虎杖弟の地獄旅   作:悪魔さん

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交流会を経て、藤枝を封じ込めてたチカラが弱まってるようです。
それと日置先生、やっぱり目をつけられちゃいました。


第20話:本物であって偽物でもある

 交流会が終わり、呪術高専も呪霊と呪詛師と戦いながら青春を謳歌する日常に戻る。

 そんな中、悠香は授業中に居眠りを決めていた。

「おーい、悠香起きろー」

「ん、んん……」

「あ、これダメなヤツだわ」

 想像以上の眠りの深さに、兄の悠仁は参ったなぁと呟く。

 その内、悠香は上半身が傾き、そのまま机にゴンと鈍い音を立ててぶつかった。

「……」

「悠香、大丈夫?」

「無理もないわよ、呪いの王とその側近、ストーカーにパパ黒まで相手取ってんのよ? しかも担任が担任だし」

「野薔薇、それどういうこと?」

 釘崎の棘のある言い方に、五条は泣きたくなった。

 その時、順平がふと気づいた。

「そういえばさ、悠香君の首の痣っていつからあったっけ?」

 その言葉に、全員が悠香の首を見た。

 机に突っ伏していて見えにくいが、喉元を横一文字に横断する細く赤黒い痣があった。

「最近できた痣だね」

「誰か首絞めたん!?」

「いや、それにしてはくっきりし過ぎだね。それに指よりも細い」

 教壇に立っていた五条は、悠香の顔をゆっくり上げると、目隠しを上げてそれを見た、その時。

 悠香の呪力の質が、いきなり禍々しくなった。その感覚を、五条だけは知っている。

(まさか……!?)

「ん……んん……」

 息を吞んだと同時に、悠香が目を覚ました。

 むくりと顔を上げ、今自分の置かれている状況を確認する。

「……おはようございます……」

「ゆーうーがくーん? 先生はちょっと悲しいかなぁ。このグッドルッキングガイの授業中に居眠りは」

「……バッドルッキングティーチャーが何を偉そうに」

 その一言に、釘崎たちは吹き出しそうになった。

 が、悠仁は違った。兄である彼だけは、なぜか冷や汗を流している。

「……悠仁? どうしたの?」

「……お前、誰だ……!?」

 悠仁が放った言葉に、空気が一瞬で凍り付いた。

 悠香は目をパチパチとさせてから、目を細めた。

「兄さん、何言ってんの? 俺は俺だよ」

「わかってる……でも悠香じゃねぇだろお前! 悠香をどこにやったんだよ!」

 その言葉に、悠香の気配が変わる。

 禍々しい呪力が教室を満たし、悠香の目つきが鋭くなり、口元は笑みを浮かべる。

「……やっぱり血の繋がりは騙せねぇか」

 そして、悠香ではない何かが語り始めた。

 すると、悠仁は胸倉を掴んでソレを睨んだ。

「悠香を返せ!!」

「返せ……? 返すも何も、これはそもそも俺の肉体だ……虎杖悠香は俺が封じ込まれた後に生まれた人格だ、乗っ取られたのは俺の方だ」

 虚ろな目を血走らせて睨む〝彼〟に、悠仁は動揺を隠せない。

 すると、視線を五条に向けて口角を上げた。

「もっとも、そこのモヤシには一度明かしたんだが……やはり黙ってたか」

「……五条先生?」

「待って待って悠仁、顔が怖すぎる。説明するからマジ待って」

 落ち着けようと両手を出す五条に、悠香の姿をしたソレは笑い出した。

 悠仁の鬼の形相が相当怖いようだ。

「……悠香は無事なんだな?」

「俺としても〝虎杖悠香〟はいてもらった方が都合がいい。()()()()()()()()()の手綱を握れなくなるのは避けたいんでな」

 悠香の肉体を借りたソレの言葉に、嘘はないと判断したのか、悠仁は警戒しつつも拳を下げた。

「……お前は何なんだよ」

「言っただろ、今の虎杖悠香の人格は俺が封じ込まれた後に生まれたと。俺は藤枝晴登……この肉体の本当の持ち主だ」

「……じゃあ、やっぱり爺ちゃんの言ったとおりだったのか」

 悠仁の呟きに、一同は目を見張る。

 何と、悠仁は藤枝の存在に心当たりがあったのだ。

「悠仁、どういうことかな?」

「小学校の頃だったっけな……じいちゃんが言ってたんだ」

 

 ――今の悠香は本物であって偽物でもある、だから両方の兄貴になれ。

 

『……!!』

「全然意味わかんなかったけど……そういうことだったんか」

「……勘のいいジジイだな」

 悠香の姿で藤枝は不敵な笑みを浮かべる。

 すると、悠仁は先程と違って悲し気な表情で喉元の痣を触れた。なぜなら、その痣は……。

「……なぁ藤枝、今でも人間が憎いか? 頑張って生きてきたのに間違った死を与えられた恨みは、やっぱり晴れないのか?」

「……まぁな」

「っ……」

 表情のない目に見つめられ、悠仁は悔し気に顔を曇らせた。

 何とも言えない空気の中、伏黒は藤枝に問う。

「……で、結局はどうなんだ? 受肉じゃないんだろ」

「共生という括りかもな……俺を〝外的要因〟で封じ込めたことで、今の虎杖悠香が形成されている。普段はこいつん中でボーッとしてるさ」

「外的要因……術式か?」

「そこのところは、五条悟が詳しいだろう?」

 そう振られた五条は、先日会った出来事も含めて語り出した。

「悠仁が宿儺の器となったこと、悠香が特殊な存在であること、そして悠香の内にある藤枝晴登……非術師の家系としてはあまりにも異様とは思わないかい?」

「それは……」

「順平の場合は、呪霊に脳を弄られたことで術式を得たでしょ? でも二人は違う。元々そういう素質なんだ」

 五条は、虎杖家が普通の非術師の一家ではないと暗に告げる。

 それに対し、藤枝は首元の痣を指でなぞりながら「正解だ」と呟いた。

「俺はこいつの母親に封じ込められた存在だ。理由は知らないがな」

「俺と悠香の、母ちゃんが……!?」

 その一言に、悠仁は愕然とした。

 自分たちの母親がとんでもない危険人物なのではないか、という予想自体は悠香が立てており、悠仁もそれを真っ向から否定できる根拠も証拠もなかったため、半信半疑という立ち位置だった。

 だが、藤枝の独白により、悠香の予想は確定してしまった。もうこの時点で気分は最悪である。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それってつまり、あんたらの母親が呪詛師かもしれないじゃないの!」

「呪詛師かもじゃねぇよ。()()()()()()()()()()()

 そう断言する藤枝に、伏黒たちはゾッとした。

 一方の五条は、顎に手を当て推測する。

「悠仁と悠香を産んだ母親は、悠香の本来の人格を何らかの都合で封じ込めた。で、今の虎杖悠香の人格がゼロから作り直され、今に至ると」

「そういうことだろうな……」

「なぜ、藤枝の存在が?」

「悠仁から聞いたんだけどね……悠香は前世の記憶がある、よくラノベとかにある転生をしてるんだ」

 五条のサラッと言った言葉に、一同は目が点になった。

 まず、その説明から入ったのもツッコミどころだが、転生というワードがあまりにも現実味に欠けているためだ。

「ごく稀ではあるけど、輪廻転生自体は世界中で実例がいくつもある。だから決してありえないわけじゃないよ」

「じゃあ、途中から前世の人格がでてくるのとかもあるんですか?」

「僕はそこまで詳しいわけじゃないけど、性格が引き継がれているケースも見られてるそうだよ? ただ悠香の場合、藤枝という本来引き継がれるべき性格が、母親によって意図的に封じ込まれ、今の悠香の人格が出来上がったって感じなんだ」

「……藤枝の呪力を押さえつけるため、でしょうか?」

 伏黒の推測について、五条も同意しているのか「人格ごと封印してようやく、ってところかもね」と返した。

 そう言われ、悠仁は拳を強く握り締める。自分を産んだ母親が、悠香を封じ込めた犯人だと確定してしまったから。

「……腐ったミカンたちなら君は秘匿死刑にするだろうけど、体質に助けられたね」

「余計なお世話だ……人の身体にケチつけんじゃねぇ、欲しくて得たと思ったら大間違い――っ!」

 ふと、ドクンという音が藤枝の中に響いた。

 この感覚は、交代していた悠香が起きた合図だ。

「……どうやら、目が覚めたようだ……」

『!!』

「そういうわけだ……せいぜい気をつけろよ……」

 藤枝がそう言うと、カクンと頭を前に垂らした。

 刹那、切り替わるように悠香が戻ってきた。

「……また、出てきちゃった……?」

「悠香、お前……!」

 目つきも気配も、いつもの悠香に戻っている。

 弟の無事を確認した悠仁は、安堵のあまり脱力し、椅子をガタンと鳴らした。藤枝の禍々しい呪力から、悠香の自我に悪影響があると思っていたが、杞憂に終わったようだ。

「……何してんの、兄さん」

「お前なぁ……マジで心配したんだぞ……!」

 双子の兄弟の様子に、今まで張り詰めていた緊張が一気に解れていき、伏黒たちは一安心した。

 五条は問いかける。

「……君の中に巣食う〝彼〟、みんなにバレちゃったよ?」

「……実はあの日以来、たまに出てくるんだ。まぁ俺の件はいつかバレるとは覚悟してたけど、こんな展開になるのは想定外だった」

 悠香は答える。

 どうやら藤枝は時折、悠香の中で色々とボヤいたりするらしい。多重人格者の中には複数の人格同士で脳内会議をするという話があるので、それと似た状況になるのだろうか。

「受肉ではなく純粋な人格交代なら、上に報告しなくてもいいかな。……まぁ、藤枝の人格になると禍々しい呪力がダダ洩れなのはどうにかしないとね」

 五条はポリポリと頭を掻く。

 悠香が蘇生したことで解放された藤枝の呪力は、周囲に恐ろしい影響を与える。何せ交流戦の折、放たれた下級呪霊が突然変異を起こし、原因不明の体調不良者――主に補助監督――が続出したほどだ。

 しかし悠香と人格が入れ替わった途端、禍々しい呪力は鳴りを潜めた。おそらく、人格が呪力の質に影響を及ぼしているのだろう。そう考えると、元担任の日置の指導がいかに大きな存在かが伺える。

「……僕もあの人のように大きくならないと、か……」

 誰にも聞こえない程度の小声で、五条はそう呟いたのだった。

 

           *

 

 

 その頃、夏油はある人物の自宅に乗り込んでいた。

「お断りします」

「……どういうこと、かな?」

 腕を組んで煙草を吹かす男性に、目を細める。

 相手は、悠香の元担任の日置だった。

「何度でも言おう。たとえ身内であったとしても、悠香のことは教えない」

 日置は、灰皿に灰を落としながら答える。

「あの子は呪術界で長生きできない。それは呪術高専を訪問したあなたも理解してるはずじゃないかな? 私に任せれば、あの二人の平穏を保証できる。これでも力のある人間なんだ」

「ハッ、くだらないな。あいつは俺の教え子だ、お前みたいな胡散臭い人間に頼らざるを得ないような指導はしちゃいない」

「……成程、ね」

 人当たりのよさそうな表情のまま、冷酷な眼差しをする夏油。

 だが殺気立った彼を前にしても、日置はどっしりと構えている。

「……では、あなたを人質にとると言ったら?」

「それこそ無駄なことだ、あいつは損得勘定で動ける。感情で右往左往せず、最適解に近い行動を起こせる。……俺の知る限り、教え子の中で観察眼と頭の回転の速さは歴代でも断トツだ」

 その言葉に、心当たりのある夏油は顔を歪めた。

 悠香は里桜高校にて、あんな離れ業を成し遂げたのだから。

「褒められたことじゃないが、あいつは悠仁と違って容赦しない。そっちこそ、悠香を本気で怒らせないようにするんだな」

 不敵に笑いながら言い切る日置。

 夏油は一瞬目を細めると、溜め息交じりに立ち上がった。

「ハァ……残念だ、あなたがいてくれた方が都合がいいんだけれど」

「用が済んだら出てけ。二度とその面を見せるな」

 睨みつけてくる日置に、夏油は肩を竦める。

 そのまま家を出ていくと、外にいた真人たちが近寄る。

「ダメだった? やっぱり」

「非術師のクセに中々の曲者だったよ」

 日置の家を後にしながら苦笑する夏油に、真人と漏瑚は目を細めた。

「虎杖悠香の弱みだろう? 死ぬギリギリの状態で生かし、人質にすればよかろう」

「生憎だけど、それはこっちにとって利にならない」

 漏瑚の言葉に、夏油は首を振って断言した。

 厄介なことに、悠香は他者に取り入って相互利用の関係を引き出すことに長けている節がある。あの奔放な宿儺を筆頭に平安の術師たちを味方に引き入れ、天与の暴君すらも()()()で手中に収めている。

 そんな状況を覆せるのが、日置の存在だ。悠香は交流会以来、警戒心と猜疑心が急激に高まってしまっているが、日置にだけは無条件で心を許しているので、彼を上手く懐柔すれば悠香の暗躍を妨害、あわよくば宿儺たちを引き込めると読んでいた。

 が、その結果は交渉決裂。口封じも考えたが、里桜高校で悠香に姿を見られたこともあり、迂闊に日置に手を出すと自分たちの仕業とすぐ気づく可能性があるので、強硬策はよろしくない。

「あの子がイレギュラーな存在になった以上、慎重に動かざるを得ない。テロ行為よりも工作活動を増やすのが利口かもしれない」

「……なら悠香を始末すれば?」

「それこそ一番やっちゃいけないよ。あの子は今の宿儺のお気に入り……手を出したら取り返しがつかなくなる。最悪、お気に入りを壊した報復としてこちらを潰しに来る」

 真人の提案を即却下する夏油。

 少なくとも、今はまだ大きく動いてはならない。より狡猾に立ち回り、盤石の布陣を敷くのが先決だ。

(全く……立ち回りが私に似るなんて、困った失敗作だよ)

 自分にとっての忌み子なのかもね、と呪霊たちに聞こえない程度の小声でボヤく夏油だった。




次回は例の三人兄弟。
悠香の中学時代の悪名も明らかに……。
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