助けて旧神様!(旧題クラインの壺ナウ)   作:VISP

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くっそ、書いてたら一話に収まらんかった!
と言う訳で明日残り投下するね!


最終楽章 前編 何時とも知れぬ時間の狭間 何処とも知れぬ世界の彼方

 

 

 「お前の名前はアリスだ。私の娘で、アレクの妹だ。」

 

 旗艦大和の医務室

 そこで目を覚ましたケルヴィエルの手を握りながら、リーアは大切な事を告げた。

 

 「ボクは…アリス…?」

 

 まだ寝起きではっきりしない意識で、黒眼黒髪の少女が問うた。

 

 「そうだ、アリス。もうケルヴィエルなんて名前じゃない。お前は私の娘で、家族だ。」

 

 その少女を胸に抱きながら、リーアは言い聞かせるように話す。

 もう戦わなくて良いんだよ、と。

 

 「嬉しい…。」

 「そっか、お前が嬉しいなら私も嬉しいよ。」

 

 暫し静かな時が流れる。

 外には外なる神ヨグ・ソトースが存在し、今この時にもこの星が滅びるかもしれない瀬戸際でも、それでも今まで傷つけあった親子がお互いを許し、癒すこの時だけは邪魔してはならなかった。

 

 「でも…。」

 「うん?」

 「妹はやだ。」

 「あ?」

 

 ここで初めて、傍で成り行きを見守っていたアレクがドスの効いた声を出した。

 

 「ほー?いきなり現れて娘とか、今までが今までだけに見逃してあげたのにそう言う事を言いますか…?」

 「甘ちゃんも鼻垂れ小僧が、母さんを取られて喚くなんて…マザコン?」

 

 医務室に妙な緊張感が満ちる。

 片や銀髪銀眼の少年、片や黒眼黒髪の少女と対照的だが、その容姿は驚く程似通っている。

 その2人が背景にゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…という擬音を背負いながら、母を巡って対立する。

 リーアは思った。

え、何これ。

 

 (止めて!私のために争わないで!)

 (意外と余裕だなマスター…。)

 

 念話でもアーリの突っ込みも力が無い。

 やはり、消耗しているのだろう。

 

 (現状は?)

 (アイオーンの構成見直しは完了。変形機能を停止して、耐久力の向上に成功。私は今デモンベインの獅子の心臓の魔力を貰いながら休憩中。後1時間もあれば回復完了。) 

 (こちらは見ての通り。回復はほぼ完了だが、子供達が争い始めました。何故に?)

 (まぁ喧嘩するだけマシだろ。好きにさせなー。)

 

 これからは、もう出来ないかもしれないんだ。

 言外にそう告げるアーリに、リーアは無言でその意見を肯定した。

 するべき準備は行った。

 後は魔を断つ剣と、自分達の奮闘に掛かっている。

 

 そう、明日の夜明けと共に、私達はヨグ・ソトースの門の向こうへと出発する。

 

 無論、反対意見は多かったし、そんな必要は無いと大十字九郎は言ってくれた。

 だが、これは私達の個人的決着であり、避けては通れぬ道なのだ。

 でも、今だけはこの暖かい喧騒の中にいたい。

 あぁ、無限螺旋なんてとんでもない事態に巻き込まれたってのに…最後の最後にこんな人並みの幸福を得られるなんて、神様も随分と酷いじゃないか。

 

 

 …………………………

 

 

 母の寂しそうな眼差しに、2人の子供達もまた、別れが近い事を悟っていた。

 その結果、大切な母とその半身が二度と自分達と会う事が出来ないかもしれない。

 否、寧ろそちらの方が可能性が高い事もまた、2人は察していた。

 

 (取り敢えず、騒いで母さんを楽しませよう。)

 (おk。)

 

 視線だけで意見交換を済ませ、これを好機に互いに言いたい事を言い合う事にする。

 勿論、母を悲しませない事が前提だが、互いを家族として見るためにも、思う事は言わねばならない。

 それは勿論、相手への罵倒も含まれる訳で…

 

 「暴力娘。」

 「インテリもやしっ子。」

 「貧相。」

 「貧弱。お前は今魔道書の精霊全てを敵に回した。」

 「知ってるか? 実は精霊の人達ってお尻のラインとかふっくらしてるし、肌とか凄い綺麗なの。」

 「マジで?胸ばっか見てた。」

 「それに比べて愚妹は何処も貧相で…。」

 「セクハラが子供だからって許されると思ってんじゃねーぞ。」

 「ケルヴィエルwwwwwww 厨二乙wwwwwww」

 「ジンクスwwwwwwww 量産機厨乙wwwwwwww」

 

 「「表に出ろやぁぁぁぁぁッッ!!!」」

 

 互いに消耗してる筈なのに、元気に喧嘩する2人。

 と言うか、その息の合いっぷりは何なん?

 リーアは驚きで目を丸くして、遠視したアーリは爆笑する。

 あぁ、これなら2人の仲は心配無いな。

 それだけは確信できた。

 

 「こら2人とも、そこまでにしなさい。」

 「「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…!!」」

 

 互いに相手の頬を抓ながら唸り声を発する2人を、リーアが引き剥がす。

 その声は多分に呆れが混じっていたが、それでも何処か暖かさがあった…

 

 「「だってこいつが!」」

 「あ?」

 「「ごめんなさい!」」

 

 ドスの効いた声がお馬鹿な兄妹を止める。

 母は強しというが、宇宙的悪意を宿した者であっても例外ではないらしい。

 

 「全く…良いか、お前達。そもそもからして相手の身体的特徴を論う様な真似は…。」

 「「ごめんなさい…。」」

 

 しょんぼりと反省する2人に、リーアは余りクドクドと説教をする事は無かった。

 

 その後は、三人でただ取りとめの無い会話を続けて、夕食も終えた後は三人一緒のベッドで眠りに就いた。

 そして、夜明け前にリーアはそっとベッドから抜け出した。

 

 「「母さん」」

 

 呼び止められて、ベッドに振り向く。

 見れば、2人の我が子がこちらを向いている。

 涙を流し、しかしそれを必死に堪えて笑顔を見せようとして失敗しながら。

 それでも我儘を言わない様に、母親を困らせない様に、必死に耐えながら。

 

 「ごめん。私は、お前達にまだ殆ど何もしてやれてない。」

 

 寂しさと悲しさに泣く我が子を抱き締める。

 少しでもこの思いが届く様に、少しでもこの子達の痛みが安らぐ様に、少しでもこの温もりが伝わる様に。

 優しく、甘く、暖かく、真綿よりもなお柔らかく。

 

 「ぐす、うぅ…おがざん…ッ!」

 「う、ぐ、ふぅぅぅ……ッ!!」

 「ちゃんと、帰ってくる。だから、2人で仲良く待っていてくれ。」

 

 優しく涙を流す子供達の頭を撫でる。

 彼らが泣き疲れて眠るまで。

 そして、2人を寝かしつけて部屋を出た時、既にリーアの顔に優しさは無い。

 

 「すまん、待たせた。」

 「いいさ、んじゃ行くぜ。」

 「あぁ。」

 

 その顔は、戦士のそれだった。

 

 

 …………………………………………

 

 

 『良かったんですか、先生? 子供達を残してきて。』

 『大十字か。あぁ、全て納得ずくだよ。』

 

 門へ向かって飛翔するアイオーン・リペアⅢとデモンベイン。

 黒と白の魔を断つための鬼械神が今、全ての決着をつけるため、ヨグ・ソトースへと飛翔していた。

 

 『覇道に後の事は頼んでおいた。リトル・エイダもいるしな。』

 『でも、あいつらは…』

 『それに』

 

 ウダウダ言う九郎を止める様に、リーアが笑った。

 犬歯を見せる、何処か獰猛な笑い方だ。

 

 『勝って帰る。そう約束した。だから何も問題は無い。』

 『そっすか。』

 

 それ以上は九郎も何も言わなかった。

 ただ、前を見た。

 

 『そうそう、九郎。お前、前に渡した御守りは持っているか?』

 『へ? なんスか急に?』

 『良いから答えろ。』

 『そりゃ持ってますけど…。』

 

 言われ、九郎は懐に忍ばせていた懐中時計を取り出す。

 その表面には旧神の印たるエルダーサインが刻まれた大理石がある一品で、これだけでも生半可な怪異は近づく事すら出来ない。

 

 『汝、また女と…。』

 『おいおいおいちょっと待てアル。オレはお前一筋だし、子持ちかつ恩師に手を出すとか無いからな!?』

 『どーだか…。』

 『どーだか。』

 『どーだか。』

 『『『ねー。』』』

 『仲良いね君達!?』

 

 そして、唐突にお喋りが中断する。

 既に眼前にはヨグ=ソトースが迫っていた。

 

 『往こう。恐怖と絶望と、勇気と誇りに満ちた戦場に。』

 

 そして、ニ機の機神が門へ突入した。

 

 

 ………………………………………

 

 

 行けば帰れない事は解っていた。

 それでも、約束があったから2人は母を見送った。

 

 「例え帰ってくれなくても…」

 「どうか、無事で。」

 

 2人は祈る。

 世界に存在する邪悪ではない神へと祈る。

 優しい神様へ届けと切に願う。

 

 

 ……………………………

 

 

 「ナイアか。」

 「今回も初めまして、マスター・テリオン。」

 「貴公は今回どうする?」

 「ボクはあの子の相手をするさ。まぁ、そちらには別のボクに任せるとしよう。さて、九郎君は来れるかな?」

 「その問いに意味は無い。奴は来る。討ち滅ぼして来る。貪り喰らいて来る。外道の知識を用い、外道を調伏する魔道書と共に、外道を討つ鋼を纏い、外道を狩る刃金を執って、大十字九郎は必ず来る!」

 

 

 ………………………………

 

 

 何処とも知れぬ何時か、何時とも計れぬ何処かで

 長大な階段の先にある玉座で、リベルレギスは待っていた。

 今正に眼下に現れた、不倶戴天の怨敵を。

 

 『待ちくたびれたぞ、デモンベイン。』

 『よう、待たせたな獣。』

 

 リベルレギスが立ち上がると同時、両雄の闘気が、覇気が、殺気が膨れ上がる。

 

 『では始めようか。終わりの始まりを。始まりの終わりを。永劫の終焉を。永劫の開演を―――。』

 

 まるで指揮者の様に、演者の様に、罪人の様に、母の様に、リベルレギスが両腕を広げて告げた。

 

 『クライマックスだ。』

 『マスターテリオンッッッ!!!』

 

 決戦の開幕を。

 リベルレギスが黄金の宝剣を、デモンベインがバルザイの偃月刀をそれぞれ召喚し、斬り結ぶ。

 その余波だけで世界を切り裂き、空間を崩壊させる斬撃の応酬が始まった頃。

 此処とは異なる何処かでも、決戦の幕が上がろうとしていた。

 

 

 ………………………………

 

 

 「やぁ、我が仔らよ。元気そうだね。」

 

 光り無き広大な空間の中、闇黒の化身が燃える三眼のみを輝かせながら嗤っていた。

 自身の前に現れた、馬鹿で阿呆で愚かな者達を見つめながら。

 

 『あぁ、来たぞ混沌。』

 『ここらで蹴りをつけようや。』

 

 闇色の鬼械神アイオーン・リペアⅢが、暗闇の中で燃え上がる。

 焦熱呪文、生半可な怪異なら触れただけで蒸発する超高熱を周辺に発する魔術だ。

 今回のアイオーン・リペアⅢはⅠとⅡの長所たる全身の追加装甲と腕部・脚部の巨大なシールド、そして機関複合方式を採用している。

 短時間ながらも、デモンベインやリベルレギスとも対等に渡り合える自慢の一品だ。

 

 「へぇ、クトゥグアの炎の常時展開とは…成長したね。そうでなくっちゃ♪」

 『御託は以上で良いな?』

 

 無詠唱で偃月刀とマシンガンを召喚したアイオーンが闘気を滾らせる。

 その殺意に触れただけで常人なら死するというのに、混沌はただ愉快そうに嗤い続けるだけだった。

 

 「そうだね、九郎君達の邪魔にならないよう、君達には此処で終わって貰うよ。さぁ、後はエンディングまで一直線。最後は派手に決めようじゃないか!」

 『終わるのはお前だ、混沌!』

 『いい加減に歳甲斐も無くはしゃぐなってーの!』

 『『我らが父に、叛逆仕る!』』

 

 宣言と同時、アイオーンが突貫した。

 

 

 ……………………………………

 

 

 『大十字九郎ッ!!』

 『マスターテリオンッ!!』

 

 青く輝く母なる地球を背景に、ニ機の鬼械神が衝突する。

 片や真紅の邪悪なる鬼械神、リベルレギス。

 片や白亜の斬魔たる鬼械神、デモンベイン。

 それぞれ下半身が、右足と左腕を失い、全身をボロボロにして、既に大破した状態であってもなお、戦闘は激化の一途を辿っていた。

 

 『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』』

 

 両雄が同時に加速、超音速の領域で互いに右の拳と手刀同士をぶつけ合い、指があらぬ方向に圧し折れ、千切れる。

 

 『シャァッ!!』

 

 リベルレギスの左手の鉤爪がデモンベインの顔面を捕え、その右顔面を抉る。

 

 『おらあああああッ!!』

 

 顔面へのダメージをものともせず、デモンベインの左足がお返しとばかりリベルレギスの胴体を捕え…しかし、その前に修復されたリベルレギスの右足がそれを防ぐ。

 

 『アトランティス・ストライク!』

 

 だが、それを読んでいたアル・アジフにより発動した脚部シールドの断鎖術式が、リベルレギスの右足を消し飛ばした。

 

 『ナイスだアル!』

 『当然だ!』

 

 畳み掛けるためにデモンベインが次なる一撃を放つ、その前にリベルレギスが動いた。

 

 『ン=カイの闇よ!!』

 

 漆黒の重力球を発生させたリベル・レギスが特攻する。

 既に手足は生え揃え、不死身の怪物よりもなお邪悪な機神が吠える。

 

 『重力弾だ!捕まったら根こそぎ持っていかれるぞ!』

 『任せろ!イタクァ!クトゥグア!』

 

 デモンベインの両腕に二丁も魔銃が召喚、そのまま抜き打ち気味にリベルレギスへ全弾が放たれ、重力球を破壊していく。

 

 『砕け散れェェェェェッ!!』

 

 だが、それはリベルレギスの接近を許す事となる。

 召喚された黄金の宝剣を振り被り、リベルレギスが怨嗟を振りまきながらやってきた。

 

 『シールドピアースッ!!』

 

 二丁も魔銃を手放し、左腕の対防御突破術式が起動、円錐型の結界が構築、回転し、黄金の宝剣へ正面から衝突、互いが甲高い音と共に砕け散った。

 

 『『ハイパーボリアァァァァァァァァ…ッ!』』

 『『レムリアァァァァァァァァァァ…ッ!』』

 

 だが、その寸前に両雄はその右手に必殺の一撃を用意していた。

 正と負、両方向の無限熱量を直接相手に叩き込む第一近接昇華呪法。

 

 『『ゼロドライブッッ!!!』』

 『『インパクトッッ!!!』』

 

 宇宙に恒星と見紛う程の巨大な花火が咲いた。

 

 

 …………………………………

 

 

 チクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタク

 

 機械の作動音が木霊する闇黒の中、飛び出した無数の者達がアイオーン目掛け襲い掛かった。

 それは機械だった。

 人型から獅子、虎、ネズミ、馬、鳥、恐竜、魚、蛇、両生類、昆虫、更に正体不明の何かまで。

 ありとあらゆる形を得た機械が迫ってきた。

 

 『焦熱呪文、全開!』

 

 アイオーンの身体をフレアの様な光が包み込む。

 まるで小さな太陽の様なそれは、凄まじい熱量と共に迫り来る機械の軍勢を蒸発させる。

 だが、蒸発していく速度よりも早く機械達が迫り来る。

 

 『シャンタクユニット、オーバードライブ!!』

 

 アーリの声と共に、背面のシャンタクユニットが眩い程のブーストを噴射、一気に加速し、機械の軍勢を熱したナイフを押し付けたバターの様に焼き切りながら飛翔する。

 目指すはこの闇黒の最奥部、燃える三眼が浮かぶ場所。

 

 「ハハはははハハはははハハはははハハは! さぁお出で! 私は此処だとも!」

 

 闇黒が嗤う/笑う/哂う。

 所詮お前達では勝てないと、全ては無駄なのだと嘲笑っている。

 だから、その隙に滅ぼす。

 

 『ヴーアの無敵の印において!』

 『力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよ/力を与えよッ!!』

 『『バルザイの偃月刀 過剰召喚!!』

 

 高速で機動するアイオーンの周囲に、50本ものバルザイの偃月刀が召喚される。

 それらは炎を纏い、回転を始めると同時、飼い主に忠実な猟犬の様にアイオーンの周囲に迫る機械の軍勢を蹴散らしていく。

 

 『混沌ッ!!』

 「はハハはははハハはははハハはッ!」

 

 アイオーンの焦熱呪文が終了し、それに代わり、その腕に巨大な杖が召喚される。

 

 『螺旋呪法 神銃形態!』

 『イア・クトゥグアッ!!』

 

 巨大な杖が変形し、巨大な砲となった。

 次いで、その暴力的な砲口から、咆哮と共に灼熱の獣が猛威を奮いながら闇黒の中を突き進んだ。

 周辺に存在する機械の群れを無造作に蒸発し、消滅させながら、炎の旧支配者が燃える三眼に喰らいつかんと迫る。

 

 「残念。その程度じゃやられてあげられないな。」

 

 だが、闇黒から湧き出た黒い炎が、獣を飲み込んだ。

 先程までの灼熱の威容は瞬く間に消え、次の瞬間には闇黒から視界全てを埋め尽くす様な大量のワイヤーと今までの数倍の機械の軍勢が湧き出た。

 

 『ッ、焦熱呪文ッ!』

 

 迫り来るワイヤーに偃月刀が反応し、切り刻む。

 だが、圧倒的多数の前には獅子粉塵の働きも空しく、徐々に機械の海へと飲み込まれていく。

 焦熱呪文による膨大な熱量もまた、全方位から大量に迫り来る機械を焼き尽くせず、取りつかれた。

 

 『ナイアルラトホテップ―――ッ!!』

 

シャンタクが爆音を上げ、アイオーンが燃える三眼目掛けて、せめて一太刀与えんと突き進む。

 だが、その手が届く寸前で、アイオーンの動きは完全に停止した。

 

 『が、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 自身すら焼き尽くす程の憎悪と憤怒と激情を込めて、アイオーンがもがき続ける。

 だが、届かない。

 後1mも満たないその隙間を残して、アイオーンは完全に拘束されていた。

 

 「ふふふ、こうしてしまえばもうどうしようもない。此処までだよ。」

 

 燃える三眼が女の形を取る。

 ナイア、そう名乗る女は心底哀れそうにアイオーンを、その中のリーアとアーリを見つめていた。

 

 「まだ気付かないのかい? 此処はボクの胎の中。此処に来てしまった時点で、既に君達に勝ち目は無いのさ。」

 

 まるで駄々を捏ねる子供へ言って聞かせる様に、否、奴にとっては真実その通りなのだろう。

 闇黒の女は囀る。

 

 「君には此処で生まれ直してもらうよ。幸い、今回は漸く成功しそうだけど、保険をかけておくにはこした事がないからね。」

 

 ありとあらゆる機械が、ありとあらゆる形で、ありとあらゆる方向からアイオーンに群がり、ゆっくりと包み込み、飲み込んでいった。

 

 

 ………………………………………

 

 

 血戦の儀式は佳境へ差し掛かっていた。

 

 『その深き怨讐を胸に』

 『その切実なる命の叫びを胸に』

 『埋葬の花に誓って』

 『祝福の花に誓って』

 『『――我は世界を紡ぐ者なり!!』』

 

 そして、デモンベインとリベルレギスは同時に駆け…

 

 「撃つな!九郎ォォォォォォォォォォォ! 全ては邪神の謀略だッ!!」

 

 ―――はははははははははははははははははははははは!!もう遅い!!―――

 

 突き出された二つのシャイニングトラペゾヘドロンが交差した。

 

 そして、九郎は知った。

 シャイニングトラペゾヘドロンがひび割れると同時、その中に封じられた邪悪なる存在を。

 

 『言っただろう? 絶望を教えてやるとな。』

 

 マスターテリオンが、諦観と共に呟いた。

 

 『結末など、解り切っていた事なのだよ。』

 『なん、だと…!?』

 『そんな事も知らずに安穏と…。愉快ね、その魂が引き裂かれる様を見届けるのは!』

 『おのれぇ!』

 

 この結末が決まっていたのだとしたら。

 もしそれが真実なら、九郎がここに至る全ての道程が否定されたも同然だった。

 

 (オレの今までは…全て、全て、決められたレールの上に乗ってたって事なのかよ!)

 

 

 ―――そう!全ては―――

 

 

 宇宙が生誕と死滅を繰り返す空間。

 それを引き裂き、混沌の闇を纏う女が交差するトラペゾヘドロンの上に舞い降りた。

 

 「ナイア…?」

 

 九郎はその人物を知っていた。

 アーカムで出会った古書店の店主、否、もっと根源的な所で知っている筈なのだと自分の中の何かが叫んだ。

 それに答える様に、アルが叫ぶ。

 

 「否! そうか…全ては此奴が仕組んだ事か!」

 

 アルと九郎の驚愕を余所に、闇黒の女が本性を現した。

 

 

 ―――そう。全てはこのナイアルラトホテップの手の中に。―――

 

 

 千の異形。

 無貌の神。

 這い寄る混沌。

 チクタクマン。

 暗黒のファラオ。

 ナイ神父。

 外なる神 ナイアルラトホテップ。

 

 

 ―――宇宙よ! 今こそ……あるべき姿に!―――

 

 

 直後、宇宙が混沌に沈んだ。

 

 

 

 

 




リーア達があっさりやられたのはマスターテリオンらが無限螺旋で好き勝手に演じさせられた事からも極当然の事かと。

さて、明日のこの時間には後編投稿しますんで、もう一日待っててくださいな。

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