自称中堅冒険者のアフターライフ   作:ギル・B・ヤマト

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過去の因縁と個人的問題点

──◯◯◯◯年?前

 

 灰色の雲の間から太陽の光が落ちてくる。影と光が入り混じる光景は地面で行われた惨劇の不安定さを表現している様だ。

 光を受けるのは草原だった場所。数刻前まで緑と幾多の生物で溢れていた場所は褐色の肌を見せつける丘となっていた。

 後は褐色に赤を混ぜる人間だった物と……生き物ではない黒い何か。

 

 グチャクヂャと肉となり骨となった物を食い尽くす化け物。

 ただ野生動物が肉を漁る様な光景……常識はそこに持ち合わせていない。

 

 あるのはただの瘴気。

 

 黒と黒を重ねすぎて光すら届かない漆黒の瘴気が音を鳴らしながら(化け物)の中に引き摺り込む光景だけだった。

 大人の死体を早食いの要領で咀嚼する。血を撒き散らしながら十秒少しで食べる様子からは焦りを感じるが問題ないだろう。

 周りには何十もの勇敢な者だったのが転がっているから、しっかりと食事を楽しむ時間は残されている。

 

「…………………………」

 

 彼、彼女……? には生き物としての思考がない。睡眠、食事、性欲という三大欲求も化け物には欠如している。

 ただ奴にあるのは生まれた時から教わられた一つの使命のみ。

 

 人類種の絶滅。

 

 生き物の形で生まれながら生き物として認識されない物であり、誕生したその日から破壊という使命を果たすために暴れる”災害”。

 

 存在そのものが罪である化け物の名は──

 

「お前が『魔王』か」

 

 グシャリ、聞いただけで不快になる音を止めて振り返り、血を這う化け物を嘲笑う天に住まわす神を見上げた。

 

「……en63’)hehf83!8g5be?」

「私が神? いやそんな神聖そうな者には見えないだろう。お前だって視えているはずだ、この嫌なものがな」

 

 空に浮かんでいる敵を視た時は血の様だと感じた。

 実際には紅い服なんて着ていなくて紅いのは目と髪の毛だけ。だというのに見た時から感じる異常なまでの恐ろしさ。

 匂いなんてないのに血生臭いと錯覚してしまうのは、魔王が目の前にいる神がどれだけの死者を生み出してきたのかを感覚的に分かっているからだろうか。

 

 魔王は思う。神聖さと血臭さの相反する二つを持ち合わせている神は、それこそ人の災害である己より大勢の人を──

 

「さて、お前を殺す為にここに来たわけだが」

「──!」

 

 反射的に影の世界を展開する。

 草や木を瞬間に腐らせる禁忌の魔法。今代の魔王になった彼が元来から持つ特殊な力であり魔王に選ばれてしまった原因でもある。

 それが丘一面を染める。死、死、死、死死死……砕けていた死体は黒に飲み込まれ風の音さえも消え去り、地中に潜んでいた生き残りの微生物すら許さない。

 見渡す限りの死が広がっていた。

 

「iqb92’he!27jw;&owk?!10kegr&@“148!eh」

 

 声にならない声をあげれば黒の領域から幾多の巨大なツタが生まれる。人間の大きさと変わらない神の十倍はある大きさのツタ達。もはや大きなビル群が彼女の周りを囲っていると言える。

 勿論それも触れたらアウトだ。形が池からツタに変わっただけで勇者をも殺す能力は健在のまま。

 

「しかしだ……」

 

 しかし紅の魔女には意味が無い。

 呼吸をする様に死の世界に降り立つ。

 

 覚悟を決めたり魔法を使用した様子はなく、ただただ階段を降りる様に彼女は空から降りてきた。

 

 死の領域もツタも魔法の効果を発動しないというより発動できない。床に広がっていた黒も周りに発現させていたツタも彼女の周りだけ不自然に消えている。

 魔法が彼女から逃げているのだ。魔王の魔法であり死の具現化と言える『黒』が『紅』に恐れを為して避けている。

 

「艶やかな目をしている少年を殺すのはな」

 

 対して目の前の女性は恐れていないし敵対心さえ持っていない、それどころかそ哀れみを持つ始末。

 目を細め殺気すら放たないのは相手を敵だと認識していない証拠。だが慢心でも何でもなく事実だった。あらゆる事情と要素を考慮して彼女は負けないと確信していた。

 

「元が人間、それも男の子を殺すのは戸惑うが、私は最強なだけで完璧でも万能でもない………………殺すか」

「───!!!」

 

 靴下を履くような軽い感覚で彼女は手を平を向け、魔王は突然向けられた津波の様な殺気に対してツタを差し向ける。

 恐怖に怯える魔法を無理やり動かして、紅の周りをドーム状の黒で染めあげるが──

 

「──太陽(ソル)

 

 暗黒の中で光が弾け飛び……

 

 

 

 

 

 

 

 

「セレナ、おーいセレナ。…………セレナぁ!!」

「ん? ……あぁごめん。また考え事してて」

「お前は考え込むとどれだけ耳が遠くなるんだ」

 

 凛とした声が響き終えると残るのは水滴の音。昨日ここで化け物同士が争った場所だとは思えない程に洞窟の美しさは修復されている。

 立っているのは自分で買った袋に魔法石を入れている勇者フィーネと、監督役として作業を見ないといけないのに途中から過去の事を遡っていたサボりセレナだ。

 

「あはは、まぁ問題無く集められてるじゃないか。途中まで見てたけど見事だったよ? 正直二回目なのかなって思ったくらい」

「堂々と職務放棄してるって言うな……で、いつ答えてくれるんだ?」

 

 

 なんでお前はここにいるのか。

 

 

 単純に理由を聞いているのではない。勇者として彼女は、お前は敵なのか敵じゃないのかと聞いているのだ。

 

 冒険者ギルドで質問をしてから数時間。

 その間はセレナは何一つ質問に答えてくれなかった。

 フィーネは真面目に聞いている。だが……

 

「いい加減応えないとね。まずは私が敵では無い事を証明しないといけないんだけど……そもそも私が人類を滅亡する気があるならあの町は、いや世界くらいに簡単に滅ぼせるが……」

「物騒だなオイ」

「でも否定はできないだろ」

「……まぁ確かに。あの地獄で平然としている姿を見たら」

 

 腕を組んでうーんと唸る中堅冒険者。

 フィーネは、どうやって説明したものかと眉毛を曲げながら悩むセレナの姿が到底紅の魔女には見えなくて毒気を抜かれていた。

 

(やりづらいな)

 

 フィーネは思う。目の前の女性は確かに紅の魔女だと。勇者の勘がそう言っているし、何よりケロベロスが創り上げた死の世界の中で見たアレは間違いなく魔女そのものだった。

 だが今見ればうーんとバカっぽく唸る女が一人いるだけ。それだけじゃない。冒険者ギルドで話した時に見たフィーネが勇者と明かす前の焦りっぷりや、それこそ最初に出会った時の頼れる先輩の様に振る舞う彼女。

 

 どれもが紅の魔女でありセレナだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()今でもそう思う。だからこそフィーネはすぐに敵対せずに聞いたのだ。

 いや、敵対しない理由はそれだけじゃない。

 

「……なぁセレナ。なんでお前はあんな顔したんだ? 僕を回復してくれた時にさ」

 

 思い出すのは己に回復魔法をかけてくれた時のあの表情。

 あれが頭の中に酷くこびりついて離れない。敵のはずなのに敵じゃ無いと思う矛盾した気持ち。勇者の勘はどちらも正しいと告げてくる。

 

 

『なんでこの世界に生まれたのか、どう生きればいいのか。そう悩んでたこともある』

 

 ──何となくあの言葉に大切な事が隠されている気がする。

 

 

 世界の命運を賭けているフィーネとしては迷惑極まりないがこうなった以上、彼女は自分の勘に従う事にした。

 

 

 返答してくれるのは初めて出会った時の頼れて、明るい先輩冒険者か。

 

 それともフィーネより遥か格上の化け物を蹂躙した、死を超越する、恐ろしい紅の魔女か。

 

 

「……………………あぁ、あれね」

(なんでそんな顔するんだよ)

 

 

 返答したのはそのどちらでも無かった。

 

 帰ってくるのは今までの賑やかで明るい雰囲気ではく、優しさを感じながら何処か寂しげな遠い所を見ているような顔。

 フィーネとは違う視点から見ているような、そもそも住む世界が違うと分かってしまう程の輪郭された寂しさだった。

 そんな視点を持っているのは相手が伝説上の化け物だから? それもあるかもしれない。

 でも根本的にもっと違う部分があるような……

 

「あれは──「もういいよ」……ん?」

 

 フィーネは思う。

 紅の魔女と言われるにはどこか人間らしい。

 

『じゃあね。君の自分探しの旅に幸運があります様に』

 

 そして最後の笑顔……。

 

「実際問題、僕はお前に勝てない。でもだ、なんかそんな顔されるとやる気無くす」

 

 それが『セレナは敵では無い』という根拠。

 フィーネが彼女を紅の魔女ではなく、頼れる先輩冒険者として認めた判断だった。

 

「………………洗脳魔法でも受けた?」

「お前が言うな」

「あはは……うーん。まあいいやありがとね」

「……お前に感謝されるのは変な気分だ」

「じゃあもっと褒めようか?」

「何でそうなる」

 

 敵を討ち滅ぼす時に感じた悪寒のかけらもなく、近所のお姉ちゃんのような存在になっているセレナにフィーネは微妙な顔をしていた。

 セレナはフィーネを面白そうにちょっかいをかけて、フィーネはそのセレナの姿を見て呆れている。

 何とも冒険者達によくある平和な一幕だった。

 

「た だ し !」

「ん?」

 

 どこか自然に流れそうな雰囲気を壊す為にフィーネは声を大きくする。何度も見た彼女らしい真面目な顔をしてズンズンと近づけば、魔法石が入った袋を強引にセレナの手に乗せた。

 

「お前は私と一緒にいる。それが条件だ!」

 

 この約束は絶対に守ってもらう。そう強い意志を宿した目がセレナの視界に映った。

 ただ当の彼女は……

 

「え、その約束を本気で守ると思ってる?」

 

 不思議そうな顔をしてそう返した。

 真面目な雰囲気なんてありゃしない。

 

「………………ぐ」

 

 だが言った事は事実。交渉は互いに利益がある時か、持ちかけた方の立場が相手より上にいる事(交渉というより脅迫)で成り立つモノ。

 紅の魔女からすれば癌に近い勇者と一緒に居るメリットがある訳もなく、力関係でも紅の魔女が上。

 

 よって結果なんて火を見るより明らかだ。

 というより交渉を持ちかけた本人が苦しそうな表情をしている。

 

「……あの顔を」

「……ん?」

「あの顔をしたお前なら大丈夫だと思ったからだ!」

「………………………………え?」

「………………………………」

 

 恥ずかしさを紛らわそうと大声をあげても、残るのは倍速する心拍音と静寂の美のみ。

 失敗特有の雰囲気がフィーネを襲う。商人や貴族のお偉いさんが見たら鼻で笑われる程に意味のない行為。

 

「……アッハッハ!!!」

 

 それをセレナは大笑いで静寂と共にかっ飛ばした。

 口を大きく開いて腹を抱えて「イッヒッヒ」と戦闘の時ですら聞いたことの無い大声が洞窟に響いた。

 よく見れば涙まで出ている。何が彼女をそこまで笑わせるのか。

 

「馬鹿にしているのかっ!」

「だってそうじゃん。中堅冒険者に言うならともかく、紅の魔女にそんなこと言ってくるなんて──」

 

 フィーネの自業自得だが恥ずかしいものは恥ずかしい。頭に火山が乗っていそうな勢いで顔が真っ赤になる彼女はやめろと声を上げようとするが。

 

「やっぱお前は勇者だよ」

「────っ」

 

 太陽いっぱいの笑顔を見せられては何も出来なくなってしまう。馬鹿にしていたのに、いきなりそんな事を言われては怒りは潜んで体が怯むのも仕方が無いと言えた。

 

「な、何でそう言える。お前は私の事を何も知らないだろ」

「今までの勇者達がそうだったから」

「……っ」

 

 今までに無いほど真っ直ぐな目でフィーネを見てくる。

 

「勇者って色んなタイプが居たけど、どいつもこいつも根本は真っ直ぐで真面目でお人好しだったからね」

「……お前、過去の勇者と」

「まぁちょっと真面目バカというかバカだなって思ったけど」

「──よし殺すここでコロス!!!」

「あ、待って待って。死なないけど痛いのは痛いってあぁぁぁぁぁ!!??!?」

 

 さっき見た真っ直ぐな目は幻想だったか。すぐにバカにしている様な目になってこちらを見るセレナに、フィーネは許さんと剣を抜いた。

 

 

 

 

 

「ちっ、結局一撃も入らなかった」

「だ、伊達に長くは生きてないよ……って全然出てこないなぁ」

「何してるんだ?」

「えっーと、ねぇ……」

 

 とまあそんなやりとりをしてちょっと経ち。

 セレナは何も無い空間に手を突っ込み、押入れの奥に入った物を探すようにガサゴソガサゴソしていたら、一つの紙を取り出した。

 

「空間魔法か。何でもありだな」

「……まあ伊達に最強名乗ってないからね。ただそれよりさっきの回答だ」

 

 そう言ってセレナは取り出した紙をフィーネに投げつけた。ロール状に丸まった紙を広げれば見えるのは契約と書かれた文字とその内容を書く欄。

 

「この紙は契約用紙か……! ってことは」

「そう、その条件飲むよ」

 

 勇者は知っていた。これが古来から存在する契約魔法の効力が内包されている紙だと。

 両者の合意の上で契約すれば、例え神や魔王、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()伝説に明記されているアイテム。

 

 そして同時に思った。なぜ受けるメリットの無い条件を飲むのか。自分で言っておいて何だが、驚きのあまりフィーネはセレナに顔を向けた。

 対してセレナは呆気からんに言う。

 

「まあ色々聞きたい事があるだろうけど、結論だけ言うよ」

 

 さっきまでのふざけた雰囲気では無い。

 セレナは紅の魔女として、本気で勇者フィーネの質問に答えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔王だ。フィーネにはこれから現れるだろう魔王を倒してほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

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