「・・・迷った」
それはもう、完全に完璧にだ。
というかどこだここは。地下迷宮のダンジョンか何かか。多目的ホールに来たと思ったら、俺はいつの間にか複雑怪奇なダンジョンに迷い込んでしまったらしい。
「・・・迷った、か」
『男、織斑一夏15歳。中学三年生にもなって迷子になるの図』である。親友と我が妹君に知られでもしたら、大笑いされた後散々バカにされて暫くは弄りネタとなるだろう。やだ怖い。
通話ボタンを押しかけた携帯を畳んで胸ポケットに押し込む。ふぅ、危うく自ら恥を晒すところだったぜ。あと三秒遅かったら押してたね。
『困った時は人に聞ききましょう』という言葉があるが、時と場合と状況と相手はよく選ばないといけないな。というか、困ったらとりあえず知人に電話を掛けるという癖はなんとかしないとなあ。
姉さんにも直せと言われたし。まあでも、大抵の困ったはグー●ル先生という強い味方に助力を請うのだが。
・・・まあ、俺が今置かれている状況はさすがのグーグ●先生でも解決できそうにないが。町の地図は出せても建物内部までは知らないのだ。知ってたら知ってたで尊敬するけど。
ふーむ、突っ立っててもしょうがないし、足を動かすとしよう。歩いていれば誰かとすれ違うかもしれない。その時にでも道を聞けばいいか。
そういえば、なんで俺は迷ってるんだっけ?
ポク。
ポク。
チーン。
ああ、そうだ。俺は今日、ここである学校の入学試験を受けるんだった。入り組んだ迷路みたいな建物内を歩き回ったせいで当初の目的を忘れていたらしい。多目的ホール・・・恐ろしい子!!
さて、俺が今日受ける予定なのは私立藍越学園の入学試験である。学力はそこそこでかつ私立校なのに学費が驚くほど安い。そして何より自宅から近いというのがポイントだ。ちなみにそこら辺の高校とそんなに変わらないくらいの学費だというのだから驚きである。
なぜそこまでお安く出来るのか? その理由は卒業生の進路にある。藍越学園の卒業生の実に九割が学校法人の関連企業に就職する。しかも一般に優良企業と呼ばれる会社が多く、就職先の大半が県内にあるのもいい。
どこぞの企業戦士みたくある日突然辞令出されて僻地に飛ばされる心配も少ない。いい事ずくめである。もちろんその分だけ競争率も高いけどな。今年は倍率二十倍とかそんな感じらしい。去年はもっと凄かったらしいが。
「いつまでも姉さんにおんぶに抱っこはできないもんなあ・・・」
俺には両親がいない。物心ついた頃にはもういなかったと記憶している。年の離れた姉が養ってくれたおかげで普通に暮らす分には不自由していない。
正直、俺はそのことに引け目を感じてきた。人間というのは例え一人でも社会で生きていくためには随分と金がいる。衣食住はもちろんのこと子どもなら小学校・中学校に通わねばならないし、しかもそれが二人分となればなおさらだ。姉は既に成人しているが、俺と妹の二人分の学費出しながら生活費もとなれば、引け目を感じるのもわかると思う。
姉の若い頃にそっくりな、姉に良く似た妹である。歳は俺より一つ下だが、随分と偉そうな妹である。一度兄の威厳というものを知らしめてやりたいのだが、いかんせん相手が悪すぎるので全戦全敗しているのが現状だ。
前にアームロック掛けられた時は腕が折れるかと思った。それ以上はいけない! と親友が止めに入ってくれなければどうなっていたことか・・・。兄の腕を平然と折りに掛かるとか恐ろしすぎる妹である。どこで育て方間違えたのやら・・・というか誰に似たのやら・・・て姉さんか。あの姉にしてこの妹か。俺の妹がこんなに凶暴なわけがない。
話が逸れたが、とにかく俺は姉の背中を見て育ってきたわけで、少しでも楽をさせてやりたいと思っている。藍越学園の入試を受けることに決めたのはそのための第一歩というわけだ。ここで躓いてはいられない。いられないのだが・・・。
「おかしい、誰にも会わない・・・というか人がいない」
随分と歩き回ったはずだが、人っ子一人いない。いや、もしかしたら誰かとすれ違っているのかもしれない。透明人げ・・・ないか。あ、もしかしたらもう入試始まっているのかも。
だとしたら絶望しかない。入試に挑む前に敗北するとか洒落にならない。姉に知られたらそれこそどう足掻いても絶望である。BADEND直行である。織斑一夏の冒険はここで終わってしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。絶対にだ。
こういう時はこれだと思ったドアを開けるのが正しいアンサーである。パーフェクトな解答である。なので俺は次見つけたドアを開けるぜ。
「on・・・」
ドアが二つある。片方は青いドア。片方は赤いドアである。次に見つけたドアを開けるといったな。では、そのドアが複数だった場合はどうすればいい? 答えは簡単である。自分の直感を信じるのだ。
「せっかくだから俺はこの赤いドアを開けるぜ!」
がちゃり。赤いドアを開ける。
この時の俺は予想だにもしていなかった。この選択が、俺のその後の人生を大きく変えてしまうのだということに。
人生は選択の連続だ。とは言うが、それでもさすがにこれは予想外すぎた。まさか一番最初に出てくる選択肢がルートどころかEDも確定させる選択肢だったなんて・・・。
―――その日、俺は平凡な男子高校生から一躍時の人して全世界の注目を集めることになる。
『世界で唯一ISを使える男』として・・・。
◆◆◆
【4月◆日/晴れ】
ガンダムハンマーって最高だよな。
いきなり何のことだかわからないだろう。俺もわからない。
自分がどうしてこんな状況下に置かれているかすら理解できていない。頭がおっついていないのだ。軽くボルナレフ状態になりそうだった。
つい先日までは普通の男子高校生だったのになあ。姉が超有名人だとか妹が超絶凶暴だとか以外はほんとうに普通の男子高校生だった俺、織斑一夏は女子高の入学式に出席していた。
俺は俺の名誉のために言っておくが、決して忍び込んだわけではない。断じてない。そんなことをやった日には警察に捕まる前に姉の手によって粛清されている。おお、怖い怖い。
で、その入学式を終えた俺は自分のクラス・・・一年一組の教室にて自分の席に座り新入生恒例の自己紹介タイムが来るのを心穏やかに落ち着かせて待っていた。待っていたというか待とうとしていたいうか・・・
落ち着けるわけが無い。俺が入学したのは女子高なのである。何の間違いもなく・・・いや、手違いだとか間違いだとか選択肢ミスだとかは色々とあったが、それは結果論でしかない。というかその結果として俺は全世界で最も有名だろう女子高の一生徒として今日という日を迎えたわけだが。
はっきりと言おう。ここは地獄である、と。四方八方前後左右からの目線というレーザービームに全身を貫かれるのは俺の精神衛生上よろしくない。非常によろしくない。
そりゃあ? 俺も健全なる一男子高校生であるから? 女子からの熱烈な視線を向けられるのはやぶさかではない。けどな、それだって限度といういうものがある。学園と本土を結ぶリニアレールの中からこっち、ずーっと周囲からの視線を浴び続けてきたのだ。俺の精神ポイントはマッハで磨り減っている。このままでは視線恐怖症になってしまいそうだ。このままトイレに駆け込んでもいいかな。
などと暗い感情を渦巻かせていた時、副担任の先生が姿を現した。
名前は山田真耶・・・だったかな。童顔小柄な女性で、どう見てもマタニティな服を着たその人は二つの大きな夢と希望を引っさげていた。うぉ、でか・・・と思わず心の中で呟いておいた。素晴らしい。神様ありがとう。この時ばかりは信じてすらいない神に感謝したね。否、するしかなかった。悪魔に感謝するというのも変な話だ。
俺が山田副担任の大きな夢と希望に釘付けになっている間、生徒たちの自己紹介が進められた。自分の名前を口にするだけで終える者もいれば、自分の趣味や嗜好を饒舌に語る者もいた。ちなみに俺は前者である。
自己紹介はどうも苦手なのだ。何を話せばいいのかよくわからない。将来の夢を語ったりすればいいのだろうか。初対面の人間の夢を聞かされて面白いかは正直微妙なところだと思う。趣味の話をしようにも人に自慢できるような趣味はない。なので結局自分の名前を口にするだけで終えてしまうというのが常だ。
ちなみに、俺の時だけ教室中から例のレーザービームが嫌というほど照射されていた。かの王泥棒もびっくりするんじゃないかってくらいに隙がなかった。怖い。
『もっと喋って』的な空気も感じたし・・・女子高に一人っきりで放り込まれる男というのは予想以上に大変らしい。ゲームの主人公ってこんな大変な想いしてるのか・・・今ならその気持ち、よくわかるぜ。リア充爆発しろとか言ってゴメンな。俺が悪かった。
自己紹介といえば、非常に印象強かった女子が一人いた。確かイギリスから来たとか言う女子で、非常に饒舌に雄弁に熱烈に自分がいかに優秀であるかを喋りまくっていた。半分以上聞き逃してしまったが。まあ、それよりもっと衝撃的な事実があったんだが・・・。
一年一組の担任教師、なんと俺の姉だったのである。天地がひっくり返るほどの驚愕を受けた。事実俺は二回ほど出席簿の角で叩かれた。頭が割れるかと思ったぜ。見えてはいけないお花畑が一瞬目の前に広がったしな・・・身内にも容赦ないとか姉ちゃんマジ最恐。
そんなわけで俺の実姉である織斑千冬が一年一組の担任であるという衝撃的な驚愕によってお喋りな自己紹介少女の印象が薄れてしまった上に名前まで吹っ飛ぶという事態に陥ったのだが・・・まあ問題ないだろう。うん。
その後二回ほど絡まれたし。女子高に一人放り込まれた男というのはそれほどまでに珍しいようだ。俺は珍獣かよ。・・・上級学年からも偵察隊がやってくるあたり、俺は珍獣らしい。泣けるぜ。
昼休みは食堂で取った。なんとも素晴らしいことに、この学校の学食は基本無料である。別途料金で大盛りにしたりできるが、基本無料である。
食堂で孤独なグルメ(ただしレーザービームつき)を終え、午後の授業。事件はそこで起こった。
ことの発端は俺の姉が発した一言であり、例の自己紹介長いさん(仮)の言葉であり、そして俺の買い言葉である。
クラス代表、というものがある。クラス代表というのはその名のとおりクラスの代表で、様々な委員会活動や生徒会の会議、各行事などへの出席が義務付けられる聞くだけでも大変だなーとわかる役職である。当然、そういう面倒ごとは誰もやりたがらない。
誰もやりたがらないということは誰かに押し付けようとする。そしてその矛先は俺という格好の標的に向かった。なんと、ほぼ満場一致で俺が推薦されたのである。その時の一致団結具合たるや、背筋が寒くなるほどだった。これが・・・こんなものが民主主義だというか! 俺の意見ガン無視なんですけど! と声を大にしてみても通らない。誰も味方しようとしないからだ。
ねえ、本気でトイレ駆け込んでいい? と思い始めたその時、例の自己紹介長子さん(仮名)がびしっと手を上げた。それはもう優雅に力強く天をも貫かんばかりに。彼女はゆったりと立ち上がり、一度咳払いをして教室中の意識を自分に向けさせた後、最低の文句を飛ばしてくれた。曰く
「極東の猿如きがこの私を差し置いてクラス代表になるなどありえぬ」(※意訳)
まあ、そんなことを言われて我慢できるほど俺も人間ができていないわけで。ついカチンときてしまった俺はテメェの国も大して変わらねえだろうが吐いたつば飲まんとけよ! と返してしまったわけで・・・例の自己紹介長いですね子さん(仮称)は本名をセシリア・オルコットと言い、出身地は我が日の丸の国ニッポンと同じ島国である
えー、その後どうなったかというと、案の定マジ切れした英国さんと一触即発よろしいならば戦争だ一歩手前まで行きかけ・・・姉さんの出席簿という
それからは特に何事もなく放課後を迎え、姉さんに電子生徒手帳を渡され、
「自宅通学だと言ったな。あれは嘘だ」
と言われて意気消沈。やっとこさ一息つけると思った矢先にこれだよ。
荷物は必要最低限(姉さんが言う必要最低限は少しのお金と明日のパンツだけである)のものを既に学生寮の自室に置いてあるから、今日からそこで寝泊りしろと言われた。鍵は電子生徒手帳に入っているらしい。便利な世の中になったものである。
この電子生徒手帳、ただの電子化された生徒手帳ではない。学生としての身分証明書である他、数多くの校則や各種単語辞典、財布、メモ、録音機器、動画再生機器、日記帳・・・といった素敵機能が満載された高性能多機能端末なのだ。GPS機能も付いているため心配性なあなたも安心である。ポケットサイズで持ち運びにも便利。さっと出してさっと使える。すげぇ。
そんなわけで、早速手帳の日記機能を使ってみた。今日一日を振り返ってみただけで一か月分くらいのイベントをこなした気がする。疲れた。早く自分の部屋に行ってベッドにダイブしたいところである。
今日はここまでにしておこう。気が向いたらまた書くかもしれない。
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