ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

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二宮くんお誕生日会

 

 

「二宮くん、お誕生日おめでと〜!」

 

 もう酔っ払ってんのかというレベルで上機嫌の太刀川が乾杯の音頭をとった。

 

(こいつ、人の誕生日を好きなだけ飲み食いできる口実だと思ってんな……)

 

 いつも通りボーダーへ向かい、二宮隊の面々に祝われつつ任務をこなした後。同学年の太刀川や加古に強制される形で居酒屋に連れてこられた。別にこの二人だけが相手であれば無視して腕を振り払ってもよかったが、そう行動することを読んでいたかのように堤と来馬が二人の背後で待機させられていたため強行突破もできずに二宮はジンジャーエールをちびちび飲んでいた。

 

「おい二宮、せっかく酒が解禁になったのになんでわざわざジュースなんて飲んでるんだよ。没収だ没収」

「ふざけんな太刀川」

 

 ジンジャーエールのグラスをひったくられ、代わりにおそらく酒の入ったグラスを渡される。すかさず取り返そうとしたが、太刀川はあろうことがそのまま二宮のグラスを飲み干してしまった。正気かこいつ……と思いながら店員を呼ぼうとして、来馬が「けど、ちょっと羨ましいなぁ」と微笑んだ。

 

「ぼくは早生まれだから、まだお酒でお祝いはできないけど……ニノくん、お誕生日おめでとう」

 

 こん、と彼のウーロン茶のグラスとを乾杯させた。いよいよジンジャーエールにこだわり続けるわけにもいかなくなり、一見水にしか見えないそれを煽る。するとカッと喉に熱さが広がり、咽せかけて、慌ててグラスをテーブルへ戻した。

 

「うわ、それ日本酒か? 空きっ腹にいきなりはマズいぞ、ほら、こっちに飯もあるから。食べながら飲んだ方がいい」

 

 堤とてつい先日誕生日が来たばかりだというのに、気を利かせて大皿をよこし世話を焼く。彼のグラスに注がれているのはビールだ。次いで太刀川に「初めてのやつにいきなり強いの飲ませるなよ」と注意をする。もっと言ってやれと思うが口から出たのは咽せかけた余韻の咳払いだった。

 

「けど二宮って苦いのダメだったろ。日本酒なら甘いし、ちょうどいいと思って」

 

 しかし太刀川はどこ吹く風といった様子で悪びれなく笑っている。苦いものがダメなんてことは断じてないし、食材の甘みと酒の甘みはかなり種類が異なるものだとはたった今身をもって知った。

 

「そうよ二宮くん。お酒はゆっくり楽しまなくちゃ」

 

 そういう加古は来馬と同じく誕生日がまだ来ておらず、手にしているのはもちろんソフトドリンクだ。何をわかったようなことを言っているのかと渋面を作り、堤のよそった大皿料理とお通しの小鉢をつつきつつちびちびとグラスを煽っていた。太刀川は水でも飲む勢いで煽っている。

 

「でも飲まないと勿体ないだろ、せっかく東さんたちがお小遣いくれたんだし」

 

 聞き捨てならないセリフが聞こえた。

 

「太刀川、てめえ東さんに集ったのか」

「失礼なこと言うなよ、二宮くんのお誕生日会のカンパだ、カンパ」

 

 珍しく奢りだとかなんとか言っていたかと思えば、太刀川の奢りですらなかったというオチだ。堤からの補足によると徹夜マージャン会の面々に二宮の誕生日会をするという話をしたら東をはじめとする大人たちから握らされたらしい。東にはプレイできる相手が見つかったと既に報告をしていたから、もしかするとそのお祝い分も含まれているのかもしれない。後日改めてお礼に伺わねばと決意する二宮に、「次は私の誕生日会ね、楽しみにしてるわ」と加古がにっこり微笑んだ。

 

「おまえは隊でパーティーでもするんだろう」

「それはそうだけど、なにも誕生日会は当日にしかやっちゃいけない決まりなんてないもの。ねえ来馬くん」

「たしかに、当日はもちろんみんなお祝いしてくれたけど、鈴鳴のみんながパーティーを開いてくれた日と父母が祝ってくれる日は分かれてたな……。今年は節目になるから、特にかも」

「来賓も大勢いらっしゃるんでしょうね」

「御曹司と一般家庭出身の誕生日会を一緒にするな」

 

 ため息を吐いたところで堤がまた店員から大皿を受け取っていた。おまえもちゃんと食えと受け取りがてら伝える。

 

 

 

 酒の席だ。まだ飲めないメンバーもいるとはいえ、一時間もたてば十分場の空気は完成する。そして二宮自身もすっかり酔っぱらっていた。太刀川は主役以上にガバガバ飲んでいるしよっぽど顔が赤らんでいたが、まだまだ飲み足りない様子でメニュー表を眺めている。

 

「二宮、顔が赤くなってるぞ。大丈夫か?」

「はい、お水あるよ」

「……ああ」

 

 ふわふわとした酩酊感は、どこかプレイ中の高揚にも似ている気がした。ごくり、来馬から渡された冷たい水を飲むと、熱い身体の中を水が通っていくのがわかる。

 二宮がセーフワードを発して以来、柳瀬とは一度も顔を合わせていなかった。彼の言葉の真意を聞こうにもサイドエフェクトを使っているのか一向に見つからない。作戦室へ赴けば常に不在だと言われ、ラウンジで見かけたという話を聞き向かえばすでに彼は去った後だった。個人ランク戦ブースにはそもそも行っていないようで、ならばと思いボーダーの出入口で待っていたが、やはり察知されているのか別の経路を使われるようで、会えることはなかった。家まで直接行くか……とも考えたが、そもそもは看病のため無理やり聞き出したにすぎない。避けられている以上無理に尋ねても出迎えられるとは考えられなかった。普段は一人だということを知ったうえで尋ねるのも望ましいとはいえず、とにかく避けられている以上、彼のテリトリーに足を踏み入れるべきではないだろうと考えていた。

 彼は新設隊の隊長という立場に加えランク戦シーズンまっただ中だ。本当に忙しいという理由もあるのだろう。しかし会おうと思って会えないのはさすがにおかしい。メールも通話も拒否こそされていないものの折り返しの連絡はなく、待てど暮らせど柳瀬からなにかアクションが返ってくることはなかった。

 

 一方で、新しいプレイ相手――教授とのプレイはおおむね順調に進んでいた。自由にその場その場で柳瀬のしたいことをコマンドしていたのとは違い、基本コマンドの中から二宮がコマンドされてもいいと考えるもののみをあらかじめ選ぶという形式のプレイだ。実験を兼ねているのもあるのだろう。病院で繰り返した方法とほぼ同じだったため特に戸惑うこともなく、プレイ自体にも、生活にも支障はない。

 柳瀬相手に感じていた、身体に触れたいだとか、触れられたいだとか、そういった欲求も、いまのところ感じていない。

 

「でもよかったな、今日ボーダーきて。いろんなやつから祝ってもらえたんだろ」

「あえて休みを取るって手もあるけどな、二宮は真面目だし……」

「当たり前だ、誕生日くらいで仕事を休むか」

「けど、二宮隊の子たちが誕生日なのでお休みしますっていったらちゃんと通すでしょ?」

「どんな理由だろうと、休日の申請は労働者の権利だ」

 

 まどろっこしい言い回しだが、つまりは肯定を意味していた。

 

「ならお祝いしてほしい子たちからはみんな、お祝いしてもらえたのよね」

 

 そういえば、ちょうど思い出していた人物からは祝われていないことに気が付いた。祝われていないどころか顔すら合わせていないのだから当然なのだが。いつもの仏頂面をより深めて黙り込んだ二宮に、二人は心配そうに、二人は面白そうに尋ねた。

 

「……、無視、されてる」

 

 聞くなり太刀川は爆笑した。加古も笑い声こそ出していないものの満面の笑みを浮かべている。なんだかんだ言いつつも二宮の誕生日を祝っていたモードから、一気にからかいを目的としたモードに切り替わった音を、来馬と堤は聞いた気がした。

 

「なんでだよ、心当たりは?」

 

 心当たりはこれ以上ないほどにある。

 ただ来馬と堤はともかく、個人的な相談など加古にも太刀川にもしたくないというのが二宮の常の思考回路だ。しかしほとほと困っており、ちょうど誕生日を祝ってもらえていないと気付いてしまったこと、さらには誕生日を祝ってほしいと考えていたらしい自分自身に衝撃を受け、それらを酒が後押しする形になった。

 

 

「……プレイ中、キスをされて……。……俺とおまえは恋人ではないと言ったら、……泣かせた」

 

 

 経緯や詳細を端折ったのはかろうじて残っていた理性なのか、それすらも話せないほど酔っているのか。しんと静まり返った半個室の中で、一番初めに口火を切ったのは加古だった。

 

「酷いわ、二宮くん。どこの子? 学校、それともボーダー?」

「ひでー、二宮。その子今も泣いてるだろ」

「えっ、ちょっ……と待った。なにもプレイするからって恋人とも限らないだろ。二宮は別ってパターンなんだよな?」

「言い方も悪いわよ」

 

 二宮を煽るように非難する二人をなだめながら、堤は確認のために振り返る。

 

「最初に、決まり事も記入したしパートナーは複数持つことが前提だとも……いや、話はそこじゃ……」

「きにゅう?」

 

 聞きなれない単語があったらしく太刀川が首を傾げた。

 

「太刀川な……。同意書があるだろ?」

「へー! 二宮そんなん書いてんのか、真面目だな」

「太刀川くんは書いたことないの?」

「うーんあんまり」

「ネットで検索すればすぐに出てくるよね……ええと、あったこれだ」

 

 来馬が検索結果を開き太刀川に見せるとああー、なるほどな。とわかったようなわかってないような声を漏らした。次いで来馬は二宮にも見せる。まさに柳瀬がプリントアウトして持ってきたものと同じフォーマットだった。最後にテーブルの中央へ置かれた画面を手に取り、再びしげしげと眺めた太刀川は興味深そうに文字を追っていく。

 

「好きなプレイ、セーフワード、ご褒美にお仕置き……へー、全部わかるじゃん。あとはこれか、恋人とプレイ相手は別かどうか」

「……そんな項目あったか?」

 

 眉を寄せ尋ねた。太刀川からひょいと端末を取り上げた加古が、ついついと画面を操作する。

 

「あったわ、ここね」

 

 彼女が指し示した箇所には確かに書いてあった。しかしどうにも覚えがなく、周辺の文字を見てやっと納得した。

 

「……俺たちの間では、性的なコマンドはすべて不可にしていたんだ」

「ああ、そうか。恋人の欄が、性的な項目と同じところにあるから……」

「……でも逆に、これではっきりしたよね? 性的なコマンドをしないのなら、それは恋人とは区別する、って一種の線引きでもあるだろうし、ニノくんが一概にひどい……って話でもないと思うんだけど……」

 

 加古から端末を受け取りながら来馬が言った。騒いでいた加古も太刀川もそうかもしれない……という空気になるが、空気が収まりかけたところで、でもさー、と太刀川はひときわ大きな声を出した。

 

「プレイしてたら自然と好きになっちゃわねえ? なにも病院でやるような、形式的なもんばっかでもないんだろ?」

「うーん……どうかな。プレイしても友達は友達だし、最初に恋人とは別、って明言してるなら、その好きは恋人とは別の……パートナーとしての信頼とかそういう好きじゃないか? 加古ちゃんはどう思う?」

「私は太刀川くん寄りね、もちろん恋心一辺倒じゃなくて、パートナーとしての信頼もあるけど……プレイから始まる恋もあると思うわ。それに、恋人とプレイするのって楽しいし。来馬くんはどう?」

「えっと、ぼくは……あ、あんまりない、かな。ぼくにとってのプレイって、友達関係の延長線上というか……あんまり、性的なことも……ううん……恋人とはダイナミクスが一致しないっていう場合もあるだろうし、別じゃないかな」

 

 急に口ごもりはじめた来馬に二宮が尋ねる。

 

「……どうした」

「……あ、ああ、ごめん。友達とこういう話ってしたことなくて……それこそグループワークくらいでしか」

 

 真面目な話なのにね、と苦笑いを浮かべる来馬は、それをおしてなお二宮を弁護している。苦手なら無理をするなとまた水を飲んだ。

 

「二宮くんはそのあたりどう思ってるのかしら」

「……俺は……」

 

 別だ。別なはずだ。彼のことを太刀川や加古が言ったような風に思ってはいけない。

 黙りこくった二宮を眺めて、堤と来馬は思わず顔を見合わせた。二宮がこうまで悩み口ごもるのはつまり。

 二宮は変なところで鈍いところがある。そんな彼をどう思ったのか、加古が意地悪く首を傾げた。

 

「二宮くん、あなたまさか……本命がいるのにその子のことキープしてるなんて言わないわよね」

「そんなわけあるか」

 

 苦々し気に吐き捨てた二宮に、ならいいわと再び笑顔になった。

 

「それで、相手は誰なの? 二宮くん」

「聞いてとうする」

「冷たいパートナーに傷つけられた子を慰めてあげなくちゃ」

「……めろ」

「え?」

「やめろ、あいつに手を出すな」

「……あら? うふふ、珍しく二宮くんが面白いわ……」

「え? その子のことめっちゃ好きじゃん、おまえ。それでなんでキスされて恋人じゃないとか言っちゃったんだよ」

「……」

「難しいこと考えずに、一回やることやっちゃえばわかることもむぐっ……」

「太刀川、今はちょっとだけ静かにしててくれ、後で聞くから」

 

 夜半の居酒屋に相応しい内容を喋りかけたところですかさず堤が止めた。幸い思索に耽っていた二宮には後半部分は聞こえていなかったらしい。テーブルの上に視線を落とし、探るように一つずつ、言葉を並べていった。

 

「違う、そんわけあるか。俺は……、あいつがただ、一人でいたくないときに一人じゃなければいいと……」

「……。ニノくんとその子がどういう関係なのかはわからないけど……、今の言葉は、本人に直接言ってあげた方がいいんじゃないかな」

 

 ね、と来馬は微笑みかけた。

 

 

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