昼を大きく過ぎた時間、秋水は絶体絶命のピンチに陥っていた。
「さて、秋水くん、お姉さんに言うことはありますか?」
「……ナンノコトデショウ?」
質屋 『栗形』 のバックヤード。
そこに置かれたソファーに座って、大きい体を小さく縮こめている秋水は、だらだらと冷や汗を流していた。
目の前には、この質屋の店長、栗形 祈織。
秋水の真正面に立ち、腕を組んで秋水のことを睨み付けている。
なお、座っている秋水と立っている祈織の目線の高さは、悲しいことに同じくらいであった。
「秋水くん?」
名前を呼ばれた。
気不味すぎて、す、と秋水は目線を逸らす。
ぽん、と秋水の頭に手を乗せられた。
なでなで。
じょりじょり。
祈織が秋水の丸刈り頭を優しく撫でた。
恐る恐る秋水は祈織の方へと視線を戻す。
祈織の目は、欠片ほどにも笑っていなかった。
「律歌ちゃんに、指輪なんて洒落たプレゼントをしたそうじゃないですか、色男の秋水くん?」
頭を撫でながら、平坦な声で祈織が尋ねる。
スライム以上に活路を見出せず、秋水はただただ冷や汗を垂れ流すのだった。
ジムでたっぷり筋トレして、ダンジョンのセーフエリアへと帰って一眠りした秋水は、午前中のダンジョンアタックを行わなかった。
ゴブリンの亜種どもとの戦闘は楽しい。
様々な職種のランダムな組み合わせ。
角ウサギに乗っているか、乗っていないか。
地下2階や地下3階と違い、戦闘の1回1回で立ち回りや戦略を大きく変えなくてはいけない。
松明兵のファイアブランダー、槍兵のランサー、投石兵のスリンガー。この3体が全員角ウサギに騎乗して登場したら、たぶん1ミスでこちらが殺されてもおかしくないだろう。
めちゃくちゃ楽しい。
ヒリヒリする。
今は戦闘の数をこなして、この危険度上位の3体が組み合わさるまでリトライしたい気分だ。
だが。
だがしかし。
そんな楽しいゴブリンとの戦闘を、秋水は控えた。
基礎固めである。
律歌よりご教示いただいた、7層構造による畳フローティング計画。
防湿シートと防振ゴムはすでに敷いていたので、秋水は起きてから黙々と鋼製束の設置を行っていた。
この土日で、セーフエリアの改造を一気に仕上げるつもりである。
じっくりやろう?
バカ言ってはいけない。
「……階段の上、思ってた以上に寝づらいんだよなぁ」
セーフエリア改造計画により、スペース確保のために持ち込んでいた諸々を地下2階へと続く階段の方へと退避させたが、寝床である布団を階段へ退避させたのは、かなり痛手であった。
寝づらいのだ。
とにかく寝づらいのだ。
階段は想像していたよりも幅が狭く、少し寝返りを失敗したら下へ下へと転がり落ちてしまう。
しかも岩肌。
裏面が大惨事になっていた畳はスライムに食わせてしまったので、岩肌の上に布団直敷きである。
硬い。
狭い。
故に寝づらい。
じっくり丁寧にやっている場合ではない。
秋水はダンジョンアタックを返上して、午前中は人間重機としてセーフエリアの改造計画を推し進めた。
「えーっと、これをこうして……」
鋼製束の設置場所を決めてから、ガンガンと単管パイプと呼ばれている金属フレームを組み上げる。
そして、単管パイプはクランプで次々に固定。
いくら秋水が馬鹿力とは言えど、普通なら1人で行う作業ではない。
しかし、秋水には魔法があった。
身体強化の魔法である。
4倍とまではいかなくとも、最大出力で3倍以上の身体強化を行える秋水は、疲労を一瞬で消し飛ばすポーションとの合わせ技により、まさに人間重機として大暴れした。
手慣れない作業にモタついたのは最初だけで、慣れてしまえば爆速で作業が進む進む。
「っと、こんなもんか」
昼はとうに過ぎてしまったが、頑張った甲斐あって秋水は金属フレームまで一気に組み上げてしまった。
防湿シート。
防振ゴム。
鋼製束。
そして律歌の指示通りに組み上げた単管パイプ。
鋼製束を設置して金属フレームを組み上げる、という最大の難所を乗り越えた秋水は、謎の達成感に包まれていた。
これがDIYの沼というやつか。
こっちの世界にいらっしゃいませー、とインパクトレンチを持った律歌が笑顔で手招きしている姿が思い浮かぶ。幻覚である。
「置いてるだけだってのに、全然ビクともしねぇな。すげぇ……」
秋水は試しに組み上がった金属フレームを上から押してみるが、ビクともしない。
横方向へと力を掛けてみるも、やはりしっかりしている。
身体強化に部分強化を重ね掛けして、全力でドロップキックを横方向にぶちかましたら違うだろうが、逆に言えばそれほどでなければ大丈夫ということだ。
自重とゴムの摩擦と力の分散だけで、こんなに頑丈になるのか。
「……建築ボンド、どうすっかな」
秋水はセーフエリアの隅に転がっている、業務用の建築ボンドをチラリと見る。
律歌には言われていなかったが、足場の固定として接着するものがないのは不安だったので、単管パイプなどと一緒に購入した建築ボンドだ。
下手に鋼製束を接地面に固定すると、荷重が集中してしまう恐れがあるというのは頭では分かっているが、防振ゴムと鋼製束の摩擦だけで浮いた床を支えるというのは不安だったのだ。
が、取り越し苦労。
建築ボンドはいらない子になってしまった。
家の方に置いておくか、スライムに食わせるか。
素人の意見は挟み込まず、律歌の言う通りにしておくべきだったと反省しつつ、秋水はぐいっと伸びをする。
あとはエキスパンドメタルを上に敷き、中板を敷き、最後に樹脂畳を乗せれば完成だ。
いや、正確にはちゃんと水平になったかを確かめて、微調整する最終工程があるか。
そして、畳スペースのところに布団やローテーブルや棚を設置する必要がある。
3畳分という極省スペース。
だが、ちゃんとした自分のスペース。
まさに、ウチ。
「ま、先に栗形さんところに納品にでも行くかー」
秋水は一瞬浮かんだ感想に苦笑いを浮かべてから、休みの日恒例のドロップアイテム納品任務を行うことにした。
「あ、秋水くん、いらっしゃーい。ちょっとこっちまで持って来てもらっていいですか?」
「はい」
で、秋水は死地に赴いてしまった。
質屋 『栗形』。
バックヤード。
言いつけ通り裏口から入った秋水は、祈織に言われるまま白銀のアンクレットをいっぱい詰め込んだコンテナ箱と白銀のネックレスを入れたリュックサックを持ち、のこのことテーブルのところまで持っていた。
バックヤードに居たのは祈織。
鎬はどうやら表の方に居るようだ。
祈織はソファーに座り、せっせせっせと段ボールに白銀のアンクレットを詰め込んでいる真っ最中だった。
段ボールにクッション材を敷き詰め、そこに白銀のアンクレットを入れ、さらにクッション材で隙間を埋め、段ボールの蓋を閉め、ガムテープで封をする。
手慣れている。
ソファーの後ろには、山と積まれた梱包済みの段ボール。
大変そうだな、と秋水は若干の後ろめたさと罪悪感を抱きつつ、コンテナ箱をテーブルの上へと置いた。
なにも考えずに秋水が白銀のアンクレットをこの質屋に持ち込んだせいで、祈織は大変な目に遭っている。
鎬という厄介者がバイトとして入ったり、アンクレットから新元素が検出されたり、そのせいで問い合わせや注文が殺到したり、明らかに変な外国人が客のフリして質屋を嗅ぎ回ったり。
挙げ句の果てには、白銀のアンクレットの取り扱いを巡って日本政府がしゃしゃり出てきた。
どれもこれも、元を辿れば秋水のせいだ。
しかも、白銀のネックレスやサークレットという、追加の爆弾まで持ち込んでしまった。
そういった事情もあって、どうにも祈織に対しては罪悪感がつきまとうのである。
「大変そうですね」
「大変ですけど、仕事があるのは良いことですよ」
思わず心配そうに秋水は祈織に声を掛けたが、祈織はあまり疲れた様子もなく、あっけらかんと返してきた。
まあ、仕事がなければ、店は潰れてしまう。
鎬が介入する前まで、切り盛りしている質屋が倒産寸前だった祈織が言うと、説得力がまた違う言葉だ。
「鎬さんが言っていましたよ。売り上げは全てを癒やす、ってね」
「ああ、はい。経営や事業におけるほとんどの悩みや問題は、業績が向上することで自然と解決に向かうという経験則を格言化したものですね」
「秋水くんは物知りですね」
「鎬姉さんに昔、そういう格言も叩き込まれました」
「同じ被害者でしたか……」
しみじみと同情されてしまった。
しかし、その格言を知っているということは、鎬は本気で祈織に対して経営についての勉強を教え込んでいるということだろう。
本当に祈織のことを気に入っている様子に、秋水は少しだけ安心してしまう。
鎬は敵を作りやすい女である。
そんな鎬と仲の良い仲間がいて、ちょっとだけほっとした。
「まあ、色々大変なのは本当ですけど、利益も凄いですからね。これぐらいの苦労なんてへっちゃらです」
祈織は梱包の終わった段ボールを後ろの山に積んで、テーブルの目の前を軽く片付けてから、自分の方へとコンテナ箱を引き寄せた。
売り上げは全てを癒やす。
もしくは、利益は全てを癒やす。
白銀のアンクレットから新元素が検出されてから、祈織は確かに様々な苦労や困難を背負い込んでしまった。
しかし、それに見合うだけの、あるいはそれ以上の利益が発生している。
だから気にするな、と祈織は暗に伝えたかったのだろう。
さらりと気を遣われたことに、秋水はどことなく肩の荷が下りたような気分になる。
ハイリスクを背負った以上は、現実的に可能な限りのハイリターンを狙いに行く。
かつて白銀のアンクレットに対する経営戦略を、鎬はそのように定めた。
ちゃんと、ハイリターンを、掴めているようだ。
コンテナ箱を開け、中にぎっしり詰まったアンクレットに、おー、と祈織が嬉しそうな声を上げているのを見下ろしながら、ほ、と秋水は一息ついた。
「今週もたっぷりですね! ああ、まだ2日しか経ってないのに、ネックレスの方もあるじゃないですか!」
「頑張ったそうです」
「さすがは 『ダン・ジョンさん』 ですね!」
リュックサックの方も確認した祈織は、少しテンションを上げていた。
もう1ヶ月くらいは見続けている商品だから、見慣れてしまっているだろうに、納品の度に祈織はドロップアイテムの出来に興奮している。
やはり、女性はアクセサリーとかが好きなんだな、と秋水は思ってしまう。
そういえば、律歌も美寧も、黒鉄の指輪には喜んでいてくれたし。
「とりあえず、ちゃちゃっと数を確認しますね」
「はい、お願いします」
白い手袋をはめながら、いそいそと祈織はリュックサックから紙袋を取り出し、中を確認し始める。
一昨日、納品し忘れていた分を持ってきたので、白銀のネックレスは量が少なめだ。
「相変わらず綺麗ですねー」
「そのようですね」
「秋水くんはアクセサリーとか興味ないんですか?」
「まあ、残念ながら」
テーブルの下からトレーを取り出し、その上に1本ずつ白銀のネックレスを紙袋から取り出して載せていく。
白銀のネックレスの方に目をやりながら、世間話のような祈織の質問に、秋水は軽く頭を掻きながら少し困ったように返した。
これだけアンクレットやらネックレスやらを大量に納品しているにも関わらず、秋水自身はアクセサリー系統には全く興味がないのである。
それを祈織にハッキリ伝えるのは、どことなく居心地が悪い。
しかし、なんとなく予想していたのか、ですよね、と祈織は秋水に目を向けることなく軽く頷く。
「筋肉こそ装飾品ですもんね」
紙袋から最後のネックレスを取り出して、カシャリ、とトレーに置きながら、祈織は軽く言う。
やはり祈織、筋肉フェチなんじゃないか疑惑。
秋水は半歩ほどじわりと下がった。
その秋水へ、ちらり、と祈織が視線をやった。
「そういえば、サークレットはないんですね」
「あー……」
秋水は少しだけ言葉を選ぶ。
緑色の宝石が埋め込まれた、白銀のサークレット。
スライムからのドロップ品である。
日本政府との交渉会議前、1つ持ち込んだサークレットは、確か交渉材料に使うとかなんとかで鎬が確保していた。
その後、ボコボコにされながらもどうにかこうにかスライムを1体撃破して、白銀のサークレットはもう1つ入手している。
しかし、3つ目以降はいつ入手できるか分からない。
スライムが強いからだ。
力も速度もスライムが上で、リーチの長さでも勝ち目はない。魔素反発の魔法を駆使して、どうにかして1体倒せるか、くらいである。
アンクレットやネックレスのように、今のところは安定して供給できるわけでもないので、さらに入手した1個は持ってこようかどうしようか、若干迷っていた。
「もう1個だけあるんですけど、持って来た方が良いですか?」
ここはどうするか、素直に尋ねてみれば、祈織の目が明らかに輝いた。
「是非とも! あの宝石はじっくり観察してみたいです!」
「かしこまりました。明日でよろしいですか?」
「はい!」
祈織は力強く頷いた。
嬉しそうにニコニコしているのを見るに、本当に嬉しそうだ。
やっぱりアクセサリーが好きなんだな、と秋水は軽く考えて。
「ついでに黒い指輪も鑑定したいですっ!!」
「――――」
ひゅ、と秋水は息を飲んだ。
幻聴だろうか。
うん、きっと幻聴だ。
黒い指輪?
なんのことだろうね?
秋水はゆっくりと目線を逸らす。
祈織はニコニコと笑顔である。
だが、何故だろう。
目が笑ってない。
「秋水くんが出し渋ってる 『ダン・ジョンさん』 の新作指輪、凄い見たいですっ!!」
な、何故バレた!?
ぶわ、と冷や汗が噴き出すのを、秋水は自覚した。
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何故バレた、じゃないんだわ( ´-ω-)
この第8章、残り3話です。
本当は30話くらいで終わる予定だったのに、ゴブリン、律歌さんの脳破壊、美寧ちゃんの脳破壊、などなど色々と話(文字数)が膨らみに膨らみまくって、結局50話近くになってしまった。秋水くん壊しすぎて草。
話をコンパクトにまとめる技術をどうにかしなくては……(・ω・`)
スポーツの日前の土日は、岐阜県関市は刃物祭り!