ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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42『竜泉寺 沙夜(りゅうせんじ さよ)』

 クリスマス・イブの話だ。

 別に面白い話ではない。

 ただ平凡で、どこにでもある、つまらない話題の1つだ。

 地方のニュースでさらっと流れ、翌日には誰も覚えてないような話題である。

 

 それは良くある、交通事故だ。

 

 世界では、いや、日本国内に限って言っても、珍しくも何ともない交通事故が、クリスマス・イブに起きたのだ。

 それだけの話である。

 乗用車にトラックが突っ込んで、乗用車に乗っていた3人が死亡。

 よくある、悲惨な事故、というやつだ。

 

 その乗用車に乗っていた3人が、秋水の父と、母と、妹の、3人だった。

 

 それだけの話である。

 よくある事故の、被害者が身内だったというだけだ。

 ババ抜きでジョーカーを引いたような、ロシアンルーレットで実弾を当てたような、それだけのことなのだ。

 不思議と涙は出なかった。

 それは鎬が泣いていたからだろうか、秋水が冷酷な奴だったからだろうか、もしくは両方か。

 葬儀も何も行わず、直葬はたったの数日で終わり、現実感がなかったからなのかもしれない。

 

 朝起きて、おはよう、と誰に言う必要もなくなっても、こんなものか、と心は冷めていた。

 

 家に帰っても誰も居らず、狭いはずの家なのにがらんと広く感じたところで、寂しいとすら思えなかった。

 

 父は死んだ。

 母も死んだ。

 妹も死んだ。

 なら、何で自分は生きているのだろう。

 何であの日、自分はあの車に乗っていなかったのだろう。

 全ての色が抜け落ちてしまったかのような世界で、そんな疑問を抱えながらも、大した悲しみもなく、秋水は独りぼっちの生活を淡々と送った。

 

 家族を失った1週間後、あの扉を、庭で見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、失礼しました」

 

 一礼をしてから、秋水は静かに生徒指導室の扉を閉める。

 担任の教師との話し合いは、意外にも穏やかなものであった。そもそも荒れる要因などないのだし、ただの談笑である。少なくとも秋水はそう思っている。

 閉めた扉の向こうで、担任の教師が盛大なる安堵の溜息とともに机に崩れ落ちたのを秋水は知らない。

 まあ、交通事故で家族を失った生徒、というのに当たったことがないんだろうな、とは流石に察しがついてはいる。盛大に気を遣われているのは鈍い秋水でも分かる程だった。

 教員とは大変だな。

 他人事のような感想を抱きつつ、秋水は静かに苦笑を浮かべる。

 ババを引かせたようで申し訳ない。あと2ヶ月もしたら卒業して顔も合わせなくなるのだし、少し辛抱して欲しい。

 

「……さて」

 

 気を取り直して秋水は教室に戻ることにする。

 今日は始業式だけで、まだ午前中。家に帰って昼食とするか、それとも何処かによって食べてしまうか。どうせ独りだ。

 ああ、そうだ、それ以前に、どちらにせよ買い物をして帰らないといけない。働く男とホームセンターだ。ダンジョンアタック用の装備が、昨日見事にご臨終されてしまったのだった。自分でぶっ壊しておいて何だが、出費が嵩む。

 買い物ついでに食べて帰るか。

 これからの行動を頭の中で決めながら、秋水は生徒指導室から教室へと歩いて行く。

 廊下ですれ違う生徒は、やべぇ、うわ、何でいるの、みたいに悉く避けていく。別に何もする気はないのだが。

 それもまあ、いつのことか。

 特に気にすることなく教室に辿り着いて、もうクラスメイトは皆帰っているだろうと秋水は勢い良く教室のドアをガラリと開ける。

 

 

 

「「「「うわっ……うわあっ!?」」」」

 

「んあ?」

 

「……おや?」

 

 

 

 まず聞こえたのは勢い良く開いたドアに驚いたような声、と続いて悲鳴が何人か。

 それから、間の抜けた声が1人。

 全員いないだろうと高を括っていたのだが、意外なことに教室にはクラスメイトが5人いた。始業式だけでせっかく後は暇だというのに、なんでまだ教室で屯しているのだろう。はよ帰れや。

 いきなり思いっきりドアを開けて、ビビらせてしまったかだろうか。

 

「おー、棟区くん。新年早々先生からの出頭命令、おつとめごくろーさまです」

 

 そのビビり倒した他4名とは違い、意外と堂々としていたのはクラスのマスコットチワワ、渡巻 紗綾音であった。

 教室に残っていた5人は、誰とでも絡んでいく紗綾音の中でも、かなり仲の良いグループである。もしくは紗綾音がしょっちゅうウザ絡みしている犠牲者の会である。

 机を4つ寄せ合って何かをしているようだ。

 ちらりとその机の上へと目をやれば、教科書やらノートやらが広げられている。一見すれば新学期早々に勉強会を行っている感心な光景だ。

 何故か空白の目立つ冬休みの宿題がなければ、だが。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。誰も居ないと思っていたものですから」

 

「はっはー、棟区くんは気をつけなよー。なんか棟区くんの腕力なら簡単にドアが外れちゃいそうなんだから」

 

「ちょ、ちょっと紗綾音……っ」

 

 どうせこいつが宿題やってないんだろうな、と頭の片隅で考えながらも、秋水は驚かせたことを謝罪すると、からから笑いながら紗綾音が返してくる。

 何だかすっかり馴れ馴れしい感じだ。これが陽の者。絡んでいけると判断した奴には容赦なく距離を詰めていく陽の者。眩しい。

 まあ、背丈や風貌でビビられたり萎縮されたりするよりは、気は楽だ。

 だが、他の4人は違う。

 これがチワワだけなら、うるさい小型犬ですね、ほらたかいたかーい、と適当にあしらえば良いかもしれないが、秋水のヤクザフェイスに萎縮してしまっているクラスメイトの目の前でそれは出来ない。いや、いなくてもやらないが。

 普通に絡みに行こうとしている紗綾音の袖を、蒼い顔で引っ張る女子生徒を見ながら、秋水は再び寄せ合った机へと視線を向ける。

 シャープペンシルを持っているのは2人。

 1人は紗綾音だ。

 なるほど。冬休みの宿題が間に合わなかった2人に、3人が教えている感じだろうか。

 仲の良いことだ。秋水には縁のない光景だ。

 

「そちらも、宿題頑張って下さいね」

 

「うへぇーい」

 

 適当に声を掛けてから、そそくさと秋水は自分の席へと向かい、鞄をとる。

 まともに少し喋っただけで気軽に接してくるようになる超合金製の心臓をもった紗綾音はともかく、他のクラスメイトからすれば秋水が居ては落ち着かないことだろう。ここは早めに撤退するに限る。

 そして早足で教室を後にしようとして。

 

「あ、棟区くんは宿題終わってる?」

 

「「「「!?」」」」

 

 引き留めるんじゃないよ。

 友達の表情見てごらん。引き留められた側と同じこと思ってる顔しているよ。

 通り過ぎようとした秋水へ、紗綾音が何故か再び声を投げかけてきたせいで、6人しか居ない教室の雰囲気が急に悪くなったのを秋水ははっきりと肌で感じ取ることができた。

 聞こえなかったことにしようかな。

 

「やー、私はあとちょとなんだけどねー。ミッチもサヨチもミカちゃんも見せてくれないんだよ。酷いよね」

 

 酷いね、お前が。

 秋水含め5人の心が1つになった。紗綾音の席はない。

 紗綾音の友達4人は蒼い顔をして、やばいよ、どうしよう、みたいに顔を見合わせている。このまま秋水が絡んでくるのか心配しているのだろうか。安心してほしい。絡みたくない。

 

「ええ、はい。宿題は終わらせてありますよ。それでは……」

 

「えっ!? じゃあ棟区くん見せてくれないかなっ!?」

 

 こいつさぁ。

 早々に話を切り上げようとしているのが丸わかりな返事を途中で遮り、チワワが目を輝かせながらオネダリしてきた。

 何言ってんだコイツ、みたいな反応が3人。駄目だコイツ、みたいな反応が2人。秋水は後者である。

 宿題は自分の力でやって意味のあることだろうが、とか、答え写したら駄目だろうが、とか、とりあえず空気読んでくれ、とか、ツッコミたいことをぐっと堪える。

 それから、秋水と同じく、駄目だコイツ、みたいな表情をした女子生徒をちらりと見る。

 

「……竜泉寺さん」

 

「ひっ! は、はいっ!」

 

 紗綾音の飼い主さんである。

 今朝方、勝手に決めさせてもらった。

 名字を呼べば彼女はビクリと盛大に肩を跳ね上がらせた後、わざわざ椅子からがたりと立ち上がって返事をしてくれた。脅しているみたいになってしまう。

 

「犬の躾は、根気が必要だそうですね。応援しています」

 

「す、すみませんっ! ごめんなさいっ! ペットショップで犬小屋買ってきますっ!」

 

「もしかして私って、犬耳つけてサヨチのことご主人様って言わなきゃいけない感じなのかな?」

 

「ちわね、待てっ! お座りっ! お黙りっ!」

 

「くぅーん……」

 

 何だかんだとノリよく犬の鳴き真似をする紗綾音を尻目に、面倒事は飼い主さんに丸投げすることにした。

 それでは、お邪魔しました、と秋水は今度こそ早足で教室を後にする。

 宿題見せてー! 絡むな落ち着け座れバカッ! と教室からはやいのやいのと声がするが、ウザ絡みで足止めを喰らわなくて良かったと秋水は安堵の溜息を1つ吐き、さっさと学校から退散を決め込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、紗綾音、わりと真面目に聞くんだけどさ」

 

 秋水が去って安堵の一息を入れた後、最初に口を開いたのは紗綾音の飼い主認定をされてしまった女子生徒、竜泉寺 沙夜(りゅうせんじ さよ)であった。

 

「んえ? 宿題やってなかった理由?」

 

「それはお腹と気が弛んでたっていつもの理由でしょ」

 

「え? サヨチ、喧嘩の売り方キツくない? そろそろ泣いちゃうよ? 鼻水まで出しちゃうよ?」

 

「じゃなくって、なんで急にあいつに絡んだの?」

 

 モンスターみたいな同級生がいなくなって、さて宿題の仕上げに戻りますか、という雰囲気にも戻れず、沙夜は朝からもやもやと抱えていた気持ちを聞いてみることにした。

 他の友達も同じ疑問を持っていたのだろうか、うんうん、と同調するように頷いてくる。

 沙夜は、紗綾音の友達だ。

 親友だと思っている。恥ずかしいから聞いたことはないが。

 なんならば、幼稚園からの付き合いがあり、幼なじみだと言っても良い。恥ずかしいから言わないが。

 だから、紗綾音のことは、よく知っている。

 距離感が近いのか、人の警戒心をかいくぐるのが上手いのか、特に何も考えていないのか、紗綾音は誰とでもすぐに仲良くなるという気質であるのは、よく知っている。

 八方美人だよね、とか、男子にも色目使うよね、とか、心ない陰口を叩かれることもあるのだが、その陰口を叩いた本人達にも脳天気に喋りかけて行き、仲良くなって帰ってくるような冗談みたいなことまでしてくる。

 交友関係が広い、気さくなムードメーカー。

 それが、クラス内での紗綾音に対する評価だ。

 だが、クラスのモンスター、棟区 秋水と喋っている姿は、今まで1度たりとも見たことはなかった。

 

「えーっと、棟区くんのことだよね?」

 

「そう、あいつ。怖くない?」

 

「怖くなかったよ」

 

 しれっと、紗綾音は言い切る。

 嘘だろコイツ、と沙夜はまじまじと紗綾音を見てしまう。

 だってお前、2学期まで普通に棟区のことビビってたじゃん。怖いよー、とか言って震えてたじゃん。近づかれただけで硬直してたじゃん。

 何があったの? 急にどうしたの?

 思わず心配そうな目で紗綾音を見るが、当の本人は、ぽっと顔を赤らめて、見つめられると照れちゃうなー、とか言ってえへえへと笑っている。可愛いから許す。

 

「見た目厳ついし怖いけど、喋ってみると怖くなかったよ、うん」

 

「いや、でも……」

 

「あの人、なんか怖い噂いっぱいあるじゃん……」

 

 そうかも知れないけど、と言葉を続けようとしたところで、別の友達から会話に参戦してきた。

 そう、そうなのだ。

 丸刈りで、三白眼で、ヤバい目つきとヤバい顔で、ナチュラルに見下ろされる高身長で、ガッチリした骨格で、むっきむきの筋肉で、心臓が縮むような声をした、明らかにヤベェ奴。

 それが棟区 秋水だ。

 怖くなかった、とか紗綾音は言い切るが、そもそもあの怪物は黒い噂がごそっとあるのだ。

 

「あ、聞いたことある。暴力事件起こしたとか、警察に何回もお世話になったことがあるとか」

 

「そう言えば2学期の終業式出られなかったのって、警察に補導されたとかいう話じゃなかったっけ?」

 

「クリスマスに病院だったって聞いたよー。喧嘩だよあれ、絶対血みどろの喧嘩とかだよー」

 

「え? 病院? ヤバくない?」

 

「て言うか、あいつ絶対同い年じゃないよね?」

 

「だよね!? 干支1周くらい違うよね!?」

 

「ねー!」

 

 なんだか急に盛り上がってきた。

 噂話は女の会話の華なのだ。

 ただ、その噂の内容は黒い。

 ゴリマッチョの体現者である棟区 秋水には、黒い噂が絶えない。

 喧嘩や暴行事件はよくある話で、本当に暴力団関係者であるとか警察に捕まっているとか、果ては危ない薬を売っているとかいう噂まである。まあ、大人相手に殴り合いをしても勝てそうな体格ではあるし、そういう黒い噂が似合う風貌だ。

 人は外見じゃないとか言うが、外見がその人を現しているのもまた確かである。

 ならば、棟区 秋水の外見ならば。

 いや、流石に危ない薬は嘘だろうが、暴力団関係者、というのは本当でも不思議じゃない。入れ墨してるかもしれないし。

 悪口寄りの噂話に盛り上がる中、そのモンスターに絡んで行くとかいう命知らずの紗綾音は、うーん、と1度考え込んで。

 

「あ、でも確かに棟区くん、喋り方大人っぽいよね」

 

「大人って言うか、なんか、インテリヤクザチックで逆に怖いんだけど」

 

「そーかなぁ……あ、や、でも声、声が怖い……うーん」

 

 また考え込んでしまった。

 珍しい。

 紗綾音の反応に沙夜は目を丸くした。

 紗綾音は陰口めいた噂話にはあまり参加しようとしない。

 それは何かを考えて参加しないようにしているのか、単に興味がないのか、それは分からないが、女子特有の噂話トークで悪口に近い話題が出て来ても、紗綾音はその会話の流れを強引にポジティブな方向へともっていくことが多い。もしくはにこにこと聞くだけで噂話に参加しないか、会話を一刀両断にぶった切って別の話題に持って行くか、である。

 喋り方が大人っぽい、と今回もポジティブな流れに持って行くのかと思ったのだが、友達の切り返しに半分納得してしまっているのか、否定しきれていない。しかも声が怖いということ自体は認めている。

 まあ、実際怖いし、あいつ。

 沙夜だって、棟区 秋水がクリスマスに血みどろの喧嘩をしていたとか言われても、納得出来る。

 ホワイトクリスマスを赤く染めてやるぜぇ、とか言っているのが似合うくらいには、あいつ怖いし。マジで怖いし。

 と、そこで沙夜はふと気がついた。

 あれ? クリスマス? 終業式?

 

「あれ、ちょっと待って皆。あいつが終業式居なかった理由、知らないの?」

 

 2学期の最終日、終業式の日にあのモンスターはいなかった。

 だが、理由が理由だ。

 そう言えば確かに、今日は誰もその話題には触れていないが、そもそもあいつの話題を好き好んでする奴もあまりいない。それに、話題で出すにしては、かなり重たい話である。

 それなのに、補導だとか喧嘩だとかは、噂話で茶化すにしても流石にちょっと酷い。

 しかし、聞いてみれば全員がきょとんとした顔をする。

 

「え、病院でしょ?」

 

「いや……えー?」

 

 返されたそれに、沙夜は軽く頭を抱えた。

 いやいや、知らないとか、いや、嘘だろ。

 一応ながら、ニュースになってたじゃん。

 あれ、いや、でも、確かに学校関係からは聞いてないか。そもそも自分はなんで知ってるんだっけ。何処かで噂を耳にした程度だった気がするが。

 今度は沙夜が考え込む番である。

 

「うん? 棟区くんが来れなかった理由、サヨチは知ってる感じなの?」

 

「え? あ、あー……」

 

 紗綾音が不思議そうな顔で聞いてきて、沙夜はがばっと顔を上げた。

 知っているというか、たまたま何処かで聞いただけというか。

 しかしながら、話題が話題だ。もしかしたら沙夜の聞いた話の方が間違っているかもしれない。下手にここで喋ってしまうのは、流石に不謹慎が過ぎるだろう。

 

「や、いやー……うーん」

 

 何とも返せず、沙夜は口籠もってしまう。

 

「て言うか、紗綾音はガチで知らない、んだよね?」

 

「え、うん」

 

「知らないで絡んでたんかあんた……」

 

「クラスメイトなんだから絡んでも良いじゃん……」

 

 家庭環境がアレになってしまったから、ちょっと同情して話しかけた、とかではないのか。

 じゃあ何で、急に今日からあの化け物に絡むようになったのだろうか。

 訝しむようにじとっと紗綾音の方を見てみると、その視線に気がついたのか不思議そうに紗綾音は首を傾げた。

 

 

 

「でも棟区くん、悪い人じゃないよ」

 

 

 

 そして、しれっと、言い切った。

 また言い切った。

 疑問符も何もなく、断定である。

 思わず仲間内で顔を見合わせてしまう。いや、どう見たって悪そうな顔じゃん、と4人とも顔に書いてあった。

 

「少なくとも、悪くない人には、悪い人じゃないよ、棟区くんは」

 

「言い切るじゃん。なんか理由あんの?」

 

「直感」

 

「わーお」

 

 そりゃ否定も肯定も出来ない。

 シャープペンシルを器用にくるくると回しながら、紗綾音は自身の直感を全く疑うことなく言い切ってくる。ここまで平然と言われてしまうと、そうかもしれない、と思えてくるから不思議なところだ。

 ああ、不思議なのは、紗綾音そのものか。

 

「あとちょっとで卒業なんだし、私、もうちょっと棟区くんに絡んでみるよ。目指せクラス全員友達コンプ!」

 

「あたしら全員スタンプラリーの印かなんかか?」

 

「失望しましたチワワの飼育止めます」

 

「今こいつさらっと男子全員フったよ」

 

「えー! 塩! 急に塩だよ対応が!」

 

 むんっ、と気合いを入れるようにガッツポーズをする紗綾音に対し、友達は慣れたようにツッコミをわちゃわちゃと入れていく。

 いつもの紗綾音だ。

 沙夜がよく知っている、紗綾音だ。

 そうだよな。こいつ、こういう奴だよな。

 人の噂など基本的に知ったことではなくて、実際に自分が会話をしてみて感じたことを信じる、そういう奴だったな。

 もしくは、何も考えてない馬鹿だったな、紗綾音は。

 思わず沙夜は笑ってしまう。

 

「ま、紗綾音の言う通り、悪い奴じゃないかもしれないか」

 

「あ、だったらサヨチもお喋りしてみる?」

 

「ヤだよ、怖いし」

 

 さらっと恐ろしい提案をしてくる馬鹿野郎の言葉を一言で潰し、沙夜は改めて教科書を開いてみせた。

 今、問題なのは冬休みの宿題だ。いや、沙夜自身はとうに終わっているのだが。

 さて、勉強再開しますかね、と声を掛けてみれば、2名程が渋い顔。お前らのためにやってんだよ、お前らのために。

 噂話してないで現実を見るんだよ、と教科書で机をぽんぽん叩けば、宿題を終わらせてないその2名は渋々とシャープペンシルを握ってくれた。さっさと終わらせて、早くどこに遊びに行きたい。

 秋水とかいう奴の話題は切り上げだ。

 

 そういや、交通事故のこと知ってる奴、どれくらいいるんだろうなぁ。

 

 ふと、それだけは気にはなったものの、沙夜はそれを口にすることはなかった。

 それから沙夜達は、特に秋水の話題に触れることなく宿題の仕上げを進めていった。

 結局、一番最後に宿題を終わらせたのは、馬鹿チワワだった。

 

 

 

 

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