自称中堅冒険者のアフターライフ   作:ギル・B・ヤマト

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まずは話し合いから

 

 この世界は魔王が去ってから幾千の時間が過ぎていった。小さいイザコザは何度も起きたが、その時から大きな争いは消えて平和な時代が来た。

 千年以上も紡がれた平和な匂いは、私を鈍らせるのには十分だった。

 だが目の前には新しい風が来ている。

 改めて確信した。最近のワクワク感はこの女性から来ているのだと。

 

 

 人類の希望が目の前にいる。

 

 

「……あぁー、そうか」

 

 フィーネがやってきた時の私は割と混乱していたと思う。酒で酔ったらいつの間にか千年も続く武術大国を生み出しちゃったり、この体が凄すぎるあまりに自分のちょっとしたミスが原因でとてつもないスケールの物事が起きたりする。

 だから今回もそのパターンなのかと身構えていたが、原因が分かったお陰でむしろ冷静になれた。

 

(見た感じだと嘘はついて無さそうだな。確かにフィーネが勇者なら色々噛み合うし……魔法以外でも)

 

 そう。彼女と初めて出会った時の冒険の匂いとか。あれよく思い出せば、昔の勇者と出会った時とまんま一緒じゃ無いか。

 

「勇者か。魔王が消えてから……何年だっけ? まあ軽く千年ぐらい出会ってなかったから忘れてたな……」

「それで」

 

 目の前の人間が勇者だった。

 それを知った瞬間に私の警戒度がガクンと下がるのを感じる。身構えていた体は柔軟に解かれ、今はリラックス状態に移行している。

 

 私を殺せる存在と言ったが、あれは力量的な話ではない。不老不死の私に対して勇者は不老不死殺しの能力を持っているだけの話。

 フィーネの実力はあの吸血鬼に倒される程度、私を倒すにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 

 故に私からすれば目の前にいる勇者を恐れる事はない。

 しかし彼女は違うだろう。勇者の目の前にいるのは、今残っている多くの神話で語られている伝説上の生き物であり、魔王以上の凶暴な化け物だ。

 言ってしまえばラスボス、いや裏ボスの目の前に立っている様なものだ。ここは冒険者ギルドだけど。

 

「それで……」

 

 フィーネは厳しい目でこちらに話しかけていた。だが目の奥からは恐怖と緊張が隠しきれていない。フラウスト洞窟での戦いからして勇者としての経験も浅いだろうし、その上弱いだろうによく頑張っている。

 ……彼女のストレスはものすごい事になっているだろう。美貌にもよく無いから早く誤解を解かねば。

 

 ええとメンタルカウンセリングなんてどうやれば──

 

「聞いてるのかセレナ!?」

「ん?」

 

 大きい音を聞いて前に目を向ければ、テーブルに拳を叩き付けて、人を殺しそうな鋭い目線を向ける彼女が見えた。

 いけない。考える事に集中してて話を聞けてなかった。

 

「ごめん、少し考え事に夢中で聞いてなかった」

「ならもう一度聞く。紅の魔女よ、なんでお前はここにいるんだ」

「なんでか……えーと、辺鄙な所でゆっくりと生きていたいから、と言ったら信じてもらえるかな?」

「信じられる訳ないだろ」

「デスヨネー」

 

 馬鹿正直に言ってみたが返答はご覧の通り。信じてもらえない。いきなり信じてもらっても、それは別方面で心配になるけれども。

 

「私、悪事を働いている人間はともかく、基本的に人間には無害だよ? と言うか助ける方だ。昨日も君を助けたし」

「昨日の件は確かにそうだな。でも僕は勇者としてそう簡単に物事を決めるわけにも行かないし、そもそも無害なのは嘘だろ?」

「ん? いや、君以外の人間には何もしてないはず……あ」

 

 最初は彼女が何を言っているのか分からなかった私だが、顎に手を当てて考え始めたら一つだけ心当たりが有るのを思い出す。あぁしまったと思った瞬間に酒臭い男が一人、こちらのテーブルにやって来た。

 

「うぃーセレナ。後でいっぱい酒やらないか……?」

「いつも言ってるだろ? 私は酒飲まないって」

 

 フィーネにギルドの案内をしていた時にも居た冒険者のおっさんだ。私を見つけてはいつも誘ってくるのだが、毎回毎回同じ言葉で誘ってくる。

 こんな状況だから断るけど。

 

「それに見てみー? 私の相席に誰がいるのか」

 

 頬を赤めたおっさんが私からフィーネの方に顔を向けた。

 少しの間は目を細めて彼女の顔を見つめていたが、何か思い出したらしい。

 

 

「……あぁ。今日初めてきた奴か」

 

 

 おっさんは静かにそう言った。別に酔っ払ってるせいで記憶が混同している訳ではない。彼は酒に強いし記憶はしっかり残るタイプだからね。

 

「その通り。後はいつもの流れで分かるでしょ?」

「なるほどな」

「……………………」

 

 彼は思い出せない。彼女とはすでに昨日から出会っていることに。

 彼の昨日の記憶は綺麗さっぱり無くなっている。小説とかでよく見るモヤが掛かっているとかではなく、完全に綺麗さっぱりと消えているのだ。

 

 私が掛けた魔法によって。

 

 ゴメンね、と手を合わせるジェスチャーを伝える。

 酒こそ飲まないがそれなりに話す相手なのでこんな雑な会話でも、彼は引いてくれた。

 

 で、問題はものすごい形相でこちらを睨んでいるフィーネなんだけど。

 

「ここに入ってからずっとこんな調子だ。ここに居る人達の顔を僕は覚えている。……昨日はあんなに目立ったからみんなも僕の事を覚えているはずだ。でも」

 

 彼女が話しかけている間も鋭い目線は消えない。

 ただ怒っているというより、怖いから睨んでいる様に見えた。犬が格上相手に吠えている様に。

 怯えて敵対する彼女の反応はひどく正しい。エルフやドワーフとは違って、上位種は他の種族に攻撃的な奴らが多いからね。

 

「さっきのオジさんも、エレメスさんも初めて会ったかの様に接してくる……こんな事になったのもお前が原因だろ」

「そうだね、そこに関しては事実だから何も言い返せない……あぁ、確かにこれは怪しすぎる」

「ふざけるな! 何が怪しいだ!」

 

 緊張によってつい起こしてしまった行動なのだろう。

 私の返答に対して彼女はテーブルに拳を叩いた。でもさっきと違って魔力が入っている。

 無意識に魔力が入ってしまった結果、テーブルはその拳に耐えられず壊れてしまい、ついでに私のコップも宙を舞う事になり地面へ落下。

 せっかくお金を払って手に入れたジュースが無駄になってしまった。

 

 それだと勿体無い。

 

「おっと静かにしてほしいな、認識改変の魔法は使うだけでも面倒だし」

 

 私が人差し指を口に付けながらそう言うと、その現象は起こった。

 

 落下中のコップが落ちた軌道をなぞりながら元の場所に戻っていく。

 壊れたテーブルもそれは同じ。破片となった板の部分が、ジグソーパズルで別れたパーツを一つ一つ合わせて完成させる様に戻っていく。

 

 時間が逆流している。

 

 目の前で起こった事はもはや奇跡の所業だと、魔法使いは言うだろう。

 大昔から人類が夢描く一つの理想を見れば、冒険者だろうが魔法使いだろうが感動するものだろうが、目の前の勇者はどうか。

 

「……その力も、使えるのか、お前は」

「伊達に長生きはしてないからね。だけど君は勇者だからよく分かってるね。この魔法の凶悪さが」

「当たり前だ。…………勇者として出来るだけの努力はしてきたからな」

 

 恐怖に染まり上がっていた。

 まあ今の行為で感情を揺さぶられたのは彼女だけで、周りにいる冒険者やギルドの人達は特に気にしていない。気付いていないわけじゃない。気づいた上でそれが自然な事だと認識しているだけ。

 

「……記憶改変だけでなく、認識改変や時戻しまで出来るのか、紅の魔女」

 

 私が言わなくても周囲の異変には気づける様だ。こう言った所は今の時点で及第点。経験と能力が不足している感じか……。

 

「完璧に出来るわけでは無いさ。どれも綺麗に発動させるには条件があるし、その道のプロから言わせてみればただのパクリみたいなもんだよ。勇者であるフィーネにこの魔法は通用しないけどね」

「紅の魔女、お前は何の為にいるんだ……? これ程の力を持っていて何をしたいんだ」

「結論はさっき言ったけど、信じて貰うにはもう少し話すべきか……」

「………………」

 

 正直、認識魔法使うの凄いシビアだから疲れるんだよねー。よし決まった。

 

「フィーネ、悪いけど少し場所を変えない? ちょっと認識魔法を使い続けるのは少し疲れるんだ」

「………………………………………………どこまで本当なんだか」

「あ、やっぱダメ「でも分かった。それぐらい良いよ」……おお、妙に聞き分けが良くなったね」

「今の僕じゃ、どうやっても勝てないだろ?」

「あはは、それも否定はしないな」

 

 何とかオッケーは貰えた。

 今から外に出るから、細かい事に神経を割く必要がなくなったわけだ。

 そうなればやる事は一つ。

 

「フィーネ、装備の準備はオッケー?」

「なんでそんな事を聞くんだ? 別に話すなら町の外に行くだけでも良いじゃ無いか」

「いや必要だね」

 

 怪しい目でこちらを見るフィーネ。彼女は何か企みを立てていると考えているのだろうが、答えはとても簡単で大した事無いものだ。

 

「セレナさーん!」

「きたきた。安定した作業スピードだね」

 

 デジャヴ。

 昨日の朝と同じ様に私はエレメスさんに呼ばれた。

 

「昨日の体験クエストの続きだ。昨日教えた事をしっかり実践して貰おうかな」

 

 そう言ってからジュースを飲み切って、私は受付の方へと歩き出した。

 

 

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