ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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05『たのしい』

 崩した豆腐の上に半熟卵と納豆をかけ、それをヨーグルトと共に掻き込んだ後、時計を見れば午後の1時。遅めの昼食と思えば良いか。

 本当ならば雑穀をぶち込んだ発芽玄米に、鶏の胸肉を焼いて焼き肉のタレと共に食べるという、健全な青少年の飯とも思えない昼食にする予定ではあったが、そうも言っていられなくなった。予定変更である。

 追加で生卵を2個流し込み、秋水はテキパキと服を着ていく。この少年、全裸のまま飯を食っていたのだ。

 

「作業着に、軍手、ヘルメット、安全靴は……父さんの借りるか」

 

 着る服は年相応の物ではなく、むしろ工事現場に居そうな格好であった。15歳には見えないガタイの良さと厳つい顔のせいで、どこかの組織のフロント現場の作業員にしか見えない。

 別にこの格好で誰に会いに行く訳でもないと、気にすることなく秋水は作業服に着替え終わり、玄関から鉄板仕込みの安全靴と、デカい工具箱の中からバールとハンマー、そして太いマイナスドライバーを持ってくる。

 安全靴を庭に置いてから、バールとハンマーとマイナスドライバーを適当なリュックの中に詰め込んで、ついでに空のペットボトル数本に、タオルやら懐中電灯やらを可能な限り入れていく。リュックはパンパンになった。

 そのリュックも庭に置き、再び玄関に戻って、工具箱からボルトやらナットやらをじゃらじゃら取り出す。アルミ製のそれらは軽くて心許ないのだが、ないよりは良いだろうと思い、作業服のポケットへ流し込む。

 最後にスマホを持ち出して、準備は完了した。

 

 何の準備か?

 

 決まっているじゃないか。

 

「さぁて、ダンジョンアタック、午後の部、行ってみよーかねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっき死にかけたばかりじゃないか、とか、食べてすぐに消化吸収される訳じゃない、とか、それは勿論分かっている。

 警察に連絡する、とか、大人に頼る、とか、今行うべき正しい行動がそれらだというのも理解はしている。

 少なくとも、庭の扉は封印すべきだ。理論的にはそりゃそうなるだろう。

 

 だが、どの理屈も、少年の好奇心を殺すにはあと一歩足りない。

 

 縦穴の梯子から、再び秋水はダンジョンに降り立った。

 ポーションの噴水がある地下1階。ゲーム的に言うならば、モンスターが出現しないセーフティエリアだろうか。もしもここにモンスターが現れるなら、とうの昔に地下からモンスターが這い上がっているはずだ。これから先は知らないが。

 これからダンジョンアタックをする場合、ここが基点となるだろう。

 縦穴から畳でも投げ入れて休憩スペースでも作ろうかなと考えつつ、秋水はリュックを適当に置いて、空のペットボトルを取り出していく。

 

「さて、まずは使用期限の検証から」

 

 取り出した空のペットボトルは4本。計8リットル。

 遠慮することなく、それらにポーションをじょぼじょぼと注いでいく。

 見た目は無色透明。悪臭はしないが、良い香りもしない。

 ただの水のように見えなくないが、現代医学では間違いなく特級異物の水である。傷口にかければ治り飲めば疲れがたちまちのうちに抜ける、そんな水なんてあったら、外科医の商売は上がったりだろう。

 このポーションの効果は身を以て体験したが、それはその場ですぐに使用した場合のみである。

 ならば、他の条件ではどうなるのだろうか。

 ペットボトルに汲んだ場合はどうか。

 離れた場所で使用した場合はどうか。

 汲んでから時間が経過した場合はどうか。

 効果は消滅するのか、それとも逓減するのか、もしくは違う効果になるのか。

 あとは沸騰させたら、凍らせたら、米を炊いたら、プロテインの割材にしたら、などなど。

 秋水にとって、こういう検証は面倒臭いと思うよりもワクワクするのが先に立つ。昔から理科の実験とかは普通に好きだったし、自分に合った筋トレの方法やペースを手探りしていく感覚にも似ている。

 ペットボトルにポーションを汲み終わり、軽くタオルで拭いてからリュックへ再び詰めていく。

 

「人体実験仕方なし。仕方なしだよな、これ」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、重たくなったリュックを背負う。

 まず目指すは、角ウサギとエンカウントした地下2階。重たいリュックとは正反対に、軽い足取りで秋水は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勿論、勿論ではあるが、秋水にだって理性はあるし、考える力もあるし、当然ながら恐怖心というものだって持ち合わせている。

 怪我に対しての実験なら、指先とかを刃物で軽く切れば、ポーションをかけて治癒効果を試すことが出来る。それは当然ながらに分かっている。

 疲労に対しての実験なら、その場で逆立ちプッシュアップをひたすら行えば、ポーションを飲んで回復効果を試すことが出来る。それも当然ながらに分かっている。

 そんなことは分かっているのだ。

 分かってはいるが、秋水が選んだのはダンジョンアタックの続行だ。

 これはポーションの実験のためなのだ。

 怪我と疲労、その効果に対する検証と、ついでに現場の調査だ。

 あくまでも、ついで。

 メインはポーションの効果検証である。

 だから地下2階まで降りてきたのは、しかたなく、である。

 

「うわーお、リポップしてーら」

 

 地下2階には、さっきぶりの角ウサギ。

 同じ個体なのか別の個体なのかは分からないが、その角ウサギは前の奴と同じ位置に居て、秋水を待ち構えていた。

 歓迎されてるねぇ、と苦笑いを浮かべつつ、ゆっくりとリュックを降ろす。

 すでに右手にはバールを握り、マイナスドライバーとハンマーはズボンのベルトに差し通してある。

 素手の時とは違って殺意高めの臨戦態勢だが、今回の目的はあくまでもポーションの効果検証だ。戦うのは準備として必要なのであって、別に好き好んで殺り合おうとしている訳では云々。

 そんな誰に対している訳でもない言い訳を唱えつつ、秋水はゆっくり前に出る。

 

 ぐっ、と角ウサギの体が沈んだ。

 

 本来ならば初見殺し。

 見た目以上の脚力からくる爆発的な初速に、槍のような角を使った、必殺の体当たりだ。

 とは言えど、秋水からすればこれは2戦目。

 跳ぶためには踏み込みが必要。そんな単純なことさえ分かっていれば、反応自体は容易である。

 

「ふぬっ!!」

 

 突っ込んできた角ウサギに合わせ、秋水はバールを突き立てる。

 角を避けつつ、狙いは顔。

 バットのように振り回す必要はない。相手の方から弾丸の如き速度で突っ込んできてくれる。命中率を犠牲にしてまで威力を高める必要もないはずだ。

 

 勝負はほぼ一瞬。

 

 肉を抉る生々しい感触。

 いやお前筋肉なかっただろ、というツッコミを入れる暇はない。

 自分からわざわざバールに突っ込んで来て、顔面に鉄の塊を突き立てられた角ウサギが反動で後方に吹き飛ぶ僅か後、バールから手を離し、秋水は地面を蹴って追撃を仕掛ける。

 バールが角ウサギに突き刺さってくれれば最良であったのだが、思ったよりも角ウサギの毛皮は丈夫だったようだ。すぐの作戦を切り替え、即座にベルトからマイナスドライバーを引き抜いて、地面に倒れ込んだ角ウサギの目を狙ってそれを突き立てる。

 元より生命体かどうかも怪しいモンスターだ。

 毛皮も眼球も同じぐらいの堅さであっても不思議ではないが、もし仮に生物としてのテイであるならば、そこは急所であるはず。

 そんな打算の一撃が。

 

 ずぶり、と通った。

 

 マイナスドライバーは狙った通り角ウサギの眼球に直撃。

 思ったよりも勢いを付けたせいか、それとも想像以上に柔らかかったせいか、深々と刺さってしまったマイナスドライバーから手を離し、続いてハンマーを取り出す。

 顔面を殴られ眼球を刺され、地面でもんどり打った角ウサギのその角を、暴れるなとばかりに秋水は左手で押さえつけ、流れるようにして右手に持ったハンマーを振り上げる。

 狙いは一点。

 慎重に、だが手早く。

 秋水は勢い良くハンマーを振り下す。

 

 マイナスドライバーを、より一層、深く、抉り込ませる。

 

 叩く。

 叩く。

 さらに叩く。

 ドライバーの持ち手をハンマーで連打して、とにかく奥へ奥へと押し込んで。

 眼球から角ウサギの体内にきっちりとマイナスドライバーが埋まると、後はひたすらにハンマーで角ウサギを殴り続ける。

 こいつの脚力は危険だ。

 足を殴る。

 脊椎動物を模しているなら背骨を砕け。

 背中を殴る。

 体内に異物を活用しろ。

 顔面を殴る。

 いっそ狂気すら感じる殴打の嵐に、角ウサギはじたばたともがくことしか出来ず、しばらく鈍い音が響き続けたら、そのじたばたもなくなって。

 

 光の粒子が噴き出すのは、どうやら消滅の前兆のようだ。

 

 ドライバーを突き刺した眼球から、光の粒子が噴き出した辺りで秋水はハンマーで殴るのを中止し、油断なくその場から飛び退いた。

 ハンマーを左手に持ち替えて、転がっていたバールを右手で拾う。1匹目は光をまき散らして消滅したが、2匹目もそうだとは限らない。そういう想定である。

 慢心せずに秋水は身構えるも、角ウサギは立ち上がる様子もなく、光の粒子を噴きながらゆっくりと消えていく。

 そして、消滅する。

 それをしっかり見届けてか、からん、とねじ込んだはずのマイナスドライバーが地面に転がったのを確認してから、秋水はゆっくりと息を吐く。

 

「なるほど、準備して作戦がハマりゃこんなもんか」

 

 意外な程に速攻で片がついた。

 拍子抜け、と言えば聞こえが悪いが、思っていた以上に事前に考えていた作戦がどんぴしゃでハマり、全く怪我をせずに角ウサギを始末、いや、殺せた。

 

「いや、初撃が外れて角を喰らってたら普通に死んでたし、角じゃなくても大ダメージだったか……最初のもそうだけど、一発目が大事って感じだな……」

 

 それでも律儀に反省を行う。

 1匹目も2匹目も、最初の1撃を入れてからひたすらに畳み掛けて殺している。逆に言えば、畳み掛けに繋げられない1撃だったらヤバかったし、1匹目のように先手を喰らってもヤバい。

 それに、相手の突撃の速度を逆に利用するやり方なら、もっとリーチの長い、それこそ槍のような武器が有効だろう。極端な話、角ウサギの角よりもリーチが長ければ良い。

 まあ、それはあの角ウサギが馬鹿の一つ覚えのように角突きタックルしかしてこないという前提で、かつ、戦闘時に1匹しか出てこない前提だが。

 突撃以外の攻撃方法がないとは限らない。あの脚力なら普通のキックも必殺級だと思われる。それに囲まれたら武器の取り回しの良さは重要だし、1匹に対して今回のように殴り続ける戦法では、殴ってる最中に別の角ウサギにぶすりと刺されて終了だろう。

 そう考えたら、結局は今回も運に近い勝ち方だったようだ。

 これは反省だな、と独りで頷きながら、秋水は転がったマイナスドライバーを拾い上げ。

 

「……ん?」

 

 からん、と、取り零す。

 ハンマーで殴り過ぎて握力がご臨終した、わけではない。

 

 指先が、ふるふると、小さく震えている。

 

「ああ……」

 

 これは、なるほど。

 震える手で改めてドライバーを拾い上げ、黙ってベルトに差し通す。

 一発で眼球を刺し通せた器用さは何処に行ったのか、手が震えてモタついた。差したら差したで、ドライバー先が尻を抉る。

 

 角ウサギと再度遭遇して、必然のように襲われて、当然のように殺り返した。

 

 死にかけたばかりなのに、また死ぬかも知れない場面に立った。

 しかも、自分の意思で。

 そこでふと、思い出す。

 

「ああ、そうだ、ポーション」

 

 これはポーションの検証実験だ。

 角ウサギと戦ったのは、ポーションの効果を確かめるために必要なことだった。

 怪我はしなかったが、角ウサギを取り押さえてハンマーを連打したので両腕は普通に疲れている。

 そうだった、そうだった。

 ポーションの検証をしないとな、と震える手をそのままに、秋水は踵を返す。

 震える手?

 いや。

 

 ふるふると、今や秋水は全身が小刻みに震えていた。

 

 

 

「……ふはっ」

 

 

 

 耐えきれず、息を吐き出す。

 リュックの前まで辿り着いたが、手が震えて仕方がない。

 いや、全部震えて仕方がない。

 体が震えて仕方がない。

 

 心が震えて、仕方がない。

 

「は……は……」

 

 声が漏れる。

 声というか、それは。

 

 

 

「は、あは……はははははははははははっ!」

 

 

 

 堪えきれなくなり、ついに秋水はその声を、いや笑い声を高らかに上げてしまった。

 独り言は多い自覚はあるものの、独り笑いなど今までしたことはないはずだが、それでも笑いが抑えられない。

 

「はははははっ! あははははははははははははっ! いや、ははははははっ!」

 

 これでは完全におかしな奴ではないか、と冷静な自分がいるが、もはや笑いが収まらない

 おかしな奴。

 結構じゃないか。実際今がおかしくて仕方がないのだ。

 遠慮のない大笑いはダンジョン内に響き渡るが、これはどうしようもない。

 笑って、笑って、ひたすら笑って。

 腹が痛くなっても笑い終わらず。

 

「やったぜオイ! ざまぁねぇな! 殺ってやったぜオイ!!」

 

 いやいや、ポーションの効果検証なんて口実だ。建前だ。

 そんなことは分かってる。

 最初から分かっている。

 秋水にだって理性はあるし、考える力もあるし、当然ながら恐怖心というものだって持ち合わせている。

 検証実験なら他にも方法があることぐらい、勿論分かっているのだ。

 分かってはいるが、秋水が選んだのはダンジョンアタックの続行だ。

 なぜか?

 そんなもの、角ウサギに逢うために決まっている。

 

「はははっ……いやー、は、ふふっ、ははっ」

 

 ひとしきり笑い転げた後、思わず出てきた涙を拭い、その手が震えていないことを確かめる。

 これはもう、認めるしかあるまい。

 

 

 

「あー……最高だなぁ、これ」

 

 

 

 殺し合いが、最高に、『楽しい』。





 サイコパスです。
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