ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

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ねむねむ

 

 

「あ、でっかいダンゴムシ」

 

 ボーダー本部内。先頭を歩いていた犬飼が唐突にそう呟いた。後方にいた三名は首を傾げそして犬飼ごしに前方を覗き込む。

 廊下の突き当たりに、リュックを下敷きに体育座りでフードを深く被り、丸くなっている柳瀬がいた。柳瀬の着ているジャージは黒に近いグレーのため、丸まっていると犬飼の呼称通りダンゴムシに見えなくも、ない。

 

「……柳瀬くん? 大丈夫?」

 

 緩やかに肩が上下しているが、もしかしたら具合が悪いのかもしれない。そう危惧した辻がトントンと肩をたたいた。彼はつけていたイヤホンを外しながらゆるゆると顔を上げ、今にも閉じてしまいそうな目をしばたたかせて――目の前に辻がいることに気が付き、勢い良く身体を引いた。

 

「きゃあっ、辻先輩?!」

 

 ゴンッ、鈍い音がした。壁に頭をぶつけたのだ。それはもうしたたかに。寝ていたということはおそらく彼は換装体ではなく生身のはずで、その音の鈍さに彼らは思わず顔をしかめた。

 

「……ほ、ほんとに大丈夫……?」

「だ……だいじょ、ぶ、です……」

 

 ふらふらと、壁に凭れかかりながら立ち上がった。ふあ、と大きなあくびを噛み殺そうとして失敗する。大きな衝撃があったにもかかわらず眠気は覚めなかったらしい。

 

「どうしてこんな所で寝てたの?」

「えと……このあと任務があって」

「ラウンジに席があるじゃない」

 

「ああ、その、ラウンジは混んでで……あと、ここなら知り合いが誰か、通らないかなって思ってたら、いつの間にか寝ちゃってたみたいで……」

 

 まさか辻先輩が声かけてくれるとは思ってませんでしたけど……。そうえへへと笑っているが、そう軽い話ではないことを理解していないらしい。

 

「あんな、無理な体勢で寝てたら身体痛めるよ」

「そうですかね……」

 

 しかしいまいち響いている感じがしない。ちらと三人が二宮を伺うと、ため息をついた二宮が一言だけ発した。

 

「柳瀬、通行の邪魔だ」

「……ふぁい……」

 

 しょぼしょぼとする目をこすりながら、柳瀬は荷物を持ち上げた。ひとまずほっとして、しかし尚も眠そうな様子に辻はどう声をかけたものかと悩んでいた。

 

「……寝不足?」

「……はい、ちょっと……。あ、でも換装さえしちゃえば、シャッキリ、するので……」

 

 またあくびを噛み殺した。このまま放っておくのも不安というか心配が残るため、作戦室で休んでいかないかと誘おうとした。普段は用事がある時しか来ないけれど、こんなにフラフラなら二宮もダメとは言わないだろうと。

 そう口を開きかけた時、第三者の声が聞こえた。

 

「――…あ? たつき?」

 

 影浦だ。まっすぐ歩いて行こうとした身体の向きを変更させて、つかつかと彼ら──というよりは、明確に柳瀬へ歩み寄った。そして目を擦っていた彼の両頬をつかみ、ぐいと上を向かせ顔を覗き込む。

 

「あだっ、も……もげちゃう、くび……」

「うるせぇ、目開けろ」

「なんともないですって……」

「何してたんだよ」

「――…ね、寝てて、起こしてもらいました……」

「ハァー? だからウチこいって……」

 

 言いかけて、二宮たちがいることを思い出したらしい。途切れた言葉の代わりに頭をガリガリと掻き大袈裟なため息をついた。

 何がなんともないのだろうと辻は首を傾げるが、柳瀬が否定しつつもきちんと目を開けたらしく、確認した影浦は「よし」と頷いた。ちら、と辻、氷見の順に視線をよこし、最後に二宮に視線を向けた。

 

「アー……弟子が世話んなったな」

 

 ぱっと柳瀬が反応した。うるせえ、刺すんじゃねえ。彼は何も言っていないが影浦は鬱陶しそうにする。柳瀬の額をぺちりと叩き、そのまま本来行こうとしていた方向へ連れて行こうとした。

 

「マサ……ぅあ、」

 

 眠気の余韻かたたらを踏み、柳瀬が影浦の裾をつかんだ瞬間、二宮の指先がぴくりと反応した。きっと本人さえ気づいていないそれを影浦がわかったのは、ひとえに二宮の微弱な感情が刺さったからだ。

 

「……? おめー……」

「マサ先輩、ちょっとまって、」

 

 影浦の声は柳瀬が引き留める声に静止された。柳瀬はまだ残る眠気にどこかふわふわしつつ。

 

「先輩方、起こしてくださってありがとうございました」

 

 そう言い、ぺこりとお辞儀をして共に去っていった。

 

 

 

 

「……俺、カゲと一回も目合わなかったんだけど」

 

 犬飼の含み笑いだけがこの場に残る。辻と氷見の相変わらず嫌われてるなぁという空気を打ち砕くように、二宮は声をかけ歩を進めた。

 

「行くぞ」

 

 二宮は一瞬、柳瀬が影浦を呼ぼうとどもったとき、己が呼ばれるかと思った。そういえば影浦とは下の名前の読みが一部被っていたことを思い出し、紛らわしさに嘆息する。

 しかしそれがどうしたというのだろう。ただの偶然で何でもないことだ。

 何でもないことのはずだ。

 

 

 

 

 いつも通り作戦室に向かいつつ、つかまれたままの裾を一瞥して影浦は尋ねた。

 

「……たつき、おまえまためんどくせーことに首突っ込んでんじゃねえだろな」

「? ないとおもいますけど……」

 

 こいつは嘘を吐くのが下手だと影浦は確信している。何かを隠しているときは気まずげな感情がぐさぐさ刺さるし、そうでなくとも視線は合わないわ挙動が不審になるわで、よっぽど鈍くでもない限り騙されてくれる者はいないだろうと思っている。

 しかし尋ねた彼の様子はいつもと変わらずでどうやら嘘はついていないらしい。尤も、影浦にとっての面倒ごとが柳瀬にとっての面倒ごとではない可能性もあるのだが。

 

「フーン……? 二宮とは」

「にのみやさん? とくになにも…….?」

 

 様子は変わらない。影浦は片眉をあげた。

 

「……何か刺さりました?」

 

 気遣わしげな視線が向く。刺さったは刺さったのだが、影浦自身蜘蛛の糸のような、払えば切れそうなあれがどういった感情なのか判別が難しかった。けれど影浦や柳瀬を害そうとしている感情ならば肌を刺す感覚がもっと大きかったり強かったり、経験上すぐに気が付くだろうからおそらくはもっと別のもの。

 

「……なんでもねえ」

「えー?」

 

 けれどそれ以上考えるが面倒になり影浦は会話を打ち切った。害がないのであればそれでいいし、万一何かあったとしてもぶっ飛ばすだけだ。

 

 

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