【4月◆◆日/晴れのち曇り】
「・・・」
「・・・」
会話がない。カタカタとキーボードを叩く音だけが静かに響くここは第二アリーナ第二整備室。
第一アリーナの本格的な整備施設は二年生から始まる『整備科』の生徒や専門の整備スタッフしか使用できないため、専用機持ちたちは自主点検や自機の整備・調整を第二アリーナと第三アリーナの整備室で行っている。
俺ものほほんさんに「ISの自己学習能力と自動調整プログラムは凄いけどー、それに甘えているとISは本来の力を発揮できないんだよー」と言われ、こうして俺の専用機である白式のメンテナンスをするために第二アリーナまで来たのだが・・・先客がいた。
癖のある水色のセミロング。長方形レンズの眼鏡の奥から覗く緋色の瞳は細く、どこか虚ろに見えなくもない。空間投影式ディスプレイを見つめたままメカニカル・キーボードを素早く叩く指は細くしなやかで、とても綺麗だ。・・・そういや、俺の友人に手フェチのやつがいたな。部屋のあちこちに手だけの写真を張りまくっててドン引きした覚えがある。
っと、話しがそれた。何事も脇道に逸れまくってしまうのは俺の悪い癖である。
学園指定の制服の上から白衣を着ている少女は、先日のファーストコンタクトで見事に玉砕した更識簪さんその人だった。ISハンガーに預けられているのは例の打鉄弐式だろうか。
両肩に大型のブースターが二基追加され、背中にも長短四門の大砲が取り付けられている以外は独立型のウイングスカートやスマートなデザインに変更された腕部装甲など、打鉄・雅との共通点が見られる。
そういえば、機体本体は完成してるんだっけ。第三世代兵装の開発が遅れてテストもままならないから最終調整もしてないって話だったけど、こうして見てみると十分実戦で使えそうだよなあ。トーシロの俺がいうのもなんだけど。
「・・・」
「・・・」
簪さんは後から入ってきた俺に気づいていないのか、気づいていて無視しているのか、空間投影ディスプレイを凝視したままキーボードを叩き続けている。
このまま作業風景を眺めていても邪魔になるだけだろうし、俺は俺の作業に取り掛かろう。えーと、整備する時はISを遠隔展開するか一度展開してからハンガーに預けるんだっけ。白式、遠隔展開! なんて芸当はまだできないので普通に展開した後ISハンガーに機体を預けて動力を切ってから降りる。
えーと、まずは何から始めるんだっけか。ISの自主点検や整備なんて初めてだから勝手がわからないぞ。あ、『整備マニュアル』がある。助かった、これでなんとかなるだろう。えーと、何々、まずは自機の状態を自己診断プログラムで確認しましょう、だって。ステータスチェック用の端末を接続して、と。自己診断プログラム、起動!! 承認!! なんつって。
「・・・」
ごめんなさい。真面目にやるので睨まないでください。
ふぅ、それにしてもやる事がないな。白式の自己診断プログラムを走らせている間は手持ち無沙汰だ。並列作業で弄ったりするのだろうが、下手に弄くって壊れたら目も当てられないから結果を待つことにしよう。ISにはある程度の自己修復機能があるとはいえ、破壊された部品を再生させたりはできないのだ。予備パーツもないし。
―――ピピピッ!
お、自己診断が終わったみたいだ。結果は・・・異常無し、と。
マニュアルによれば次はシステム調整らしい。白式のステータス画面を呼び出し、カタログスペック、システム稼働率、自己診断プログラムの結果報告、自動調整プログラムが算出した推奨出力表などを見比べる。なるほど、わからん。なにぶん初めてだからどこをどう見ればいいのかよくわからない。詳しそうなのほほさんを連れてくるべきだったか。いまからでも応援を・・・ってのほほんさんの携帯番号知らないし。
「・・・」
そうだよ、一人いたよ。しかも隣に。簪さんは作業に集中しているが、頼めばアドバイスくらいはしてくれる・・・はずだ。
「あのー、簪さん? ちょっといいかな」
「・・・なに」
おお、返事を返してくれた。でも視線は一ミリたりとて動かない。キーボードを叩く指も止まらない。
「俺、ISのメンテって初めてでさ。アドバイスとかくれるとありがたいんだけど」
「・・・」
おおう、無言の返答である。せめて「イヤ」とか「マニュアルに載ってる」とか言ってくれればまだよかったのだが・・・ちなみにマニュアル見てもよくわからない。下手に弄くって以下略。俺みたいなトーシロに精密機械を一人で触らせるなって。一人できた俺が悪いんだけど。うーん、また別の日にしようかな。
「・・・ちょっとだけなら・・・いいよ」
「え、マジで?」
「うん・・・。一段落、ついたから。それに・・・困ったときはお互い様・・・って姉さんも言ってた」
無言だったのはどうするか考えていただけらしい。更識妹の人物像に修正を加えなければいけないようだ。打鉄弐式の調整に使っていたらしい端末を置くと、簪さんは白式に接続されている端末を覗き込む。
「・・・スラスターの出力が高過ぎる・・・。一回のブーストでこの量は使いすぎ」
「そうなのか。どおりで息切れが激しいと思った」
「調整・・・ううん、織斑君の最新の身体データに合わせて最適化したほうがいい。それから調整した方が速い」
「了解。他に見たほうがいいところってある?」
「チェック項目はマニュアルに書いてあるから・・・」
「おう。マニュアルと首っ引きでやるとして・・・わからないところは聞いてもいいかな」
「別に・・・いいけど・・・」
「よかった。簪さんがいてくれて助かったぜ、ありがとう」
ふいっと自分の機体の調整に戻った簪さんは相変わらず無表情だったが、ほんの少しだけ笑っているように見えたのは俺の見間違いだろうか。
「よし、やるか!」
白式、お前を俺色に染め上げる!!
◆◆◆
「今日の日替わりはチキン南蛮か・・・秘伝のタルタルソースがたまらないんだよなあ。絶対大盛りで食べよう。簪さんは何にする?」
「・・・かき揚げうどん」
「了解。かき揚げうどんだな。セット? 単品?」
「・・・単品、がいい」
「単品のかき揚げうどん…と。じゃあ俺は食券買ってくるから、簪さんは席を確保しといて」
「うん・・・わかった」
そうと決まれば、ミッションスタートだ!!
いつもはお腹を空かせた学生たちでごった返すIS学園本校舎一階学生食堂も、休日となれば静かなものである。ガラガラ・・・とまではいかないが、平日の喧騒振りが嘘のように人が減る。
券売機(基本無料なのに『券売』とはこれいかに。まあ、大盛りとかでお金取るから間違ってないだろうけど)も長い行列に並ぶ必要がないのでスムーズだ。休日、すばらしい。学食のおばちゃんたちも休日は楽しそうに談笑していたりする。
「日替わり定食大盛りとかき揚げうどんの単品ください」
「あいよ! 日替わり定食大盛りとかき揚げうどんだね!」
威勢のいい声と共におばちゃんたちが早速料理に取り掛かる。それほど待つこともなく、注文の料理が載ったトレーが二つ出される。
俺の日替わり定食のチキン南蛮定食大盛り(焼きおにぎり、チキン南蛮、たくあん、味噌汁、番茶)に簪さんのかき揚げうどん(かき揚げは小皿に取り分けられていて、あと乗せさくさく派にも優しい)・・・とおにぎり?
「あっはっはっ! サービスさ、サービス!」
おおう。サービス精神豊富なおばちゃんの計らいによって簪さんのかき揚げうどんにおにぎりが一個追加された。・・・大丈夫だろう。たぶん。
◆◆◆
「おまたせ」
「・・・ん」
さすがにトレー二つ持ちは無謀だった。重い。みんなは真似するなよ!! ぷるぷると震える腕でなんとか二つのトレーをテーブルに置く。ふぅ、休日で人が少ないんだから簪さんに席を取ってもらう必要なかったかもしれない。
「・・・おにぎり」
「ああ、それ? 学食のおばちゃんがサービスって。いらないなら俺が食べようか?」
「ううん、いつものことだから。大丈夫」
いつもサービスにおにぎり貰ってるのか。まあ、学食のおばちゃんたちはいい人ばかりだからなあ。俺もラーメンセット頼んだ時におまけしてもらったし。
簪さんが確保していたのは窓の近くの海を一望できる見晴らしのいい席だ。ふだんは人でごった返していて滅多に座れないのだが・・・休日という事もあって人が少なかったのが幸いした。簪さんと差し向かいで座る。
「いただきます」
「・・・いただきます」
もぐもぐ。このチキン南蛮、タルタルソースと絡まってかなり美味い。できたてほやほやというのもポイントである。焼きおにぎりもいい具合の焼き加減で・・・最高である。もぐもぐ。
簪さんはというと、うどんの上に乗せたかき揚げをぶしゅーっと箸でつゆの中に沈めている。ぷくぷくっと浮かび上がってくる泡がツボらしい。つゆの中に沈むかき揚げを見つめる簪さんはワクワクしている子どもみたいだった。
「ほほぉ、かき揚げべちょ漬け派か。あと乗せさくさく派の箒に見つかったらバトル開始のゴングがなるから気をつけないと」
「・・・違う・・・これは、たっぷり全身浴派」
なんと! 新派閥とは聞いていないぞ更識簪! ・・・最近見始めたロボットアニメの某キャラクターに影響されまくりな俺である。
それにしても、セカンドコンタクトとは思えないほど簪さんとコミュニケーションが成立している気がする。ファーストコンタクトは災難でしたね・・・。
あ、そうだ。
「簪さん、ここのチキン南蛮は秘伝のタルタルソースが絶品なんだ。一切れどう?」
「・・・い、いただきます」
元はおにぎりが乗っていた皿にチキン南蛮を一切れ置く。簪さんはそれを一口食べて一言。
「・・・おいしい」
「だろ?」
「うん」
どうやら気に入ってくれたようで俺も嬉しい。学食のおばちゃんたちも俺と簪さんのやり取りを微笑ましそうに眺めている。
・・・なんだろう、何かが誤解されているような気がする。おばちゃんたちの情報ネットワークというのは、十代女子のそれよりももっと広大でかつ素早い。休み明けが怖いなあ。そんなことを思いながら残りのチキン南蛮を頬張った。
◆◆◆
午後も白式の整備・・・よりは調整に追われた俺は簪さんの助力もあり、なんとか整備室の使用時間ギリギリまでに終わらせる事ができた。
簪さんに言われた通り更新したフィジカル・データを基に調整したため、スラスター周りのエネルギー効率が30%近く改善されたのは大きかった。簪さんがいなければこうはいかなかったはずだ。いや、ほんと助かった。せめてものお礼にと白式のデータを簪さんに渡したけど、役に立てるといいなあ。
【ここまでの日記を保存しますか?】
→はい
いいえ