口の中に広がる甘さに顔を綻ばせると、高校生三人もそれぞれ手を付け始めた。一口だけ食べた犬飼が柳瀬にむけていつもの笑みを浮かべ尋ねる。
「言いたくなかったら答えなくていいんだけどさ」
「ふぁい?」
「柳瀬くんってDomか、Domが強めのSwitch?」
「ふぁい……?」
ダイナミクスはグラデーションだ。すべての者はDom、Switch、もしくはSubに分けられ、比率は国地域によって差はあるがおおよそ2対6対2の割合に分布している。専門機関で検査を受けると、九段階にダイナミクスの数値が表され、どのくらいどのダイナミクスに寄っているのか、という結果が渡される。
数値が中央の〇に近いほどDomとSubの状態が切り替わりやすいSwitchであることを意味し、端に近い数値はそれぞれDom、Subと診断される。あくまでもグラデーションのため、何かのきっかけがあればDomとSubの診断を受けた者でもダイナミクスが切り替わるということも、確率は低いもののあるらしい。閑話休題。
あくまでも犬飼は微笑んでいるが、辻は犬飼を咎めた。氷見は口の中のものを緑茶で流し込んでから、はす向かいに座っている犬飼と柳瀬との間に腕で塀を作る。犬飼は相変わらずの笑みを浮かべたまま眉だけを下げた。
「まってよ、おれがめちゃめちゃ無神経なヤツみたいじゃん。辻ちゃんともひゃみちゃんとも、普通にダイナミクスの話することあるでしょ?」
「急に聞くのはかなり無神経ですよ、先輩」
「言いたくなかったらって前置きすればいいって話でもないですよ」
「えー、でも結構おれたち、仲良くなれたと思うんだけどなあ。さっきもおれたちのこと庇って怒ってくれてたんでしょ? ねぇ、柳瀬くん」
「えーと……? 仲良くなれてたら、うれしいですけど……」
さすがに犬飼の聞き方だけで放置されてたら面食らっていただろうが、辻と氷見のフォローがあったため柳瀬から見た場の空気の評価はプラマイプラだ。柳瀬は自身のダイナミクスをどうしても隠したいわけではないし、二宮隊に関しては一定以上の信頼を置いているため犬飼の質問を肯定して、どうして聞いたんですか? と質問の意図を計る。柳瀬が気にしてないなら特に問題は無いらしく、氷見は腕で作っていた壁をすっと戻した。
「さっきの柳瀬くん、結構怒ってたよな~って思って。怒らないように……みたいなことも言ってたし、もしかしてそうなのかな? って思ってさ。……あ、ちなみにおれ自身はかなりSub寄りのSwitchなんだけど。姉がDomで、あんまりため込むと爆発することもあるから、お節介だろうけど大丈夫かなと思って」
「……ご心配、ありがとうございます……?」
首をかしげながら言うとなんで疑問形? とからから笑った。
「さっきぼーっとしてたでしょ。うちの姉の場合、そうなってるとけっこうギリギリなときだから」
「……そうなんですね。でも、大丈夫だと思います。今まで爆発したことないってのもありますけど、さっきぼーっとしてたのは……確かに怒ってたのもあるんですけど、ああいうところ、辻先輩達に見られたくなかったなってのが大きいので……」
先ほどのことを思い出して肩を落とした柳瀬に、隣に座る氷見が「誰だって怒ることくらいあるよ」と慰めた。話題を変えようとしてか、辻が口を開く。
「……爆発って、どうなるんですか?」
検査値がちょうど中央の辻が問う。大変だよ〜? にこやかな犬飼に反して内容はヘビーだった。
「泣きながら、四方八方にGlare撒いちゃう」
「わぁ……」
それは大変だ。本人にとっても、周りにとっても。家の中ならまだしも、もし公共の場でそうなってしまったら。ぞっとしてすぐに想像をやめた。
実際犬飼の場合も大変だったようで、Glareに当てられてキッツイのにめちゃくちゃパシらされてさぁ、と対処法を語っていた。参考のために話してくれているのだろうか。爆発ということは、プレイで意識的に使うものとは違う、容赦のないGlareということで、当てられた犬飼の負担は言葉通り相当だったのだろう。
けれど通常であれば、たしかにダイナミクスが噛み合うきょうだいが居ることはプレイがしやすくていいのかもしれない。よくよく聞けば辻も氷見もそれぞれきょうだいがいるらしく、幼い頃からある程度の頻度でプレイをしてお互いの精神の安定を計るらしい。
「……二宮さんって、ごきょうだいはいるんですかね」
「いないって言ってなかった? そもそも二宮さん、全然プレイする必要ないらしいし」
二宮の家には何度となく訪れたものの、突然全ての部屋を見て回ったわけではない。よく整理整頓された家で、常に家族全員が出払っている時に招待されるため、柳瀬は二宮家の家族構成をはっきりわかるほどの情報は持っていなかった。なんとなく口にした程度だったが、彼が部下たちにダイナミクスの変化を話していないことも知ることになった。
まあでもきっかけがきっかけだしな、と、あくまでも自身の推測であることを思い出しつつ相槌を打つ。
「あんまりダイナミクス性の話も興味ない感じでしたよね。プレイの必要が無いってなると、そうなるのかも」
「一見すると、すごく典型的なDomっぽいけどね」
「少女漫画とか恋愛ゲームに出てきそうな?」
「それそれ」
余計なことを口走らないよう、バターどら焼きをもう一口食べた。辻の好物らしいことは聞いていたので、店の名前とロゴを覚えておく。
「それを言うなら柳瀬くんも典型的なSubっぽくない? ほら、こないだのテストの時とか、褒めて褒めて~ってめちゃくちゃアピールしてたらしいじゃん。見たかったな~」
「まあでもそういうのって血液型占いみたいなものですし」
「あー……、確かによく言われます。ちっちゃいし甘えたなのにみたいな。でもわかんなくないですか? 今後ぼくが、それこそ少女漫画に出てきそうな感じになるかもしれないじゃないですか」
「なるかな~」
「可能性はありますよ」
「楽しみにしとこ」
話の流れで、そういえば、と思い出したように氷見が辻を見やる。くすくすと思い出し笑いをしているのが楽しそうだ。
「辻くんも、ぽいとは違うけどちょっと面白い体質してるよね」
「あ、あんまり面白がらないで。大変なときもあるんだから……」
「ふふ」
「……? ぼくが聞いても大丈夫なやつですか?」
「……俺はSwitchの中でも特にスイッチしやすいみたいで……意識してなくても、ちょっとした弾みで切り替わっちゃうんだ。前に、プレイ中に切り替わったことがあって……」
「でも、わたわたしてるうちに戻ったんでしょ?」
「うん……コントロールが効かないって大変……」
「はえ……そんな風になるんですか」
「二宮さんほどじゃないけど……プレイの頻度は低めで十分だから、比較的楽な方だとは思うんだけどね」
プレイ相手ならばともかく、ここまであけすけにダイナミクス性について話すのは柳瀬にとってははじめてに近かった。自分の大切な情報だから誰彼構わず話すことではないですよと教わるのもひとつ、最初に氷見と辻がかばったように、少なからず個人に踏み込んだ話題ということがひとつ。ほかには、自分はよくても相手がダイナミクス性について、積極的に触れてもいいと考えているのかわからないというのがひとつ。
曲がりなりにも性に関する話題なので、はしたないとか、なんとなく恥ずかしいと思いがちな者も多いのだ。とはいえ、個人や生活とは切っても切り離せない話題であることも事実である。
オープンに話せるのは二宮隊の雰囲気がいいのか、それとも中学生と高校生では温度感が違うのか。ダイナミクス性に関して二宮に偉そうに語っていても、やはり知らないことばかりだ。柳瀬は興味深く耳を傾けていた。
「……柳瀬くんは一人っ子なんだっけ。ちょっとプレイしたいなってときはどうしてるの?」
「基本的には友達ですね。元々頻繁にしなくちゃいけないって訳でもないですし……あと、体調悪そうな人に声かけると、たまにダイナミクスの乱れだったりするのでSubの状態だったらそのときに……」
「えっ、初対面のひととってことだよね? そんな状況でプレイってうまくいくんだ?」
「ぼくみたいな見た目だと、相手も安心しやすいみたいで、その分プレイしやすいし安定も早いっぽくて」
「あ~……」
犬飼がなんとなくわかるかも、と相槌を打つ。気心が知れた者以外となると、どうしても視覚情報から判断する第一印象によって心構えは変わってくるからだ。道に迷ったとき、より親しみが湧く見た目の者に尋ねるだとか、そういうものにも似た話。もちろん傾向の話であるので、強引なDomにエスコートされたいSubというのも当然ながら多く存在するけれど。
ともかく、"人助け"をするにあたって身体が小さいことが有利に働く点のため、柳瀬は背が低いことに言及されるのはそんなに気にしていなかった。勿論、先ほどのように舐められたり侮られるのは別の話だけれど。
「じゃあ、あんまり背は伸びなくてもいいと思ってる?」
「いえそこは、目標は高く持ちたいので……ゆくゆくは二宮さんくらいは欲しいところですね……」
「ふふ、ホントに高いね」
きらりと目を光らせた柳瀬に、彼らはくすくす笑った。