ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

23 / 37
全然目が合わない②

 

 隊を作ると決意してからの日々は矢弓のように過ぎていった。とにかくやることが多くて、また不慣れな作業に慌てふためくことも多い。氷見から紹介してもらったオペレーターの多大なる助けがあったとは言え大変なのは間違いなく、けれど、大変さと同じくらい楽しくて仕方が無いのもたしかだった。

 元から多いという訳ではなかったけれど、あの日以来二宮に積極的に会うことは控えていた。勉強は他の人に教えてもらっているし、辻をランク戦に誘うのもロビーで会ったときか、交換した連絡先にメールを送ればいい。オペレーターを紹介してもらった氷見へのお礼は、これまでの経験から考えて二宮がまずいないだろう時間を狙ったし、実際それでうまくいった。犬飼からは「いまタイミング悪くて二宮さんいないんだよねぇ」と伝えられたがそれでいいのだ。お茶の誘いはそもそも、柳瀬が忙しいということは理解されているのか誘われることはなかった。

 どの道、プレイの予定を立てるのは口頭ではなくメールを使うのだから、二宮にはなんの不都合もないはずだ。

 濃いグレーのジャージから、何とかデザインが間に合った新しい隊服で挑んだランク戦初戦は、オペレーターの尽力もあって何の文句もなく大勝利と言える結果だった。生存ボーナスのアナウンスを聞き会場から作戦室に戻されても、しばらくは呆けてしまって、せっかく解説を買って出てくれたという柿崎の総評をまともに聞くことが出来なかった。(直後に、すべての試合の解説を録音し保存しているという海老名隊のオペレーター・武富に頼み込み、無事データを入手することができたけれど。)

 やっと放心状態から抜け出せたのは、見かねたオペレーターの背中への張り手と、直後作戦室に訪れてきた友人や先輩達にもみくちゃにされてからだった。

 柳瀬の所属していた前の部隊はシーズン中に解散した。最高戦績はB級十五位。柳瀬は一戦でそれを越した。越すことができた、越してしまった。どの表現が一番しっくりするのか自分でもわからないし、順位はシーズン終わりまで変動し続けるのだから気なんてとても抜いてる暇はないのだけれど。それでも、やっと重荷がとれた気分だった。

 

 

(……いまのいままで……何だかんだ、引きずってたんだなぁ。ぼく……)

 

 

 B級中位と下位の間には大きな壁がある。本当はすぐにでも次の試合の対策をするべきなのだが、柳瀬はラウンジのベンチでほぼ寝ているのと同じくらい脱力しながらドリンクを飲んでいた。

 

「……あっ、たつき!」

 

 呼ばれて、慌てて起き上がると大きく手を振っていたのは柿崎だった。

 

「ここいいか?」

「はいっ、どうぞ!」

「改めて、初戦勝利おめでとう」

「ありがとうございます! 柿崎さんこそ、解説に来てくださってありがとうございました。あとから録音聞きましたけどめちゃくちゃ嬉しかったです」

「本当にいい試合だったよ。たつきの、今までやってきたことの成果だな」

「……はい。ありがとう、ございます。……柿崎隊とは、残念ながらまだ当たれませんでしたけど」

「だな。けど当たったときはお互い遠慮無しでやろう」

「勿論です」

 

 真摯に柳瀬を見据える柿崎の視線は眩しい。照らされたおかげでちょっとセンチメンタルになっていた気分も上向いてきたので、気を取り直して次の対戦相手のログを見ようかと思案していると、柿崎が遠慮がちに話しかけてきた。

 

「……あの、な。たつき」

「はい……?」

 

 いつもまっすぐに話を切り出す柿崎にしてはめずらしく、迷うように口ごもっている。急かすことはせずにさまよう柿崎の瞳を見ていると、ややあってまた目が合う。

 

「……この前の、たつきのことをもっと見て欲しい人がいるって話なんだが……」

「あ……」

 

 少し前に柿崎に相談した内容を思い出して、柳瀬は顔を赤らめた。照れているのもあるがそれだけではない。柿崎に相談してからこれまでの間に、恥じ入る部分を自覚してしまったからだ。いやに胸がざわつき、かき乱されていくのがわかる。今その話は、ダメだ。柿崎が何か言いかけたのを遮って首を振る。

 

「その人が、どこの誰かはひとまず置いておくとして──」

「──もう、いいんです」

「……、どうした?」

 

 気遣わしげな視線が心配そうなものに変わる。その瞳に今すぐ泣きつきたい気分になった。あったことを洗いざらい話してしまえば、柳瀬がどんなに悪くとも、柿崎はまず間違いなく柳瀬の味方になってくれるだろう。けれどそんな風にはしたくなかった。そんな風に柿崎を扱いたくはなかったし、優しくされて慰められるだなんてもってのほかだ。

 二宮にSub spaceの話を持ち出したのはほぼ話を逸らすためのものだったが、まさか既にプレイできる相手が見つかっているだなんて、Sub spaceに入りたくないと考えていただなんて、思ってもみなかった。プレイ相手に関してはまだ本決まりではないようだったから、伏せられていたのはともかくとして。

 Sub spaceが不要だと考えているSubがいるとは考えず、二宮もきっと求めているはずだと自身の願望を押しつけていた。彼とは初めから見ているものが違った。柳瀬はちっとも二宮のことを理解できていないのに、一方的な信頼を要求していた。とんだ独りよがりだ。

 プレイできる相手は複数人いた方がいいという話を差し置いて柳瀬との暫定パートナーを解消しようとしているのは、ひょっとしたら二宮も、こんな柳瀬のことは看破していているからではないのだろうか。事実、プレイのことを余計なことと言われてしまったのだし。柳瀬にとっては楽しかった時間も、二宮にとっては煩わしいだけだったのかもしれない。目の奥がつんと痛んだ。

 

「ぼく、フラれたんです」

「え、」

「いや、フラれたっていうか……告白する前に、このひとの側にいる資格なんてないな、って分かっちゃったっていうか……」

「……。そ、そう、なのか……」

 

 何故か、柿崎がショックを受けている。いつもの精悍な雰囲気とはうって変わりどよんと沈んでしまった。やっぱりこのひとは優しすぎる。思わず潤みかけた目をぎゅっとつむり、彼が気に病まないよう笑顔を作ってみせた。

 

「あはは、なんで柿崎さんがフラれたみたいな反応するんですか」

「う、いや。すまん……辛いのはたつきなのにな」

「いやいや、そこまで深刻に捉えないでくださいって。……それに、ずっとぼくの話したことについて、考えてくれてたんですよね? ありがとうございます、それだけで十分すぎですよ」

 

 ゆっくりと首を振り、柿崎が先ほど何を言おうとしてたのだろうと考えようとして、やっぱりやめた。

 柿崎は柳瀬の表情を正面から見据えて口を開く。

 

「けど……資格とか、そういうのは……あんまり自分のことを下げないでくれよ。誰を好きでも好きじゃなくても、フラれても……たつきはたつきだからな、俺の大事な後輩だ」

 

 いつもはまっすぐに受け取れるはずの彼の言葉も、今回ばかりはできそうになかった。

 柿崎はまだ柳瀬と離れがたそうにしていたが、防衛任務の時間が迫っているらしい。後ろ髪を引かれた様子で彼が立ち去るのを、いつも通り手を振って見送る。そして彼の気配が完全になくなったところで再びずるずると背もたれにもたれかかり、ほぼ水の味しかしないストローを啜った。

 大きなため息をついたと同時に、上着のポケットに入れていた端末がヴヴ、と震える。この振動設定は二宮だ。やや焦った気持ちでメールを開き確認する。いつも通り簡潔な文章だ。

 

 

 

 そして、二宮との最後のプレイの日取りが決まった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。