ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

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お好み焼きはもう一枚

 

 

 柳瀬は近頃、お腹の調子について悩んでいた。お腹といっても腹痛に悩んでいるわけではない。これまでであれば、つい忘れがちになりそうな一日三回の食事が──空腹感をふと思い出したときラジオの時報を聞いて、まだ食事の時間になっていないことに驚くのを、ここしばらくずっと繰り返していた。

 柳瀬は普段家にいるときは一人きりのことが多い。食が細くこだわりというほどのものもないため、多くはない量の食事が冷蔵庫にあるだけで、菓子類は友人と遊ぶときに用意するくらい。それで困ったことがなかったのが、今現在、困っている。

 今日もボーダーへ来る直前、空腹に耐えかね肉まんを買い食いしたばかりで、それこそ夕飯が入らなくなる可能性を考慮しなければならないはずなのに、換装を解いた途端くうくうと満たされていないことを訴えるお腹に、柳瀬はひたすら首を傾げていた。

 

「う~~~ん?」

 

 お腹にいるとどれだけ食べても太らないっていう寄生虫がいたような。なんだったか、サナダムシ?

 

 

 

 

 なんてことを話したら、返ってきたのは冷静な答えだった。

 

「いや、それはただ単に成長期だろう」

「……成長期」

 

 一通り話を聞いた末、荒船は言い切った。その横では村上がうなずいている。ぽかんとオウム返しする。たっぷり十秒考えてから、つまり結論をだす。

 

「……それって、背が伸びるってことですか」

「そうだな。あと体格もよくなるだろ、どれくらいかはわからないけど」

「柳瀬の親父さんとお袋さんはどのくらいなんだ?」

「お父さんが普通くらいで、お母さんがちょっと高いくらいです」

「じゃあそのくらいは伸びるかもな」

「……!! 聞きました?! マサ先輩!!」

 

 ジュウジュウと食欲をそそる音を立てる。鉄板の面倒を見ていた影浦の裾をぐいぐい引っ張り報告した。それほど力は強くなかったけれど、あぶねえから大人しくしてろと肩を押されたのでそのまま素直に戻る。

 

「……ということは、ついにぼくが弧月を使える日も近いってことですか?!」

「ああ、元々柳瀬は孤月志望だったか」

「レイガストもいいぞ、守りが硬くて」

 

 元々弧月使いだった荒船が反応したのに続き、村上も併用しているトリガーを勧める。柳瀬より体格の小さい者がでも弧月を使いこなしている隊員はいるが、体格と比較して長い刀身であることと、柳瀬のバトルスタイルを考えるとやはり最適なのはスコーピオンだった。第一、そのスコーピオンだってまだまだ使いこなせているとは言い難いため、背が伸びたとしても持ち変えるのはまだまだ先の話だと考えているけれど。

 

「柳瀬は隊を作ったんだったよな、オペレーター以外の隊員は集まったのか?」

「まだです。ひとまずぼくがアタッカーなので、他のポジションのひとを探してるんですけど」

「ああ、だから最近スナイパーの訓練見に来てるのか。東さんとも話してたよな」

「完璧万能手目指してるのか? って聞かれました。スコーピオンすらマスターランクいってないんですけどね」

「カゲとばっかりランク戦してるから」

 

 こう考えてみると、二宮隊の面々しかり、東しかり、最近何かと縁がある人物が増えたなと思い出す。そのおかげで自分の隊を作るという、数ヶ月前までは予想だにしていなかった状況になっているのだからわからない。

 

「東さんは長い目で見てる人だからな」

「そういえば、柳瀬隊はもう登録されてるのか?」

 

 いざ柳瀬隊と言われるとニヤけてしまう。緩んだ頬を隠さないまま首を縦に振った。

 

「はい! ただ作戦室が割り当てられるのは来週になるっぽくて……あっ! ぜひ遊びに来てくださいね!」

 

 いつも作戦室を訪れる立場だから、とうとう招ける立場になることが相当嬉しいのだろう。よりにこやかになった彼に村上達も笑みを返す。

 

「じゃあランク戦の参加は隊員増やしてからか」

「いえ、うちのオペレーターさんと相談しつつですけど、お互いランク戦の肌感とかシステムの操作とか、人数が増える前にしかできないこともあるし。諸々慣れるために、一回でも多く経験を積んだ方がいいだろうってことでまとまりそうです」

「ああ、それもそうか」

「次のランク戦もすぐだから、楽しみだな」

「へへ……当たったら、負けませんからね」

「言ったな?」

 

 荒船が柳瀬を小突いた。と、同時に、影浦が鉄板をみつめたまま口を開いた。

 

「つーか、おめーらも喋ってねーで自分で焼けよ」

 

 トリガー談義から始まり柳瀬の隊についての話に花を咲かせる三人には混じらず、黙々とお好み焼きを世話してひっくり返した。そんな影浦に彼らはきつねいろの焼き目をうきうき眺めて笑い返す。

 

「へへ~、だってマサ先輩が焼いてくれるのが一番美味しいんだもん」

「そうだな、カゲが焼いてくれるのが一番美味い」

「なんたってこの店の息子だからな」

「調子いいこと言いやがって」

 

 彼らのその言葉には嘘がないことがわかっているから、憎まれ口をたたきつつも邪険にはできなかった。しかしいつもならもう二言、三言あってもいいくらいだが、影浦にはいつもの勢いがない。完成したお好み焼きをそれぞれ等分にして、次に焼く新しいタネを持ってくるために厨房へ向かった。

 

 

 

 

 その背中をしばらく眺めて、熱々のお好み焼きを頬張る二人に柳瀬は、内緒話をするときのようなひそひそ声で話しかけた。

 

「……ねねね、あれどう思います? 荒船先輩、鋼先輩」

「静かだな」

「いつものカゲなら小突いてくるくらいはしそうだけど」

「やっぱそうですよね?!」

 

 声を潜めたのは柳瀬のはずなのに、つい騒いでしまった。口元を抑え、しゅんとしながら箸をとる。焼いてもらったお好み焼きは熱々のうちに食べるのが礼儀だ。けれどしょぼくれているせいでただでさえ小さい一口がよけいに小さくなる。しかし、それでもやっぱり影浦の焼いたお好み焼きが美味しいのもまた事実だった。

 

「……マサ先輩、言いこそはしませんけど……。ほんとは反対なんですかね、ぼくが隊を作るの」

 

 口に運びながらつぶやくように言った。

 辻に勧められ柳瀬が隊を作ることにしてから、いの一番に伝えたのは柿崎隊と影浦隊の面々だった。みんな驚きつつも喜んでくれたように思えたけれど、その中でも、特に影浦は納得したようなことを言った一方で口数は妙に減っていた。

 やっぱり経験が乏しいのに無謀だと思われてるんだろうか、彼も一部隊を率いる隊長だから思うところがあるのかもしれない。よくよく思い出してみると、そういえば柿崎も何か言いたげだった──柿崎は部隊を作ることとは別のところで話があったのだが、他の隊員がいたため結局切り出せなかったことに柳瀬は気付いていない──と、思い出しながらため息を吐いた。二宮は、伝えるだけ伝えて自分から去ってしまったのであのあとどういう反応をしていたのかはわからないし。

 だから影浦のことをよく知る村上と、加えて隊長を務めている荒船に意見を聞きたくてそう切り出したのだが。いや、と村上が首を振る。

 

「あれはそういうんじゃない、安心していい」

 

 不安はあっさりと否定された。荒船も同意見のようだ。

 

「たしかに……経験はあるに越したことはないが、柳瀬はそれこそこれから積むところだろう。いきなり隊長でも、それはそれで面白い経験が積めるだろうしな」

「そもそも、カゲだって真面目に隊長やろうと思って隊長になったタイプじゃないだろ」

 

 それは確かにそうだと同意できる。影浦隊は戦力だったり遠征だったり、明確な目的の元集まったわけではない。気の合う仲間同士で組んでいたら結果的にシナジーが発生し、いつの間にかA級まで登りつめていたという稀有なタイプだ。

 

「じゃあどういうのなんですか?」

「……」

「え……? なんで静かになっちゃうんですか……?」

 

 どう伝えたものかと村上も荒船も迷っていた。影浦の勢いがいつもより失われているのははっきりしていたが、影浦はそのことに関して誰かに相談だとか、そういうことは一切していない。なぜ勢いが失われているのか、については影浦が断言するまでは、いくら付き合いが長く十中八九当たっているだろう内容だったとしても、あくまでも彼らの想像でしかないのだ。

 影浦は自身のサイドエフェクトの影響で口に出されずとも他者の感情がわかる分、自身の感情も細かく言語化することはあまりない。生まれつきの性格もあるだろうが、言語ではないもので受け取る部分が多いだけに言語化は得手ではなく、つい言わずとも伝えた気になってしまう癖があるのだ。加えて、影浦の考えていることは、彼らの推測が正しければ弟子に知られるのを少なからず恥ずかしいと思っているはずだ。

 しかし。コミュニケーション不全ですれ違っていた村上は、彼らは自分たち師弟のように──自分がかつて勝手に思い込んで塞ぎ込んでいたように、こじれてほしくないとも考えていた。

 

 これはあくまでも俺の予想なんだが、そう前置きをして、村上は訥々と話しだした。

 

「カゲは……恐らく、うれしいけど、ちょっと寂しいと思ってる」

「……うれしいけど、ちょっと寂しい」

 

 柳瀬は再びオウム返しに呟いた。予想していたよりも端的で、けれど真逆で。なおかつ身近な感情だったから。目を丸くした柳瀬が意見を伺う意図で、視線を荒船へ向けると彼は静かに頷いた。やはり、村上と同意見らしい。

 

「なんで、ぼくが自分の隊を作るとマサ先輩が寂しくなるんですか?」

「柳瀬はどの隊から誘われても断ってたんだろう」

「はい」

「カゲは誘ったことないよな」

「ないです」

 

 だからこそ柳瀬はわからなかった。誘われたのを断ったうえで新しく隊を作るのであれば、彼らの指摘した通り寂しいと思われたり、逆に生意気だと思われるのも納得できる。実際柿崎隊へ報告に行った際は、以前勧誘を断った手前一抹の申し訳なさがあったのだ。

 けれど影浦とは隊に入るだのどうのの会話をしたことはない。そもそも出会ったのはほぼ事故のようなもので、師弟という今の関係性だって、半ば無理やり柳瀬が結んだようなものなのに。もちろん彼との関係は良好だと自負しているし、暇を見つけてはランク戦をしているけれど。(そして、いまだに勝ち越せたことはないけれど。)

 

「カゲはきっと、柳瀬が断るのをわかってたから誘わなかったんだよ。誘うのも負担になると思ったんじゃないか?」

「柳瀬が入りたいって言えば嫌がるメンツでもないし歓迎したんだろうが……。まあ、あるなら柳瀬が自分で隊を作るかどっちかだとは思ってただろうな。それで、いざその段になったら、弟子が成長してうれしいけど……ちょっと寂しくなったってとこだろ」

「……」

 

 たしかにそう言われてみれば、心当たりがある。新しく隊を作ると告げた際に影浦は独り言のようにああ、と納得したような言葉を漏らし、少し長めのため息をついていた。そのすぐあとには「まあそうだよな、」「いいんじゃねえ?」と比較的いつも通りに見える様子だったから、高揚感で違和感を流してしまったけれど。見落としていたものの大きさに呆然とする。

 

「そん……ぼく、全然、そんなこと知らないで……」

「推測は推測だけど……カゲが言ってなかったことだし、そりゃそうだ」

「むしろ知らないフリしてやった方がいいだろうな」

 

 笑いながら荒船がちら、と席の外へ視線を向けた。影浦が戻ってきたのだろう。

 影浦が寂しくなったという話を聞いて、柳瀬まで感情が伝播したかのように寂しくなってしまった。ぎゅう、と胸を見えない何かで締め付けられる。タネをテーブルに置き席についても静かなままの柳瀬を不審に思った影浦が呼ぶと、彼は影浦の腰に思い切り抱き着いた。否、表現としてはしがみつくという方が適切かもしれない。

 

「マサ先輩……一生ぼくの師匠でいて!!」

「うおっ、急になんだよ」

「よかったなカゲ、一生の弟子ができて」

 

 生暖かい視線だけでなく感情も一緒に遠慮なく刺さる。おめーら絶対なんか言っただろと影浦が二人睨んだが、刺さるものは無くなるどころか余計に強くなるばかりだ。何を言っても無駄だと判断した影浦は舌打ちをして柳瀬を引き剥がす。オラ戻れ、にべもない影浦に柳瀬はふにゃふにゃと返事をした。

 

「……引っ付いてたら焼けねえだろうが」

 

 お腹が空くという話を聞いていたからか、彼はいつもより多くのお好み焼きを柳瀬の皿に乗せていき、気が付けばお好み焼きタワーもかくやというほどの高さを誇っていた。流石に多いと首を振ったが彼は持って帰ればいいだろと譲らない。結局持ち帰った後、二回分の間食ですべて平らげてしまったので影浦は正しかったことになる。

 村上も荒船も一時期はものすごい量を食べていたと聞くし、挨拶をした影浦の家族は食べ盛りの胃はブラックホールであると称していたのでおそらく、そういうものなのだろうとは思うけれど。今までの食事量の違いには柳瀬自身が割と引いていた。

 

 

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