TS願望持ちの転生者は理想のロリに成りきります 作:暇じゃない暇人
主人公、無双終了のお知らせ。
カラカラと馬車の車輪が街道を進み、ようやく目的地が見えてきた。
「お~い坊主! 見えてきたぞ。あれがこの馬車の終点だ」
気前の良い行商人のおじさんが若者、もとい男装少女に声をかける。
男装少女はその声を聞いて馬車の幌から顔を出し「うわ~」と間延びした声を上げた。
「おっ、やっぱ坊主にはこの光景が珍しいと見えるなあ。どうだ? 一国の首都である王都の城壁を見た感想は」
おじさんは、にひっとも、にかっともとれる快活な笑みを浮かべて男装少女のリアクションを楽しんだ。若い者が物珍しそうにする光景は、様々な国を回って商売をするおじさんからすれば新鮮で楽しいもののようだ。
「す、スゴイです。壁があんなに」
「おう、何度見てもここの壁はすげえぜ。昔聞いた話では、七百年くらい前に建築王なんて人物が建てたものらしいぜ。そんなもの今でも現役で使われてるなんて信じられねえよな」
「七百年!? え、そんな古いんですか、あの城壁は」
男装少女が驚くのも無理はない。馬車が目的とするとある王国の王都をぐるりと一周する壁は何十メートルもあり、数世紀前から今に至るまで使われているとはとても信じがたいものだったからだ。
「まあ、あくまでも噂だけどなっ。歴史の古さを喧伝するために大げさに言ってる可能性もあるから、話半分に聞いときな」
男装少女はそれを聞き、へ~、思った。歴史の捏造とか真実とか正直言って良く分からない。つい先日まで一人で何でもできてしまうため群れる必要のない母と二人暮らしをしていたのだ。喧伝することの重要性など知識でしか知らないので、縁遠くて実感のまるで湧かないものだった。
そんな二人を見て脇目で見て、同乗していた少女(笑)の頭では、やや苦い思い出がぶり返していた。
歴史の不完全性や寓意の有無。捏造誇張なんでもござれの言ったもん勝ち言葉バトルを。
どこか遠い目をしながら少女は思う。誇張ってのは惑星の表面を亀の甲羅にしちまえるもんなんだよな~、と。
もはや笑うことすら出来ないほどの苦い思い出。IQの低いモノでは着いていけない頭脳戦という皮を被った超次元言葉遊び(!?)が脳裏を過る。
しかし、いつまでも思い出に浸っていてもしょうがないので、幌の間から見える前後の景色を堪能しようとした。少なくとも回想するよりは有意義だろうと思って。
「しかし、あんだけ立派な壁があってもこの国は数十年戦争してねえから魔物避けが本分になってんだよな。平和なのはいいことだけど、あまりにも大きな戦火の話が少ねえってのも不安になるぜ~」
「平和なのはいけないんですか?」
「いや、全然いい。戦争なんてクソ喰らえと思ってるから平和なのは望むところなんだよ。だけどよお、最近少しばかり静かすぎるんだよな~。こう、各種族間の闘争的意味で」
おじさんがそんなことを言ってる間に馬車が門の元までたどり着く。
検問の役割をしている鎧を着た兵士が数人いる。忙しそうとも暇そうとも言えない感じに動いていて、どことなく私仕事してますアピールをしている感があった。
とはいえ職務に支障は出ない範囲といった感じがするのであまり心配しなくてもよさそうだ。
男装少女と謎のくーる系美少女ロリ(笑)は特に何も話すことなく、おじさんが衛兵たちと話を付けるのを待つ。
数分して許可が下りたららしく、再び馬を進ませて街の中へと進んでいく。先ほどの検問の反応を見るに何らかの探知機を遠隔で使用する類だったようだが、少女(笑)は気にも留めず沈黙を保つ。
ある程度金に余裕があればそういったものは必ず配備されるものだし、さして珍しくもない。さらに言えばあれで判断できる要素は多くなく、有名人でもない少女からすれば何の変哲もない金属探知機が設置されていたようなモノでしかない。一言で言えば恐れる必要がそもそもないのだ。
「それでおじさんはどこまで行くの?」
「この先暫く行ったところにある商人組合だな。いくらか仲間たちと話やら商談を済ませようって腹さ」
どうやらこの馬車の最終目的地は商人組合らしい。そこまで詳しいことを少女(笑)も男装少女も知らなかったので納得の様相を示した。
それからも気前のいいおじさん商人と世間知らずな若者との楽しそうな談笑が続き、若者と話すことが楽しくて堪らないといった様子のおじさんに向かって声がかかる。
「──御老人。私はここで」
そう言ったのは会話に全然混じらなかった少女だ。どうやら一足早く馬車を降りるつもりらしい。
「お、嬢ちゃんはここまでか。って、ああそうだ!」
「?」
「そこに他のと比べて一個だけ小さい木箱があるだろ? そん中にあるリンゴ、一個持って行ってくれよ」
気前のいいおじさんは少女に対して餞別の品を渡したいようだ。しかし、少女はこれに難色を示す。
「……対価は既に受け取ってる。馬車に乗ることと食料と水の譲渡。これ以上は釣り合わない」
「カカっ。命の恩人に対してそんくらいじゃ釣り合ったりしねえよ。だから遠慮せず持ってってくれ」
「いや、でも」
「まあまあ、俺のためだと思って受け取ってくれ。恩は返せるうちに少しでも返しておくもんだと思ってるだけの話さ。こんな世界なんだ。次は五体満足で会えるとは限らねえ。返せるうちに少しでも返させてくれよ、嬢ちゃん」
「……」
「それにこんな風に誰かに対していい人っぽく振る舞ってれば、今度何かいいことがありそうだしな」
ニシシといった感じで笑うおじさんに少女は言い返せず。少し逡巡してから口を開く。
「御老人」
「ん?」
「もしも今後北の方に行くなら、ドブザー街道を通ることはやめておいた方が良い。腕の立つ野盗の集団が近辺を潜伏している。……そいつらが通りすがりの怪物にでも討伐されるのを待ってから通るべき」
少女の脈絡のない話に一瞬頭に?が浮かびそうになるが、少女の真面目な様子に、本当に心配してくれてるのだと行商人のおじさんは感じた。
そして、それはきっと間違いじゃない。
「お、おう。なんだか良く分からなねえがその忠告、しっかりと胸に刻んだぜ」
ドン、と胸を一叩きするおじさん。
その様子を見て、フードに隠れていても確かにほんの少しだけクスリ、と少女が笑ったように若者には見えた。
少女はくるっと馬車の進行方向とは逆を向き、荷台の淵に片足をかけてから、
「──気前の良い紳士様」
一呼吸おいて、
「──貴方の旅路に幸、多からんことを」
そう言ってから馬車を飛び降りた。ストっ、という自然な感じで着地音すらほとんど聞こえない立ち振る舞い。若者にはまるで妖精が無意識に内に踊った振付の一種にも見えた。
パッカ、パッカと蹄鉄が道を進む音が響き、暫くしてあっ、としてしまう若者。
見惚れていて完全に出遅れてしまった。どうしよう。これでは少女を見失ってしまう。
そう焦った若者を、気前の良い紳士こと御者席のおじさんが止めた。
「ちょっと待て。落ち着けって坊主」
「お、落ち着いてるよ」
「お前は今のところ間違ってねえから。落ち着け」
そう確信がある感じで言われてしまっては、若者としても理由を聞くしかない。
「大丈夫。お前さんが焦る気持ちも分かるから、そのうえで言わせてもらうぞ。今すぐに追いかけねえ方が良い」
「そ、それは、なんで?」
「こう言っちゃあなんだが、あの嬢ちゃんはあまり路銀に余裕はねえはず。身なり的に、あと持ち物の重量感的にも多分、間違いない」
「そ、そうなの?」
「そうなの。だからしばらくこの街に滞在して金を稼ぐことに専念するんじゃねえか? あの嬢ちゃん、その辺の飲んだくれ冒険者より断然腕が立ちそうだから冒険者でもやってけるだろうよ。場慣れもしてそうだしな。ありゃあそう簡単には死ぬタマじゃねえ」
そこまで考えていたことに驚いたのか黙り込む若者。それを見てカカッと笑い。
「ま、俺も腐っても商人だからよ。少しは目利きに自信ありってな!」
それを聞きて若者は、これは敵いそうにないなと一人思った。腕っぷしの強さでなく、人生経験的な意味で。
「とにもかくにも慌てんな坊主! 今焦って追いかけるより後で”偶然”再開して気の利いたことの一つや二つすりゃあいいのよ」
あまりのも迷いなくそう言うおじさんに若者は、
「あ、あの~何か慣れてません?」
そう聞くしかない。
「ハハハ。聞きたいか? 俺の人生編録」
「聞きたいっ」
「おおっ。いい食いつきっぷりじゃねえか。よし、坊主に俺の今まで培った女を落とす技術を伝授してやる!」
おおっ。と声を上げる若者。しかし、やや首をかしげて。
「ねえ、そんなこと言ってるけど、奥さんとか大丈夫なの?」
その瞬間カチッと石化されたかのごとく動かなくなったおじさん。
わずかに不安を覚える若者に対して、やや乾いた感じの声で、
「ダイジョブダイジョブ。結果的に俺は妻どころか恋人も出来たことねえけど何とかなるなる」
「おじさん?」
「ㇵㇵㇵ」
「おじさん‼ 大丈夫なんだよね!?」
「ㇵㇵ」
「おじさ~~ん‼‼」
馬車はそのまま走っていく。愉快なおじさんと世間知らずな若者を乗せて。
どうやら若者と少女が再会するのはもう少し後のようだった。
────────────
大通りを一人で歩きながら手に持ったリンゴをムシャリと齧る。
口に広がる味は甘さをベースに心地良い酸味が広がり、鼻を香りが突き抜けていく。これはうまい。
「シャシャリしてるけど水分は控えめ? でもすごく瑞々しい。これ何の品種だ?」
そう独り言ちながらもリンゴを齧る手は止まらない。齧った先から果汁が垂れるということもないので手も汚れない。歩きながら食べるリンゴとしては今まで一番かも。
先ほど馬車から下りる際せっかくだからと一つ貰ったリンゴの味は想像以上だった。これならリンゴ飴にしても絶対売れる。今度このリンゴを仕入れてリンゴ飴屋をやってみてもいいかもしれないと思えるほどに。
食べ進めると衝撃的なことに気付く。
このリンゴ。なんと種なしリンゴだ。凄いなこれ。
ムシャムシャと食べ進め、いつの間にか芯まで平らげてしまった。どうやら種無しどころか芯までおいしく頂ける品種だったようだ。
こんなうまいなら品種くらい聞いておくべきだったと後悔しながらも、引き返して馬車を追いかける程カッコ付かないことはしたくない。
今回は諦めよう。あのおじさんもしばらくはここに留まるだろうし、何だったら商人組合に顔を出すという手もある。焦る必要も特にないしな。
素手でそのまま齧ったはずが汚れていないことを感心しながらも、歩くことと思考は止めない。
あの親切な行商人とかなり不思議な男装少女と別れて暫く。俺はある店を探して歩いていた。
人に聞いてもいいのだが、童貞コミュ障を拗らせ気味の俺からすれば見知らぬ人に話しかけるというのも億劫である。正直、メンドクサイ。
非効率かもしれないが、結界とかで隠されてない限り見つけられると思うから心配もしていない。
一体お前は何を探しているのか? という疑問に答えるにはまず、俺の服装を見てほしい。
ボロボロの旅装。ただ少し頑丈なだけの靴。簡易な服。マントみたいな外套に隠れる剣の鞘も安物。
そう、理想のロリとなることだ。
そのことを考えると今の格好はどうだ? とてもじゃないがこれは俺の理想がする恰好じゃない。
身体が変わって最初の格好だが、初期装備としてはいかがなものか。最低限の機能性を確保してることはありがたいことだと思ってるが、もう少しデザインに力を入れてほしかった。TSさせてもらったことを含めて考えても★4評価ですぜ、バビル様?
正直恰好なんてどうでもよくない? とか、好きなキャラなら奴隷用の貫頭衣から夜会用の礼服まですべて大好きですと答える人だっていることは理解してるが、そういう人には何でもいいから立ち絵を思い出してほしい。
種類自体はなんでいい。ソシャゲでもコンシューマーでも何でもいいから好きなキャラクターの立ち絵を思い出してほしい。
そのキャラはイメージに合ったコスチュームや不自然じゃない恰好をしていないか? もちろん見る機会が多いであろう姿なら自然な恰好だろうが。
だからこそ聞く。もしもあのドエロイ格好で俺たちの心をがっしりと掴むあのキャラや、メチャクチャカッコいいロマンあふれる格好をしたあのキャラや、戦闘時は鎧なのに普段着は可愛くて可憐な恰好をしたあのキャラの立ち絵が! デザイン性普通の地味な旅装だったらどう思う?
もちろん好きなキャラなら嫌いではないという考えに至るだろうが、それでもこう思うはず。”どうせならもっといいデザインはなかったのか。せっかくキャラクターはいいのに、もったいないな~”と。
俺が考えてることはまさにそれ。要するに今の姿は俺が理想とするコスチュームではないということだ。
もし俺がゲームとかのキャラだったらと例えると、自分の立ち絵の服は何が良いか。という問題なのである。
そんなこんなを考えるうちに、大通りから一個外れた通りを歩いていた。こういうところに目当ての店の魔道具屋はあるのでよく調べる。
看板はあったりなかったりするのでほとんど感に頼ることになるが、そこのところは慣れだ。慣れたらなんとなく見つけられるようになる。
ん? あれは……多分あれだな。行ってみよう。
外見からは単なる民家か小さな食堂やってますといった感が漂うが、何の店か分からない。店だとしたら集客努力を怠ってるとしか思えないが、気にせず入る。
チャリンとドア上部についてる鈴がなる。やはりお店だったらしい。
「……いらっしゃい」
そう声をかけた店員はいかにもな魔女帽子をかぶり、黒いローブみたいなのを羽織ってる女性。
種族は……魔女? だと思うけど、確信は持てない。実力があるなら己の種族を隠蔽できるやつは珍しくないから。
彼女はカウンターで本を読んでいたところに俺が来たことを訝しむようにこちらを見る。忘れてはいけないが、今の姿は10歳そこそこの女児なのだし、冷やかしに思われた可能性は十分ある。
一応追い出される前に、客であることをアピールした方が良さそうなのでカウンターの彼女に歩み寄り、質問を飛ばす。
「ここにある魔繊維製の物を見せてもらってもいい? 状態は服でも外装でも、それこそなんでも構わない」
そう言っておく。多分これで何も知らない子供が入って来たとは思われないはずだが……どうだ?
「……はっ。ええと、魔繊維製の商品ですか。……珍しいですね、お客さん」
珍しい? 魔繊維製は不人気なのか?
「あ~ええと。……ただ、ずいぶん若そうなお客さんが来たものだなと、少し珍しく思ってしまって」
珍しかったのは俺の方か。ならこう答えておくべきか。
「先ほどこの街に来たばかりで装備を整えたいと思い、ここに。見ての通り今の装備では不安があるので」
「確かに、お客さんの装備は最低限度の機能がギリギリあるか、ないかといった感じですね。……私の私見としてはなさそうですが……。あっ、し、失礼しました!」
「気にしなくていい。あなたが感じたことを私も思っている」
失言をしたと思ったのだろう彼女に気してない旨を告げる。自分の装備が頼りないのは分かっていたことだ。
「で、では今から持ってきますね」
そう言ってから彼女は店の奥に消え、1、2分後にカウンターに戻って来た。その腕にいくらかの商品を持った状態で。
「よいしょ。ふー、今あるのだとこれくらいですね」
カウンターに置かれたものは魔繊維製の商品の群れ。その一つ一つを手に持ち、確認していく。
う~ん。一番いいのはこの帽子かな? ほどくのも楽そうだし、これがいいな。
「店主。この帽子は?」
「あ、それですか? それは出来がいまいちなのを考慮しても、大体──」
そう言って提示された金額は大分高めで、法外ともいえる額。流石に高すぎる。
「そんな? いくら何でも高すぎる。そんな多くの希少物質が使われてるようには思えない」
「は、はい。その通りなのですが。そ、その~、最近魔繊維を始めとした一部の物の値段が高騰気味なんです」
値段高騰ということは、買い占めでも起こってるのか? いや、それは考えにくいか。
この近辺の値段推移は
出来たとしてもここまで露骨な事態にならないはず、となると流通経路の問題か。はたまた材料そのものの不足か。
「一体なぜ?」
「恨めしいことに、
ハー、と思わずといった感じでため息を吐く彼女。どうやら相当参ってるらしい。
「魔繊維以外にも、光陽羽などの材料も値段が上がるせいで全体的に値上げをしないと採算が取れなくて。本当は高い値段にしたくないのに」
悔しそうにそう言う彼女は続けて、一応生活もかかってるから高くするしかないんだけど、でもそうするとただでさえ少ない客足が。ウウ……と頭を抱えたくなるのを必死に我慢してるような表情をした。
大変そうだな。経営者というのも。
「はっ、すいません、関係ないこと言ってしまって」
そう言ってペコペコ頭を下げる店員さん。いいから落ち着け、気にしてないから。
その後、値段交渉を行ったが大きく値下げをすることはやはり無理なようで、一度出直すことにした。
その際、店員の女性は「また来てくださいね~」と言っていたので顔は覚えてもらったはずだ。次行く時用の資金集めをして、それから行こう。
衣装変更はもう少し後か。はー、先が思いやられる。
そんなことを思いながら街を歩き、今日泊まる宿を探し始めた。ダメだったとしてもさっさと切り替えなければ時間の無駄だ。明日は金策に駆けずり回るのだから休みたい。それもできるだけ早く、だ。
宿の見分けにそこまで自信があるわけではないが、明らかにヤバいかどうかなら分かる。その程度の経験なら詰んだつもりだし、成功はしなくとも大失敗は恐らくない。……フラグじゃないよ?
宿を探して道を歩いていくと大きな通りを外れ、区画整理が追い付いてない感じの場所までやって来た。
こういった場所から治安が悪くなりがちだ。注意を怠ると大変なことになるので、みんなも異世界に行ったとき、さっきまでと街の景観や雰囲気が変わったら危険なので要注意。
官憲の目が届きにくいところでは、いつだって犯罪が横行するものだからな。
とはいえ、恐れすぎることはない。自分の身を守れるなら結構何とかなったりはする。
宿はどこだろう。庶民向けの宿はこの辺だと思うのだけど……ん~……ん? あれは食堂兼宿、か?
ふと目についたのは食事処(酒場の方が近いかも)をやってるらしい一軒の店。建物と建物に挟まれる感じに建っていて二階建て。
多分あれは泊まれるタイプだと思う。ちょうどいいから夕食はあそこで食べて、そのまま寝よう。そうしようと今決めた。
夕方に差し掛かり赤く染まる空に、温かい感じがする光が灯ったその店はいい雰囲気を醸し出している。
冒険しなくともドラゴンと戦わなくとも。こういうところに異世界ファンタジーを感じるのだ。
俺は感傷に浸りやすいのかもしれない。
足を店の方に向けて歩いていき……………………視界の隅に小さな人影が写った。
フード付きのローブを深く被り、夕焼けの光により赤く染まった街で一足先に真っ黒に染まった部分へと踏み込んで行った。
そう、光の届かない裏路地へと。
「今の子は」
一瞬しか見れてないが、身長は今の俺とほとんど変わらない。
そして、裏路地に踏み込む一瞬だけ見えた横顔は綺麗で、何処かいいところのご令嬢といったように見えた。……その端正な無表情いっぱいに、焦燥の感情を乗せながら。
「……」
俺とは関係ないことだ。
見なかったことにして、さっさと飯を食べて宿を取って寝た方が良い。
答えは最初から決まっている。
「……」
意味がない。ミイラ取りがミイラになる。余計なお世話。おせっかい。ヒーロー気取りの偽善者。
言葉はいくらでも見つかる。首を突っ込む理由はない。俺は俺の道を進み、他の人のことなど我関せずで問題ない。
今までは世界を救う関係で、無関心は最大の敵だったが今はそれこそ関係ない。
このまま知らんぷりが正解である。
そんな俺の足は店の方を向いて歩き出して、
直後。
少女が消えた裏路地へと進んでいた。
何やってんだ? 俺は。
そう思っても行動は止まらない。バカだとは思っても止められない。
だって、無視できないと思ったから。
あの一瞬見えた顔は。無表情で感情が読み辛いはずのあの顔は。
なんでもやる目だ。殺しも一切厭わない覚悟の目。でも、今にも足元を掬われそうな、出力の代わりに安全性を捨てた危うい目だ。
今までそう言ったやつは何人も見てきた。あの手のやつは、放置しちゃいけない。
戦力を集めなきゃいけなかったあの時とは違うのに。スバルもいないからつなぎとめる方法だってないというのに。
なんだろう。職業病のつもりなのだろうか。
裏路地に着いた。でも少女は見当たらない。
一応今いる通りは明るいが、この先は最低限の明るさしかない。まるで、世界を分ける境界線のようだ。
俺はその境界線を、踏み越えた。
進んでしまったのならしょうがない。そう自分に言い訳をして先を見る。人が三人も並べばぎゅうぎゅうになる道を進んだ先に少女の姿はなく、代わり酒瓶のようなものが転がっている。
周囲を見渡しても、あるのは壁だけ。扉もなければ道もない。
完全な行き止まりだ。
「……」
少女の姿は見間違えかと一瞬思うが、即座にそんなわけないと否定する。
実際にいたとしても、彼女が屋根まで飛んで移動したり、空を飛べる可能性もある。ここでさっさと引き返すべきかもしれない。
でも、この状況が説明できる方法は頭の中にあった。
行き止まりの壁へと進み、手のひらを押し付ける。
瞼を閉じ、手の先の感覚に意識を集中。まるで管の中を通る水を意識するようにして、俺は指先をセンサーとして使い、壁を探る。
引っかかった感触があった。
その感覚があった場所に魔力を送り込み、流れる魔力を無理やり止める。ホースの根元を思い切り踏みつけるイメージだ。
どろり。
壁の一部がアーチ状に泥が解けるようにして穴が開く。通るのに十分なサイズだ。
俺は先へと進んだ。ここまでやったら躊躇なんてただの邪魔でしかない。
先にあったのは二階建ての建物だった。
特殊な感じには見えないが、あんな魔法を使われて隠蔽されていた時点で異常である。壁の穴はしばらくしたら勝手に埋まった。
確実になにかある。そんな確信を抱きながらも扉まで進み、一気に扉を開け放った。
中は暗く、西部劇で見るようなバーに近い内装をしていて、あんまり掃除されてないのか埃っぽく、全体的に不衛生なイメージがある。
見える範囲に人はいない。気配もしない。誰かが隠れてる可能性は低そうだ。
少女がここにいないということは恐らく二階にいるのだろう。
階段は……奥か。
テーブルが二、三個しかない室内を横切りカウンターの中を目指して歩く。
いつでも剣を抜けるようにして警戒しつつ、奥へと続くカウンターへと侵入して、
「……」
死体があった。
「……」
男の死体だ。種族は人間で状態は新しく、つい先ほどまで生きていたことが分かる。
死体には触らず、ここから見える範囲で検視する。前世が別に検視官だったわけでもないし、その手の技術を身に着けていたわけではないが、こっちに来てから死体を見る機会は多々あった。なんとなくでも死んだ状況くらいならつかめるだろう。
そう思って俺は目を凝らす。死因は流れてる血から見るに重要な血管を切断されたことによるショック死といったところか。獲物は剣で、やや細身。大剣ではないだろう。切創が太くないし。
動揺しないように意識して心を抑える。
これをやったのは恐らく、あの少女だ。証拠はない。でも多分、間違いない。
一瞬しか見てないが、あの切羽詰まった顔はこれぐらいやれる。
次の疑問として、ではなぜ? ということが浮かぶが、情報が少なすぎる。今は推測で答えを出すよりあの少女を探すべきだ。
死体から目を逸らし、建物の奥へつながってる方を見る。警戒は怠らずに先へと進み、つきあたりに階段があった。
息を殺し、俺が出来る限界まで気配を消す。その状態で一歩ずつ階段を踏みしめてのぼり、二階の通路にたどり着いた。
左側に扉が二つあり、手前は閉じてるが奥は開いていた。
そして、通路には一階にいた死体と同じような切り傷がある男たちが転がっていて、全員の息は途絶えていた。
男たちの種族は見た感じ人間が多く、長い耳的にエルフ? みたいなのや何かの動物の耳と尻尾がある獣人種。それ以外は多分いない。
観察を辞め、前を見る。開きっぱなしの二個目の扉目指して進む。
誰かがいる気配はするが音はせず、何らかの結界(知覚を阻害する類)が張られていることのだろう。耳で探るのを諦め、バレないようにこっそりと、部屋の中を盗み見した。
そこには俺が見たローブの少女がいて、さっき被っていたフードが外れている状態で首を掴まれて浮かんでいた。横顔からは苦悶の表情がありありと浮かんでおり、絶体絶命といった言葉が正しく機能していた。
そして少女を掴んでいるのはドーベルマンのような犬の頭をした獣人の男。目は血走っていて牙は剥き出し。今にも少女の首をへし折りかねない気迫をしている。
俺はそれを見て一気に飛び出す。剣は抜かず、突風を一瞬起こす魔法の発動準備だけを済ませておく。
横から飛び出す形になった俺へ反応が間に合わず、犬頭の男はしばし硬直し、その隙を突く形で男へ急接近して跳躍。
犬頭の鼻っ柱を掴むようにして、突風の魔法を発動する。
「ッッ!!?」
声にならない声を上げて犬頭が吹き飛び、掴んでいた少女の首を離させることに成功する。意外に上手く行くものだ。
「ガハッ! ゴホ‼」
気道の圧迫がなくなったことによるものか、血管を絞められなくなったことが原因かは分からないが、少女は必死に息をする。
ゼ―ゼーと苦しそうにしてたので背中でもさするべきか。と思いながらも、突風から犬頭が立ち直るのが早かったようだ。
「イ、ッテエなこのクソガキッ! オマエもそいつの仲間か!?」
こちらを怒鳴ってくる犬男はすっかり頭に血がのぼってるようで、今にも攻撃を加えてきそうだ。……というか本当に攻撃してきたっ!?
「グワァァ!」
歯をむき出しにして両腕の爪を斜め方向から薙いでくる攻撃を、剣で防ぐ! ギリギリと金属が削れる耳障りな音が俺の剣からした。
というかクソ騎士との戦いでほぼ壊れかけてるから今にも壊れそうでマズイ。
「グオオオ‼‼」
「ッ‼ させるか!」
男の爪が緑色に発光して魔法を発動させようとしたところを、無理やり火魔法を剣に使い、熱を用いて男の魔法をキャンセルさせる。
「チッ!」
思わずといった様子で後ろに一歩飛び退り手が焼けるのを阻止した犬頭の男は、こちらを見据えた後、
チラッと俺の後ろの方へ視線をやった。
「ッ!!」(マズイ!)
咄嗟に少女との間に俺が入るようわずかに立ち位置を変えてる最中に男が疾駆する。……一直線ではなく、僅かに横から突っ込まれて脇腹に頭突きをもろに食らった。
「グフッ‼‼‼」
身体がクの字に折れて壁に叩きつけられる形で止まる。
浮遊してる最中に何とか受け身を取って気絶は免れたが気持ち悪い。腹の臓物がグネグネと蠢いて吐き気が込みあがりそうになったが、必死になって堪える。
何とか横になった状態から男の方へ向き、頭突きから立ち上がった男が俺を見て、殺気を迸らせた。
どうやら俺を殺すことが最優先らしい。まあ、こっちもやられるつもりなど無いがな!
しかし、立ち上がるには少し時間がかかり、先に男が走り出す。
チッ、と間に合わないことを悔やみながらも、俺を囲むように扇状の炎の絨毯を敷いた。
一瞬で炎が現れたこと驚いたようでも、男は立ち止まらずに俺に向かってジャンプする。
かかった!
瞬間、俺は倒れた体勢のままで背筋と背中全体で発動した風によって動い速さで浮かび上がり、接近していた男の爪に当たらないギリギリの位置でその腕をつかみ、時計の針が九時から二時へと急回転するような動きで投げ飛ばす。
窓の方へ吸い込まれた男はガラス製の窓を割りガシャーンという音がすると同時に外へ投げ飛ばされ、崩した体勢のまま二階の高さから落下していった。
はー、と息を吐き。ゆっくりと立ち上がる。
視界の端に剣が映った。俺の剣だが、既にヒビだらけで今にも壊れそう。
というかもう壊れてないか? ボロボロだったのに無理やり火の魔法を纏わせたから本気で壊れててもおかしくないのだが。
転がってる俺の剣に近付き、拾おうとして……後ろから破壊音が響いて耳へと届く。
即座に振り返り風の魔法を発動させようとして腕を突き出し、……突き出した腕を無視を払う動作で横に逸らされる。
なっ、という声も出ず首を掴まれ、体が浮かんだ。
俺の首を掴んでいたのは犬頭の男。
二階から落ちたが怪我も負わずに飛び上がって二階に戻り、隙を晒した俺の首は締め上げられていた。
苦しい。息はもちろんのこと頭がボーッとし始めてくる。すぐに抜け出さなければまずいのに体が浮いてるせいで力めない。今の小さい体では腕のリーチ的に男の顔に届かない。
目を一突きしてやることもできない。これでは、どうしようも。
「ハアハア」
「う、ァ、……グッ」
ギリギリと締め付けがキツくなるにつれ、視界に黒いカーテンのような暗幕が広がり出す。本気で意識が危ない。ハヤく、何とかっ……。
「ゥ、グ……ァ」
「死ね死ね死ね」
苦しい。息が。
「死ね死ねしn」
ザシュ。
「ね……あ?」
何か、肉袋と水袋の中間みたいな物を刺すような音が聞こえてきたら、薄くなる視界で真っ赤にヌラヌラとした光を反射する刃が目に留まった。
「あ、ゴブ」
その一言を最後に胸から鉄の刃が生えた男の身体から力が抜け、同じように力を失った腕からも解放される。
頸動脈を絞めてた圧力から解放されて「ゴホッ、ゴホ」とせき込みながらも必死になって呼吸をする。
「ハ-ハー」
下を向いてた顔を上げる。そこには、
「……」
──銀髪碧眼の少女がいた。
──いつの間にか立ち直っていたらしい彼女が持つ最高級のビロードのような仕上がりをした綺麗な髪。宝石を磨いたような緑の瞳。
夜会でドレスを着たら視線を釘づけにされるだろうことは間違いない。幼さの奥に内包された雅さと、かすかに香る色気に惑わされそうになる。
今までさんざん美女、美少女が周りにいたから慣れていたからよかったが。もし、俺が今日この世界に転生してこの光景を見ていたら確実に心奪われていただろう。
座り込む俺を見下ろし、銀髪碧眼の幼げな彼女は唇を開く。
「──あなたは、何者ですか」
そうこちらを
なんて答えようか迷い、どう答えを返そうか思考を回そうとしたその時、俺はあることに気が付いて一瞬。完全に思考が止まってしまった。
そのこととは、
今の
図らずも出来てしまったあの構図に胸がどきどきしてしまい。完全に思考が停止してしまったのだ。
そして、フリーズした俺を心配そうに見てる少女に気付くのは、もう少し後のことである。
主人公お前、意味が無いとかミイラ取りがミイラになるとかほざいてたくせに本当にそうなってどうすんだよ!助けにいったのに助けられるとか情けねえよオマエ。
みんなも異世界転生したら可愛い子がいたからって迂闊に首を突っ込むのはやめよう。