ある早朝、私はいつも通り二徹を決めて眠気が醒めるようにキンキンに冷やしたエナドリを執務室の小型の冷蔵庫から取り出して一気に飲む。
一口で半分ほど飲んでしまったせいか頭がキーンとして目が覚める…気がする。
気がするというのは、キヴォトスに来てからというものの数多のカフェインの含まれた食べ物や飲み物を飲み食いしすぎたせいか、最近カフェインに耐性ができているから、カフェインのおかげで目が覚めている気がしないからだ。
それでもなぜか体がカフェインを欲しているのはもはや中毒の域に達しているからだろう。
ただ、体が欲する限りはついつい飲んでしまうので仕方ないと意味のない誤魔化しをしながらまた一口さっきのエナドリを飲む。
そして、飲みながらパソコンに目を向けるとゲヘナから来た資料や書類データの読み込みがなかなか進んでいなかった。
多分5分はかかるだろうなぁという進み具合なので何か食べようと冷蔵庫を再び開けてみる。
中にはカズサが昨日持ってきてくれたチョコが一箱と大量の缶コーヒーとエナドリしかなかった。
そういえば昨日の朝にフウカが持ってきてくれたご飯を食べ切ってしまったのを思い出した。
ただ、昨日の朝以降何も食べてないので流石にお腹が空いている。仕方ないから出前でも取ろうかと思ったら、時間も時間なのでまだどこも出前に来てくれないだろう。
後数時間待てば出前を取れるんだけど、流石に本気でお腹が空いているので諦めてカズサが昨日持ってきてくれたチョコを開けた。
一口食べるとチョコの甘さが身体中に染み渡り、どんどんやる気が湧いてきた。
眠気、頭痛、だるさは当たり前のように残っているが、なぜか今なら仕事がいくらでもできる気がしてきた。
「よーし!今日中に明日の仕事も終わらすぞー!おー!!」
そういって再びパソコンに向かおうとしたら、後ろから誰かに襟を掴まれて「ぐぇっ」なんてものすごい情けない声が漏れてしまった。
びっくりしたまま後ろを向くと、カズサが私の襟を掴んでジト目を向けていた。
「先生、何が明日の仕事まで終わらせるなの?目にすっごいクマまでできてるのに」
そういって呆れたようにため息をついたカズサに何か言い訳しようとしたが、問答無用で仮眠室に引っ張られていった。
あと、どうでもいいけど最近なぜか生徒に呆れられることが多い気がする…
この前だってカヨコに呆れられたし、その前だってセリカのバイトに付き合った時は
「バイトのしすぎで倒れちゃみんなを心配させちゃうんだから、ほどほどにしなよ?」
といったら、もんのすごい呆れられながら
「先生にだけは言われたくないわよ…」
と言われてしまったし、その前なんて…etc
そんなことを考えているうちにカズサに引っ張られて仮眠室につき、仮眠室のソファに座らされた。
そしてカズサはというと、私を座らせた後すぐに「先生は大人しくそこで寝てて。すぐ戻るから…間違っても仕事しようとか考えないでね?」といって仮眠室を出てどこかに行ってしまった。
そして、私はカズサの足音がしなくなってすぐ、仮眠室をこっそり出て執務室に行こうとした。
が、仮眠室を一歩出て、執務室の方に体を向けた途端、後ろから「先生?」と圧のあるカズサの声がして、おとなしく仮眠室に戻った。
仮眠室に入ってさっきまで座っていたソファにまた腰をかけた。
このソファ、じつはけっこういいやつで、人をダメにするソファ並みに座り心地がいい。
体重をかけると沈み込んでいく感触がたまらなく、マイクロビーズがいい仕事をしている。
2日ぶりにくつろげるとなると、さっきまでの眠気がより強くなって襲いかかってくる。
うとうとして、今にも眠ってしまいそうになっていると、急に仮眠室の扉が開いて、その音で私は目覚めた。
「ぁ…あぁ、おかえりカズサ」
「ただいま先生。もしかして寝てた?」
そういって何やら手に持っていたおぼんを近くのテーブルに置いて、私の近くに座り込みカズサがコチラを覗き込んでくる。
ただ、想像以上に顔が近くてびっくりしてちょっと後ろに引いてしまう。
「顔見て身を引かれると流石に傷つくんですけど」
「あっ、いや、思った以上に近くてびっくりしただけだから」
「そう?まあいいけど…というか先生、そんなに眠いんだったら先に寝ちゃう?」
そう言われて、カズサが入ってくると同時に持ってきていたおぼんに目を向けた。
そこには湯気がたった、おかゆが入ったお椀と水が一杯置いてあった。
匂いも見た目も普通に美味しそうなので見ていたらお腹が減るが、やっぱり眠気が勝ちそうになる。
「今にも寝ちゃいそうだね…いいよ、しばらく休んでて」
「ありが…と……」
カズサがソファに寝転がっている私の顔を覗き込みながら私の頭を優しく撫でてくれた。
それが異常に心地よくて、今まで必死に押さえていた眠気が一気に溢れてきて、瞬く間に眠ってしまった。
〈杏山カズサ視点〉
私は目の前で気持ちよさそうに安心し切った顔で眠っている人がいる。
その人は私の先生で、私の大切な人だ。
そんな人が安心しきっている顔をこうやって間近で独占できるのは私にとって幸せに決まっている。
決まっているけど…
「もう、私何回も忠告してたよね…こんな姿誰にでも見せてちゃ、勘違いされても文句言えないってさ」
何度もしてきた忠告が、全く聞いてないのか、はたまた聞いた上でやっているのか…
どっちにせよ、これからもちゃんと先生に変なやつか付かないよう見張っておかないとと、改めて思い直してから先生が起きるまで先生を眺めて待つことにした。
それから1時間ぐらい先生を眺めていたけど、途中から先生のパソコンに色々なとこから連絡が来ているので、先生の代わりに今の先生の状況を連絡しておいた。
ゲヘナ風紀委員からも来ていたが、わりとすぐに納得して後にしてくれるとのことになって、改めて先生の人望の厚さに感心した。
それからまたしばらく先生の顔を眺めていると、先生がふとしたタイミングで目を覚ましたかと思ったら、ものすごい勢いで飛び起きた。
「仕事ぉ!!??」
「先生、寝起きですぐその言葉は流石に…」
本当に、私がもうちょっと管理した方がいい気がしてしまう。
そう思った時、先生からものすぐ大きいお腹の音が部屋中に響いた。
先生はこちらを見て少し恥ずかしそうに頭をかいている。
「ちょっと待ってて先生。おかゆあっためてくるから」
こういうところがどこか頼りない先生を見ても、安心しか出てこない私は、もうもしかしたらだいぶ先生に毒されているかもしれない。
おぼんをもって仮眠室を出る時、先生が後ろから普段よりちょっと弱々しい雰囲気で「ありがとう」といってくれて少し嬉しくなった。
温めたてのおかゆを持って仮眠室に戻るとさっきと同じ場所でぼーっと座って待っていた。
「先生、温めてきたよ」
「あっ、ありがとう」
「あぁあと、いらないかもだけでも一応頭痛薬持ってきたんだけど」
「ありがとう…それももらう」
そういった後、先生は私から受け取ったおかゆをきちんと手を合わせていただきますといってから食べ始めた。
最初の一口を食べてから二口目からは一気にぱくぱくと食べ始めてくれた。
多分大丈夫だとは思っているけど、一応味の感想だけは聞いておく。
「どう?先生、美味しい?」
「うん、すごく美味しい…けど、なんでおかゆ?」
「明らかに顔色悪いし、どうせ先生のことだから徹夜続いてたんじゃって思って。そういう時って食べやすくて消化にいいおかゆがいいかなって思ったんだけど」
「そこまで考えてくれてたんだ…ありがと」
先生に美味しいっていってもらえるのも嬉しいし、ありがとうっていってもらえるのも嬉しい。
「というか先生。仕事をしなきゃなのはよくわかるけど、それで体調崩しちゃ元も子もないでしょ?」
「うっ…返す言葉もございません」
「ほんと、他の人だけじゃなくてちょっとは自分の体にも気を遣ってよね?私、結構心配だから」
正直こんなこと言ってしまって死ぬほど恥ずかしいのだが、当の先生は「善処するよ」と言いながらヘラへと笑っていてまるでテレる気配もない。
そんな先生にちょっとイラッとしつつ、先生がおかゆを食べ終わるのを眺め続けた。
先生がおかゆを食べ終え、薬を飲んだところで、私はシャーレから帰る準備を始めた。
私は今日の午前の当番だったので、もうすぐ午後の当番の子が来るはずなので私は帰ることにしたのだ。
「じゃあ先生、ゆっくり休んでてね。釘を刺すようで申し訳ないけど、くれぐれも仕事をしようとしないでね…というか、今日の分は後回しにしてもらうよう頼んだからやっても意味ないからね。それじゃ」
そういって私から言われた今日はもう仕事がないという事実に驚きを隠せていないようだが、私は容赦なく先生を置いて仮眠室を出た。
シャーレを出る時、タイミングよく午後の当番の子が来ていたので、先生に仕事をさせないよう注意してほしいということを伝えてから家に帰った。