ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる   作:熊々楠

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ご報告②

 

 幸いにも、柿崎も影浦もちょうど手が空いているようだった。もしかすると、柳瀬のことだからと融通を利かせたのかもしれないが……。面倒をかけていることは理解しつつも、二宮にとっては都合がよかった。彼らに柳瀬とのことを話した結果、たとえ拳が飛んでこようとも甘んじて受け入れるつもりだ。

 小さめの会議室を一室借りて待っていると、やがて彼らは現れた。マサ先輩怒るだろうな、という柳瀬の感情を受け取った影浦がぴくりと反応する。そして隣の二宮を見て、口を開きかけ――やはり閉じて、どかりと椅子に座った。柿崎は影浦の様子をみながらも、幾分落ち着いた様子で着席する。

 

「……それで、話というのは?」

 

 口火を切ったのは柿崎だった。二宮隊の三人へ告げたのと同じ内容を伝えたが、予想に反して影浦が激昂することはなかった。隊服の襟に口元をうずめ、じっと二宮を観察している。一通り話を聞いた柿崎がつまり、と二宮に尋ねた。

 

「……つまり、俺たちは二宮さんの監視役……ってことですか?」

「そういうことになる。もちろん柳瀬が大人にまで何もするつもりはない。だが、公になりすぎない範囲で事情を知ってる……こいつの味方が必要だ」

「……わかりました。……三人で話したいので、少しの間外で待っていてもらえませんか」

「わかった」

 

 二宮はすぐさま立ち上がり、扉に手をかけたところで振り返る。

 

「影浦」

 

 ちらちらと視線は合っていたが、改めて見据えた。鋭い眼光は二宮を貫いている。

 

「何か、俺に言いたいことはないのか」

 

 聞こえよがしに舌打ちをした。

 

「さっさと出てけ」

 会議室の扉を開けると、静かな会議室とは異なる空気が入ってくる気がした。遠くの喧騒が聞こえ、二宮がゆっくりと閉じると同時に遮られた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……あー……、二宮さんだったかあ……」

 

 二宮が扉を閉じた後、柿崎は机の上に項垂れた。

 

「ザキさん、何か知ってたのかよ」

「前に、たつきに相談されたんだよ。年上の好きな人がいるって……いや、こんな直接的な言い方はしてなかったけど……。そういうことで合ってたんだよな?」

「はい。あの後……フラれたと思ってたんですけど、ちょっと行き違いがあったみたいで」

「フラれただぁ?」

「や、あの、えーと……とにかく、今はいい感じなので!」

「……いい感じ……ってもなあ……」

 

 柿崎はストレートに困っている、という表情を浮かべている。たしかに柳瀬が失恋したという話を聞かされた時は、どうみても無理に笑っている彼の姿にも、失恋したということ自体にも心を痛めたものだが。けれど成就したとなると、それはそれとして別の心配が浮上してくる。

 

「……二宮の野郎に、嘘みてーなもんはなかったぞ」

 

 背もたれに身体を預け、脱力したようにもたれかかった影浦が柿崎に告げた。柳瀬は彼の様子にぱち、と瞬きをして、拍子抜けしたように聞く。

 

「……マサ先輩、怒らないんですか?」

「怒られるようなことしてんのか」

「してないけど……」

「俺はカゲがいつ二宮さんに殴りかからないかヒヤヒヤしてたよ」

「ブン殴ってやろうかとも思ったけどよ……あいつ、覚悟決めたみてえな刺し方してきやがる」

「……。中学生と付き合ってる大学生は……やばいって……」

「ったりめーだわ。どう考えたってヘンタイだろ。つーかそれを抜いても、あいつのことはそもそもフツーの奴だとは思ってねぇ」

「へ、へんたい……」

 

 そう思われかねないことは理解していたつもりだがいざ口に出されると面食らってしまい、さっと柿崎を見た。柿崎も二宮に対してそう思っているのだろうか。だとしたらものすごく、不名誉なことをさせていることになる。

 

「う、うーん……、変態かどうかは置いとくとして、少なくとも俺たちに話を通す気はあるってことだし……カゲの言うこともあるし。……ただなあ。……たつき、ほんとに親御さんに言えないようなことはしてないよな?」

「してないです」

 

 いくら好き合っていても付き合っていても、してはいけないことはある。柿崎の目をみて頷くと、やはり難しい顔をしながらも頷く他なかった。

 柳瀬も理解していることをはっきりさせたところで、影浦が不意に口を開いた。

 

「……たつき、Glare最後に使ったのいつだ?」

「えっ? えーと……結構まえ……半年……それ以上……?」

「プレイでもなんでも、長いことGlare飛ばしてねーんだろ」

「……う、うん」

「カゲ? なんで急にそんなこと聞くんだ」

「……。ザキさん、こいつGlare使うのにビビってんだよ。……けどよたつき、おめーのためにも……二宮の野郎を悪者にさせたくねえなら、使うのに慣れといた方がいいんじゃねえの」

 

 影浦はつまり、セーフワードの練習と同じように、いざという時のためGlareをすぐ使えるようにしておくべきだと言っているのだ。

 GlareはDom同士の威嚇やSubの躾のために使われる。プレイの一環として使うときはSubの気分を高揚させたり、逆にお仕置きとして使うときはSubの身体を竦ませることもできる。かつて柳瀬が影浦に向けたものは一般的にタブーとされる殺気混じりの威嚇で、けれど意識的に使っていたわけではなかったから、影浦が指摘すれば柳瀬はあっさりとGlareを収めた。

 つまり、二宮が柳瀬の指を舐めたときのように彼が自身のコントロールが聞かなくなる前に、柳瀬が彼にコマンドをするか、でなければGlareで彼をコントロールする必要がある。プレイにおいてSubへの躾はDomの義務であるとも言えるが、それ以外の側面でも二宮と柳瀬の間には必要になる。

 そもそもプレイの同意書を書いていたときに二宮は「必要だと思ったら使え」と言っていたのだ。その意味を、柳瀬は今になってやっと真に理解した。

 

「……そうですね」

 

 あっさりと頷いた柳瀬に影浦は瞬いた。

 そして、室内のはずなのに旋風が舞ったような感覚、次いでばちっ、と静電気が走ったかのような痛みが柳瀬の全身を襲う。突然のそれに膝を折り、けれど床に倒れ込む前になんとか机へしがみついたのと、影浦に制服の襟首を掴まれるのはほぼ同時だった。

 

「っ、おいカゲ!」

 

 突風のように感じたものは影浦のGlareだ。矛先はあくまでも柳瀬だが、余波が飛んできた柿崎が影浦を咎める。が、元から長時間ぶつける気はなかった影浦のGlareは止められる前にもう止んでいた。

 けれどたった一瞬のことなのに、冷や汗も動悸も止まらない。ゆっくりと息を整えながら柳瀬は再び立ち上がる。

 

「悪ぃザキさん。けど、俺は丁寧に教えるなんてできねえからよ」

「うん……よくわかったよ、大丈夫」

 

 戦い方だって、いつも言葉はなく実戦で教わっているのだ。とはいえ、まだ感覚がおかしい気がしてその場で足踏みすると、汗で張り付いた前髪をかき上げるように柿崎がよけさせた。見上げると気遣わしげな彼と目が合う。一方で影浦は視線を逸らしていた。優しくて不器用な師匠だ。

 

「……おまえらなぁ……」

 

 複雑そうな顔をして、はあっと大きめのため息をついた。影浦が気まずそうな顔をするが、何か言う前に柿崎はそのまま片方の手で柳瀬の、もう片方の手で影浦の頭を引き寄せ、思いっきりかきまぜた。

 

「うわっ!」

「くすぐってぇ、」

「急に、人に向かってGlareをぶつけた罰だ! 無茶しやがって。実践派にもほどがあるだろ!」

 

 けれど当然、罰になどなるわけがない。思う存分彼らの頭を鳥の巣にしたあと、しばらく置いて柿崎はぽつりと呟いた。

 

「たつき、おまえがDomである以上、二宮さんのことを守る立場でもあるんだからな」

「はい、わかってます」

「おまえの師匠にも、友達にも。あんまり心配かけさせてやるな」

「……はい、それは……いつも思ってます……。柿崎さんも」

「俺はいいんだ、嬉しいから。だから、困ったことがあったら……なくても。なんでもすぐに教えてくれよ。おまえも隊長になって忙しいだろうけど、またいつでも遊びにきてくれたっていいんだから」

「……はい。柿崎さんもまたうちの作戦室来てくださいね、マサ先輩も!」

 

 ちょっと暴れかけた影浦を片腕で押さえ込んで、もう一度柿崎は彼らを抱きしめた。腕の中で、柳瀬がくすぐったそうに笑っている。

 

 

 

 *

 

 

 

 呼び戻された二宮は柳瀬と影浦の頭をみてやや怪訝そうにした。乱れは整えたと思ったが直しきれていなかったらしい。あらぬ方向へ飛んでいる柳瀬の一房を指先で梳き、本来の方向へ戻していく。それに反応したのは影浦だった。

 

「おい、たつきに触ってんじゃねえ変態」

「一体何してたんだ、影浦も髪が乱れて……いや、いつも通りか?」

「やっぱ表出ろ、一発ぶん殴ってやる」

「もぉー二人とも喧嘩しないで」

「してない」

 

 そりゃあ二宮は煽っているつもりなど微塵もないのだからそうなのだろう。苦笑いした柿崎が二宮を見据えて告げる。

 

「……二宮さん。……たつきを、くれぐれもどうか、よろしくお願いします」

 

 二宮は深く頷いた。

 

「たつき。おめー、ケーサツの番号すぐ呼び出せるようにしてあるよな」

「うん」

「こいつが変な気配みしたら迷わず押せ。いいな?」

「は……はい」

「そんでオレのことも呼べ」

 

 影浦が言い含めるのを聞きながら、違和感を覚え片眉を上げる。

 

「……警察の番号を登録してあるのは、ただの防犯か?」

「ちげーよ。コイツ、サイドエフェクトのせいで遠くからでも誰かがボコられてんの見えるだろ。チビなんだからしゃしゃってもまとめてやられるだけだから、通報だけして逃げろって前に言ったことあんだよ」

「……」

 

 見下ろすと視線が泳いだ。柿崎も話を聞いたことがあるらしく、どうやら再三注意されていることのようだ。

 

「おまえ……これからデカくなっても、そういうのに絶対に首突っ込むなよ」

「わ、わかってますよ……」

 

 本当だろうな? 疑惑の視線は方々から向けられていた。

 

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