏じゃないのに、指輪を贈られたということなのか?
どんなニヤニヤ状況だそれ。
完全に告白現場で、律歌はその指輪を大事に身につけていることから、きっと告白を受けたに違いない。
それじゃあ、やっぱり彼氏さんじゃないか。
交際だ。
交際したんだこいつら。
祈織は顔を上げて、にへ、と表情を崩す。
祈織自身は低身長の童顔という呪いのせいで恋人なんぞできたことはないが、同じ低身長の呪いが掛けられた律歌に春が訪れたのなら、それは全力でおめでとうである。
恋愛話が大好きな紗綾音と祈織に挟まれて、律歌は自身の逃げ場がないことを悟った。
「背伸びって……もしかして、お姉ちゃんのコレって、結構イイやつ?」
「そりゃあ、ね」
あわあわと慌てている律歌を抱き締めつつ、紗綾音がそんなことを尋ねてきた。
なんだ、彼氏さんは価値や価格を伝えていないのか。
いや、まあ、プレゼントする指輪の値段なんて、普通は伝えないか。
きょとん、としている紗綾音を見て、祈織はすぐに納得した。
「ぱっと見ただけでも結構良い感じの作りだったしね、律歌さんと同じ年だとしたら、かなり無理したんじゃないかな?」
「うわ、あのヤロー……」
素材が何なのかはともかく、加工精度だけをぱっと見ても安物ではない。お値段6桁にぎりぎり収まるかどうか、という感じか。いや、店の利益を考えたら、7桁に手が届いているだろう。
同じ高校生がバイトで稼いで買ったのだとしたら、それは随分と頑張ったに違いない。
うんうん、と祈織が頷いていると、紗綾音は何故か呆れた顔になっている。相手側に対して思うところがあるようだ。
しかし、祈織の分析に、ぎょっとしたのは律歌だった。
「え、え!? これって高いんですか!?」
「まあ、安くはないですね。でも、新車で車買うよりはずっと安いですよ、きっと」
「すごい高いってことじゃないですか!?」
紗綾音と同じく価値を把握していなかったらしい律歌が、跳び上がるほどに驚いている。紗綾音が抱きついてなかったら、本当に跳び上がっていたかもしれない。
ふむ、と祈織は一度鼻を鳴らしてから、わざとらしく肩を竦める。
「そうですね。では、ちゃんと鑑定してみましょう。律歌ちゃん、ちょっと見させてもらってもいいですか?」
「は、はい」
ちゃんと鑑定したわけではないので、実はよく作られたおもちゃ、という可能性も十分ある。
少し確かめてみようかな、と律歌に尋ねてみれば、律歌は少し緊張した様子でおずおずと紐に通した指輪を見せてくれた。
わずかに手が震えている。
そういえば、高級腕時計も触るのが怖い、と言っていた。
高価な物を身につけるのは恐怖を感じるタイプなんだろう。可愛い。
「ではでは、ちょっと失礼して……」
祈織は再び律歌の胸元に顔を近づける。
革紐に通されたままの指輪。
ブラックメタリックな金属。
光を返す輝き方が、とても均一。
シンプルな作り。
そして静かに、されどずっしりとした、魂に訴えかけるような、圧。
「…………」
思わず祈織は真顔になった。
「……あ、あの?」
「祈織ちゃん?」
指輪を見た瞬間に固まってしまった祈織に、律歌は不安そうに、紗綾音は不思議そうに、それぞれ顔を覗き込んできた。
は、と祈織は我に返る。
「あ、す、すみません。これは――」
顔を上げ、律歌を見る。
そういえば律歌が最初に来店したのは、秋水に連れられて、だった。
へー。
ほー。
ふーん。
やはり祈織は真顔になってしまう。鎬の超省エネ表情筋が乗り移ったのかもしれない。
「……あの、ちょっとルーペとか取ってきていいです?」
「え? あ、はい」
その真顔のまま律歌に一度断ってから、祈織はカウンターまで小走りで向かう。
ちらり、とカウンターで鎬に一瞥されたが、我関せずという風に鎬の視線は再びノートパソコンの方へと向けられた。
これはちょっと、バレたら面倒なことになりそうだから、丁度いい。鎬には是非とも仕事に集中してもらいたい。
祈織はカウンターの下に仕舞っている白い手袋を素早くはめ、ルーペを手に持って再び律歌のもとへと小走りで戻る。
「お待たせしました。拝見いたします」
客に対するように、祈織は丁寧に律歌へ一礼してから、改めて律歌の首から提げられた黒鉄の指輪をそっと手に取った。
軽い。
手にした瞬間に、祈織の脳内で黒色金属の比重が一覧で表示される。
軽いが、金属の範疇。
しかし、だとしたら輝き方が妙だ。何故鈍いのか。
塗装だろうか。
違うな。
祈織は真剣な表情のまま、黒鉄の指輪に顔を近づける。
塗装だとすれば、『上に乗っている』感じがしない。
だが、塗装じゃなければ、光の反射がおかしい。
まじまじ見るほど、違和感が強くなる。
そして、その違和感は、ここ最近馴染んできた違和感で。
「…………」
祈織はそっと、ルーペを指輪にかざし、覗き込む。
研磨痕、なし。
切削痕、なし。
継ぎ目、なし。
あー、と祈織は小さく声を上げた。
予想通り過ぎる。
そして、扱いに困る。
そろり、と祈織はゆっくりと顔を上げた。
目の前には、この指輪をプレゼントされた、恋する少女。
背後には白銀のアンクレットの売買を取り仕切る、秋水大好きな仕事人間。
悔しいことに、どうしたのー? と首を傾げている紗綾音の存在が、一番平和ときた。
ごくり、と喉を鳴らしてから、ちょいちょい、と祈織は律歌を手招きする。
耳を貸せ、というジェスチャー。
恐る恐ると律歌が顔を近づけ、耳を寄せてくる。
ついでに紗綾音も耳を寄せてきた。お前に用はない。
はぁ、と祈織は小さくため息をついてから、鎬に聞こえないように小声でそっと律歌へ耳打ちした。
「――この指輪、もしかして秋水くんからのプレゼントですか?」
「ひゃええぇ!?」
せっかく小声で確認したのに、律歌の可愛らしい悲鳴で鎬が顔を上げてしまった。
――――――――――――――――――――――――――――――
紗綾音:秋水が完全なる天涯孤独じゃないと知って嬉しい。
鎬さん:秋水の事情を知って、秋水の孤独に対して気を遣っている友達がいてくれて嬉しい。名前呼びは不問としよう。
律歌さん:なんで紗綾音が秋水を下の名前で呼んだのかとモヤる。
祈織、頑張れ!