ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

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気付いてしまった

 

「新しく隊員が増えてから、更に調子上がってますね、柳瀬くん」

「動きに余裕が出てきた感じするね」

「……まだまだだ」

「二宮さん厳し〜」

 

 元より彼と親しくしていた辻は、今まさに佳境を迎えているランク戦のモニターを見つめて嬉しそうに呟いた。同意した氷見に反してこの状況の彼をどう詰めるかを頭の中で組み立てながら返した二宮に、犬飼は愉快そうに笑った。

 氷見の分析は間違っていない。戦闘員が二人に増えた柳瀬隊は、相変わらず他の隊から狙われがちなのは変わらないが、これまでラウンドのように無茶に突っ込むようなことはせず、しかしここぞという場面ではしっかりと成果を上げに行くような慎重さを身に着けていた。立ち回りそのものは変わらないから、オペレーターの指揮は変わらず続いているのだろう。

 戦闘員が一人増え、すべてを自分だけでこなす必要がなくなったというのもある。慢性的に不足しがちなポジションにも関わらず、どこから見つけてきたのかスナイパーの腕も悪くない。けれど二宮の目には、純粋に戦力が増しただけというよりは「自分が落ちたらスナイパーも落とされる」という考えから結果的に冷静になっているように見えた。彼は獣のような荒々しさを潜ませつつもその実、能力は何かを守ろうとすることで本領を発揮するらしい。元より彼は、ソロよりもチームでの活動に向いていたということだろう。

 柳瀬が不意打ちをカウンターしポイントを上げたところで、ふ、と息をつく。来馬からああアドバイスをされたところで結局、柳瀬に会えなければ伝えることもできない。彼には避けられたままで、あの言葉を伝えられない日々は続いていた。

 教授とのセッションは問題なく続いていた。ダイナミクスの乱れも起きていないし、表向きにはなんの変化もない。部下たちだって、柳瀬が作戦室にこないことを特に不思議がっている様子もない。彼から二宮の元を訪れなくなれば。プレイの機会がなければ会わなくとも不自然でない距離感であることを、二宮は痛感していた。

 ただ、彼がいないことを、寒い、と思う。

 

 

 

 *

 

 

 

「──本日のセッションは以上にしましょう」

「ありがとうございました」

 

 プレイの区切りの一つとして、教授からのこの言葉で終わるのが恒例となっていた。ふわついて少しぼうっとする頭を少しでもはっきりさせたくて、意味があるのかはわからないが──少しでも頭に酸素をまわそうと深呼吸をする。

 面倒な体質だからと遠距離移動も覚悟していたけれど。やっと見つかったプレイ相手が同じ大学の敷地内にいたのはうれしい誤算と言えた。今日も教授と二宮の空きコマを利用して、研究兼二宮のダイナミクスの調整をしている。

 二宮のような体質──プレイする相手が本人の意思や体調によらず限定されるというのは、学会でもそれなりに報告されており日本語外国語関わらず論文もちらほらあるらしい。つまり、稀ではあるが専門家からすればそれなりにある事例ということだ。最近そういう話ばかりを聞いている気がする。

 ふと、自身のトリオン量もボーダー随一の量であることを思い出し、トリオンが多ければその傾向があったりするのだろうかと考えたりもした。けれど外に知られるべきではない技術と、ごく個人の話題であるダイナミクス性についての関連性を検討するのは難しいだろうなとすぐに思い直した。そもそもプレイが必要となるに至ったストレスの原因は外的なものである。

 

「本日は以上ですが、なにか気になることはありますか?」

 

 用紙に一通り何かを書き込んだ後、振り返って二宮に尋ねるのも決まった流れだった。退室の準備をしていた二宮はコートを手に下げたまま、しばらく考え込んでいたことを思い出し教授と向き直った。

 

「……プレイ中に、性的な興奮を覚える……と言いますか……プレイによって、そういうものが引き出されることはあるのでしょうか」

「……というと? わたしとのプレイの中で、そう思うことがありましたか」

「いいえ。ご存じの通り私のプレイ経験は浅く、まともにプレイしたのは両親か……最近までプレイしていた相手ぐらいしかいません。前のプレイ相手とは、そういった……覚えが、正直あるのですが、教授とのプレイでは全くないので。どういった違いがあるものかと」

 

 教授は二宮から視線を外し、考え込むよう顎に手をそえた。

 あまり愉快な思い出ではないので特に思い出すこともなかった。──加古の話をきっかけとして思い出したことだが、二宮はこれまでの恋人遍歴の中で、ダイナミクスが一致しているのだからプレイもしようと誘われることがあった。なんだかんだ恋人であるならばプレイのパートナーでもあると、そう連想されるのが基本だからだ。けれど、二宮はプレイを行うことで得られるはずの高揚感はなく、恋人と盛り上がることもないまま──ひどいときは自分のことを大して好きじゃないのだろうと詰られ──気まずくなり別れる、というパターンを何回か繰り返していた。

 そして何度目かでもういいか、と、ついに恋人を作る気もなくしていたのだ。気にしているわけではないがよく冷たい人間だとは言われてきたから、プレイで恋人を楽しませることが出来ないのもそういった自分のタチが関係しているのかもしれないと思っていた節もある。尤も、実際は恋人に対しての好意の過多の問題などではなく、プレイできる相手がごく限られているという体質のせいだったのだが。

 しかし今更そんなことを言っても仕方がない。そういう喧嘩にもならないような喧嘩をするような相手とはどのみち長い付き合いなどできなかっただろうし、もし当時原因がわかっていたとしてもお互い未熟だった分きっと「仕方が無い」ですませることは出来ず、結果は同じだっただろう。

 二宮にも、当時の恋人たちにもどうしようもないことだった。目に見えないものの扱いは難しい。 

 教授は顔を上げた。三つ、主に考えられる理由があります。二宮へわかりやすいよう三本指を立てた。学生に向かって説明慣れしている教授らしい仕草だ。

 

「これは、答えずに頭の中で考えていただければ構わない質問なのですが……二宮くんの以前のプレイ相手から、性的なコマンドや、それに準ずる指示をされたことはありましたか? 例えば、StripやAttract、Cum等のコマンド、他には局部を触られたり、逆に触らせられる、など」

 

 それは、ない。そんなコマンドを打たれていたら即刻セーフワードを告げていただろう。強いて言えばキスのコマンドがそれにあたるだろうが、最後の柳瀬とのプレイではともかく、一度目で「好きなところにキスしていい」と言われたとき、オーソドックスな箇所は唇なのだろうと察しつつも、そこに性的な興奮は無かったはずだ。

 

「その場合は、そもそも性的興奮を引き起こすためのコマンドですので、たとえプレイ相手が嫌いな相手だったとしても生理現象として、起こって当然でしょうね」

 

 ゆっくりと頷き、続きを促した。

 

「次に、そういったコマンドがなかった場合です。個人の嗜好はそれぞれですから、Dom側がそのつもりでなくとも、Sub側にとっては性的興奮を刺激されるコマンドだったという場合があります。代表的なのものとしては……お仕置きのつもりで拘束したのが、逆にご褒美になってしまったり」

 

 それも違う。彼のお仕置きはお仕置きとして正しく作用していたし、それ以外のコマンドも別段、二宮の性的嗜好に引っかかるようなものはなかった。

 

「あとは……そうですね、別の人物から同じコマンドを指示されたとして、特別好意を持っている相手……例えば、恋人と友人それぞれから同じコマンドを受け取った場合。恋人からのコマンドに対してのみ、そうなる場合もあるでしょうね」

「……。……か、彼と……私は、恋人ではないのですが」

 

 絶句ののち、動揺のあまり彼と言ってしまった。いや、彼との関係性で不味いのは年齢であってこれくらいは知られても別に構わないのだが。東からの紹介という意味でも研究者という立場からしても、短くはあるがこれまで接してきて知った人間性としても。むやみに被験者兼セッション相手、かつ学生である二宮の個人情報についてむやみに詮索したり触れ回るとも思えない。

 教授は少し考えた後にこう付け足した。

 

「……なるほど。逆に言うと、たとえ恋人だからといって必ずしも性的な関係になるとは限りませんから……あくまでも参考程度に考えてください。──今の質問は、実験後の個人的な雑談ですので特に記録しません。他に質問は?」

「……いいえ、ありがとうございました」

 

 半ば呆然としながらも教授からの気遣いの言葉には気付きつつ、一礼して研究室を退室した。人のいない静かな廊下をしばらく歩き、次の講義がある教室へと向かう。

 

『えっ? その子のことめっちゃ好きじゃん、おまえ』

 

 柳瀬との距離感は大して変わっていないはずなのに、どうしてこんなにも寒く感じていたのか、やっと腑に落ちた気がする。つまりは太刀川の言っていた通りだった。あの場では酔っ払いの戯言だと聞き流していたが…──否、認めがたかっただけで、あくまでもそれなりの距離をとれるだけの感情のみを持っていると思いたかっただけで、本当のところでは、二宮自身も分かっていたのかもしれない。一方で呑気な髭面を思い出し──イラッとして、つい、研究棟の壁を殴った。無論コンクリートの壁はびくともせず、ただ二宮の拳が痺れるだけだった。

 

 

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