可愛らしい悲鳴を上げた律歌の口を、ぱしっ、と祈織は手で塞いだ。
「もご」
律歌の鳴き声が止んだのを確認してから、慌てて祈織は振り返る。
ノートパソコンの画面から顔を上げた鎬と、ばっちり目が合ってしまった。
「どうかしたかしら?」
「な、なんでもないよ鎬さん! お仕事の邪魔しちゃってごめんごめん!」
「店長、あなたも仕事中なのよ」
「あはは……はーい」
しっかり釘を刺してから、鎬は再びノートパソコン、ではなく今度はタブレットの方へと視線を落とした。顔を上げて喋っている最中も、キーボードでなにか入力しているところが鎬らしい。
危ない危ない、気づかれるところだった。
鎬の様子を見てから、祈織は改めて律歌と紗綾音に向き直る。
「もごもご」
「どったの祈織ちゃん?」
律歌はなにか喋ろうとしているが、祈織に口を塞がれて喋れない。
その律歌に抱きついている紗綾音は、なんだか不思議そうに首を傾げていた。
はぁ、と祈織は一度ため息をゆっくりと吐き出し、ちらりと律歌の胸元を盗み見る。
黒色金属で作られた、シンプルなデザインの指輪。
加工精度が異常すぎる、そんな指輪。
ぱっと見で、削り跡がない。
切削痕も見当たらなければ、継ぎ目すらない。
人の手で加工された痕跡が、どこにもない。
どこまでも均一で、滑らかな光の反射。
作られた、と言うよりも、生み出された、と表現した方がしっくりくるその加工技術は、祈織にとって見覚えがありすぎるものだった。
こんなアクセサリーを作れる職人が、世に何人も居るとは思えない。
黒鉄の指輪は、きっと 『ダン・ジョンさん』 の作品に違いない。
「……もう一度聞きます。この指輪を贈ったのは、秋水くん、ですね?」
祈織は声を潜め、律歌に問い直した。
口を塞がれている律歌は、顔を真っ赤にしながら、ふら、と視線を逸らす。
その反応で色々察してしまったが、確認を取るように祈織は紗綾音の方へと目を向ける。
あのヤロー、と言っていたことから、紗綾音は黒鉄の指輪の送り主が誰なのか知っているだろう。
視線を向けられた紗綾音は、きょとん、とした表情だ。
「うん、棟区くんだよ?」
「!?」
素直に答えてくれた紗綾音に、律歌はぎょっとした表情。
そうか。
やっぱりか。
あの筋肉、やってくれたな。
祈織は遠い目をした。
「あー……」
どうしたものか、と考えながら、祈織はゆっくりと律歌の口を塞いでいた手を離す。
「あ、あの、誤解なんです……」
「誤解もなにも、棟区くんからのプレゼントじゃーん」
「そ、そうだけどっ、そういう変な意味じゃないっていうか、その」
「はいはい」
「紗綾音ぇ……」
喋れるようになった律歌が、顔を赤くしながらボソボソとなにか言い訳しているが、祈織はそれを右から左へ聞き流す。
ああ、うん、青春だ。
青春の香りがする。
律歌はやはり、秋水に惚れちゃっているのだろう。甘酸っぱいことだ。
秋水の方はどうだろうか。
その気があるのかないのか。
指輪なんて特別な意味がありそうなものを贈った以上、全くの脈なしとは思えないのだが、秋水だしなぁ、とも思えてしまう。
なんともドギマギする青春だ。
なるほど。
若いっていうのは良いね、うん。
それが 『ダン・ジョンさん』 の作った指輪じゃなければ、なお良かった。
新作じゃん。
絶対に新作じゃん。
しかも、素材が違う。
アンクレットやネックレスやサークレットに使用されている、月夜のような白銀じゃない。
宵闇を墨にしたような、薄くて鈍いブラックメタリック。
されど相変わらずの超加工。
一目見ただけで魂に訴えかけてくるような存在感。
まさに神の御業。
「ふぅー……」
祈織はゆっくり、そして長く息を吐き出す。
胸の奥で、イラァ、と濁った感情がある。
怒りだ。
嫉妬と言っても良い。
うん。
あの歩く筋肉大博覧会め。
『ダン・ジョンさん』 の新作あるなら、真っ先に見せてくれたっていいじゃんっ!!
商売のパートナーだと思ってたのに!
アンクレットもネックレスもサークレットも、ウチの専売じゃないの!?
なんで見せてくれてないの!?
新作できたよって、一言くらい相談あっても良かったよね!?
なんで私には無言で、律歌ちゃんにプレゼントしちゃうかな!?
しかも律歌ちゃん乙女の顔しちゃってるし! なんなのあの筋肉プレイボーイ! 誠実そうな感じなのに女子高生誑かしちゃう子だったの!? 指輪はマズいでしょ!? なにやってんの秋水くん!? アンクレットの取り扱いで、鎬さんてんてこ舞いだったんだよ!? なんで私たちには相談なしで、律歌ちゃんに渡しちゃうかな!?
ていうか、見たいっ!!
観察したいっ!!
触りたいっ!!
いつもと違う金属で、相変わらずな超加工!
できるんだったら、じっくりうっとり眺めたいっ!!
でもなー。
さすがに律歌ちゃんの首から奪い取るのもなー。
秋水くんからのプレゼントで、絶対大事にしてるっぽいもんなー。
1時間くらい鑑賞させてください、とかいくらなんでも言えないよねー。
うーん。
「なんか、祈織ちゃんがすごい顔してるんだよ」
「こら、祈織さん、でしょ」
感情のジェットコースターに百面相していると、それを物珍しそうに紗綾音が見て、律歌が小声で注意する。
うん、律歌は良い子。
これで指輪を取り上げるのは、いくらなんでも可哀想だ。
見たいけど。
手に取りたいけど。
でも、さすがに。
す、と祈織は大きく息を吸う。
「……秋水くんも、粋なことしますねー」
にこり、と祈織は律歌へ笑顔を向けた。
見事に引き攣っていた。
「お邪魔しました」
「祈織ちゃんと鎬さん、またねー」
「律歌ちゃんはいつでも来てくださいね。そこの陽キャは早く帰れ帰れ」
2人は本当に顔を見せに来ただけだった。
売ることもなく、買うこともなく。
軽く雑談をして、お昼ご飯の前にはさようなら。
『ダン・ジョンさん』 の新作である、黒鉄の指輪も共にさようなら。
心の中では「もっとじっくり見せてー」と叫びつつ、祈織は口端をピクピクさせながら手を振って、渡巻姉妹を見送った。
2人が去って、ぱたむ、と扉が閉まった瞬間、祈織は盛大なため息を1つ。
「幸せが逃げるわよ」
「ぅわーい! 仕事ができるって幸せだーい!」
ノートパソコンとタブレットの画面から目を離さず、そのため息にツッコミを入れる鎬に、祈織はヤケクソ気味にテンションを上げる。
黒鉄の指輪が鑑賞できなかったのは残念だ。
でも、新作がある、と分かっただけでも収穫だと考えよう。
とりあえず、今度あの生きるマッスルミュージアムに問い詰めるとしようじゃないか。
律歌にどういう意図で贈ったのか。なんで自分には新作の話を教えてくれなかったのか。まだ他に世に出していない作品はあるのか。そもそも売ってくれるのか。尋問したい内容はいっぱいある。
祈織はこそっと小さくため息をついてから、ちらりと鎬の顔色を窺った。
「……店長、掃除」
「おおっと、そうだった」
祈織の視線を感じ取ったのか、やはり顔を上げずに鎬は短く指示を飛ばしてきた。気配察知能力が凄い。
慌てて掃除道具を取りに戻ってから、改めて祈織は鎬の様子を盗み見る。
渡巻姉妹が来店中、鎬はずっとパソコンの方に張り付いていた。
たぶん、黒鉄の指輪のことには気がついていない、はずだ。
律歌が指輪を首から提げていること自体は、女3人でわちゃわちゃ騒いでいたから耳には入っているだろうが、少なくとも、それが 『ダン・ジョンさん』 の新作アクセサリーであることまでは気がついていないだろう。
祈織は顰めっ面をしてから、黙って掃除の残りを始める。
鎬にはまだ、黙っていた方が良いだろう。
黒鉄の指輪があること。
新作を律歌に横流ししていること。
しかも、自分たちには黙っていたこと。
それらを鎬が知ったら、秋水がどんな拷問に掛けられるか、分かったものではない。
きっと、めっちゃ怒られるであろう、秋水が。
そしてブラコン、いや甥コンとでも言うべきか、秋水大好き人間である鎬が、秋水が律歌へ指輪をプレゼントした、なんて知ったら、嫉妬で発狂するかもしれない。
さすがにちょっと、かわいそう。
祈織は再び、静かにため息を吐いた。
仕方がない。
鎬にチクるのは、事実確認してからにしよう。
「感謝してくださいよ、秋水くん……」
遠い目をしながら祈織が呟くと、そのタイミングで、ぱたん、と鎬がノートパソコンを閉めた。
ぴゃ、と短い悲鳴と共に祈織が跳び上がる。
「店長、ちょっと早いけれど、今のうちに休憩を頂いてもいいかしら?」
「うぇ? あ、休憩? いいよいいよ、ちゃんと休んでくださいね。鎬さん、休憩とか言いながら仕事してることあるんだから」
「大丈夫よ。商談はもうまとまったわ」
「早ぁ……」
まだ12時にはだいぶ遠いが、鎬は休憩に入るようだ。新規ルートの商談とやらが一区切りついて、タイミングが良いのであろう。
商談やら交渉やらは鎬に全部任せきりであるので、ぶっちゃけ祈織は進行状況を把握できていない。
鎬がまとまったと言うのならば、きっと商談がまとまったのだろう、たぶん。
特に引き留める理由はないので、どうぞどうぞ、と祈織は休憩を促した。
現状、過労で鎬が倒れたら、この質屋は確実に傾く自信がある。
力になれなくて申し訳がなさ過ぎる。
「そうだわ店長、裏にパソコンの古いハードディスクが転がってたわよね」
「あー、うん。あるある」
カウンターの椅子から立ち上がりながら、鎬がふと質問を口にした。
パソコンのハードディスクドライブ。通称HDD。
旧式の記憶装置であるそれを、以前持ち込んできた客がいて、どうすんだこれ、と思いながら買い取った記憶がある。
しかもその客、HDD以外にも、様々なパソコンパーツを、何故かバラバラで持ち込んできたのだ。
ウチは質屋なんだけどなー、と内心で思いながら買い取ったので、ちょっと印象が強い。
「あれ、私が買ってもいいかしら?」
「え?」
買い取ったときのことを思い出していると、しれっと鎬が不思議なことを言う。
HDDの単体。
しかも、接続用のケーブルもなし。
さらに言えば、旧式。
そんなものだけを買って、なにに使うというのか。
祈織は首を傾げる。
「いや、いいけど……なにに使うの?」
「秘密よ。いくらになるかしら?」
「タダでいいよ。ぶっちゃけ扱いに困ってたし」
「無料はダメよ。仕事には責任を持ちなさい」
「そうは言ってもなぁ……」
倉庫で埃を被っていたのは事実である。
まあ、ああいうものは別口で買い取ってくれるところがあるので、スマートフォンやパソコンなどの電気製品は、ある程度溜まったら売りに出す予定ではあった。
電気製品や電子機器は、中に天然の鉱石よりも高い濃度の金や希少金属が含まれているので、持ち込む先さえ間違えなければ、壊れていようとも意外と高く売れるのだ。
都市鉱山、というやつである。
「んー……じゃあ、500円」
「分かったわ。後で入金するわね」
「はーい」
適当な値段で即決された。
鎬はノートパソコンをカウンターの上に置いたまま、タブレットを持って足早にバックヤードの方へと引っ込んでいく。
パソコン用品なのに、ノートパソコン置いていくんだ。
祈織は不思議に思ったものの、すぐに頭を切り替え、店内の掃除を再開した。
「さーて、鎬さんにバレる前に、秋水くんに問い詰める内容を考えなきゃね」
鎬がHDDを欲しがった理由は特に気にすることなく、祈織は黒鉄の指輪という面倒事を改めて考えることにした。
『ダン・ジョンさん』 の新作。
それを秋水が黙っていた。
白銀ではなく黒鉄という別の金属。
相変わらず素晴らしい作り。
しかも指輪という、アクセサリーとしては特別な意味がある品。
それを律歌に横流ししていた。
律歌は確実に秋水に惚れている様子。
秋水はどういう意図で渡したのか。
もしも秋水と律歌が両想いなら、クラッカーを鳴らしておめでとうと祝わねばならない。
逆に特に意味もなく、律歌の純情を弄ぶという最低な感じだったら、これはしっかり叱らなきゃいけない。
でも、どちらにせよ、『ダン・ジョンさん』 の新作を黙ってプレゼントしたことは、ちょっとジェラシーを感じているので、八つ当たりはさせてもらう。
ただし、秋水大好きな鎬には気づかれないように。
「面倒なことになったなぁ……」
祈織は改めて、深く深くため息をつくのだった。
「4種類目のアクセサリー、ね」
なお、鎬には普通にバレている。
バックヤードに入った鎬は、目的のHDDをテーブルに置き、工具を使ってそれを分解しているところであった。
「面倒事が面倒になる前に、検証だけは済ませましょうか」
秋水が入手した新しい装飾品が、今までの白銀とは違って黒鉄であるという時点で、新たなる面倒事の予感を鎬はヒシヒシと感じ取っている。
まったく、秋水は一体どこから拾ってきているのだろうか。
HDDの外装を開き、鎬は苦笑を1つ漏らした。
あの小娘に贈った指輪もまた、『ダン・ジョンさん』 とかいう架空の存在が作ったと、秋水は必死になって言い訳するのだろう。そのときは、まあ、ストレス発散としてちょっとイジメてあげるとしよう。
秋水は、なにに首を突っ込んでいるのだろうか。
白銀のアンクレットも、ネックレスも、サークレットも、そして恐らく黒鉄の指輪というのも、どれも現代科学では計り知れない超常的な産物だ。
それを大量に持ち帰ってくることができるとなれば、まず間違いなく、秋水は常識の範疇外のことに関わっているのだろう。
それが何かは、知らない。
知らないが、それに関わってから、沈んでいた秋水の感情に再び灯が灯ったのは、確かなのだ。
きっと、ろくでもないことに首を突っ込んでいるのだろう。
でも、それで秋水の心が救われているならば、文句などない。
秋水が元気に生きていてくれるのならば、文句など、あろうはずがない。
鎬はただ、そんな秋水を護る。
それだけでいいのだ。
だから、ちょっと言葉でチクチクとイジメるくらいは、甘んじてもらおうじゃないか。
必死に下手くそな言い訳を考えて百面相をしている秋水は、なんというか、可愛いのだから。
「……さて」
少しだけセンチメンタルなことを考えながら、鎬は精密ドライバーでHDDを手早く分解する。
数分後、テーブルの上には、半月型の強力なネオジム磁石が2つ並んでいた。
HDDの中には、小型でも非常に強力なネオジム磁石が組み込まれていることを知識として知っていて助かった。弱い磁石では検証しづらいからだ。
「場末の質屋も、たまには大学の実験室みたいなことをするものね」
誰に聞かせるでもなく呟きながら、鎬はピンセットを手に取った。
テーブルには分解されたHDDの他に、ピンセット、アルコール綿、そして次の新商品である白銀のネックレスが置かれている。
白銀のネックレス。
秋水が2番目に持ち込んできた装飾品。
祈織曰く、アンクレットとはまた別の合金でできた、細い鎖。
来週から実験的にとある国へ優先的に販売を開始して、アンクレット内から発見された新元素の大々的な発表後、本格的な販売を行う予定の、新商品。
そして、鎬が触れたときと祈織が触れたときでは、熱の伝わり方が違う、不思議な金属。
鎬は純白の手袋をはめてから、ピンセットで白銀のネックレスを摘まみ上げる。
ぷらん、とネックレスは重力に従って垂れ、揺れた。
重力に従っている。
つまり、既存の物理現象に準じている。
これは、よい。
知っていることだ。
そのネックレスを、直接肌が触れないようにピンセットで摘まんだまま、テーブルに置いたネオジム磁石へと近づけた。
カチリ。
小さな音を立て、白銀の鎖は磁石へと素直に吸い寄せられる。
予想通りの挙動だ。
「普通に引かれるわね」
祈織が言っていたとおり、コバルト系の金属を思わせる反応だ。
強磁性を示すなら、磁石に吸い寄せられるのは不思議なことではない。
鎬はしばらくそのまま眺めてから、ピンセットで白銀のネックレスを摘まんだまま磁石から引き剥がす。
流石はネオジム磁石というところだろうか、ピンセットで引き剥がすのは多少手間取ったが、磁石に引かれた白銀のネックレスはちゃんと剥がせた。
これもまた、問題ない。
鎬は無言で手袋を外し、テーブルの上にピンセットを置く。
そして、今度は細い指先を白銀の鎖へ伸ばし、そっとネックレスを掴んだ。
それから、再びネックレスをゆっくりとネオジム磁石へと近づけて。
ふわり、と軽く浮いた。
「…………」
鎬の動きが一瞬固まる。
磁石から反発した。
いや、反発と言うべきだろうか。
鎬はゆっくりとネックレスをそのまま磁石に下ろしていくが、磁石の上、数㎜ほどの位置で、ネックレスは透明な台に置かれたかのように、空中で静止してしまう。
指先を横へずらす。鎖には触れたままだが、少なくとも重さを支える方向には力を掛けない。それでもネックレスは落ちなかった。
先程は、吸い寄せられた、はず。
性質が反転したのか。
だが、反発とは、違う。
磁石の同じ極を近づけたように、磁場に沿って滑り落ちる感じがしない。
本当に、ネオジム磁石の上で、ネックレスが静止しているのだ。
「なるほど」
鎬の目が、わずかに細くなる。
磁場に沿って落ちるでもなく、弾かれるわけでもなく、どこか落ち着きの悪い位置で、不自然に宙に浮くネックレス。
今度は、ゆっくりと鎖を引っ張った。
はっきりとした、抵抗を感じる。
まるで、見えない硬いゴムで磁石と繋がれているかのような、強烈で奇妙な抵抗感。
空中でネックレスが固定されているかのようだ。
おかしい。
普通ではない、挙動だ。
鎬は一度、指を離した。
すると白銀のネックレスは、何事もなかったかのように、チャリ、と音を立てて磁石へと張り付く。
もう一度、触れる。
ぬる、と磁石にくっついていた白銀がうねり、位置を変える。
ネックレスが磁石から離れるように逃げた後、安定したのか妙な位置で固定された。
固定、である。
そこから白銀を引っ張り、磁石から引き剥がそうとする。
固い。
おかしい。
ピンセットで摘まんだ状態だと、引き剥がせる程度だったはずなのに。
手を離す。
安定していたはずの位置から、ネックレスはネオジム磁石に吸い寄せられる。
三度目。
空中から鎬が鎖を持った状態で磁石に下ろす。
最初と同じ結果。
四度目。
磁石にくっついた状態から、ネックレスを鎬が持って引き剥がそうとする。
二度目と結果は同じであった。
バックヤードは静まり返っている。
掃除はもう終わったのか、店の表からは掃除機の音は、もうしない。
聞こえるのは、鎬が呼吸を整える僅かな音だけだ。
白銀のネックレスを見下ろしたまま、鎬はゆっくりと息を吐いた。
「……最も避けたかった結果を、見事に撃ち抜いてくれたわね」
鎬の漏らしたその一言には、驚きも興奮もない。
あるのは、確認できてしまった、という静かな重さだけだった。
自分が触れていないとき、このネックレスはただの磁石に吸い寄せられる金属にすぎない。
だが、指先が触れた途端、磁場に対する振る舞いが変わる。
それは偶然とも、気のせいとも呼びづらい反応だった。
鎬は白銀のネックレスを、そっと摘まみ上げる。
祈織が触れても、白銀のネックレスはただ冷たい金属のままだった。
しかし、自分が触れたときだけ、冷たさの伝わり方が変わり、磁石に対する挙動までおかしくなる。
自分と祈織、なにが違うのか。
「年齢、同じ。性別、同じ。体格、そんなもので説明がつくとは思えないわね」
ぶつぶつ呟きながら、鎬は白銀のネックレスをテーブルへと置く。
その横顔はいつもの無表情に戻っていたが、目だけが、先程までより明らかに深く沈んでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――
白銀のネックレスは、磁石にくっつくのと反発するのを自在に切り替えられる金属だよ! 新元素すら置き去りにする性質だよ! やったね!
……理系の人は、その性質が具体的にどうヤベェかは、沈黙していてね(;´Д`)