虎杖弟の地獄旅   作:悪魔さん

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悠香君も好き勝手しすぎましたね。(笑)


第24話:悠香と沙奈

 沙奈の実家・奥村家は、呪術界でもそれなりに歴史と地位のある家だった。

 祖父も父も立派な呪術師で、呪術界でも有力な術者だったが、彼女には術式こそあるが呪霊を祓うにはあまりにも不向きと見なされた。

 父は自分に失望し、母は自分を嫌い遠ざけた。才能に溢れていた兄弟たちは彼女を嘲笑い見下した。ゆえに彼女は自尊心をへし折られ、常に承認欲求に苛まれながら育ってきた。

 そんな中で、彼女は勘当されて宮城県仙台市に引っ越しを強制され、ほぼ無理やり追い出された。親兄弟に見捨てられ、彼女は独りぼっちになった。自分の生きる意味を見出だせず、絶望に打ちひしがれる毎日を無気力に暮らすしかなかった。

 そんな時、沙奈は悠香と出会ったのである。

 

 

 二年前、西中。

 夕焼け空の下、沙奈は屋上の手すりに手をかけ、地面を見下ろしていた。

 何をしても認められない人生。自分を愛してくれる者など誰もいない世界。孤独、挫折、劣等感……それらが沙奈の精神を摩耗させていたのだ。

(……ここで死ねば、楽になれるのかな)

 そう思った時だった。

「あ、先客いる」

 背後から男の声がして、沙奈は後ろを振り返る。すると、そこには気怠げな眼差しの少年が立っていた。

 名前は確か――

「虎杖、悠香君……」

「隣、いい?」

 悠香は屋上の手すりに寄り掛かりながら、気怠げに沙奈に語り掛ける。

「……転校生の奥村沙奈ちゃん、だっけ?」

「……あなたも、沙奈を嗤いに来たの?」

「何を藪から棒に……俺は帰る前に屋上の風に当たるのが日課なんだ」

 欠伸をしながら悠香は気怠げに答えると、沙奈の隣に来て手すりに寄りかかる。

 それっきり二人の間で会話は一切ない。ただ互いに何をするでもなく、ぼんやりとしているだけ。なのに……なぜか心地良いと思えた。

 その時、悠香は唐突に口を開いた。

「……いきなりで悪いけど、沙奈ちゃん。俺の悩み聞いてくれる?」

「悩み……?」

「日置先生や他の皆に勘づかれたくない。そういう意味で、意見を聞くとすればほぼ初対面の沙奈ちゃんが信用できる」

 悠香の意外な言葉に、沙奈は驚きつつも頷いた。

 虎杖悠香と言えば、テストの成績は学年上位だが気性の荒さが悪目立ちする、地頭のいい問題児。担任の日置と同学年の双子の実兄以外の他者とは一定の距離を置く、一匹狼のような生徒だ。

 その悠香が、転校生に悩みを打ち明けた。一体どんな内容なのだろうか。

「……俺の兄さん、パチンコ行ってんの」

「パ、パチンコ……!?」

 予想外の悩みに、沙奈は困惑した。

 悠香の双子の兄が、未成年は入店禁止の遊び場に立ち入っているというのだ。昨今のギャンブル依存症が問題視される中、クラスメイトの兄の不祥事に、沙奈は顔を引き攣らせた。

「しかも溶かす金の出所もわかんないときた。ワンチャン俺の貯金盗んでる可能性もゼロとは言えない」

「え、えぇ……」

「だから兄さんを木刀でボコボコにして、俺がお金を管理した方がいい気がするんだけど、沙奈ちゃんとしてはどう思う?」

 悠香が顔を顰めながら盛大に溜め息をつく。相当困っているようだ。

 しかし、返答次第では修羅場なんてレベルじゃなくなる。沙奈は言葉を必死に選び、悠香に告げた。

「えっと……木刀を使うのはダメ、じゃないかなぁ……」

「ぶん殴んのは?」

「……それなら、兄弟喧嘩として大丈夫、だと思う」

「――よし、それで行こう。ありがとね、聞いてくれて」

 兄との大乱闘が確定する中、悠香は言葉を返した。

「次は沙奈ちゃんの番」

「え?」

「顔に出てるよ、私は悩んでますって。……ここまできたんだ、お互い腹を割ろう。こんな俺でも愚痴ぐらい聞く度量はあるし」

 そう言って、悠香は風に吹かれる。

 沙奈はそっけない態度の悠香に、この悩みを相談していいのか迷ったが……話を聞いてくれるのであれば、誰でもいいから縋っていたいとも思った。

 彼女は重い口を開くと、呪術師の家系である点を隠して自分の境遇について淡々と語り始める。その間、悠香は相槌を打つこともなく黙って彼女の話を聞いていた。

 そして全てを話し終えると、沙奈は俯いた。彼女にとって、この悩みを打ち明けるのは初めてだ。相手がどう思うかなどわからないし、そもそも自分の悩みが誰かに理解してもらえるのかさえ不安だった。

 そんな沙奈に悠香は一言、こう告げた。

「人生ゲームも、ルーレット回さなきゃ億万長者狙えないよ」

「え……?」

「何ができるかできないか。才能があるかないか。そんなの決めつけること自体が違うってこと」

 その言葉は不思議と沙奈の胸に響いた。

 まるで心の靄が晴れるような、そんな感覚を味わったのだ。

「俺は俺の身の丈で生きてるつもり。だから沙奈ちゃんも、沙奈ちゃんの身の丈に合った生き方をすればいいのさ。大義だの使命だの伝統だのと、つまらない面子で自分を殺しちゃダメでしょ」

「つまらない面子……」

「そ。何だかんだ、人生は楽しんだもん勝ちだよ」

 悠香の一言は、沙奈の心に強く響いた。

 そして同時に、沙奈は理解したのだ。自分が求めていたものは、これだったのだと。

「あ、ありがと……悠香君。ちょっと、楽になったよ……」

「こちらこそ。俺の悩みを聞いてくれてありがと。中々大人に言いにくい事情で困ったっしょ?」

「ううん……沙奈の方こそ、ごめんね」

 ぎこちなく微笑む沙奈に、悠香は釣られるように口角を上げる。

「じゃ、俺は帰るね。今日は夕飯の当番なんだ」

「うん……バイバイ」

「バイバイ。はぐれ者同士、()()()()仲良くしましょうや」

 悠香は屋上を去り、沙奈は一人その場に佇む。

 ついさっきまで言葉を交わした彼を思い出し、僅かに顔を綻ばせる。出会って間もない赤の他人。だけど、悠香との会話はとても心地良かった。

 彼に話を聞いてもらえてよかった。自分に話しかけてくれて嬉しかった。心が軽くなったせいか、今は無性に心地良い。

「悠香君……」

 沙奈は嬉し気に空を仰いだ。

 

 

           *

 

 

「それが悠香君と沙奈の運命の出会いなの」

「へぇ、隅に置けねぇ後輩だな」

「しゃけ」

 事情が事情なので、呪術高専に一旦案内された沙奈の独白。

 青春から一番程遠い生徒だと思われてた悠香の意外な中学時代に、パンダと狗巻はニヤニヤ笑い、真希も思わず「やるじゃねぇか」と呟き、悠仁や伏黒たちも何処か嬉しそうだ。

「そこから、沙奈は生きる意味を見出せたの」

 沙奈は悠香との出会いを語ると、恍惚とした表情を浮かべて語り続ける。

 

 あの日の出会い以降、我が道を行く孤高の男子に彼女は夢中になってしまい、悠香中心の生活を送るようになった。

 朝の登校から休み時間、昼休みに至るまで彼と行動を共にし、放課後になれば一緒に屋上で風に吹かれ、下校時はわざわざ虎杖家まで送る。悠香との会話はボイスレコーダーで録音し、彼の写真はアルバムを一杯にするほど撮り、使用済み文房具は残らず収集した。

 この幸せがずっと続きますように……沙奈はそう願って過ごしてきたという。

 

 ――世間ではそれを「ストーカー」と呼ぶのだが。

 

『怖すぎるわ!!!』

 悠仁たちは背筋に氷でも入れたような感覚に陥った。

 薄幸な女子高生かと思いきや、蓋を開ければとんでもないモンスターだったではないか!

「悠香君、本当に大丈夫なの!?」

「こいつストーカーどころじゃないわよ!! サイコパスよ、サイコパス!!」

 〝凶犬〟と呼ばれるくらい気性の荒い一面を持つ悠香をも凌ぐ危険性を秘めた沙奈に、順平と釘崎は二人はドン引きした。

 そう考えると、この二人を無事に卒業させた日置の教師としての手腕は凄まじいものである。

「悠香、悪いことは言わない。この女とは縁を切れ!!」

「いや、半年近くスパンを空けてもこうなったんだよ?」

 縁切り鋏持ってきても無意味だと思う、と悠香は断言する。

 あれだけ惚れ込んでいる沙奈が今更縁を切ろうとする訳がないので、もう何を言っても手遅れだろう。

「奥村ってそんなにヤバいキャラだとは思わなかったわ……」

 面識のある悠仁も、想像を遥かに超える沙奈の本性に顔を引き攣らせる。

「だから沙奈にとって、悠香君は神様なの」

 沙奈は恍惚とした表情で語る。

「悠香君だけが沙奈を受け止めてくれた。認めてくれた。一人の人間として接してくれた。だから、沙奈は悠香君のためならなんでもする」

 狂気を孕んだ眼差しで、沙奈は呟く。その目には、確かな決意が宿っていた。

 常に軽視され続けた劣悪な生い立ちゆえに、彼女は承認欲求に飢えていたが、理解しようとする人は一人もいなかった。そんな絶望の果てに、悠香に出会ったのだ。

 それがどれほどの幸運だったか。彼女が悠香に依存し、依存が執着へ変貌しても無理はない。

「沙奈は悠香君のために生まれて、悠香君のためだけ生きる。そのために生まれてきたんだって思うの」

「もうちょっと自分のために生きましょう」

「えへへ、やっぱり悠香君は優しいね……」

 沙奈は嬉しそうにジト目の悠香に寄り掛かった。

 愛ほど歪んだ呪いはないと言うが、彼女の承認欲求はさらに歪んだ呪いに昇華したようだ。その異常性に、一同は思わず身震いした。

「……これからどうしよう、兄さん……」

「どうしよっかぁ……」

 ズーン……という重い空気を纏う虎杖兄弟に、伏黒たちも何も言えなくなってしまう。

 すると、その空気を切り裂くように例の男が姿を現した。

「おっまたーー!! 悠香に青春が訪れたってホントー!?」

「誰、この人呼んだの」

「ちょっと、いつもよりドライすぎない?」

 学生の青春でうるさい五条悟の登場に、悠香は鬱陶しそうに顔をしかめる。

 すると、傍から見れば不審者である五条の姿を捉えた沙奈が、地獄の底から響くような声を発して睨みつけた。

「あいつが、悠香君を貶めた腐ったミカン……」

「違う違う! 僕は腐ったミカンじゃない! むしろ悠香の味方だから!」

「違わない。沙奈は騙されないから」

 沙奈は殺気のこもった眼差しで五条を見据えると、悠香に背後から抱き着いたまま呟いた。

「悠香君、大丈夫。沙奈が排除するから。だから安心して?」

「さすがに今は困るからやめて」

「……悠香君は、あいつを庇うの?」

「下手に敵を作るなってこと」

 悠香の冷静な一言に、沙奈は渋々と言った様子で殺気を収める。

 だが、それでも五条を見る目は敵意に満ちており、まるで毛を逆立てた猫のようだった。

「……何ていうか、アレだね。憂太と里香みたいだね」

「あんなん可愛い方だろうが!! お前の目の前にいんのは元ヤンとサイコ女のカップルだぞ!!」

 悠香たちの先輩であり、特級呪術師である乙骨憂太を引き合いに出す五条に、真希が二人を指差しながら吠える。

 一方、一個上の先輩にカップル呼ばわりされた悠香と沙奈はというと……。

「さ、沙奈と悠香君が、カップル……? や、やっぱり、運命なんだ……」

「何で無意識に火に油を注ぐんかなぁ……!」

 沙奈は顔から湯気が出そうなほど顔を赤らめ、悠香は額に青筋を浮かべる。

 そんな正反対の反応をする二人に悠仁たちは苦笑いする一方、五条はニマニマと悪ガキのように笑う。

 そして、彼はとんでもないことを言い放った。

「よし! 沙奈ちゃんだっけ? 明日からここに転校ね!」

「えっ!?」

「ハァ!?」

 突然の五条の提案に、沙奈だけでなく悠香も声を上げた。

 真希たちも驚きを隠せない様子で、五条に真意を尋ねると……。

「いや、ね。悠香って良い意味でも悪い意味でも地頭がいいし、何より警戒心が嘘みたいに強いんじゃんか。でも沙奈ちゃんは二年間も悠香といて、全部ではなくても多少は心も許してるんでしょ? 悠香の理解者は一人でも多い方がいいじゃんか」

「五条さん、もしかして俺に恨みでもあります?」

「それに君の負担が大きすぎるの、高専内でも結構問題視してるんだよ? 君の得意な損得勘定で考えると、沙奈ちゃんがいた方が楽だと思うんだけど」

 五条の意外と筋の通った意見に、悠香は反論できなくなった。

 確かに悠香は、宿儺や万、甚爾の件で色々と尽くしているので、その負担はかなりのもの。そのことに関しては、悠香自身も自覚していた。

 しかし、だからと言って沙奈が高専へ転校する理由にはならないと考えていた。彼女は彼女の身の丈があり、それは悠香とイコールではない。幸も不幸も違うわけなので、自分のことなど放っといて今を生きてほしいのが本音だ。

 だが、当の沙奈はというと……。

「悠香君の負担が軽くなるなら、沙奈も嬉しい……!!」

「ほら、沙奈ちゃんもこう言ってるし、問題はクリアしたでしょ?」

 ニヤリと笑う五条に、悠香は崩れ落ちた。

 こうなった以上、沙奈が転校することはもう避けられないだろう。

「……今まで好き勝手やったツケが、ここで巡ってきた……」

 そう嘆く悠香に、沙奈は「悩む悠香君も素敵だよ」と返事に困る言葉を投げかけたのだった。

 

 

 呪術高専への転入が決まり、再び悠香とひとつ屋根の下で学生生活を送れることに、内心狂喜する沙奈。

 ひとまずは自宅であるボロアパートに戻ろうと、呪術高専の門を出た時だった。

「――小僧が愚かなら、悠香は哀れと言ったところか」

「……誰?」

 着物姿の男――呪いの王・宿儺が屋根の上に腰かけ、四つの眼を細めて見下ろす。

 彼女の頭の先から爪先まで舐めるように見ると、ニヤリと笑みを浮かべ、宿儺は無造作に人差し指を上げた。

 その瞬間、沙奈は殺意を剥き出しにし、カバンの中のシャープペンシルを宿儺の眼球に目がけて投げつけた。が、当たる数メートル手前でキンッ! という音と共に両断されてしまう。

「及第点と言ったところだな」

「あなた……悠香君の何なの?」

「ケヒヒ……女の勘というヤツか。そうさな……あいつは俺のモノ、と言っておこうか?」

 不敵な笑みを浮かべながら降り立つ宿儺に、沙奈は殺意を膨らませる。

 沙奈は悠香に手を上げる者は許さない。それは傷つけるだけでなく、屈服させ支配しようとする者や、オモチャのように見なす者も例外ではない。

「悠香君を傷つけたら、沙奈が絶対に許さないから」

 カバンの中からカッターを取り出し、沙奈は刃先を宿儺に向ける。

 しかし、殺気を放つ沙奈を見ても、宿儺は余裕を崩さない。それどころか、その殺意が心地良いとさえ感じているようだ。

「あの釘崎とやらよりも活きのいい女だな」

 宿儺は沙奈を見やる。

 その邪悪な圧迫感は、常人であれば呼吸の仕方さえ忘れるほどのプレッシャー。しかし、沙奈は一切怯むことなく、むしろより強く睨みつける。

「悠香君はあなたの物じゃない……沙奈の生きる意味そのもの。それだけは絶対に、許さない」

「ケヒッ……威勢のいい小娘だが、分を弁えてないな。奴と違って」

 宿儺は射貫くように視線を向ける。

「あなたに弁える分なんかない」

「有象無象の分際でよく吠える。……案ずるな、俺は悠香を殺す気は毛頭ない。奴の寸劇はこの現世における俺の楽しみなのだからなぁ」

「悠香君を殺す気は毛頭ない……? 悠香君を弄んで、苦しめるのは問題ないとでも言いたいの?」

「ケヒヒッ!! どれだけ甚振り絶望を突きつけても、生きて抗うのをやめない奴の魂の輝きを知らないとはなぁ……!!」

 宿儺の挑発的な言葉に、沙奈は頭に血が上りそうになったが、必死に抑え込む。

 この男が悠香を殺す気がないこと自体は、嘘ではないだろう。だが悠香が傷つき追い込まれた時の姿や、絶望的状況に身を投じた時の表情を悦ぶ邪悪な存在であることは、手に取るようにわかった。

 しかし相手は圧倒的にして絶対的な強者であり、ここで戦えば悠香の迷惑になる――そう判断し、カッターを仕舞った。

「悠香君はあなたのために生まれた生贄じゃない」

「勘違いするな……悠香は自ら望んで俺と関わっている。この俺を愉しませるためにな」

「関係ない。悠香君を危険な目に遭わせている時点で、あなたは悠香君を弄んでるのと一緒だから」

 敵意を剥き出しにする沙奈に、宿儺はより愉快そうに口元を歪ませた。

「悠香君の体と魂を汚すつもりなら……私があなたを排除するから」

「ケヒヒッ! せいぜい頑張るがいい」

 沙奈の宣言を宿儺は嗤うと、一瞬で姿を消した。

 その場に一人残った沙奈は、足早に帰路に就くのだった。




沙奈ちゃんの能力っていうか、術式は近日公開です。

ちなみに沙奈ちゃんにはモデルとなったキャラがいます。ヒントはホラー映画です。
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