Archive of Coral 作:コーラルの色彩
「……ん?ふわぁ…机で寝ちゃってたか…」
『おはようございます、先生。現在の時刻は午前の6時28分です。天気は晴れ、気温は21℃です』
アロナの声を聴き、寝惚け眼を擦りながら背を伸ばすと凝り固まった身体がボキボキと音を鳴らす。次からは少なくともソファで眠らなければキヴォトスへ赴任して早々身体を壊してしまいそうだ。
「おはよう、アロナ。えっと…昨日は何をしていたんだっけ…」
『昨日はオフィスで荷解きを終えた後はエンジェル24で大量のエナジードリンクと携帯食を買い込み。それと昨晩のお弁当を買って食べてましたね。その後にユウカさんやハスミさんたちから送られてきた弾薬費の費用処理を連邦生徒会へ提出してました』
「そうだそうだ、それが終わったから次は早速送られてきた生徒たちの困りごとを確認していたんだよね」
早速、昨日モモッターに投稿したURLへ大量の相談事が投函されていた。中には『先生に彼氏はいますか?』や『ご趣味は何ですか、好きな食べ物は、次のデートは…』なんて言う質問もあったがまあそれは取り敢えず無視でいい。
『相談事は小さなものから緊急性を伴いそうなものまで沢山ありました。先生が特に関心を寄せていたのは【アビドス高等学校】の奥空アカネさんからの救援要請でしたね』
「早く助けに行ってあげたいけどシャーレも正式に稼働するのは後二日くらいは必要かな。その準備が出来次第にアビドスへ向かおうと思ってるよ」
砂嵐で荒れ狂う街アビドス。資料を見るにかつてはキヴォトスの中でもマンモス高として有名だったみたいだけど現在の在校生徒数は5人。
このキヴォトスでは学園を中心に街が形成されて発展していく傾向がある。学園の生徒数は街全体の活気や発展具合を表していると言ってもいい。つまり、アビドスは過去には栄えていた一都市であったが現在は廃れてしまっているということ。
一応、オフィスの予定表には【二日後、アビドス出張!!】とは書き込んである。救援物資を沢山持って行って上げなければいけない。
「そういえば、アロナに頼んであった事ってどうだった?」
『はい、そちらも調べてあります。今確認しますか?』
アロナの返答に頷くとシッテムの箱に『彼女』の調査結果が表示された。
『先生がシャーレに辿り着くまでの道路の監視カメラのデータから対象の人物を見つけました。彼女の顔を連邦生徒会が所持している各学園の生徒名簿から検索しましたがヒット数は0件でした』
「えっと、彼女はキヴォトスの学生じゃないってこと?」
『元生徒という経歴でしたら不良生徒さんにも居ると思います。ですが、学園に所属した形跡がない人はほぼ居ない筈です。生徒さんの通帳は学園に紐づいているので学園を退学になったり、学園自体がつぶれてしまった生徒さんの通帳は一時凍結されます。ですので、多くの不良生徒さんは学園に籍を置いている人が大半です』
「でも、彼女結構な装備していたんだよね。それこそ普通の生徒の武装では貫けないMTの装甲を解けさせたレーザー銃とか…。見つからないとなるとまた何処かで会うのを待つしかないのかなぁ…」
『各学園の生徒名簿には確かに彼女の情報はありませんでしたが【灯台下暗し】ですね。このシャーレの機密情報データファイルに彼女についての記載を連邦生徒会長が残した資料を発見しました。』
「えっ!此処に彼女の情報があったの!?」
『はい、そのデータを表示します』
閲覧の許可されている人物:シャーレ顧問、連邦生徒会長代行
所属:連邦生徒会(連邦生徒会長直属の単独組織)
部活:連邦捜査局S.C.H.A.L.E 部長(仮)
氏名:ハウンド・ウォルター
ハウンド・ウォルターは現在どの学園にも所属していないが連邦生徒会長が生徒であることを認可しています。
彼女の人事裁量権は本人と連邦生徒会長にのみあるものでシャーレ顧問、連邦生徒会長代行であろうと本人の同意なく、若しくは連邦生徒会長の許可なくシャーレ所属から変更することは許可されない。
彼女は各自治区で緊急の際に戦闘を行う権限を所持し、連邦生徒会長の認可若しくは惑星封鎖機構要請条件の元で■■の使用を許可されています。また、キヴォトス内で集積反応が臨界点に到達する傾向を見せた場合、上記二つの許可なく本人の判断での使用を許可する。
XX前 :ハウンド・ウォルターを新設立した連邦捜査局S.C.H.A.L.Eの部長へ仮任命
XX前 :企業が■■の製造工場をキヴォトス内に建設との情報、当該工場の調査
当該工場で■■の製造を確認、連邦生徒会長により破壊要請 許諾
XX前 :許容範囲内であるが■■■■地区にて■■■■反応を検知 調査
XX前 :残留■■■■反応は見られるものの原因となる物の発見に至らず 中断
XX前 :ブラックマーケットに一部MTの横流しを確認 連邦生徒会長の処理要請 許諾
一日前:連邦生徒会長からのシャーレ顧問の護衛任務要請 許諾
「ハウンド・ウォルターちゃんっていうんだね…それに情報の嵐だよこれは…」
『シャーレの部員名簿には確かにハウンド・ウォルターさんの名前がありました。彼女は確かに連邦生徒会長に認められてこの部の部長として登録されています』
「彼女はある意味では私の先輩だったわけだね。それに昨日の援護も偶然ではなくて、連邦生徒会長に依頼されてって彼女は現在行方不明の筈だけど…」
『履歴を確認しましたが先生がキヴォトスに到着した際にシャーレまで無事に送り届けるという依頼が自動で設定されていたみたいです。他にも幾つか条件で起動する依頼がありますが内容にはロックが掛かっています』
「成程ね、シャーレ所属の生徒だけど連邦生徒会長直属の生徒だから権限は私と同等かそれ以上って感じなのかな」
彼女は各自治区で自己判断による戦闘を行う権利、私はシャーレに彼女を除く生徒たちを入部させる権利をお互い保有している。
『ハウンド・ウォルターさんの行動を先生が制限する権限は無いみたいですね。ですが、彼女は逆にシャーレに所属する生徒の決定権も持ちえないようです』
「私は彼女に過度な干渉を行うことは出来ないし、彼女はシャーレに対して過度な干渉を行うことも出来ないって感じなのかな?」
『連邦生徒会長は彼女の個人としての戦闘能力を高く評価していると同時にシャーレという自己判断で他の自治区で戦闘を許可なく行える組織に彼女の裁量で多くの生徒が所属することを危険視していたみたいです』
「それでも彼女にシャーレの部長を任してたってことは相当信頼していたと私は思うけどね。それに過度に権力を持つってのは厄介事も多いから、彼女をそういったものから遠ざける意味もあったんじゃないかな?」
『どうなのでしょうか…私のデータには連邦生徒会長に関するデータは残されていないので彼女が人を信頼して立場を任せる人物なのか、それともハウンド・ウォルターさんの戦闘能力だけを見ていたのかは分かりません。ただ…先生の言う通りお互いに信頼していた協力関係だと良いですね』
どうにも私には連邦生徒会長という人物が個人のスペックだけで物事を判断しているようには思えなかった。それこそ、私のような大したことのない大人をこのシャーレの先生にしたように彼女には彼女なりの基準があるように思えてならない。
「兎に角、ハウンド・ウォルターさんに会ってみない事には連邦生徒会長の事とか彼女自身の事が何も分からないなぁ…経歴から分かるのはすっごい戦闘能力が高いってことだけ」
『そうですね、これ以上はただの推測の域を出ませんし休憩をしましょう!私、今日の朝食はパンケーキにバニラアイスを乗せて上からシロップと粉砂糖を沢山かけるんです!』
「うぉ…、それはちょっと朝から胃に重いような…。私はエンジェル24でサンドイッチとジュースを買ってくるね」
『ひってらふぁい、ふぇんふぇい』
口一杯にパンケーキを頬張るアロナに見送られてオフィスを出ると階段を下りてビルの一階にあるコンビニに向かった。
「いらっしゃいませー!。あっ先生、おはようございます!。昨日、あんなに沢山買ったのに今日も買いに来てくださったんですね!」
コンビニのエンジェル24に入ると金髪で小柄な少女が元気よく挨拶してくれた。
「おはよーソラちゃん。昨日買ったのは徹夜作業用の備蓄だから。今は普通に朝食用のサンドイッチとかを買いに来たんだ」
「成程、子供の私には分からないことですが大人って大変なんですね…」
「中学生なのにアルバイトしているソラちゃんも十分に大変だと思うけど…。そういえば、此処って24時間営業だけどソラちゃん以外のアルバイトっているの?」
私がエンジェル24を訪れた時にはソラちゃんしか店員を見ていない為、まるで24時間彼女がここのアルバイトをしているかのように錯覚するがそんなことは無い筈なのだ。
「アルバイトは他に居ないそうです。私が居ない間は自動接客ロボが居るらしいのですが…本当に此処潰れませんよね?中学生のアルバイトを認めてくれる数少ない場所なので此処が潰れてしまうと私…」
「今後、このビルに出入りする人も増えるだろうし大丈夫だよ、きっと…」
「はぁ、昨日は出勤してみたら不良生徒に占拠されていたとかMTが近くで暴れていたとか物騒な噂しか聞かないのですが本当に人は来るのでしょうか…」
「そ、そういえば、まだここを利用してる人って私以外は居ないのかな?」
「えっと…いえ、時々『お姉さん』とその『お父さん』が買いに来ます」
「………『お姉さん』に『お父さん』?それってどんな人なのかな?」
「お姉さんはとても綺麗な人ですよ!狼のようにピシッとした獣耳に鴉のような黒い翼のキリっとしたお姉さんと杖をついていたりお姉さんに車椅子を押して貰って来る渋いお父さんです」
ソラちゃんの言う人物像から『お姉さん』というのはハウンド・ウォルターちゃんで恐らく間違いない。昨日、見た彼女の容姿とソラちゃんの語るそれは同一のように思える。
もう一人の『お父さん』とは誰なのだろうか。そのまま、彼女のお父さんなのだろうか。
私が考え込んでいると入り口の自動ドアが『ウィーン』と音を立てて開いた。
「あっ、『お姉さん』!いらっしゃいませ!」
「おはよう、ソラ。それに……おはようございます、【シャーレの先生】」
「うん、おはよう。ハウンド・ウォルターちゃん」
挨拶を交わして彼女の方を向くと目線が合う。明確な敵意を向けられた訳ではないがその視線は私を探るようなものだった。その視線に当てられた私は蛇に睨まれた蛙のように身体が固まり呼吸が浅くなる。
「あれ?お二人は知り合いだったんですか?それだったら早く言ってくださいよぉ」
ソラちゃんの言葉で私と彼女の間にあった緊迫とした空気は流れていく。私はプレッシャーから解放されようやく深く息を吸い込む。無意識に握っていた掌は汗でびしょびしょになっていた。
「私が所属しているシャーレという部活の顧問がこの先生でね。ただ、会ったのは昨日が初めてでこうして対面で向かい合うのは今が初めてなんだ」
「彼女、シャーレの部長さんなんだよね。でも、連絡先も何も知らなかったし、どうやってもう一度会おうか考えていたから丁度良かった」
「お姉さんは部長だったんですね!凄いです!」
「そうは言ってもシャーレは先日まで私以外の所属生徒も居ない、顧問も居ない幽霊のような部活だったがね」
「それでも部長っていうのは各学園で実力者にしか務まらないものですし、任されていたお姉さんは凄いですよ!」
「……そうハッキリと言われると少し照れるね。ありがとう、ソラ」
ソラちゃんと話している彼女は年相応の少女のように見えた。しかし、何処かで何か線引きして一歩踏みよらせないものを感じる。
「そうだ…先生。モモトークのIDを交換しませんか?私は今後もシャーレに常に居ることは無いですので緊急の用がある場合の連絡手段として必要かと思いまして」
「…いいの?シャーレの顧問である私としては貴女の連絡先を知れるのは嬉しいんだけど。それにシャーレは何時でも貴女を歓迎するよ、何かあったらハウンド・ウォルターちゃんから相談して欲しいな」
「……貴女は彼女が選んだだけありますね。その気持ち有難く受け取っておきます。それとハウンド・ウォルターでは長いでしょう。ハウンドでもウォルターでもお好きなように呼んでください」
「ハウンドちゃんで!はい、モモトークの登録も完了したよ」
「では、今日はこれで失礼します。また、後日何処かでお会いしましょう」
「ありがとうございましたー!」
ソラちゃんの声を背にハウンドちゃんはエンジェル24から出ていった。私のスマホにあるモモトークには先日登録したユウカたちに加えて彼女のIDも登録された。
これが私【シャーレの先生】と彼女【ハウンド・ウォルター】の再会。これから訪れる困難や厄災に向かっていく【先生と猟犬】の始まりの話。
■先生
睨まれた時は割と真面目に怖かった。この後、何度も会うことになるが慣れるまで621に少し苦手意識があった。それに対して生徒に苦手意識を持てなんて駄目だなと一人落ち込む。
621と話し終わった後にオフィスに戻ると朝食を食べ終えたアロナに遅いと怒られた。
■アロナ
一人寂しく朝食をモグモグとしてた。
■621(ハウンド・ウォルター)
エンジェル24へ行けば先生に出くわすだろうなと思っていた。個人的には別に問題は無いので普通に会った。
少し試す様に見詰めたのは先生がどんな人なのかを知る為で瞳の奥に自分に対する恐怖があるのにしっかりと見据えて話してくれた彼女を信用に足る人物だと評価した。