虎杖弟の地獄旅   作:悪魔さん

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ドブカス参戦。


第19話:禪院家次期当主

 中止という前代未聞の形で終わった交流戦。

 京都校の面々がトボトボと帰っていくのを見送った一同は、精神的に疲れたために解散直後に各々の寮の自室で横になった。

 しかし悠香は、学生寮の一階で宿儺と裏梅と話し合ってた。

「契約の見直し……縛りを結び直したいのか?」

「はい。まあ、書き加えるという方が正しいでしょうけど」

 深夜、全員が寝静まった中で密談は行われる。

 宿儺は悠香が伊地知経由で手に入れた日本酒を味わいながら、四つある目を細めた。

「いいだろう。……して、中身は?」

()()()()俺と兄さん、日置先生の内の誰か一人でも殺めたら、宿儺さんの縛りを強制解除するという内容はどうでしょう?」

 悠香の申し出に、宿儺は大声で笑いたくなるのを堪えた。

「随分と味方を締め付けるではないか」

「他人の未来を滅茶苦茶にして得る安寧に、どれほどの価値があるんですか?」

 ゾッとするような声色で、悠香は笑う。

 すでに彼は、呪術界を実兄と恩師を脅かす害悪として見限っている。それでも呪術師側の姿勢を貫くのは、悠香が兄の意思と恩師の教えを尊重し、二人を害する全てから守るために選択したからだ。しかし、それでも呪術界の上層部は悠香の真意を汲み取ることなく、愚かな選択を繰り返すだろう。

 ゆえに悠香は、他者の未来を犠牲にして権力を掌握する呪術界を崩壊させることを決意した。呪術師も呪詛師も呪霊も、全て等しく巻き込む。

 兄と恩師が安心して生きていられるようにするため。そして、その兄の命を奪おうとする愚かな世界から護るため。

 秘密を抱えた少年が抱く決意に、悪しき呪いの王は笑って了承した。

 

 

           *

 

 

 翌日、高専に突然来客が現れた。

 曰く、悠香に会いたいと京都からわざわざ一人で来たという。タイミングがタイミングなので、悠香の警戒心は一気に強まったが、夜蛾の説得に根負けして渋々対応することとなった。

 そして、肝心の相手はというと……。

「何や、思ったよりもつまんない見た目やなぁ」

 開口一番でムカつく発言をする、やや吊り目の顔立ちをした、書生風の着物を着こなす若い金髪の男性。

 何と相手は呪術界御三家の一角、禪院家の現当主・(ぜん)(いん)(なお)()()の息子である(ぜん)(いん)(なお)()だった。

「……とりあえず、寮にご案内します。話はそこでしましょう。茶菓子も用意できますし」

「おおきに。まぁ客人もてなすんやから当然やけど、君って育ちの割には行儀ええ方やな。周りがカスやから、反面教師にしたんか?」

「最後の一言は本当に余計だと思いますが、あなたと比べれば育ちがいいとは言い難いですね」

「とぼけた後輩やな」

 鼻で笑う直哉の言葉に、悠香は思わず口角を上げた。

 宿儺も当初、自分のことを「とぼけた小僧」と評していたのだ。そう思うと、目の前の男も自分の警戒心と猜疑心の強さを感じたのかもしれない。

 とはいえ、あの憎まれ口には東京校の面々にとってはカチンときたようで、きょとんとする悠仁を除いて全員が厳しい目を向けている。特に真希の視線は殺意がこもっている。

「君と一対一(サシ)で話したいんや。お互い腹ぁ割るんやから、ええやろ?」

「……一つだけ、尋ねてもいいですか?」

「何や?」

「用があるのは、本当に俺ですか?」

 悠香の質問に一瞬きょとんとした表情になる直哉だが、すぐにシニカルな笑みを浮かべた。当たらずといえども遠からず、といったところだろう。

(今年は本当に貧乏くじの多い年だなぁ……初詣のおみくじ大吉だったのに)

 内心でぼやきつつ、悠香は直哉を伴って寮へ案内した。

 

 

 寮の一階、和風共同スペースにて。

 悠香と直哉は向かい合いながら、お互い座布団の上で胡坐を掻きながら座っている。

「……」

「そう警戒せんでもええよ。〝上〟には何も言わんから」

 胡散臭そうな雰囲気の直哉に、悠香は本題を切り出した。

「禪院家の次期当主が、わざわざ嫌味を言いに来たわけではないでしょう……何が目的です」

「――甚爾君、匿っとるらしいな」

 その言葉に、悠香は目を見開く。

「……どこでそれを?」

 やや警戒を込めた声で尋ねる悠香に、直哉は可笑しそうに口角を上げた。

 確かに悠香は、訳あって復活した甚爾を雇用という形で東京校に匿っているが、その情報を東京校から漏らした覚えはない。

 となると……考えられる可能性はただ一つ。甚爾が外出した際に目撃されたことだ。

「……まーたパチンコか」

「宿儺の器も一緒やったで?」

「あのクソ兄貴……!」

 兄が性懲りもなくパチンコに通ってると知り、ビキビキと青筋を浮かべる悠香。よりにもよって客人の口から聞くとは思わなかった。

 しかし、今はそれどころではない。禪院家の暗躍をどうにかしなければならない。

「俺の実家は甚爾君が生きとること知って大慌てや。いくら俺の兄さん方が皆ポンコツでも、叔父がパッとせぇへん奴でも、君の手に余るで?」

「……成程、話の流れはわかりました。ぜひお願いします」

 悠香があっさりと承諾したことに、直哉は驚いた。

 まだ話が終わってないのに、結論を出したのだ。

「えっと……おれが何言いたいかわかってるんか?」

「俺としても、あなたが甚爾さんの後ろ盾になってくれるとありがたいんです。……あんなに凄い人、滅多にいないでしょう?」

 悠香の言葉に、直哉は今度こそポカンとした。

 しばし沈黙した直哉だが、次の瞬間には腹を抱えて笑い出す。

 そしてゲラゲラと笑い転げた後、息を整えながら悠香を再び見やる。

「君もわかるんやな、甚爾君の強さを」

「身を以て経験してますので。……多分、この国でフィジカル面なら最強だと思います。それこそ、五条さんや宿儺さんに匹敵する」

「せやろ? 強いに決まっとるやん!」

 心から嬉しそうに声を上げる直哉に、悠香は内心でほくそ笑んだ。

 性格や人望はともかく、目の前の呪術師は人物評価の基準に強さを置いており、ある意味では悠香にとって接しやすいタイプだ。

 直哉という人間を、利害の一致という形でなら信用に足ると判断し、悠香はさらに言葉を続けた。

「直哉さん……俺と手を組んで、呪術界をしっちゃかめっちゃかのぐっちゃんぐっちゃんにしませんか?」

「……正気かいな? 呪術界を転覆するなんて、呪詛師のやることやで」

「老害がいつまでものさばってたら、あなたのような強者も排除されますよ?」

 悠香はわざと煽るような口調で告げる。

「……何が言いたいん?」

「狡兎死して走狗烹らる……この業界、弱者を生贄に私腹を肥やし、保身のために真の強者すら切り捨てるドブカスしかいません。そんな奴ら、死んだ方がいいでしょう?」

「君、言うてええことと悪いことあるで?」

 容赦ない言葉の刃に、直哉は顔を引き攣らせる。

 悠香は「事実を述べたまでです」とバッサリ切り捨て、直哉に申し出た。

「連中から甚爾さんを守れるのは、あなたしかいないんです。俺は人にものを頼む時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 悠香の見据える言葉に、直哉は一瞬押し黙ると、破顔して大笑いした。

「君、中々いい性格やな! ええわ、手ぇ組んだろやないか!」

「ありがとうございます」

 悠香は満足げに笑みを浮かべた。

 直哉が味方になれば心強い。いくら上層部でも、御三家の一角の次期当主を「伏黒甚爾に加担しているから」という理由で抹殺するのは、かなり無理があるはず。今後、自分に刺客が差し向けられることはあっても、彼の権力や発言力は無視できなくなるだろう。

「……そういうわけなんで、いいですか? 甚爾さん」

「――まぁ、俺としちゃあ金入って食っていけるなら文句ねぇよ」

「は?」

 そこへ、二階の階段を下りながら甚爾が姿を現した。

 今日はオフなのか、着流し姿で悠香の背後から直哉と対面する。

 唐突な事態に、直哉は目を丸くしたまま絶句している。まさか話の中心人物が姿を現すなど、予想だにしてなかったのだろう。

「……何となく見覚えあるなと思ったが、随分と昔に屋敷で一度会った坊主だったか」

「……憶えてたんか!? 甚爾君!!」

 直哉は動揺しつつも嬉しそうな笑みを浮かべて甚爾を見上げた。

「俺を憶えててくれて嬉しいわ! ずっと会いたかったんや!」

「お前、そんな奴だったのか?」

「傲慢もある意味で素直ですからね」

 直哉の純情な反応に、甚爾は若干引き気味になるのだった。

 

 

           *

 

 

 同時刻、都内某所。

「はぁ……全く、まさかあんなことになるとは」

 隠れ家の一室で溜め息をつくのは、黒の僧衣と袈裟を着ている額を横断する縫い目が特徴の呪詛師・夏油。

 その額には僅かに汗が伝っており、心なしか顔色が悪いようにも見える。

 無理もない。自らの謀略に、ドが付くほどに不機嫌な宿儺が立ちはだかるとは予想だにしなかったのだから。

「これで裏梅も完全に私たちを裏切ったな……しかも伏黒甚爾まで復活していた。計画を一から練り直さなければならないかもね」

 計画に綻びが生じたことに、やや苦い顔を浮かべる夏油。

 するとそこへ、真人が深手を負った様子で「たっだいま~」と暢気に帰宅した。

「いやー、とんだ邪魔者がいたよ。まさか宿儺の顔見知り女が妨害するなんてさ。でもいい経験になったよ」

「……そうか」

 呆れたように呟く夏油に、真人はケタケタと笑った。

 実は彼は、高専から目的のモノを奪ってから津美紀を狙ったのだ。伏黒恵の人質として拉致すれば、血は繋がってなくても高専より姉を選ぶという見立てだった。

 しかしいざ向かえば、そこに津美紀はいたが、彼女と行動を共にする平安時代の術師・万に勘づかれて交戦。真人は敗北し、何とか撤退したというわけだ。

(……これもどうやら、〝出来損ない〟の仕業のようだね)

 彼の脳裏に浮かぶのは、()()()()()()双子の片割れ。

 器として完璧な素体と、得体の知れない呪いを身に宿す欠陥品。度々様子を見ていたが、まさか欠陥品にあんな素質があったとは。世の中はわからないものだと、改めて思い知った。

 通常なら面白がるが、やはり期待していなかった方が掻き回すと不愉快である。

「で、どうするの? 花御は宿儺の術式でボロボロだし……()()()()、延期にする?」

「いや、五条悟の封印は必要不可欠だ。計画自体はそのまま進めるよ。とりあえず、高専に侵入して回収した呪胎九相図の受肉だ。真人、頼めるかい?」

「お安い御用」

 真人は意気揚々と答え、机の上に置かれた呪物に手を伸ばすのだった。

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