ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

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話し合い②

 

 二宮が柳瀬を連れてやってきたのは二宮隊作戦室だった。話し合いをするにしてもここでいいのだろうかと、まだ姿を見せていない他の隊員を思い出しながら部屋の中を見渡せば、「犬飼たちが来るまでまだある」と二宮が補足する。

 

「そう……ですか」

 

 思っていたよりギクシャクはしていない。そのことにほっとしつつ、しかし言うべきことを思い出して背筋を伸ばす。そして、

 

「二宮さん……ごめんなさい!」

「柳瀬、悪かった」

 

 同時に頭を下げた。少しの間沈黙が落ち、二人して首を傾げる。

 

「え……なんで二宮さんが謝ることあるんですが」

「おまえを傷つけたのは俺だ」

「……?? いや……? いや……」

 

 見るからに頭に疑問符を浮かべて訳がわからない、といった表情をしている。頭をフル回転させるせいで口から出る言語が疎かになっており、そのあどけなさに深く懐かしさを覚えた。彼の疑問を解消させるため二宮は口を開く。

 

「おまえが謝った、というか……俺がセーフワードを言った件だが……俺は、嫌じゃなかった」

「……う、嘘!」

 

 首をぶんぶんと横に振る。告げた言葉を即刻否定された二宮はやや眉を寄せたが、自身の言動が柳瀬へ誤解を与えた自覚はあった。

 

「だ、だって、嫌じゃなかったらセーフワードなんて使わないじゃない!」

「違う。セーフワードを使ったのはおまえを止めるためだが、キスのコマンドをされたのが嫌だったわけじゃない。ただおまえが……義務感で、俺にキスしたのかと思ってたからだ」

「……わ、わかんない……なに……?」

 

 混乱している様子の柳瀬を椅子に座らせ、二宮自身も向かい側に座る。いいか、前置きをして、頷いたのを確認してから口を開いた。

 

「おまえは、よく困ってる奴に手を貸してるだろ。俺の時もそうだった。そうそうプレイできない体質のせいで……おまえに迷惑をかけてた。ずっとだ。おまえに怪我までさせておいて」

 

 机の上に置かれた柳瀬の腕をちらりと見た。柳瀬からしてみればとっくのとうにあざは消えたのだし、急病で余裕がなくなっていたのだから仕方のないことで、全く気にしていない。そう思ったままを伝えたが、しかしそういう所が嫌なのだと二宮は顔を顰める。

 他人を許すのに、いざ自分の体調が優れないときは隠し平気なフリをする。助けを求めようとしない。そう苦々しげに言う二宮は、確かに柳瀬のことを心配していた。柳瀬本人にも伝わるくらいには。

 

「……そういうところを、……」

「……?」

「……クソ、隊員が増えた途端に生存時間延びやがって……」

「そ、それはいいことじゃない?!」

「一人のとき無闇に突っ込んで死んでんじゃねえって話をしてんだ」

「うぅ……」

 

 二宮の言うことはもっともだ。指摘されるまで柳瀬自身は特に自覚していなかったが、戦闘員が増える前後での生存率や被ダメージ率の違いは、オペレーターから既にデータ付きで解説をされている。

 

(ていうか、ランク戦の話って今関係あったっけ……)

 

 二宮から視線をそらして考える。そらされてなお柳瀬を見つめながら、二宮は尋ねた。

 

「だからおまえが俺にキスしたのも、ただのケアの一環でしたんだと思った。でも違うんだな?」

 

 泣いて謝りながら伝えた告白のことを思い出し、顔が熱くなる。できる限り顔を伏せて、はい、と蚊の鳴くような声で肯定した。身長差もあり表情の見えなくなった、しかし頬の赤みははっきりと視認した二宮は彼を見下ろしながらさらりと、告げられたものと同じ言葉を返す。

 

「俺もおまえが好きだ」

「……は……?」

 

 あっけにとられてつい顔を上げると、そのまま二宮の長い指先が柳瀬の頬を包んだ。ふ、と二宮のまなじりが緩んだのに反発するように、先ほどと同じ言葉を叫ぶ。

 

「う、嘘だぁ……!」

「……どうしてそう疑う」

 

 疑うもなにも。そうは思うが二宮ははっきり言わないと納得しないだろう。震える唇を開けば、声までもが震えていた。理由を話せば話すほど、視界も徐々に滲んでいく。

 

「だ、だって……二宮さん、ぼくのことめちゃくちゃ子供扱いしてたし、Sub spaceのこととか、プレイできる相手が少ないのはおまえには関係ないとか……そ、それにセーフワードであんなに、つらそうにしてて。ぼく、全然二宮さんに信頼してもらえてなくて……。そんな、そんな相手のこと好きなわけ、ないじゃん」

 

 二宮はゆるゆると首を横に振った。柳瀬は思い違いをしているが、するだけの原因は二宮にもある。ゆっくりと一つずつ、柳瀬の疑念を解くための言葉を紡いでいく。

 

「前にも言ったが、柳瀬を子供扱いをしたつもりはない。甘やかしはしたが……俺は、なんとも思ってない奴を甘やかそうとは思わない」

「……っ、じゃ、じゃあなんで急にそんなことしようと思ったんですか」

「おまえが人を頼らないからだ」

「……」

 

 それは、確かに前々から言われていたことだった。言葉に詰まる柳瀬を見つめながら訥々と語る。Sub spaceについてのことだって、入りたくない理由を伝えて仕舞えばそれだけで彼を傷つけるかもしれない、伝えることすら加害行為になってしまうかもしれないと思いあえて理由は言わなかったが、それが返って彼を傷つけ思い悩ませる結果になってしまった。

 

「Sub spaceは、前後不覚の状態ではおまえを襲いかねないから入らなくていいと思ってる」

「襲っ……?」

「……俺は、おまえに触れたいと思ってるし、触れられたいとも思ってる」

「……」

 

 口を開いては閉じてを繰り返して、やはり何も言えないままだ。その気配を悟れば、また考えの端を読み上げるように語っていく。変に感情が乗ってしまい、柳瀬の思考や判断に介入してしまうのを避けたかった。

 

「プレイだって、ティーンの頃は特に……親きょうだいでもない限り同年代相手の方が望ましいだろ。まだ、おまえと離れられると思ってたから。パートナーを解消してからも……それ以外では今まで通りにするつもりだった」

「だからって、あんな言い方しなくても……」

「……それについては俺の癖……みたいなもんだ。……。これからは善処する。……それにセーフワードも、使いたくない時に無理やり使ったらああなった。そういうもんじゃないのか」

「し……知らないよ、そんなセーフワードの使い方なんて、されたことないんだから……」

 

 そもそも練習以外でセーフワードを使われたことすらないと柳瀬は小さく付け足した。二宮とはいざという時のためにセーフワードを使う練習はしたが、実際に使われてたことがないのなら、二宮から告げられた時のショックは計り知れないだろう。

 

「責任は取る」

「はぃ……?」

 

 頬に添えていた指先を顎に向けて滑らせる。丸みの残る少年らしい頬のラインはなめらかで柔らかい。成長の兆しは見えている、そのうちに彼は青年へと変わっていくのだろう。

 柳瀬はなぞられた顎の辺りの空間を視線で追って、それから二宮を見上げる。絡んだ視線の先は凪いだ穏やかな眼差しだった。少し目を細めて、聞き返した柳瀬の唇を柔くなぞればたちまち強く熱をもつ。

 

「好きだ、柳瀬」

「……、っ……」

「本当は、あのとき。おまえとキスがしたくてたまらなかった」

 

 そう言いながら、また指先で唇をなぞっては時折そこを指先で押す。ふに、と柔らかな感触は、まるで本当に口付けを受けているような動きだ。柳瀬は眩暈にくらりとした。

 

「ぼ……ぼくは……」

 

 言い淀んで視線をあちこちに移す。際限なく頬が上気するのも見えた。本当なら柳瀬が大人になるまで待つべきなのだろう。けれど待っていたらその間に彼がどうにかなってしまうかもしれない。そうでなくとも他の誰かを彼の隣に置くことを選ぶかもしれない。彼が自分のことを好いてくれていると言うのなら、少しくらい強引だとしても、その隙間に割り込んでしまえと思った。

 

「……やっぱり二宮さんが好き。……パートナーも解消したくないし、あなたと……こ、恋人、に、なりたい……」

 

 しきりに瞬きをして、視線も左右にうろついていたというのに。そう言った瞬間だけは真っ直ぐに二宮を貫いていた。二宮の瞳がぐらりと揺れる。表情は変わったようには見えないが、それでも喜んでいるのだと柳瀬にはわかった。その証拠に彼はすぐ、最後にしたプレイの話を持ち出した。

 

「あのときの、続きをしてもいいか」

 

 キスのコマンドのことだ。柳瀬の頷きはひどくぎこちないものだったが、二宮には伝わっていた。

 柳瀬からのキスは触れるだけのものだったから、二宮も同じものを返す。唇が一瞬だけ触れて、そして離れる。

 顔が離れるまで数秒足らずの動作が、離れていく二宮の顔が寂しくなって、柳瀬の方から身を乗り出した。ガタタッ、椅子の倒れかけた音がしたけれど気にしてはいられない。

 離れかけたはずの二宮の唇に、再び柔らかな感触が押し付けられた。三回目のそれ。

 自分からしたばかりのものを返されて二宮の目がわずかに見開いた。

 

「……へへ、いまのは、コマンドじゃない、やつね」

 

 言いながらはにかんだ柳瀬にさらに追撃をしたくなったが、なんとか理性で押しとどめた二宮はふっと息を吐いた。

 

 

 

 二宮と同じ気持ちだったことがわかり、口付けも交わした。柳瀬の内心は有頂天だったが、けれど浮ついた気持ちは二宮の言葉によってすぐさま突き落とされることになる。

 

「……柳瀬、俺とパートナーを続けて、かつ恋人になりたいなら条件がある」

「……な、なんでぇ?!」

 

 想いを伝え合ってキスをしたことで、柳瀬はてっきりもう付き合っているつもりだったので愕然とした。条件次第によっては今から改めてフラれるのだろうか、キスまでしておいて? 口付けの余韻も何もあったものじゃない。あんまりだと思ったが二宮は構わず続ける。

 

「自分のために死ぬぐらいなら、俺のために生きてもらう」

「……どういうこと……?」

「おまえを今のまま放置してたら〝人助け〟とやらのために死にかねん。必ず怪我なく、俺のところに帰ってくると約束しろ」

「……」

「できないのか?」

 

 いつも通りの調子で二宮は語るが、内容を理解するにつれて自分の理解力が正しいのかどうか、柳瀬にはわからなくなってきた。しばらくぽかんとして、悩むように眉を寄せたあと怪訝な顔をして尋ねる。

 

「死なないですけど……?」

 

 二宮の表情は晴れないどころかむっとしている。

 

「自分の怪我に無頓着なヤツの言葉なんて信じられるか」

「ぼくだって別に、痛いのは嫌ですからね……。約束は信じられるんですか?」

「自覚しないことには始まらん」

 

 また、ランク戦のことを思い出す。新たに柳瀬隊に増えた戦闘員はスナイパーで、隠れることが仕事のひとつだ。接近戦には弱い。つまり柳瀬が落とされればその分味方も落とされる危険性が高くなる。ブリーフィング中はともかく、戦闘中はそこまで考えて行動をしているわけではなかった。けれど結果的に柳瀬の生存時間は延びて戦績も上がっている。

 二宮が言っているのはきっと同じことだ。柳瀬の内側に二宮が入り込むことで、柳瀬が無茶をして危険の中に飛び込まないようにしている。柳瀬には二宮がいるのだと——二宮は大人しく守られるようなタチではないけれど——別の誰かを助けている最中も意識するように仕向けている。「俺のために生きろ」、「俺のところに帰ってこい」。死ぬとかどうとか言葉選びは剣呑だけれど、その言い方ではまるで、命が尽きるまでの話をしているみたいだ。

 そこまで考えて、ひとつの単語が思い浮かんだ。そのままを口に出す。

 

「……なんか、プロポーズみたいですね……?」

「……すぐにでも別れるつもりなのか、おまえは」

「あ……え……?! な、ない、ないですけど」

「けど、なんだ」

 

 思いがけず肯定されてぐっと息を詰まらせた。フラれる心配だとか、そんなことをしている場合じゃなかった。どうしてそんなに大きなものを、涼しげな表情の下に隠しておけるのか。二宮の言葉から伺える心情は、柳瀬をこれでもかと言うほど揺さぶった。おかげで言葉につまり、やっと出たのはたったの一言だ。

 

「……ないです!」

 

 その宣言に二宮が満足げに目を細めるのだからたまらない。子供扱いだと思っていた行動だって、甘やかし一辺倒だとわかっていたらもっと堪能しておけばよかったとか今更ながらに考える。しかしこの調子なら、柳瀬が何か言わないまでも近い何かが与えられそうな気もした。

 やっぱりまだ熱い頬を押さえながらちらと二宮を見上げる。いまから告げる言葉は、浮かんだ言葉をそのまま口にしただけじゃない。今までの彼の行動と、先ほどの言葉を重ね合わせて実感として出てきた言葉だ。

 

「……二宮さんって、ぼくのこと結構好きな感じ……なん、ですね」

「……結構じゃない」

「……?」

「おまえが思ってるよりも、ずっと好きだ」

「……ぅ、はい……う、うれしい……です」

 

 ストレートな好意の言葉。煙が出そうなほど顔を真っ赤にしながらもこくこく頷く柳瀬にまた「好きだ」と思う。それから、一つ思い出したことがある。

 

「……柳瀬、俺はこの前誕生日だったんだが」 

「……あ、ああ。はい、そう、でしたね……」

「おまえにも祝って欲しかった」

「……。おめでとう……ございました……?」

「ああ」

 

 要求されるまま言った疑問系にも構わず、表情も変わっていないのに。どうしてか二宮が嬉しそうなのは柳瀬にもわかる。

 

(……本当に、ぼくのこと好きなんだな)

 

 また実感した。机に置かれた二宮の指先を握る。

 

「……当日、お祝いできなくてごめんなさい。おめでとうございます。……今夜、時間ありますか? お祝いしましょう、ケーキとか買って」

「……ああ」

 

 そして、来馬の言葉も思い出した。太刀川とは違い、彼の助言は素直に聞こうという気になる。

 

「柳瀬、俺はおまえを一人にしない。おまえが側に居てほしいと願うとき、必ず側にいる」

「……じゃあぼくは、二宮さんが側にいてほしいって思うとき、側にいてあげますね」

 

 とりあえずお祝いがあるので、今日ですね。はにかむ柳瀬に握られた手を持ち上げて、彼の指先にキスをした。

 

 

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