姉黒&万に続き、パパ黒もついに登場!
宿儺のストーカー・万が悠香の手引きで東京校に配属になり、教師陣はお通夜状態だった。
平安時代の猛者を三人もお抱えになり、しかもその原因が全て一人の一年生なのだから。
「いやー、ここまで来ると壮観だよね!」
(そんなこと言ってられる状況か……?)
ヘラヘラ笑う五条に、夜蛾達はジト目で睨んだ。
呪いの王とその側近に加え、追っかけまで受肉し、全員が悠香との取引で呪術高専に属した。縛りを課されてるとは言え、危険という事実は変わらない。
「悟、現状どうなっとるんだ」
「あの三人は悠香と縛りを結んでるから、悠香に手出しさえしなきゃあ問題ないよ。うっかり殺しちゃったら、あの三人の首輪が取れて真の自由の身になるね! しかも縛りは「不要な殺しはしない」であって「誰も傷つけない」じゃないから、縛りを結んだ今も油断しちゃダメだね」
「カーッ! 抜け目のない坊主だな、マジで」
東京校2年の担任である
平安に君臨した怪物術師三人に縛りという「首輪」を付けたことで、秘匿死刑扱いされている自分の命綱とした。それを抜きにしても悠香は宿儺の寵愛を受けてるも同然なので、下手に手を出したら殺された方がマシな報復を食らう可能性がある。もしも悠香が上層部によって殺されたら三人を縛るものがなくなる上、お気に入りを殺されたことで不快指数が臨界点に達した宿儺が本腰を入れて呪術界を滅ぼしに来るだろう。
兄の失言からとばっちりで死刑対象となった少年が、ほんの数ヶ月で呪術界を根本から揺るがす存在となってしまった。しかし悠香は呪術全盛に君臨した傲岸不遜の呪いの王を暴走させないように、命懸けで接しているのだ。一人の少年に全てを押し付けているようで、夜蛾はやりきれない気持ちになった。
「もしかしたらだけど……あの子は、僕達がいつか殺しに来ると思ってるかもしれない」
「それは……!!」
「悠香は割と現実主義だからね……現に少年院の件は上層部が絡んでたのを見抜いていたっぽいし。完全に僕達を信用している訳じゃないのは間違いない。――ま、どうにかなるでしょ!」
『ハァ~……』
相変わらず最強特有の呑気さで構える五条に、一同は盛大な溜め息を吐いたのだった。
その頃。
教師陣が頭を悩ませていることなど露知らず、虎杖兄弟は任務先の廃校の呪霊達を倒し終え、体育館で一息ついていた。
「いやー、数が多かったから手強かったね兄さん」
「どの口で言ってるん?」
「この口で」
愛飲のコーヒー飲料を飲みながら、悠香と悠仁は軽口を叩き合う。
そこへ、暇潰しにと同行していた宿儺が声を掛けた。
「小僧は相変わらず一芸だけでつまらんな……悠香のように愉しませろ」
「……だって兄さん。何か面白い話してあげてよ。給食の糸こんにゃくの件とかどう?」
「宿儺相手だと絶対スベるって!!」
悠香に無茶振りされてツッコミを入れる悠仁。
そこへ、音を立てずにドアを開け、サラサラの黒髪で口元に傷痕のある男が現れた。その手にはナイフが握られており、明らかに悪意を持っているのが嫌という程伝わる。
それに気づいた悠香は木刀に呪力を込めて構え、悠仁も拳を構える。ちなみに宿儺はもっと早く気づいていたが、あえて伝えてないのは秘密だ。
「虎杖悠仁と、虎杖悠香だな?」
「……兄さん、もしかしてヤクザに金借りた?」
「借りてねーよ!」
「時間が惜しい、さっさと死ね」
男は悠香達の遣り取りを全く気に留めず、一瞬で距離を詰めた。
凶刃が振るわれる前に悠香が木刀を横薙ぎに振るい、人体急所である肝臓を的確に叩いたが、男はそれを耐えきった。そのままナイフを振るって殺そうとしたが、悠香は不敵に笑った。
「俺は囮だよ」
「!」
「〝
悠仁は隙を突き、男の胴に拳をぶつけた。
逕庭拳は悠仁のパンチがヒットした後に呪力が遅れて流れる、言わば二重の打撃。相手からすれば一度のパンチで二度も打撃を受けたことになるので、やられる側からすれば結構嫌な技である。
「っ……」
強烈な打撃を食らい、男は数歩後退る。
が、倒れるどころか膝を突く様子すら見せない。無傷やノーダメージではないだろうが、効果が薄いのは明白だ。
「無駄じゃ、孫に降ろした霊は特別だ」
「「!」」
そこへ、古めかしいイタコ風の身なりをした老婆が現れた。
変身能力を生かした術式で暗殺などを生業として活動している呪詛師・オガミ婆である。
「ああ、婆ちゃん来たんだ」
「孫よ、その二人には懸賞金が懸けられておる。ちゃんと息の根を止めるんじゃぞ」
「「ナニソレ初耳」」
あっけらかんと裏事情を述べたオガミ婆に、悠香と悠仁は驚愕する。
それを聞いていた宿儺は「金で動かすか」と心底つまんなそうに呟いた。
「兄の悠仁は一千万、弟の悠香は三千万……たった二人で四千万も手に入るぞ」
「……フッ」
「何でドヤ顔してんの!?」
勝ち誇った笑みを向ける悠香に、悠仁はツッコミを炸裂させる。
そんな中、降霊術で化けたオガミ婆の孫は、宿儺に目を向けた。
「何か知らない人いるね……どうする婆ちゃん? どっどっどどどどどどうする?」
「……!」
突如、孫はガクッと首を倒した。
その変化に気づいた宿儺は、「手に負えぬ代物を降霊させるとは」と嗤い出した。
「口は封じねばならん。二人だけでなくそこの着物の男も殺せ」
「……」
「孫?」
「誰に命令してんだよ、ババア」
苛立ちが頂点に達したような声で、孫はオガミ婆を睨んだ。
それを見たオガミ婆は、そのただならぬ様子に目を見張り、大量の汗を流して叫んだ.
「どういうことだ!? 儂はまだ肉体の情報しか降ろしておらん!!」
「降ろす……? あぁ、そういう……よくわかんねぇけど、俺の肉体は特別だからな。こいつの魂が俺の肉体に勝てなかったんだろ」
「魂が肉体に負ける!? そんな……あり得ん!!」
状況の急変に、虎杖兄弟はきょとんとする。
どうやら仲間割れとは少し違う様子だ。
「宿儺さん、これは……」
「凡その見当はつく。降霊術は不測の事態を未然に防ぐため、魂の情報は降ろさないのが定石……ゆえに肉体情報だけ降ろしたが、その肉体にすら勝てなかったゆえに本人の人格が復活したのだろう。滑稽滑稽」
宿儺は愉快そうに嗤う。
あのオガミ婆の孫に降ろされた魂、とんでもない爆弾だったようだ。
「術師は殺せ……か。てめぇも術師だろ」
「はっ!!」
ゴシャッ!
孫の肉体を乗っ取った男は間合いを一瞬で詰め、命令を皮肉るように自分を降ろしたオガミ婆を文字通り瞬殺した。
男は術者を始末すると、虎杖兄弟に目を向けた。
「ど、どどどどうする!?」
「どうするったって……あの二十年後の伏黒君みたいなの、相当ヤバそうだし……かと言って宿儺さんに頼るのは最後の手段にしたいし……」
「俺は最後の手段を薦めるけどな!!」
「伏黒……?」
男は伏黒という言葉に反応し、一瞬で距離を詰めて二人の前に立った。
悠香と悠仁はハッとなり、咄嗟に身構えるが、戦意や殺意がないのに気づいて警戒を解いた。
「おい、坊主共……伏黒ってのは誰だ」
「伏黒恵君のことですか?」
「おい、悠香……!」
「大丈夫。呪術規定第8条には「非術師に呪術の存在を明かしてはならない」とはあるけど、脅威が迫ってる場合は例外だから法律違反じゃないよ」
何気に呪術界の法律を把握している悠香に、悠仁は少し感心する。
悠香の言う通り、男が聞く耳を立てるのなら、交渉に持っていく方が賢明だ。
「俺は呪術高専東京校1年、虎杖悠香。隣は兄の悠仁です」
「よろしくおなしゃす!」
「俺達は上からあなたを始末しろという通達を受けてない。ゆえに今の俺達はあなたのことを学長に報告する気はない」
「呪術高専……」
男はポカンとした後、すかさず問う。
「恵は……
「一度も名乗った様子は確認してないですけど……はっ!」
一連の会話のやり取りから、悠香は気づいた。
もしかして、目の前の男は……!!
「あの……今更ですけどお名前は?」
「……
孫の肉体を乗っ取った男――甚爾は短く名乗った。
数秒程フリーズしてから、虎杖兄弟は思わず叫んだ。
「……ええーーーーーっ!?」
「パパ黒だーーーーーっ!!」
「何だパパ黒って」
悠仁が思わず口走った造語に、パパ黒こと甚爾はツッコミを炸裂させた。
*
その日の夕方。
悠香は五条にガンを飛ばされていた。
「ゆーうーがくーん?」
「何で教師が学生にガン飛ばしてんですか」
「あのさー、報告とちょ~っと中身が違くないかなぁ!?」
ガラの悪さ全開の五条に悠香は呆れた様子で反論した。
「先生、俺は「降霊術で降ろされた人が高専関係者の身内の可能性がある」って伝えただけで、連れてくるよう言ったのそっちじゃないですか。どこが間違ってるって言うんです?」
「いや、何でよりにもよってこいつなの!?」
「降ろした人に文句言ってください。当の本人は甚爾さんのパンチでお陀仏しちゃいましたけど」
「まあ、これも何かの縁だろ五条の
ガジガジと頭を掻く甚爾の言葉に、五条は「こんな腐れ縁、望んでねーよ!」と、子供のように地団駄を踏んだ。
悠香達はあずかり知らないところだが、五条と甚爾はかつて殺し合った間柄――言わば因縁の相手であるのだ。
「まあ、優秀な人材は揃えるのが定石だと思うので、甚爾さんは俺が雇います」
『ハァ!?』
悠香の突拍子もない発言に、全員の目が点になった。
「おい、いいのか坊主」
「俺も立場上は呪術師です。天引きされてますが給料は一応出るので、そっから仕送りとしてお出ししますから」
悠香の言葉に、今度は全員の顔が固まった。
悠香の給料が天引きされてるなど、初耳だからだ。無理もない、悠香も今初めて話したからである。
実は上層部は、悠香に兵糧攻めよろしく薄給で苦しめていたのだ。悠香としては兄と金のやりくりはできる上に生活費を兄と割り勘しているので問題はないが、与えられている額は少ないので宿儺への献上品で残金を半分以上もってかれてるのだ。
すると、そこへ夜蛾が悠香に質問した。
「悠香……何で黙っていた?」
「下手に事を大きくすると面倒だし、呪術規定で副業のことも制限していないので、最悪自力で稼げばいい話ですから。こんな下らないことで宿儺さんを動かすわけにも、夜蛾校長の胃に風穴開けるわけにもいきませんし……」
淡々と話す悠香に、夜蛾は顔を覆った。悠香は自分なりに周囲を気遣っていたのだ。
確かに悠香の言う通り、呪術規定に副業の有無までは記載されていない。呪術規定は非術師を守るために制定された法律であり、呪術師のみならず呪術界全体の福利厚生などの規則が書かれてない。それに上層部は欲にまみれた者達が大勢いるし、悪知恵が働く腐ったミカンもわんさかいる。事実、上層部は宿儺の器である悠仁以上に悠香を危険視しており、御三家以外の旧家の呪術師達も嫌がらせの一環として
そんな状況下に置かれてなお、悠香は大ごとにしたくない――というより、大ごとにすると色々と面倒臭いから――と何も言わず、宿儺が暴走しないように向き合いながら生活をしていたのだ。悠香が上層部に文句を言わなかったのは、それが一番リスクが低い行動であると判断したからなのである。
「他にも弊害はありそうですけど、さすがに本気で宿儺さん達と戦う度胸はないでしょう。面と向かって言葉を交わす度胸すらないんですから」
「それはそうだが……」
「まあ、それで後悔するの相手ですし。別に今のままでいいんですけどね。その分ツケは払わせますから」
悠香は何事もなかったかのように微笑むが、その笑みはどこか黒くて怖い。
それを見た悠仁は「またブラック悠香が……」とボヤいた。またとはどういうことだろうか。
「そういうこった。仲良くしようや五条の
「嫌に決まってんだろ!! 〝あの件〟のこと忘れたとは――」
「昔の話だ。もうどうもしねぇし、今の社長はそこの坊主なんでな」
揉める五条と甚爾に、夜蛾達が天を仰いだことに悠香は気づいた。
どうやら〝あの件〟とやらで、二人の因縁は始まったようだ。もっとも、悠香としては心底どうでもいいのだが。
「ったく、ストーカーの次はヒモかよ……」
「悟、昔の口調に戻ってるぞ」
「戻りたくなるって、こんな厄ネタが立て続いたら!!」
ついに現代最強の五条が頭を抱え、その様子を宿儺と甚爾はゲラゲラと笑い飛ばした。
甚爾も相当な爆弾を持っているようで、宿儺ごと捌くのは困難なのか、誰も助けようとしない。
その時、悠香のスマホが鳴った。電話の着信である。画面をタッチすると、そこには「伏黒津美紀」の文字が。
「悠香ですけど、どうしました?」
《ちょっと悠香!! 今宿儺笑ってなかった!?》
「万さん、まさか津美紀さんの携帯パクってんですか?」
《津美紀を連れて歩いてるの!! 本人の前でやってるからいいでしょ!!》
ちょっぴり怖い発言があったが、それはさておいて悠香は耳を澄ませた。
電話の向こうは人の声が多く、東京の街をうろついているようだ。
「一体何の用です? こっちもちょっとややこしくなっちゃって」
《単刀直入に言うわ!! 監視カメラとか盗聴器ってどこで買え――》
――ピッ
悠香は無言で万からの電話を切り、すかさずマナーモードのミュートに設定した。
当然ながら、周りの反応はドン引き一色である。当たり前だ、何せ呪いの王を盗聴・盗撮しようという腹積もりなのだ。誰だって気持ち悪い以外の言葉が出てこない。
「おい、坊主……まさか津美紀がストーカーになってんのか……!?」
「全然違いますけど、津美紀さんも訳アリなので、後で話しますね」
一難去ってまた一難だと、悠香は溜め息を吐いたのだった。
もっとも、自業自得と言えば自業自得なので、八つ当たりはしないが。
ちなみにこの後、パパ黒は素性をあっさり暴露して、話をさらにややこしくします。(笑)
次回は日常回。
悠仁達の学寮の改造をやろうと思います。