ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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60『栗形さん家で大惨事』

「はっはっはー! 見て見て鎬さん、もうこれピッかピカのピカだよ!」

 

「はいはい、良かった良かった」

 

「塩! 鎬さんもっと褒めて!」

 

「そうね、店長が鼻血で汚したのも綺麗すっきりだわ」

 

「それは床!」

 

 質屋『栗形』。

 店のガラスというガラスを全て、職人と化した祈織がピカピカに磨き上げ、終わったときにはすっかり日も落ちて、店を閉める時間となっていた。

 最初は面倒だなとか思っていたのだが、ガラスが綺麗になればなる程に段々と面白くなってきて、磨き終わったときの達成感にテンションは最高潮である。掃除って面白い。興奮しすぎて今日は眠れないかもしれない。

 むふー、と満足気の祈織を尻目に、アルバイト店員である鎬は脚立に乗り、ぺたぺたと壁紙テープを壁に貼り続けていた。

 

「おおー、鎬さん、めっちゃ綺麗ー」

 

「あら、ありがとう。美容には大して気を遣ってないのだけれどね」

 

「え、むかつく。私は壁紙の話をしてるんだよなぁ」

 

「冗談よ」

 

「でもガチで美人だからホントむかつくぅ……」

 

 ヨレもなく、隙間もなく、空気が入り込むこともなく、真っ直ぐに壁紙を貼り、張り終える。

 壁紙を白くする作業、終了である。

 まあ、大したことはしていない。半日で出来る程度の作業だ。

 壁をしっかり拭き上げて、市販の壁紙テープをきっちりと貼っていく。ただそれだけである。

 ふぅ、と鎬は小さく安堵の息を吐き、鎬はぐるりと店内を見渡した。

 明るい照明。

 白い壁。

 綺麗なガラス。

 外からは見て分かり易い商品が見えるように配置して、客を引きつけ、そして入りやすい雰囲気に。

 どうにかこうにか、店としてのスタートラインには、到達した。

 店内を見渡してから、鎬は口元だけで小さく笑い、脚立を下りる。

 

「さ、店長、そろそろ店を閉じましょう。私はシャッター閉めるから、店長はレジの確認をしてちょうだい」

 

「はーい」

 

 時間も時間になったので、ぱんぱんと手を払いながら鎬は簡単に指示を出す。

 軽い感じで祈織は返事をしてレジの方に向かっているが、店長は祈織である。

 本来であれば、アルバイト店員でしかない鎬が指示出しをするのもおかしな話ではあるが、そこはもう適材適所だと最初から諦めている。と言うか、鎬が店長した方が良いんじゃないかと、祈織はわりと本気で考えていた。

 鎬が店長で、祈織がアルバイト。

 能力的にも、この方がしっくりするんだけどなぁ。

 店長職をぶん投げたいなと考えながら、祈織はがちゃんとレジを開いた。もう世間ではすっかり骨董品みたいな扱いを受けている旧式のレジスターだが、質屋『栗形』ではまだまだ現役である。

 そのレジの中を見て、祈織はにんまりと笑う。

 お金が、入っている。

 いや、それは当たり前のことではあるが、当然のことなのではあるが、それでも思わず笑みが零れてしまうのだ。

 

 今日は客が、5組、来た。

 

 5組だ。

 こんなオンボロな店に、5組も客が来たのだ。

 そして、5組とも何かしらを買って行ったのだ。

 嬉しい。

 本当に商売してるぞ、私。

 いや、どう考えたって手柄の10割が鎬なのは理解しているのだが、それでも祈織は客が5組も来たという事実が嬉しかった。

 にまにま笑いつつ、祈織はレジの金を数え始める。

 ああ、そうだ。オンボロな店なんて考えたが、もうすっかり、オンボロ、ではなくなったか。

 明るくなって、綺麗になって、すっかり見違えてしまった店内。まるで新しいお店みたいじゃないか。新装開店なのかな、みたいな風に入って来た客もいたが、来てくれただけでもありがたい。

 客が来るようになったと言えば、SNSなどで宣伝しているが、その効果もじわじわ出てきたのかもしれない。いいや、それは流石にまだ気が早いか。

 やはり鎬の言う通り、清潔感があって明るくて、入りやすい店の雰囲気になったというのが大きいのだろうか。

 高圧的というか女王様気質というか、鎬はあんな感じの人ではあるが、何だかんだで頼りになる。

 ふふーん、と鼻歌混じりに金を数え、今日の売上金額と買い取り金額を見比べ、近くに置いてある手書きの帳簿を取り出して、昨日時点での金を確認する。

 ぱっと見て、ふんふん、と頷いて、祈織は手早く金をレジに戻し、ガチャンと閉める。

 

「OK、問題なし、っと」

 

「……あら」

 

 残金記録に今の金額を書き込んでいると、シャッターを閉め終わった鎬が不思議そうな顔で帰ってきた。

 何かあったのだろうかと顔を上げると、それより早く祈織が帳簿を上から覗き込んでくる。体勢的に、鎬の胸を見上げる形になってしまった。

 身長差がなぁ、と切ない気持ちになってしまう。まあ、身長どころか3サイズでも顔面偏差値でも、女としては何もかも負けているのだから今更なのだけど。

 

「ねえ店長、99を43倍したらいくつかしら?」

 

 と、急に鎬が変なことを聞いてきた。

 急にどうした?

 

「え? 4257でしょ?」

 

 99は100から1引いた数である。

 100を43倍したら4300で、そこから1を43倍した43を引けば、4257だ。

 それくらい小学生だって分かるような話じゃないか。

 戸惑いながら祈織はさらっと答えると、ふぅん、と小さく鼻を鳴らしながら鎬は帳簿を覗き込む体勢を戻し、何かを考えるようにアゴに手を当てる。

 帳簿が見たかったわけじゃないのか。売上金額とかが気になったのかな、とか思ったのに。

 

「なら店長、147の123倍は?」

 

「18081」

 

「777を7で割って111倍すると?」

 

「12321……いやなんで逆から読んでも同じ数にしたがるの? 急にどうしちゃったの鎬さん?」

 

「いえ」

 

 ふぅん、と再び鎬が小さく鼻を鳴らす。

 え、なに、怖い。

 

「ちなみに店長、1から100までを全部足すといくつになるかしら?」

 

「5050。いや流石に小学生じゃないんだからさ」

 

「じゃあ、100を7.2%ずつ増やしていって、200を超えるのは何回増やしたとき?」

 

「14回目」

 

「7.2ずつ増やす、ではなく、7.2%ずつ増やすのよ?」

 

「ああ、複利ね。それなら、えっと、10回目で200を超えるね。コンマ以下4231361654、がはみ出す感じで」

 

「あら?」

 

 なんで急にこんな小学生でも分かる算数の授業が始まっているのだろうか。

 頭の中で計算しながらも、いきなり始まった計算問題に祈織は苦笑いを浮かべるしか出来ない。

 しかし、複利計算での答えに鎬は少しだけ意外そうな表情になった。いや、真顔ばかりの鎬からすれば、結構な表情変化なのかもしれない。

 

「店長、72の法則っていうのを聞いたことはあるかしら?」

 

「え? なにそれ?」

 

「……ちなみに、さっきの7.2%の問題、どうやって答えを出したの?」

 

「どうって……え? 普通に7.2%ずつ増やしてっただけだけど……?」

 

「それってつまり、107.2、次にそれを7.2%増やして……」

 

「114.9184だね」

 

「……へぇ」

 

 黙ってしまった。

 その次は123を超えるよね、という言葉を準備していたのだが、そこはお呼びではないようである。

 いやまあ、本当に簡単な問題である。鎬なら考えるまでもないような内容であるし、電卓があればすぐに分かる程度の問題でしかない。

 なんで72に拘るかは分からないが、割合計算だろうと複利計算だろうと、やっている計算内容は極々単純な加減乗除、四則演算でしかないのだ。分からないわけがない。繰り返すだけの四則演算なんぞ、小学生レベルの算数である。

 

 祈織にとっては、即座に計算出来る程度の問題でしか、ない。

 

 特に何も説明してくれない鎬に、ほんのりと恐怖を感じていると、なるほど、と何かを急に納得された。

 ほんとに怖い。

 

「まあ、良いわ」

 

「何が良いのか説明してくんないと不安だなぁ……」

 

「その説明の前に、今日の勉強が先よ店長」

 

「げ」

 

「今日は一風変わって通貨の話をしましょう」

 

「うへぇ……」

 

 よく分からない小学生並みの算数の問題は一体何だったのかに触れることなく、鎬の話題は本日の勉強会にシフトしてしまった。

 そうなのだ、鎬がアルバイトで来る日は、イコールで店経営についての勉強会をすることになっているのだ。

 アルバイトが店長に教育指導とか、もう立場的におかしいだろと思わなくもないのだが、そもそも鎬はこの店を経営再建するために働きに来てくれているので、残念なことにこれが正しいのである。

 本当であれば、店を閉めてから店の経営方針をどうするかの会議を鎬はしたかったらしいのだが、誠に申し訳ないことに、肝心の祈織が経営の 『け』 の字も分かっていないものだから、基礎的な知識が身につくまで鎬に家庭教師をして貰っているのだ。

 しかも時間外労働。

 残業扱いでも良いよー、とは言っているのだが、その給料払える状態じゃないでしょ、の一言で却下されてしまっている。

 いやそうなんだけど、流石に罪悪感がじわじわくるのだ。

 経営の勉強会は、完全に鎬の善意で成り立っており、報酬が何もないというのは流石の流石に申し訳がなさ過ぎる。

 

「あ、あー……そうだ鎬さん! 鎬さんってお酒飲める!?」

 

 そこで閃いた。

 ここはもう、軽い飲食を提供しようじゃないか、と。

 とは言えども、祈織は人に自慢できるほどの料理が出来るというわけでもないので、どうしても酒でもてなす、という方向になってしまうが。

 いや別に、ちょっと酔ってもらって、難しい話を軟らかくしてもらおう、なんて思っていない。

 何なら勉強会から脱線してもらおう、なんて思っていない。

 いやいや、そんな、善意で勉強を教えてくれる鎬に対して、そんな失礼なことを考えているわけがない。

 まあ、もうちょっと教えてくれるときに物腰柔らかくなってくれたらなぁ、とは、思わなくも、ない、と言うか、何と言うか、うん。

 家庭教師モードの鎬、こわい。

 

「え? ええ、まあ、そうね、人並みには」

 

 唐突な提案に鎬は一瞬面を喰らったようであったが、すぐに頷いてくれた。

 良かった。これで下戸だったらどうしようもなかった。

 

「それじゃ上で飲みながら勉強会しようよ!」

 

「酩酊したら勉強にならないわよ」

 

「そんなに飲まないよ! ちょっと飲むくらいでさ! 鎬さんもウチにあるの飲んで良いから!」

 

「あら魅力的」

 

 一度難色を示しかけたものの、鎬は若干の乗る気である。

 あ、これは普通に飲める感じの人だな。

 反応からしてそんな気配を感じ取るのだが、それでも鎬はうーん、と少し考え込んでしまう。

 あれ、駄目だろうか。

 

「でも私、秋水から外でのアルコールに関しては……」

 

「魔王があるよ! ウィスキーは安物だけど、炭酸メーカーもあるからハイボールし放題!」

 

「行くわよ店長。魔王ハイボールが呼んでるわ」

 

 意外とチョロかった。

 お高めのお酒をちらつかせると、速攻で食い付いてきた鎬に思わず祈織は笑ってしまう。

 これなら勉強会をマイルドにしてくれそうだ。

 立ち上がって早く行こう早く行こう、と急かし立ててくる鎬に促され、祈織は鎬を2階の自室へと案内するのだった。

 

 

 

 以前、秋水から、鎬に酒を与えるな、と注意されていたことを、祈織はすっかり忘れていた。

 

 

 

 端的に言って、祈織は酷い目に遭った。

 

 

 

 生まれて初めて貞操の危機に震えるのだった。

 

 

 





「めっちゃ物理的に絡まれる! おっぱい押しつけられる! 太もも撫でられる! お腹さすられる! 胸揉まれる! なにこのクソ甘しっとりボイス! ワイシャツ着崩すのマジやめて! 色気エグい! 私はノーマル! 私はノーマル! 私はノーマル!!」

「祈織は独りでお店の切り盛りを頑張ってたのね。偉いわ。立派ね。よしよし」

「激甘ヴォイスで名前呼び止めて!? 耳元で囁く系のAMSRはホント止めて!? そっちのケがないのに変な気分になるからぁっ!?」

「ASMRよ。AMSRは高性能マイクロ波放射計よ。これで祈織はまた1つ賢くなるわね。よしよし」

「いらない知識までインストールして欲しくないかなぁ!? でもちょっと、慰めてくれると正直泣きそうになるって言うか、ママ味凄い……」

「この部屋暑いわね。ちょっとブラも脱ぐわね」

「ヤメロォォ!?」

「吸う?」

「秋水くーん!! 秋水くん助けてぇぇぇっ!!?」


 なお、お酒は2人できっちり楽しんだ模様。
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