ダンジョンのモンスターは、魔素によって構成されている。
秋水は、モンスターの魔素を吸収している。
モンスターは、物理的にあり得ない膂力を発揮する。
秋水は、身体強化によって常人を遥かに超える膂力を発揮する。
モンスターは、魔法を使う。
秋水は、魔法を使う。
モンスターは、秋水を殺しにかかる。
秋水は、モンスターを殺しにかかる。
違いは、どこだ。
角ウサギに騎乗しているゴブリンランサーに向かって、押し潰した角ウサギを豪快に投げつける。
丁度ランサーの角ウサギが跳躍したタイミングであったので、回避など不可能。
ゴブリンランサーは咄嗟に構えていた槍を引いて防御姿勢を取ろうとしたが、間に合わずに投擲された角ウサギとモロに激突してしまった。
「さすがに刺さんねぇか! 残念無念!」
角ウサギをぶん投げた秋水は高らかに笑って、腰ベルトからバールを引き抜く。
武装強化の魔法。
している余裕は、ちょっとない。
秋水の中にある『妙な力』のうち、魔力と呼んでいる部分は身体強化の魔法でフルに使用している。
使用、できているのだろうか。魔力のコントロールを手放している状態だと、よく分からない。
いや、どちらにせよ武装強化を行っている余力はないのだ。
となると、手持ち武器として使用するには、武装強化を施していないバールだと少し不安が残る。
ゴブリンシールドを頭から縦に斬り裂いたときに折れた手斧を思い出しながら、秋水は引き抜いたバールを即座に後ろへと引き絞る。
踏み込むように、横へ大きく左脚をスライド。
その左足で地面を捉えて。
「そういや残りの矢は何本だ!?」
引き抜いたばかりのバールを、ゴブリンアーチャーに向けてブーメランの如く投擲する。
秋水へと鏃を向けて弓を構えていたアーチャーは、あまり驚いた様子も見せることなく大きく横に跳んで回避行動をとった。冷静だ。
だが、矢を放つタイミングが1つズレただけでも十分である。
再び無手になった秋水は、次の武器を取り出すことなく軽く腰を落とした。
その眼前には、こちらに角突きタックルで突進してくる、角ウサギ。
ランサーに投げつけた角ウサギではない。そちらはランサー共々仲良く団子状態だ。
この角ウサギは、首を切り落としたゴブリンシールドが乗っていた角ウサギである。
大丈夫、存在を忘れてなんていないさ。
ちゃんとぶっ殺してやるから安心してくれ。
「まらりあっ!」
わずかに体を捻り、迫り来る角ウサギの角を軽く避けてから、続いて迫ってきた角ウサギの頭部を真っ正面から受け止めた。
ずどん、と体に走る重たい衝撃。
よし。
受け止められる。
身体強化の重ね掛けなしでも、角ウサギ単体の角突きタックルは、正面から受け止めることができる。
角突きタックルの衝撃を完全に相殺できたことを確認してから、秋水は流れるようにして受け止めた角ウサギのもふもふヘッドを両腕でキツく締め上げ、今度は背中の力を使って角ウサギの首をへし折る勢いで引き上げる。
内側の怪物くんよ。
ぼさっとすんな。
周囲の警戒も大事だが、こっちにも力を貸すんだよ。
「どっこらせぇぇいっ!!」
秋水の力に、内側の怪物が動きを合わせにきた、ような気がする。
しかし、やはり秋水の動きと内側の怪物が突き動かしてくる動きが合致したとき、身体強化の魔法を重ね掛けしていたときに近いパワーが、全身から出力されるようだ。
頭を掴んで持ち上げようとした角ウサギの体を、勢い余って真上に投げてしまった。
やべ、力の出力が強すぎてすっぽ抜けた。
頭上に持ち上げてから地面に叩きつけようとしていた秋水は、勢い余って天井へと放り投げてしまった角ウサギを思わず見上げてしまう。
身体強化の重ね掛けと違って、内側の怪物と息を合わせるのはタイミングの調整が難しいぞこれ。
つまり、練習しがいがあるということだ。
そんな思考を頭の片隅に浮かべながら、無許可で体を動かそうとする内側の怪物の声に気がつく。
声。
いや、声のような、そんな感じ。
秋水はそれを感じ取った瞬間に、咄嗟に左脚を軸にして体を捻り強引に半回転。
「そんでもって、お前はそういう攻撃もするのか!」
ぶおん、と秋水の顔面に迫ってきた石を、右手で受け止める。
ライディンググローブ越しに、鋭い衝撃。
バイク装備に施していた武装強化の魔法が解けてきているようだ。
タイムリミットが近い。
秋水はそう感じながら、攻撃を仕掛けてきた相手へ獰猛な笑みを向ける。
投石兵の、ゴブリンスリンガー。
攻撃手段はやはり石。
しかし、今回のは投石ではない。
投石器に石をセットした状態で、それをぶん回して鈍器のように殴りかかってきていたのだ。
なるほど、距離が近いとそういう攻撃をしてくるのか。
勉強になる。
秋水は新たな発見を頭にインプットしながら、内なる怪物の動きとシンクロするように、半回転した力の流れを殺すことなく右脚を振るい。
「おやすみ! またな!!」
『ギャフッ!?』
そして、その右足をスリンガーの側頭部に叩き込んだ。
投石器による打撃を受け止めてからのカウンターキック。
不意を突こうとしたらしいスリンガーは、頭を蹴り抜かれて吹っ飛ぶ。
粉砕するつもりだったのだが、できなかった。
内側の怪物と、動きがきちんとシンクロしなかった感じである。ワンテンポ早かったようだ。
す、と秋水は一息で呼吸を整えるように、鋭く息を吸う。
天井近くまで放り上げられた角ウサギが、ようやく落下し始める。
そうか。
内なる怪物は、こちらの呼吸に合わせて動いているわけじゃないのか。
ならば修正。
秋水は即座に頭を切り替え、蹴り抜いた右足を地面に突き下ろしてから、ゴブリンメイジの方へと素早く顔を向けた。
赤い魔法陣が、こちらを向いている。
火球の魔法。
可燃性の液体なり固体なりが中心に存在しない火球など、ただのプラズマ体でしかない。
質量が極小ならば、その火球で受けるダメージは熱エネルギーに大きく依存する。
火を吸い込まないように気をつければ、直撃したとしてもダメージは少ないだろう。
そう頭では理解しているが、やはり火の玉なんて当たりたくない。
赤く輝く魔法陣の前に、火球が出現した。
それに合わせるように秋水は右手を上げて。
左手で、矢をキャッチ。
良いタイミングで矢を放ってくるアーチャーは、やはり集団戦に向いていると思う。
だが、残念だが射撃のタイミングはキッチリ把握している。そう易々と当てられると思うなよ。
掴み止めた矢をすぐに手放すと同じタイミングで、ゴブリンメイジの魔法陣から、火球が発射された。
ええい、忙しい。
秋水は空中から落下してきたそれを右手でキャッチして、強引に地面に叩きつけるように引っ張り下ろした。
「ラパンシィィィィルドッ!!」
勢い余って空中に投げ飛ばしていた角ウサギである。
ゴブリンメイジから放たれた火球の進行方向上に角ウサギを落とし、岩肌に叩きつけられた角ウサギが軽くバウンド。
そして秋水は容赦なく、跳ねた角ウサギへヤクザキックを叩き込み、迫る火球に向けて角ウサギを蹴り出し。
角ウサギに火球が直撃し、ごう、と一瞬だけ炎が角ウサギを包み込む。
「英語で繋げるんならラビットにするべきだったか? いや、炙ってジビエ料理にするんなら、やっぱラパンか」
燃えた角ウサギを見ながら余計なことを考えつつ、秋水は地面を蹴った。
いいや。
秋水と内側の怪物が、同時に地面を蹴る。
呼吸分だけズレるテンポを、ちゃんと調整できた気がする。
いい感じだ。
秋水は笑って、火が消えた角ウサギを再びキャッチする。
少し熱されて温かくなったもふもふボディを、抱き締めるように両腕で捕まえた。
角ウサギの背中側を抱き締めるような形。
上下は逆。
角が、下向き。
持ち直して位置を調整しようと思っていたのだが、思いがけずナイスポジションだ。
左足で着地して、角ウサギを抱えたままさらに地面を蹴る。
ゴブリンメイジに向かって。
そして空中に身を躍らせながら、抱えた角ウサギを振り上げる。
ゴブリンメイジに向かって。
細い杖をこちらに向け、ゴブリンメイジが次の魔法陣を作り出そうとしていたが、もう遅い。
ボス部屋のメインディッシュのようだが、そんなクソ効率悪そうな攻撃しかしてこないなら、もう雑にぶっ殺してやろうじゃないか。
秋水は凄惨な笑顔と共に、ゴブリンメイジの目の前に右足で着地した。
その勢いを踏み込みとして利用し、角ウサギの角を、ゴブリンメイジの脳天目掛けて一気に振り下ろす。
「同士討ちブレイカアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
深々と、角ウサギの角がゴブリンメイジの頭部に突き刺さった。
そのまま押し潰すように角ウサギごとゴブリンメイジを地面に叩きつけ、秋水は角ウサギから手を離す。
流石は角ウサギ。ぶっ刺す能力はピカイチだ。
心の中で褒めながら、流れるように秋水はヤクザキックを再び角ウサギの背中にぶちかました。
「はい退いた退いたっ!」
靴底が角ウサギの背中に打ち込まれると、その脚力を物語るかのように、角ウサギの胴体が弾け飛んだ。
蹴り飛ばす、ではなく、弾け飛ぶ。
ゴブリンメイジの頭に刺さった角と頭部を残し、角ウサギの体が文字通り爆散。
「うおっと」
今のヤクザキックは、内側の怪物と動きをシンクロさせた蹴りだった。
思った以上に力が出てしまった。
意図せず角ウサギの生首を作り出してしまって、秋水は驚きの声を漏らすが、すぐに体を動かして次のアクションへと移行する。
内側の怪物に関する検証は後回し。
とにかく今は、残りのゴブリンを始末する。
とにかく。
漢字に起こせば、兎に角。
「ちょっぴりグロいアームド・オンッ!!」
迷わず秋水は角ウサギの生首の、その千切れた断面に右手を突っ込んだ。
不思議な感覚だ。
肉や骨の感触はなく、どろりとした粘度の高い泥のような感じ。
掴み所はない。
だが、固定できる、と直感的に悟った。
それは直感か、それとも内側の怪物が教えてくれたのか。
考える間もなく秋水は角ウサギの生首の中で右手を握り、掴まえる。
握れた。
秋水は即座に右腕を引き抜く。
ずるり、とゴブリンメイジの頭から、角ウサギの角が引き抜けた。
「絵面ヤバ」
右手に装備した角ウサギの生首を見下ろしてから、秋水は思わず素で呟いてしまう。
全身バイク装備で身を固めた巨漢の右腕に、槍のような角が生えたウサギの生首。
しかも装備の仕方が首の断面に手を突っ込むというグロテスク武装。
想像以上に絵面が悪い。
「まあいいか! ここはダンジョン!」
しかし秋水は一瞬で思考を切り替えた。
どうせ誰にも見られちゃいない。
ここはダンジョン。
モンスターが闊歩して、殺し合いを行う遊園地。
角ウサギの生首を装備するくらいなんだ。
内側に怪物を飼っていた自分には、お似合いじゃないか。
ヒトデナシのクソゴミ野郎には、お似合いの武器だよ。
完全に消滅するまでには、まだ少し時間がある角ウサギの生首を装備したまま、秋水は地面を蹴る。
ゴブリンメイジの頭からは、大量の煌めく光の粒子が噴き出している。
これは死んだな。
では、残りのゴブリンはたったの3体。
そして角ウサギが残り2体。
数的にはもう、通常のゴブリン戦と変わりがない。
角ウサギを投げつけられてまとめて転がされていたゴブリンランサーに突撃しながら、秋水の頭は冷静に残りのモンスターどもを殺していく算段をつけていた。
最後の最後まで残っていたゴブリンアーチャーの胸に、角ウサギホーンを深々と突き刺す。
ランサーを一撃で仕留め、角ウサギ2体を血祭りに上げ、満身創痍だったスリンガーの腹に風穴を開け、この右腕に装備した角ウサギの生首は、なかなか頑丈な良い武器であった。
アーチャーの断末魔を聞いてから、秋水は一息ついて、力尽きたアーチャーを無造作に靴底で蹴り込み、角ウサギホーンを引き抜く。
どさ、とゴブリンアーチャーが力なく地面の上に転がり、一拍遅れてから、ぶわ、と魔素の煌めきが胸に空いた大穴から噴き出した。
「はっ、こいつは良いや。持ち帰りてぇとこだけど」
秋水は小さく笑ってから左手で角ウサギの生首を掴み、ずるりと右腕を引き抜いた。
角ウサギの生首は、もう随分と透明になってきている。
死亡演出から時間が経過してくると、こうやって段々と体が透明になってきて、最終的に消滅する。これがこのダンジョン内での、モンスターの死に方だ。
「ここで死んだら、俺もこんな感じで消えんのかね」
ふぅ、とため息を一つ零し、秋水はどさりとその場に尻を下ろす。
「――つ、疲れたあぁぁっ!」
そして、ボス部屋のゴブリンを全て狩り尽くしたという達成感の雄叫びの前に、モロに本音を口にして、そのままごろりと横になる。
疲れた。
めちゃ疲れた。
走り回るのはコボルト戦のヒット&アウェイ戦法で散々やっているから慣れていたのだけど、一息つく間もなしに次から次へと相手を変えながら戦うというのは、さらに大変だ。
それに考えることが多い。
周辺の把握に、攻撃の順番に、戦術の組み立て。
同時並行で様々なことをひたすら考え続けるから、頭の中身が灼熱地獄である。
これが集団戦。
すげぇ大変。
再び秋水はため息を漏らしつつ、自分の中に流れている魔力を感じ取る。
無意識で魔力を循環させる基礎練習が活きていたのか、魔力のコントロールを手放していたはずなのに、秋水の体を流れていた魔力は何事もなかったかのように循環していた。偉いぞ。
魔力の流れに竿さすように、ゆっくりとそれをコントロールしはじめる。
身体強化の魔法の出力を、徐々に落としていく。
そして、落とした分の魔力を左手に集め、ぐるりぐるりとかき混ぜて。
「へい、回収ターイム」
その手を天井に向けてから、回る魔力に色を落とした。
魔素回収の魔法。
モンスターの死亡演出で噴き出した魔素を、吸い寄せる魔法である。
発動と同時に、撃破した10体のゴブリンと4体の角ウサギから放出され、部屋中に漂っていた魔素が、秋水の左手へと一気に吸い込まれていく。
魔素が体に取り込まれ、なんとも言えぬ心地よさが秋水を包む。
「んあー、メイジの奴は格別に多いかと思ったけど、存外普通だなこりゃ」
ようやく表情を和らげてから、秋水はジェットヘルメットのバイザーを開いて一息ついた。
地下4階のボス戦は、強いゴブリンが登場するわけではなく、数の暴力を押しつけてきた。
だが、どうやらゴブリンの1体1体は、別にボス部屋仕様の特別製、というわけではなく、他の部屋にいるゴブリンと変わりがないようだ。
少なくとも、魔素の量はほとんど同じみたいである。
魔法を操る、ゴブリンメイジも同じくらいだ。
集団戦、面白い。
でも、ちょっと期待外れというか、秋水としては特別強いゴブリンと戦いたかった。
ゴブリンメイジの魔法も、正直ぱっとしなかったし。
質量はないに等しいプラズマ体の火球。
何故か目視できてしまったせいで、不可視のというアドバンテージがなくなった風の刃。
警戒すべきは水球の方だったが、1回しか使わなかった。相手の体や足場を濡らすというのは、間違いなく有効な戦術であるし、他のゴブリンを補助するのであれば水球を多用すべきだと思うのだが。
いや、魔法でちんたら水を生み出すより、先にバケツなりなんなりで水をたくさん準備していた方が、絶対に効率良いか。
うん。あの手の魔法は、やはり戦術として組み込めないな。
秋水はゴブリンメイジの魔法を思い出しながら、ファンタジー世界お約束の華々しい魔法を内心でばっさりと切り捨てた。
その間にも、どんどんとボス部屋の中を漂っていた魔素を吸収していく。
3回目のため息。
「……あー」
ボス部屋を攻略した。
それなのに、秋水のテンションは、それほど上がらない。
黒鉄の指輪を求めてボス部屋に踏み込んだという理由もある。そんなことはすっかり頭から抜け落ちていたが。
まあ、集団戦は楽しかった。ただ、ボスゴブリン、みたいな強い個体が出てこなくて残念だった、という理由もある。
だが、それ以上に。
「よく食うね」
魔素を吸収する。
魔法という概念を紗綾音に教えられてから、魔素を取り込むというのはとても心地よい感覚になった。
まるでストレッチをするような、固まっていた体を伸ばしていくのに近い心地よさだ。
と、そんな言い表しがたい心地よさを、無理矢理言葉にするならば、今まではそう表現していた。
今までは。
だけれども、今なら分かる。
分かってしまう。
この心地よさは、純粋に喜びなのだ。
喜びから、心地よさを感じていたのである。
右手で、とん、と秋水は自分の胸を叩いた。
「よぅ、相棒。魔素は美味いか?」
『おいしーよー』
内側から声がした、ような気がする。
秋水はいつの間にか、内側にモンスターを飼う、化け物に成り下がっていた。
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モンスターを構成する魔素を取り込み続けて、人間のままでいられるなんて誰も思ってないでしょ(笑顔)
さて、あらゆる検証を後回しにして、次回は箸休めのお話です。
ボス戦をクリアしても、気になる様々な事象があったとしても、秋水くんは絶対に外さないご用事です。
次話は、『色気にこんがり焼かれた将来のお嫁さん(仮)』。
……そうです、美寧ちゃんですね(遠い目)