助けて旧神様!(旧題クラインの壺ナウ)   作:VISP

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久しぶりのSS執筆に興奮が止まらない。
取り敢えず、ネタが尽きるまで走り抜けるつもりです。


第一話 旅の始まり

 これはとてもとても感動的な、弱い神様が生まれるまでの長い長い物語、その隅っこ。

取るに足りないちっぽけな命が、ずっとずっと足掻き続ける。

 これはそれだけのお話です。

 それでもよろしいのでしたら、是非このゲームキーパーと共に彼の物語を御観賞ください。

                                            」 

 

 

 

 気付けば、見知らぬ土地に転生していた。

 

 いや、マジで何が起こったのか解らん。

 ブラック企業で馬車馬の如く働いて、日付変更後に漸く帰宅して泥の様に眠りについた筈なのに、気付けば知らん場所で寝ていた。

 転生した場所は普通に地球らしかった。

 年代的にはまだ昭和の半ば位か?大量の電化製品がまだ一般家庭に普及し切っていない感じからして。

 まぁ娯楽も少ない時代だし、頑張って勉強して、よい仕事に就くか。

 幸い、こっちの両親も良くしてくれる様だし、計6人の兄妹姉妹との関係も悪くないみたいだしね。

 んでまぁ色々勉強しつつ、人付き合いも欠かさずして、何とか大手企業への内定が決まった頃…

 

 唐突に死にました。

 

 

 

 2じゃなくて3回目

 

 前回の最後だが、うん、無いわ―とは思った。

 と言うか、何が原因だったか本当に解らん。

 家で家族と団欒してたら突然吹っ飛んだんだもん。

 取り敢えず、また勉強しつつ、今度は災害にもテロにも巻き込まれん様な所で暮らそう、と思ってたのだが…。

 

 今度の転生先、生まれた場所の地名が「インスマウス」。

 クトゥルー神話かいッ!?

 

 思わず全力で日本語で突っ込みを入れてしまって怪しまれたが、その後はやっぱり勉強、英語を流暢に話せるようになったのは良かった。

 それに加え運動や格闘技なんかをして身体を鍛え、結局あんまり流行っていないバスの運転手に就職した。

 幸いにも前の時代とは同年代に生まれたため、そこまで科学的知識なんかに差異は無かった。

 現在は1人身だが、何が起こっても良い様に、安い給料で武器やお守りなんかを買って集めている。

 まぁCCDなら兎も角、邪神相手には悪戯にも成りはしないが、生き残るために少しでも努力はしたい。

 最初から邪神眷属共の相手なんて無理、と言うかオレの方が今や退治される側だしね(遠い目)。

 一応言っておくが、ここでの生活は余り問題無かった。

 無論、ダゴン秘密教団だとか、夜に出歩くと軽くSAN値直葬ものの光景が広がってるだとかはあるが、一応自分も深き者共の末裔なので、積極的に狙われる事は殆ど無かったからとも言えるが。

 …ただし、最大の問題は最近自分もインスマウス面になりつつあり、以前までの鳥の行水が見紛う程に長風呂好きになった事だろうか。

 最近夢に水中都市だとか不定形の変身生命達だとかを見てSAN値がガリガリ削れている。

 あれがイハ・ントレイとショゴスだろうか?マジであんなのと戦える方々には頭が下がる。

 

 にしてもこの街、治安悪いのなんのって。

 街中に漂う普通の海辺に比べて不快感を100倍圧縮した様な独特の匂いが常に漂い、少人数の旅行客が消えるなんてはのはしょっちゅうだし、閉鎖されてる筈の工場や廃屋からは半漁人と哀れな被害者のR-18(時々Gも付く)的な音が絶えず聞こえてくる。

 もう一番最初の人生から童貞とは言え、リアル異種姦レイプとか…正直萎えます。

 アレの仲間入りする位なら、生涯童貞でいいです、はい。

 

 んで、30歳になる頃、遂に完全にインスマウス化した。

 幸いにも人格面にはあんまり影響が無かったが、すっかり水中での生活に適応してしまった…。

 最近は悪魔の岩礁の近くを回遊してるが、時折投げ込まれる死体とかは喰わず、もっぱら魚ばかり食べている。

 他の同族は攫ってきた女性を輪姦したり、イアイアと祈ったり、人肉パーティーを開催してるので、余り近くに寄りたくはないのだ。

 が、そうも言ってられない事態になった。

 族長、と言うかローブを着こみ、特徴的な黄金の三重冠や腕輪を付け、魔道書?を持っている司祭がオレンジ色の髪と髭、見事な白いスーツを纏った似非紳士と会話していた。

 

 …………………………………え、まさかのデモベ時空なん此処?

 

 即効で姿を暗ましたオレ悪くねぇ。

 オーケー落ち着けオレ。

 取り敢えず、戦闘に巻き込まれない場所に逃げよう。

 なんでこうなったかは知らんが、それでもいい加減に普通に寿命で死にたい。

 

 幸いにも沿岸部なら陸上でも活動できるので、嘗ての自宅に行って水中銃他、濡れても動く装備を整え、何時でも戦闘出来る様に待つ事数日後、遂に来た。

 マスター・オブ・ネクロロリコンとその魔道書が遂にインスマウスにやってきたのだ。

 んで、何が起こったのかと言うと、結果だけ言えばオレは死んだ。

 

 

 

 4回目

 

 前回の死因はロリコンが召喚した鬼械神による焦熱呪文の余波だった。

 おい被害者の救助はどうした、と言いたい所だが、一度でも犯されると永遠に魂が汚染されるとか言われてるしなぁ…。

 媚薬で狂わされたとは言え、既に孕んでるだろうし、有りっちゃありかね?

 戦った相手がダゴンかハイドラかは知らんが、一つ気になる事があった。

 

 召喚されたの、デモンベインじゃなくね?

 

 というかどう見てもアイオーンでした。

 あの黒くて無骨な姿は見間違い様が無い。

 んじゃ此処、無限螺旋のかなり初期?

 ……取り敢えず、各種言語を勉強しつつ、魔道書を探してみよう。

 何時出れるかは解らないが、何もしないよかマシだろう。

 

 今回は日本人なので語学を中心に勉強して就職して(今までの蓄積のお陰で簡単だった)、住居を人里離れた僻地に移し、語学の研究をしまくって過ごした。

 魔道書?そう簡単に見つかる訳ないじゃん。

 

 んで、空を飛び交う破壊ロボの蹂躙劇とかを眺めつつ死亡。

 成る程、2回目はこれが原因だったか。

 

 

 

 5回目

 

 さて、今回は何に転生したかというと…人間だけど、ドイツの某所(ちょっと大きめの地方都市)出身。

 

 今回はミスカトニック大学を目指して勉強、その傍らで裏通りで魔道書を探す。

 この時代、当然ながらまだまだ闇の匂いが色濃い。

 邪神眷属が実在する世界なのだから当たり前だが、それでも最初の日本では有り得ない程の瘴気だ。

 すると見つけたのが…………妖蛆の秘密:ドイツ語訳改訂版。

 よりにもよって…。

 古本屋で見かけた時、思わずorzとなったオレを誰が責めようか。

 こいつは勿論原典ではなく、その後に出版された殆ど価値の無い写本だ。

 それでも1ページ目をちらっと読むだけで精神が揺さぶられる。

 取り敢えず購入して安アパートに戻ってありったけの御守りとかを装備した後に鉄で装丁された表紙を開き、読み始める事1時間…。

 

 

 発狂して死んだ。

 

 

 6回目

 

 前回で解った事は「どんな下位の魔道書でも舐めてかかると死ぬ」と言う事だ。

 うん、正直舐めてたよ。

 年月経てるから、多少人より頑丈な精神だと思ってたけど、魔道書の前ではんな事は無かった。

 特に妖蛆の秘密はあの存在そのものがR-18Gなティベリウスの本体にもなった代物だ。

 そら初心者を狂死させる位はするだろう。

 

 今回は日本で人間だが、SAN値を削り切られた影響か、精神がやたら不安定だ。

なのであの1時間で見た知識を反芻し、自筆の手稿に書き写す事に専念する。

そしたらなんか手稿に魔力が宿った。

 いやさ、一応マジの邪教崇拝に参加して、そういったものを感知出来る様になったけどさ?

 いきなりこれは無いでしょうと。

 魔力を宿した手稿はやたら物理的にも頑丈になった上に、夜な夜な発光したり、蠅等の虫が寄ってくる様になった。

 お陰で殺虫剤が欠かせない。

 

 今回も破壊ロボの群れに殺された。何時か撃墜してやる。

 

 

 

 7回目

 

 今回はまたインスマウスなんだが……前より身体能力とかが上がってる?

 以前がlv1の雑魚なら、今はlv2位?

 各種スペックが以前の2倍相当。

 原因はどう考えても無限螺旋なんだが……黒白の王以外に有り得るのか?

 普通に無理だと思う。

 ってかそもそも混沌の術式にオレが混入してる事自体が異常だ。

 邪神の箱庭に干渉出来るとか、明らかに人智を超える業。

 あれ?オレもしかして神々同士の戦争に巻き込まれてる?

 

 …………オーケー落ち着け、クールになろう。

 これは魔術を探求しつつ、じっくり調べていくべき事だな。

 今の状態じゃ結論を出すのは無理だ。

 

 結局今回もアイオーンに蹂躙された。

 ちゃんと避難してたんだけど、前回よりも攻撃力が上昇し、それに伴って余波も強化されてたのが原因だ。

 

 

 

 8回目

 

 今回はアーカムシティ周辺。

 前と同様に勉強してミスカトニック大学を目指しつつ、魔道書を探し回る。

 

 んで見つけたのが……ルルイエ異本:英語版。

 

 感じる格は以前の妖蛆の秘密:ドイツ語改訂版よりも大分低いし、ちらっと読んだ感じだと、こっちの方がオレと相性が良い感じだ。

 多分、以前に何度かインスマウスに転生したのが効いているんだと思う。

 迷わず購入し、自宅で読書開始。

 結果としては、発狂する様な事は無かったが、余りにも格が低く、内容も出鱈目が多く、参考になる部分が少ない事が解った。

 まぁ元々リアル深き者共だったオレだ。

 これに記述されてる適当な内容よりも、実体験としてより詳細な知識を持っている身としては実に微妙な気分になった。

 とは言え、現在のド素人のオレが扱い切れる魔術の発動媒体としては申し分ないので愛用する事が決定

 その後はド三流の魔術師としての修行の日々と相成った。

 

 まぁ最後はお定まりの破壊ロボの蹂躙劇でしたが。

 とは言え、何体かは撃破できたので、まるっきり成長していない訳ではないらしい。

 

 

 

 9回目

 

 今回もアーカムシティだったため、即効でルルイエ異本を購入後、遂にミスカトニックに入学した。

 さぁ陰秘学科へ!と思いきや、普通に入学出来る訳も無く、経済学科で勉強しつつ、向こうからのリアクションを待つ事一月。

 ラバン・シュベルズべリィ教授の研究室に呼ばれた。

 

 

 「ふむ、君が新入生の中にいた魔術師かね?」

 「は、はい!」

 

 我ながらガチガチに固まっているが、当然である。

 少なくとも逆十字のクラウディウスより強いガチのホラーハンターを前に、尻込みせずにいられる程、自分はまだまだ強くはない。

 

 「ダディ、この人、水の匂いが濃い。」

 「君は魔道書は何を使っているのだね?」

 「あ、はい。ルルイエ異本の英語訳です。」

 

 迷わず差し出す。

 だって逆らったら邪悪な魔術師認定されかねないんだもん。

 んでパラパラと差し出された魔道書を捲る教授。

 自分はお伴の葉月ちゃんを興味深く眺める。

 何気に至近距離で魔道書の精霊を見るのは初めてだったりする。

 

 「宜しい。君、陰秘学科に転入するつもりはあるかね?」

 「ぜ、是非お願いします!」

 「ちなみに、目的等はあるかね?」

 「自衛です。それが至上命題です。」

 「実感籠ってるね。ガンバ。」

 

 陰秘学科ではかの教授の授業を受ける事が出来た。

 彼の授業で学んだ内容は、各種奉仕種族への対処方法や蜂蜜酒等の霊薬の作成法、邪神から身を守る術の基本等々…。

 実に有意義な時間だった。

 

 今回の最後は何と破壊ロボ相手にかなり無双できた。

 アーカムの民間人が避難するまでの殿を務めていたのだが、やはり無謀だったか…。

 とは言え、足りない魔力と位階を武器と蜂蜜酒で補ってのものなので、イブン・カズイ仕様の弾薬と蜂蜜酒を消耗したと同時に終了。

 それまでに数百近い破壊ロボを撃破したが、まだまだ道程は遠い。

 

 

 

10回目

 

 お股にまだ未使用の相棒がありません。何故か女性です。

 Why!?いや、異種族に比べりゃマシだけどさ!?

 

 …………オーケー落ち着け、クールになろう。

 取り敢えず、インスマウスに生まれるよりはマシと思えるしな、うん。

 

 今回は以前と同じドイツの田舎町。

 つまり、この場所にはアレ、妖蛆の秘密:ドイツ語訳改訂版がある訳でして。

 

 リベンジじゃオラァァァァァァァァァッ!!

 

 結果、辛勝。

 初めて魔術方面での成長を実感できた。

 いやさ、身体能力は転生する毎に強化されて、今や鉄パイプを素手で折り曲げたりできるけどさ?

 魔術方面の強化はそっちに比べて全然なんだもん。

 一回につき20数年で死亡だから、実質的な修行年数は約20年未満だけど、もう通算200歳以上なのに未だに一流所の魔道書は扱えないし、才能ないんかなぁ…。

 

 愚痴はさて置き、順調な滑り出しにさぁいざ行かんミスカトニック!と息まいた所

 

 「あらぁん☆ こりゃまた馴染みの気配がするかと思ったら、なんて可愛いらしい子なんでしょう☆」

 

 ティベリウスに遭遇した。

 アイエエエエエ!?逆十字!?逆十字ナンデ!?

 ってネタやってる場合じゃねぇ!

 でも遭遇した時点で第六感がオワタ警報を出してる。

 うん、今回はここまでかー。

 しかし、全力で抵抗する!

 

 「吸い尽くせスターバンパイア!」

 

 咄嗟に手元にあった妖蛆の秘密を用いて宇宙に住まう不可視の吸血生物を召喚する。

 狙いは足止め、相手は同じ魔道書の原典の持ち主であり、正面から戦った所で、術者と魔道書の双方で勝ち目は無い。

 足止めを置いて逃げに徹する。或いは自爆。

 それがオレに残された選択肢だった。

 

 「アラアラまぁまぁ☆ 悪くは無いけど、甘々ねぇん!」

 

 しかし、そんな浅はかな考えはスターヴァンパイアがより大きな同種の個体に喰われた所で潰えた。

 同時、内臓を張り合わせて作られた触手が迫る。

 何とか結界を構築するも、触手は何の障害にもならないと言わんばかりに突撃し、一瞬の停滞の後に結界を突破した。

 

 「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁッ!?」

 「んっふっふっふっふ☆ い~い声で啼いてくれるじゃないのー☆」

 

 ギチギチと触手が身体を締め付ける。

 身体がギシギシと軋みを上げ、肺から空気を押しだされたために思考すら上手く纏まらない。

 クスクスと少女の笑い声の様なスターヴァンパイアの鳴き声が耳元を擽る。

 完全に捉えられていた。

 漸くオレは、出会った瞬間に自爆を選ばなかった事を後悔した。

 

 「ぐ!?あ、がぁ…ッ!?」

 「んん~? よく見たらアナタ、美少女なのねん☆ ボーイッシュだから男の子かと思っちゃったわん☆ しかも量は少ないけど上質な魔力…こりゃ良い拾い物だったねぇ☆」

 

 全身から腐臭を漂わせながらティベリウスがオレの顎を持ち上げる。

 ピエロを模した笑みの仮面からは何の表情も読み取れないが、それでもそのオカマ口調の声から極めて上機嫌である事が解る。

 

 「きっめった☆ アンタは殺さずに私の魔力タンクになってもらうわぁん☆ 光栄に思いなさ~い☆」

 「ふ、ざけ…!」

 「早々、アンタに拒否権は無いから。」

 「ああああッ!?」

 

 身体から何か大事なモノが抜け出ていく感覚。

 それは魔力であり、精力であり、血液である。

 身体に張り付いたスターヴァンパイアを通して、自分の力が目の前のピエロに吸い取られていくの解る。

 魔道書で対抗術式を練ろうにも、術式を構築する傍から干渉され、無効化されていく。

 

 「く、ぅぅ…。」

 「うふふふふふふふふふふふ☆ かーわいい声出しちゃって、そそられるわ~☆ じゃ、じっくり楽しみましょっか☆ 手はじめに…」

 

 この町を滅ぼしちゃいましょうか☆

 

 この日、ドイツから一つの町が地図から消えた。

 

 

 

 それからの事は余り思い出したくは無い。

 来る日も来る日も人間の持つあらゆる尊厳を凌辱される日々。

 それがどの程度の期間だったのか…恐らく20年も経っていないその日々は、しかし200年を経た自分であっても、無限に等しい苦痛の時間だった。

 身体の自由を奪われ、やたら露出の多いサーカス風の衣装を着せられ、あらゆる命令を下された。

 ある時は身体を凌辱されながら、身体を死ぬ一歩手前まで破壊されるも、無理矢理快楽を感じる様にさせられた。

ある時は若男女問わずあらゆる人種の人間を殺させられた。

 ある時は感謝と喜びの声を上げさせながら、触手の海で凌辱された。

 ある時はティベリウスの操る亡者達の苦痛や恐怖、憎悪を一身に浴びせられた。

 ある時は蟲達に満ち溢れた暗闇の密室に長期間放置された。

 ある時はブラックロッジの構成員達に輪姦され、孕まされ、出産した赤子を目の前で殺され、その死肉を無理矢理食わせられた。

 ある時は、ある時は、ある時は……。

 そんな日常を、時に人里で普通に過ごす期間を挟んで、不定期に繰り返される。

 凡そ人間が想像し、人外の力を用いて初めてできる様な所業は凡そ体験させられた。

 お陰で目は完全に死んで、表情筋は働くのを止めた。

 少しでも心を鈍くする事で身を守る事を選んだが、ティベリウス、否、導師はそうしたオレの防衛術を全て抜いてオレの心を蝕み続けた。

 そんな日々を過ごす中、遂に、遂にチャンスが巡ってきた。

 

 「暴食せよ、ベルゼビュート!」

 

 召喚されたベルゼビュートの中、ティベリウスとその本体の妖蛆の秘密と共に私はアイオーンと相対していた。

 ちなみに一人称は矯正されたものだ。

 

 『このゲテモノが!今度こそきっちりあの世に送ってやらぁッ!』

 『気を付けよ九郎!彼奴の事だ、何か仕掛けてくるぞ!』

 

 黒の鬼械神アイオーン。

 こちらとは比較にならない程に強力だが、如何せん術者への負担が大き過ぎる。

 ことスタミナというか不死身っぷりには定評のあるティベリウスと妖蛆の秘密が相手では、ループ初期の彼らでは相手にならないだろう。

 

 「んっふっふっふ~☆ さてどうしてやろうかしらん☆」

 『クッソがぁ…!』

 

 現に戦闘開始から10分と経たぬ内にアイオーンは地に伏していた。

 挑発に乗り、大技を誘発させられた結果だ。

 

 「んじゃリーアちゃん☆ 止め刺しちゃいなさい☆」

 「え……?」

 

 もうまともに働かない表情筋が言われた言葉と到来したチャンスに僅かに動揺する。

 

 「あらん? 何か躊躇う理由でもあるのかしらん? それとも……ま~た蟲蔵の中で過ごしたいのかしら~☆ リーアちゃんもモノ好きねぇ?」

 「いえ。実行します、導師。」

 「そうそう、それで良いのよぅ☆」

 

 一時的に渡されたベルゼビュートの制御権を使用し、ゆっくりと倒れ伏したアイオーンへと歩み寄る。

 腕部に魔力を収束し、何時でも全力の打撃を叩き込める様にする。

 そして、アイオーンの下へ辿りついた時、大きく両腕を振りかぶり……

 

 ベルゼビュートの右腕が、その胸部《・・》へと叩き込まれた

 

 「…ざまぁ見ろ。」

 

 半壊したベルゼビュートのコクピット。

 そこで私は空を見ながら、左半身が潰れた血塗れの身体で嗤った。

 これで漸く今回を終わらせる事が出来る。

 

 「っ、がああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! よくもやってくれたわね小娘がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 だが、ベルゼビュートの拳の下から、肉塊をのたうち回らせながらティベリウスが這い出てくる。

 だが、それも予想通りだ。

 

 「今まで可愛がってきてやったのに…今日と言う今日は、冗談じゃ済まさねぇぞ小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 「あぁ、私も今回で終わりにするつもりだよ。」

 

 潰れた身体で快心の笑みを浮かべる。

 こいつはこの期に及んでまだ気付いていない。

 この場に誰がいる事を。

 そして、その誰かが邪悪にとっての天敵である事を。

 

 『あぁ、テメェはここで終わりだブラクラ野郎!』

 『バルザイの偃月刀、多重召喚!』

 『超攻性防御結界!』

 

 炎と共に現れた偃月刀が宙を走り、ティベリウスへと殺到、全身に突き刺さり、身動きを封じる。

 

 「馬鹿なあああああああああああああああああああッ!? そんな魔力、一体何処に…まさかッ!?」

 『貴様と同じだ!その娘が我らへと託してくれた!』

 『今まで奪った人達に、あの世で詫びやがれ!!』

 

 ベルゼビュートの左拳、それはアイオーンの胸部へとそっと添えられていた。

 20年以上絞られ、搾取され、貪られ続け、疲弊したこの身で出せる渾身の魔力を伝えるために。

 そして僅かに掌握した亡者達を、アイオーンの「アルハザードのランプ」へとくべるために。

 

 『久遠の虚無へと帰れッ!!』

 

 頼んだぞ、マスター・オブ・ネクロノミコン。

今回初めてまともに会話し、戦闘という形ではあるものの触れ合ったオレ達だが、それでもきっと彼らならやってくれるだろうと思う。

 そして、オレとティベリウス、妖蛆の秘密、数え切れない亡者達は爆炎の中へと消えていった。

 

 ありがとう旧神様(予定)!!

 

 

 

 11回目

 

 ここまで繰り返した事で、少しだけ解った事がある。

 それはオレのループの規則性だ。

 大体は以前と同じく人間の男性へと死ぬ度に転生する。

 しかし、10回に一度程度の確率でそれ以外(人間の女性や各異種族)へと転生する。

 異種族の場合、多分だがオレ自身の魂の格によって転生する種族が決まるのだろう。

 現在のオレはまだまだ未熟者なので、精々が深き者共、その中でも下位の個体にしか転生できないといった所か…。

 何れショゴスの様な強力な存在への転生も可能性としてはあるが、それはまだ置いておこう。

 

 問題なのは、オレがまだまだ邪悪への認識が甘かったという点にある。

 今回のティベリウスとの一件で判明したが、オレという存在が物語へと与える影響は微々たるものだ。

 しかし、常人の精神を持つオレの視点から見ては相当に大きな影響を与える事が出来る。

 しかも、オレ自身も精神にガチのトラウマを植え付けられ、正直戦う所か極初歩的な魔術の行使さえ危うい状態なのだ。

 

 端的に言えば、オレはブルっちまっていたのだ。

 今まで10回も生き死にを繰り返しておきながら、だ。

 散々SAN値直葬ものの知識を身につけておきながら、何を今更という考えもあるが、今までは精神汚染が主で、死ぬ時も基本一撃だった事、そして何よりも遠大すぎる脅威故にそこまで逼迫した危機感を抱かなかった。

 これはこの世界があの無限螺旋かつ、あの混沌の箱庭である事も拍車をかけていた。

 …まぁ怪異が引き起こす事件は世界中で多かれ少なかれ起きてはいるのだが。

 しかし、ティベリウスという本物の外道に与えられた「解り易い絶望と苦痛」は、差し迫った脅威であり、何よりそれを与えられ続けた期間が長過ぎた。

 既に「私」の精神には奴への恐怖が完全に刷り込まれていた。

 それこそ、奴と相対する事すら恐れる程に。

 

 状況は10回目と同じ、ドイツの田舎町で女の子として生まれた。

 ただし、前回の体験のせいで微妙に不安定かつ表情筋が死んでいるため、親からは不気味がられている。

 ちょっと悲しく思いつつ、どうせもう汚れた身だからと関係改善を放棄する。

 幸いにも20年近く原典の妖蛆の秘密と過ごした結果、余り重要ではない殆どの記述は知り得たと言ってもいい。

 その内容にしても既に想像の範囲内だろうから、特に問題は無い。

 取り敢えず暫くは心の傷を癒す事を目標に、妖蛆の秘密以外の魔道書を探す事にする。

 6歳になり、放任(放置とも言う)されているのを利用して町の古本屋を物色し続ける日々を過ごす。

 学校?今更今更。

 

 「やぁお嬢さん(レディ)、御機嫌麗しゅう。」

 

 そんなある日、町の中の喫茶店で休憩していると、唐突に髭面のダンディなおっさんに出会った。

 年齢的には既に老齢に差し掛かりつつあるのだろうが、その身から放たれる覇気が老いてなお衰えを感じさせない。

 と言うかこのどっか見覚えのある人、激しく心当たりがあるんですが…。

 

 「…誰ですか?」

 「おっと、自己紹介が遅れてしまったね。私の名は覇道鋼造、君に会いに来た。」

 「…リーア・ベルマンです。お会いできて光栄です、Mr.覇道。」

 

 やはりかい!と動かない表情筋に感謝しつつ、内心で絶叫を上げる。

 恐らく、前回の経験から私を助けに、そして戦力の確保のために来たのだろう。

 確かに今回はあのブラクラ野郎に狙われる可能性もあるから大助かりなのだが…ぶっちゃけ、自分が目茶苦茶怪しいという自覚はあるのだろうか?

 あ、そう言えばコイツ、宇宙最強のロリコンだったっけ。

 怪しまれるのなんざ問題にもならんか。

 

 「貴方程の人が、私に何の御用でしょうか?」

 「率直に言おう、君の魔術師としての腕を買いたい。」

 

 先程の友好的な気配は鳴りを潜め、戦士としての顔を見せる覇道。

 その気配は流石白の王と言うべきか、逆十字とはまた異なるプレッシャー、カリスマを感じさせた。

 

 「…御冗談を。私程度の小娘の力、貴方程の方に必要だとは思えません。」

 「私は既に老いている。そう遠からぬ未来、何れ邪悪との戦いに敗れ去るだろう。その後に、私に続く者が必要なのだ。」

 

 目の前の老人を霊視する。

 魔力こそ未だ滾っているが、その零体には既に癒え切らぬ傷が無数に存在し、彼の今までの経歴を物語っていた。

 既に敗れた白の王、人類の正の極地へと至る者、マスター・オブ・ネクロノミコン。

 敗れ去ってなお、老いてなお、そして愛する者を失ってなお、不屈の闘志を燃やして戦う漢。

 正直、この話に乗るにはリスクが大き過ぎる。

 しかし、未だループ序盤とは言え覇道財閥に助力を受けられるのは極めて大きい。

 また、覇道鋼造自身の知識、即ちネクロノミコンやデモンベインに関するものを喉から手が出る程に欲しい。

 

 「…了解しました。貴方の申し出を受けましょう、Mr.。」

 

 何より、彼は前の「私」を殺してくれた。

 それしか手段が無いからとは言え、彼らはしっかりと私が一方的に押し付けた汚れ役を引き受けてくれた。

 その恩を忘れない内に返すためにも、私は肯いていた。

 

 「良いのかね?我々が進む道は困難しかない。」

 「しかし、尊い道です。ただ、幾つか条件が。」

 「言ってみたまえ。」

 

 そして、今回のオレは覇道財閥へと身を寄せた。

 覇道が収集している魔道書や魔具の閲覧・使用権(事前申告あり)と今回の両親への手切れ金の支払いだ。

 両親に関してはオレという不確定要素がいて、ティベリウスの標的になるよりも平和に暮らしてほしいので、これ位は構わないだろう。

 魔道書や魔道具は自身の研鑽のためであり、何かしら役立つものがある事を期待している。

数少ない私物を纏め、オレは覇道と共にアーカムへと渡った。

 

 

 

 

 番外編 10回目の裏側

 

 初めてその女性と出会ったのは覇道の屋敷、そして戦闘の中。

 覇道邸を襲撃した逆十字の1人、ティベリウスの従者としてだった。

 

 「んじゃリーアちゃん☆ 止め刺しちゃいなさい☆」

 「え……?」

 

 妖蛆の秘密のドイツ語訳を持ち、父なるイグに関する術式を得意とする。

 無数の蛇を使役し、それらを巧みに指揮しつつ、合間に本命であるスターヴァンパイアによる不可視の攻撃を挟む。

 終始無言で、ティベリウスの触手でややスレンダーな肢体を弄られようとも表情を変えない姿に、本気で動死体か疑った程だった。

 だから、ティベリウスの命令に初めて見るその戸惑いの表情は、実に新鮮だった。

 

 「あらん? 何か躊躇う理由でもあるのかしらん? それとも……ま~た蟲蔵の中で過ごしたいのかしら~☆ リーアちゃんもモノ好きねぇ?」

 「いえ…実行します、導師。」

 「そうそう、それで良いのよぅ☆」

 

 先程よりもややぎこちない動きでベルゼビュートが迫る。

 しかし、既に大破寸前のアイオーンではどうにもならない。

 

 「く、不味いぞ九郎!このままでは嬲り殺しだ!」

 

アルが焦燥と共に告げるが、しかし、出来る事は既に無い。

 なけなしの魔力は既に使い切り、アルハザードのランプも既に使用し、これ以上は確実に魂を燃やし尽くし絶命するだろう。

 

 (クソ!何か、何か手は無いのか!?)

 

 そして、遂に間合いへと入ったベルゼビュートが両腕を振り上げるのを歯を食いしばりながら睨みつけ…

 

 ベルゼビュートの右腕が、その|胸部(・・)へと叩き込まれた

 

 そして、呆然とするオレ達の意識に、魔力と共に何かのビジョンが流れ込んできた。

 

 

 

 『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!』

 『やめてゆるしてもうなにもしないでごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…』

 『あ、があああああああああああああぎぃいいいいいがあああぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!?!!』

 『わた、しの、あかちゃ』

 

 『あッはッはッはッはッはッは!そうそうそうそうそうそう!そうやって良い声で啼いてよね!ほらほらほらほら!もっとよもっと!』

 

 地獄だった。

 凡そ通常では考えられない様な、あらゆる方法であらゆる場所を彼女は犯し、汚され、凌辱された。

 ある時は身体を凌辱されながら、死ぬ一歩手前まで痛めつけられながら、無理矢理快楽を感じる様にさせられた。

ある時は若男女問わずあらゆる人種の人間を殺させられた。

 ある時は感謝と喜びの声を上げさせながら、触手の海で凌辱された。

 ある時はティベリウスの操る亡者達の苦痛や恐怖、憎悪を一身に浴びせられた。

 ある時は蟲達に満ち溢れた暗闇の密室に長期間放置された。

 ある時はブラックロッジの構成員達に輪姦され、孕まされ、出産した赤子を目の前で殺され、その死肉を無理矢理食わせられた。

 ある時は、ある時は、ある時は……。

 そんな地獄に、彼女は20年に渡って堕とされ続けた。

 

 

 

 それを見て、怒りが湧き上がった。

 それを見て、悲しみが湧き上がった。

 それを見て、戦意が湧き上がった。

 何としても、目の前のこの邪悪を討ち果たさねばならない。

 術者の精神に応じてか、アイオーンの四肢に力が戻る。

 そっと添えられていたベルゼビュートの左腕から、先程のビジョンと共に魔力が譲渡される。

 アルハザードのランプに、嘆き苦しんでいた怨霊達が自らを燃料にするべく飛び込んでいく。

 そして、眼前には右腕を自身の胸部へと叩き込んでいるベルゼビュートの姿があった。

 

 『頼んだぞ、マスター・オブ・ネクロノミコン。』

 

 その言葉を最後に、魔力の譲渡とビジョンが途切れる。

 ベルゼビュートを見れば、そのコクピットからは半身を潰されたリーアと肉塊になってもまだ死なないティベリウスの姿が確認できた。

 

 「アル、行けるなッ!」

 「応とも!」

 

 傍らに座る相棒へと声をかける。

 既にアイオーンの修復は完了し、何時でも戦闘再開が可能だ。

 その相棒の頼もしい姿と見事な手際への感謝と共に、アイオーンを立ち上げる。

 

 『今まで可愛がってきてやったのに…今日と言う今日は、冗談じゃ済まさねぇぞ小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!』

 『あぁ、私も今回で終わりにするつもりだよ。』

 「あぁ、テメェはここで終わりだブラクラ野郎!」

 「バルザイの偃月刀、多重召喚!」

 

 魔力を振り絞り、バルザイの偃月刀8本を同時に召喚する。

 

 「超攻性防御結界!」

 

 8本の偃月刀がベルゼビュートに殺到、その全身に突き刺さり、完全に身動きを封じた。

 

 『馬鹿なあああああああああああああああああああッ!? そんな魔力、一体何処に…まさかッ!?』

 「貴様と同じだ!その娘が我らへと託してくれた!」

 「今まで奪った人達に、あの世で詫びやがれ!!」

 

 半壊し、死に体となったベルゼビュートを見る。

 半身が潰れ、コクピットから抜け出せぬまま今にも死のうと言うのに、リーアはこちらを見て微笑んでいた。

 迷子だった幼子が、漸く親と再会できた時に浮かべる様な、安心し切った笑みを血塗れの顔に浮かべて。

 

 頼んだぞ、マスター・オブ・ネクロノミコン。

 

 「久遠の虚無へと還れ!」

 

 そしてオレは彼女ごと、ベルゼビュートを両断、爆砕した。

 

 「九郎…。」

 

 相棒が気遣わしげにこちらを覗き込んでいる。

 普段は高慢ちきだが、本質的に優しい彼女のこうした気遣いは今の様な時、とてもありがたい。

 

 「なぁアル……あのリーアって子さ、これで良かったのかな?」

 「…あの娘は、最後に自分達ごと妖術師を葬ってくれる事を願っておった。だから、汝が己を責める必要なぞ無いのだぞ。」

 「解ってんだよ…解ってんだけどさ…。」

 

 こんな事は、邪悪との戦いの中では珍しい事ではない。

 今もきっと、世界の何処かで誰かが理不尽に涙している。

 それら全部を救えるなんて思っちゃいないけど、その涙を少しでも減らすためにも、オレ達は負ける訳にはいかない。

 それでも、今だけは彼女のために涙を流し、その冥福を祈ろう。

 

 

 この後、大十次九郎はマスターテリオンに敗れ、19世紀の地球へと転移する。

 彼が来るべき戦いのために覇道鋼造を名乗り、リーアと呼ばれた少女に再会するまで、多くの戦いを経る事となる。

 

 

 

 

 




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