ダンジョン、その地下4階。
その最奥、勝手に呼んで、ボス部屋。
筋肉たっぷり少年、棟区 秋水(むねまち しゅうすい)は本日も絶好調、多職種ゴブリン9体相手に暴れていた。
「やっほぅ! カラータイマーはまだ元気かいっ!? って邪魔じゃい短剣野郎は刃を研いで出直して来いよなぁっ!!」
迫る短剣を躱しつつ、カウンターでゴブリンスカーミッシャーの顔面を右手のバールで叩き割り、早々とゴブリンの残りが8体となる。
なお、足として使われている角ウサギをカウントするなら、モンスター総数は残り11体だ。
スライムを無視するならば、今まで最高で3体のモンスターとまでしか戦ったことがない秋水には、まだまだ未知の領域。
いや、ゴブリンライダー状態では角ウサギもカウントするのだとしたら、ゴブリン3体の角ウサギ3体で今までの最高は6体か。ゴブリンライダーのカウント問題が面倒だ。騎乗して1体扱いなのか、はたまた普通に2体扱いなのか、どちらかハッキリしてほしい。
まあ、どちらにせよ、8体だろうと11体だろうと、通常の戦闘とは難易度が段違いである。
単体スペックが底上げされた相手のボス戦じゃない。
数の暴力というボス戦だ。
「やっぱダンジョンは、楽しませてくれるじゃないの!」
スカーミッシャーの頭を粉砕しつつ、秋水は獰猛な笑みを浮かべて左手のバールを振るった。
かんっ、と軽い音と共に、秋水の頭を狙った矢を切り払う。
体が勝手に反応した。
自動防御。
相変わらず不思議な感覚で、そして便利すぎる防御の反射。
これは、慣れたら色々と弊害が出そうだ。
使いこなす必要がありそうだな。
秋水は頭の片隅でそう考えながら、地面を蹴りつつ周囲を把握する。
視界に頼らず、感覚での把握だ。
名付けて人間レーダーである。
燃えさかる松明を持つ、ファイアブランダーが1体。前方。
角ウサギに跨がる槍兵、ランサーが1体。左前方。
ボロい短剣を振るう、スカーミッシャーが1体。真後ろ。
百発百中の弓矢を射る、アーチャーが1体。左奥。
投石器で石をぶん投げる、スリンガーが1体。右奥。
デカい木の板を盾とする、こちらも角ウサギに跨がったシールドが2体。前方奥。
そして、このボス部屋の目玉なのであろう、他の部屋にはいなかった推定魔法使い、ゴブリンメイジ。
で、ゴブリンメイジの目の前に、青い光の魔法陣。
「色違うんだけどなにそれ!? 単色発光体じゃないとかイかしてんなお前!?」
ゴブリンメイジは目視でしっかり確認したからこそ、魔法陣の色に気がついた秋水は、思わずぎょっとしてしまう。
赤だけじゃないのか。
地面を蹴ったが左足で強引に着地、即座に左前に方向をずらして跳ぶ。
ゴブリンメイジの魔法陣から、水の球が生成される。
後ろから追ってきていたスカーミッシャーが、右へと跳んだのが感覚で分かった。
そして左に跳んだ分だけ近づいたはずのランサーが、秋水から遠退くようにして、角ウサギを使って後ろへと跳躍する。
まるで射線軸から退避するかのように、息の合った連携。
右足で着地する。
それに合わせるように、水球が射出された。
「なんの液体か分かんねぇな!」
言葉のわりには楽しそうに笑みを零す。
放たれた水球は、一直線に秋水へと迫る。
その射線軸に、ゴブリンは1体もいない。
ゴブリンの職種は様々だが、なんとも息の合った連携だ。
ああ、面倒。
だからこそ、面白い。
秋水の両手にはそれぞれバール。バール二刀流状態。
これで水の球を切り払うか。
却下。
強酸の液体だったり、純粋に毒液だったりする可能性がある。
バールで打ち据えて弾けさせ、意味不明な液体を全身に浴びるのは御免被りたい。
そうじゃなくても、まだまだ戦闘序盤で水を浴びるのは最悪だ。
着弾の威力がどうのこうのというよりも、メッシュ素材のライディングジャケットとパンツは、水を浴びたら中のインナーがずぶ濡れになってしまう。水を吸ったら重くなるし、放熱の妨げにもなるだろう。それに靴に水が入ったら気持ち悪いし、靴底が濡れたら滑るかもしれない。
となれば、回避一択。
「火より水の方が厄介!」
さらに左へと地面を蹴る。
水球が飛んでくる速度はそこそこ速いが、正直なところ回避は余裕だ。
スリンガーの投石より遅く、アーチャーの矢と比べれば半分くらいの速度だろう。なんならば、角ウサギの角突きタックルとは比べるまでもないレベルである。
跳んで、着地。
さらにランサーへと向かって岩肌を蹴り、それくらいのタイミングで水球が秋水が前まで居た場所を通過する。
射線を開いているということは、しっかりと見据えて動けるということ。
混戦時にフレンドリーファイア上等で撃ち込まれていたら回避できなかっただろうが、他のゴブリンまで避けている状況ならば回避は容易い。面倒なのは変わらないけれど。
「ウサギの背中は乗り心地悪そうだな! 降りたらどうだ!?」
『グギャギャギャ!』
「独特な笑い方! あ、個性的って意味ね!」
ばしゃ、という岩肌に水がぶちまけられるような水球の着弾音を後ろに、秋水は一気にゴブリンランサーに突っ込んだ。
ランサーが跨がっている角ウサギの体が、ぐ、と沈み込む。
跳躍の前兆。
そしてランサーが槍を逆手に持つようにして、頭上に振りかぶる。
ゴブリン自体の身長は低くとも、角ウサギに騎乗することによって秋水との身長差を帳消しにしているからこそ行える、上段からの突き下ろし体勢。
角突きタックルで仕掛けてきて、流れるように上から槍を突き下ろす。
体勢で次の攻撃がバレバレだ。
しかし。
「連携前提だからこそってことだよなっ!」
着地より先に、秋水は右のバールを斬り下ろすようにして振るう。
手応え。
飛んできたのは、握り拳ほどの石だ。
投石兵であるゴブリンスリンガーが、ぶん回した投石器から投げつけてきたものである。
それを秋水はノールックで切り払う。
自動防御ではなく、人間レーダーみたいな感知能力で把握していたからこその、意識的な防御。
勢いをつけて投げられた石を、バールで半ば砕くが、砕いた破片が秋水を掠めていく。
直撃よりはマシだ。
秋水は投石の勢いを完全に殺しきる寸前で、右手のバールから手を離す。
ど、と音を置き去りにする勢いで、ゴブリンランサー、というかその下の角ウサギが地面を蹴った。
ええい、集団戦はやること多いな。最高かよ。
笑いながら秋水は着地。
次は跳ばない。その余裕はない。
突進してきたランサー & 角ウサギは、すでに目の前。
「いらっしゃい! 帰さねぇぜ!?」
角突きタックルで繰り出された角ウサギご自慢の角を、左のバールで強引に逸らす。
L字の部分を角の先端に掛けるようにして、ぐっ、と外側へ。
着地体勢から腰を落としていた秋水に、続いて角ウサギの顔面が突撃する。
槍の如きご自慢の角をピンポイントに避けたところで、角突きタックルのタックル部分が追加で襲ってくるというクソ仕様は健在だ。
「ブーストッ!!」
だが、両足に部分強化。
6割で全身を一括強化しているところに、足へと部分強化を重ね掛けして、秋水は力業で角ウサギの突進を体で受け止めた。
残念だが、ゴブリンライダーシリーズと戦ってから、角突き回避からのタックル直撃、というのは散々喰らっているのだ。さすがに学習も対策もするってものである。
もふもふの頭を胸に受け、その突進力による衝撃を胸から腰に、そして強化を重ね掛けした下半身へと落とし込み、膝を曲げてクッションにしつつ受け流す。
バーピージャンプの着地で、ずどん、と勢いよく直立で着地はせず、猫のように身体を丸めるようにして衝撃を逃がせ。
美寧にそう教えている秋水自身が、その衝撃吸収方法を実践できないはずがないのだ。
着地の衝撃から膝を護る技術が、こんなところにも活きている。
「やっぱ筋トレよなっ! 出力全開っ!!」
そして角突きタックルを受け止めた動作で部分強化が切れた瞬間に、今度は全身へと魔力を再分配して一気に全身の身体強化を最大出力で行う。
防具や武器に武装強化の魔法を継続して施しているので、正真正銘の全力、というわけではないが、普段は6割に抑えている強化を全開。武装強化に魔力を持っていっていることを加味しても、その強化倍率は、だいたい270%。
3.7倍の身体強化。
そして、過酷なトレーニングで鍛え上げられている秋水のフィジカルに、その強化倍率が乗っかれば。
「どっこいしょおぉぉいちっ!!」
『ギャワ――ギャ!?』
角ウサギごと、ゴブリンランサーを強引に真横へ薙ぎ倒すくらいは可能である。
やってることは、ほとんど相撲の小手投げだ。
角突きタックルを受け止めた秋水の脳天狙って槍を突き下ろそうとしていたランサーは、その一撃を繰り出すより早く体勢を崩される。
直後、どすっ、と背中に矢が突き刺さった。
お生憎様、ゴブリンランサーと角ウサギのコンビともつれている隙間を縫って、ゴブリンアーチャーが矢を放っていたことくらい察知していたのである。
体勢を崩しながらも槍を突き下ろそうとしていたランサーだが、背中にフレンドリーファイアを受けたことでさすがに手が止まった。
どじゃり、と角ウサギ共々ランサーの体が地面に横倒しになる。
落馬はしていない。どんな内転筋してるんだこのゴブリンは。いや、ウサギである以上は落馬という表現は間違っているか。
横へ投げるようにランサーの体を薙ぎ倒した秋水は、自身の崩した体勢をリカバリーするように左足を岩肌の地面に突き立て、短く息を吸って身体強化の出力を平時の6割に戻し。
「ブーストッ!」
流れるように右足へと魔力を集中させ、即座に部分強化の魔法を発動。
そして左脚を軸にして右足で地面を蹴り、勢いをつけて半回転しつつ、身体強化を重ね掛けた右足を一気に振り抜く。
「こういうライダーキックもあったなっ!!」
『ギュペッ!?』
丸太のような秋水の脚が、背後から襲ってきていたスカーミッシャーの首に、正確無比な蹴りをお見舞いした。
短剣を持った速度重視のスカーミッシャーは、奇襲に向いている。
だが、目視せずとも全体の状況を把握できるようになってきた秋水からすれば、スカーミッシャーが背後を取ろうとも奇襲など成立しない。
後ろから繰り出された短剣を、体を回転させることで紙一重に回避して、きっちりとカウンターを叩き込むくらい出来るのだ。
「これで、2体目っ!!」
回し蹴りでスカーミッシャーの首を捉えた秋水は、その回転力を生かして今度は真下へと脚を振り抜く。
蹴り込まれた時点ですでにくの字に首を曲げさせられていたスカーミッシャーの体が、岩肌の地面へ強引に叩きつけられ、ぶわっ、と魔素の粒子が血飛沫のように舞い上がる。
スカーミッシャー2体目を撃破。
どちらも背後からの奇襲をカウンター。
芸がなかったかもしれない、と軽く反省しつつ、回し蹴りの勢いで反転しながら、ざっ、と右足を突いてブレーキを入れ、ゴブリンメイジへ目を向ける。
いや、メイジの前に。
「そういやカラータイマー元気そうでなによりだなっ!」
右側面から駆け寄ってきながら、燃えさかる松明を振りかぶっているファイアブランダーが視界に入る。
倒れ伏せているランサーと角ウサギが立ち上がって復帰するには、まだ少し早い。
アーチャーは矢筒から矢を取り出しているところで、まだ弓に番えてもいない。
スリンガーは投石器に石をセットして、今から振り回して遠心力をつけるところ。
シールドは角ウサギと共に奥で揃って仁王立ち。
そして、ゴブリンメイジの前方には、再び赤い光で描かれた、魔法陣。
にぃ、と凶悪な笑みを貼り付けながら、秋水は地面を蹴った。
魔法陣の色からして、最初に放たれた火球と同じと考える。
スリンガーの投石とどちらが先に攻撃を放ってくるか判断が難しいが、ここは射線軸上からファイアブランダーを逃がさないようにするべきだろう。
まあ、それ以前の問題として。
「松明の火が消えちまったら、勿体ねぇもんなっ!!」
殴り合うために走ってくるファイアブランダーに対し、秋水は大歓迎とばかりに真っ正面から突っ込んでいく。
ファイアブランダーの松明は、勢いよく燃えている。
火力が高すぎて、その炎は3分ほどしか持たないくらいだ。
これがリアルウルトラマン。
3分間という戦闘時間は、あまりに短いのだ。
戦略的には3分待って、文字通りの火力が激減してからファイアブランダー改め燃えカス棍棒を持った悲しきゴブリンを始末した方が正解なのだろうけれど、そんなのクソ喰らえである。
ファイアブランダーは、松明がファイアしているから良いんだろうが。
秋水は空いた右手を腰ベルトに伸ばす。
バール。
いや、剣鉈。
一瞬だけ秋水の右手が止まるが、ファイアブランダーとの殴り合い距離に右足を踏み込んで左のバールを引き絞るときには、反射的に右手で次の武器を選択。
直感勝負。
その前に。
「左利きじゃねぇけどさ!」
体を捻り、左手のバールを思いきって一閃。
ファイアブランダーの顔面、ではない。
秋水の頭を狙って振り下ろしてきた、燃えさかる松明を迎撃する。
ガッ、と鈍く重たい音。
松明を、バールのL字部分の先端が、ジャストで打ち抜く。
「左右差出ないように、きっちり分割で筋トレもしてるのよ、俺!」
『ギッ!』
切り払う。
ごうごうと燃えている松明と、金属のバールで鍔迫り合いをする気はない。
以前、それをして酷い目に遭ったのだ。
鍔迫り合いみたいになったら、ファイアブランダーは容赦なく松明をこちらに押し込んでくるものだから、火が目の前に迫ってくるわ、熱によってバールが急激に熱くなってくるわ、そうじゃなくても熱気が苦しいわ、という三重苦になってしまう。
だから、叩いて弾く。
切り払う。
炎が一気に右へと尾を引く。
光景だけなら美しく、目を惹きそうな炎の軌道。
しかし、熱を帯びたその筋を無視して、秋水は踏み込んでいた右足へと自由分の魔力を集中する。
そして魔力に色を落として。
「ブーストキックッ! 膝バージョンッ!!」
身体強化を重ね掛け、その右足で強引に地面を蹴って、さらにファイアブランダーに突撃。
6倍に手が届きそうな強化倍率で底上げされた脚力で跳び出し、その反動で左膝を振るって、ファイアブランダーの喉元へと飛び膝蹴りを浴びせる。
手応え。
膝だけど。
衝撃吸収ジェルのプロテクターによって威力が軽減してしまい、一撃必殺とはならなかったが、それでもファイアブランダーの首をへし折る感触を感じつつ、秋水は右手を腰ベルトから一気に引き抜く。
握り込んだ右手を硬い拳とし、続けて右腕へと魔力を集中。
膝蹴りを浴びせたファイアブランダーが、奇声を上げながら吹っ飛びかけている。
近すぎず、遠すぎず、そしてなにより早すぎなければ遅すぎない。
ドンピシャ。
広背筋で引き絞った右腕の魔力に、色を落とす。
その色はもちろん。
「ブーストッ! ストラアアアアアァイクッ!!」
握り拳を、ファイアブランダーの胸にぶち込んだ。
空中なので踏み込みによる力の伝導はできていないが、それでも身体強化の重ね掛けを行った一撃は、ファイアブランダーの胸部を陥没させるに十分な破壊力があった。
『ゴッ!?』
吐血のように、ファイアブランダーの口から光の粒子が噴出する。手から離れた松明が、岩肌の上を転がった。
魔素。
仕留めた、か。
死亡演出を確認する暇はないので、ここはお約束の「やったか!?」という精神でいよう。
そう、暇がない。
それは反射のように、体が勝手に動くことによって強制的に意識を引き戻されることから、確かだ。
左手のバールを振るい、ガッ、と石を粉砕する。
スリンガーがぶん投げてきた、石である。
それを切り払うように、バールを振るって防いだ。
完全粉砕とはいかない。
バールのL字部分をきちんと当てられていないからだろう。
意識的な動きではない。
これは、攻撃に対して無意識で体が防御を行う、自動防御だ。
す、と秋水はバールで石を砕きながら、短く息を吸う。
自動防御。
意識していないところからの攻撃も、まるで見えていたかのように迎撃する、意味不明な体の動き。
便利。
だが、動きが荒い。
無造作に投石を切り払えば、手首に負担がデカいだろうが。
息を吸いながら、秋水は左手の力を抜き、バールから手を離す。
完全に衝撃を相殺しきる前に手を離したせいで、バールが秋水側の方へと飛ぶが、事前に分かっていれば避けるのは容易い。
体を捻り、左足で着地する。
そこから膝蹴りをするために左脚で跳んでから、膝蹴り、ぶん殴り、そして投石の切り払い、バールの回避、までがシームレスに1つの動作。
身体強化の魔法によって2倍以上に高速化している秋水の思考の中でも、これは処理タスクが多い高速戦闘だ。ポーションを飲む暇もない。
これが集団戦の醍醐味か。面白すぎて吐きそうだ。最高かよ。
「でもって、火炎玉ってね!」
着地と同時に、秋水目掛けてゴブリンメイジから火球が放たれた。
握り拳より少し大きいくらいの、まさに火の玉。
それが秋水に向かって牙を剥く。
なるほど。
「フレンドリーファイア上等って、まさにファイア!」
先にファイアブランダーが射線軸上から退避しなかったのは、もはや巻き込まれる前提だったからということ。
針の穴を通すように百発百中の射撃精度を持つゴブリンアーチャーの矢ならともかく、命中率3割程度のゴブリンスリンガーが投石してきた時点で、ファイアブランダーと切り結んでいるところの秋水をファイアブランダーごとぶっ殺すつもりだったんだろう。
連携が上手い上に、味方の損害まで計算に入れてやがる。
集団戦最高だなぁ、と歓喜しつつ、秋水は右手を振りかぶる。
腰ベルトから引き抜いたばかりのそれを、火球に向けて。
「とおぉぉあみっ!!」
ぶん投げる。
黒いゴムだ。
角ウサギ戦では時間稼ぎで使用していた、ゴムネットである。
腰ベルトのポーチから引き抜いていたゴムネットを、火球へと投擲すれば、空中でバサリとゴムネットが展開される。
しかし、完全に開ききる前に、投げたゴムネットに火球が直撃し。
ごうっ、とゴムネットが一瞬だけ燃え上がった。
一瞬の炎上。
だが、ゴムネットを燃やすことにエネルギーを使い切ってしまったのか、火球はゴムネットに文字通りの火力を殺されて、ふ、と消えてしまう。
秋水に着弾する前に、その進行方向上に障害物を置いて着弾させる。
要は捨て盾だ。
火という魔法攻撃は確かに驚いたが、当たらなければどうということはないのだ。
「知ってて良かったスタンドオフ防御」
へ、と秋水は小さく鼻で笑う。
魔法の炎。
魔力をわざわざ火に変換するエネルギーロスの塊みたいな攻撃手段。
スライムには魔法攻撃が有効、というのを幻想モンスター事典で知ったとき、なんで魔力を火や水に一度変換してから攻撃するんだろう、と秋水は疑問に思った。火の魔法をぶつけるのと、火炎放射器でこんがり焼くのは、物理的には同じ結果のはずだからだ。
魔法攻撃と物理攻撃を分けるのは、魔法で生み出した魔力のエネルギーが、魔素に影響を及ぼす点である。
つまり、スライム相手に魔法攻撃を仕掛ける場合、魔力を火や水に一度変換するのはエネルギー変換ロスの極み。
秋水はそう判断した。
しかし、秋水は魔法攻撃しか効かないスライムではない。
ファイアブランダーの松明しかり、火というのは人間には効果的な攻撃手段である。
なるほど、物理攻撃が有効な相手には、魔力を火に変換するというのも、確かに有効な手段だ。
しかし。
「中心が油とかならともかく、熱容量が小せぇ気体を燃やして火の球作るのは、やっぱ効率悪いぜ?」
火球は赤い。
普通の空気を燃やしているとしたら、精々1000℃くらいだろう。
しかも球体だ。
火炎放射器で時間を掛けてじっくり炙り殺すならともかく、そこそこの勢いで射出されるということは、着弾しても火に晒されるのは一瞬である。
さらに、今のゴムネット、そして最初に火の玉を打ち出されたときに咄嗟に投げつけた巨大バールに着弾したときも、火球は着弾後、一瞬だけ燃え盛り、すぐに鎮火してしまう。
つまり、燃え続けない。
ギリシアの火やナパーム弾のように、粘り気のある液体に火がついた火球ではなく、純粋に気体が燃えているだけの火球でしかない、ということだろう。
気体は熱容量が小さく、さらには熱を伝える速度も遅い。
であれば、あの火球は直撃したとしても、産毛がチリチリに焦げる程度だろう。少なくとも、松明を押しつけられ続けるよりはマシ。
しかも、火は生み出された瞬間から、四方八方に熱としてエネルギーを放出する以上、燃やす燃料がなければ時間に比例してエネルギーは低下する定めである。
まあ、衣類が燃えたり、火を吸って気道熱傷を起こすリスクがあるから、それなりに怖い攻撃なのは間違いないが、怯えすぎる攻撃でもないはずだ。
「さて、と」
無手になった両手をぶらりと下げてから、秋水は深めに腰を落とした。
腰ベルトにはバールが2本。それから剣鉈。
手斧は、まだゴブリンシールドの盾に刺さっている。
投石を迎撃して、衝撃を逃がすためにわざと落としたバールの位置を確認。
そして巨大バールは、最初の火球を防ぐためにぶん投げて、ゴブリンシールドの少し後ろに転がっている。
バールを抜くか。
いいや。
……やってみるか?
獰猛な笑みのまま、秋水は乾いていた唇をペロリと舐めた。
ランサーと角ウサギが体を起こして立ち上がりかけている。
純粋な近接戦闘職のゴブリンは、こいつだけになった。
残りは遠距離攻撃主体のアーチャーとスリンガー。防御主体のシールドが角ウサギに跨がって2体。そしてゴブリンメイジ。
秋水は鋭く、強く、短く、息を吸う。
「身体強化、出力全開」
そして、全身に巡らせた魔力に改めて色を落とした。
ランサーを角ウサギごと小手投げしたときと同じ状態。
60%の出力から、100%の身体強化へ。
体中に力が張る。
だが、それ以上に視界が開く。思考が冴える。
身体強化の魔法は、筋力強化に特化した魔法ではない。
筋肉も、皮膚も、骨も、血管も、内臓も、そして脳味噌さえも丸ごと強化する魔法だ。
身体強化の魔法によって、一番恩恵を受けるのは、筋肉ではない。
脳だ。
頭がクリアになる中で、ゴブリンメイジを注視し続けているにも拘わらず、アーチャーが矢筒から取り出した矢を弓に番えているのが分かった。
視界外の情報を感じ取る、人間レーダー。
そして致命傷にならないアーチャーの矢でも、放たれたとなればしっかり反応して切り払うであろう、自動防御。
どちらもじわじわと秋水の中で湧き上がってきている、意味不明な技能だ。
これは魔法なのだろうか。
いや。
恐らくは、どちらも。
矢が放たれた。
頭を狙われている。
見ていないが、人間レーダーで感じ取った。
そして、体が矢を防ごうと、勝手に動く。
動く、直前に秋水は地面からそれを拾い上げ、自動防御の動きに体と意識をシンクロさせる。
ごう、と火の粉が舞い、当然のように矢を切り払う。
「こっからちょっと、暴れるぜ。止めてみな」
奪い取るようにして拾い上げた燃え盛る松明を一振りしてから構え、秋水は体を流れる魔力のコントロールを意識的に放棄。
人間レーダーと自動防御。
これを自分自身の力として会得する鍵は、魔法ではない。
『妙な力』 と呼んでいた頃の、技術にある。
秋水の頭はそう推論付けていた。
だから、魔力のコントロールを、オフ。
身体強化は維持したまま、魔力の流れを意識的に操作するのを、やめる。
直後、秋水の脚は勝手に地面を蹴っていた。
「わぁお、じゃじゃ馬!?」
秋水の体は自動的に、立ち上がった直後のゴブリンランサーの顔面を、燃え盛る松明をフルスイングでぶん殴っていた。
体が、勝手に動いていた。
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お久しぶりです、シロンスクです。
なんで第9章開始早々9000文字オーバーなのかと(;´Д`) まるで学習していない作者。
ダンジョンでの戦闘はテンション上がっていけねぇや(遠い目)
次話は、『自身がモンスターであるということ』。秋水くん、ダークサイドはこっちだよ(笑顔)