さて、困ったことになった。
ダンジョンは地下4階。
ただいま時刻は午後8時を少しだけ回ったところ。
秋水は疲れたように座り込み、頭を抱えていた。
「やっぱり、出ねぇ……」
その言葉には、どこか絶望の色が混じっている。
顔を上げてみれば、部屋の中をスライムが5体ほど、ぽよんぽよんとしていた。
地下4階のモンスター、ゴブリンの姿はない。
つい先程、最後のゴブリンスカーミッシャーをぶっ殺したからだ。
死亡演出で放たれる魔素の煌めきはすでになく、部屋にはスライムと秋水しかいない。
もしくは、ない。
質屋から逃げ帰り、セーフエリアのDIYを後回しにして、秋水は急いでダンジョンアタックに繰り出した。
地下2階、白銀のアンクレット、大量ゲット。未知の新元素とかいう爆弾の塊だ。
地下3階、白銀のネックレス、そこそこゲット。鎬がヤバそうな秘密を握っている新たなる厄介事だ。
そして地下4階。
黒鉄の指輪、ドロップ、なし。
「鎬姉さんの分が確保できねぇ……」
焦らずゆっくりで大丈夫、と言われたにも関わらず、秋水は明日にでも黒鉄の指輪を用意しておかなくては、と意気込んでいた。
トラウマの対象である鎬の分を後回しにする勇気がなかっただけ、とも言える。
だが、ゴブリンからのドロップ率は相変わらずの激渋で、成果なし。
どうする。
祈織に売却するのを後回しにして、3つ目の指輪を鎬に渡すか。
恐らく、祈織がギャン泣きする。
困る。
ならやはり、祈織に売却して、鎬にはもうちょっと待ってもらうか。
幼い頃から受け続けた鎬の折檻が、秋水の脳裏を過る。
怖い。
ならばやはり、明日の昼までに黒鉄の指輪をもう1つ入手しなくては。
だが、ゴブリンはケチである。
くそう。
「……どうする、最終手段に打って出るか?」
秋水はジェットヘルメットのバイザーを開き、部屋の奥、出口の方を見た。
黒鉄の指輪のドロップ率は、かなり低い。
5日間ダンジョンアタックをして、3個しか入手できていないくらいだ。
となると、明日の昼までに4つ目の黒鉄の指輪を入手できない可能性がある。
それは、ちょっと困るのだ。
ならば。
確率を上げるしかない。
ポーションを飲み、カロリー、もとい、栄養素を腹の中に詰め込む。
明るい洞窟の中、バイク装備に身を包み、フィナンシェを10個ほど口にねじ込んでいく大柄な中学生。なかなかにシュールな光景である。
「やっぱ洋菓子がカロリー摂るには一番手っ取り早いか」
袋から取り出したフィナンシェを、秋水は片手でぎゅっと圧縮してから食べる。フワフワ食感などいらん。
もぐもぐしてから、地面に置いていたリュックサックよりプロテインドリンクを取り出して、口の中に流し込む。
食事というよりも、完全に栄養摂取という作業の図。
「さてと」
最後にホワイトチョコレートをバリバリ食べ、ゴミをビニール袋に入れてから立ち上がる。
これでざっくり2000キロカロリーくらい。栄養摂取は終わりだ。
体の調子を確かめるように軽くストレッチ。問題なし。
それから外していた腰ベルトを装着し、ライディンググローブをはめ、ジェットヘルメットを被る。
本当であれば、腹を落ち着けるために10分ほど休憩すべきだろうが、今は黒鉄の指輪ドロップマラソン中なので時間が惜しい。
「ダンジョンアタックは自由にやりたかったんだけど、鎬姉さん相手じゃなぁ……」
ブツブツ文句を口にしながら、秋水は巨大バールと片手斧を手に取った。
ダンジョンは、秋水の秘密基地だ。
この中では、外のしがらみに囚われず、自由でいられる。
戦うのも、殺すのも、もちろん、殺されるのも、自由だ。
自由で、楽しい。
少なくとも、秋水はそう思っている。
だから、ダンジョンアタックの進め方は、自由である。
進むも進まないも、秋水自身が決めたいのだ。
「……ま、なんも考えないで律歌さんに渡しちまった俺の責任か」
はぁ、と秋水は大きくため息を吐いてから、す、と短く息を吸う。
そして、顔を上げる。
目の前には、扉。
ボス部屋の、扉。
「鎬姉さんが首を絞めてきて、解決手段は鎬姉さんからの教え、か」
秋水は一瞬だけ遠い目をした。
脳裏に鎬の教育という名札が着けられたトラウマが蘇ってきそうになって、辛うじて飲み込む。
鎬は勉強に関して、常々秋水に叩き込んでいた鉄則があった。
闇雲なトライ&エラーを繰り返す勉強はクソ、である。
トライした結果、出てきたエラーが成功への糧になるなら良い。
だが、なにも考えずにトライして、成功に繋がらないような無意味なエラーを量産するだけなら、それはゴミでしかない。ゴミデータを入れて出てくる結果はゴミなのだ。
時間は有限。
ならば試行回数も当然ながら有限。
鎬は口を酸っぱくして秋水に注意した。
トライ&エラーにおいて重要なのは、質だ。
量質転換の法則を誤解してはいけない。
ゴミは量に含まれない。
質を担保して生み出された結果の量が、最終的なクオリティーに繋がるのだ。
小学生低学年に向けてなんて教育を叩き込んだんだろう、あの悪魔は。
だが、鎬の教育は、間違いなく秋水の血肉になっている。
試行回数をこなさなければならないが、回数そのものに上限が掛かっている。
ならば、試行の質を上げるしかない。
ドロップ率が激渋である黒鉄の指輪をドロップするには、とにかく試行回数をこなすしかない。
しかし、モンスターの再出現には、一定の時間が必要である。
だいたい1時間くらい。
つまるところ、タイムリミットがある以上、試行回数には上限がある。
モンスターを殺してドロップアイテムが出てくるのは、恐らくは単純に確率だ。
トリガーとなるのは、モンスターを殺すこと。
それにより、確率でドロップアイテムを落とす。
トリガーとなるモンスターを殺すことと、ドロップアイテムが出てくるかどうかという抽選結果の間に、確率そのものを引き上げる手段というのはない、と思われる。
モンスターを倒すのに掛かる時間や、はたまた倒す時間帯、もしくは一定の条件を満たすことにより、ドロップアイテムが出てくる確率が変動するというのを感じたことがないのだ。ガチャの宗教は幻想。
まあ、秋水にとってドロップアイテムというのは、あくまでもモンスターを殺したらたまに出てくるオマケという存在であり、あまりちゃんと検証を行ったわけではないので断言できないが。
どちらにせよ、アイテムのドロップ率を操作することはできない。
基本的には。
例外がある。
本日、大量ゲットした白銀のアンクレット。ドロップ率は80%くらい。
そして、そこそこゲットした、白銀のネックレス。ドロップ率は40%くらい。
黒鉄の指輪よりマシとはいえど、それらは、元々ドロップ率が今よりずっと低かった。
たぶん10%かそこら、くらいしか出現しなかったのだ。
それが今では高確率ドロップである。
何故か。
断定はできない。
しかし、予想はできている。
「その階層のボスを討伐すると、ドロップ率が倍になる、って感じなら」
検証はしていない。
確かめてもいない。
だが、肌感覚で分かっていたことである。
ボスウサギを倒して、白銀のアンクレットのドロップ率が上昇した。
ボスコボルトを倒して、白銀のネックレスのドロップ率が上昇した。
ボスウサギの討伐回数は3回で、ボスコボルトの討伐回数は2回。
ドロップ率は討伐1回目で20%に、2回目で40%に、3回目で80%に、と考えれば、辻褄が合ってしまう。
つまり。
つまり、だ。
ボスゴブリンを討伐すれば、黒鉄の指輪のドロップ率は上がるはずだ。
「鎬姉さんにケツを蹴られてボス戦ったぁ、泣けてくるな俺の馬鹿野郎っ!!」
気合いと自虐を混ぜこぜにして、秋水は勢いよくボス部屋の扉を蹴り開けた。
やはり、ボス部屋は他の部屋よりも広く作られている。
体育館よりもさらに広い、岩肌剥き出しの部屋。
天井の岩が何故か光っており、光源は確保されているという不思議な空間。
さて、地下4階のボスはなんだ。
地下2階は角ウサギを単純にスケールアップしたボスウサギだった。
地下3階はコボルトをスケールアップして3体配置になったボスコボルトだった。
ならば、やはり順当にゴブリンをデカくして、5体くらい配置されている感じだろうか。
問題は、どのゴブリンか、である。
ただのゴブリンは弱い。
弓のゴブリンと短剣のゴブリンも、まあ弱い方だ。
盾のゴブリンと棍棒のゴブリンは、なかなか手強い。
投石のゴブリンと槍のゴブリンは、かなり癖が強い。
でも、松明のゴブリンが、一番楽しい。
ファイアブランダーのボスゴブリンであることを祈りつつ、秋水は扉を蹴り開けた入り口から、素早く部屋の中を見渡した。
ゴブリンが、10体。
モンスターハウスだ!
紗綾音辺りなら、こんな台詞が飛び出していたかもしれない。
「なるほど、質より量でくる感じか……」
しかし、そのお約束の台詞を知らない秋水は、想定していたボス部屋の中の様子とまるで違ったことに、ただただ目を丸くする。
ボス部屋の中には、ゴブリンの群れ。
田舎だから土地が余ってるのね、と鎬が呟いていた秋水の通う中学校、その他と比べても広いはずの体育館よりもさらに広いボス部屋に、何体ものゴブリンどもだ。
見た感じ、ボスゴブリン、ではないと思われる。
ボスウサギやボスコボルトは、体長が2mくらいあるという、明らかにそのフロアのモンスターよりも巨体であるという分かりやすい特徴があった。
しかし、ここのゴブリンは、見たところ他の部屋にいるゴブリンと同じ体躯である。
質より量。
他のボス戦とは、方向性の違う難易度だ。
しかも、ゴブリンの役職が、だいぶバラけている。
弓を持つ、ゴブリンアーチャーが1体。
籠を背負った、ゴブリンスリンガーが1体。
短剣を握る、ゴブリンスカーミッシャーが2体。
角ウサギに跨がって盾を持つ、ゴブリンシールドが2体。
同じく角ウサギに跨がって槍を担ぐ、ゴブリンランサーが2体。
燃えさかる松明の、ゴブリンファイアブランダーが1体。
そして、木の杖を持ち、全身にボロ布のローブを纏った、見たことのないゴブリンが、1体。
「よし、分かりやすくテメェが親玉っ!!」
部屋の中を見渡した秋水は、怯むことなくボス部屋の中に足を踏み入れた。
扉を蹴り開けても静止していたゴブリンどもが、一斉に武器を構えて秋水へと顔を向ける。
ゴブリンは合計10体。
角ウサギに乗ったゴブリンライダー状態なのは、シールド2体とランサー2体なので、追加で強化型角ウサギが4体。
不思議なことに、スライムがいない。
純粋にゴブリンの部屋だ。角ウサギはいるけれど。
秋水は即座に、右手に持った片手斧を大きく振りかぶる。
踏み入れた足は、そのまま踏み込み、脚から腰を通って肩まで一気に力の流れを伝達。
「トマホォォォク、ブゥゥゥゥメランッ!!」
初撃はやはり、お決まりの一投。
バネのように身体をしならせて、片手斧を全力でぶん投げた。
狙いは杖持ちのゴブリン、仮にゴブリンスタッフとしよう。
秋水は片手斧をゴブリンスタッフに向けて投げつけてから、踏み込んだ脚で地面を蹴った。
弾かれるようにゴブリンどもも一気に散会する。
突っ込んでは来ない。
やはり連携してくるつもりか。
に、と秋水の口元に笑みが浮かぶ。
今まで、ゴブリンの出現は多くて3体。
それが3倍以上の10体だ。
数が多ければ、それだけ連携は複雑になってくるだろう。
単純にモンスターを大型化せず、特色溢れたゴブリンの職種を生かし、数を揃えて戦術でくるボス戦。
ただただフィジカルで強い、という戦闘とは違った面白さが予想され、胸が躍るじゃないか。
そして、その中で1体だけ今までと毛色の違うゴブリン、ゴブリンスタッフへ向かって片手斧が迫る。
受けるか。
それとも、手に持ったその杖で打ち払うか。
棒術使いなら、巨大バールでなんちゃって棒術を練習している秋水としては、なんとしても技の一部でもいいから技術を盗みたいところだ。
どうなるか。
他とは違って行動の予測が出来ないゴブリンスタッフの動きを秋水は注視する。
しかし。
ガンッ、と秋水が投げた片手斧が、盾によって防がれた。
角ウサギに跨がった、ゴブリンシールドである。
ゴブリンスタッフの前に素早く移動して、その巨大な木の盾を使い、片手斧を受け止めてしまった。
まさに盾役。
お前はお呼びじゃないんだが。
ゴブリンスタッフの動きを知りたかった秋水は、内心で軽く舌打ちをしかけ、ふと気がつく。
ゴブリンシールドが、突っ込んでこない。
通常のゴブリンシールドであれば、秋水の動きと視界を妨害するために、盾を前面に出しながらひたすら秋水に向かって突撃してくるはずである。
だが、角ウサギに乗って機動力が強化されているにも拘わらず、2体いるゴブリンシールドが秋水に向けて襲いかかって来ない。
ゴブリンスタッフの近くに2体とも、盾を構えたままで待ちの姿勢である。
いつもと動きが違う。
さらに地面を蹴ってゴブリンスタッフの方へ駆けながら、秋水は他のゴブリンの動きを見渡す。
秋水に向けて突っ込んでくるのは、5体。
一番速いのは、角ウサギの脚力を生かして突進してくるランサーが2体。
その後方を駆けてくる、スカーミッシャーが2体。
そして最後尾に、燃えさかる松明を持つファイアブランダー。
近接戦闘組だ。
大きく左右に展開しているのは2体。
左方向に、早速弓に矢を番えているアーチャー。
右方向に、投石器でセットした石をぶん回している最中のスリンガー。
遠距離戦闘組だ。
そして、最初の持ち場を離れていないのが、3体。
近接戦闘用であるはずの杖を構えたまま棒立ちの、ゴブリンスタッフ。
ウサギに騎乗したライダー状態なのに、その機動力を生かす気がなさそうなシールド。
ゴブリンスタッフがボスだとしたら、それを護るような配置だ。ゴブリンスタッフを攻撃されたら困る、ということか。
ならば、ゴブリンスタッフを先に撃破するべきだろう。
「って、まあ素直にさせてくるわけないよなぁ!?」
ゴブリンスタッフに向けて突っ込んでいきたいところだが、それを物理的に防ぐのが近接戦闘組である。
3歩目の着地。
前線を上げてきた、ランサーが2体とも射程圏内。
最初は随分距離が離れていたはずなのだが、それでも流石は角ウサギの脚力に乗っかっているだけはある。
両方とも槍を眼前に構え、突撃の体勢。
跨がっている角ウサギの体が、力を溜めるように軽く沈んだ。
本命の角突きタックル & ランサーのチャージタックル。
同時、ではない。
右の方がワンテンポだけ早い。
時間差攻撃。
ならば。
「鬼さんこちら、ってな!」
着地した脚で今度は左へ跳ぶ。
いや、跳ぶ前に、膝を曲げて体を沈み込ませたところで一瞬だけ静止した。
右側のランサーが、と言うより跨がっている角ウサギの方が先に地面を蹴って秋水へと突撃してくるのが見える。
見える、ついでに、近接戦闘組の間を縫うようにして、襲いかかってきた影を、“感じた”。
秋水の左側を、高速で矢が通過する。
角突きタックルを先んじて避けようと左に跳んでいれば、間違いなく秋水の頭部を直撃していたであろうコースとタイミング。
アーチャーが仕掛けた矢だ。
武装強化の魔法を施しているヘルメットならば受け止めきれる程度の威力しかないものの、跳躍中に頭へ衝撃を加えられたら、集中力が乱されてしまっただろう。
いやらしい連係攻撃。
逆に言えば、連携してくるだろう、という前提でいれば、予想できていたタイミングでもある。
矢が高速で通過してから、秋水は地面を蹴って左側に跳ぶ。
角突きタックルの方が先に繰り出されている以上、完全に回避するのは難しいだろう。
巨大バールをなんちゃって棒術の構えで前に突き出す。
「どぼろふすきっ!」
先に巨大な角が襲いかかる。
その凶悪な一点集中の一撃は左に跳んで避けたものの、デカい角ウサギのもふもふした毛並みまでは避けきれず、巨大バールをもって受け止めた。
地面を蹴って空中にいるので脚で踏ん張れないが、踏ん張らないからこそ衝撃を受け流せる。
角ウサギの頭で後方へと押し出されるように秋水の体が突き飛ばされ。
頭上から、槍が襲いかかる。
突き。
巨大バールよりもリーチの長い槍が、秋水の首を狙って繰り出された。
「分かってるって慌てんなよリトルグレイさん!」
巨大バールの平側で角ウサギの頭を受け止める。そのまま突き飛ばされた勢いを回転力へ変え、ぐるりとバールを振り回した。L字部分を、迫る槍の側面へ引っ掛ける。
手応え。
回転力にそのまま突き飛ばされたエネルギーを上乗せしながら、下に向かって槍の穂先を無理矢理押し下げる。
上手く決まった。
軌道を変えられたランサーの槍の柄が、べしり、と跨がっている角ウサギの顔面に食い込んだ。
「へっ、ちったぁ俺も上手くなったんじゃないの!?」
角ウサギに突き飛ばされたが、左足から着地。
膝を深く曲げて衝撃を逃がし、秋水はニヤリと笑う。
なんちゃって棒術、なんとなく上達している感じがする。
だからこそ、ゴブリンスタッフの棒術がどんな感じなのか気になるのだが、続いてもう1体の角ウサギが地面を蹴って角突きタックルを仕掛けてくるのが見えて、簡単にはゴブリンスタッフの方へと向かわせてはくれなさそうだと悟る。
槍を構えて跨がる角ウサギごと突っ込んでくるもう1体のランサー。
着地したばかりで、跳躍して回避するのは間に合わない。
だが、タイミングは完璧だった。
「援護射撃に気をつけた方がいいぜ! 後ろ後ろって!!」
『グギッ!?』
角と槍の波状攻撃が秋水に襲いかかるよりも先に、ゴブリンランサーの後頭部で石が炸裂した。
石と言うより、もはや握り拳より大きい岩である。
投石器により遠心力を上乗せされてぶん投げられた、ゴブリンスリンガーの投石だ。
秋水を狙った投石のはずだが、秋水が左に跳んだことにより投げるコースが変わり、そのコース上にランサーが来てしまったのである。
偶然ではない。
分かっていて、位置取りをした。
矢が来るのも、投石が来るのも、秋水は読みきっていた。
角突きタックルに槍での仕留めという二段構え攻撃の真っ最中、石を剛速球でぶつけられ、角ウサギに乗っていたゴブリンランサーの体が大きく崩れた。
左足の膝を曲げたまま、秋水は地面を蹴ることなく右足も着地。
左手を離し、右手だけで巨大バールを握り。
「ブースト!」
そしてその右腕に部分強化の魔法を重ね掛け、目前まで迫ってきた角ウサギご自慢の角を、巨大バールで下から掬い上げるようにして一閃した。
巨大バールのL字部分が角に掛かり、5倍を超える強化を施された膂力を持って角ウサギの頭が跳ね上がり、ただでさえ体勢が大きく崩れていたゴブリンランサーが衝撃によって振り落とされてしまう。
『ギャ!?』
ゴブリンランサーから奇妙な悲鳴が上がる。
ただでさえ角突きタックルという高速突撃戦法の真っ最中、予想外の投石を受け、さらに高速で移動していた角ウサギ自体の体勢が崩れたとなれば、振り落とされるのは当然至極。
衝撃でパージされてしまったゴブリンランサー。
秋水は体を流れる魔力を、今度は左腕に集めながら、その左手で腰ベルトよりバールを引き抜く。
「もういっちょブースト! づぁぃっ!!」
そして続けて左腕に部分強化の魔法を重ね掛けして、頭を跳ね上げられて腹を見せた角ウサギのその腹目掛け、引き抜いたバールの平側を力尽くでねじ込んだ。
突く。
腹を破る。
突き刺さる。
そして慣性の法則に従って絶賛突撃真っ最中だった角ウサギのボディプレスが直撃して、秋水は軽快に吹き飛ばされた。
「あっちょん!?」
ぶりけ。
角突きタックルの最大脅威である角そのものは巨大バールで弾き上げたが、突進してきている角ウサギ本体が急に止まれるわけがない。
角ウサギの腹部にバールを叩き込んだものの、もふもふ毛並みタックルを喰らった秋水は軽く1mほど弾き飛ばされ、岩肌の地面をごろん、と転がる。
いや想定内。
むしろ距離を取れた。
転がった勢いを殺さぬように地面を巨大バールでぶん殴り、秋水は強制的に体を跳ね起こしつつ左手を腰ベルトに伸ばす。
「やっぱウサギは油断なんねぇな!」
笑いつつ剣鉈を引き抜く。
最初に突撃してきたランサーの角ウサギは、すでに着地している。
スカーミッシャーの2体はまだ追いついていない。
いいや、スカーミッシャーは秋水の側面に回り込むように、大きく左右それぞれに展開している。流石はゴブリン、フォーメーションがいやらしい。
そして遠くで、アーチャーが2本目の矢を弓に番えている。
ど、と角ウサギに振り落とされたゴブリンランサーが、地面に落ちた。
状況把握、よし。
「ブースト! からの鉈投げ一本!」
秋水は即座に左腕へ再び部分強化を重ね掛け、剣鉈をぶん投げる。
目標は、腹にバールが突き刺さった角ウサギ。
高速で投げ込まれた剣鉈が、どすり、と角ウサギの首元へ深々と突き刺さる。
斧投げも慣れてきたが、鉈投げも上手くなったものじゃないか。
どの角度でも当たれば御の字、で投げた剣鉈が綺麗に刺さって、秋水は思わず自画自賛。
巨大バールを両手に持ち直し、なんちゃって棒術の構えで、くるり、と1回転させる。
かんっ、と回した巨大バールで、撃ち込まれた矢を払い落とす。
矢が飛んでくると、分かっていた。
見てもいないのに、分かった。
そして、自動防御、ではない。
体が勝手に矢を払い落とそうとしたのを、秋水は先んじて行っていた。
よし、いい感じだ。
この感覚は、懐かしさすら感じる。
秋水はニヤリと笑いつつ、なんちゃって棒術の構え。
突撃をかけるランサー。
左右に展開するスカーミッシャー。
そして、真っ正面から突っ込んでくるのは、燃えさかる松明を持ったファイアブランダー。
奥で待ち構える動かぬ3体は気になるが、まずはとにかく、この前衛の5体を殴り殺さねばならない。
秋水は素早く態勢を整え、どの方向へでも移動できるように腰を落とす。
そして、ちらりとだけボスであろうゴブリンスタッフを確認して。
なんか、赤く光る魔法陣が、ゴブリンスタッフの眼前に出現していた。
「は?」
光の線が複雑に絡まり合う、それはファンタジーでお約束のような不思議な魔法陣だ。
空中に、イルミネーションのような光の線の発生。
明らかに現代物理の範疇外。
思わず秋水は間の抜けた声を漏らしてしまう。
しかし、即座に秋水の脳裏には、一冊の本が思い浮かんだ。
ファンタジー魔法事典。
一直線に駆け寄ってきていたファイアブランダーが、大きく真横に跳んだ。
まるで、射線軸上から退避するかのように。
もとより大きく左右に広がっていたスカーミッシャーどもは変わらないが、角ウサギに乗って着地したばかりのランサーも、何故か角突きタックルで突進せずに大きく真横へと跳ぶ。
振り落とされたランサーと、バールと剣鉈が突き刺さった角ウサギだけが残された。
あ、なるほど。
秋水は納得した。
あいつ、ゴブリンスタッフ、つまり杖兵じゃない。
ボロ布ローブを纏ったゴブリンの目の前に、秋水の拳より一回り大きい火の玉が突如として出現する。
キラリ、と魔法陣が強く輝いた。
次の瞬間、ゴブリンの目の前に出現した火の玉が、秋水目掛けて放たれる。
あの魔法、ファンタジー魔法事典で見た。
ファイヤーボール。
そう、つまり、あのゴブリンは。
「熱エネルギーでタンパク質の変性を狙って魔力を火炎っていう物理現象にわざわざ変換するクソ効率悪い物理攻撃手段だとっ!?」
秋水が散々扱き下ろした、魔法攻撃という名前を借りた、実質物理攻撃の手段を用いる、ゴブリンメイジだ。
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魔法攻撃は紐解いたら物理現象(`・ω・´)!
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
第8章はこれにて終演です。まさかのボス戦真っ最中で章跨ぎ。
地雷を炸裂させるバレンタインデーを過ぎてもなお、秋水くんの立ち回りや人間関係は表面上変わりがないように見えますが、各々その内側は大きく揺れました。
秋水くんはたぶん、現実を受け入れ始めてきています。
なのに続いての第9章では、現実ではなくモンスター関連の話と、ダンジョンアタックでついに秋水くんのパートナーができる、を予定しています。
次回の更新はざっくりとした登場人物の紹介だけで、1週間程の休みを頂き、第9章を開演いたします。
それでは、これからもお願いします。