ダイナミクスの話がひとしきり盛り上がった後。話戻るんだけどさ、そう前置きをして犬飼が切り出した。バターどら焼きの包み紙は結んでテーブルの上に転がっている。
「さっきのあれって結局何だったの? ホントに肩ぶつけられたりした?」
結構治安悪い層もいるからああいう手合いは避けた方がいいかも、とあくまでも軽い話題であるかのように話す彼も、控えめに視線をよこす氷見も辻も、純粋に柳瀬を案じている。だからこそ柳瀬は正直に答えざるを得ない。──誤魔化しても嘘をついても、上手くいかないという点は置いておくとして。
「えーと……強引な勧誘……といいますか……」
「……。それって、柳瀬くんの……サイドエフェクト関連で?」
「あ……二宮さんから聞きました?」
辻が控えめに尋ねたのに返せば、彼は頷いた。中途半端に知られるよりは全部知られていた方がいいと二宮には話していたし、彼もそう判断したのだろう。
「そーなんですよ。今日のは千里眼って言われたので、過大評価が更新されましたね」
明るく言うつもりだったが、なんとなく上滑りした言い方になってしまった。
「サーモグラフィーだっけ?」
「そうですねー、一応研究室ではトリオン熱感知って名前がついてるらしいですけど」
「私たちのこと赤く見えてるの?」
「細かく言うとちょっと違うんですけど、だいたいそんな感じです。なので熱ある人とかわかりますね、あとは……」
ちら、と辻を見やった。目が合った辻が首を傾げると、にへ、と笑いかける。
「辻先輩が、女のひとと話してるときとか」
冗談交じりで伝えると辻の顔が赤くなった。「それは私たちにもわかるね」と氷見がこれまた冗談交じりに言う。
「からかわないでよ……」
犬飼が愉快そうに笑いながら、思い出すようにして問いかける。
「二宮さんから話聞いて思い出したんだけどさ、柳瀬くんって何シーズンか前のランク戦出てたよね?」
「えっ、よく覚えてましたね、B級下位の試合なのに」
どうやら二宮はサイドエフェクトについては彼らに話したが、前に所属していた部隊のことは話していないようだ。それよりも犬飼の記憶力のよさ、どころか試合を観戦していたらしい事実に舌を巻く。あの時期、二宮隊はA級の最前線で活躍していたはずだ。
「まあね。それで、もしかして柳瀬くんがずっとフリーなのって、そっちでなんかあったのかな~って思って」
犬飼はエスパーなのだろうか。柳瀬は瞠目した。いまも柳瀬の反応をみて当たった? と笑みを浮かべているし。この人の前では特に嘘や誤魔化しが聞かないかもしれないなあ、と思案しながら頷いた。
「まあ、そうですね。多分お察しの通りぼくのサイドエフェクトで誘われて、それきっかけで解散……みたいになっちゃって」
意識して淡々と語る。けれど直近で二宮に話したからか、思ったほど苦々しい感情は込み上げて来なかった。二宮から叱られたのも一助となっているのかもしれない。誘われたからと言って短絡的に行動せず、したとしてもまだやれることはあったはずなのだ。今の柳瀬は冷静に理解できている。内心で頷いた。けれどその一方でいまだに怖気付いているのも確かだった。
でも、と辻は尋ねる。
「隊に誘われるのってさすがに、さっきみたいな強引なやり方だけじゃないよね?」
「ん……まあ、そうなんですけど……。ただ、……前に入ってた隊が元々仲良かった三人の中にぼくが入って行ったっていう形で、解散もその三人の話し合いで決まっちゃってて。ぼくって最後までお客さんだったんだな〜……みたいなのが……あって」
言いながら徐々に悲しくなり、気分と比例するようにテーブルへずるずると、前のめりにもたれかかっていく。
「ああ、そういうこと。だからどこに誘われても……仮に、二宮隊に誘われても入らないんだ」
さっきの輩との会話はばっちりきかれていたらしい。う゛っ、呻き声をこぼし、テーブルにめり込む勢いで頭が下がっていく。
「……生意気言ってごめんなさい」
「犬飼先輩はそういうこと言ってるわけじゃないから」
氷見が柳瀬の丸い頭を軽く撫でた。ちょっと嬉しくなる。
気分は乱高下で、今度はこれまで友好的に誘ってくれた隊に対しての申し訳なさが襲ってきた。
「うぅ……柿崎隊なくならないで……」
「えっ、誘われたのってザキさんのとこ? あそこ一番そういうので無くならない隊でしょ」
「重症だねえ」
「二宮隊なくならないでぇ〜……」
「泣いちゃった」
「無くならない、無くならない」
氷見の手に便乗して犬飼も半ば遊び混じりで柳瀬の頭を撫ではじめた。べしょべしょ泣いている柳瀬をそわついた様子で見ていた辻は犬飼に目線だけで促され、少し迷ってからふんわりと柳瀬の頭を一度だけなぞった。そして考えながら、といった様子で口を開く。
「……柳瀬くんは、隊に所属したくないんじゃなくて。もう出来上がってるところに入るのが怖い、ってことだよね?」
「……はい、たぶん……」
「……じゃあ、柳瀬くんが……隊を作るのはどう、かな」
「……」
撫でられたままの柳瀬がはたと辻を見上げた。瞬きの拍子にころりと涙の粒が落ちる。氷見も犬飼も、辻がそんな提案をするとは思っていなかったらしく全員が辻を見つめていた。
少しまごつきながらも辻は続ける。
「その……安直かもしれないけど、一から隊員を集めるなら……募集でもスカウトでも、みんな同じ地点からのスタートだからと思って。もちろん、大変ではあるだろうけど」
呆けたように、穴が開くほど辻を見つめたあと柳瀬はおもむろに立ち上がった。三人に見られて少し照れた様子の辻の手をしっかり握ると視線がぶつかった。柳瀬の瞳はきらきらとやる気に満ち溢れていた。
まるで、初めて辻と個人ランク戦で試合をしたときのように。
「……やります! ぼく、自分の隊……作ります!」
氷見と犬飼は目を見合わせ、へらりと笑った犬飼が立ち上がった柳瀬を見上げる。
「柳瀬くんが隊作って、早くに上がってこれたら、もしかするとうちと当たれるかもね」
「……!! 絶対上がります!」
直前まで泣いていたのが嘘のように彼は笑った、否、目が潤んでいるだけより輝いているようにさえ見える。そして言うが早いか柳瀬は試案を巡らせた。申請書類はどこそこにもらいに行って、次回のランク戦まであとどれくらいだから、それまでになにそれをして。
「ランク戦って、戦闘員一人でも参加できますよね、たしか漆間隊が……あっ」
「どうしたの?」
「……戦闘員は募集かスカウトかで何とかするとして、ぼく、フリーのオペレーターの知り合いが……いなくて……」
すっかり普段の調子を取り戻したかのように見えた柳瀬だが、またもや表情を暗くした。隊として認められる条件は戦闘員とオペレーターがそれぞれ一名以上必要なのだ。しかし隊に所属していないオペレーターは普段本部のオペレーター室で訓練を行っているため、戦闘員の柳瀬は接点がない。それでも募集という形で申請すれば興味を持ったオペレーターが応募する可能性はあるが、実績も何もない柳瀬に興味を持ってくれるかというと、中々難しいだろいうというのが柳瀬の見立てだった。
復活したのが嘘のように再びしなしなと席についた柳瀬の頭を見て、もう一度三人は目を合わせる。ひとつ頷き動いたのは氷見だった。
「柳瀬くん、柳瀬くん」
つんつん、指先でつつきながら呼びかけた。彼は脱力したままゆるゆると身じろぎして顔を上げる。
「ふぁい……」
つついていた指先をそのまま自分に向けて、くいくい、氷見が無言でアピールする。しばらく考えてから、はっ、と衝撃にのけぞった柳瀬は神妙な面持ちで囁いた。
「えっ……?! ひゃみ先輩を……ヘッドハンティング……?!」
「ちがうちがうちがう」
「ひゃみさんはダメだよ」
「無くならないでって泣いてた直後になんてこと言うの」
なんて、四人でひとしきり騒いだ後、犬飼が改めて人差し指をたてて説明する。
「こらこら、そうじゃないでしょ。ひゃみちゃんはオペレーター、それはわかるね?」
「はい」
「ってことは、同じオペレーターの友達も多いわけじゃん? つまり?」
「はっ…….!」
もう一度柳瀬は氷見を見た。氷見はこくりと鷹揚にうなずく。
「柳瀬くん、聞いてごらんなさいな」
「綺麗でかわいくてハイパー優しいひゃみ先輩!」
うん? 首を傾げて一旦言葉を止めさせる。
「ちょっとまって、それはいくらなんでも持ち上げすぎ」
「えっだめですか? ひかちゃん先輩はめちゃめちゃ喜んでくれるんですけど」
「柳瀬くん、女の子にそんなこと言えるの……?!」
二度目のストップが出た。辻は柳瀬の口からすらすらと出てきた言葉に戦慄している。聞き慣れないあだ名に犬飼が尋ねた。
「ひかちゃん先輩って誰?」
「仁礼光先輩」
「ああ、仁礼ちゃんならたしかに喜ぶかも……」
「普通に聞いてくれれば答えるんだけど……。でも褒められるなら、私はもう少し具体的に褒められる方が嬉しい」
「えっと……じゃあじゃあ、いつも御髪がつやつや綺麗なひゃみ先輩!」
「うむ。聞いてしんぜよう」
「新設隊のオペレーターに、興味のあるご友人はいらっしゃいませんか!」
「うん、心当たりあるから聞いてみるね」
「やった! ありがとうございます! ひゃみ先輩の連絡先聞いてもいいですか」
快くオッケーがでたためぽちぽち端末を操作し無事に連絡先を交換する。用事があるときはいつも柳瀬が二宮隊の作戦室を訪れるため、いままで交換していなかったのだ。ついでとばかりに犬飼と辻とも連絡先を交換した。辻のアドレスを入力する手は少し震えていた。
入力された情報を確認しがてら、犬飼がそういえばと柳瀬を振り返る。
「もいっこアドバイスするとね、柳瀬くん。女の子の前で別の女の子の話しない方がいいよ」
「そうなんですか?」
「少なくともうちの姉たちはめちゃくちゃキレる。彼氏が別の女の話しだしたみたいな愚痴」
どうなんですか? 首を氷見に向けると、彼女は首を斜めに傾げた。
「私と柳瀬くんの関係ならいいけど、もし好きな女の子がいるならその子の前ではしない方が無難かもね」
「なるほど……覚えておきます!」
しかしながら柳瀬の好きなひとは女の子ではないのだ。二宮はどうなんだろうとちょっと考えて、世間話で色んな人の話をお互いにしまくっていることに気が付く。そもそも二宮との共通の話題となると限られてくるためそれも仕方の無いことだが。結局、考えても分からないなというところに着地した。
そして、犬飼はお姉さんたちと仲が良くて大好きなんだなあとも思った。それを口に出せば犬飼はもっともらしく神妙な顔をして「弟なんてものはね、姉たちのおもちゃなんだよ」と説法を始めるのだが、それは口に出さなかった柳瀬には預かり知らぬところである。
氷見がいつくらいまでにはまた連絡できると思う、と告げて、柳瀬は元気よく頷いた。
「えへへ……うれしいなぁ……ありがとうございます、ひゃみ先輩、辻先輩、犬飼先輩も!」
居ても立っても居られないといった様子で立ち上がり作戦室の出入口へ向かう。早速申請用紙をもらいに行くらしい。しかし扉を開ける直前ぴたりと足を止めた。どうしたのかと辻が口を開きかけたが、自ずと扉は聞いた。──作戦室へ戻ってきた、二宮の手によって。
「二宮さんっ!」
ぴょん、と柳瀬は二宮へ飛びついた。作戦室に柳瀬がいるとは、それどころか扉の目の前で待ち受けているとは思わず、二宮は反応が遅れた。一瞬で身体を離し、いつもの表情のまま固まっている二宮に気にせず笑顔を向ける。
「ぼく、隊長になります! 絶対……二宮さんに追いつきますからね!」
それだけを宣言して、扉の直こう側へ走り去っていった。意気揚々と出て行った彼が、子供っぽい行動はしないようにと決意したばかりだったのを思い出して頭を抱えるのはまた別のお話。
「……なんだ、今のは」
一方、呆けた様子から復活した二宮が、すでに閉まった扉を振り返りながら尋ねた。氷見があらましを説明すると、納得したように頷いていつもの席につく。抱きつかれたことの方にびっくりしてる、と犬飼は面白そうに笑った。
「あれ、二宮さん、あんまり驚かないんですね」
「……前の隊の話を聞いたときから、遅かれ早かれこうなるとは思ってた。……だが辻が提案したというのは、少し驚いたな」
氷見が同意した。辻は少し視線をさまよわせながら口をひらく。
「なんというか……勿体ない、というか。柳瀬くんは、隊に入ったらもっと伸びるだろうに、とは前々から思ってたので……その理由が、本人からして不本意なものだったみたいなので、つい口を……」
挟んでしまいました。そう尻切れトンボに呟く彼に犬飼はいやいやと首を振る。
「ナイスアシストだったんじゃない? 実際、めちゃくちゃフッ軽だったし。大好きな辻ちゃんに背中押してもらえて嬉しかったんでしょ」
「そ……うですかね。……あ、でも、ひゃみさんが知り合い紹介するっていうのもびっくりしたかも」
「うん? うん、そうだね。モチベーションがあるなら応援したいっていうのもあるけど、柳瀬くん、実は申請方法とか前に調べたことあるんじゃないのかなと思って。申請に何が必要とかいつまでとか、辻くんそらで言える?」
つまりはまあ、それぞれがちょっとずつ柳瀬を応援しているということで。相変わらず我関せずといった様子で書類を眺めている二宮に声をかけた。
「それにしても、俺たちに追いつくですって。柳瀬くんがどんな隊を作るのか、楽しみですね」
「……柳瀬がどういう隊を作るかは知らんが……。おまえはB級の層がそんなに薄いと思ってんのか」
「いやいやまさか。でも、だからこそ余計に楽しみですねって話です」
二宮は肯定も否定も返さなかった。