ちなみに「アップアップ」という言葉は、金欠によって生活が困窮しつかけているような状況を指して用いられることが多いそうです。
呪術師にとっての繁忙期が過ぎて落ち着いてくる9月。
呪術高専はちょうどこの時期に、2日間かけて実施される恒例行事が催される。
「「京都姉妹校交流会?」」
「平たく言えば呪術合戦だ」
首を傾げる虎杖兄弟に、伏黒は説明する。
姉妹校との交流会は、相手に再起不能の怪我を負わせること及び殺害以外は何でもありという中々ハードな催しで、活躍した学生には在学中の昇級のチャンスが多く与えられるため、昇級を望む学生にとっては実力をアピールする最適の場である。
基本的には2年生と3年生が参加する交流会だが、人数の都合上1年生が参加することもある。今年は1年生が5人いる豊年――同時に宿儺が再臨している厄年でもあるが――なので、2年生が数合わせで参加する形になるという。
「今年の会場は東京校で、開催日は明々後日の土曜日だ。初日に団体戦、2日目に個人戦が行われるのが通例だから、今年もその通りになるはずだ」
「京都校がどういう連中の集まりかわからんね」
「それは俺も同感だよ、兄さん」
悠仁のボヤきに、悠香は同意する。
呪術の聖地と呼ばれる伝統ある古都に置かれる京都校。歴史と伝統を重んじている以上、保守的な思想が根強いだろう。保守派にとって、虎杖兄弟はあまり良い目で見てくれるわけもなく、むしろ目障りだろう。
自分達の交流戦の活躍次第で、呪術界での評価も変わりうるかもしれないが、悠仁はともかく悠香は宿儺のお気に入りなので、彼を恐れる保守派の面々が認めるとは思えない。
「悠仁達は疎まれがちだし、僕もぽっと出だから不安だな……」
「だね。お偉い旧家は闇が深いから、抱くのは悪感情がほとんどかな」
「なるようになるでしょ。アイツらぶっ潰せばいい話なんだから」
野薔薇の一言に、それもそうかと悠仁は笑った。
とはいえ、楽観視ばかりしているのも良くない。京都校がどのような策を練っているかは分からないが、警戒しておくに越したことはない。何より上層部の息がかかってる可能性があるので、油断は大敵だ。
(なーんか、嫌な予感がするんだよな……)
悠香は正直、心ここにあらずだった。
交流会という機会を利用するということは、それを契機に何か仕掛けようとしている可能性もある。懸念は拭えないが、だからといってやれることをやるしかない。
「うっし! おれパパ黒とトレーニングするわ!」
「パパ黒っつーんじゃねぇ!」
(こういう時に限って勘は当たるからなぁ。当たんないでほしいんだけど……)
意気込む悠仁に対し、悠香は何とも言えない不安を抱えるのだった。
*
交流会当日。
会場である東京校では、緊張が走っていた。
「ほう? やはり貴様も出るのか、悠香」
「はい。吉野君はフィジカルに不安があるからって、今回は出ないそうで」
「ま、あのような貧相な体じゃ当然だな」
バリバリとせんべいを食べながら、宿儺と悠香、甚爾が話し合う。
男三人がベンチに座って仲良く米菓を頬張るというシュールな光景だが、呪いの王と天与の暴君が揃ってるので、はっきり言って誰も近寄りたくない光景だ。
「五条先生に聞いたんですけど、去年は東京校の圧勝だったようです」
「そんな強いのが混じってたのか」
「あなた方に匹敵するかどうかは別問題でしょうけどね」
ペットボトルの緑茶を飲む悠香。
すると宿儺が、本来なら気にかけたくない人物について問いかけた。
「悠香、あの女はどうした?」
「万さんですか? 津美紀さんと会津に行ってますよ。まあ、俺がそう仕向けたんですけど」
悠香は交流会の前日、万に交渉して津美紀と共に福島への旅行を提案し、自分の給料を削って資金を提供したのだ。
これは宿儺と万に物理的な距離を取らせるという意味だけでなく、津美紀を福島旅行へ行かせることで安全を確保する意味もある。平安時代に名を馳せた術師と行動を共にすれば、たとえ上層部が伏黒親子に対する人質として彼女を捕らえようとしても、万が傍にいるので手出しは出来ないだろう。何より万自身が会津出身で、福島へ行きたがっていたので、悠香はそれを支援したのだ。
「……悪いな、社長」
「いえいえ、礼には及びません。――とはいえ……いくら身の安全の確保の為でも、ただでさえ上層部の嫌がらせで給料天引きされてる身。またこれで資金がなくなると、いよいよ雀の涙くらいに……」
どんよりとした空気を纏って落ち込む悠香。
宿儺や万、甚爾との関係維持の為に身を削っているので、その資金がなくなると宿儺への貢ぎ物にも影響するため、金策を考えねばならない。
見かねた裏梅が「兄に強請ればいいではないか」と提案するも、悠香はそれだけは勘弁したいと返答した。
「なぜだ? 悪い提案ではないだろう」
「いや、選択肢としてはアリですよ? アリですけど……」
悠香は一呼吸置いてから、しみじみと呟いた。
「他人の金をツケに目上の方に献上するってのを、俺自身が許せないんですよ」
項垂れる悠香の言葉に、裏梅と宿儺が目を見開いた。
要はプライドが許さないのだ。自分の金で献上してこそ、真に心をこめて献上するというもので、相手に対する敬意なのである――そう考えているため、悠香は肉親を含めて他者に金をせびるのはしたくないのだ。
「はぁ……これからどうしようか」
さらに落ち込む悠香とは対照的に、呪術界における保守派の筆頭である京都校の学長・
「宿儺の器と弟……!? どういうことだ……!? それとあの男、まさか〝術師殺し〟か……!?」
あまりの情報量の多さに、頭が追い付かず、戸惑う他ない楽巌寺。
何を隠そう、彼は件の少年院の呪霊を利用し、虎杖兄弟を葬ろうとした派閥の代表格だ。ただし腐敗した上層部と違って、保身の為ではなく呪術界の秩序や未来を鑑みての決断なので、決して腐ったミカンではない。
だが、等級違いの任務をあてがい、二人を嵌めたまではよかったが、結果は両面宿儺の再臨という最悪の事態を引き起こし、しかも禪院家では今も恐怖の対象として恐れられる甚爾がなぜかいる。
楽巌寺は胃がキリキリと痛むのを感じながら、何とか平静を装う。
(〝呪いの王〟と〝術師殺し〟を同時に相手取り、対等でいられるというのか……!? 虎杖悠香は、虎杖悠仁とは別ベクトルの危険性を孕んでいる……!!)
楽巌寺は、悠香を甘く見ていたと痛感した。
それを見ていた五条は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近寄っていった。
「あらら~、大丈夫ですか楽巌寺学長? お迎えでも来ちゃいました?」
「このクソガキがっ……!」
楽巌寺がこめかみに青筋を立てて睨むが、五条はどこ吹く風。
その様子を眺めていた宿儺と甚爾は口角を上げて嗤い、悠香は楽巌寺に同情の眼差しを向けるのだった。
*
場所は変わり、東京校の学生に用意された部屋で一同は集結していた。
作戦会議の為である。
「随分向こうもクセの強い面子を揃えてたね。特に筋肉モリモリマッチョマンの変態、アレをどうにかしないと……」
「ああ、あいつは1級呪術師だからな」
悠香の懸念に、真希は解説する。
京都校の主戦力と言えるのが、筋肉質の巨体を誇り、ドレッドヘアが特徴の強面・
しかし、肉弾戦が得意な学生は東京校にもいる。
「……東京校・京都校全員
「最悪、負けそうになったら兄さんの代打で宿儺さんに出張ってもらう? 前回は怨霊と共に出場した先輩いるっつってたし、受肉体でも問題ないでしょ」
「鬼かお前!」
完全に鬼畜な立案に、ドン引きする真希。
兄がたまに口にする「ブラック悠香」の降臨である。
「まあ、こちらの打つ手は決まってる……でしょ? 兄さん」
「おう! 俺がその東堂ってのとタイマン張る!」
不敵に笑う悠香に、拳をゴリゴリと鳴らす悠仁。
悠香の作戦は、東堂に悠仁をぶつけさせ、彼を封殺している間に残りの面子で倒すというもの。実際、目に見えてヤバいのは東堂なので、彼さえ封じ込めれば即席の戦略でどうにでもなるだろう。
もっとも、京都校の面子は虎杖兄弟にとって未知数なので、一人として油断ならないが。
「この後の団体戦は、指定された区画内に放たれた二級呪霊を先に祓った側の勝利で、日没までに決着がつかなかった場合は呪霊討伐数の多いチームに軍配が上がる。……要は
『よし!』
真希が代表して発破をかけ、その言葉に一同は気を引き締めるのだった。
一方、京都校の部屋では不穏な動きがあった。
「宿儺の器の弟、虎杖悠香を殺せ」
楽巌寺の命令に、誰もが耳を疑った。
「宿儺の器ではなく?」
その疑問に、楽巌寺は冷静に返答する。
「呪いの王と対等な関係など、危険以外の何物でもない。そもそも両面宿儺が自由な肉体を持つ直接的な原因になったのは、虎杖悠香だ」
その言葉に、全員が目を見開いた。
天与呪縛と膨大な呪力、強い警戒心……術式を持っていないとはいえ、彼のようなイレギュラーは、呪術界を脅かす危険因子だと判断したようだ。
「奴は大きな災いをもたらす存在となる。殺した後は、事故としてこちらが処理しよう。遠慮も躊躇も要らんぞ」
楽巌寺はそう告げると、東堂が下らないと一蹴し、推しのアイドルが出演する散歩番組を優先して部屋を勝手に出て行ってしまう。相も変わらず東堂の行動は周囲を振り回すようだ。
学長の指令に、多くの学生は任務だからと割り切って素直に応じるが、一人だけ違った。
(何だろう……妙な胸騒ぎがする)
三輪は嫌な汗を一筋流す。
あくまで直感であるが、もし抹殺が成功すると、とてつもなく恐ろしいことが起きるような気がするのだ。
(あ~……何だかお先真っ暗だよぉ……)
三輪の不安は膨らむばかり。
そして、妙な胸騒ぎが現実となるなど、彼女自身も知る由も無い。
次回、団体戦で非常事態発生!
悠香君の取り立ては怖いぞ、おじいちゃん……。