ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

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体調不良①

 

 自分ではどうにもならない焦燥感に追い立てられる。ここ最近は特に″コントロール″が上手くいかない。いつでも、何をしていてもふと気を抜いた瞬間に襲われる。

 頭痛、耳鳴り、目眩、吐き気。それ以外にも様々な不調を訴える泥のように重い身体を引きずって、二宮は浅い呼吸を繰り返していた。ボーダー本部の訓練室からも、各隊作戦室が並んだ区画からも外れ、人気の少ない場所を選んできた。

 ここならだれにも見つからないだろうと、更に念を入れて適当な小部屋に身を隠す。人気のなさ故に非常灯くらいしかついていないここをピンポイントに入ってくる者もいないはずだ。浅い呼吸を少しでも本来のものへ近づけようと深く息を吸って、ままならない身体とろくに回っていない頭を自覚しながら内心で舌打ちした。

 防衛任務の時間まであと一時間ほどしかない。それまでになんとか体調を落ち着かせて、二宮隊の部屋まで戻る必要がある。理解はしているものの気ばかり急いているせいか中々思うようにはいかなかった。

 

(――…クソ、何故こんなタイミングで……)

 

 己の呼吸音がうるさい。意識さえもかすれかけたところで、背後から物音を聞いた気がした。

 

「……息、できる?」

 

 二宮ただひとりしかいないと思っていた場所で第三者の声が聞こえた。ぴくりと反応し立ち上がろうとしたところで止められた。

 

「立とうとしなくても、いい。わかる? わかったら頷いて」

 

 無性に惹かれてしまう声だった。聞き慣れた声でなければ落ち着いた声でもない少し緊張したようにも聞こえる声なのに、二宮は直感で理解した。これは″コマンド″を使っているときの声だ。砂漠の中のオアシス。大海の中の救助船。たとえるならばそんなものに感じた。質問を理解して言われたまま浅くうなずくと、その手は肩から首、頬をつたって二宮の頭をぎこちなく撫でた。

 

「うん。いい子、言うとおりにできたね、えらいよ」

 

 撫でられただけなのに、幼子にするように褒められただけなのに。普段であれば侮られているのかと不快にさえ思うだろう言葉が、やけに奥の方へ響いた。もっと褒められたい、指示通りこなせるのだと、己の能力を見せつけたいという欲求が湧いてくる。呼吸は依然浅いが胸に重く沈んでいた不快感が軽くなった。

 息苦しさもあってかすむ視界の中、蜘蛛の糸のように思えたそれを二宮はしっかりとつかんだ。その力強さに目の前の相手は一瞬手を引きかけたが、思い直すように堪えてまた尋ねる。縋るように項垂れた二宮はその逡巡に気づかない。

 

「っ……あなたの、お名前は?」

「……に、……――ひゅっ……げほ、……っ!」

 

 続けられた問いにすぐ答えようとしたが、声が喉へ張り付いたように言葉が出ない。少しは楽になったと思ったがやはり思うように身体が動かない。すると、少しは晴れたと思っていた息苦しさが再び無数の棘となって二宮を内から突き刺す。

 これだ。二宮は思った。はじめは小さかっただけの違和感も、これの繰り返してここまで二宮を消耗させた。

 

「大丈夫、まだ初めてだもの、叱らないよ。じゃあ、代わりにこっちの手を握って? 上手に出来たら褒めてあげる」

 

 二宮が強く握りしめているのとは別の手を出した。かたかたと震える手を何とか伸ばし、すでに握られている手とは違って、長い時間をかけて差し出された指先をやっと掴んだ。ああ、今度こそできた。

 

「うん、うん……! よくできました」

 

 その声は、ともするとコマンドを出されて行動した二宮自身よりも嬉しそうで。息苦しさとは別に、驚きで一瞬自分の呼吸が止まったのがわかった。声の主が小さく、いい子、よくできたねと褒めるたびに二宮の呼吸は楽になっていく。続けられるうちにふわふわ微睡んでいるような心地になった。

 何度か繰り返した頃、二宮の呼吸が次第に落ち着いたのを見計らってまた尋ねられた、あなたのお名前は?

 

「……に、にの……みや、まさたか……」

「……まさたか! ……うん、二回目できちんと答えられたね。すごいよ、まさたか。頑張ったね」

 

 握った手ごと頭を抱えるように抱きしめられた。父や母にすら長いことされていない行動が、どこの誰ともわからない相手にされている。安心を覚えつつも混乱するうちに、さらにつづけられた。

 

「まさたか、聞いて?」

「……、ん……」

 

 ゆっくりと頷いた。先ほどとは違う意味で思考が鈍っていくのがわかる。酩酊感にも似たものだ。まぶたが重い。けれど意識はしっかりと相手の言葉を聞こうとしている、耳鳴りはもうほぼ聞こえなくなっていた。

 

「息苦しくなったのは、疲れてたから。でも一回寝たら大丈夫。起きたらもう元に戻ってるから」

「――…戻る、のか?」

「うん、そう。ちゃんと戻ってるから、大丈夫だよ」

 

 だからおやすみ、そう聞こえて安心すると、急激に眠気が襲ってきた。

 

「……、ぁ、待て……おまえ、名前は……」

 

 手繰り寄せた理性の端でかろうじて名前を尋ねながら、しかし二宮の意識は途絶えた。通りすがりの人物によって辛うじてSub drop状態からは脱せられたものの、疲労が溜まり続けた結果の事態だ。

 その声の幼さにも、手の小ささにも。二宮の気が回らないのは仕方のないことだった。

 

 

 

 

「……っ、待て!」

 

 がばっ。起きたら見慣れた作戦室だった。そして、二宮隊隊員三名と目が合った。

 

「二宮さん!」

「目が覚めたんですね」

「痛いところとか、気持ち悪いとかないですか?」

 

 そして瞠目した。しばらく無言のまま頭を回転させて……「俺はどうしていた?」珍しく曖昧な問いを投げかけた。

 顔を見合わせた犬飼、氷見、辻のうち、犬飼が代表して答える。

 

「ノックが聞こえて、返事しても誰も入ってこないから変だなーって思ったから外見たんですよ。そしたら、二宮さんが壁にもたれかかってたんです」

「壁に?」

「はい。倒れたのかと思ってびっくりしたんですけど、それにしては普通に寝てるよね、ってなって」

 

 犬飼と目が合った辻が言葉を引き継いだ。

 

「まだ任務まで時間があるし、医務室よりはこのまま寝かせた方がいいだろうと思って」

「――…待て、今何時だ」

「あと十五分以内に出れば間に合います」

 

 任務のことを思い出し時間を確認すると、Sub dropから何者かに掬われてからそう時間は経っていなかった。二宮は思い出そうとするが、ただでさえ体調が悪かったところに部屋の暗さもあったためうまく思い出せない。二宮は膝をついていたとはいえ、そこまで上背のある相手には見えなかった。それに加えて声も低くはなく、むしろ高いくらいだったはずだ。

 知り合いどころか通りすがりの間柄で信頼関係も何もないところから、二宮のSub dropを掬えるだけのバランス感覚を持っている人物。ダイナミクス性はごく個人的な分野であることからあまり公言することはないが、それでも密な付き合いがあればなんとなく把握していくことでもある。条件に合わない人物をまず除外しながら、次に条件に合いそうな人物像を思い浮かべる。呼吸を整えてベイルアウト用に用意されたベッドから降りた。

 

「……そうか、大体理解した」

「……二宮さん、体調は本当に大丈夫なんですか?」

 

 氷見から鋭い視線が飛んでくる。とはいっても冷たさを含んだものではなく、二宮を気遣う温かさをもって様子を探るような鋭さだった。

 

「ああ。問題ない」

 

 二宮は頷いた。その言葉に偽りなしと判断した三人が目配せして浅く頷く。

 

「じゃ、今日も防衛任務頑張りますか!」

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