ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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86『賑やかな食事』

「そう言えば、日比野さんはボクシングをされているとか」

 

「おおっと、まさかの棟区くんから話題を振ってきた」

 

「こちらに丁度良いサンドバッグがございますよ」

 

「ちょっと待って棟区くん!? 私への態度だけ冷たいんじゃないかな!?」

 

 7人で地獄の昼食会、になると思いきや意外と会話が弾んで、いや強力なバネの如く勝手に弾んでいる面々の中でも、今まで会話を切り出せていなかった日比野に向け、初めて秋水の方から話を切り出した。

 ボクシングだかボクササイズだか分からないが、彼は確実に格闘技の動きに関して知識を持っているはずである。

 生の知識というのは非常に有益な情報源である。少なくとも、空手のカの字も知らない素人が空手の本を読むよりは余程頼もしい。

 これは是非ともお近づきになりたいものだ。問題はギブ&テイク、日比野に対して秋水がなにを提供出来るか、ではあるが、まずは現状の彼からビビり散らかされているという状況を打破すべきだろう。

 とりあえず隣できゃんきゃん吠えている子犬をサンドバッグとして献上してみようかと差し出し掛けるが、話しかけられた日比野の方は、びくり、と1度跳ねてから、慌てたように青い顔をぶんぶんと横に振った。

 

「あ、いや、ボクシングってわけじゃないよ……いや、ないです」

 

「なるほど、それは申し訳ありませんでした。ボクササイズの方でしたか?」

 

 クラスではわりと爽やかというか穏やかというか、そんな喋り方をしているはずなのに、今はガチガチの声色でぼそぼそと、そして敬語で接される。

 怯えられているな。

 それを自覚しながらも、秋水はそれを気にすることなく、落ち着いた声色を意識しながら日比野へと言葉を続けた。

 他人から怯えられるのは慣れているし、敬語で接するのは秋水だって同じなのだ。気にする必要もない。いつものことだ。

 

「あ、うん。そう、です、はい」

 

「そうでしたか。ボクササイズは私も興味があるのですが、どこでやっているのか分からなくてですね」

 

「え?」

 

 隠すことなくボクササイズに興味があることを伝えれば、日比野がきょとんとした表情になる。何かおかしなことを言っただろうか。

 そして、一瞬固まる日比野が復帰するよりも先に、秋水の言葉に反応したのは紗綾音であった。卵焼きを食べながらである。

 

「えー、棟区くんボクシングやるの? 相手が可哀想じゃない?」

 

「ボクシングなどの動きを取り入れたエクササイズですよ。殴り合うわけではありません。有酸素運動と無酸素運動が組み合わさった全身の運動なので、下手な自重の筋トレをするよりも効果的だと聞いています」

 

「おっと待った先生、それはまたダイエットの話題ですか!?」

 

「ほら渡巻さん、別の人が食い付いてきてしまったじゃないですか」

 

「私のせいかなぁ……?」

 

 唐突に話へ合流してくるミカちゃんさんに、何故か納得がいかない表情をしている紗綾音。もはやこの2人のせいで騒がしい。

 どちらかだけでも手綱を握って気を逸らしておいてくれないかな、と秋水はストッパー役である沙夜の方へとちらりと目をやった。

 そのチワワの飼い主である沙夜は、机を挟んで何故か日比野を問い詰めているところであった。

 

「え、ちょっと日比野、それって女も多いの? おばちゃんの運動ぐらいなの? トレーニングの強度はどんなもんなの? ジョギングと比べて消費カロリーでかいの? サイクリングと比べて消費カロリーでかいの? どうなの? え?」

 

「ま、待って待って、竜泉寺さんが今まで見たことない顔してる」

 

「どっかジムあんの? どこにあんの? 月いくらなの? どんくらいの時間かかんの?」

 

「助けて、助けて未来」

 

「おいヤメロよ、俺に擦り付けようとかすんじゃねぇよ。目がガン極まった女子2人の相手なんかしたくねぇよ。俺は飯食うんだよ」

 

「はははー」

 

 そう言えばこちらもダイエットガチ勢である沙夜に問い詰められる日比野は、我関せずと黙々と食事を取っていた覚王山へと助けを求めるも、その覚王山はとても嫌そうな顔で拒否である。

 気持ちは分かる。秋水とてダイエットの話題になっているときの沙夜には絡まれたくない。

 言外に、私も嫌だ、みたいなメッセージが籠もっているミッチの乾いた笑いもセットで拒否られ、日比野はしょんぼりと肩を落としたものの、そんなものお構いなしに、公園とかでやれんの? 必要なものは何なの? トレーニング内容はどうやって覚えるの? と沙夜が質問を畳み掛けていく。

 どうしよう、質問内容がほとんど秋水が聞きたい内容である。もしかして心を読んで代弁してくれているのじゃなかろうかと疑うレベルで同じである。

 

「待って待って、えっとね、僕が行ってるのは駅の方にあるジムのやつだけど、シェイプアップ目的の人の方がむしろ多いよ。ガチでやる人はボクシングクラブとかに行ってるか、普通にボクシング習ってるって」

 

「……駅の?」

 

 引き攣った顔で沙夜の質問へ順番に答えようとしている日比野の言葉に、反応したのは秋水であった。

 邪魔すんなよ、みたいな目で沙夜にじろりと見られたものの、一応本来の会話の流れの中で、邪魔に入ったのは沙夜の方なので悪しからず。

 しかし、ややガラの悪い、ではなく尖ったような印象のある沙夜に睨み付けられるのは普通に居心地が悪いので、失礼、と謝るように片手でポーズを取ってから会話へと割り込むことにした。

 

「それは、青い看板のジムですか? 大きい、2階建ての」

 

「え? あ、うん、じゃなくて、はい。たぶんそのジムです」

 

「そうでしたか、あちらのジムはボクササイズの器具が揃っているのですね。私は近くにあるピンクの看板のジムの方を利用しているのですが、そちらのジムについてはよく知らなかったのですよ」

 

「……あのクマのマスコットが描かれてるジム?」

 

「はい。そちらです」

 

 驚いたような顔の日比野に頷いて返しながら、なるほど、あそこか、と秋水は内心で納得していた。

 秋水が利用しているジムの近くには、もう1軒別のジムがある。

 隣接しているとかいうレベルの近さではないものの、徒歩でも10分くらいしか離れていない距離である。秋水が最近使っているコンビニに勤めている方の渡巻さんからも、近くにスポーツジムとかが2軒ある、と認識されているくらいだ。

 そして、日比野は秋水とは別の方のジムに通っている、と。

 なるほど、あちらにはボクササイズが出来る器具が揃っているのか。羨ましい限りだ。

 日比野が通っている方のジムは比較的新しく、施設としての規模が大きい。

 元がDVDとかのレンタルショップだったところを大改装してジムになったのが何年か前の話であり、まだまだ新しく、2階建て、カフェスペースあり、トレーナー常時在中、広い駐車場、なにより外観お洒落、などなど、明らかに秋水が通っているジムよりもグレードが高い。いや、正直なところ、秋水が利用しているジムの劣っている感が凄い。

 築10年以上、平屋、器具の合間を縫うように設置された申し訳程度の休憩スペース、スタッフがいない時間の方が長い、駐車場はまあそこそこ。並べてみれば現実を突きつけられた感が酷くて泣きたくなってくる。トドメとしては、そのジムの看板はマスコットのピンクのクマがダンベルを持っているという、なんもとファンシーな看板なのである。何処の層を狙っているのだろうか。

 まあ、一応、24時間門戸が開いているジムであり、パーソナルトレーナーが居らずに独りで勝手にどうぞという方針なので料金が安い、という違いがあるので、完全に下位互換とは言わないものの、どうしたって日比野の利用している方のジムと比べるとなぁ、といった感じが滲み出てしまう。

 

「ああ、あっちのジムもどうしようか気になってたんだよね、じゃなくて、気になってたんですよ。親から新しい方が良いんじゃないかって言われて、今のジムにしたんですけど」

 

「なるほど、そうなのですね」

 

 共通の話題が見つかったからだろうか、日比野の表情がちょっとだけ和らいだように見える。

 あくまでも、ちょっとだけ、だ。

 まだまだその表情は硬く、怯えられているのは変わりがない様子だ。

 しかし、向こうが話に食い付いてきてくれたのは僥倖である。

 

「そちらのジムに比べると、私の方は狭いですし、中はかなり無骨なものですよ」

 

「え、あんなに可愛い看板掲げといて?」

 

「いえ、まあ、そこの意図は私には分かりませんが、実際はジムの中にとにかくマシンや器具を入れるような感じでして、可愛らしさは欠片もございません。そちらのカフェスペースのような休憩場所なんて洒落たものもございませんよ」

 

「うわ、そうなんだ……そっちのジムってバーベルやるスペースはあるんですか?」

 

「バーベル?」

 

 急な質問に、思わず素に近い感じで聞き返してしまう。

 びく、と日比野の肩が一瞬跳ねる。

 いけないいけない、自分が趣味としている領分の話なので、秋水の方も少し気が緩みかけてしまっていた。

 秋水は気を引き締め直し、質問に答えるべく日比野の方へときちんと向き直す。めちゃくちゃ興味津々といった様子で秋水と日比野の方を交互に見つつ、ポテトサラダをもごもごと食べているミカちゃんさんが視界の端にちらちら見えるのが若干気が散ってしまうものの、これは位置的に仕方が無い。

 

「あ、えっと、ごめん。僕の方さ、バーベルってあの、ベンチプレスやれるようなのが1台しかなくてですね……」

 

「なるほど、それはオリンピックベンチですね?」

 

「え、ああ……そう、そうです、オリンピック、とか書いてあった、な、確か? あと、ベンチの方に、なんかぐにゃって曲がってる感じのもあるけど……」

 

「EZバーですね」

 

「く、詳しいんですね……」

 

 驚いている日比野の様子を見るに、どうやら彼は筋トレ自体は初心者かそれを脱した程度の経験年数のようである。

 そう言えば、もう1人の男子である覚王山が、日比野が最近プロテインドリンクを飲み始めている、とか言っていたのを思い出す。それを考えれば、秋水の利用しているジムで真夜中に出没する美寧とどっこいどっこいといったレベルだろうか。

 しかし、オリンピックベンチが1台だけ、と来たか。

 若干の嫌な予感がする。

 

「こちらのジムにもオリンピックベンチはありますが、パワーラックも2基あります。あとはスミスマシンも2基ありますね。これらの器具についてはご存じですか?」

 

「えっと、スミスマシンの方は知らないです。パワーラックは、あの、セーフティつけてスクワットも出来るやつですよね?」

 

「そうですね。パワーラックはそちらです。スミスマシンは基本的にパワーラックと同じなのですが、バーがレールに連結されていて、上下方向だけに軌道が固定されているバーベルマシンです」

 

「そんなのがあるんだ……あ、ケーブルマシンは? こっちは1台だけなんですけど」

 

「おや、こちらは2基ありますが。ちなみに普通のトレーニングベンチが6台あります」

 

「えー……僕のところ、3台……」

 

 あからさまに日比野がしょんぼりした様子になってしまった。

 ああ、なるほどな、と秋水はだいたいを察してしまった。

 お洒落な外観で、休憩用にカフェスペースがあるトレーニングジム。

 ボクササイズが出来るが、シェイクアップ目的の人の方がむしろ多い。

 そしてパワーラックもスミスマシンもなく、フリーウエイトの取り揃えがまさかの秋水が利用しているジムに劣っている。

 なるほど、明らかにライト勢、もしくは女性をターゲットにしたジムだったのか、あそこは。

 

「あの、そちらはウォーキングマシンはどれくらい揃えられているのですか?」

 

「えー、20台くらいはあるかな……自転車のやつも10台くらいあるし、クロスなんとかっていうのも5台あるよ。有酸素系のは多いんだ、僕のところ……」

 

「あー、私のところの倍以上ありますね……ちなみにですが、無酸素運動のものは……?」

 

「マシンは一通り揃ってるんだ、マシンだけは……」

 

「えーっと、それはそれは……」

 

「ありがとう、気を遣ってくれるんだね……ありがとう……」

 

 本当に落ち込んでしまった様子である。

 サンドイッチを持ちながら、がくり、と肩を落とした日比野になんと声を掛けたら良いものかと秋水は苦笑いしか出て来ない。

 恐らくではあるが、日比野はかなりまともに筋トレをしたかったのだろう。

 しかし、彼が選んでしまったジムはジョギングやサイクリングなどのような有酸素運動系を中心としたジムであったらしい。

 

 ちなみに、ジムでのトレーニングというのは、一般的に無酸素運動系と有酸素運動系に分かれている。

 

 無酸素運動は、いわゆる筋トレと呼ばれるもので、秋水がメインで行っている筋肥大を目的にしたトレーニングだ。重たいものを力を振り絞って動かす、ムキムキのマッチョどもが蜃気楼を発生させるレベルで熱と汗を放出しつつ行っている筋トレを想像すれば、ほぼそれはほぼ無酸素運動系である。

 スクワットなどで重量の重たいバーベルを担いで行うとなると、一気に持ち上げようとすれば息を止めて力を振り絞って持ち上げるであろう。

 息を止める。

 だから無酸素。

 故に、無酸素運動、である。

 

 一方、ウォーキングやサイクリング、ストレッチといった運動は有酸素運動と呼ばれている。

 こちらは無酸素運動の逆であり、呼吸を続けながら行う運動だ。

 無酸素運動は強い力を一気に引き出す運動であるが、有酸素運動は一定の力を連続して繰り返し引き出し続ける運動になる。

 そしてこの、強い力を一気に引き出す筋肉と、一定の力を連続して繰り返し引き出し続ける筋肉は、別物なのだ。

 速筋と遅筋である。

 

 速筋は主に収縮力が速く、瞬発力やパワーが必要な運動に適している白身の筋肉。

 強度の高い筋トレなどの無酸素運動により活発に刺激されるのはこちらであり、鍛えると大きくなる性質がある。

 つまり、筋トレをしてムキムキになるならば、速筋を鍛える必要があるのだ。

 

 そして遅筋は収縮力がゆっくりで持久力があり、継続的な運動に適している赤身の筋肉。

 ウォーキングなどの有酸素運動により活発に刺激されるのはこちらであり、遅筋の方は鍛えても大きくならない性質がある。

 筋肉を動かして脂肪を燃焼させ、代謝の良い体になる、つまりダイエットを目的にするならば遅筋を鍛えた方が良いと言われている。

 

 要するに、日比野が利用しているジムは、ダイエットをメインにしたジムであったのだ。

 

「まさか、可愛い看板の方がちゃんとしたジムだったなんて……」

 

「あの、いえ、有酸素運動がメインも一応はちゃんとしたジムに変わりはないのですが……」

 

 すっかりいじけてしまった日比野を、苦笑いしつつ秋水はフォローする。

 確かに、ピンクのクマ、なんてファンシーなマスコットが描かれている方がガチの筋トレ向きだなんて思うまい。

 しかし、あちらのジムが有酸素運動をメインにしたジムであったのは秋水も初めて知ったことである。

 ボクササイズの器具が揃っているならば、そちらのジムに移籍しようかとも一瞬考えたのだが、流石にフリーウエイトの選択肢が少ないのは、秋水にとっては少々どころではなく普通に大問題だ。マシンは一通り揃っているとのことだが、どちらかと言えば秋水はフリーウエイトの方が好みなのである。マシントレーニングが嫌いなわけではないが。

 それに、確かあのジムは夜間帯は利用出来ないはずである。最近はすっかり真夜中の利用が当たり前になってきている秋水にとっては、24時間営業ではないのも致命的な問題だ。

 そして何より、有酸素運動をメインにしたジムは、女性が多い。

 秋水のような強面大男を絵に描いたような奴が入ったら、周りが萎縮するのは間違いないし、ジムとしても迷惑な話であろう。

 残念だが、日比野が利用している方のジムを、秋水は利用出来そうにはない。

 

「ねえちょっと日比野、有酸素運動メインのジムってことは、ダイエット向けのジムってこと、なんだよね?」

 

「え?」

 

 秋水がフォローした言葉を、まさかの沙夜が拾い上げ、何故か日比野に向けて質問としてぶん投げた。

 あ、沙夜は有酸素と無酸素の区別が付いているのか。運動だけで体型維持を頑張っていたらしいので、その辺りの知識は豊富なのかもしれない。

 急に、と言うか再び沙夜から質問を飛ばされ、落ち込んでいた日比野は顔を上げてきょとんとした様子。

 そして、話題がダイエットであるならば、秋水の隣に座っている女子も黙ってなどいなかった。

 

「おっと聞き捨てならない! ちょっと道、私に隠れて裏切り者がこのやろー! 私がぽよってきたって泣いてる横で自分は優雅にダイエットだと!?」

 

「え? いや、違」

 

「ねえ、そのジムどこにあんの? 月いくらなの? 指導してくれる人いんの? なにがおすすめなの?」

 

「ちょ、ちょっと待って竜泉寺さ」

 

「なんで私に隠してたんだよー! 教えてくれたって良いじゃんか友達だろー!?」

 

「いや隠してな」

 

「ねえ、ボクササイズってなに用意すりゃ良いの? すぐ始められんの? 公園とかで出来ないの?」

 

「いや竜泉寺さんホント目が怖」

 

「てゆーかさ、ボクシングはシェイプアップ目的とか言ってたけど、そこんとこ詳しく!」

 

「だからボクシングじゃないって!」

 

「弟とか相手に殴ってればボクササイズになんの?」

 

「朝陽くんのこと可愛がってなかったっけ竜泉寺さん!?」

 

 沙夜に加えてミカちゃんさんにまで絡まれ、しょんぼりしていたのも何処へやら、日比野はおろおろと慌ててツッコミを入れはじめる。

 これはボクササイズの話は聞けそうにない、と言うよりも、沙夜が秋水の聞きたい内容を問い詰めてくれているので、秋水は軽く一息ついて自身の昼食であるおにぎりの封を切った。

 ようやく食事である。

 しかし、それを食べようとしたところで、今度は別の方向から声が掛かってしまった。

 

「なあ、おい、棟区」

 

「はい?」

 

 呼びかけてきたのは、微妙に秋水のことを睨んでくる威勢の良い男子、覚王山であった。

 彼の方へと顔を向けると、やはり1度怯まれてしまうものの、今度は睨み返されることなく、軽くそっぽを向かれてしまった。それはそれで悲しい。

 

「お前、ボクシングに興味あんのか?」

 

 あります。

 即答しそうになってしまった。

 いけない。確かに興味があるのはボクシングの方であるが、名目上はボクササイズのように運動やトレーニングとして、という方面で話しておかねばいけない。

 自分のような奴が、殴り合いに興味があります、は色々と問題である。

 

「そうですね。トレーニング内容には興味があります」

 

「そうか……あー……なら、メッセージの連絡先教えろ」

 

 発言に気をつけながら答えてみれば、覚王山は少し迷ってから、スマホを取り出しつつぶっきら棒にそう返してきた。

 急にどうしたのだろうか。

 まあ、トークアプリで有名なやつは一応スマホに入っているが、それで良いのだろうか。

 秋水は少し不思議に思いつつ、別に連絡先を教えることについては特に問題がないのでスマホをすぐに取り出した。

 

「このアプリでよろしいですか?」

 

「た、躊躇わないのなお前……」

 

「はい?」

 

「……だー! なんでもねぇ! 交換だ交換!」

 

 すぐに自身のIDを示すQRコードを表示させてみれば、何故か覚王山の方が1度躊躇した様子であったが、これまた何故かキレながらスマホを近づけてQRコードを読み込んだ。

 軽快な音が鳴る。

 トークアプリで連絡先が追加されたときのメロディである。

 家族と企業しか連絡先の登録がなかった秋水には、耳馴染みのないメロディだ。

 連絡先の交換が終わった覚王山は、そそくさとスマホを引っ込め、慣れた手付きで何かたぷたぷとスマホを操作する。

 その一連の流れを覚王山の隣で見ていたミッチが、にま、と何故か笑った。

 

「良い子だねー」

 

「うっせぇ! 同い歳っつーか、俺の方が誕生日が半月はえーだろ!」

 

 ミッチにキレ返しながらも覚王山はスマホを操作し、そしてすぐに秋水のスマホが鳴った。

 何かと視線を落としてみれば、トークアプリからの通知である。

 覚王山からのメッセージだ。

 ああ、早速なにか送ってくれたのか。

 

「道の奴が一緒にどうだって誘ってくれたときに見せてきた、ボクシングの入門動画……あ、ボクササイズだったっけ? なんかそれの、家でも出来るなんとかかんとかって内容らしーけど、興味なかったからよく見てねぇんだ。的外れだったらわりぃな」

 

 そのメッセージを確認するより先に、覚王山はそっぽを向きながら内容を教えてくれた。

 なんと、それはありがたい。

 動画などで今まで自分の興味がなかった範囲の教材を、自分で探そうとするとなんと検索して良いのかいまいち分からず苦戦していたのだが、入門動画なんてピンポイントなものを教えてくれるのは、かなり助かる。いや、冗談抜きで助かる。

 

「それはありがとうございます。正直この手の教材となる動画は探すのが意外と面倒でして、とても助かります。ありがとうございます。あとで拝見しますね」

 

「お、おぅ……なんかお前、思ってた感じと全然違うのな……」

 

「それじゃー、便乗して私からはこれー」

 

 素直に礼を言えば、覚王山は何ともバツが悪そうに言葉をもごもごとさせてしまっている。

 どうしたのかと尋ねるよりも前に、今度はにまりと笑っていたミッチが口を開き、続いて秋水のスマホから再び通知音が鳴った。

 またトークアプリのメッセージである。

 はて、再び覚王山からだろうかと見てみれば、それは知らないアイコンであった。

 

「ざっと調べてみて、それっぽい動画のおすすめいちらーん」

 

「おお、なんと」

 

「最近の調べ物なんてAI使えばちょちょいのちょーい、っと」

 

「AI。鶴舞さんはそちらに詳しいのですか。私はそちらには疎いので、使える方は正直尊敬します。そしてありがとうございます。覚王山さんも鶴舞さんも、とても助かります」

 

「いやちょい待てコラ」

 

 まさかのミッチからも情報提供を貰え、かなりありがたいと感動している秋水に、今度は何故か覚王山からストップが掛かる。

 覚王山の方を見てみれば、半目で胡乱なものでも見るかのような目つきで、秋水ではなくミッチの方をじろりと睨んでいた。

 おっと、急に険悪な雰囲気である。

 

「お前、棟区といつ連絡先交換したよ?」

 

「私のスマホ、未来のやつとデータ連動してるから、未来が連絡先拾ったら私も使えるんだよー」

 

「え!? なにそれ知らない怖いっ!? 俺のスマホってハッキングされてんの!? 嘘だろお前それ普通にヤバい奴じゃねぇか!」

 

「ウソだよーん」

 

「馬鹿かお前普通に信じたじゃねぇか! じゃねぇ! だったらいつ棟区の情報拾えたんだよ!?」

 

「んー、データ連動?」

 

「どっちなの!?」

 

「だって細かいテクがうんぬーん、みたいなの、未来分かってくんないしー」

 

「え、いやだってお前、急にプログラムの話とかしてくんじゃん……」

 

「てーか、クラスみんなの連絡先くらい、普通に情報ガバ抜きしてるしー」

 

「普通じゃないよなそれ絶対!?」

 

 どうしよう、急に言い合いが始まってしまった。

 覚王山とミッチがコントのような言い合いを始めてしまったことに、秋水はぽかんとしてから、困ったように隣を見る。

 ミカちゃんさんは沙夜とタッグを組み、日比野を尋問している真っ最中であった。

 あ、これ、女性陣の方がパワーバランス上なんだな。

 開始10分にも満たない昼食会で、早々に男女の力関係というものを理解した秋水は、黙ってスマホを机に置き、静かにおにぎりを口にする。

 

「くふ」

 

 と、隣から漏れ出すような奇妙な笑い声。

 ミカちゃんさんとは反対の方へとちらりと目をやれば、紗綾音が口を手で押さえながらぷるぷると震えている。

 なに笑てんねん。

 

「ふふ、ふ……あは」

 

「渡巻さん、竜泉寺さんを止めて下さい。日比野さんが困り果てていますよ」

 

「あは……わはは、むりむりー」

 

 押し殺すように、しかし殺しきれずに漏れ出ている笑いに肩を震わせている紗綾音のつむじを突けば、ついには普通にけたけたと笑い出してしまった。

 

「あー、うん。みんな楽しそうでなによりだよ」

 

「日比野さんを見て下さい、捕食者に怯えるシマリスみたいな表情ですよ」

 

「なにその例え、変なのー、ははっ。うん、みんな楽しそうで良し良しだよ」

 

 なにがツボにはまったのか、紗綾音はけたけた笑いつつ、何故か秋水の腕をぺちぺちと叩いてきた。

 自分が呼ばれたことに気がついたのか、日比野が助けてくれと言うように紗綾音と秋水の方を見ているのだが、それを紗綾音は完全スルーの様子であった。まあ、秋水もダイエットの話題に食い付いてくる沙夜とミカちゃんさんを相手にしたくないので、申し訳ないがスルーだ。

 

「えーっと、なんだっけ、あれだ、棟区くんはボクシングに興味あるんだ」

 

「そうですね。トレーニング内容には興味があります」

 

 笑って出てきた涙を軽く拭いつつ、紗綾音がなんとか話題を振ってはきたものの、それは覚王山に振られた話題と同一であり、秋水はしれっと同じ台詞を切り返す。

 そうなんだ、あ、さっき聞かれてたねそれ、と勝手に自己解決を果たす紗綾音の頭をわちゃわちゃと撫でてから、秋水は持っていたおにぎりをもう一度口に運ぶ。

 紗綾音と秋水に見捨てられたことを悟って絶望した顔になる日比野に、それに容赦なく質問を一方的に重ねていく沙夜、そして悪ノリしているのか判別がつかない問い詰め方をしているミカちゃんさん。

 そして、にまにましつつ軽い口調でのらりくらりと言葉を紡ぐミッチに、その言葉に一々ツッコミを入れている覚王山。

 賑やかな昼飯である。

 久しぶりに、賑やかな食事である。

 ここ1ヶ月ほど、無縁であった、賑やかな食事である。

 

 まったく。

 

 秋水は思わず苦笑を漏らす。

 

 それを見上げ、にんまり、と紗綾音も笑みを浮かべていた。

 

 

 





「あっちのジムって、ヤクザが使ってるって噂があるんだよね。だから親にも止められちゃってさ」
「それはたぶん、私のことではないですか?」
「あ……」

 わちゃわちゃした会話を書くのは楽しいけれど、文字数が膨らんでしまう。いつもの倍近いよぉ(;´Д`)
 本来は登校から昼食会の終わりまで3話でまとまる予定だった……(´゚ω゚`)



【昼食メンバーに対しての紗綾音の視点】
・棟区 秋水
 楽しんでくれるかな? どうかな?

・竜泉寺 沙夜
 もう怖がってなかったみたいだし、昨日もグイグイ迫ってたから大丈夫でしょ。

・日比野 道
 最近ちらちら見てたし、怖がってるのとも何か違うし、たぶん話題が絞れたらいけるハズ。

・覚王山 未来
 気が強いから酷いビビり方はしないと思う。喧嘩になったらお終いだけど、たぶんこの程度じゃあっちはまず怒らないね。

・鶴舞 美々(ミッチ)
 覚王山くんと一緒に居たいよね。

・御器所 蜜柑(ミカちゃんさん)
 適当にダイエットの話題引き出せばどうせ食い付くでしょ。うん。
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